崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~   作:クロネコアラ

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後1話か2話で第1章が終わる、それが終われば待ちに待った学園編だ。


修正版に変えました。


第11話-器と銀と黒-

 

 最初に飛び込んできたのは、三体だった。

 一体は正面。

 二体は左右へ分かれ、洞窟の入口を塞ぐ者たちをまとめて食い破ろうとしている。

「撃て!」

 負傷した警備隊員が引き金を引いた。

 ——ドン! ドン!

 青白い魔導弾が正面のギリオンへ命中する。

 肩と胸で光が弾け、赤黒い巨体が僅かに怯んだ。

「今だ!」

「うおおおっ!」

 槍を持った男が踏み込む。

 穂先が胸へ突き刺さるが、硬い筋肉に阻まれ、深くは入らない。

「抜けない……!」

「離れろ!」

 ユウトが叫んだ。

 次の瞬間、ギリオンが翼を振り回す。

 槍ごと男の身体が弾き飛ばされた。

「ぐあっ!」

「おい!」

 助けへ向かう余裕はない。

 左から来た一体が三方向の口を開き、ユウトへ噛みつこうとしていた。

「っ!」

 横へ踏み込む。

 牙を避け、懐へ潜る。

 握っているのは、半ばから折れた刀。

 それでも刃は残っている。

「はぁっ!」

 翼の付け根へ突き立てた。

「ギャアアアアッ!」

 黒い血が噴き出す。

 ギリオンが暴れ、ユウトの身体を振り払った。

「ぐっ!」

 地面へ落ちる。

 すぐに立とうとした足が、僅かに揺れた。

 息が苦しい。

 腕が重い。

 視界の端が暗くなっている。

 どれだけ戦い続けたのか、もう分からない。

 周囲にいた大人たちも、まともに立っている者はほとんど残っていなかった。

 それでも、背後の洞窟からはまだ人の足音が聞こえる。

 全員が十分に離れたとは限らない。

「……まだだ」

 折れた刀を握り直す。

 刀へ込めた力に反応し、鞘に結ばれた二つのお守りが揺れた。

 桃色。

 青。

『お守り、なくさないでね!』

 ユウカの声が蘇る。

「分かってるよ……」

 帰らなければならない。

 妹と約束した。

 神社には、待っていると言いながら絶対に待っていないであろう少年もいる。

「あいつ……来るなって言ったのに、来るんだろうな」

 こんな時なのに、少しだけ笑ってしまった。

「本当に……人の話を聞かない奴だからな」

 その笑みは、すぐに消えた。

 上空から一体が急降下してくる。

「少年!」

 警備隊員の声。

 ユウトは反射的に刀を掲げた。

 巨大な牙と折れた刃がぶつかる。

 ——ギィン!

