崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
——三年前。
街道を走る車が、レイジの前を通り過ぎていった。
巻き上がった風に髪を乱されながら、上げていた手を下ろす。
「……今の人、こっちを見てたよな?」
『見てはおったな』
胸の内側で、レイヴェルが答えた。
「じゃあ、もう少し大きく手を振れば——」
『道の真ん中へ出るなよ』
先に釘を刺したのはユウトだった。
『見えてても、止まれるとは限らないんだからな』
「分かってるって」
レイジは街道の端へ戻り、足元の小石を避けて腰を下ろした。
森を抜けた時には、ようやく人のいる場所へ出られたと思った。
だが、道に出たからといって、町へ着くわけではない。
行き交う車はどれも速い。荷物を積んだ大型車両も、低く浮かぶ乗用車も、立ち尽くす少年の前を次々に通り過ぎていった。
歩こうと思えば歩ける。
ただ、少し進むたびに脚が重くなった。
長く眠っていた身体は、まだ思いどおりに動いてくれない。
『次の分岐から町へ向かう道に入れます』
ポケットの小型端末から、フィーネの声がした。
人目を避けるため、今はその中へ姿を引っ込めている。
『ですが、マスターには休息が必要です。徒歩での移動継続は勧めません』
「休んでる間に、誰か止まってくれるといいんだけど」
『おぬしが手を振るたびに逃げてゆくようにも見えるのう』
「変な言い方をするなよ」
『服、汚れてるからな』
ユウトがぼそりと言った。
レイジは自分の袖を見る。
土がついている。擦り切れたところもある。
町を出てから、まともに着替える機会などなかった。
「……洗った方がいいか?」
『まず飯と寝る場所だろ』
「それを探してるんだよ」
返事は少し遅れて届いた。
『……そうだったな』
まだ、ユウトの声は途切れることがある。
姿を外へ映すこともできない。
レイジは無意識に胸へ手を当て、それから、街道の先へ目を戻した。
黒い車が近づいてくる。
やけに長い車体だった。
磨かれた外装には空と木々が映り込み、暗い窓からは中の様子が見えない。
レイジは立ち上がり、もう一度手を上げた。
今度は、風に置き去りにされなかった。
車が速度を落とす。
街道の脇へ滑るように寄り、その前で静かに停まった。
「……止まった」
『自分で呼び止めて驚くでない』
後部座席の窓が下がった。
中から顔を覗かせたのは、一人の女だった。
整った顔立ち。
髪の間から伸びる、長い耳。
こちらを見つめる目には、道端の少年を不審がる様子も、驚いた様子もなかった。
「町へ行きたいのかな?」
落ち着いた声だった。
「……ああ。近くまで乗せてもらえないか?」
「いいよ。町までなら送ってあげられる」
後部座席の扉が開いた。
ゆったりとした座席と、小さな卓。
外から見た以上に広い車内から、涼しい空気が流れてくる。
レイジは、すぐには足を動かさなかった。
女は急かさず、こちらが決めるのを待っている。
『気は抜くでないぞ』
レイヴェルの声がした。
『おぬしが降りたいと思った時に、降ろしてもらえるとは限らぬ』
(分かってる)
声に出さずに答える。
相手を見て、開いた扉を見て、運転席へ目を向けた。
運転手は前を向いたまま、発車の指示を待っていた。
「……町まで、頼む」
「どうぞ」
レイジは車へ乗り込んだ。
沈み込む座席の柔らかさに戸惑い、浅く腰を掛ける。
扉が閉じた。
車は、ほとんど揺れることなく走り出す。
「私はネフィリス」
向かいに座る女が名乗った。
「それから、君には先に伝えておきたいことがある」
レイジが顔を上げる。
「私は君の名前を知ってるよ、レイジ君」
窓の外を流れる木々から、目が離れた。
聞き間違いではなかった。
レイジ。
研究所で目覚めた自分へ、レイヴェルが与えてくれた名前。
「……まだ、名乗ってない」
「うん。君のことを知っている人から聞いたんだ」
「どこかで会ったことがあるのか?」
「私たちは、今日が初めてだよ」
レイジは、開いた時の扉の位置を確かめた。
さっきまで心地よかった座席が、急に深すぎるように感じる。
「誰から聞いた?」
「君を見つけたら、力になってほしいと頼んだ人から」
「……俺を、捜してたのか?」
「そう。この街道で会えると聞いていた」
レイジの手が取っ手へ伸びた。
「車を止めてくれ」
ネフィリスは手元の通話器を取り、運転手へ短く告げた。
車が速度を落とす。
街道の脇へ停まると、扉の施錠が外れる音がした。
「名前を知っていることは、乗る前に話すべきだったね」
ネフィリスは手を膝へ戻した。
こちらへ近づこうとはしない。
レイジは、扉を開ければ道へ戻れることを確かめてから、改めて女を見る。
