崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~   作:クロネコアラ

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第16話-黒の鼓動-

 

 

「こいつは、着た人間の動きを助けるためのものだ」

 

 ヴォルフは甲冑の肘を指した。

 

 装甲の隙間には、細い金属の輪が幾重にも重なっている。その内側を、溝の刻まれた部品が腕に沿って走っていた。

 

「ここへ魔力が通ると、関節が動く。肩も腰も脚も同じだ。着ている奴が腕を上げようとすりゃ、甲冑もそれに合わせて動く」

 

「その分、力が強くなるのか?」

 

「重い物を持てる。走り続けられる。装甲で身体も守れる」

 

 太い指が、胴体から両脚へ移った。

 

「崩れた建物から人を引っ張り出す時にも、負傷者を抱えて逃げる時にも使えるはずだ」

 

 レイジは垂れ下がった腕を見た。

 

 人を抱えたまま走れる。

 

 瓦礫を動かせる。

 

 そんな力があったらと、思いかけたところで視線を戻した。

 

「でも、まだ動かないんだよな」

 

「ああ。今言ったのは、できるようにしたいことだ」

 

 ヴォルフは、甲冑の胸にある大きな魔石へ手を添えた。

 

「問題はこいつだ。魔竜ヴィルジスの魔石を、核に使ってる」

 

「魔竜……?」

 

『随分と大層なものを持ち出しおったのう』

 

 レイヴェルの声が、レイジの内側へ届く。

 

『あの大きさで、傷も少ない。手に入れるだけでも一苦労であろうな』

 

 フィーネは魔石へ近づき、表面を覗き込んだ。

 

『甲冑全体へ魔力を巡らせる、その中心なのですね』

 

「そうだ。核が働かなきゃ、どれだけ関節を作り込んでも鉄の塊だ」

 

「別の魔石じゃ駄目なのか?」

 

「小さい石で、腕や脚だけを動かすことならできる。だが、全身を一緒に動かすとなると足りねえ。負荷をかけりゃ、途中で力が途切れる」

 

 ヴォルフは自分の膝を叩いた。

 

「重い物を抱えた時に膝が抜けたら、着てる奴ごと潰れるだろ」

 

「……だから、強い魔石が必要なのか」

 

「必要だと思って、これを選んだ」

 

 ヴォルフの指が、胸の装甲を軽く叩く。

 

「ところが、今度はまともに力を通せねえ。ほかの石を動かせる魔力を流しても、こいつは黙ったままだ」

 

『供給量を増やしても、起動には至らないのですか?』

 

「試した範囲じゃな。量だけの問題じゃねえと見てる」

 

 作業台へ、何枚かの記録板が並べられた。

 

 描かれている線の意味は、レイジには分からない。

 

 それでも、重ねられた書き込みや、何度も引き直された図面を見れば、一度や二度試して諦めたわけではないことは分かった。

 

「使い手が見つからない理由は、それだよ」

 

 ネフィリスが言った。

 

「力のある人を連れてくれば済む、という話でもなくてね」

 

「それで、俺の魔力ならどうかってことか」

 

「可能性を確かめたい」

 

 ヴォルフは頷いた。

 

「もちろん、いきなり着せるつもりはねえ。最初は外から少し魔力を通して、核がどう反応するかを見る」

 

『その接続部を見せてください』

 

 フィーネが頼むと、ヴォルフは作業台の引き出しから、掌ほどの金属板を取り出した。

 

 太い導線が伸び、その先に小さな留め具がついている。

 

「こっちへ手を置く。魔石には直接触らねえ。核へ通す量は、この板と台の仕掛けで絞る」

 

『異常が出た場合は?』

 

「接続を切る。俺がこっちで見てる。お前も手伝えるなら、反応を拾ってくれ」

 

『分かりました。機構を確認させていただきます』

 

 緑色の光が、金属板の表面をなぞった。

 

