崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
記録板を棚へ戻すにも、決まった場所があった。
核に使った魔石の種類。調べた部位。試した日。
ヴォルフに教えられた通りに棚を見ていくと、甲冑の右腕に関するものだけでも、随分と数がある。
「今日の分は、こっちだ」
差し出された板を受け取ろうとして、レイジは手を止めた。
端に、自分の名前が書かれていた。
「俺の名前も残すのか?」
「誰の魔力で試したか、分からなくなったら困るだろ」
ヴォルフは筆の先で、その下の空欄を示す。
「で、今はどうだ。手の痺れはねえか。胸が苦しいとか、変なところが痛むとか」
「そういうのはない。少し、疲れたけど」
「少しってのは、立ってるのも嫌になるくらいか?」
「そこまでじゃない。腕が重い感じはする」
「なら、そう書く」
短い言葉が、空欄を埋めていく。
フィーネも作業台の端に腰を下ろし、記録を覗き込んでいた。
『時間が経ってから変化が出た場合も、教えてください。今の状態と比べられます』
「分かった」
ヴォルフは板を受け取り直し、今日の記録をまとめた。
銀の魔力では、核が激しく反応した。
黒の魔力では、甲冑の指が動いた。
その二つと同じ場所に、レイジの腕が重いという話も残る。
レイジは、重ねられた板をしばらく見つめていた。
「どうした」
「……そういうことも、役に立つんだなと思って」
「使う奴が疲れ切るなら、動いても使い物にならねえからな」
ヴォルフは棚の空いた一角へ、今日の分を置いた。
「今日は、もう魔力を流すな。こっちは関節を直す。お前は、自分の部屋を使いやすくしとけ」
「棚の荷物は、動かしていいのか?」
「空箱は廊下へ出していい。重いのは、そのままにしとけよ」
今度は、何をすればいいのか分かる。
レイジは頷いて、工房の奥へ向かった。
寝床の脇に積まれていた箱をどけると、小さな窓がすっかり見えるようになった。
壁際には棚が一つと、机が一つ。
昨夜は横になるので精いっぱいだったが、こうしてみれば、思っていたより広い部屋だった。
机を拭き終えた頃、開いた扉が軽く叩かれた。
「入ってもいいかな」
ネフィリスが、布で包んだ荷物を抱えて立っていた。
「ああ。今、少し片づけてた」
「ちょうどよかった。着替えを持ってきたよ。大きさが合うか、あとで確かめてくれる?」
机に置かれた包みの中には、替えの服と下着、それに柔らかい布が何枚か入っていた。
借りているものを返しても、着るものに困らない。
そう気づいて、レイジは一枚ずつ棚へ移した。
「ありがとう。こんなに、いいのか?」
「洗っている間にも、着るものは要るからね」
『マスター。畳んだ向きを揃えると、取り出しやすくなります』
フィーネが棚の前へ降りてきた。
「これでいいか?」
『はい。その上に、次の一枚を』
『服のしまい方まで教わっておるのか、おぬしは』
レイヴェルが、内側で面白がる。
(今まで、しまうほど持ってなかっただろ)
『それもそうか』
その声を聞きながら、最後の一枚を重ねた。
まだ棚の大半は空いている。
ネフィリスは、レイジが振り返るのを待ってから口を開いた。
「少し、これからのことを話せるかな」
「これから?」
「外の資料を調べる手伝いをする、と言っただろう。その話と、私が君を助けるよう頼まれた時のことだよ」
レイジは机の椅子を引いた。
ネフィリスがそこへ座り、自分は寝床の端に腰を下ろす。フィーネは、二人を見渡せる窓枠に降りた。
「ヴォルフは?」
「少し話をしてくる、と伝えてあるよ」
廊下の向こうから、金属を叩く音が聞こえた。
ネフィリスが扉を閉めると、その音は少し遠くなる。
「アルカディアのことも、調べてもらえるのか?」
レイジが尋ねると、彼女は頷いた。
「あちらにある資料についても、探してみるつもりだよ。ただ、その前に話しておきたいことがある」
長い耳の持ち主は、膝の上で手を重ねた。
「私に君のことを教えた人は、三年間、君に力を貸してほしいと言ったんだ」