「その人の名前は?」
「……今は、私から明かせない」
「それじゃ、何も分からないだろ」
「そうだね」
ネフィリスは困ったように眉を下げた。
「話せないことはある。それでも、私が何を頼まれたのかは説明したい。少しだけ、聞いてもらえるかな」
レイジはすぐには答えなかった。
『聞く間も、気を抜くでないぞ』
胸の内側で、レイヴェルが言う。
『何を知っておるのか、こちらも確かめねばならぬ』
(……ああ)
レイジは取っ手から手を離さず、頷いた。
「何を頼まれたんだ?」
「君たちの暮らしを支えること。それから、調べものに力を貸すこと」
「君たち?」
ネフィリスの視線は、レイジへ向いたままだった。
「君と一緒にいる、レイヴェル、フィーネ。それから、クロバ・ユウトのことも聞いている」
『……何で、俺まで』
ユウトの声が低くなる。
レイジも息を詰めた。
名前だけなら、どこかの記録に残っているかもしれない。
だが、ユウトが今ここにいることは違う。
『二人の姿や声が、分かるのですか?』
ポケットの端末が緑色に光った。
フィーネが姿を現し、レイジの肩のそばへ浮かぶ。
ネフィリスは小さな
「いいや。レイヴェルとユウトの姿は見えないし、声も聞こえないよ」
『ユウトも、なぜ自分のことまで知っているのかと尋ねています』
フィーネが、先ほどの問いを伝える。
「二人の魂がレイジ君の内側にいると、教えられていたんだ」
その答えに、レイジは唇を引き結んだ。
ネフィリスは、こちらが次の言葉を口にするのを待っている。
胸の内側でユウトが息を呑んでも、レイヴェルが何かを呟いても、その声へ反応することはなかった。
「ユウトのことを、ほかの誰かにも話したのか?」
レイジが尋ねる。
「私から話したことはないよ。これからも、君たちに断らず伝えるつもりはない」
「……本当だな?」
「約束する」
レイジはしばらく、その顔を見つめていた。
嘘かどうかは分からない。
それでも、名前を知られたからといって、ここで話を打ち切ることもできなかった。
この女へ自分たちのことを教えた人物は、何を知っているのだろう。
逃げてしまえば、その手がかりも失う。
「その人は、俺が何なのかも知ってるのか?」
「君に特別な力があるとは聞いている。でも、君がどうしてその力を持っているのかまでは、教えられていない」
「……そうか」
答えがありそうで、届かない。
レイジは目を落とした。
「アルカディアへ行こうとしているとも聞いたよ」
ネフィリスが、静かに続ける。
「そこで何を調べたいのか、君から聞かせてもらえるかな」
レイジは顔を上げた。
行き先を決めたのは、今朝のことだった。
そのことまで知られている。
「行く理由は、聞いてないのか?」
「詳しくは。だから、君の話を聞きたい」
レイジは一度、胸の内側へ意識を向けた。
『確かめたいことを聞けばよい。話したくないことまで明かす必要はないぞ』
レイヴェルの言葉に、心の中で頷く。
「俺は、自分のことが分からないんだ」
レイジは口を開いた。
「どうして、この身体に二人の魂を受け入れられたのか。今、どうやって二人がここにいるのかも」
膝の上の手を握る。
「それが分かれば、できることが増えるかもしれない。ユウトを、家族のところへ帰す方法だって……」
途中で言葉を切った。
ネフィリスの表情を窺う。
「そういう方法を、知らないか?」
「……私は知らない」
女は、はっきりと答えた。
「分かる人を捜す手伝いはできる。でも、私が彼を元に戻せるとは言えないよ」
レイジは黙った。
胸の奥から、小さな声が届く。
『レイジ。少しずつでいいだろ』
(……分かってる)
『なら、そんな顔するな。俺はここにいる』
取っ手を握る指へ、いつの間にか力が入っていた。
レイジはゆっくりと緩めた。
しばらく、車内に沈黙が落ちた。
ネフィリスは問いを重ねず、小さな卓へ水の入った杯を置いた。
「喉が渇いていたら、どうぞ」
レイジは杯を見た。
自分の唇が乾いていることに、そこでようやく気づく。
フィーネが卓の上へ降り、杯を確かめた。
『確認できる範囲では、異常はありません』
「……ありがとう」
取っ手から手を離し、両手で杯を持つ。
冷たい水が喉を通ると、強張っていた肩から少し力が抜けた。
ネフィリスは籠からパンを一つ取り、包み紙に載せた。
「こちらも、よかったら」
「随分、用意がいいんだな」
「車で移動する時は、何か食べられるものを積んでいるんだ」
そう言って、彼女も同じ籠から一つ取った。
小さくちぎって口へ運ぶ。
レイジも、ようやくパンへ手を伸ばした。
柔らかかった。
一口噛むと、空っぽの腹が食べ物を待っていたことを思い出した。
二口目を飲み込む前に、ユウトの声がする。
