崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~   作:クロネコアラ

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第1章完結しました!ありがとうございます!

次の章に向けて頑張りますので、ご意見や感想待ってます。


修正版に変えました。


第13話-エピローグ・旅立ち-

 

 ——鳴海沢の惨劇。

 後にそう呼ばれることになる魔獣災害は、一つの町と、そこに暮らしていた多くの人々の日常を奪った。

 突如として空に現れた次元亀裂。

 そこから飛来した、正体不明の魔獣群。

 後に《ギリオン》と仮称されることになる怪物たちは、鳴海沢を僅かな時間で蹂躙した。

 市街地のおよそ八十パーセントが壊滅。

 死者および行方不明者は、町の全人口のおよそ七十五パーセント。

 生き残った者の多くも家族や友人を失い、帰るべき家を失った。

 そして——。

 犠牲者名簿には、一人の少年の名も記された。

 クロバ・ユウト。

 十四歳。

 鳴海沢北部の旧避難洞窟前で、住民を逃がすために魔獣群と交戦。

 多数の住民が脱出する時間を稼ぎ、その後、死亡。

 現場から発見された遺体の損傷、周囲に残された戦闘痕、そして生存者たちの証言から、そう判断された。

 避難した者の中には、こう証言する者もいた。

 あの少年がいなければ、自分たちは生きていなかった、と。

 剣を握っていた。

 最後まで入口に立っていた。

 まだ子供だったのに、自分たちへ先に行けと叫んでいた。

 そんな証言が、いくつも残された。

 けれど、誰も知らない。

 クロバ・ユウトという少年の魂が、その場所で消えてはいなかったことを。

           ◇

 災害から数日後。

 鳴海沢から離れた臨時居住区に、町の生存者たちが集められていた。

 簡易住宅。

 仮設の医療施設。

 配給所。

 失われた日常の代わりに並ぶ、必要最低限の設備。

 その一角に設けられた部屋で、ユウカは毛布に包まれて座っていた。

 隣には祖父母がいる。

 母も戻ってきた。

 けれど、兄だけはいない。

「…………」

 ユウカは両手に収めた桃色のお守りを見つめていた。

 洞窟を逃げている途中で、左手首から千切れたもの。

 紐は新しいものへ交換されていない。

 切れたままの姿で、何度も握り締めている。

『お揃いなんだから、お兄ちゃんも大事にしてよね』

『分かってるって』

 最後に交わした会話が、耳の奥へ残っている。

「……お兄ちゃんの嘘つき」

 ぽつりと呟いた。

『すぐ追いつく』

『絶対来てね』

『ああ』

 最後に見た兄は笑っていた。

 いつもと変わらない顔だった。

 だから信じた。

 兄なら大丈夫だと。

 きっと後から追いつくと。

「すぐ来るって……言ったのに……」

 お守りを握る手へ力が入る。

 涙が一滴、その上へ落ちた。

 隣にいた祖母が、何も言わずにユウカを抱き寄せる。

 ユウカはその胸へ顔を埋めた。

「お兄ちゃん……!」

 声を殺して泣く少女を、少し離れた場所からレイコが見ていた。

 声をかけることはできなかった。

 今の自分が何を言っても、娘の悲しみを消すことなどできない。

 それに、レイコ自身もまだ現実を受け入れられていなかった。

 手元には、一振りの刀がある。

 刃の折れた、ユウトの刀。

 黒い鞘の下緒には、桃色と青のお守りが残されている。

 現場から回収され、遺品として渡されたものだった。

「…………」

 柄を握る。

 あの子が、最後まで握っていた刀。

 刃には無数の傷があり、何度も魔獣の硬い身体へ打ち込まれたことが分かる。

 桃色のお守りは、ユウカから。

 青いお守りは、幼馴染のアオイから。

 どちらも失われることなく、ユウトのそばに残っていた。

 誰かが遺体を整え、この刀と鞘を丁寧に並べたらしい。

 救援隊が到着した時、その人物の姿はなかったという。

 現場に残っていたのは、小さな足跡と、観測機器でも正確に測れないほど濃い銀色の魔力反応だけだった。

「……誰だったんだ」

 ユウトの最期に、誰かが間に合った。

 息子の顔を拭い、瞼を閉じてくれた。

 その人物が何者なのか、今は分からない。

 けれど、ユウトが最後の瞬間まで完全に一人ではなかったのなら。

