崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
後1話か2話で第1章が終わる、それが終われば待ちに待った学園編だ。
修正版に変えました。
最初に飛び込んできたのは、三体だった。
一体は正面。
二体は左右へ分かれ、洞窟の入口を塞ぐ者たちをまとめて食い破ろうとしている。
「撃て!」
負傷した警備隊員が引き金を引いた。
——ドン! ドン!
青白い魔導弾が正面のギリオンへ命中する。
肩と胸で光が弾け、赤黒い巨体が僅かに怯んだ。
「今だ!」
「うおおおっ!」
槍を持った男が踏み込む。
穂先が胸へ突き刺さるが、硬い筋肉に阻まれ、深くは入らない。
「抜けない……!」
「離れろ!」
ユウトが叫んだ。
次の瞬間、ギリオンが翼を振り回す。
槍ごと男の身体が弾き飛ばされた。
「ぐあっ!」
「おい!」
助けへ向かう余裕はない。
左から来た一体が三方向の口を開き、ユウトへ噛みつこうとしていた。
「っ!」
横へ踏み込む。
牙を避け、懐へ潜る。
握っているのは、半ばから折れた刀。
それでも刃は残っている。
「はぁっ!」
翼の付け根へ突き立てた。
「ギャアアアアッ!」
黒い血が噴き出す。
ギリオンが暴れ、ユウトの身体を振り払った。
「ぐっ!」
地面へ落ちる。
すぐに立とうとした足が、僅かに揺れた。
息が苦しい。
腕が重い。
視界の端が暗くなっている。
どれだけ戦い続けたのか、もう分からない。
周囲にいた大人たちも、まともに立っている者はほとんど残っていなかった。
それでも、背後の洞窟からはまだ人の足音が聞こえる。
全員が十分に離れたとは限らない。
「……まだだ」
折れた刀を握り直す。
刀へ込めた力に反応し、鞘に結ばれた二つのお守りが揺れた。
桃色。
青。
『お守り、なくさないでね!』
ユウカの声が蘇る。
「分かってるよ……」
帰らなければならない。
妹と約束した。
神社には、待っていると言いながら絶対に待っていないであろう少年もいる。
「あいつ……来るなって言ったのに、来るんだろうな」
こんな時なのに、少しだけ笑ってしまった。
「本当に……人の話を聞かない奴だからな」
その笑みは、すぐに消えた。
上空から一体が急降下してくる。
「少年!」
警備隊員の声。
ユウトは反射的に刀を掲げた。
巨大な牙と折れた刃がぶつかる。
——ギィン!
「ぐっ……!」
刀身が軋む。
両腕で支えても押し返せない。
足が地面へ沈んでいく。
「この……!」
ユウトは身体を捻り、力を横へ流した。
ギリオンの頭が逸れる。
その喉元へ刃を突き立てようとした瞬間——。
「後ろだ!」
「——っ!」
別の一体が死角から飛びかかっていた。
避けられない。
ユウトは咄嗟に右腕を上げた。
牙が食い込む。
「…………!」
一瞬、痛みすら感じなかった。
ギリオンが顎を閉じる。
骨が砕ける音がした。
「がああああああああっ!!」
激痛が全身を貫く。
ギリオンが頭を振った。
身体が宙へ持ち上げられる。
反対方向へ、強く引かれた。
——ブチッ。
「あ……」
地面へ投げ出される。
何度も転がり、木の根へ背中を打ちつけた。
「か……はっ……」
息ができない。
何が起きたのか分からない。
右手で身体を起こそうとした。
動かない。
「……え?」
視線を向ける。
右腕が、肘の上から失われていた。
「…………」
理解した瞬間、傷口から血が溢れ出した。
「ぐっ……ああ……!」
叫ぶ力さえ出ない。
折れた刀は、少し離れた地面へ落ちている。
使い慣れた右手は、もうない。
「少年!」
警備隊員が銃を撃つ。
ユウトへ近づこうとしたギリオンが、魔導弾を受けて後退した。
「洞窟へ逃げろ!」
「でも……」
「もう十分だ! 避難者は行った!」
「…………」
行った。
ユウカも、祖父母も。
なら、逃げてもいい。
そう思った。
