崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
「こいつは、着た人間の動きを助けるためのものだ」
ヴォルフは甲冑の肘を指した。
装甲の隙間には、細い金属の輪が幾重にも重なっている。その内側を、溝の刻まれた部品が腕に沿って走っていた。
「ここへ魔力が通ると、関節が動く。肩も腰も脚も同じだ。着ている奴が腕を上げようとすりゃ、甲冑もそれに合わせて動く」
「その分、力が強くなるのか?」
「重い物を持てる。走り続けられる。装甲で身体も守れる」
太い指が、胴体から両脚へ移った。
「崩れた建物から人を引っ張り出す時にも、負傷者を抱えて逃げる時にも使えるはずだ」
レイジは垂れ下がった腕を見た。
人を抱えたまま走れる。
瓦礫を動かせる。
そんな力があったらと、思いかけたところで視線を戻した。
「でも、まだ動かないんだよな」
「ああ。今言ったのは、できるようにしたいことだ」
ヴォルフは、甲冑の胸にある大きな魔石へ手を添えた。
「問題はこいつだ。魔竜ヴィルジスの魔石を、核に使ってる」
「魔竜……?」
『随分と大層なものを持ち出しおったのう』
レイヴェルの声が、レイジの内側へ届く。
『あの大きさで、傷も少ない。手に入れるだけでも一苦労であろうな』
フィーネは魔石へ近づき、表面を覗き込んだ。
『甲冑全体へ魔力を巡らせる、その中心なのですね』
「そうだ。核が働かなきゃ、どれだけ関節を作り込んでも鉄の塊だ」
「別の魔石じゃ駄目なのか?」
「小さい石で、腕や脚だけを動かすことならできる。だが、全身を一緒に動かすとなると足りねえ。負荷をかけりゃ、途中で力が途切れる」
ヴォルフは自分の膝を叩いた。
「重い物を抱えた時に膝が抜けたら、着てる奴ごと潰れるだろ」
「……だから、強い魔石が必要なのか」
「必要だと思って、これを選んだ」
ヴォルフの指が、胸の装甲を軽く叩く。
「ところが、今度はまともに力を通せねえ。ほかの石を動かせる魔力を流しても、こいつは黙ったままだ」
『供給量を増やしても、起動には至らないのですか?』
「試した範囲じゃな。量だけの問題じゃねえと見てる」
作業台へ、何枚かの記録板が並べられた。
描かれている線の意味は、レイジには分からない。
それでも、重ねられた書き込みや、何度も引き直された図面を見れば、一度や二度試して諦めたわけではないことは分かった。
「使い手が見つからない理由は、それだよ」
ネフィリスが言った。
「力のある人を連れてくれば済む、という話でもなくてね」
「それで、俺の魔力ならどうかってことか」
「可能性を確かめたい」
ヴォルフは頷いた。
「もちろん、いきなり着せるつもりはねえ。最初は外から少し魔力を通して、核がどう反応するかを見る」
『その接続部を見せてください』
フィーネが頼むと、ヴォルフは作業台の引き出しから、掌ほどの金属板を取り出した。
太い導線が伸び、その先に小さな留め具がついている。
「こっちへ手を置く。魔石には直接触らねえ。核へ通す量は、この板と台の仕掛けで絞る」
『異常が出た場合は?』
「接続を切る。俺がこっちで見てる。お前も手伝えるなら、反応を拾ってくれ」
『分かりました。機構を確認させていただきます』
緑色の光が、金属板の表面をなぞった。
レイジは、自分の右手を開いたり閉じたりする。
この手から出た銀の魔力は、魔獣を倒した。
扉を開き、フィーネを目覚めさせたこともある。
同じ力でも、流す先によって結果が変わる。
それを、今まではほとんど知らずに使っていた。
「……試してみたい」
口にすると、ヴォルフが顔を向けた。
「ただ、うまく止められなくなったら教えてくれ。俺も、どこまでできるか分からないから」
「隠さず言え。こっちも、分からねえことを分かったふりはしねえ」
ヴォルフは金属板を作業台へ置いた。
レイジが近づこうとした、その前へ太い腕が出る。
「試すのは明日だ」
「え?」
「さっきから、立ってるだけで膝に力が入ってねえぞ」