「ぐっ……!」

 刀身が軋む。

 両腕で支えても押し返せない。

 足が地面へ沈んでいく。

「この……!」

 ユウトは身体を捻り、力を横へ流した。

 ギリオンの頭が逸れる。

 その喉元へ刃を突き立てようとした瞬間——。

「後ろだ!」

「——っ!」

 別の一体が死角から飛びかかっていた。

 避けられない。

 ユウトは咄嗟に右腕を上げた。

 牙が食い込む。

「…………!」

 一瞬、痛みすら感じなかった。

 ギリオンが顎を閉じる。

 骨が砕ける音がした。

「がああああああああっ!!」

 激痛が全身を貫く。

 ギリオンが頭を振った。

 身体が宙へ持ち上げられる。

 反対方向へ、強く引かれた。

 ——ブチッ。

「あ……」

 地面へ投げ出される。

 何度も転がり、木の根へ背中を打ちつけた。

「か……はっ……」

 息ができない。

 何が起きたのか分からない。

 右手で身体を起こそうとした。

 動かない。

「……え?」

 視線を向ける。

 右腕が、肘の上から失われていた。

「…………」

 理解した瞬間、傷口から血が溢れ出した。

「ぐっ……ああ……!」

 叫ぶ力さえ出ない。

 折れた刀は、少し離れた地面へ落ちている。

 使い慣れた右手は、もうない。

「少年!」

 警備隊員が銃を撃つ。

 ユウトへ近づこうとしたギリオンが、魔導弾を受けて後退した。

「洞窟へ逃げろ!」

「でも……」

「もう十分だ! 避難者は行った!」

「…………」

 行った。

 ユウカも、祖父母も。

 なら、逃げてもいい。

 そう思った。

 左手を地面につき、立ち上がろうとする。

 だが、足に力が入らない。

 失った腕から血が流れすぎている。

 視界が揺れた。

 その時、一体のギリオンが洞窟の入口へ向きを変えた。

「……待て」

 獲物を追うように、暗い穴へ顔を向ける。

「そっちへ……行くな」

 立て。

 もう十分だと言われた。

 それでも、あの怪物が洞窟へ入らない保証はない。

 ユウトは左手で地面を掻き、折れた刀まで這った。

 柄を掴む。

 慣れない左手。

 それでも、握ることはできる。

「まだ……終わってない」

 片膝を立てる。

 ゆっくりと身体を起こす。

「俺が……いる」

 血に濡れた身体で、再び洞窟の前へ立った。

 ギリオンたちの赤い眼が、少年へ集まる。

「ここは……通さない」

           ◇

「ユウト!」

 レイジは森を走っていた。

 枝が頬を裂く。

 斜面で足を滑らせ、手をつく。

 すぐに立ち上がる。

『マスター、戦闘反応が減少しています!』

「終わったってことか?」

『分かりません。生体反応そのものが急速に消失しています』

「…………!」

 それが何を意味するのか。

 考えたくなかった。

「もっと速く走れないのか……!」

「焦るな! 転べば余計に遅れるぞ!」

「でも!」

「前を見よ!」

 レイヴェルの声に、レイジは顔を上げた。

 木々の間から、黒い煙が見える。

 近い。

 魔獣の咆哮も、はっきりと聞こえる。

 そして——。

「血の臭いが、濃くなっておる」

「…………」

 レイジは歯を食いしばった。

「ユウト!」

 さらに速度を上げた。

           ◇

 左手で振るう刀は、思うように動かなかった。

「はぁっ!」

 ユウトの刃がギリオンの顔を掠める。

 浅い。

 いつもなら届いていた場所へ、刃が届かない。

 体勢を戻す前に、翼が横から迫った。

「ぐっ!」

 胸を打たれ、地面へ転がる。

 息が詰まった。

 それでも刀を離さない。

「まだ……!」

 立とうとした直後、足元へ黒い影が落ちる。

 ギリオンの巨大な脚が、ユウトの左脚を踏みつけた。

「——っ!」

 骨が砕ける。

 別の一体が、動けなくなった脚へ食らいついた。

「やめ……!」

 牙が肉へ沈む。

 強く引かれた。

「ああああああああっ!!」

 視界が白く染まる。

 左脚が、膝の上から引き裂かれた。

 身体が崩れ落ちる。

 もう立てない。

 右腕もない。

 左脚もない。

 血が止まらない。

 呼吸をするだけで、意識が遠のいていく。

「……ごめん」

 誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 母へ。

 祖父母へ。

 ユウカへ。

 それとも、神社に残してきたレイジへ。

 約束を守れない。

 すぐ戻ると言った。

 絶対に追いつくと、妹へ答えた。

「……嘘つきだな、俺」

 ギリオンが近づいてくる。

 折れた刀は左手から離れ、もう届かない。

 少し離れた場所に鞘が落ちていた。

 桃色と青のお守りは、まだ結ばれている。

 青いお守りが目に入った。

 それを渡してきた少女の顔が浮かぶ。

『はい』

『……何これ』

『お守り。見れば分かるでしょ』

『じゃあ聞かなくていいだろ』

『そういう意味じゃない!』

『何で俺に?』

『…………』

『アオイ?』

『いいから持ってて! 絶対なくさないでよ!』