左手を地面につき、立ち上がろうとする。
だが、足に力が入らない。
失った腕から血が流れすぎている。
視界が揺れた。
その時、一体のギリオンが洞窟の入口へ向きを変えた。
「……待て」
獲物を追うように、暗い穴へ顔を向ける。
「そっちへ……行くな」
立て。
もう十分だと言われた。
それでも、あの怪物が洞窟へ入らない保証はない。
ユウトは左手で地面を掻き、折れた刀まで這った。
柄を掴む。
慣れない左手。
それでも、握ることはできる。
「まだ……終わってない」
片膝を立てる。
ゆっくりと身体を起こす。
「俺が……いる」
血に濡れた身体で、再び洞窟の前へ立った。
ギリオンたちの赤い眼が、少年へ集まる。
「ここは……通さない」
◇
「ユウト!」
レイジは森を走っていた。
枝が頬を裂く。
斜面で足を滑らせ、手をつく。
すぐに立ち上がる。
『マスター、戦闘反応が減少しています!』
「終わったってことか?」
『分かりません。生体反応そのものが急速に消失しています』
「…………!」
それが何を意味するのか。
考えたくなかった。
「もっと速く走れないのか……!」
「焦るな! 転べば余計に遅れるぞ!」
「でも!」
「前を見よ!」
レイヴェルの声に、レイジは顔を上げた。
木々の間から、黒い煙が見える。
近い。
魔獣の咆哮も、はっきりと聞こえる。
そして——。
「血の臭いが、濃くなっておる」
「…………」
レイジは歯を食いしばった。
「ユウト!」
さらに速度を上げた。
◇
左手で振るう刀は、思うように動かなかった。
「はぁっ!」
ユウトの刃がギリオンの顔を掠める。
浅い。
いつもなら届いていた場所へ、刃が届かない。
体勢を戻す前に、翼が横から迫った。
「ぐっ!」
胸を打たれ、地面へ転がる。
息が詰まった。
それでも刀を離さない。
「まだ……!」
立とうとした直後、足元へ黒い影が落ちる。
ギリオンの巨大な脚が、ユウトの左脚を踏みつけた。
「——っ!」
骨が砕ける。
別の一体が、動けなくなった脚へ食らいついた。
「やめ……!」
牙が肉へ沈む。
強く引かれた。
「ああああああああっ!!」
視界が白く染まる。
左脚が、膝の上から引き裂かれた。
身体が崩れ落ちる。
もう立てない。
右腕もない。
左脚もない。
血が止まらない。
呼吸をするだけで、意識が遠のいていく。
「……ごめん」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
母へ。
祖父母へ。
ユウカへ。
それとも、神社に残してきたレイジへ。
約束を守れない。
すぐ戻ると言った。
絶対に追いつくと、妹へ答えた。
「……嘘つきだな、俺」
ギリオンが近づいてくる。
折れた刀は左手から離れ、もう届かない。
少し離れた場所に鞘が落ちていた。
桃色と青のお守りは、まだ結ばれている。
青いお守りが目に入った。
それを渡してきた少女の顔が浮かぶ。
『はい』
『……何これ』
『お守り。見れば分かるでしょ』
『じゃあ聞かなくていいだろ』
『そういう意味じゃない!』
『何で俺に?』
『…………』
『アオイ?』
『いいから持ってて! 絶対なくさないでよ!』
『分かったって』
『返事が軽い!』
「……ちゃんと、持ってるよ」
もう声にはなっていなかった。
最後に、もう一度会いたかった。
そう思った時。
視界を赤黒い身体が覆った。
三方向の口が開く。
腹部へ牙が食い込んだ。
「…………!」
声すら出なかった。
ギリオンが顔を上げる。
肉が引き裂かれる。
身体の内側から、命が抜けていく。
痛みも、音も、急速に遠ざかっていった。
◇
「ユウト!」
木々が途切れた。
レイジの視界が開ける。
そこにあったのは、戦場だった。
洞窟の入口。
折れた武器。
倒れている人々。
動かない者。
呻き声を上げる者。
赤黒い魔獣の死骸。
そして、まだ動き回るギリオンの群れ。
「…………」