言われて初めて、作業台へ身体を預けていたことに気づいた。
『休息を優先してください、マスター』
フィーネが振り返る。
『今の状態では、甲冑とマスターのどちらに問題が起きたのか、判断しづらくなります』
「……分かった」
「奥に空き部屋がある。今日はそこで寝ろ」
「でも、まだ何も——」
「試験の返事をしただけで、倒れられちゃ困るんだよ」
ネフィリスが小さく笑った。
「身の回りのものは、私が用意するよ。まずは身体を休めよう」
レイジは二人を見て、それから、動かない甲冑へ目を向けた。
胸の魔石は静かなままだった。
「……ありがとう」
『礼が言えたら、次は寝るんだぞ』
ユウトが言う。
(分かってるって)
『さっきから、そればっかりだな』
言い返そうとして、あくびが出た。
今度ばかりは、三人の声を聞くまでもなかった。
工房の奥には、小さな寝台のある部屋があった。
壁際の棚には箱や部品が並んでいたが、寝台の上だけはきれいに片づけられている。
夕食を食べ、汚れを落とし、借りた着替えへ袖を通す。
それだけで、身体が急に重くなった。
レイジは寝台へ腰を下ろした。
窓の外は、もう暗い。
戸の向こうから、工具を置く音が聞こえてくる。
(ユウト、起きてるか?)
『……起きてる』
(明日、あれが動くと思うか?)
『分からない』
短い返事だった。
『でも、動かなくても何か分かるんだろ。あのおっさん、ずっと記録を取ってたし』
(……そうだな)
レイジは横になった。
神社の控え所とも、森の地面とも違う寝床。
まだ慣れない部屋だった。
それでも、外で物音がするたびに起き上がる必要はない。
『レイジ』
(何だ?)
『明日のこと考えてたら、寝られないぞ』
(お前も返事してるだろ)
『お前が呼んだんだろ』
小さく笑い、目を閉じる。
フィーネが枕元の端末へ降りた。
『室内を見ています。お休みなさい、マスター』
返事をしたつもりだったが、声になったかどうかは分からなかった。
翌朝、甲冑の右腕には、昨日はなかった固定具が取り付けられていた。
肩と肘を支え、急に動いても大きく振り回されないようにしているらしい。
胸の魔石から作業台へ導線が伸び、昨日見せられた金属板へ繋がっていた。
「今日は核と右腕だけを見る。ほかは切り離してある」
ヴォルフが説明する。
レイジは朝食を終え、椅子へ座っていた。
一晩眠った分、昨日より身体は軽い。
それでもフィーネは、長く続けないことを念押ししていた。
『接続部の確認は終わりました。こちらからも反応を監視します』
作業台の端にある接続口へ、フィーネの光の糸が伸びる。
ネフィリスは少し離れた場所で見ていた。
「気分が悪くなったら、すぐに言ってね」
「ああ」
レイジは金属板へ右手を置いた。
ひやりとした感触が、掌へ伝わる。
「自分で抑えられる範囲でいい。無理に増やすなよ」
ヴォルフが台の横へ立った。
その手は、接続を切るための大きな梃子へ添えられている。
(レイヴェル)
『聞いておる。まずは我の銀を、細く通してみよ』
胸の奥へ意識を沈めた。
広がっている銀色の力。
全部を動かそうとせず、その端を少しだけ掬い上げる。
『急ぐでない。腕へ押し出すのではなく、通る道を作るのじゃ』
レイジは息を吐いた。
肩から腕へ。
腕から、掌へ。
金属板の溝に、淡い銀色の光が灯った。
『供給を確認しました。マスター、そのままです』
フィーネの声。
ヴォルフが台のつまみを動かした。
導線に沿って、光が細く走る。
次の瞬間だった。
甲冑の胸が、白く輝いた。
「——っ!」
低い唸りが、工房の床を伝う。
動かなかった右腕が、固定具の中で跳ねた。
がん、と金属が鳴る。
『核の反応が上がっています!』
「切るぞ!」
ヴォルフが梃子を引き倒した。
『レイジ、力を止めよ!』
レイヴェルの声に、掌へ繋げていた流れを閉じる。
導線の光が消えた。
それより一拍遅れて、胸の魔石も暗くなる。
腕の固定具が軋み、静かになった。
レイジは、まだ掌を金属板へ置いたままだった。