 レイジは、自分の右手を開いたり閉じたりする。

 

 この手から出た銀の魔力は、魔獣を倒した。

 

 扉を開き、フィーネを目覚めさせたこともある。

 

 同じ力でも、流す先によって結果が変わる。

 

 それを、今まではほとんど知らずに使っていた。

 

「……試してみたい」

 

 口にすると、ヴォルフが顔を向けた。

 

「ただ、うまく止められなくなったら教えてくれ。俺も、どこまでできるか分からないから」

 

「隠さず言え。こっちも、分からねえことを分かったふりはしねえ」

 

 ヴォルフは金属板を作業台へ置いた。

 

 レイジが近づこうとした、その前へ太い腕が出る。

 

「試すのは明日だ」

 

「え?」

 

「さっきから、立ってるだけで膝に力が入ってねえぞ」

 

 言われて初めて、作業台へ身体を預けていたことに気づいた。

 

『休息を優先してください、マスター』

 

 フィーネが振り返る。

 

『今の状態では、甲冑とマスターのどちらに問題が起きたのか、判断しづらくなります』

 

「……分かった」

 

「奥に空き部屋がある。今日はそこで寝ろ」

 

「でも、まだ何も——」

 

「試験の返事をしただけで、倒れられちゃ困るんだよ」

 

 ネフィリスが小さく笑った。

 

「身の回りのものは、私が用意するよ。まずは身体を休めよう」

 

 レイジは二人を見て、それから、動かない甲冑へ目を向けた。

 

 胸の魔石は静かなままだった。

 

「……ありがとう」

 

『礼が言えたら、次は寝るんだぞ』

 

 ユウトが言う。

 

(分かってるって)

 

『さっきから、そればっかりだな』

 

 言い返そうとして、あくびが出た。

 

 今度ばかりは、三人の声を聞くまでもなかった。

 


 

 工房の奥には、小さな寝台のある部屋があった。

 

 壁際の棚には箱や部品が並んでいたが、寝台の上だけはきれいに片づけられている。

 

 夕食を食べ、汚れを落とし、借りた着替えへ袖を通す。

 

 それだけで、身体が急に重くなった。

 

 レイジは寝台へ腰を下ろした。

 

 窓の外は、もう暗い。

 

 戸の向こうから、工具を置く音が聞こえてくる。

 

(ユウト、起きてるか?)

 

『……起きてる』

 

(明日、あれが動くと思うか?)

 

『分からない』

 

 短い返事だった。

 

『でも、動かなくても何か分かるんだろ。あのおっさん、ずっと記録を取ってたし』

 

(……そうだな)

 

 レイジは横になった。

 

 神社の控え所とも、森の地面とも違う寝床。

 

 まだ慣れない部屋だった。

 

 それでも、外で物音がするたびに起き上がる必要はない。

 

『レイジ』

 

(何だ?)

 

『明日のこと考えてたら、寝られないぞ』

 

(お前も返事してるだろ)

 

『お前が呼んだんだろ』

 

 小さく笑い、目を閉じる。

 

 フィーネが枕元の端末へ降りた。

 

『室内を見ています。お休みなさい、マスター』

 

 返事をしたつもりだったが、声になったかどうかは分からなかった。

 


 

 翌朝、甲冑の右腕には、昨日はなかった固定具が取り付けられていた。

 

 肩と肘を支え、急に動いても大きく振り回されないようにしているらしい。

 

 胸の魔石から作業台へ導線が伸び、昨日見せられた金属板へ繋がっていた。

 

「今日は核と右腕だけを見る。ほかは切り離してある」

 

 ヴォルフが説明する。

 

 レイジは朝食を終え、椅子へ座っていた。

 

 一晩眠った分、昨日より身体は軽い。

 

 それでもフィーネは、長く続けないことを念押ししていた。

 

『接続部の確認は終わりました。こちらからも反応を監視します』

 

