崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
第1章の終わりまで後数話って所かな?
修正版に変えました。
ユウトが地面を蹴った。
正面から来る。
そう見えた次の瞬間には、その姿がレイジの視界から外れていた。
「左!」
レイヴェルの声に反応し、レイジは木刀を振り上げる。
——カァン!
二本の木刀がぶつかった。
「受けた!」
「受けただけだ!」
ユウトは弾かれた木刀を素早く引き、踏み込みと同時に角度を変えた。
「えっ——」
レイジが反応するより早く、その切っ先が胸元へ突きつけられる。
「これで十六本目」
「今のは受けただろ!」
「一本目だけな。二本目で終わってる」
「二回に分けるのはずるくないか?」
「連続で攻撃しただけだ!」
ユウトの木刀が、レイジの頭へ軽く落ちた。
「痛っ!」
「稽古中に相手が一度しか攻撃しないと思うな」
「さっきまで一本ずつだっただろ」
「お前が十五回も同じ負け方をするから変えたんだよ」
反論できず、レイジは木刀を握ったまま唸った。
宙に浮かぶレイヴェルは、面白そうに口元を緩めている。
「まあ、最初の一撃を受けられたことだけは褒めてやろう」
「本当か?」
「我の助言があってこそじゃがな」
「次は助言なしで受けてみろ」
「ユウトにはレイヴェルの声が聞こえないんだから、別にいいだろ」
「実戦で毎回教えてもらえるとは限らない」
「我は常にレイジと共におるぞ」
「レイヴェルは、ずっと教えてくれるって」
「甘やかすなって伝えろ」
「誰が甘やかしておるか! 我ほど厳格な師は——」
『マスターの疲労値が上昇しています』
石灯籠の上に腰掛けていたフィーネが、レイヴェルの言葉を遮った。
『次の一戦を始める前に、休息を推奨します』
「まだ動ける」
「休憩だ」
ユウトが即座に言い切る。
「今なら勝てそうな気がするんだけど」
「十五本目の前にも聞いた」
「あの時とは違う。今度は一度受けた」
「二撃目で負けた」
「次は二撃目も受ける」
「その次に三撃目が来るぞ」
「……先が長いな」
「ようやく気づいたか」
ユウトが木刀を下ろす。
レイジはまだ不満そうだったが、三人全員に止められては続けようがない。渋々構えを解き、額の汗を腕で拭った。
朝の境内には、木々の葉を揺らす穏やかな風が吹いていた。
空は青く、鳥の声が聞こえる。
山の下に広がる鳴海沢も、ここから見れば昨日までと何も変わらない。
遥か彼方の世界と次元の狭間で、災厄の群れが境界を越えたことなど、知る由もなかった。
◇
「腹減った」
「まだ昼前だぞ」
「十六本も戦ったから」
「十六本負けた、の間違いだろ」
「身体を動かしたことには変わりない」
「ほとんど転がされてただけじゃねえか」
「転がるのも疲れるんだぞ」
「胸を張って言うな」
二人は本殿脇の縁へ腰を下ろした。
ユウトが持ってきた包みを開く。中には形の揃ったおにぎりと卵焼き、焼いた肉や漬物が詰められていた。
レイジの顔が一気に明るくなる。
「昨日より豪華だ」
「祖母ちゃんが作りすぎたんだよ」
「毎日作りすぎてないか?」
「……俺も少し気になってる」
「おぬしが誰かと食べておることに、気づかれているのではないか?」
レイヴェルが楽しそうに笑う。
「何て言ってる?」
「ユウトの祖母さんは料理上手だって」
「絶対それだけじゃないだろ」
「気にするな。いただきます」
「あっ、待て! 先に一人で食うな!」
レイジがおにぎりへ手を伸ばし、ユウトも慌てて包みを引き寄せた。
「二人分あるだろ」
「お前は食うのが速いんだよ!」
「早い者勝ちだ」
「俺が持ってきた飯だぞ!」
言い合いながらも、二人は自然に食事を分け合った。
炊きたての米。少し甘い卵焼き。香ばしく焼かれた肉。
レイジは一口ずつ、味を確かめるように食べていく。
「そんなにうまいか?」
「うまい」
「毎日同じ顔するよな」
「毎日うまいからな」
「祖母ちゃんに聞かせたら喜ぶぞ」