「……俺、多く流しすぎたのか?」
『違う』
レイヴェルがすぐに答えた。
『おぬしは抑えておった。我も見ていた』
『接続は切れています。手を離して大丈夫です』
フィーネの指示に従い、レイジは右手を引いた。
指を動かす。
痺れはない。痛みもなかった。
「怪我は?」
ネフィリスが尋ねる。
「ない。大丈夫だ」
ヴォルフは返事を聞くと、すぐに胸の魔石と固定具を確かめた。
フィーネの前には、試験中の反応を記録した線が浮かんでいる。
『入れた魔力は僅かです。ですが、核の反応はそれを大きく上回っています』
「こいつが勝手に跳ね上げやがったか」
ヴォルフが顎の髭へ触れる。
「流した量の割に、反応が強すぎるってことか?」
レイジが尋ねると、男は頷いた。
「ああ。同じように増やしたら、先に関節か接続部がぶっ壊れる」
『量を減らして押し通すのは、今はやめておけ』
レイヴェルの声が届く。
『あの石は、我の銀を受けると落ち着かぬらしい。理由が分からぬまま続けるものではない』
レイジはその言葉をヴォルフへ伝えた。
「俺に魔力の使い方を教えてくれてる仲間も、今の力で続けるのはやめた方がいいって言ってる」
「そうだな。今日はこれ以上、その銀色の魔力を流すな」
ヴォルフは記録板へ何かを書き込んだ。
レイジには、少し意外だった。
怒鳴られるかもしれないと思っていた。
造ったものを壊しかけたのだから。
「……これじゃ、着られないな」
「動きゃいいってもんじゃねえ。今の腕の動きで、着てる奴の肘が逆に曲がったらどうする」
ヴォルフは顔を上げた。
「試して分かったことがある。そういう試験だ」
レイジは黙って頷いた。
昨夜、ユウトも似たことを言っていた。
それでも、実際に甲冑が跳ねるのを見ると、胸の奥が落ち着かなかった。
自分の力で、何かを動かそうとした。
また、扱いきれなかった。
『レイジ』
その時、ユウトが呼んだ。
『俺の方は、どうだろう』
(お前の魔力?)
『銀と黒じゃ、違うんだろ』
胸の奥にある、もう一つの気配。
銀の力に比べれば、まだ小さい。
それでも、そこにユウトがいることは分かる。
(うまく使えるのか?)
『分からない。でも、少し出せるかなら試せる』
レイジは右手を見た。
(無理はするなよ。目を覚ましたばかりなんだから)
『お前もだろ』
(だから、俺に言われても困るって?)
『そういうこと』
返事に、僅かな笑いが混じる。
レイヴェルが口を挟んだ。
『試すなら、ごく少しじゃ。おぬしらのどちらかに負担が出れば、そこで止める』
(分かった)
レイジはヴォルフへ顔を向けた。
「もう一つ、違う魔力を試せるかもしれない」
記録板を持つ手が止まった。
「違う魔力だと?」
「今の銀とは、別のものだ。俺の中にある」
『性質の異なる魔力を保持していることは、確認しています』
フィーネが説明を添えた。
『ただし、こちらも扱いに慣れているわけではありません。まず、わたしが流れを確認します』
ヴォルフはレイジの顔を見て、それから金属板へ目を戻した。
「混ぜずに出せるのか?」
「……確かめる」
「なら、まずは核から切り離したままやれ。こっちの点検も終わっちゃいねえ」
レイジは頷き、目を伏せた。
銀の魔力を、静かに落ち着かせる。
その奥にある黒へ、意識を向ける。
『こっちだ、レイジ』
ユウトの声がする。
力を掴もうとすると、指の間をすり抜けるように気配が遠のいた。
(難しいな……)
『引っ張り出そうとするでない』
レイヴェルが告げる。
『ユウト、おぬしは力を押しつけるな。レイジが通せる分だけ渡せ』
『……分かった』
少しずつ。
胸の奥で、二人の呼吸を合わせるように。
レイジは掌を開いた。
指の間に、細い黒色の光が揺れた。
『銀の魔力は混じっていません。そのまま保ってください』
フィーネの声に従い、しばらく動かさずにいる。
強くしようとすると、途端に輪郭が崩れかけた。
レイジは慌てて力を緩める。
黒い光が、再び細くまとまった。
(こんなものか?)
