崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~   作:クロネコアラ

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修正版に変えました。


第10話-折れた剣と千切れたお守り-

 

「ギャアアアアアッ!!」

 赤黒い魔獣が、三方向へ裂けた口を開いた。

 ユウトは刀を正面に構えたまま、ゆっくりと息を吐く。

 目の前に一体。

 屋根の上に二体。

 さらに上空では、数え切れないほどの影が鳴海沢の町へ散っている。

 ここで足を止めている時間はない。

「待ってろ、ユウカ」

 呟いた直後、正面の魔獣——ギリオンが地面を蹴った。

 速い。

 だが、一度見た動きだ。

 ユウトは横へ踏み込み、牙を避ける。すれ違いざまに首筋の傷へ刀を滑り込ませた。

「はぁっ!」

 ——ザシュッ!

「ギャアアッ!」

 黒い血が飛び散る。

 先ほどの《一文字》で裂いた箇所へ、もう一度刃を重ねた。

 深く入った。

 それでも倒れない。

 ギリオンが翼を振り回す。

 ユウトは身を沈め、頭上を通り過ぎた翼の下へ潜り込んだ。

「もう一度——!」

 腰を捻り、全身の力を刀へ乗せる。

「黒羽一刀流、《一文字》!」

 銀色の軌跡が、傷ついた首を斬り抜いた。

 ギリオンの頭が大きく傾く。

 巨体は数歩よろめき、道路へ倒れ込んだ。

 ——ドォン!

「はぁ……はぁ……」

 倒した。

 だが、喜ぶ余裕はなかった。

 屋根の上にいた二体が翼を広げる。

「くそっ……!」

 ユウトは倒れていた警備隊員へ駆け寄った。

「立てますか!」

「あ、ああ……」

 隊員は痛めた腕を押さえながら立ち上がる。

「向こうで避難誘導をしています。走れますか?」

「君はどうする!」

「家族を探します!」

「待て! 一人で動くのは危険だ!」

「分かってます!」

 分かっていても、止まることはできない。

 ユウトは刀を鞘へ戻し、脇道へ飛び込んだ。

 背後で翼が風を叩く。

 振り返らない。

 家族が待っている。

 そう信じて、ユウトは燃え始めた町を走った。

           ◇

「ユウカ!」

 返事はない。

「祖父ちゃん! 祖母ちゃん!」

 警報と爆発音に、ユウトの声がかき消される。

 祖父母の家へ向かう大通りは、横倒しになった浮遊車両と瓦礫で塞がれていた。

 建物の壁には巨大な爪痕が走り、割れた窓から黒煙が吐き出されている。

「こっちへ! 立ち止まらないで!」

 警備隊員の声に従い、大勢の住民が通りを駆けていく。

 泣いている子供。

 怪我人を支える者。

 家族の名を叫び続ける者。

 誰もが必死だった。

「お母さん! お母さん、どこ!?」

 道の端で、小さな男の子が泣いている。

 その頭上。

 建物の縁へ、赤黒い影が降り立った。

「危ない!」

 ユウトは男の子を抱え、地面を蹴った。

 直後、ギリオンが道路へ突っ込む。

 ——ドゴォン!