『分かったって』

『返事が軽い!』

「……ちゃんと、持ってるよ」

 もう声にはなっていなかった。

 最後に、もう一度会いたかった。

 そう思った時。

 視界を赤黒い身体が覆った。

 三方向の口が開く。

 腹部へ牙が食い込んだ。

「…………!」

 声すら出なかった。

 ギリオンが顔を上げる。

 肉が引き裂かれる。

 身体の内側から、命が抜けていく。

 痛みも、音も、急速に遠ざかっていった。

           ◇

「ユウト!」

 木々が途切れた。

 レイジの視界が開ける。

 そこにあったのは、戦場だった。

 洞窟の入口。

 折れた武器。

 倒れている人々。

 動かない者。

 呻き声を上げる者。

 赤黒い魔獣の死骸。

 そして、まだ動き回るギリオンの群れ。

「…………」

 レイジの足が止まった。

 血と土にまみれた場所の中央。

 一人の少年が倒れている。

「……ユウト?」

 返事はない。

 右腕がない。

 左脚も失われている。

 腹部には、目を背けたくなるほど深い傷。

 その身体へ、一体のギリオンが覆い被さっていた。

 何をしているのか。

 最初は理解できなかった。

 理解したくなかった。

 ギリオンがゆっくりと顔を上げる。

 三つに裂けた口元が、赤く濡れていた。

「…………」

 世界から音が消えた。

「レイジ」

 レイヴェルの声が聞こえる。

 だが、意味を持たない。

『マスター……』

 フィーネの声も遠い。

 昨日、木刀を振った。

『腕だけで振るな!』

『振ってない!』

『振ってる!』

 飯を分けてもらった。

 笑った。

 くだらないことで言い合った。

『必ず戻る』

「…………」

 なのに。

「……ユウト?」

 一歩、前へ出る。

「おい」

 足が震える。

「何してるんだよ」

 返事はない。

「立てよ」

 もう一歩。

「修行……まだ終わってないだろ」

 喉が詰まる。

「俺……お前に、一度も勝ってない」

 ギリオンが新たな獲物に気づき、レイジへ顔を向けた。

「ギィィィ……」

 一体。

 二体。

 三体。

 周囲にいたギリオンたちの眼が、次々と開く。

「どけ」

「ギィ……」

「ユウトから……どけよ」

 一体が威嚇するように翼を広げた。

「ギャアアアアアッ!!」

 咆哮。

 血に濡れた牙。

 その瞬間、レイジの中で何かが切れた。

「——どけ」

 ——ドクン。

 空気が震えた。

「……レイジ?」

 レイヴェルが目を見開く。

 ——ドクン。

 レイジの胸の奥。

 底の見えない器に満ちていた銀色の魔力が、一斉に脈打った。

 身体から銀の光が噴き上がる。

 風が逆巻く。

 木々が軋む。

 地面の石が、重力を失ったように浮かび上がる。

『魔力値、測定上限を突破!』

 フィーネが叫ぶ。

『マスター、制御してください! このままでは——』

「…………」

 レイジには聞こえていなかった。

 目に映るのは、ユウトと、その身体を囲む怪物だけ。

「お前らが……」

 銀色の光が瞳へ宿る。

「ユウトを……!」

「待て、レイジ!」

 レイヴェルが叫ぶ。

「感情のままに魔力を解き放つでない! 洞窟ごと消し飛ばすぞ!」

「…………!」

 洞窟。

 その奥には、ユウトが守った人々がいる。

 ユウカもいる。

 レイジの中で、何かが僅かに踏みとどまった。

 《銀衝》は使えない。

 ならば、どうする。

 銀の魔力が、身体の中を駆け巡る。

 腕へ。

 脚へ。

 筋肉へ。

 骨へ。

「なに……?」

 レイヴェルの表情が変わった。

「おぬし、我の魔力を身体へ纏わせておるのか?」

 レイジは知らない。

 そんな技術を教わったことはない。

 それでも身体が理解していた。

 ユウトと繰り返した稽古。

 足の置き方。

 腰の使い方。

 相手から目を逸らさないこと。

『腕だけで振るな!』

「……分かってるよ」

 レイジは腰を落とした。

「今度は、ちゃんとやる」

 ギリオンが飛びかかる。

 牙が迫る。

 レイジが地面を蹴った。

 ——ドンッ!

 地面が爆ぜる。

「ギッ!?」

 次の瞬間、レイジはギリオンの懐にいた。

 銀色に包まれた拳を、腹部へ叩き込む。

 ——ドゴォン!

 衝撃が巨体を突き抜けた。

 ギリオンは地面から浮き上がり、後方の木々を巻き込みながら吹き飛ぶ。

「…………」

 レイジは止まらない。

 二体目が右から牙を向ける。

 半歩、踏み込む。

 首を傾けて避け、顎へ掌底を打ち上げた。

 骨が砕ける。

 三方向の口が閉じきらないまま、ギリオンが仰向けに倒れた。

 三体目。

 背後。

「後ろじゃ!」

 レイヴェルの声。

 振り返るより先に身体を沈める。

 翼が頭上を通過した。

 レイジはその翼を両手で掴む。

「邪魔だ!」

 巨体を振り回し、別の一体へ叩きつけた。

「ギャアアッ!」

 二体が絡み合って地面へ転がる。

 レイジは跳び上がった。

 銀の光を纏った踵を、上から振り下ろす。

 ——ドォン!