『ああ。それなら、俺もきつくない』
ユウトの返事を聞いてから、レイジは顔を上げた。
「今は、このくらいなら出せる」
「それでいい。大きくするな」
ヴォルフは点検を終えた接続部を戻し、フィーネと確認を交わした。
銀の試験で跳ねた右腕も、固定具の中に収まっている。
「準備はいいか」
「ああ」
掌を、金属板へ置く。
黒い光が溝へ伝わった。
ヴォルフが、少しずつ接続を開く。
導線の光が胸元へ届いた。
魔石の奥に、小さな緑色の光が生まれる。
レイジは息を止めかけた。
だが、今度は眩しく輝かなかった。
甲冑の腕も跳ねない。
細く流れてきた黒を受け入れるように、魔石がゆっくりと明るさを増していく。
『核の反応、安定しています』
フィーネの声が響いた。
『供給量を変えなければ、出力もほぼ一定に保たれています』
ヴォルフは何も言わなかった。
記録板を見て、魔石を見て、もう一度、記録板へ目を落とす。
「……本当に、同じ身体から出してるんだな」
「俺の手から通してるのは、さっきと同じだ」
レイジは、掌を動かさず答えた。
力を保つことへ気を配ると、長く話す余裕はなかった。
「フィーネ。指だけ動かしてみるぞ」
『はい。動作を確認します』
ヴォルフが作業台の操作器へ触れた。
甲冑の右手で、かちりと小さな音がした。
開いたままだった指が、ゆっくりと曲がる。
途中で引っかかったように止まり、また動く。
それでも、最後には五本の指が重なり、握り拳の形になった。
「……動いた」
レイジが呟く。
ヴォルフは操作器を戻した。
指が開く。
黒い魔力は途切れず、胸の魔石も穏やかな光を保っている。
『動いたな』
ユウトの声がした。
(ああ)
親友の魂は、今も自分の内側にある。
甲冑へ移ったわけでも、失った肉体を取り戻したわけでもない。
それでも、ユウトの魔力が、外にあるものを動かした。
レイジは胸の奥の気配を、もう一度確かめた。
(お前の力だ)
『お前が通してるんだろ』
(一人じゃ、できなかった)
『……俺もだよ』
短い返事が届いた。
レイジは、動いたばかりの手から目を離せなかった。
『そこまでじゃ』
レイヴェルが言う。
『うまくいった時ほど、続けたくなる。今日は、それだけ確かめればよかろう』
レイジは息を整え、フィーネへ視線を向けた。
小さな
『レイヴェルから、ここで区切るよう助言がありました。わたしも同意見です。安定した動作の記録は取れています』
「……ああ。そうだな」
ヴォルフは記録へ一度目を落とし、操作器から手を離した。
「こっちを切る。光が落ちたら、お前も止めろ」
接続が閉じられる。
胸の光がゆっくりと薄れ、消えた。
レイジも黒い魔力を静める。
手を離すと、背中に汗をかいていることに気づいた。
ネフィリスが差し出した布を受け取り、額を拭く。
「動いたね」
「……ああ」
それ以上うまく言えず、レイジはもう一度、甲冑を見た。
胸の内側では、ユウトが静かに笑っていた。
しばらく休んだ後、ヴォルフは二つの記録を並べた。
銀を流した時の、激しく跳ね上がる線。
黒を流した時の、低く揃った線。
「同じ核で、こうも違うとはな」
『銀と黒で反応が異なることは確認できました。ただし、理由の特定には、まだ調べる必要があります』
フィーネが告げる。
「分かってる。腕一本、それも指を動かしただけだ。これで完成なんて言わねえ」
ヴォルフは甲冑へ向き直った。
その口元が、髭の奥で少しだけ緩む。
「だが、ようやく先を試せる」