 作業台の端にある接続口へ、フィーネの光の糸が伸びる。

 

 ネフィリスは少し離れた場所で見ていた。

 

「気分が悪くなったら、すぐに言ってね」

 

「ああ」

 

 レイジは金属板へ右手を置いた。

 

 ひやりとした感触が、掌へ伝わる。

 

「自分で抑えられる範囲でいい。無理に増やすなよ」

 

 ヴォルフが台の横へ立った。

 

 その手は、接続を切るための大きな梃子へ添えられている。

 

(レイヴェル)

 

『聞いておる。まずは我の銀を、細く通してみよ』

 

 胸の奥へ意識を沈めた。

 

 広がっている銀色の力。

 

 全部を動かそうとせず、その端を少しだけ掬い上げる。

 

『急ぐでない。腕へ押し出すのではなく、通る道を作るのじゃ』

 

 レイジは息を吐いた。

 

 肩から腕へ。

 

 腕から、掌へ。

 

 金属板の溝に、淡い銀色の光が灯った。

 

『供給を確認しました。マスター、そのままです』

 

 フィーネの声。

 

 ヴォルフが台のつまみを動かした。

 

 導線に沿って、光が細く走る。

 

 次の瞬間だった。

 

 甲冑の胸が、白く輝いた。

 

「——っ!」

 

 低い唸りが、工房の床を伝う。

 

 動かなかった右腕が、固定具の中で跳ねた。

 

 がん、と金属が鳴る。

 

『核の反応が上がっています!』

 

「切るぞ!」

 

 ヴォルフが梃子を引き倒した。

 

『レイジ、力を止めよ!』

 

 レイヴェルの声に、掌へ繋げていた流れを閉じる。

 

 導線の光が消えた。

 

 それより一拍遅れて、胸の魔石も暗くなる。

 

 腕の固定具が軋み、静かになった。

 

 レイジは、まだ掌を金属板へ置いたままだった。

 

「……俺、多く流しすぎたのか?」

 

『違う』

 

 レイヴェルがすぐに答えた。

 

『おぬしは抑えておった。我も見ていた』

 

『接続は切れています。手を離して大丈夫です』

 

 フィーネの指示に従い、レイジは右手を引いた。

 

 指を動かす。

 

 痺れはない。痛みもなかった。

 

「怪我は?」

 

 ネフィリスが尋ねる。

 

「ない。大丈夫だ」

 

 ヴォルフは返事を聞くと、すぐに胸の魔石と固定具を確かめた。

 

 フィーネの前には、試験中の反応を記録した線が浮かんでいる。

 

『入れた魔力は僅かです。ですが、核の反応はそれを大きく上回っています』

 

「こいつが勝手に跳ね上げやがったか」

 

 ヴォルフが顎の髭へ触れる。

 

「流した量の割に、反応が強すぎるってことか?」

 

 レイジが尋ねると、男は頷いた。

 

「ああ。同じように増やしたら、先に関節か接続部がぶっ壊れる」

 

『量を減らして押し通すのは、今はやめておけ』

 

 レイヴェルの声が届く。

 

『あの石は、我の銀を受けると落ち着かぬらしい。理由が分からぬまま続けるものではない』

 

 レイジはその言葉をヴォルフへ伝えた。

 

「俺に魔力の使い方を教えてくれてる仲間も、今の力で続けるのはやめた方がいいって言ってる」

 

「そうだな。今日はこれ以上、その銀色の魔力を流すな」

 

 ヴォルフは記録板へ何かを書き込んだ。

 

 レイジには、少し意外だった。

 

 怒鳴られるかもしれないと思っていた。

 

 造ったものを壊しかけたのだから。

 

「……これじゃ、着られないな」

 

「動きゃいいってもんじゃねえ。今の腕の動きで、着てる奴の肘が逆に曲がったらどうする」

 

 ヴォルフは顔を上げた。

 

「試して分かったことがある。そういう試験だ」

 

 レイジは黙って頷いた。

 

 昨夜、ユウトも似たことを言っていた。

 

 それでも、実際に甲冑が跳ねるのを見ると、胸の奥が落ち着かなかった。

 

 自分の力で、何かを動かそうとした。

 

 また、扱いきれなかった。

 

『レイジ』

 

 その時、ユウトが呼んだ。

 

『俺の方は、どうだろう』

 


 

(お前の魔力?)