「じゃあ伝えておいて」
「何て説明するんだよ。神社へ隠してる奴が、毎日喜んで食べてますって?」
「それは困るな」
「困ってるのは俺だ」
ユウトは呆れながら卵焼きを一つ取った。
その脇には、稽古へ持ってきた刀が置かれている。
黒い鞘の下緒に結ばれた、二つの小さなお守りが風に揺れていた。
一つは桃色。
もう一つは青。
「前から気になってたんだけど、それは?」
「お守り」
「二つとも?」
「ああ」
ユウトは青い方へ手を伸ばしかけ、途中で何でもないように引っ込めた。
「桃色のはユウカにもらった。青い方は……幼馴染からだ」
「幼馴染」
「そこだけ繰り返すな」
「女の子?」
「教えない」
「大事な相手?」
「しつこい!」
「ほう。その反応、図星じゃな?」
レイヴェルが興味深そうに身を乗り出す。
「レイヴェルも図星だって」
「何で見えない奴まで食いつくんだよ!」
ユウトは刀を引き寄せ、二つのお守りを隠すように自分の横へ置き直した。
「変な意味はない。ただ、もらったから付けてるだけだ」
「顔が赤いぞ」
「赤くない!」
木刀の柄がレイジの脇腹へ軽く当たった。
「痛っ!」
「これ以上聞いたら、十七本目を始めるぞ」
「望むところだ」
「そこは引けよ!」
レイジは脇腹を押さえながら笑った。
少しの沈黙のあと、今度は桃色のお守りへ目を向ける。
「ユウカって、どんな子なんだ?」
「普通だよ」
「普通じゃ分からない」
「よく喋る。妙なところで頑固。あと、人のことをよく見てる」
「ユウトに似てるな」
「似てない」
「即答か」
「あいつは俺より愛想がいい」
「じゃあ、そこだけ反対だ」
「喧嘩を売ってるのか?」
「感想を言っただけだ」
再び木刀の柄が動き、今度はレイジが身を引いて避けた。
「お、避けた」
「稽古の成果だ」
「なら次は本気でやるか」
「食後だから、もう少し休もう」
「急に弱気になるな」
ユウトが笑う。
レイジもつられて笑った。
「ユウカにも会ってみたいな」
「駄目だ」
「どうして?」
「お前のことを説明できない」
「友達って言えばいいだろ」
「どこの誰かも分からない、見えない女と電子精霊を連れた神社暮らしの友達です、って?」
「そう言われると、かなり怪しいな」
「今さら気づいたのかよ」
「でも、いつかは会えるかもしれないだろ」
ユウトは返事をせず、残ったおにぎりを見つめた。
それから、仕方なさそうに息を吐く。
「……お前の身元を、もう少し説明できるようになったらな」
「約束?」
「約束まではしてない」
「じゃあ、期待しておく」
「人の話を聞け」
修行をして、飯を食べ、くだらないことで言い合う。
今日も昨日と同じ一日になる。
明日もまた、二人で木刀を振る。
そんな時間が、これからも続くはずだった。
◇
——ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
「…………?」
山の下から、低く長い音が響いた。
木々の間を抜け、境内の空気を震わせる。
「何だ、これ」
レイジが立ち上がった。
ユウトは答えない。
先ほどまでの笑みが消え、鳴海沢の方角を見ている。
「ユウト?」
「警報だ」
「警報?」
「でも、この音は……」
ユウトは懐から小型端末を取り出した。
画面を操作するが、通信状態を示す表示は赤いままだ。
「繋がらない」
「山だからじゃないのか?」
「昨日まではここでも使えた」
——ウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
二度目の警報が鳴り響く。
「何の警報なんだ?」
「異常事態警報」
ユウトの声が硬くなる。
「大規模な魔獣災害や次元災害が起きた時、町全体へ避難を知らせる警報だ」
「…………!」
「でも、鳴海沢で鳴るなんて……」
『周辺空間に急激な揺らぎを検出しました』
フィーネが石灯籠から飛び上がる。首元の魔石が明滅し、その周囲へ細かな文字列が展開された。