レイジも顔を上げた。
「これから、全身を動かすのか?」
「その前に、今の力でどれだけ動かせるか調べる。関節も直す。指が途中で引っかかったのは見ただろ」
「ああ」
「着る奴の身体に合わせるのも、それからだ。やることは山ほどある」
ヴォルフは椅子を引き寄せ、レイジと向き合った。
「レイジ。こいつを造るのに、手を貸す気はあるか」
名を呼ばれ、レイジは少し背筋を伸ばした。
「魔力を流せばいいのか?」
「それもある。だが、動かした時に何を感じたか、どこが苦しいか、ちゃんと教えてもらう。分からねえことは一緒に確かめる」
大きな手が、記録板を示す。
「俺は、こいつを人が使えるものにしたい。お前は、自分の力を知りたいんだろ」
「……うん」
「なら、ここでやってみねえか。寝床と飯は用意する。魔力を調べるための道具も貸す」
レイジは返事をしようとして、一度口を閉じた。
工房へ来る前は、その夜の寝床さえ決まっていなかった。
手を貸す代わりに、ここで自分のことを調べられる。
それが、目の前の職人からの申し出だった。
「俺、まだ知らないことばかりだぞ。機械のことだって、フィーネがいなければほとんど分からない」
「使う側に、最初から造る側と同じことを求めるかよ。必要なことは教える」
『制御と解析については、わたしも協力します』
フィーネが言った。
『その代わり、分かったことは共有してください。マスターの魔力についても、記録を残したいので』
「構わねえ。こっちも、お前が拾った細かい反応を見せてもらう」
ネフィリスが、ヴォルフとフィーネへ視線を巡らせた。
「外の資料や、工房だけでは調べられないことは、私も手伝うよ」
レイジは、膝の上で右手を開いた。
魔力を止めた今は、ただの手に見える。
それでも、銀と黒で違う結果が出た。
自分の中にあるものについて、昨日より一つ多く知ることができた。
(ここで、続けてみてもいいと思うか?)
『我は構わぬ。おぬしも、自分の力を扱うよい機会になろう』
レイヴェルが答える。
『ただし、魔力の稽古を怠ける口実にはさせぬぞ』
(分かってる)
『剣もな』
ユウトが続けた。
(お前、今それを言うのか)
『鎧が動いても、お前の足運びは直らないだろ』
言い返せず、レイジは少し笑った。
ヴォルフが眉を上げる。
「どうした」
「……仲間が、稽古も忘れるなって」
「そりゃそうだ。着る奴がふらつくようじゃ、こいつも困る」
その言葉に、内側から二人分の笑いが返ってきた。
レイジは顔を上げる。
「手伝わせてほしい。俺も、もっと自分の力を知りたい」
ヴォルフが頷いた。
「なら、決まりだ」
男は立ち上がり、棚から一つの鍵を取った。
レイジの掌へ、金属の冷たさが落ちる。
「昨日の部屋だ。荷物は置いたままでいい」
「荷物ってほど、持ってないけど」
「これから増えるだろ。まず、着替えくらいは揃えろ」
レイジは鍵を見つめた。
甲冑の指が動いた時とは違う実感が、少し遅れて胸へ広がる。
今夜も、この部屋で眠っていい。
「……よろしく、ヴォルフ」
「ああ。最初の仕事は、その記録板をこっちへ持ってくることだ」
レイジは鍵をしまい、作業台の上へ手を伸ばした。
すぐ隣では、フィーネが図面を広げ始めている。
胸の内側からは、いつもの声が届いた。
『落とすなよ』
(それくらい、分かってるって)
支柱に支えられた甲冑の右手は、試験を終えて静かに開いている。
レイジはそこへ一度だけ目をやり、明日もまた動かしてみたいと思った。