 瓦礫が弾けた。

「うわっ!」

 衝撃に押されながらも、ユウトは男の子を抱えたまま転がる。

「怪我は?」

「お、お母さんが……!」

「今はあっちへ走れ!」

 避難する集団を指差す。

「でも……」

「お母さんも避難してるかもしれない。ここにいたら見つけてもらえないぞ!」

 男の子は涙を拭い、小さく頷いた。

「走れ!」

 背中を押す。

 少年が避難者へ向かって走り出すと、ユウトは刀を抜いた。

 道路へ降りたギリオンがこちらを見ている。

 閉じていた眼が開いた。

 牙の隙間から涎が落ちる。

「……俺を見てる場合かよ」

 ユウトは周囲へ視線を走らせた。

 左の路地なら家の近くへ抜けられる。

 ギリオンが翼を広げた。

 ユウトも地面を蹴る。

 正面からぶつかる直前、身体を低くして横へ滑り込んだ。

 牙が髪を掠める。

 ユウトは振り返らず、そのまま路地へ駆け込んだ。

 狭い道なら、巨大な翼は邪魔になる。

「ギャアアアアッ!」

 背後で壁が砕けた。

 ギリオンは建物を傷つけながら追ってくる。

「しつこいんだよ!」

 角を曲がる。

 積み上がった荷箱を蹴り倒す。

 それを踏み砕く音を背中で聞きながら、ユウトはさらに走った。

 次の角を曲がったところで、前方に複数の警備隊員が見えた。

「魔獣が来ます!」

「全員、構えろ!」

 魔導銃の銃口が一斉に路地へ向く。

「君、伏せろ!」

 ユウトは地面へ身を投げた。

 直後、頭上を青白い光弾が通過する。

 追ってきたギリオンへ集中砲火が浴びせられた。

 爆発。

 狭い路地を黒煙が埋める。

「今のうちに行け!」

「ありがとうございます!」

 立ち上がり、再び駆ける。

 家族のもとへ。

 ユウトは一度も振り返らなかった。

           ◇

 祖父母の家があった通りへ辿り着いた時、ユウトは息を呑んだ。

「……嘘だろ」

 家の一部が崩れていた。

 屋根は大きく陥没し、玄関先には砕けた木材と瓦礫が積み重なっている。

「ユウカ!」

 瓦礫を乗り越え、玄関へ向かう。

「祖父ちゃん! 祖母ちゃん!」

 返事はない。

 胸が冷たくなる。

 最悪の光景が頭を過ぎった。

「……違う」

 まだ何も分からない。

 警報を聞いて避難した可能性がある。

 ユウトは玄関脇へ回り込み、崩れた壁の隙間から中を確認した。

「ユウカ!」

 居間。

 台所。

 客間。

 人の姿はない。

 代わりに、食卓の上へ置かれた端末が目に入った。

 画面には避難情報が表示されたままになっている。

 ——第一避難所、収容上限。

 ——北部住民は第二避難所へ移動。

「第二避難所……」

 町外れの集会所だ。

 生きている。

 少なくとも、警報のあとにこの画面を確認した者がいる。

 ユウトは外へ飛び出した。

「待ってろ……!」

           ◇

「お兄ちゃん!」

 第二避難所へ続く通りへ入った瞬間、聞き慣れた声が届いた。

「…………!」

 避難する人々の間から、小さな少女が駆けてくる。

 黒い髪。

 見慣れた服。

 涙で濡れた顔。

「ユウカ!」

 ユウトは走り寄り、飛び込んできた妹を受け止めた。

「お兄ちゃん!」

「馬鹿! 何で外にいるんだ!」

「お兄ちゃんこそ!」

「怪我は!?」

「ない!」

「本当に?」

「本当!」

 腕、肩、頭。

 目で確かめ、ようやく息を吐く。

「祖父ちゃんと祖母ちゃんは?」

「一緒にいる!」

 ユウカが後ろを指差す。

 避難者の中から、祖父母がこちらへ歩いてくる。

「ユウト!」

「祖父ちゃん!」

「無事だったのか!」

