崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~   作:クロネコアラ

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今日は少し短めです!


第19話-鎧に灯る声-

 

 

 右腕の試験を終えても、甲冑がすぐに着られるようになったわけではなかった。

 

 肘の動きが揃えば、次は肩。

 

 腕を上げられるようになれば、今度は下ろす途中で引っかかる。

 

 レイジが同じ動きを繰り返す横で、ヴォルフが部品を削り、フィーネが記録を見比べた。

 

 剣の稽古も、似たようなものだった。

 

 一度うまく振れたからといって、次も同じようにはいかない。

 

 肩を直すと足が遅れ、踏み込みを意識すると柄を握りすぎる。

 

『全部、一度に直そうとするな。今は足だ』

 

 ユウトの声を聞きながら、木刀を構え直す。

 

 その繰り返しが、少しずつ日常になった。

 

 工房へ来たばかりの頃は、昼を過ぎると身体が重くなった。

 

 今は、朝の稽古を終えても、作業台まで歩く足がふらつかない。

 

 棚のどこに何があるのかも覚えた。

 

 ヴォルフが名前だけ言った道具を持っていけると、少し嬉しかった。

 

 そうして四か月が過ぎる頃、ばらばらだった甲冑が、再び人の形に組み上がった。

 


 

「今日は、立つところまでだ」

 

 ヴォルフは、甲冑の脇に立てた支柱を叩いた。

 

「脚の試験は済んでる。だが、人間が入って全身を動かすのは初めてだ。腕だけの時と、同じつもりでいるなよ」

 

「分かった」

 

 レイジは、開かれた甲冑の内側を見た。

 

 背中に当たる場所へ、薄い板が取り付けられている。

 

 これまでは左手を金属板へ置いて、外から魔力を渡していた。

 

 両手を自由に使うため、受け口を背当ての内側へ移したのだ。

 

 その位置から黒い魔力を流す稽古にも、随分と時間がかかった。

 

『まず、脚から入れてください』

 

 フィーネが内側を照らした。

 

 足を入れ、腰を収める。

 

 腕を通すと、ヴォルフの手で留め具が閉じられていった。

 

 胸の装甲が収まる。

 

 大きな緑の魔石が、自分の呼吸するすぐ前にある。

 

 レイジは顎を引いて、それを見下ろした。

 

 重かった。

 

 支柱に吊られた帯が支えていなければ、立ち上がるだけでも苦労しただろう。

 

「兜を合わせるぞ」

 

 黒い兜が下りてきた。

 

 顔の右側には、格子を思わせる意匠がある。

 

 額へ嵌められた小さな魔石が、窓の光を緑に返した。

 

 内側が閉じると、工房の音が少し遠くなった。

 

 見える範囲も、狭い。

 

 顔を向けなければ、足元の道具が見えなかった。

 

『では、わたしも入ります』

 

 目の前に浮かんでいたフィーネが、小さく一礼した。

 

 その姿が緑の光へほどけ、額の魔石へ吸い込まれる。

 

 次の瞬間、澄んだ声が、すぐ近くに届いた。

 

『接続できました。マスター、聞こえますか?』

 

(聞こえる。……いつもより近いな)

 

『今は、マスターと同じ向きから見ていますから』

 

 視界の端に、小さな文字と淡い線が灯った。

 

 足元に置かれていた工具が、輪郭をなぞられるように示される。

 

 少し下を向くと、光は邪魔にならない場所へ退いた。

 

(これ、フィーネが見せてくれてるのか?)

 

『はい。必要なものだけ出すようにします。多すぎる時は教えてください』

 

『ほう。器用なものじゃな』

 

 レイヴェルが感心する。

 

『おぬしまで中へ来るとは、随分と賑やかになった』

 

『剣を振る時まで、全員で喋るなよ』

 

 ユウトが言った。

 

(もう喋ってるだろ、全員)

 

 レイジは内側で笑い、ヴォルフへ顔を向けた。

 

 職人は、こちらの返事を待っている。

 

「聞こえる」

 

 兜越しに答えた声は、思っていたより低く響いた。

 

「よし。苦しいところはねえな」

 

 頷く。

 

 ヴォルフが、一歩離れた。

 

 レイジは胸の内側へ意識を向ける。

 

(ユウト、始める)

 

『ああ。いつも通り、少しずつ』

 

 黒い魔力を受け取り、背中の受け口へ通す。

 

 胸の魔石に、光が灯った。

 

 腰の後ろで低い振動が生まれ、両脚へ、両腕へと伝わっていく。

 

 重さが、消えたわけではない。

 

 けれど、身体を起こそうとすると、その動きを下から支える力があった。

 

『接続は安定しています。ゆっくり、足へ体重を移してください』

 

 フィーネの声に合わせて、レイジは膝を伸ばした。

 

 吊り帯が緩む。

 

 足裏に、床の硬さが伝わる。

 

 ヴォルフが帯へ目をやり、すぐにレイジの膝を見た。

 

「そのまま、少し待て」

 

 レイジは動かなかった。

 

 甲冑の重さを、自分の脚と、脚を包む機構とで支えている。

 

 慣れない感覚に、自然と息が浅くなった。

 

『息まで止めるでない』

 

 レイヴェルに言われ、ゆっくり吐く。

 

『魔力を通すことと、身体を固めることは別じゃ。肩まで持ち上がっておるぞ』

 

(分かってる)

 

『今、言われて気づいただろ』

 