レイジの足が止まった。
血と土にまみれた場所の中央。
一人の少年が倒れている。
「……ユウト?」
返事はない。
右腕がない。
左脚も失われている。
腹部には、目を背けたくなるほど深い傷。
その身体へ、一体のギリオンが覆い被さっていた。
何をしているのか。
最初は理解できなかった。
理解したくなかった。
ギリオンがゆっくりと顔を上げる。
三つに裂けた口元が、赤く濡れていた。
「…………」
世界から音が消えた。
「レイジ」
レイヴェルの声が聞こえる。
だが、意味を持たない。
『マスター……』
フィーネの声も遠い。
昨日、木刀を振った。
『腕だけで振るな!』
『振ってない!』
『振ってる!』
飯を分けてもらった。
笑った。
くだらないことで言い合った。
『必ず戻る』
「…………」
なのに。
「……ユウト?」
一歩、前へ出る。
「おい」
足が震える。
「何してるんだよ」
返事はない。
「立てよ」
もう一歩。
「修行……まだ終わってないだろ」
喉が詰まる。
「俺……お前に、一度も勝ってない」
ギリオンが新たな獲物に気づき、レイジへ顔を向けた。
「ギィィィ……」
一体。
二体。
三体。
周囲にいたギリオンたちの眼が、次々と開く。
「どけ」
「ギィ……」
「ユウトから……どけよ」
一体が威嚇するように翼を広げた。
「ギャアアアアアッ!!」
咆哮。
血に濡れた牙。
その瞬間、レイジの中で何かが切れた。
「——どけ」
——ドクン。
空気が震えた。
「……レイジ?」
レイヴェルが目を見開く。
——ドクン。
レイジの胸の奥。
底の見えない器に満ちていた銀色の魔力が、一斉に脈打った。
身体から銀の光が噴き上がる。
風が逆巻く。
木々が軋む。
地面の石が、重力を失ったように浮かび上がる。
『魔力値、測定上限を突破!』
フィーネが叫ぶ。
『マスター、制御してください! このままでは——』
「…………」
レイジには聞こえていなかった。
目に映るのは、ユウトと、その身体を囲む怪物だけ。
「お前らが……」
銀色の光が瞳へ宿る。
「ユウトを……!」
「待て、レイジ!」
レイヴェルが叫ぶ。
「感情のままに魔力を解き放つでない! 洞窟ごと消し飛ばすぞ!」
「…………!」
洞窟。
その奥には、ユウトが守った人々がいる。
ユウカもいる。
レイジの中で、何かが僅かに踏みとどまった。
《銀衝》は使えない。
ならば、どうする。
銀の魔力が、身体の中を駆け巡る。
腕へ。
脚へ。
筋肉へ。
骨へ。
「なに……?」
レイヴェルの表情が変わった。
「おぬし、我の魔力を身体へ纏わせておるのか?」
レイジは知らない。
そんな技術を教わったことはない。
それでも身体が理解していた。
ユウトと繰り返した稽古。
足の置き方。
腰の使い方。
相手から目を逸らさないこと。
『腕だけで振るな!』
「……分かってるよ」
レイジは腰を落とした。
「今度は、ちゃんとやる」
ギリオンが飛びかかる。
牙が迫る。
レイジが地面を蹴った。
——ドンッ!
地面が爆ぜる。
「ギッ!?」
次の瞬間、レイジはギリオンの懐にいた。
銀色に包まれた拳を、腹部へ叩き込む。
——ドゴォン!
衝撃が巨体を突き抜けた。
ギリオンは地面から浮き上がり、後方の木々を巻き込みながら吹き飛ぶ。
「…………」
レイジは止まらない。
二体目が右から牙を向ける。
半歩、踏み込む。
首を傾けて避け、顎へ掌底を打ち上げた。
骨が砕ける。
三方向の口が閉じきらないまま、ギリオンが仰向けに倒れた。
三体目。
背後。
「後ろじゃ!」
レイヴェルの声。
振り返るより先に身体を沈める。
翼が頭上を通過した。
レイジはその翼を両手で掴む。
「邪魔だ!」
巨体を振り回し、別の一体へ叩きつけた。
「ギャアアッ!」
二体が絡み合って地面へ転がる。
レイジは跳び上がった。
銀の光を纏った踵を、上から振り下ろす。
——ドォン!