『ゆっくり食えよ』
(……分かってる)
『神社でも、たまに同じ食い方してたぞ』
あの時は、隣にユウトがいた。
食べ物を運んできて、稽古で転がして、帰る前には明日の約束をした。
レイジは次の一口を、小さくちぎった。
ネフィリスは何も聞かず、自分の杯を傾けていた。
パンを半分ほど食べたところで、レイジから口を開いた。
「……さっき、調べものを手伝うって言ったよな」
「うん」
「何をしてくれるんだ?」
「資料を集めたり、詳しい人を捜したり。私の知り合いにも当たれる。費用が必要なら、そのことも相談しよう」
「俺には、返せるものがない」
「今、返してほしくて言ったわけじゃないよ」
ネフィリスは、少し考えてから尋ねた。
「町へ着いたら、どこへ行くつもりだった?」
「アルカディアへの行き方を調べようと思ってた。船とか、そういうのを」
「出発するまで、泊まる場所は?」
レイジは答えに詰まった。
目的地は決めた。
そこへ行けば、手がかりがあるかもしれないと思った。
その前に今日の夜をどこで過ごすのかまでは、考えられていなかった。
「……まだ、決まってない」
『身元の確認と、当面の滞在先も必要です』
フィーネが告げる。
『マスターの体調を考えると、野外での生活を続けるのは避けたいところです』
「なら、まずはそこからだね」
ネフィリスが頷いた。
「落ち着いて眠れる場所を探そう。資料を読むにも、人へ相談するにも、その方がいい」
「そこまで世話になるのは……」
「気になる?」
「なるだろ。助けてくれって頼んだのは、町までのことだし」
ネフィリスは小さく笑った。
レイジを馬鹿にするような笑いではなかった。
「分かった。これからのことは、君と相談しながら決める」
レイジは膝の上へ包み紙を置く。
「手伝えることがあるなら、する。ただ、できることは多くない」
『機械の制御や解析であれば、わたしも協力できます』
フィーネが胸を張った。
『もっとも、マスターの休息が先です。今すぐ働かせるようなことは勧めません』
「分かってるよ」
ネフィリスは電子精霊を見て、それからレイジへ視線を戻した。
「相談できそうな知り合いが、一人いるんだ」
「どういう人?」
「魔石や機械を扱う職人だよ。道具を造るために、使い手の魔力も調べている。君の力についても、何か分かるかもしれない」
『魔力の特性を調べる設備があるのですか?』
フィーネの羽が、僅かに揺れた。
「彼の仕事には必要なものだからね。ただ、魂についての専門家ではない。その点は、先に伝えておくよ」
レイジは自分の手へ目を落とした。
格納施設の扉。
フィーネの魔石。
自分の魔力で動いたものはあった。
それでも、なぜ動いたのか、どれほど流せばよかったのか、うまく説明できない。
アルカディアへ辿り着いたとしても、自分について聞かれれば、同じように答えに詰まるのだろう。
「普通の測定器じゃ、俺の魔力は調べられなかったんだ。それでも?」
「引き受けられるかどうかも含めて、本人に聞いてみようと思っている」
「……何ていう人なんだ?」
「ヴォルフ・グランツ。町のはずれで工房をやっている、ドワーフの職人だよ」
ネフィリスは端末へ所在地を表示し、卓の上へ置いた。
町へ入る道から、少し離れた場所に印がついていた。
「彼には、まだうまく動かせていない試作品があるんだ。その使い手も捜している」
「俺に、それを使ってほしいのか?」
「君の魔力なら動かせるかもしれない。そう、私に君のことを教えた人から聞いた」
レイジはネフィリスへ目を戻した。
「その話も、頼まれてたんだな」
「うん。だから、彼と会ってもらいたいと思っていた」
今度は、レイジにも話が見えた。
自分の魔力を調べたいという望み。
造ったものを動かしたいという、まだ会ったことのない職人。
話が合えば、互いに手を貸せるかもしれない。
「手伝う代わりに、泊めてもらえるか相談するってことか?」
「それも含めて話してみたい。暮らす場所を決めるなら、工房も、本人も見てからの方がいいだろう?」
『まず、何を造っておるのか確かめねばな』
レイヴェルが、レイジの内側で言った。
『使い手を捜しておる理由も聞け。危ない代物を押しつけられてはかなわぬ』
『レイヴェルからも確認があります』
フィーネが、その言葉を取り次いだ。
『試作品の内容と、使い手が見つからない理由を、先に説明してもらえますか。試すかどうかは、その後で判断します』
「もちろん。ヴォルフにもそう伝えるよ」
「断ってもいいんだな?」
レイジが尋ねる。
「うん。その時は、町で休める場所を別に探そう」
ネフィリスは、返事を急かさなかった。
レイジは卓の地図を見つめる。
(……どう思う?)