 地面が陥没した。

 二体の動きが止まる。

「……信じられぬ」

 レイヴェルが呟いた。

『何がですか?』

「魔力の扱いじゃ。あやつが魔力の存在を知ってから、まだひと月も経っておらぬ」

 レイジが一歩踏み込む。

 無駄な動きが消える。

 次の一体を殴る。

 その勢いを殺さず、迫る尾を掴む。

 引き寄せ、膝を叩き込む。

「それが今……戦いながら学んでおる」

『マスターの運動精度が、急速に上昇しています』

「器……」

 レイヴェルは銀色に包まれた少年を見つめた。

「おぬしは、力を受け入れるだけではないのか……?」

 十体。

 十五体。

 洞窟前にいたギリオンが次々と倒れていく。

 最後の一体が、恐怖するように翼を広げた。

「逃がさない」

 ギリオンが空へ飛び上がる。

 レイジも地面を蹴った。

「ギィッ!?」

 一瞬で追いつく。

 銀色の拳を振り上げる。

「お前で——最後だ!」

 ——ドォォォン!

 ギリオンの身体が地面へ叩き落とされた。

 土煙が上がる。

 轟音のあと、洞窟前に静寂が訪れた。

「はぁ……はぁ……」

 レイジが地面へ降りる。

 洞窟の周囲にいたギリオンは、すべて動かなくなっていた。

 だが、身体を包む銀色の魔力は消えない。

 怒りに呼応するように、さらに強く燃えている。

「……完全に目覚めたか」

 レイヴェルが呟く。

『何がですか?』

「器が、我の力を自らのものとして受け入れた」

            ◇

 ——ピシッ。

 空に、黒い亀裂が走っていた。

『上空に大規模な次元歪曲反応!』

 フィーネが叫ぶ。

 亀裂は瞬く間に広がり、光のない暗闇を覗かせた。

 遠く、鳴海沢の上空を飛んでいたギリオンたちが一斉に動きを止める。

 一体が亀裂へ向かう。

 続いて二体、十体。

 町中に散っていた赤黒い翼が、何かに引かれるように空へ集まり始めた。

「呼ばれておる……?」

 レイヴェルが険しい表情で呟く。

「逃げてるんじゃないのか?」

「違う。あれは命令へ従う動きじゃ」

『敵性反応、次元亀裂へ次々と侵入しています』

 誰が呼んでいるのか。

 なぜ今なのか。

 レイジには、どうでもよかった。

「ユウト!」

 空から目を逸らし、倒れている少年へ駆け寄る。

 膝をつき、肩へ触れる。

「おい! ユウト!」

 身体が冷たい。

「返事しろ!」

『待ってください、マスター!』

 フィーネがユウトの上へ飛ぶ。

 首元の魔石が輝き、淡い走査光が傷ついた身体を包んだ。

『生命反応を確認します』

「早く!」

『…………』

 数秒。

 レイジには、その時間が永遠のように感じられた。

『あります』

「…………!」

『微弱ですが、生命反応があります!』

「生きてる……?」

『はい。ただし——』

「ユウト!」

 レイジは顔を近づけた。

「おい、俺だ! レイジだ!」

「…………」

 ユウトの瞼が僅かに動く。

「……れ……」

「ユウト!」

「……い、じ……?」

「ああ! 俺だ!」

 ほんの少しだけ、黒い瞳が開く。

「……遅ぇ……よ……」

「…………っ」

「馬鹿……」

「ごめん」

「ほんと……だよ……」

「ごめん……!」

 レイジの声が震える。

「もう大丈夫だ。ここにいた奴らは倒した。残りも町から離れてる」

「……そっか……」

 ユウトの口元が、僅かに緩む。

「ユウカたち……は……?」

「洞窟の奥にいる。生体反応もある。無事だ」

『洞窟内部に複数の生体反応を確認しています』

「聞こえたか? みんな生きてる」