 

『銀と黒じゃ、違うんだろ』

 

 胸の奥にある、もう一つの気配。

 

 銀の力に比べれば、まだ小さい。

 

 それでも、そこにユウトがいることは分かる。

 

(うまく使えるのか?)

 

『分からない。でも、少し出せるかなら試せる』

 

 レイジは右手を見た。

 

(無理はするなよ。目を覚ましたばかりなんだから)

 

『お前もだろ』

 

(だから、俺に言われても困るって?)

 

『そういうこと』

 

 返事に、僅かな笑いが混じる。

 

 レイヴェルが口を挟んだ。

 

『試すなら、ごく少しじゃ。おぬしらのどちらかに負担が出れば、そこで止める』

 

(分かった)

 

 レイジはヴォルフへ顔を向けた。

 

「もう一つ、違う魔力を試せるかもしれない」

 

 記録板を持つ手が止まった。

 

「違う魔力だと?」

 

「今の銀とは、別のものだ。俺の中にある」

 

『性質の異なる魔力を保持していることは、確認しています』

 

 フィーネが説明を添えた。

 

『ただし、こちらも扱いに慣れているわけではありません。まず、わたしが流れを確認します』

 

 ヴォルフはレイジの顔を見て、それから金属板へ目を戻した。

 

「混ぜずに出せるのか?」

 

「……確かめる」

 

「なら、まずは核から切り離したままやれ。こっちの点検も終わっちゃいねえ」

 

 レイジは頷き、目を伏せた。

 

 銀の魔力を、静かに落ち着かせる。

 

 その奥にある黒へ、意識を向ける。

 

『こっちだ、レイジ』

 

 ユウトの声がする。

 

 力を掴もうとすると、指の間をすり抜けるように気配が遠のいた。

 

(難しいな……)

 

『引っ張り出そうとするでない』

 

 レイヴェルが告げる。

 

『ユウト、おぬしは力を押しつけるな。レイジが通せる分だけ渡せ』

 

『……分かった』

 

 少しずつ。

 

 胸の奥で、二人の呼吸を合わせるように。

 

 レイジは掌を開いた。

 

 指の間に、細い黒色の光が揺れた。

 

『銀の魔力は混じっていません。そのまま保ってください』

 

 フィーネの声に従い、しばらく動かさずにいる。

 

 強くしようとすると、途端に輪郭が崩れかけた。

 

 レイジは慌てて力を緩める。

 

 黒い光が、再び細くまとまった。

 

(こんなものか?)

 

『ああ。それなら、俺もきつくない』

 

 ユウトの返事を聞いてから、レイジは顔を上げた。

 

「今は、このくらいなら出せる」

 

「それでいい。大きくするな」

 

 ヴォルフは点検を終えた接続部を戻し、フィーネと確認を交わした。

 

 銀の試験で跳ねた右腕も、固定具の中に収まっている。

 

「準備はいいか」

 

「ああ」

 

 掌を、金属板へ置く。

 

 黒い光が溝へ伝わった。

 

 ヴォルフが、少しずつ接続を開く。

 

 導線の光が胸元へ届いた。

 

 魔石の奥に、小さな緑色の光が生まれる。

 

 レイジは息を止めかけた。

 

 だが、今度は眩しく輝かなかった。

 

 甲冑の腕も跳ねない。

 

 細く流れてきた黒を受け入れるように、魔石がゆっくりと明るさを増していく。

 

『核の反応、安定しています』

 