「三年間……?」
「それと、君をすぐに学園へ入学させてはいけない、とも言っていた」
レイジは、彼女の顔を見た。
聞き間違いではなかったらしい。
ネフィリスは、静かにこちらを見返していた。
「三年も、ここで待てってことか?」
「その間、ここを拠点に、君たちの調べ物や暮らしを支えたいと思っている」
「どうして、三年なんだ」
ネフィリスは、すぐには答えなかった。
レイジの胸の内側でも、二人の気配が静かになる。
「その人には、先の出来事が見えるんだ」
やがて返ってきた言葉に、レイジは眉を寄せた。
「未来が分かるっていうのか?」
「少なくとも、私にはそうとしか思えないことがあった。君があの道を来ることも、レイヴェルとユウトの名前も、その人から聞いたんだよ」
フィーネが、窓枠から身を起こした。
『その方が、三年後にマスターを学園へ向かわせるようにと?』
「すぐに入学させず、三年間、力を貸してほしい。それを違えれば、その人が見た未来は変わってしまう。そう聞いている」
「変わったら、何か悪いことが起きるのか?」
「そこまでは、聞かされていない」
レイジは、膝の上で手を握った。
知らない誰かが見た未来。
そのために、三年。
鳴海沢を離れてから、まだそれほど経っていない。
ユウトの母親が、動かなくなった息子を抱きしめていた姿を、はっきりと思い出せる。
あの人たちにとって、ユウトは死んだままだ。
『レイジ』
内側から、ユウトが呼んだ。
『聞いてくれ。その人が見た未来で、俺はどうなってるんだ』
レイジは顔を上げた。
「ユウトが聞いてる。その未来で、自分はどうなってるのかって」
ネフィリスの視線が、わずかに下がった。
「……ごめん。それも、私は知らない」
ユウトから、すぐに返事はなかった。
「三年待てば、身体を取り戻せると教えられたわけではないんだ。君の記憶についても同じだよ」
ネフィリスはレイジを見つめ直した。
「私は、その人を信じている。三年という言葉にも、意味があると思っている。でも、君たちはその人を知らない。私が同じように信じてほしいと言っても、難しいだろうね」
「……会えないのか。その人に」
「君が会いたがっていることは、伝えるよ。ただ、すぐに会わせるとは約束できない」
昨日、名を教えてくれた相手が、ここまで自分たちのことを知っていた。
その理由は、少し分かった。
けれど、知りたいことが減った気はしなかった。
『先が見えるというだけでは、その方がマスターたちの望む答えを持っているかまでは、分かりませんね』
フィーネの声に、ネフィリスが頷く。
「うん。だから、調べる手伝いをすると言ったことは、その人からの返事だけを待つという意味ではないよ」
「学園へ行く前でも、できるのか?」
「取り寄せられる資料はある。詳しい人を探して、話を聞くこともできる。まずは、君が何を知りたいのか、もう少し細かく聞かせてほしい」
レイジは、胸へ手を当てた。
「俺たちのことを、誰かに話すのか」
「君の中に二人がいるという話は出さない。魂や魔力についての資料を探すところから始めるよ」
『届いたものは、わたしも確認します。工房で得られる記録と比べられるかもしれません』
フィーネが言った。
レイジは窓枠へ目を向け、それからネフィリスへ視線を戻した。
「その途中で、手がかりが見つかったら?」
「君に知らせる」
「それが、今すぐ確かめた方がいいことだったら」
ネフィリスは少し考えてから答えた。
「その時は、君たちと相談して決めたい。三年という話があっても、新しく分かったことまで見なかったことにはできないから」
何も分からないまま、三年後まで待つ。
そんな話をされているわけではないらしい。
それでも、簡単に頷ける長さではなかった。
「少し、みんなと話してもいいか」
「もちろん」
ネフィリスは椅子から立ち上がった。
「私は向こうにいる。急がなくていいよ」
扉が開き、また静かに閉まった。
金属を叩く音が、途切れずに続いていた。
レイジは、しばらく扉を見つめていた。
(どう思う?)