地面が陥没した。
二体の動きが止まる。
「……信じられぬ」
レイヴェルが呟いた。
『何がですか?』
「魔力の扱いじゃ。あやつが魔力の存在を知ってから、まだひと月も経っておらぬ」
レイジが一歩踏み込む。
無駄な動きが消える。
次の一体を殴る。
その勢いを殺さず、迫る尾を掴む。
引き寄せ、膝を叩き込む。
「それが今……戦いながら学んでおる」
『マスターの運動精度が、急速に上昇しています』
「器……」
レイヴェルは銀色に包まれた少年を見つめた。
「おぬしは、力を受け入れるだけではないのか……?」
十体。
十五体。
洞窟前にいたギリオンが次々と倒れていく。
最後の一体が、恐怖するように翼を広げた。
「逃がさない」
ギリオンが空へ飛び上がる。
レイジも地面を蹴った。
「ギィッ!?」
一瞬で追いつく。
銀色の拳を振り上げる。
「お前で——最後だ!」
——ドォォォン!
ギリオンの身体が地面へ叩き落とされた。
土煙が上がる。
轟音のあと、洞窟前に静寂が訪れた。
「はぁ……はぁ……」
レイジが地面へ降りる。
洞窟の周囲にいたギリオンは、すべて動かなくなっていた。
だが、身体を包む銀色の魔力は消えない。
怒りに呼応するように、さらに強く燃えている。
「……完全に目覚めたか」
レイヴェルが呟く。
『何がですか?』
「器が、我の力を自らのものとして受け入れた」
◇
——ピシッ。
空に、黒い亀裂が走っていた。
『上空に大規模な次元歪曲反応!』
フィーネが叫ぶ。
亀裂は瞬く間に広がり、光のない暗闇を覗かせた。
遠く、鳴海沢の上空を飛んでいたギリオンたちが一斉に動きを止める。
一体が亀裂へ向かう。
続いて二体、十体。
町中に散っていた赤黒い翼が、何かに引かれるように空へ集まり始めた。
「呼ばれておる……?」
レイヴェルが険しい表情で呟く。
「逃げてるんじゃないのか?」
「違う。あれは命令へ従う動きじゃ」
『敵性反応、次元亀裂へ次々と侵入しています』
誰が呼んでいるのか。
なぜ今なのか。
レイジには、どうでもよかった。
「ユウト!」
空から目を逸らし、倒れている少年へ駆け寄る。
膝をつき、肩へ触れる。
「おい! ユウト!」
身体が冷たい。
「返事しろ!」
『待ってください、マスター!』
フィーネがユウトの上へ飛ぶ。
首元の魔石が輝き、淡い走査光が傷ついた身体を包んだ。
『生命反応を確認します』
「早く!」
『…………』
数秒。
レイジには、その時間が永遠のように感じられた。
『あります』
「…………!」
『微弱ですが、生命反応があります!』
「生きてる……?」
『はい。ただし——』
「ユウト!」
レイジは顔を近づけた。
「おい、俺だ! レイジだ!」
「…………」
ユウトの瞼が僅かに動く。
「……れ……」
「ユウト!」
「……い、じ……?」
「ああ! 俺だ!」
ほんの少しだけ、黒い瞳が開く。
「……遅ぇ……よ……」
「…………っ」
「馬鹿……」
「ごめん」
「ほんと……だよ……」
「ごめん……!」
レイジの声が震える。
「もう大丈夫だ。ここにいた奴らは倒した。残りも町から離れてる」
「……そっか……」
ユウトの口元が、僅かに緩む。
「ユウカたち……は……?」
「洞窟の奥にいる。生体反応もある。無事だ」
『洞窟内部に複数の生体反応を確認しています』
「聞こえたか? みんな生きてる」
「……よかった……」