 フィーネの声が響いた。

 

『供給量を変えなければ、出力もほぼ一定に保たれています』

 

 ヴォルフは何も言わなかった。

 

 記録板を見て、魔石を見て、もう一度、記録板へ目を落とす。

 

「……本当に、同じ身体から出してるんだな」

 

「俺の手から通してるのは、さっきと同じだ」

 

 レイジは、掌を動かさず答えた。

 

 力を保つことへ気を配ると、長く話す余裕はなかった。

 

「フィーネ。指だけ動かしてみるぞ」

 

『はい。動作を確認します』

 

 ヴォルフが作業台の操作器へ触れた。

 

 甲冑の右手で、かちりと小さな音がした。

 

 開いたままだった指が、ゆっくりと曲がる。

 

 途中で引っかかったように止まり、また動く。

 

 それでも、最後には五本の指が重なり、握り拳の形になった。

 

「……動いた」

 

 レイジが呟く。

 

 ヴォルフは操作器を戻した。

 

 指が開く。

 

 黒い魔力は途切れず、胸の魔石も穏やかな光を保っている。

 

『動いたな』

 

 ユウトの声がした。

 

(ああ)

 

 親友の魂は、今も自分の内側にある。

 

 甲冑へ移ったわけでも、失った肉体を取り戻したわけでもない。

 

 それでも、ユウトの魔力が、外にあるものを動かした。

 

 レイジは胸の奥の気配を、もう一度確かめた。

 

(お前の力だ)

 

『お前が通してるんだろ』

 

(一人じゃ、できなかった)

 

『……俺もだよ』

 

 短い返事が届いた。

 

 レイジは、動いたばかりの手から目を離せなかった。

 

『そこまでじゃ』

 

 レイヴェルが言う。

 

『うまくいった時ほど、続けたくなる。今日は、それだけ確かめればよかろう』

 

 レイジは息を整え、フィーネへ視線を向けた。

 

 小さな電子精霊(でんしせいれい)が頷く。

 

『レイヴェルから、ここで区切るよう助言がありました。わたしも同意見です。安定した動作の記録は取れています』

 

「……ああ。そうだな」

 

 ヴォルフは記録へ一度目を落とし、操作器から手を離した。

 

「こっちを切る。光が落ちたら、お前も止めろ」

 

 接続が閉じられる。

 

 胸の光がゆっくりと薄れ、消えた。

 

 レイジも黒い魔力を静める。

 

 手を離すと、背中に汗をかいていることに気づいた。

 

 ネフィリスが差し出した布を受け取り、額を拭く。

 

「動いたね」

 

「……ああ」

 

 それ以上うまく言えず、レイジはもう一度、甲冑を見た。

 

 胸の内側では、ユウトが静かに笑っていた。

 


 

 しばらく休んだ後、ヴォルフは二つの記録を並べた。

 

 銀を流した時の、激しく跳ね上がる線。

 

 黒を流した時の、低く揃った線。

 

「同じ核で、こうも違うとはな」

 

『銀と黒で反応が異なることは確認できました。ただし、理由の特定には、まだ調べる必要があります』

 

 フィーネが告げる。

 

「分かってる。腕一本、それも指を動かしただけだ。これで完成なんて言わねえ」

 

 ヴォルフは甲冑へ向き直った。

 

 その口元が、髭の奥で少しだけ緩む。

 

「だが、ようやく先を試せる」

 

 レイジも顔を上げた。

 

「これから、全身を動かすのか?」

 

「その前に、今の力でどれだけ動かせるか調べる。関節も直す。指が途中で引っかかったのは見ただろ」

 

「ああ」

 

「着る奴の身体に合わせるのも、それからだ。やることは山ほどある」

 

 ヴォルフは椅子を引き寄せ、レイジと向き合った。

 

「レイジ。こいつを造るのに、手を貸す気はあるか」

 