『我は見てみたい。魔力の扱いを調べられるなら、得るものもあろう』
レイヴェルが答える。
『じゃが、引き受けるかどうかは、そこで決めればよい』
『まず、話を聞いてみればいいだろ』
今度はユウトだった。
『お前のことを調べるって、そうやって一つずつ確かめるしかないんじゃないか』
(……そうだな)
まだ、ネフィリスを信用しきったわけではない。
彼女へ自分のことを教えた人物も、何者なのか分からない。
それでも、これからどこで何を確かめるのかは、自分で選べる。
レイジは残りのパンを包み直し、顔を上げた。
「その工房へ、連れていってほしい」
ネフィリスが頷く。
「まずは、会って話を聞きたい。俺に何ができるのかも、そこで確かめる」
「分かった」
ネフィリスは端末をしまい、運転手へ行き先を告げた。
「ヴォルフの工房へ。急がなくていいから」
車が、再び走り出す。
フィーネがレイジの膝へ降りた。
『着くまでは休んでください、マスター』
「……ああ」
背もたれへ身体を預ける。
行き交う車を追って手を振らなくても、今は先へ進んでいる。
レイジは流れていく木々を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。
向かいの少年が、重くなった瞼を何度も開いている。
ネフィリスは声をかけず、卓の杯が倒れないよう、そっと手元へ寄せた。
教えられていたとおりだった。
街道を歩く、身元のない少年。
付き従う電子精霊。
そして、アルカディアという行き先。
内側にいるという銀と黒の姿も、声も、ネフィリスには分からない。
レイジとフィーネが取り次ぐ言葉を聞きながら、あらかじめ教えられていた二人の存在を確かめていた。
出会うまでは、どこかで疑っていたのかもしれない。
だが、少年は本当に現れた。
思っていたよりも小さく、思っていたよりも疲れた姿で。
ネフィリスは、託された言葉を思い返す。
——彼を、すぐに学園へ入学させてはいけない。
——三年間、力を貸してほしい。
——それを違えれば、私の見た未来は変わってしまう。
まだ訪れていない出来事を知る人物からの、頼みだった。
その人物の名も、聞かされた未来のことも、今ここで明かすわけにはいかない。
三年という時間についても、いずれ本人へ話さなければならない。
だが、今のレイジが決めたのは、職人に会って話を聞くことだ。
まずは工房を見てもらい、ヴォルフとも話をする。その先の暮らしについては、改めて相談する必要があった。
ユウトの名を出した時、少年の目つきが変わった。
自分の素性を尋ねた時よりも、ずっと切実な顔だった。
ネフィリスは窓の外へ視線を移す。
町の屋根が見えてきた。
その向こうで、工房の煙突から細い煙が上がっている。
まずは、あの職人と話をしなければならない。
少年が自分の意思で腰を落ち着けられるように。
ここで過ごす時間が、彼の探す答えへ近づくものになるように。
ネフィリスは通話器へ手を伸ばし、間もなく着くと工房へ連絡した。
金属を叩く音が響いていた。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
車を降りたレイジは、熱を含んだ風に目を細めた。
町のはずれに建つ工房は、住居というより、小さな工場のようだった。
大きな搬入口。
壁沿いに並ぶ金属材。
窓の奥では、淡い光を帯びた機械が動いている。
油と、熱せられた金属の臭いがした。
『……ほう』
胸の内側で、レイヴェルが声を漏らす。
『魔力の気配があちこちからする。動いておるのは、あの機械だけではなさそうじゃ』
フィーネもレイジの肩の上で、興味深そうに奥を覗き込んでいた。