 せめて、それだけは救いであってほしかった。

 レイコは目を閉じる。

『母さんみたいになりたい』

 幼い日の声が蘇る。

「……馬鹿」

 声が震えた。

「私は、そんなに立派な人間じゃない」

 守れなかった。

 自分の息子さえ。

 誰かを守るために剣を教えた。

 けれど、その剣を握った息子は、自分がいない場所で多くの命を守り、死んだ。

 ならば、自分はこれから何のために剣を握ればいいのだろう。

 答えはまだ見つからない。

 ただ一つ、以前と同じように特殊部隊の隊長として戦場へ戻れるとは思えなかった。

           ◇

「長期休養、ですか」

 数日後。

 基地の一室で、レイコは上官と向かい合っていた。

 机の上には、鳴海沢の被害報告書と、レイコ自身が提出した申請書が置かれている。

「今の君を、すぐ現場へ戻すつもりはない」

 上官は静かに告げた。

「今回の件は、任務中の隊員が家族を失ったというだけでは済まない。未確認魔獣、次元亀裂、現場に残された高密度魔力反応。調査すべきことが多すぎる」

「分かっています」

「君は当事者でもある。しばらくは休め」

「……はい」

 以前のレイコなら反論していただろう。

 部隊を離れるつもりはない。

 任務に支障もない。

 そう言い切っていた。

 今は、その言葉が出なかった。

「それから」

 上官が別の資料を取り出す。

「復帰後の所属についても、考えておけ」

「所属?」

「君の剣と実戦経験を、次の世代へ残す道もある」

 資料の表紙には、六国家共同学術・防衛機関の名が記されていた。

 ——学園都市アルカディア。

 魔法、科学、次元現象、戦闘技術。

 世界各国の知識と人材が集まる、国際中立の海上都市。

「教官になれと?」

「今すぐ決めろとは言わない」

 レイコは資料へ視線を落とした。

 誰かを守れる人間になれと、息子へ教えた。

 その結果を思えば、簡単に頷くことなどできない。

 けれど、力を持つ者へ何を教えるべきだったのか。

 どうすれば、守るために自分の命を捨てずに済むのか。

 今の自分だからこそ、伝えられることがあるのかもしれない。

「……考えさせてください」

「ああ」

 レイコは資料を手に取った。

 この時はまだ、それが自分の次の人生へ繋がる道になるとは知らなかった。

           ◇

 同じ頃。

 鳴海沢から離れた山中。

 レイジは、大木の根元に横たわっていた。

 銀の魔力を限界まで使い、さらにユウトの魂と魔力を受け入れた反動で、森を離れる途中に意識を失ったのだ。

 レイヴェルは、その傍らで静かに宙へ浮かんでいる。

 フィーネもレイジの胸元近くに座り、首元の魔石を淡く明滅させていた。

『生体状態、安定しました』

「うむ」

『ですが、内部魔力の構造が以前と異なります』

「黒が加わったからのう」

 レイヴェルは眠るレイジへ目を向ける。

 銀の魔力。

 そのさらに奥に、黒い魔力が存在している。

 今はまだ微弱だが、確かに一つの魂と結びついていた。

『クロバ・ユウトの意識反応は?』

「眠っておる。肉体から引き離されたうえ、この器へ定着したばかりじゃ。目覚めぬ方が自然であろう」

『目覚める保証はありますか?』

「ない」

 レイヴェルはごまかさなかった。

「我の時とは条件が違う。我は肉体を失ってから長く魂だけで存在しておった。あの小僧は死の間際に、無理やり肉体から引き離されたのじゃ」

『…………』

「じゃが、魂は消えておらぬ」

 静かな声だった。

「ならば、目覚める可能性も残っておる」

 その時。

 レイジの胸の奥で、黒い魔力が微かに揺れた。

「……む?」

『反応を確認』

 一度。

 そして、もう一度。

 眠っていたレイジの指先も僅かに動いた。

           ◇

 暗い。

 だが、恐ろしい暗闇ではなかった。

 上も下も分からない静かな空間。

 その中央で、クロバ・ユウトは目を開いた。

「…………」

 何度か瞬きをする。

 自分の身体へ目を向けた。

 右腕がある。

 左脚もある。

 腹部にも傷一つない。

「……何で」

 指を動かす。

 失ったはずの手が、自分の意思に応える。

 脚へ力を込める。

 痛みはない。

「俺……確か……」

 洞窟。

 魔獣。

