崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
頑張って書いたので読んで下さい!
感想も待ってますのでお願いします。
1話-世界の終わりは始まりでした-
——空が、割れていた。
比喩ではない。
青かったはずの空に、巨大な亀裂が走っている。
亀裂の向こうには、見たこともない世界があった。
逆さまに浮かぶ城。
天を貫くほど巨大な樹木。
赤黒い雲に覆われた荒野。
機械仕掛けの都市。
本来なら決して交わらないはずの景色が、砕けた鏡の破片のように空を埋め尽くしていた。
地面が揺れる。
建物が崩れる。
人々の悲鳴が遠ざかっていく。
少年は瓦礫の下で、もう動かなくなった自分の身体を見つめていた。
痛みはなかった。
痛みを感じるための感覚さえ、すでに失われていた。
「……そうか」
不思議なほど静かな声が出た。
「俺、死ぬのか」
ひび割れた空から、白い光が降り注ぐ。
世界が光に呑まれる直前——少年の意識は途切れた。
◇
次に目を覚ましたとき、世界から音が消えていた。
「……っ」
少年は息を吸った。
肺の奥へ冷たい空気が流れ込み、激しく咳き込む。喉が焼けるように痛かった。
自分が横たわっていることに気づくまで、しばらくかかった。
背中には硬い金属の感触。
頬には、ひび割れた透明な蓋の破片。
鼻を突くのは、薬品と錆びた鉄の臭いだった。
「ここは……?」
声を発した瞬間、少年は眉をひそめた。
高い。
それは、自分が知っている自分の声ではなかった。
少年は震える腕を持ち上げた。
細い腕だった。指も小さい。記憶の中にある自分の身体とは、明らかに違っている。
身体を起こすと、胸や肩から透明な液体が滴り落ちた。
少年が眠っていたのは寝台ではない。人間一人を収めるために造られた、円筒形の培養槽だった。
周囲には同じ形の装置が並んでいる。
そのほとんどは壊れ、内部には黒く濁った液体だけが残されていた。
天井から垂れ下がる配線。
床を覆う苔。
壁を突き破って伸びる木の根。
ここが長い間、誰にも使われていなかったことだけは分かった。
少年は培養槽から降りると、よろめきながら壁へ手をついた。
そのとき、正面に残っていたガラスに人影が映った。
「誰だ……?」
知らない少年が、こちらを見ていた。
年齢は十一、二歳ほど。
色を失ったような白い肌に、無造作に伸びた茶髪。瞳の奥には、淡い銀色の光が宿っている。
少年が右手を上げる。
ガラスの中の少年も、右手を上げた。
「……俺、なのか?」
冷たい指先で、自分の頬に触れる。
感触がある。
鼓動もある。
間違いなく、この身体は生きている。
だからこそ、少年には理解できなかった。
「……どうして?」
忘れていた光景が、脳裏によみがえる。
割れた空。
崩壊する都市。
胸を貫いた黒い破片。
そして、光に呑み込まれていく自分の身体。
少年はガラスに手をついた。
「俺は……あのとき、死んだはずだ」
直後、暗闇に沈んでいた研究所の奥から、何かが這う音が聞こえた。
——ずるり。
——ずるり。
人間の足音ではない。
少年の目覚めを待っていたかのように、その音は少しずつ近づいてきていた。
少年は息を殺し、暗闇へ目を凝らした。
壊れかけた照明が、一定の間隔で点滅している。その光が届く範囲には、動くものの姿はない。
——ずるり。
また、音が響いた。
先ほどよりも近い。
「……ここにいたら、まずい」
音の正体を確かめようとは思わなかった。
少年は足元に落ちていた白衣を拾うと、濡れた身体へ巻きつけた。
ここがどこなのか。
なぜ自分が知らない身体で目覚めたのか。
自分が死んでから、どれほどの時間が経っているのか。
何一つ分からない。
答えを見つけるためにも、まずはこの場所から出なければならなかった。
少年は培養槽の並ぶ部屋を離れ、薄暗い通路へ出た。
研究所には、長い年月が積み重なった痕跡が残されていた。