安心したように、ユウトが僅かに目を細める。
「寝るな!」
もう返事はなかった。
「フィーネ、治して!」
『…………』
「早く!」
『マスター……』
「魔法でも、俺の魔力でも、何でも使っていい! だから!」
『損傷が大きすぎます』
「だから何だよ!」
『右上肢と左下肢を欠損。腹部臓器に致命的損傷。循環血液量も、生存可能な値を下回っています』
「止血すれば——」
『間に合いません』
「やってみないと分からないだろ!」
『マスター……』
「助けろよ!」
フィーネは何も答えられなかった。
「レイヴェル!」
「…………」
「魔力ならある! お前の力で治せないのか!?」
「無理じゃ」
「何で!」
「魔力は万能ではない!」
レイヴェルの声が、静かな森へ響く。
「失われた血も、喰われた臓器も、この場で元へ戻すことはできぬ。肉体が壊れすぎておる」
「でも……」
「もう、間に合わぬ」
「…………」
ユウトの呼吸は弱い。
一度。
長い間を置き、もう一度。
少しずつ消えようとしている。
「嫌だ」
「レイジ」
「嫌だ!」
レイジはユウトの服を掴んだ。
何も分からなかった自分へ、最初に手を差し伸べてくれた。
食事を分け、住む場所を教え、剣を教えてくれた。
一人だった日々を、笑える時間へ変えてくれた。
「明日も来るって……言ったんだ」
涙が落ちる。
「俺だって、待ってるって約束した」
「…………」
「だから、勝手に死ぬなよ……」
その時。
——ドクン。
「…………?」
レイジの胸の奥で、何かが脈打った。
先ほどまで暴れていた銀の魔力とは違う。
静かで、温かい。
何かを受け入れるために、器の奥が開いていく感覚。
——ドクン。
「これは……」
レイヴェルが顔を上げた。
「まさか」
『ユウトの魔力反応に変化!』
フィーネが叫ぶ。
ユウトの身体から、黒い光が浮かび上がった。
夜よりも深い、漆黒の魔力。
「この光は……?」
「あの小僧の魔力じゃ」
「ユウトの?」
「レイジ、おぬしが引き寄せておる」
「俺が……?」
黒い光が粒子となり、レイジへ流れ始める。
レイヴェルが杖から解き放たれた時と同じ。
魔力だけではない。
肉体から離れかけている魂までも、器が受け入れようとしている。
「止められるのか?」
「止めることはできる」
レイヴェルは真っ直ぐにレイジを見た。
「じゃが、止めればこの小僧はここで死ぬ」
「…………」
「続ければ、魂はおぬしの内へ移る。肉体は救えぬ。元のように生きられる保証もない。我と同じく、おぬしから離れられぬ存在となるかもしれぬ」
「それでも、生きられるんだな?」
「魂を留められれば、消滅は免れる。じゃが——」
「なら、やる」
「最後まで聞け」
「聞いても答えは変わらない」
レイジはユウトの肩へ手を置いた。
「命を背負うということじゃぞ」
「分かってる」
本当は、すべてを理解しているわけではない。
何が起きるのかも分からない。
それでも選択肢は一つしかなかった。
「死なせない」
銀色の魔力が広がり、ユウトの身体を包む。
「絶対に」
黒い光が強くなる。
ユウトという一人の人間。
その記憶。
魔力。
魂。
目には見えないすべてが、レイジの中へ引き寄せられていく。
「来い、ユウト!」
銀と黒の光が交わる。
「死なせるくらいなら——」
レイジの器が、大きく開いた。
「俺の中に来い!!」
——ドクン!!