 折れた刀。

 腕を失った。

 脚を喰われた。

 最後には、腹部へ——。

「気がついたか」

「!」

 振り返る。

 銀色の光が集まり、一人の女性の姿を形作った。

 白銀の髪。

 長い耳。

 髪の間から伸びる一対の角。

 黒を基調に赤い装飾を施したロングコート。

 その身体は淡く透けている。

「……あんたが、レイヴェルか?」

「ほう。我の名は聞いておったか」

「レイジが、ずっと話してた相手だろ」

「うむ。銀覇王レイヴェルとは我のことじゃ」

「本当にいたんだな……」

「どういう意味じゃ」

 レイヴェルの眉が僅かに動く。

 それでも、いつものように大声で怒鳴ることはなかった。

「話はあとじゃ。おぬしに会わせる者がおる」

「ユウト」

 聞き慣れた声がした。

 銀色の光の向こうから、レイジが姿を現す。

「…………」

「ユウト……」

「……レイジ?」

「ああ」

 ユウトはレイジを見る。

 レイヴェルを見る。

 自分の右手と左脚を確かめる。

「ここは……どこだ?」

 レイジはすぐに答えられなかった。

「俺の内側らしい」

「らしい?」

「俺も、ここへ入ったのは初めてなんだ」

「じゃあ、外の俺は?」

「…………」

「俺がここにいるなら、身体はどうなってる?」

 レイジは唇を噛んだ。

「身体は……助けられなかった」

「…………」

「傷は治せなかった。ここへ連れてこられたのは、ユウトの魂と魔力だけだ」

 ユウトは何も言わなかった。

 自分の右手を見つめる。

 そこには確かに手がある。

 だが、これは外に残った肉体ではない。

 その意味を、ゆっくりと理解していく。

「ユウカは?」

「洞窟を抜けた。祖父さんと祖母さんも一緒だ」

「本当か?」

「フィーネが確認した。みんな生きてる」

 ユウトの肩から、張り詰めていた力が抜けた。

「……そっか」

 小さく息を吐く。

「なら……よかった」

 自分の肉体が死んだと聞かされた直後なのに、最初に安堵したのは家族の無事だった。

 それでも、平気なはずはない。

 ユウトの左手が腰へ伸びる。

 そこにあるはずの刀へは触れられない。

 桃色と青のお守りも、この場所にはなかった。

 伸ばした手が宙を掴み、静かに下がる。

「刀とお守りは、お前の身体のそばに置いた」

 レイジが告げる。

「救援が来る前に、顔も拭いた。ちゃんと見つけてもらえたはずだ」

「……お前が?」

「ああ」

「そっか」

 ユウトは俯いた。

「ありがとう」

 短い言葉だった。

 それでも、その中には多くの感情が込められていた。

「ごめん」

 レイジも答える。

「もっと早く着いていれば」

「やめろ」

 ユウトが即座に遮った。

「でも——」

「来るなって言ったのは俺だ」

「それでも、行けばよかった」

「それを言ったら、残ったのも俺が決めたことだ」

「…………」

「お前が来なかったら、俺は消えてたんだろ?」

「多分」

「なら、助けられた」

 ユウトは右手を握り締める。

「こうして考えられる。話もできる。ユウカたちが生きてるって聞けた」

 声は落ち着いていた。

 けれど、握った拳は震えている。

「十分だなんて言うつもりはない」

 ユウトが顔を上げる。

「母さんにも、ユウカにも、祖父ちゃんたちにも……もう会えないかもしれないんだろ」

「…………」

「悔しいし、怖い。これからどうなるのかも分からない」

 一度、言葉を切る。

「でも、お前を責めるのは違う」

「ユウト……」

「助けてくれて、ありがとう」

 レイジは俯いた。

「……俺は、間に合わなかった」

「それでも来ただろ」

「もっと早く来られた」

「お前だけのせいにするな」

「そんな簡単に言うなよ」

「簡単じゃない」

 ユウトの声が、僅かに震えた。

「俺だって、死にたくなかった」

「…………」

「母さんに会いたい。ユウカにも、祖父ちゃんたちにも……アオイにも」

 青いお守りを差し出してきた少女の顔が浮かぶ。

「でも、もう戻れないなら……残ったもので、どうにかするしかないだろ」

 ユウトらしい、真っ直ぐな言葉だった。

「我からも一つ、言うておく」

 レイヴェルが二人へ近づく。

「おぬしの魂は器へ定着しておる。すぐ消える心配はない」

「外へ戻れるのか?」

「肉体へは戻れぬ」

 レイヴェルは曖昧に答えなかった。