床を覆う苔。
壁を突き破った木の根。
天井から垂れ下がる無数の配線。
放置された機材の表面には、指でなぞれば深い跡が残るほどの埃が積もっている。
人がいなくなってから、十年や二十年では済まない。
それほど長い間、この研究所は時の流れから取り残されていた。
「出口……どっちだ?」
壁に設置された案内板を見つけたが、表面は錆びつき、文字の大半が剥がれ落ちている。
辛うじて残っている矢印を頼りに、少年は右の通路へ進んだ。
身体が異様に重い。
目覚めたばかりだからなのか、数十歩進んだだけで呼吸が乱れ始める。膝は震え、心臓は胸を突き破りそうなほど速く脈打っていた。
それでも、立ち止まる気にはなれなかった。
背後から、あの音が聞こえていたからだ。
——ずるり。
——ずるり。
少年が進むたびに、その音もついてくる。
偶然ではない。
何かが、自分を追っている。
やがて通路の先に、半開きになった大きな扉が見えた。
その上には、緑色に光る非常口の表示がある。
「出口……!」
少年は痛む足を動かし、扉へ駆け寄った。
人一人が通れるほど開いた隙間に、身体を滑り込ませようとする。
その直前だった。
扉の向こうから、白い腕が伸びてきた。
「——っ!」
少年は反射的に身を引いた。
白い腕が床を叩き、硬い金属板を大きくへこませる。
それは人間の腕に似ていた。
しかし、異様に長く、関節が一つ多い。
皮膚の一部が裂け、赤黒い肉の隙間から錆びた金属片が突き出している。
細長い指は七本あり、それぞれが生き物の脚のように床を搔いていた。
扉の隙間が、内側から押し広げられる。
耳障りな金属音とともに、巨大な何かが這い出してきた。
頭らしき部分には目も鼻もない。
顔の中央には、縦に裂けた巨大な口だけが存在していた。
口が開く。
何列にも並んだ不揃いな牙の奥から、濁った息が漏れ出した。
「なんだよ……こいつ」
怪物が床を蹴った。
少年は咄嗟に横へ跳ぶ。
ほんの一瞬前まで立っていた場所へ怪物の腕が振り下ろされ、床が砕けた。
その威力を目にした瞬間、少年は理解した。
戦えない。
武器がない。
戦い方さえ分からない。
ましてや、目覚めたばかりのこの身体では、一撃受けただけで終わる。
残された選択肢は、一つしかなかった。
少年は怪物へ背を向けて走り出した。
怪物の咆哮が、背後から通路全体を震わせる。
床を蹴る音が、急速に近づいてきた。
「くそっ……!」
少年は角を曲がり、倒れた棚を飛び越える。
着地した瞬間、膝から力が抜けた。
床へ倒れかけながらも壁へ手をつき、どうにか踏みとどまる。
怪物は止まらない。
倒れた棚ごと通路の壁を破壊し、一直線に追ってくる。
速い。
この身体では逃げ切れない。
通路の先に分かれ道が見えた。
少年は考える間もなく左へ曲がった。
しかし、数十歩進んだところで立ち止まる。
崩落した天井と瓦礫が、通路を完全に塞いでいた。
「行き止まり……?」
引き返そうと振り向く。
すでに怪物が分かれ道を曲がり、ゆっくりとこちらへ近づいていた。
追い詰めた獲物を眺めるように、その動きは先ほどよりも遅い。
右には壁。
左にも壁。
背後は大量の瓦礫。
隠れられる場所さえない。
少年は震える拳を握った。
勝てないと分かっていても、もう逃げ道がなかった。
「せっかく……生き返ったのに」
怪物が長い腕を振り上げる。
「また、ここで死ぬのかよ……!」
鋭い爪が振り下ろされた。
その瞬間だった。
『伏せよ、小僧!』
少女の声が、頭の中へ直接響いた。
少年は反射的に身を屈める。
頭上を怪物の爪が通り過ぎ、背後の瓦礫へ突き刺さった。
積み重なっていた瓦礫が崩れ、その奥から人一人が通れるほどの隙間が現れる。
『今じゃ! そこへ飛び込め!』
「誰だ!?」
『名乗っておる場合か! 死にたくなければ走れ、うつけ!』
怪物が腕を引き抜こうとしている。
少年は現れた隙間へ飛び込み、狭い空間を這うように進んだ。