銀と黒の光が弾け、視界が白く染まった。
黒い粒子が、ユウトの胸元から次々と浮かび上がる。
その一つ一つがレイジの身体へ触れ、深い場所へ沈んでいった。
最後の光が吸い込まれる。
同時に、ユウトの胸の動きが止まった。
「……ユウト?」
呼びかけても返事はない。
傷ついた肉体は、右腕と左脚を失い、腹部へ深い傷を負った姿のまま地面に残されている。
肉体を救えたわけではない。
消えかけていた魂と魔力を、自らの器へ繋ぎ止めただけだ。
「レイヴェル」
「うむ」
レイヴェルが静かに頷いた。
「黒い魂は消えておらぬ。おぬしの内におる」
「ユウトは……生きてるのか?」
「我と同じ状態かは、まだ分からぬ。すぐに目覚めるとも限らぬ。じゃが、少なくとも魂は失われておらん」
「…………」
レイジは胸へ手を当てた。
銀の魔力よりも、さらに深い場所。
そこに、小さな黒い脈動がある。
弱々しい。
それでも、確かに消えずに残っている。
「……そこにいるんだな」
返事はなかった。
だが、黒い脈動がもう一度だけ震えた。
レイジは俯き、地面に横たわるユウトを見た。
魂を救えても、目の前の姿が元へ戻るわけではない。
顔には泥と血が付き、衣服も傷口の周囲で酷く破れている。
「マスター……」
フィーネが近くへ寄る。
「少し、手伝ってくれ」
『何をするのですか?』
「このままにはしておけない」
レイジは震える手を伸ばした。
まず、ユウトの身体をゆっくりと仰向けにする。
傷口へ触れないよう注意しながら、乱れていた服を可能な範囲で整えた。
近くに落ちていた布を拾い、泥と血に汚れた頬を静かに拭う。
閉じきっていなかった瞼へ指を添え、そっと下ろした。
眠っているようには見えない。
それでも、先ほどよりはユウトらしい顔に戻った。
「……痛かったよな」
答えはない。
「怖かったよな」
胸の奥にある黒い脈動だけが、静かに続いている。
少し離れた場所には、折れた刀が落ちていた。
レイジはそれを拾い上げる。
短くなった刀身には、何度も戦った痕跡が残っていた。
さらに周囲を探し、黒い鞘も見つける。
下緒には、桃色と青のお守りが結ばれたままだった。
桃色は妹のユウカから。
青は幼馴染のアオイから。
どちらも、ユウトが最後まで手放さなかった大切なものだ。
レイジは折れた刀を鞘のそばへ置き、二つをユウトの左側へ丁寧に並べた。
「これなら、見つけてもらえるよな」
『はい』
フィーネが小さく頷く。
『洞窟内の生体反応は、現在も反対側の出口へ向かって移動しています。ユウカたちも無事です』
「そっか」
レイジは安堵したように息を吐いた。
ユウトが命を懸けて守った人々は、生きて洞窟を進んでいる。
その事実だけは、器の中にいるユウトへ伝えたかった。
「聞こえてるか、ユウト」
胸へ手を当てる。
「ユウカたちは無事だって」
黒い脈動は変わらない。
眠っているのか。
声が届いていないのか。
それでもレイジは続けた。
「お前が守ったんだ」
風が吹き抜けた。
血と煙の臭いを運び、ユウトの黒髪を僅かに揺らす。
「レイジ」
レイヴェルが森の向こうへ目を向けた。
「人の気配が近づいておる。町から救援が来たのであろう」
『複数の生体反応を確認。武装した集団と思われます』
レイジはユウトを見つめた。
ここに残れば、何が起きたのか尋ねられる。
自分でも説明できない力。
レイヴェルの魂。
そして今は、ユウトの魂と黒い魔力まで内側にある。
身元もなく、力を制御できない自分が見つかれば、ユウトの家族へ会わせてもらえるとは限らない。
「……行こう」
『よろしいのですか?』
「俺がここにいたら、きっと余計に話がややこしくなる」
立ち上がる。
足元が僅かに揺れた。
銀の魔力を一気に使い、さらに一人分の魂と魔力を受け入れた反動で、身体は限界に近い。
それでも、ここで倒れるわけにはいかない。
「ユウトの身体は、すぐに見つけてもらえる。刀も、お守りも置いた」
「うむ」
レイヴェルがユウトの肉体へ静かに目を向けた。
「行くとしよう。今のおぬしには休息も必要じゃ」
レイジは一歩踏み出し、もう一度だけ振り返った。
穏やかに閉じられた目。
傍らに置かれた折れた刀。
鞘に残る、桃色と青のお守り。
「またな、ユウト」
別れの言葉ではない。
胸の中に残る黒い魂へ向けた、再会の約束だった。
レイジは木々の間へ足を踏み入れる。
レイヴェルとフィーネも、そのあとへ続いた。
やがて三人の姿は森の奥へ消えていく。
その直後。
遠くから、救援隊の呼びかける声が聞こえ始めた。
血に染まった洞窟の前。
多くの命を守り抜いた少年の肉体は、折れた剣と二つのお守りに寄り添われ、静かに横たわっていた。
一方、その魂と黒い魔力は失われていない。
銀と共に、器の奥深くで確かに脈打っている。
器——レイジ。
銀——銀覇王レイヴェル。
黒——クロバ・ユウト。
三つの運命は、この日、痛みとともに一つへ結ばれた。