「祖母ちゃんも……」

「私たちは大丈夫だよ」

「…………」

 全員、生きている。

 大きな怪我もない。

 それが分かった途端、全身から僅かに力が抜けた。

「……よかった」

 本当に、それしか言えなかった。

「お兄ちゃん……」

 ユウカがユウトの服を強く掴む。

「怖かった……」

「…………」

「空から、いっぱい来て……家も壊れて……」

「もう大丈夫だ」

 自然と、そんな言葉が出た。

 何一つ大丈夫ではない。

 それでもユウトは、妹の頭へ手を置いた。

「俺がいる」

「…………」

「だから大丈夫だ」

 ユウカは涙を拭い、小さく頷いた。

 その視線が、ユウトの腰にある刀へ向く。

 鞘には、桃色と青のお守りが揺れていた。

「……持っててくれたんだ」

「何が?」

「私があげたお守り」

「当たり前だろ」

 ユウトは桃色のお守りへ触れた。

「なくしたら、お前がうるさいからな」

「なくしたら怒るよ」

「分かってる」

「絶対だよ」

「ああ」

 ユウカは自分の左手首を持ち上げた。

 そこには、ユウトの鞘にあるものと同じ桃色のお守りが結ばれている。

「私も、ちゃんと持ってるから」

「見れば分かる」

「お揃いなんだから、お兄ちゃんも大事にしてよね」

「分かってるって」

 ユウトは、妹を安心させるように笑った。

 その時——。

「ギャアアアアアッ!!」

 上空で咆哮が響いた。

「全員、建物へ入れ!」

「急げ!」

 避難者たちが町外れの集会所へ駆け込んでいく。

「ユウカ、行くぞ!」

「うん!」

 ユウトは妹の手を取り、祖父母とともに走った。

           ◇

 古い集会所へ逃げ込めたのは、四十人ほどだった。

 子供。

 老人。

 怪我人。

 そして、避難所へ辿り着けなかった住民たち。

「窓を塞げ!」

「机をこっちへ!」

「怪我人は奥へ運んで!」

「水はどれだけある!」

「備蓄庫に少しだけ!」

 建物の中は混乱していた。

 家族とはぐれ、泣き続ける子供がいる。

 傷口を布で押さえ、壁にもたれている者がいる。

 震える手で端末を操作し続ける者もいた。

「通信は?」

「駄目だ! 救援要請が送れない!」

「警備隊はどうした!」

「町の各地で戦ってる!」

「ここにもすぐ来るぞ!」

「落ち着け!」

「落ち着いていられるか!」

 怒鳴り声が飛び交う。

 ユウトは塞いだ窓板の隙間から外を見た。

 黒煙。

 炎。

 旋回する赤黒い翼。

 遠くで魔導弾が何度も空へ伸びている。

 だが、ギリオンの数が多すぎる。

 一体を撃ち落としても、その向こうから新たな影が現れる。

「ここも……時間の問題だ」

 隣に立つ負傷した警備隊員が呟いた。

 先ほどとは別の男だ。額に包帯を巻き、片脚を引きずっている。

「救援は来ないんですか?」

「近隣基地から向かっているはずだ。だが、通信が死んでる。こちらの正確な状況が伝わっているかも分からない」

「それまで、この建物が持つと思いますか?」

「…………」

 答えはなかった。

 壁は普通の建材だ。

 机や棚で窓を塞いでも、あの怪物なら容易く破壊するだろう。

「……待て」

 一人の老人が顔を上げた。

「山に、古い避難路がある」

「避難路?」

「町が今より小さかった頃に使われていた洞窟じゃ。北の山を抜け、反対側の旧街道へ出られる」

 別の老人も頷く。

「ああ。子供の頃に入ったことがある。入口はこの近くのはずだ」

「今も通れるのか?」

「分からん。何十年も使われておらんからのう」

「崩れていたらどうする!」

「ここにいても殺される!」

 ——ドォン!