背後から腕が伸びてくる。
七本の指が足首のすぐそばで床を搔いた。
『止まるでない! あと少しじゃ!』
「簡単に言うな……!」
『安心せい! おぬしが食われても、我はそれほど困らぬ!』
「じゃあ、なんで助けた!?」
『目の前で食われたら寝覚めが悪いからじゃ!』
「理由が軽すぎるだろ!」
『文句は生き延びてから聞いてやる!』
少年は崩れた壁の隙間を抜け、反対側の通路へ転がり出た。
怪物には通れないほど細い隙間だ。
しかし、安堵したのも束の間、怪物が壁を殴り始める。
衝撃が走るたびに亀裂が広がり、天井から細かな破片が降ってきた。
このままでは、壁ごと破壊される。
「次はどうすればいい!」
『ずいぶん素直になったではないか』
「ふざけてる場合か!」
『右へ進め。突き当たりに隔壁の操作盤がある』
少年は立ち上がり、右の通路へ走った。
『赤いレバーが見えるか?』
「あれか!」
『我が合図するまで触れるな』
「どうするつもりだ?」
『あの怪物を隔壁の内側へ誘い込む』
先ほどまでのふざけた調子が消えていた。
冷静で、鋭い声。
それは単なる指示ではない。
戦場で幾千もの命を預かってきた者の命令だった。
『恐れるな。奴の右脚は傷ついておる。動き出すとき、必ず左腕を床につく。その瞬間だけ速度が落ちる』
「そんなことまで分かるのか?」
『我を誰だと思うておる』
壁が砕けた。
瓦礫を吹き飛ばし、怪物が通路へ姿を現す。
『前だけを見よ。我の声を信じて走れ』
少年は息を吸った。
迫り来る怪物に背を向け、隔壁を越えて操作盤へ向かう。
怪物が咆哮した。
左腕を床へつき、巨大な身体を前へ押し出そうとする。
その動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
『——今じゃ!』
少年は赤いレバーを勢いよく引き下ろした。
警報音が鳴り響く。
天井から分厚い隔壁が落下し、怪物の背中を打ち据えた。
怪物はなおもこちらへ腕を伸ばす。
少年は後ろへ倒れ込みながら、迫る爪を辛うじて避けた。
隔壁が怪物を床へ押しつける。
耳を塞ぎたくなるような咆哮を最後に、分厚い壁が通路を完全に閉ざした。
静寂が戻る。
「た……助かった……」
少年は床へ仰向けに倒れた。
もう指一本動かす力も残っていない。
『うむ。見事であった』
頭の中へ声が響く。
『当然、我の完璧な指揮があってこその勝利じゃがな!』
「動いたのは全部、俺だろ……」
『我がいなければ、今頃は奴の腹の中じゃ。つまり九割ほど我の功績じゃな』
「せめて半分にしろよ」
『仕方ない。寛大なる我が譲歩して、八割ということにしてやろう』
「ほとんど変わってないだろ……」
少年が息を整えていると、暗い床に淡い銀色の光が浮かんだ。
光は細い道となり、研究所のさらに奥へ続いていく。
『さて、小僧。いつまで寝ておるつもりじゃ』
「少しくらい休ませろよ」
『却下じゃ』
「助けた相手を酷使するな」
『我が囚われて数百年。ようやく現れた話し相手が、床で眠ろうとしておるのじゃぞ。少しくらい我を優先してもよかろう』
少年はゆっくりと身体を起こした。
「数百年……?」
『詳しい話は、我のもとへ来てからじゃ』
「罠じゃないだろうな」
『先ほど命を救ってやった、美しく慈悲深い恩人を疑うのか?』
「自分でそこまで言う奴を信用できるか」
『疑り深い小僧じゃな。安心せい。我はおぬしを取って食ったりはせぬ。今の我には、それ以前の問題があるのでな』
最後の言葉だけ、わずかに声が沈んだ。
少年は迷った末、銀色の光を追って歩き出した。
何者の声なのかは分からない。
だが、あの声がなければ死んでいた。
それだけは確かだった。
光に導かれて進むにつれ、研究所の様子が変わっていく。
壁には無数の文字と紋様が刻まれ、床には切断された鎖が散らばっている。
破壊された機材には、何かを封じ込めるための術式らしきものが残されていた。