「……よかった……」

 安心したように、ユウトが僅かに目を細める。

「寝るな!」

 もう返事はなかった。

「フィーネ、治して!」

『…………』

「早く!」

『マスター……』

「魔法でも、俺の魔力でも、何でも使っていい! だから!」

『損傷が大きすぎます』

「だから何だよ!」

『右上肢と左下肢を欠損。腹部臓器に致命的損傷。循環血液量も、生存可能な値を下回っています』

「止血すれば——」

『間に合いません』

「やってみないと分からないだろ!」

『マスター……』

「助けろよ!」

 フィーネは何も答えられなかった。

「レイヴェル!」

「…………」

「魔力ならある! お前の力で治せないのか!?」

「無理じゃ」

「何で!」

「魔力は万能ではない!」

 レイヴェルの声が、静かな森へ響く。

「失われた血も、喰われた臓器も、この場で元へ戻すことはできぬ。肉体が壊れすぎておる」

「でも……」

「もう、間に合わぬ」

「…………」

 ユウトの呼吸は弱い。

 一度。

 長い間を置き、もう一度。

 少しずつ消えようとしている。

「嫌だ」

「レイジ」

「嫌だ!」

 レイジはユウトの服を掴んだ。

 何も分からなかった自分へ、最初に手を差し伸べてくれた。

 食事を分け、住む場所を教え、剣を教えてくれた。

 一人だった日々を、笑える時間へ変えてくれた。

「明日も来るって……言ったんだ」

 涙が落ちる。

「俺だって、待ってるって約束した」

「…………」

「だから、勝手に死ぬなよ……」

 その時。

 ——ドクン。

「…………?」

 レイジの胸の奥で、何かが脈打った。

 先ほどまで暴れていた銀の魔力とは違う。

 静かで、温かい。

 何かを受け入れるために、器の奥が開いていく感覚。

 ——ドクン。

「これは……」

 レイヴェルが顔を上げた。

「まさか」

『ユウトの魔力反応に変化!』

 フィーネが叫ぶ。

 ユウトの身体から、黒い光が浮かび上がった。

 夜よりも深い、漆黒の魔力。

「この光は……?」

「あの小僧の魔力じゃ」

「ユウトの?」

「レイジ、おぬしが引き寄せておる」

「俺が……?」

 黒い光が粒子となり、レイジへ流れ始める。

 レイヴェルが杖から解き放たれた時と同じ。

 魔力だけではない。

 肉体から離れかけている魂までも、器が受け入れようとしている。

「止められるのか?」

「止めることはできる」

 レイヴェルは真っ直ぐにレイジを見た。

「じゃが、止めればこの小僧はここで死ぬ」

「…………」

「続ければ、魂はおぬしの内へ移る。肉体は救えぬ。元のように生きられる保証もない。我と同じく、おぬしから離れられぬ存在となるかもしれぬ」

「それでも、生きられるんだな?」

「魂を留められれば、消滅は免れる。じゃが——」

「なら、やる」

「最後まで聞け」

「聞いても答えは変わらない」

 レイジはユウトの肩へ手を置いた。

「命を背負うということじゃぞ」

「分かってる」

 本当は、すべてを理解しているわけではない。

 何が起きるのかも分からない。

 それでも選択肢は一つしかなかった。

「死なせない」

 銀色の魔力が広がり、ユウトの身体を包む。

「絶対に」

 黒い光が強くなる。

 ユウトという一人の人間。

 その記憶。

 魔力。

 魂。

 目には見えないすべてが、レイジの中へ引き寄せられていく。

「来い、ユウト!」

 銀と黒の光が交わる。

「死なせるくらいなら——」

 レイジの器が、大きく開いた。

「俺の中に来い!!」

 ——ドクン!!