『上空の次元座標が不安定化しています。変動値は現在も上昇中』
「原因は?」
『特定できません』
「レイジ」
レイヴェルが空を見上げていた。
いつもの軽い調子はない。
「上じゃ」
レイジとユウトも空を見る。
青空。
白い雲。
一見すれば、何も変わらない。
——ピシッ。
ガラスへひびが入るような音がした。
「……え?」
青空に細い黒線が走っている。
——ピシッ。
線が伸び、枝分かれした。
一本。
二本。
十本。
空そのものを引き裂くように、亀裂が広がっていく。
「何だよ……あれ」
ユウトの声が震えた。
「空が……割れてる?」
「…………」
レイジは答えられなかった。
呼吸が止まる。
胸の奥が締めつけられ、指先から急速に熱が失われていく。
——空が、割れていた。
崩れる建物。
逃げ惑う人々。
砕けた鏡のように混ざり合う、いくつもの世界。
胸を貫いた黒い破片。
動かなくなる、自分の身体。
「……同じだ」
「レイジ?」
「あの日と……同じ……」
「何の話だ?」
ユウトがレイジの肩へ手を伸ばす。
その瞬間——。
——バキィィィィィン!!
空が砕けた。
巨大な裂け目が開き、その向こうに光のない暗闇が現れる。
「マスター!」
フィーネの声も遠く聞こえた。
足が動かない。
意識だけが、死んだ日の瓦礫の下へ引き戻されていく。
「レイジ!」
レイヴェルの一喝が響いた。
「あれは過去ではない! 今、おぬしの目の前で起きておることじゃ!」
「……っ!」
レイジは大きく息を吸った。
ユウトが肩を掴んでいる。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「本当か?」
「今は、それより……」
裂け目の奥で、何かが動いた。
「来るぞ!」
レイヴェルの声と同時に、ユウトがレイジの前へ出る。
暗闇から一つの影が飛び出した。
長い首。
赤黒く、骨が浮き出るほど痩せ細った身体。
前肢と一体化した巨大な翼。
鳥を思わせる後ろ脚。
後方へ伸びる、槍のように鋭い尾。
頭部の眼は固く閉ざされ、口も細い亀裂にしか見えない。
「……鳥?」
「違う。魔獣じゃ」
レイヴェルが険しい表情で答えた。
一体目が翼を広げる。
その後ろから、二体目が現れた。
三体。
十体。
次々と赤黒い影が裂け目から溢れ出してくる。
「おい……」
ユウトの顔から血の気が引いた。
「何匹いるんだよ」
二十。
五十。
百。
数えることなどできない。
赤黒い翼が青空を汚すように広がっていく。
先頭の一体が眼下の町へ顔を向けた。
閉じていた眼が開く。
赤く濁った光が鳴海沢を捉える。
細い亀裂に見えた口が、縦と左右の三方向へ裂けた。内側に並んだ無数の牙が露わになる。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
甲高い咆哮が山々を震わせた。
それを合図に、群れが一斉に鳴海沢へ向きを変える。
「まずい!」
ユウトが刀を掴み、石段へ向かって駆け出した。
「待て、ユウト!」
「町へ戻る!」
「危険だ!」
「だから戻るんだよ!」
ユウトが振り返る。
「祖父ちゃんと祖母ちゃんがいる。ユウカもいるんだ!」
「だったら俺も——」
「駄目だ!」
強い声に、レイジの足が止まる。
「あの数を見ただろ! 今のお前は剣も使えない。銀の力だって、まだ自分で制御できないんだろ!」
「でも、俺なら——」
「《銀衝》を使うのか?」
「…………」
「森を消し飛ばした力を、あの町の中で使えるのかよ」
何も返せなかった。
《銀衝》を放った時、レイジは自分が何をしているのかさえ分かっていなかった。
次も同じように敵だけを狙える保証はない。
「町には警備隊がいる」
ユウトが僅かに声を落とす。
「俺は家族の無事を確認する。危険なら一緒に避難して、すぐ戻る」
「本当に戻るのか?」
「戻る」
迷いのない返事だった。
それでもレイジは、ユウトの目に別の決意があることに気づいてしまった。
「だから待ってろ」
「ユウト」