『その未来とやらを、我らまで信じる理由はまだないのう』
最初に答えたのは、レイヴェルだった。
『名を知っておったことと、その者の言う通りにすべきかは別の話じゃ』
(だよな)
『ただ、あの女が差し出しているものは分かる。寝床、調べ物の手伝い、それに三年分の時間じゃ。それをどう使うかまで、あやつ任せにすることはなかろう』
レイジは、棚へ重ねた服を見た。
今日、食べるものを探さなくていい。
夜になる前に、眠れる場所を決めなくていい。
その分、ほかのことを考えられる。
まだ一晩しか過ごしていないのに、その違いは分かった。
(ユウトは?)
『……短いとは、思わない』
いつものような、すぐに返ってくる声ではなかった。
『俺だって、早く帰りたい。母さんたちに、ここにいるって言いたい』
レイジは唇を結んだ。
『でも、今すぐ学園へ行けば、それができるのかも分からないだろ』
(だからって、三年もかけていいのか)
『お前だけが、俺を待たせるみたいに考えるなよ』
レイジが顔を上げる。
『俺も、ここで試してみたいんだ』
(甲冑を?)
『それもある。今朝、俺の力が外で役に立っただろ。自分に何ができるのか、もう少し知りたい』
黒い魔力を、レイジの手へ渡した時。
甲冑の指が、ぎこちなく曲がった時。
胸の内側にいたユウトも、同じものを見ていた。
『どうして黒い力が出るのか、自分でもよく分からないんだ。剣のことなら教えられるけど、こっちは俺も、教わるところからだろ』
『その通りじゃな。おぬしら、力を受け渡すだけでも、まだ互いに遠慮が多い』
レイヴェルが言う。
『急に強く引かれたら困るだろ』
『それを、声をかけて確かめよと言うておる。黙って気を遣い合っておっても、加減は覚えられぬぞ』
レイジは、今日の試験で手を重ねた金属板を思い出した。
ほんの少し流す。
増やしすぎたら、二人で戻す。
うまくいったのは、互いに何度も確かめた後だった。
(……ここなら、それを続けられるか)
『ああ』
ユウトの返事は、今度は早かった。
『それに、三年後まで何も相談しちゃいけないなんて、言われてないだろ。やってみて駄目なら、その時にまた考えよう』
『わたしも、その都度、分かったことをお伝えします』
フィーネが窓枠から飛び、レイジの目の前に浮かんだ。
『魔力について、わたしたち自身で確かめられることがあります。外から届く資料だけでは分からないことも、今日のように見つけられるかもしれません』
「フィーネも、ここで調べたいんだな」
『はい。ヴォルフさんの設計も、もっと詳しく見たいです』
そこで少しだけ、声が弾んだ。
『右手の引っかかりについては、気になる箇所があるので』
『もう、あの職人と話が合うておるではないか』
『説明が具体的で、とても助かります』
フィーネは胸を張った。
レイジは、そこでようやく少し笑えた。
どこから来たのか。
なぜ、二人をこの身体に留めていられるのか。
分からないことは、まだ同じだけ残っている。
けれど、明日は何を確かめようかと、話せる場所ができた。
「俺も、ここで続けたい」
今度は、声に出して言った。
「三年後まで、ただ待つんじゃなくて」
『うむ。では、向こうにもそう言ってくるがよい』
レイヴェルが答える。
『その前に、顔を上げろ。床を睨んでおっても、未来とやらは見えぬぞ』
「睨んでたか?」
『少しな』
ユウトにまで言われて、レイジは頬を擦った。
立ち上がると、フィーネが肩の横へついてくる。
レイジは、自分で扉を開けた。
ネフィリスは、食事に使う卓の前にいた。
近づくレイジに気づくと、湯気の立つカップを一つ、向かい側へ寄せる。
「座る?」
「うん」
両手で包むと、指先が温かくなった。
レイジは、カップの向こうにいる彼女を見た。
「レイヴェルとユウトとも話した。ここで、自分たちの力を調べてみたい」