やがて少年は、研究所の最深部と思われる場所へたどり着いた。
目の前にあるのは、巨大な円形の扉だった。
扉の中央には、鎖が絡み合ったような紋様が刻まれている。
『その扉を開けよ』
「開くのか?」
『おぬしが触れればな』
「どうして分かる?」
『勘じゃ』
「帰っていいか?」
『待て待て待て! 冗談じゃ! おそらく開く! たぶん!』
「余計に不安になったんだけど」
『ええい、男なら細かいことを気にするでない!』
少年はため息をつき、扉へ手を伸ばした。
掌が触れた瞬間、鎖の紋様に銀色の光が走る。
地の底を震わせるような重い音とともに、扉が左右へ開き始めた。
その先には、天井の高い円形の広間があった。
崩れた機材と大量の鎖に囲まれた中央の台座。
そこへ一本の杖が突き立てられている。
古びた黒い杖だった。
表面には見たことのない文字がびっしりと刻まれ、先端には漆黒の宝玉が埋め込まれている。
そして、その傍らに一人の少女がいた。
見た目は十七、八歳ほど。
長い銀髪が、重力を失ったように宙を漂っている。
髪の間から伸びているのは、エルフを思わせる長い耳。その両耳の上辺りから、一対の角が後方へ緩やかな弧を描いていた。
少女が身にまとっているのは、黒を基調に赤い装飾を施したロングコート。
だが、その身体は向こう側が見えるほど薄く透き通っている。
両手と腰には、杖から伸びた銀色の鎖が巻きついていた。
「……角の生えた幽霊?」
『誰が角の生えた幽霊じゃ!』
少女は長い耳を震わせ、目を見開いた。
頭の中へ聞こえていたものと、同じ声だった。
『命の恩人との感動的な対面じゃぞ!? もっとほかにあるじゃろう! 美しいとか、神々しいとか、思わずひれ伏したくなるとか!』
「ひれ伏す要素が見つからない」
『その両目は節穴か! 見よ、この立派な角! 流れるような銀髪! そして全身からあふれ出る王者の風格を!』
少女は胸を張り、大きく両腕を広げた。
その途端、杖から伸びた鎖が強く輝いた。
『ぬおっ!?』
半透明の身体が勢いよく後方へ引っ張られ、少女は台座へ背中から衝突した。
少年は無言でその様子を見つめる。
『……今のは忘れよ』
「やっぱり幽霊じゃないか」
『幽霊ではない! 我は肉体を失い、魂と魔力だけの存在となっておるだけじゃ!』
「それを幽霊って呼ぶんじゃないのか?」
『細かい分類の違いじゃ!』
少女は咳払いをすると、何事もなかったように腕を組んだ。
『我が名はレイヴェル。かつて銀覇王と呼ばれた者じゃ』
「銀覇王……?」
『うむ。本来ならば、その名を聞いただけで天地が震え、老若男女が我をたたえ——』
「知らない」
『……何?』
「聞いたことがない」
レイヴェルは口を開けたまま固まった。
やがて肩を震わせ、忌々しそうに黒い杖を指さす。
『聞いたか、この役立たずの杖よ! 我が封じられておる間に、世間から忘れられてしもうたではないか!』
「杖に怒っても仕方ないだろ」
『分かっておるわ! 少しくらい当たり散らさせよ! 我は数百年もここに閉じ込められておったのじゃぞ!』
「数百年間、ずっと?」
少年の問いに、レイヴェルは杖へ向けていた手を下ろした。
ふざけた表情が消える。
赤い瞳が静かに細められた。
『我は、とうの昔に死んでおる』
低く落ち着いた声が広間へ響く。
『死後、魂と魔力だけになって現世をさまよっていた。それが数百年前、この研究所へ入り込んだ際に、あの杖へ不用意に近づいてしもうた』
レイヴェルが黒い杖を見つめる。
『あれは魔封じの杖。周囲の魔力へ干渉し、吸収したものを内部へ封じ込めるための道具じゃ。肉体を持たず、魔力そのものに近かった我は、抵抗する間もなく魂ごと捕らえられた』
「それから、ずっとここに?」
『うむ。声を上げても、誰にも届かぬ。杖から離れることも、眠ることさえできぬ。時の流れを数えることだけが、我に残されたすべてじゃった』