 外で何かが爆発し、建物が揺れた。

 天井から埃が落ちる。

 泣いていた子供たちの声が大きくなった。

「行こう」

 ユウトが立ち上がる。

「お兄ちゃん?」

「ここに残るより、洞窟を進んだ方がいい」

 警備隊員を見る。

「空を飛ぶあいつらからも隠れられる」

「だが、道が生きている保証はない」

「俺が先を見ます」

「君が?」

「走れます。崩れていたら、すぐ戻って知らせます」

「危険だぞ」

「ここにいたって同じです」

 警備隊員は僅かに迷い、やがて頷いた。

「……分かった。私も行く」

「その脚で?」

「入口までなら動ける。それに、場所を知っている者が必要だ」

 老人が杖を手に立ち上がった。

「わしが案内する」

 避難者たちは顔を見合わせる。

「動ける者は怪我人を支えて!」

「子供と老人を真ん中へ!」

「持っていく物は最低限にしろ!」

 止まっていた人々が、再び動き始めた。

           ◇

 同じ頃。

 レイジは鳴海沢の町へ入っていた。

「ユウト!」

 叫んでも返事はない。

 道路には瓦礫が散乱し、建物の間を煙が流れている。

 つい昨日、遠くから眺めていた町。

 初めて訪れた時には、人々が行き交い、浮遊車両が走り、魔法と機械の光が満ちていた。

 今は警報と悲鳴、何かが壊れる音しか聞こえない。

『マスター、右前方に敵性反応!』

「っ!」

 レイジは横倒しになった車両の陰へ飛び込んだ。

 直後、頭上を赤黒い影が通過する。

 ギリオンは別の獲物を追っているのか、こちらには気づかず飛び去った。

「……危なかった」

「立ち止まるでない」

 レイヴェルが周囲を見回す。

「奴らは空から獲物を探しておる。開けた道を避けよ」

「分かった」

 レイジは建物沿いへ移動する。

「フィーネ、ユウトの場所は?」

『個人を識別できるほどの観測設備がありません。周辺の魔力反応も混線しています』

「それでも、何かないのか?」

『南東方向で戦闘反応を確認。その先では複数の住民が山側へ移動しています』

「ユウトがいるかもしれない」

「可能性だけで走れば、怪物の群れへ飛び込むことになるぞ」

「でも、ここで考えていても見つからない」

 レイヴェルは何も言わなかった。

 代わりに、レイジの隣へ並ぶ。

「行くぞ」

「ああ」

 レイジは煙の中を走り出した。

           ◇

 集会所を出た避難者たちは、山へ向かっていた。

 四十人近い集団は、思うように速く進めない。

「ゆっくりでいい! 押さないで!」

「足元に気をつけろ!」

「大丈夫ですか?」

「すまないね……」

 若者が老人へ肩を貸す。

 怪我人を背負う者がいる。

 子供たちは手を繋ぎ、泣くのを堪えながら歩いている。

 ユウトは列の最後尾近くに立ち、何度も後ろを確認していた。

 空へ姿を晒さないよう、建物と木々の陰を選んで進む。

「お兄ちゃん」

「ユウカ? 前にいろ」

「手、震えてる」

「震えてない」

「嘘」

 刀を握る右手へ視線を落とす。

 確かに、僅かに震えていた。

「……寒いだけだ」

「今日、暑いよ」

「じゃあ、気のせいだ」

「お兄ちゃん、嘘をつく時ちょっとだけ目を逸らすよね」

「よく見てるな」

「妹だから」

「なら、兄ちゃんの言うことを聞いて前へ行け」

「…………」

「大丈夫だから」

「またそれ言う」

「兄ちゃんだからな」

「意味分かんない」

「俺も分かんない」

 ユウカが、ほんの少しだけ笑った。

 その顔を見て、ユウトも僅かに口元を緩める。

「ユウカ」

「何?」

「祖父ちゃんたちから離れるなよ」

「お兄ちゃんもね」

「分かってる」

「目、逸らした」

「……早く行け」

「絶対だからね」

 ユウカは何度も振り返りながら、列の中央へ戻っていった。

 ユウトは刀の鞘へ触れる。

 桃色と青のお守りが、走るたびに小さく揺れていた。

「絶対、か」

 守れる約束なのか。

 自分でも分からなかった。

           ◇

「見えた!」

 先頭から声が上がった。

 山肌に、草木で半ば覆われた大きな岩穴がある。