「必ず戻る」
そう言い残し、ユウトは石段を駆け下りた。
一段、二段と飛び越え、その背中はすぐに木々の間へ消えていく。
「…………」
レイジは追いかけられなかった。
ユウトの言うことが正しいと、分かってしまったからだ。
握り締めた拳が震える。
「待ってろ、か」
レイヴェルが、ユウトの消えた石段を見つめた。
「あの小僧、戻るつもりではおる。じゃが、家族だけを見つけて大人しく帰ってくる顔ではなかったな」
「分かってる」
『マスター』
フィーネがレイジの正面へ回る。
『警報網から取得できる情報は限定的ですが、町の複数箇所で戦闘反応を確認しました』
遠くで爆発が起きた。
鳴海沢の一角から黒煙が立ち上る。
「…………」
レイジは、ただそれを見つめていた。
◇
ユウトは石段を駆け下りていた。
何度も足を滑らせそうになりながら、それでも速度を落とさない。
警報は鳴り続けている。
その合間に、聞きたくない音が混じり始めた。
爆発。
何かが崩れる音。
遠くから届く悲鳴。
「大丈夫だ」
自分へ言い聞かせる。
「町には警備隊がいる」
鳴海沢には魔獣への対処を行う警備隊がいる。
避難施設も、警報に応じた誘導計画もある。
祖父母は長くこの町で暮らしている。警報の意味も、避難場所も知っているはずだ。
ユウカだって一緒にいる。
「大丈夫だ」
もう一度、声に出す。
森が途切れ、町へ続く道路へ出た。
「…………」
ユウトの足が止まる。
黒煙が上がっていた。
一本ではない。
町の各所から何本もの煙が伸び、青空を覆い始めている。
浮遊車両が道路へ傾き、建物の一部はすでに崩れていた。
上空では、赤黒い翼が旋回している。
「嘘だろ……」
警報が鳴ってから、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに町は、ユウトの知る鳴海沢ではなくなり始めていた。
「避難してください!」
「北側の道路は使えない! 中央避難区画へ!」
「子供と負傷者を先に!」
警備隊員たちが住民を誘導している。
別の隊員が魔導銃を空へ向けた。
「撃て!」
銃口から青白い光弾が放たれる。
一発、二発、三発。
旋回していた魔獣へ命中し、爆煙がその姿を包んだ。
「当たった!」
だが、魔獣は落ちない。
「ギャアアアアアッ!!」
煙を突き破り、警備隊員へ急降下する。
「避けろ!」
巨大な翼が振るわれた。
一人の隊員が宙へ投げ出され、道路へ叩きつけられる。
「…………!」
ユウトは刀の柄を握った。
怖い。
手が震える。
剣の神童と呼ばれていても、実戦で魔獣と斬り合った経験はほとんどない。
まして、目の前にいるのは見たことすらない怪物だ。
それでも、倒れた隊員へ魔獣が近づいていく。
三方向へ裂けた口から、粘ついた唾液が落ちる。
「やめろ……」
魔獣が翼を畳み、地面を蹴った。
「やめろぉっ!」
ユウトの身体が動いた。
踏み込む。
抜刀。
——ザンッ!
銀閃が魔獣の顔を斬り裂く。
「ギャアアアアッ!?」
魔獣が仰け反った。
ユウトは倒れた隊員と魔獣の間へ着地する。
「大丈夫ですか!」
「き、君は……」
「動けますか?」
「何とか……」
「なら避難する人たちと一緒に!」
隊員は片腕を押さえながら身体を起こした。
「待て! 君一人では——」
「俺もすぐ離れます!」
そう答えながら、ユウトは魔獣から目を離さない。
確かに斬った。
刃も入った。
だが、傷は浅い。
赤黒い皮膚の下にある硬い筋肉と骨が、刀を止めていた。
「硬い……」
「ギィィィ……」
魔獣の眼が開く。
濁った赤い光が、ユウトを捉えた。
翼を大きく広げる。
ユウトは腰を落とした。
「来い」
震える右手を、左手で一度押さえる。
「俺が相手だ」
「ギャアアアアアッ!!」
魔獣が突進した。
速い。
ユウトは横へ踏み込み、牙を紙一重で避ける。
懐へ潜り込み、腰を捻った。
母から何度も叩き込まれた、最も基本となる一閃。
「黒羽一刀流——《一文字》!」
——ザンッ!