 名を呼ばれ、レイジは少し背筋を伸ばした。

 

「魔力を流せばいいのか?」

 

「それもある。だが、動かした時に何を感じたか、どこが苦しいか、ちゃんと教えてもらう。分からねえことは一緒に確かめる」

 

 大きな手が、記録板を示す。

 

「俺は、こいつを人が使えるものにしたい。お前は、自分の力を知りたいんだろ」

 

「……うん」

 

「なら、ここでやってみねえか。寝床と飯は用意する。魔力を調べるための道具も貸す」

 

 レイジは返事をしようとして、一度口を閉じた。

 

 工房へ来る前は、その夜の寝床さえ決まっていなかった。

 

 手を貸す代わりに、ここで自分のことを調べられる。

 

 それが、目の前の職人からの申し出だった。

 

「俺、まだ知らないことばかりだぞ。機械のことだって、フィーネがいなければほとんど分からない」

 

「使う側に、最初から造る側と同じことを求めるかよ。必要なことは教える」

 

『制御と解析については、わたしも協力します』

 

 フィーネが言った。

 

『その代わり、分かったことは共有してください。マスターの魔力についても、記録を残したいので』

 

「構わねえ。こっちも、お前が拾った細かい反応を見せてもらう」

 

 ネフィリスが、ヴォルフとフィーネへ視線を巡らせた。

 

「外の資料や、工房だけでは調べられないことは、私も手伝うよ」

 

 レイジは、膝の上で右手を開いた。

 

 魔力を止めた今は、ただの手に見える。

 

 それでも、銀と黒で違う結果が出た。

 

 自分の中にあるものについて、昨日より一つ多く知ることができた。

 

(ここで、続けてみてもいいと思うか?)

 

『我は構わぬ。おぬしも、自分の力を扱うよい機会になろう』

 

 レイヴェルが答える。

 

『ただし、魔力の稽古を怠ける口実にはさせぬぞ』

 

(分かってる)

 

『剣もな』

 

 ユウトが続けた。

 

(お前、今それを言うのか)

 

『鎧が動いても、お前の足運びは直らないだろ』

 

 言い返せず、レイジは少し笑った。

 

 ヴォルフが眉を上げる。

 

「どうした」

 

「……仲間が、稽古も忘れるなって」

 

「そりゃそうだ。着る奴がふらつくようじゃ、こいつも困る」

 

 その言葉に、内側から二人分の笑いが返ってきた。

 

 レイジは顔を上げる。

 

「手伝わせてほしい。俺も、もっと自分の力を知りたい」

 

 ヴォルフが頷いた。

 

「なら、決まりだ」

 

 男は立ち上がり、棚から一つの鍵を取った。

 

 レイジの掌へ、金属の冷たさが落ちる。

 

「昨日の部屋だ。荷物は置いたままでいい」

 

「荷物ってほど、持ってないけど」

 

「これから増えるだろ。まず、着替えくらいは揃えろ」

 

 レイジは鍵を見つめた。

 

 甲冑の指が動いた時とは違う実感が、少し遅れて胸へ広がる。

 

 今夜も、この部屋で眠っていい。

 

 明(・)日(・)も(・)、(・)こ(・)の(・)工(・)房(・)で(・)続(・)き(・)を(・)確(・)か(・)め(・)ら(・)れ(・)る(・)。(・)

 

「……よろしく、ヴォルフ」

 

「ああ。最初の仕事は、その記録板をこっちへ持ってくることだ」

 

 レイジは鍵をしまい、作業台の上へ手を伸ばした。

 

 すぐ隣では、フィーネが図面を広げ始めている。

 

 胸の内側からは、いつもの声が届いた。

 

『落とすなよ』

 

(それくらい、分かってるって)

 

 支柱に支えられた甲冑の右手は、試験を終えて静かに開いている。

 

 レイジはそこへ一度だけ目をやり、明日もまた動かしてみたいと思った。

 

 





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