「じゃが、我のように外へ姿を映し、レイジを介して話せるようになる可能性はある」

「可能性、か」

「今のおぬしは、生まれたばかりの霊体も同然じゃ。まずは自らの魂と魔力を安定させよ」

 ユウトが自分の手を見る。

 意識を向けると、指先から黒い光が僅かに漏れ出した。

「これが、俺の魔力?」

「うむ。まだ不安定ではあるが、間違いなくおぬし自身のものじゃ」

 ユウトは黒い光をしばらく見つめ、それからゆっくりと手を握った。

「……変な感じだな。今まで、こんな力があるなんて知らなかった」

「肉体を離れ、魂だけとなったことで表面へ現れたのであろう。扱い方については、追々覚えてゆけばよい」

「お前が教えるのか?」

「誰がお前じゃ。我を師と呼べ」

「断る」

「即答するでない!」

 レイヴェルが声を上げる。

 ユウトも、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 悲しみが消えたわけではない。

 現実を受け入れられたわけでもない。

 それでも、二人の間に張り詰めていた空気が僅かに和らいだ。

「ユウト」

「何だ?」

「これからも、ここにいてくれるか?」

「俺にほかの行き先があるのか?」

「ないと思う」

「なら聞くな」

「でも、勝手に取り込んだから」

「今さらだろ」

 ユウトはレイジを真っ直ぐに見た。

「生き残ったなら、生きる。それだけだ」

「……うん」

「それに」

「?」

「お前、俺がいないと剣の稽古もできないだろ」

「今度こそ勝てるかもしれない」

「魂になったくらいで弱くなると思うなよ」

「それは反則じゃないか?」

「何がだよ」

 いつもの調子が、ほんの少しだけ戻る。

 レイヴェルは二人を見つめ、静かに目を細めた。

「そろそろ戻るぞ。器の身体が目覚めようとしておる」

「ユウトも一緒に来られるのか?」

「魂はすでに繋がっておる。この場へ置いていかれることはない」

 ユウトは周囲の暗闇を見渡す。

「次に会えるのは?」

「おぬし次第じゃ」

「曖昧だな」

「魂の扱いまで手取り足取り教わろうとするでない」

「初めてなんだから仕方ないだろ」

「我とて人間の魂を指導するのは初めてじゃ」

「大丈夫なのかよ」

「我を誰だと思うておる!」

 銀と黒の光が空間を満たしていく。

 意識が遠ざかる直前、レイジはユウトへ手を伸ばした。

「またな」

 洞窟前で告げた言葉を、もう一度口にする。

 今度は返事があった。

「ああ。またな、レイジ」

           ◇

「……ん」

 レイジはゆっくりと目を開いた。

 木々の間から、朝の光が差し込んでいる。

 どれほど眠っていたのか分からない。

 身体を起こすと、全身に鈍い痛みが走った。

「痛っ……」

「無理に動くでない」

 レイヴェルが隣へ降りてくる。

『生体状態は安定しています。ただし、十分な休息と栄養補給が必要です』

「ユウトは?」

「おぬしも会ったであろう」

「夢じゃないよな?」

「夢であれば、黒の魔力が残っておる説明がつかぬ」

 レイジは胸へ手を当てた。

 銀色の魔力。

 その奥に、まだ小さく不安定な黒い魔力。

 今は声が聞こえない。

 それでも、ユウトはそこにいる。

「……よかった」

 小さく息を吐く。

『マスター』

「何?」

『今後の行動を決める必要があります』

「そうだな」

 鳴海沢へは戻れない。

 ユウトの家族へ会いたい気持ちはある。

 だが、何を話せばいいのか分からない。

 死んだはずのユウトの魂が、自分の中にいる。

 そんな話を信じてもらえる保証はない。

 それどころか、ユウトを奪ったのだと思われるかもしれない。

「まず、自分のことを調べたい」

「器としての力か?」

「それもある」

 レイジは自分の手を見る。

「俺が何者なのか。どうして研究所で目覚めたのか。なぜレイヴェルとユウトの魂を受け入れられたのか」

「うむ」

「何も分からないままじゃ、ユウトの家族にも会えない」

『合理的な判断です』

 フィーネの首元の魔石が淡く輝く。

『その条件に適した場所を、残存する公開情報から検索しました』

「そんなことができたのか?」

『通信網の一部が復旧したため、限定的ながら情報を取得できました』

「それで、どこへ行けばいい?」