「あれじゃ!」

 老人が指差した。

 数人の男たちが灯りを手に洞窟へ入る。

「崩落に気をつけろ!」

「奥を確認してくる!」

 残った者たちは息を潜めて待った。

 一分。

 二分。

 時間が異様に長く感じられる。

 やがて暗闇の奥から光が近づいてきた。

「道は生きてる!」

 戻ってきた男が叫ぶ。

「狭い場所はあるが通れる! 風も流れてるから、反対側まで繋がってるはずだ!」

 避難者たちから安堵の声が漏れた。

「子供と怪我人から入れ!」

「押すな! 順番に!」

「灯りを持っている者は、列の前と中央へ!」

 一人ずつ、洞窟へ入っていく。

「ユウカ」

「うん」

「祖父ちゃんたちと先に行け」

「お兄ちゃんは?」

「全員入ったか確認してから行く」

「一緒に行こう」

「すぐ追いつく」

「…………」

 ユウカはユウトの目を見た。

「今度は逸らしてない」

「嘘じゃないからな」

「絶対来てね」

「ああ」

「絶対だよ」

「分かってる」

 ユウトは妹の背中を押した。

 祖父がユウカの手を取り、祖母とともに洞窟へ入っていく。

「お兄ちゃん!」

 暗闇へ消える直前、ユウカが振り返った。

「お守り、なくさないでね!」

 ユウトは刀を少し持ち上げた。

 鞘に結ばれた桃色のお守りが揺れる。

「分かってる!」

 笑って答えた。

 それが、ユウカが見た兄の最後の笑顔になるなど、この時の彼女は知るはずもなかった。

 ——バサッ。

 翼が風を叩く音がした。

 ユウトの笑みが消える。

 ——バサッ。

 近い。

「来たぞ!」

 負傷した警備隊員が魔導銃を構える。

 木々の間。

 赤く濁った眼が開いた。

 一体。

 二体。

 三体。

 さらにその後ろで、いくつもの翼が動いている。

「全員、洞窟へ急げ!」

「戦える者は残れ!」

 前へ出たのは僅かだった。

 負傷した警備隊員。

 片手剣を持つ中年の男。

 古い魔導銃を握る老人。

 槍を持った男。

 農具を構えた者が二人。

 そして、ユウト。

「坊主」

 警備隊員がユウトを見る。

「お前も入れ」

「嫌です」

「お前は子供だ!」

「十四です」

「そういう意味じゃない!」

「分かってます」

 ユウトは木々から目を離さない。

「でも、俺は戦える」

 刀の柄へ手を置く。

「戦えない人たちが逃げるまで、ここを守ります」

「…………」

 警備隊員は何かを言いかけ、やめた。

「死ぬなよ」

「そっちも」

「生意気な奴だ」

「よく言われます」

 木々を押し倒し、ギリオンが姿を現した。

「撃て!」

 ——ドドドドッ!

 魔導弾が森を照らす。

 一体の翼へ命中し、ギリオンが地面へ墜落した。

「ギャアアアアッ!」

「来るぞ!」

 二体目が低空から突っ込む。

 中年の男が剣で受け止めた。

「ぐっ……重い!」

「下がって!」

 ユウトが懐へ飛び込む。

「黒羽一刀流——《一文字》!」

 ——ザンッ!

 刃が翼の付け根を斬り裂く。

「ギャアアッ!」

「今だ!」

 槍がギリオンの胸へ突き刺さる。

 農具を持った二人が、倒れた身体を洞窟から遠ざけるように押し返した。

「次、右から二体!」

「爺さん!」

「任せろ!」

 古い魔導銃が火を噴く。

 一発は外れ、もう一発がギリオンの肩へ当たる。

「浅い!」

「十分です!」

 ユウトは怯んだ一体へ走った。

 牙を避ける。

 斬る。

 返す刀で、もう一度。

「はぁっ!」

 黒い血が頬へ飛ぶ。

 何秒経ったのか分からない。

 一分かもしれない。

 もっと短いかもしれない。

 それでも一秒稼げば、その分だけ避難者は遠くへ行ける。

「入口、最後の三人!」

 洞窟の奥から声が響いた。

「もう少しだ!」

「ここを通すな!」

 だが、ギリオンは次々と現れる。

 五体。

 十体。

 木々の向こうには、さらに多くの赤い眼が浮かんでいた。

「多すぎる……!」

 一体が上空から急降下する。

「伏せろ!」

 ユウトは隣の男を突き飛ばした。

 巨大な翼が迫る。

 刀を両手で構え、受け止めた。

 ——ギィン!