刃が首筋へ深く食い込んだ。
黒い血が飛び散る。
「ギャアアアアッ!」
魔獣は倒れず、苦痛に暴れた。
振り回された翼がユウトへ迫る。
「くっ!」
刀で受ける。
重い衝撃を殺しきれず、身体が道路を転がった。
「ぐっ……!」
痛みに顔を歪めながらも、すぐに立ち上がる。
魔獣も傷ついた首を持ち上げていた。
「一撃じゃ……倒せないか」
その時、複数の鳴き声が頭上から降ってきた。
「ギャアアアアアアッ!」
「…………」
ユウトが空を見る。
一体。
二体。
三体。
建物の屋根や街灯の上へ、赤黒い魔獣が次々と降り立っていく。
さらに上空では、数え切れない影が町の各所へ散っていた。
「こんなのが……町中に?」
祖父。
祖母。
そして、ユウカ。
三人の顔が脳裏に浮かぶ。
「…………っ」
ユウトは刀を握り直した。
ここで一体と戦い続けている場合ではない。
目の前の魔獣を振り切り、家族を探さなければならない。
「待ってろ、ユウカ」
魔獣が三方向の口を大きく開く。
「絶対に、俺が行くから」
◇
神社では、レイジが町から立ち上る黒煙を見つめていた。
ユウトが石段を下りてから、まだわずかな時間しか経っていない。
それでも爆発音は増え続け、上空を飛ぶ魔獣の数も減る気配がなかった。
「……待ってろって言われた」
「うむ」
「必ず戻るとも言った」
「言うておったな」
「でも、あいつは自分より誰かを優先する」
レイヴェルが目を細めた。
「出会って一週間の我らにも分かるほど、危うい性分じゃ」
「俺に、ここで待っていられると思う?」
「思わぬ」
レイヴェルは即答した。
『マスターが町へ向かう場合、戦闘へ巻き込まれる可能性は極めて高いと予測します』
「分かってる」
『銀の魔力も安定して制御できていません』
「それも分かってる」
『《銀衝》の再使用は推奨できません』
「使わない」
『では、何をするのですか?』
「ユウトを探す」
レイジは控え所へ入り、脱いでいた上着を羽織った。医療施設でもらった動きやすい服は、一週間の暮らしと稽古で多少汚れているが、破れた箇所はない。
端末を身につけ、外へ戻る。
武器はない。
戦い方も、まだほとんど知らない。
自分が行ったところで、何ができるのか分からない。
それでも——。
「あいつを一人にはできない」
「ならば行け」
レイヴェルが、普段の軽さを消した声で告げる。
「ただし、無謀と勇気を取り違えるでないぞ。戦えぬ時は逃げよ。救える者がおれば救え。まず生き残ることを考えるのじゃ」
「分かった」
『わたしも同行します。周辺の生体反応と戦闘反応を可能な限り追跡します』
「頼む、フィーネ」
レイジは鳥居をくぐり、石段の前へ立った。
眼下に広がる鳴海沢は、すでに炎と黒煙に覆われ始めている。
人々の悲鳴。
魔獣の咆哮。
鳴り止まない警報。
赤黒い翼が空を埋め尽くしている。
昨日までの日常は、もうどこにもなかった。
「ユウト……待ってろ」
今度はレイジが、その言葉を口にした。
そして一段目を蹴り、燃え上がる鳴海沢へ向かって石段を駆け下りた。
平穏だった町は今まさに、災厄の群れによって蹂躙され始めていた。
ここからグロ要素があるからタグ増やそうかな?