レイヴェルの口調は穏やかだった。
恨み言も、助けを乞う響きもない。
それでも、その言葉の奥にある数百年の孤独を、少年は想像できなかった。
「それなら、どうして俺には声を届けられた?」
『おぬしが目覚めたからじゃ』
「俺が?」
『おぬしの目覚めと同時に、止まっていた研究所の魔力が流れ始めた。その影響で、杖の封印にわずかな隙間が生じたのじゃ』
レイヴェルが少年を見る。
『我はその隙間から意識を伸ばし、怪物に追われているおぬしを見つけた。ただ、それだけの偶然じゃ』
「俺が何者なのか、知っていたわけじゃないのか?」
『知らぬ。名前すら聞いておらぬからな』
「だったら、どうして助けた?」
レイヴェルは一瞬だけ目を伏せた。
次に顔を上げたとき、そこには先ほどまでとは異なる表情が浮かんでいた。
『王とは、民の前に立ち、民を守る者じゃ』
鎖に縛られた半透明の少女が、堂々と少年を見据える。
『たとえ国が滅び、肉体を失い、このような場所へ囚われようとも——目の前で助けを求める者を見捨てれば、我は我でなくなる』
静かな声だった。
だが、広間の空気が震えているように感じられた。
ふざけていた少女の姿は、もうどこにもない。
少年の前にいるのは、かつて多くの者を率いた一人の王だった。
しかし、その威厳は長く続かなかった。
『まあ、おぬしを助ければ、ついでに我も解放してもらえるかもしれぬと思ったのも事実じゃがな!』
「台無しだよ!」
『双方が得をする見事な策であろう?』
「それで、俺にその杖を壊せっていうのか?」
『可能ならばな。じゃが、魔力を持つ者が不用意に触れれば、おぬしまで封じられる危険がある』
「それを先に言えよ」
『我も今、思い出したのじゃ』
「無責任すぎるだろ……」
少年は呆れながらも、黒い杖へ視線を向けた。
そのとき、レイヴェルの表情が再び険しくなる。
『待て』
「今度はなんだ?」
『妙じゃな』
レイヴェルは赤い瞳で少年を見つめていた。
『あの杖は周囲の魔力に反応する。どれほど微弱であっても、生きた者が近づけば、何らかの動きを見せるはずじゃ』
「でも、何も起きてない」
『そうじゃ。おぬしからは魔力を感じぬ』
「俺には魔力がないってことか?」
『違う』
レイヴェルが、すぐに否定する。
『空なのではない。底が見えぬのじゃ』
「何を言って……」
『まるで、触れたものすべてを受け入れ、呑み込む器——』
その言葉が終わる前に、少年の頭へ激しい痛みが走った。
割れた空。
降り注ぐ光。
胸を貫いた黒い破片。
遠ざかっていく誰かの声。
そして——自分が確かに死んだ瞬間。
「……っ!」
少年はよろめき、台座へ手をついた。
伸ばした指先が、黒い杖へ触れる。
『待て! 触れるでない!』
レイヴェルの声が響く。
だが、もう遅かった。
黒い宝玉から、膨大な魔力が流れ込んでくる。
少年は咄嗟に手を離そうとした。
しかし、身体が動かない。
熱も、痛みもない。
ただ、杖に封じられていた力が、底のない穴へ落ちていくように少年の中へ吸い込まれていく。
宝玉に亀裂が走った。
一本。
二本。
亀裂は瞬く間に全体へ広がっていく。
レイヴェルを拘束していた銀色の鎖が、次々と砕け散った。
『なんじゃ……これは……』
先ほどまでの余裕を失い、レイヴェルが目を見開く。
研究所全体が激しく揺れた。
黒い宝玉が、甲高い音とともに砕ける。
解き放たれた銀色の光が広間を覆い、少年とレイヴェルを呑み込んだ。
光の中で、レイヴェルが少年へ手を伸ばす。
『おぬし——いったい何者じゃ!?』
その問いに、少年は答えられなかった。
自分が何者なのか。
なぜ、死んだはずの自分が別人の身体で目覚めたのか。
なぜ、この身体が杖の魔力を呑み込んだのか。
何一つ、分からない。
ただ一つだけ確かなのは——。
空だったはずの少年の内側に、今、何かが流れ込んだこと。
そしてそれが、彼の二度目の人生を大きく変えようとしていることだった。