「そうか」
「でも、学園へ行くのをやめるわけじゃない」
ネフィリスは頷き、続きを待った。
「三年後には、アルカディアへ行きたい。その時に、今より自分のことが分かっていたらいいと思う。ユウトのことも、レイヴェルのことも」
言葉にすると、遠くにあるはずの三年後が、少しだけ考えやすくなった。
そこへ行くまで、何もしないわけではない。
明日も、明後日も、ここで確かめられることがある。
「だから、外の資料を探すのを手伝ってほしい。俺たちだけじゃ、どこから探せばいいのかも分からない」
「引き受けるよ」
ネフィリスの返事は、はっきりしていた。
「三年間、君たちが調べて、学んで、その先を選べるように力を貸す」
「……頼まれたから?」
彼女は一度目を瞬き、それから小さく笑った。
「会いに行ったのは、頼まれたからだよ」
カップの持ち手から、指が離れる。
「でも、今は君たちと話をしている。困ったことがあれば、私にも言ってほしい。何ができるかは、一緒に考えるから」
レイジは少し考えた。
知らない誰かについては、まだ何も確かめられない。
目の前の人についても、知っていることは多くなかった。
それでも、車を止めてほしいと言えば止めてくれた。
工房で説明を聞いてから決めたいと言えば、待ってくれた。
今も、部屋を出て相談が終わるのを待っていた。
「分かった。何か見つかったら、俺たちも話す」
「うん」
隣で、フィーネが卓の上へ降りた。
『では、最初に探していただきたい資料を、相談してもいいですか』
「もちろん。どんなものかな」
『異なる性質の魔力を、同じ人が扱った例です。魔力の出方によって身体への負担が変わるかも、知りたいです』
「まずは、魔力についての記録だね」
ネフィリスは、手元に紙を引き寄せた。
レイジも、口を開く。
「身体がなくなった後の、魂について書かれたものも探せるか?」
彼女の手が、紙の上で止まった。
「探してみる。ただ、言い伝えと、確かめられた記録を分けて読まないといけないね」
『そこは、わたしもお手伝いします』
フィーネが請け合う。
胸の内側から、ユウトの声が届いた。
『……頼むって、伝えてくれ』
「ユウトも、頼むって」
レイジが伝えると、ネフィリスは彼を見て頷いた。
「うん。引き受けたと、伝えてくれる?」
レイジも頷いた。
(引き受けたってさ)
『聞こえてるよ』
少し困ったような声が返ってきた。
(……そっか)
『まあ、ありがとな』
レイジが笑うと、ネフィリスが首を傾げた。
「何か、言い方がおかしかったかな?」
「いや。今の返事は、ユウトにも聞こえてた」
「ああ、そうだったね」
ネフィリスも、そこで笑った。
紙に書かれた項目は、まだ二つだけだった。
それでも、尋ねたいことを一つ口にするたびに、調べるための相談が少しずつ進んだ。
工房へ戻ると、ヴォルフは甲冑の右手を外していた。
作業台の布の上に、細かな部品が順番に並べられている。
「話は済んだか」
「ああ。ネフィリスが、三年間、外の調べ物とかを手伝ってくれることになった」
「そうか」
ヴォルフは顔を上げた。
「それで、お前は?」
「ここで、甲冑を動かす手伝いを続けたい。稽古もして、自分の力を扱えるようになりたい」
「なら、身体の具合は隠すなよ。今日はできても、明日できなくなるようなやり方じゃ続かねえ」
「分かってる」
「さっきから、肩を回してるぞ」
レイジは手を下ろした。
「まだ、少し重いだけだ」
「それを隠さず言えって話だ」
『今朝の記録に、追記しておきます』
フィーネが言う。
ヴォルフは頷き、机の端から短い板を取った。
「ついでに、背丈だけ測らせろ」
「もう、甲冑を合わせるのか?」
「どこをどれだけ変えるか、見当をつける。実際に着せるのは、まだ先だ」
壁の前へ立たされ、頭の上へ平たい板が当てられた。