「ぐっ……!」

 腕が痺れる。

 足元の土が抉れた。

 鞘に結ばれた二つのお守りが、激しく揺れる。

「このっ……!」

 力を逸らし、翼を押し返す。

 直後、別のギリオンが横から尾を振るった。

「——っ!」

 避けきれない。

 ユウトは刀を立て、尾を受けた。

 ——ガキィン!

 甲高い音。

 刀身に亀裂が走った。

「なっ……」

 次の一撃。

 ——バキン!

 刃の半ばから先が折れ、地面へ突き刺さった。

 衝撃でユウトの身体も吹き飛ばされる。

「ぐっ!」

 地面を転がり、すぐに片膝をついた。

 折れた刀。

 短くなった刃。

 それでも、手放さない。

「まだだ……!」

 鞘に結ばれた桃色と青のお守りは、激しい戦いの中でもまだそこにある。

 ユウトは二つのお守りへ一瞬だけ目を向けると、折れた刀を構え直した。

 洞窟の奥。

 暗い道を進んでいたユウカが、不意に足を止めた。

 ——プツン。

「……え?」

 左手首から、何かが落ちた。

 足元へ目を向ける。

 兄とお揃いの桃色のお守りが、冷たい洞窟の地面に転がっていた。

 細い紐が途中から千切れている。

「……お兄ちゃん?」

「ユウカ、どうした?」

 祖母が振り返る。

「分からない」

 ユウカは胸元を押さえた。

「何か……嫌な感じがする」

 ユウカはしゃがみ込み、落ちたお守りを拾い上げた。

 汚れを払い、両手で強く握り締める。

 洞窟の入口は、もう見えない。

 兄の姿も、声も届かない。

 それでもユウカは、暗闇の向こうを何度も振り返った。

           ◇

「ユウト!」

 レイジは山へ向かって走っていた。

 町で見つけた避難者から、住民たちが北側の洞窟を目指したと聞いた。

 ユウトの姿を見た者もいた。

 黒髪の少年。

 刀を持ち、避難する人々の最後尾を守っていたという。

『マスター、前方で複数の戦闘反応を確認!』

「洞窟の場所は?」

『この先です。ただし、敵性反応が多すぎます!』

「ユウトは?」

『識別できません!』

「なら、行って確かめる!」

「レイジ、速度を落とすな!」

 レイヴェルが先を見据える。

「血の臭いがする」

「…………」

 レイジの顔から表情が消えた。

「どっち?」

「まっすぐじゃ」

 枝が頬を切る。

 足がもつれる。

 それでも止まらない。

「ユウト!」

 森の奥から、魔獣の咆哮が響いた。

 その音へ向かい、レイジはさらに速度を上げる。

 一方、洞窟の前では——。

「ギャアアアアアアアアッ!!」

 新たな群れが木々を押し倒し、姿を現していた。

 折れた刀を握るユウトの前に、赤黒い翼が幾重にも重なる。

 隣で戦っていた者たちも、一人、また一人と倒れている。

 逃げ道はない。

 それでもユウトは、洞窟の入口を背にして立っていた。

「来いよ」

 息を整え、残った刃を構える。

「ここから先へは——」

 震える足を踏みしめる。

「一匹も通さない」

 折れた剣を握る少年へ向かって、災厄の群れが一斉に襲いかかった。

 

 





ユウトとユウカの設定画


【挿絵表示】


【挿絵表示】


魔獣ギリオンの設定画


【挿絵表示】


設定画作るのも大変だぁ。
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