 銀と黒の光が弾け、視界が白く染まった。

 黒い粒子が、ユウトの胸元から次々と浮かび上がる。

 その一つ一つがレイジの身体へ触れ、深い場所へ沈んでいった。

 最後の光が吸い込まれる。

 同時に、ユウトの胸の動きが止まった。

「……ユウト?」

 呼びかけても返事はない。

 傷ついた肉体は、右腕と左脚を失い、腹部へ深い傷を負った姿のまま地面に残されている。

 肉体を救えたわけではない。

 消えかけていた魂と魔力を、自らの器へ繋ぎ止めただけだ。

「レイヴェル」

「うむ」

 レイヴェルが静かに頷いた。

「黒い魂は消えておらぬ。おぬしの内におる」

「ユウトは……生きてるのか?」

「我と同じ状態かは、まだ分からぬ。すぐに目覚めるとも限らぬ。じゃが、少なくとも魂は失われておらん」

「…………」

 レイジは胸へ手を当てた。

 銀の魔力よりも、さらに深い場所。

 そこに、小さな黒い脈動がある。

 弱々しい。

 それでも、確かに消えずに残っている。

「……そこにいるんだな」

 返事はなかった。

 だが、黒い脈動がもう一度だけ震えた。

 レイジは俯き、地面に横たわるユウトを見た。

 魂を救えても、目の前の姿が元へ戻るわけではない。

 顔には泥と血が付き、衣服も傷口の周囲で酷く破れている。

「マスター……」

 フィーネが近くへ寄る。

「少し、手伝ってくれ」

『何をするのですか?』

「このままにはしておけない」

 レイジは震える手を伸ばした。

 まず、ユウトの身体をゆっくりと仰向けにする。

 傷口へ触れないよう注意しながら、乱れていた服を可能な範囲で整えた。

 近くに落ちていた布を拾い、泥と血に汚れた頬を静かに拭う。

 閉じきっていなかった瞼へ指を添え、そっと下ろした。

 眠っているようには見えない。

 それでも、先ほどよりはユウトらしい顔に戻った。

「……痛かったよな」

 答えはない。

「怖かったよな」

 胸の奥にある黒い脈動だけが、静かに続いている。

 少し離れた場所には、折れた刀が落ちていた。

 レイジはそれを拾い上げる。

 短くなった刀身には、何度も戦った痕跡が残っていた。

 さらに周囲を探し、黒い鞘も見つける。

 下緒には、桃色と青のお守りが結ばれたままだった。

 桃色は妹のユウカから。

 青は幼馴染のアオイから。

 どちらも、ユウトが最後まで手放さなかった大切なものだ。

 レイジは折れた刀を鞘のそばへ置き、二つをユウトの左側へ丁寧に並べた。

「これなら、見つけてもらえるよな」

『はい』

 フィーネが小さく頷く。

『洞窟内の生体反応は、現在も反対側の出口へ向かって移動しています。ユウカたちも無事です』

「そっか」

 レイジは安堵したように息を吐いた。

 ユウトが命を懸けて守った人々は、生きて洞窟を進んでいる。

 その事実だけは、器の中にいるユウトへ伝えたかった。

「聞こえてるか、ユウト」

 胸へ手を当てる。

「ユウカたちは無事だって」

 黒い脈動は変わらない。

 眠っているのか。

 声が届いていないのか。

 それでもレイジは続けた。

「お前が守ったんだ」

 風が吹き抜けた。

 血と煙の臭いを運び、ユウトの黒髪を僅かに揺らす。

「レイジ」

 レイヴェルが森の向こうへ目を向けた。

「人の気配が近づいておる。町から救援が来たのであろう」

『複数の生体反応を確認。武装した集団と思われます』

 レイジはユウトを見つめた。

 ここに残れば、何が起きたのか尋ねられる。

 自分でも説明できない力。

 レイヴェルの魂。

 そして今は、ユウトの魂と黒い魔力まで内側にある。

 身元もなく、力を制御できない自分が見つかれば、ユウトの家族へ会わせてもらえるとは限らない。

「……行こう」

『よろしいのですか?』

「俺がここにいたら、きっと余計に話がややこしくなる」

 立ち上がる。

 足元が僅かに揺れた。

 銀の魔力を一気に使い、さらに一人分の魂と魔力を受け入れた反動で、身体は限界に近い。

 それでも、ここで倒れるわけにはいかない。

「ユウトの身体は、すぐに見つけてもらえる。刀も、お守りも置いた」

「うむ」

 レイヴェルがユウトの肉体へ静かに目を向けた。

「行くとしよう。今のおぬしには休息も必要じゃ」

 レイジは一歩踏み出し、もう一度だけ振り返った。

 穏やかに閉じられた目。

 傍らに置かれた折れた刀。

 鞘に残る、桃色と青のお守り。

「またな、ユウト」

 別れの言葉ではない。

 胸の中に残る黒い魂へ向けた、再会の約束だった。

 レイジは木々の間へ足を踏み入れる。

 レイヴェルとフィーネも、そのあとへ続いた。

 やがて三人の姿は森の奥へ消えていく。

 その直後。

 遠くから、救援隊の呼びかける声が聞こえ始めた。

 血に染まった洞窟の前。

 多くの命を守り抜いた少年の肉体は、折れた剣と二つのお守りに寄り添われ、静かに横たわっていた。

 一方、その魂と黒い魔力は失われていない。

 銀と共に、器の奥深くで確かに脈打っている。

 器——レイジ。

 銀——銀覇王レイヴェル。

 黒——クロバ・ユウト。

 三つの運命は、この日、痛みとともに一つへ結ばれた。

 

 

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