『魔法、科学、次元現象、古代文明に関する研究機関が集中し、身元を持たない者の保護制度も存在する都市があります』

 レイジの前へ、小さな立体映像が投影された。

 海上に築かれた巨大な円形都市。

 六つの区画。

 中央に聳える制御塔。

 外周には港湾と居住区が広がっている。

『六国家共同の国際中立都市』

 フィーネが都市の名を告げる。

『——学園都市アルカディアです』

「学園都市……」

「学び舎が一つの都市になっておるのか?」

 レイヴェルが興味深そうに映像を覗き込む。

『教育機関だけではありません。魔法研究、次元技術、戦闘技術、医療、古代文明解析など、複数の専門機関が集中しています』

「そこなら、俺たちのことが分かるかもしれない」

『保証はできません』

「即答だな」

『ですが、現在確認できる候補の中では最も可能性が高い場所です』

「決まりじゃな」

 レイヴェルが腕を組み、尊大に頷く。

「我らの次なる城として、申し分あるまい!」

「住めるかどうかも分からないぞ」

「細かいことを気にするでない」

『なお、現在地からアルカディアまでは相当な距離があります』

「どれくらい?」

『現在の移動手段では、算出不能です』

「…………」

「相変わらず締まらぬのう」

「仕方ないだろ。船は墜落したんだから」

『まずは最寄りの都市へ移動し、交通手段と身分証明の確保を推奨します』

「身分証明……」

 レイジには、市民としての記録がない。

 金もない。

 食料もほとんどない。

 目的地が決まっても、問題は山ほど残っている。

 その時。

 ぐぅぅぅ……。

 レイジの腹が鳴った。

「…………」

『栄養補給を最優先事項へ変更します』

「今のは忘れて」

「無理じゃな」

 レイヴェルが笑う。

 その直後。

 胸の奥から、まだ不安定な声が聞こえた。

『……腹、減った……』

「ユウト!?」

 レイジが胸へ手を当てる。

『何か……食った気が、全然しない……』

「魂なのに腹が減るのか?」

『俺が知るか……』

「目覚めたのか!」

『うるさい……頭の中で叫ぶな……』

「声を出してるのは俺だよ!」

『どっちでもいい……』

 弱々しい声だった。

 それでも、確かにユウトの声だった。

 レイジの目に、僅かに涙が浮かぶ。

「……そっか」

『何だよ』

「何でもない」

『変な奴』

「誰のせいだと思ってるんだ」

『お前が勝手に入れたんだろ』

「死ぬよりいいだろ」

『それは……そうだけど』

「ならいいだろ」

『よくない』

「どっちだよ」

 短いやり取り。

 昨日までと同じには戻れない。

 ユウトは肉体を失い、家族のもとへ帰れない。

 レイジもまた、その魂と命を背負って進まなければならない。

 それでも。

 声が聞こえる。

 言葉を交わせる。

 完全に失われたわけではない。

「行こう」

 レイジは木の幹へ手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

「まずは近くの町。それから、アルカディアへ」

「うむ。我が鍛え直してやろう」

「今は休ませてくれ」

『フィーネも休息を推奨します』

『俺も』

「ユウトは寝てただろ!」

『死にかけてたんだ。休ませろ』

「それを言われると何も返せない……」

 レイヴェルが声を上げて笑った。

 フィーネの四枚の電子翼が、淡い光をこぼす。

 レイジは朝焼けの森を歩き始めた。

 どこへ行けばいいのかさえ分からなかった少年には、今、目指す場所がある。

 自分が何者なのかを知るため。

 器の力を理解するため。

 銀と黒、二つの魂を背負って生きる方法を見つけるため。

 そしていつか、ユウトを家族のもとへ帰す方法を探すため。

 その道の先に何が待っているのか、まだ誰にも分からない。

 アースブレイクによって壊れ、数多の世界が混ざり合った新世界——Re:ワールド。

 器——レイジ。

 銀——銀覇王レイヴェル。

 黒——クロバ・ユウト。

 三人の物語は、喪失の中から新たな一歩を踏み出した。

 それはまだ、世界そのものを巡る長い旅の始まりに過ぎない。

       

 

 

         ——第一章 完——

 

 

 

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