ヴォルフが印をつける横で、ネフィリスが眺めている。
「三年あれば、背も伸びるだろうね」
「だろうな。合わせっきりにできねえのが面倒だ」
「……伸びない方がいいのか?」
ヴォルフが、呆れた顔でレイジを見た。
「伸びろ。そこは、こっちで何とかする」
『ほれ、遠慮なく食ってよいそうじゃぞ』
レイヴェルの声に、レイジは笑いを堪えた。
壁から離れる前に、つけられたばかりの印を見る。
三年後には、もっと上に印が増えるのだろうか。
そんなことを考えたのは、初めてだった。
「ヴォルフ。もう一つ、頼んでもいいか」
「何だ」
「稽古に使う木刀が欲しい。ここで作れるか?」
太い眉が、少し持ち上がる。
「剣の稽古か」
「友達に教わってる。まだ、全然うまくできないけど」
「木はある。握りや長さは、あとで聞く。今すぐには作れねえぞ」
「急がなくていい。ありがとう」
『では、できるまで足運びだな』
ユウトが、待っていたように言った。
(……そうなるのか)
『剣がないから休み、とは言わないよな?』
(言ってないだろ)
内側でやり取りしている間に、ヴォルフは工房の裏手を指した。
「身体を動かすなら、裏を使え。資材を積んである方へは寄るなよ」
「分かった」
「始めるのは、明日だ。今日は飯を食って寝ろ」
今度は、レイジもすぐに頷いた。
ネフィリスが帰る時には、窓から差す光が赤くなっていた。
「また顔を出すよ。必要なものがあれば、書いておいて」
見送りに出たレイジへ、彼女はそう言った。
「資料のことも、分かったら知らせる」
「うん。……気をつけて」
「ありがとう。君も、今夜はよく休んでね」
黒い車を見送ってから、レイジは工房の扉へ戻った。
中からは、ヴォルフとフィーネが部品について話す声が聞こえていた。
翌朝、工房の裏には薄く露が下りていた。
資材から離れた土の上で、レイジは足を開く。
今朝は、腕の重さもほとんど残っていなかった。
『前へ出る時、上半身だけ先に行くなよ』
ユウトの声に合わせて、一歩踏み出す。
『そう。戻る時も、足を置くまで気を抜かない』
元の位置へ戻ろうとして、後ろの踵が浮いた。
『今のだ』
(分かってる。もう一回)
『分かってるって言った時ほど、同じことをやるんだよな』
(うるさいな)
レイジは足元を見かけて、顔を上げ直した。
相手を見たまま動く。
山の社で教わったことを、一つずつ思い出す。
あの時は目の前にいたユウトが、今は内側から声をかけている。
立つ場所は変わってしまった。
それでも、足を運ぶたびに、直すところを見つけられる。
『魔力は使うでないぞ。足の置き方をごまかしても、稽古にならぬからな』
レイヴェルにも釘を刺された。
(使ってないって)
『うむ。その調子じゃ』
少し離れたところでは、フィーネが宙に浮いて見守っていた。
何度か繰り返すうちに、戻した足が、余分に揺れずに止まった。
『今のはいい』
ユウトが言う。
レイジは、すぐにもう一度踏み出そうとした。
『マスター。朝食の時間です』
「あと一回だけ」
『その一回で失敗したら、もう一回やるんだろ』
ユウトの言葉に、足が止まる。
『続きは、またできるよ』
レイジは息を吐き、開いていた足を揃えた。
工房の中から、ヴォルフの声が飛んでくる。
「おい、冷めるぞ!」
「今、行く!」
答えて振り返ると、フィーネが肩の高さまで降りてきた。
『午後は、右手の部品を組み直すそうです。マスターにも、説明したいとおっしゃっていました』
「引っかかってたところか?」
『はい。わたしも、見せてもらうのを楽しみにしています』
レイジは、土についた足跡へ一度だけ目をやった。
明日も、この場所を使える。
戻ってくる位置を覚えておこうと思い、それから工房へ歩き出した。
扉の向こうから、湯気と焼いたパンの匂いが流れてきた。