「ヴォルフ。入ってもいいかな?」
ネフィリスが開いた搬入口から声をかける。
金属音が止まった。
「駄目だっつったら、帰るのか」
「外で待つよ」
「だったら最初から入れ!」
奥から、低い声が飛んできた。
ネフィリスが笑い、先に中へ入る。
レイジもその後に続いた。
作業台の向こうから現れたのは、背の低い男だった。
身長はレイジより低い。
だが、肩も胸も厚く、革の前掛けから伸びた両腕は、まるで別の大きさの身体から生えているようだった。
豊かな髭。
油に汚れた指。
鋭い目が、ネフィリスからレイジへ移る。
「……そいつか」
「うん。レイジ君だよ」
「ヴォルフ・グランツだ。この工房をやってる」
「俺は、レイジ」
「そりゃ聞いた」
レイジは口を閉じた。
胸の内側で、ユウトが小さく笑う。
『お前、こういう人に弱そうだな』
(どう返せばいいんだよ)
『まずは話を聞け』
「まず、試作品の話をしてあげてほしいんだ」
ネフィリスが告げる。
「使うかどうかは、説明を聞いてから決めてもらう約束をしたから」
「そいつは構わねえ。お前は何を知りたい?」
向けられた問いに、レイジは顔を上げた。
「自分の魔力で何ができるのか、知りたい。ここなら調べられるかもしれないって聞いた」
「なるほどな。なら、こっちもお前のことを聞くぞ」
男が近づいてくる。
レイジの顔を見て、肩を見て、それから両手へ目を落とした。
「手を出せ」
「手?」
「両方だ」
言われたとおりに差し出すと、男は手のひらを一瞥した。
無理に掴むことはせず、今度はレイジ自身へ尋ねる。
「魔力は使えるか」
「……使える。でも、うまくは扱えない」
「どの程度だ」
「少しだけ使うつもりでも、多く出ることがある。全部、思ったとおりにできるわけじゃない」
男は眉を動かした。
レイジは続ける。
「試すなら、そのことを先に知っておいてほしい」
「ふん」
男が腕を組む。
「できもしねえことを、できると言う奴よりはいい」
褒められたのかどうか、よく分からなかった。
『その点は同感です』
フィーネが口を挟んだ。
『試験の前に、機構と魔力供給部を確認させてください。マスターの魔力は、一般的な測定方法では評価できません』
「電子精霊まで連れてやがるのか」
『独立型電子精霊、フィーネです』
「なら、半端な測定器を使うなって話は早えな」
男は驚くより先に、作業台へ戻った。
工具を置き、壁際の大きな覆いへ向かう。
ヴォルフが覆いの端へ手を掛けた。
「ネフィリスからは、こいつを動かせるかもしれねえ奴を連れてくると聞いてる」
布が引き下ろされる。
重い金属の輪郭が、工房の明かりに照らされた。
人の形をしていた。
太い支柱に支えられた胴体。
装甲の隙間から覗く、複雑な関節と細い配線。
胸の中央には、ひときわ大きな魔石が嵌め込まれている。
空洞の兜が、レイジを見下ろしていた。
「……鎧?」
「
ヴォルフが答える。
「まだ、誰にもまともに動かせてねえがな」
レイジは一歩、近づいた。
剣を振るうための腕も、地を踏むための脚も、今はただ重く垂れ下がっている。
胸の魔石にも、光はなかった。
ヴォルフの太い指が、その石を示す。
「まずは、こいつの仕組みから話してやる」
レイジは作業台の脇へ移り、説明を待った。
フィーネも魔石のそばへ飛んでいき、装甲の隙間を覗き込んだ。
レイヴェルとユウトの気配を胸の奥に感じながら、レイジは動かない甲冑を見上げた。
街道の先で辿り着いたのは、探していた学園都市ではなかった。
それでも、ここには
まだ名前も与えられていない、一体の魔導甲冑。
後に《黒騎士》と呼ばれる姿との、最初の対面だった。