 ユウトがすかさず言った。

 

(……少しは、待ってくれよ)

 

 自分が笑っていることに気づいた。

 

 手探りで一人、重いものの中へ閉じ込められたような感じは、もうしなかった。

 

「いいぞ。右足だけ、半歩前へ」

 

 ヴォルフの声。

 

 レイジは足を動かした。

 

 金属の靴底が、床を擦る。

 

 持ち上げる位置が足りなかった。

 

『次は少し高く。今のまま前へ押すと、つまずく』

 

 ユウトが言う。

 

 戻して、もう一度。

 

 今度は、足が床から離れた。

 

 半歩先へ置く。

 

 身体が傾きかけたところを、腰と膝の機構が支えた。

 

『重心の移動に合わせて、補助を調整します』

 

 フィーネの声が続く。

 

 レイジは、後ろの足を寄せた。

 

 ほんの少し、前へ出た。

 

 いつもなら、何も考えずに通り過ぎる床の継ぎ目が、足の後ろにあった。

 

 ヴォルフはしばらくその足を見てから、短く頷いた。

 

「……立って、歩けたな」

 

 レイジも頷いた。

 

 もっと進める気がした。

 

 だが、今の一歩を覚えるように、そこで一度止まった。

 


 

 歩くことと、走ることは違った。

 

 まっすぐ進めるようになっても、曲がろうとすると大きく膨らんだ。

 

 剣を振るうと、上半身の動きへ脚が遅れた。

 

 甲冑を着たまま、何度も尻餅をついた。

 

 ヴォルフが腰の部品を直す間、レイジは甲冑を脱ぎ、同じ動きを木刀で繰り返す。

 

 鎧のせいだと思っていた癖が、身軽になっても残っていることがあった。

 

『ほらな』

 

 ユウトに言われると、反論できなかった。

 

 フィーネは試験のたびに記録を増やした。

 

 レイジがどう動こうとしているか。

 

 どこへ力を足すと、その動きを邪魔してしまうか。

 

 歩き方が変われば、調整も変わる。

 

『マスターの方も、上達していますので』

 

 そう言われた日は、少しだけ胸を張れた。

 

 半年が過ぎた頃には、工房の裏で、決められた場所へ走って止まれるようになった。

 

 外した甲冑には、すぐにヴォルフの手が入る。

 

 最初は大きすぎたはずの内張りが、いつの間にか窮屈になっていた。

 

「腕が伸びたな」

 

「……また合わせ直すのか」

 

「測るから、じっとしてろ」

 

 面倒だと言いながら、ヴォルフは古い寸法の横へ、新しい数値を書いた。

 

 壁についた背丈の印も、少し上へ増えていた。

 


 

 調べ物は、甲冑ほど分かりやすく進まなかった。

 

 魔力の性質についての本は増えた。

 

 だが、魂を宿した器について、そのまま当てはまる記録は見つからない。

 

 レイジは読み終えた資料に紙を挟み、次の一冊を開いた。

 

「向こうへ戻ったら、これを書いた人にも尋ねてみるよ」

 

 ネフィリスが、机に並べた本をまとめながら言った。

 

「学園に、知ってる人がいるのか?」

 

「私も、そこで仕事をしているからね」

 

「研究者?」

 

「学園長だよ。ネフィリス・ルーヴェル・エルフェンリート。それが、私の名前」

 

 レイジは、本から顔を上げた。

 

「……学園長?」

 

「学園の運営を預かっているんだ」

 

 少し考えてから、窓の外に停まった長い車へ目を向ける。

 

 今までにも、ただの通りすがりではないと思うことは何度もあった。

 

 それでも、これから向かいたい場所の学園長だとは思っていなかった。

 

『なるほどのう。資料を集める手際がよいはずじゃ』

 

 レイヴェルが言った。

 

「レイヴェルが、資料を集めるのが上手い理由が分かったって」

 

「褒めてもらえた、と思っておこうかな」

 

 ネフィリスは笑い、開かれたままの本へ目を落とした。

 

「ただ、研究者がそれぞれ手元に置いている記録も多い。何を調べたいのか、直接話さないと伝わらないこともあるよ」

 

「いつか、俺たちが説明することになるのか」

 

「その方がよい相手はいるだろうね。誰に、どこまで話すかは、一緒に考えよう」

 

 レイジは、書き込みの増えた紙を見た。

 

 最初は、分からない言葉を書き留めるだけだった。

 

 今は、本にある説明と、自分たちが試した結果とを並べている。

 

 銀と黒の魔力を、同じ身体から別々に取り出せること。

 

 ユウトと声をかけ合えば、黒の流れを長く保てるようになったこと。

 

 それでも、魂を外へ移す方法は分からないこと。

 

『この紙、持っていこうな』

 

 ユウトが言った。

 

(ああ。ここでやったこと、全部)

 

 レイジは、開いていた頁を折らないよう、丁寧に紙を挟んだ。

 


 

 八か月を過ぎる頃、木刀の稽古に、黒い魔力の扱いが加わった。

 

 刃へ通す量が多すぎると、握る手へ力が入り、剣筋が乱れる。

 

 流すことに気を取られれば、足が止まる。

 

 レイヴェルが加減を見て、ユウトが動きを直した。

 

『大きく見せる必要はない。刃に沿わせて、そこへ留めるのじゃ』

 

『今、右足が遅れた。魔力のことだけ考えてるだろ』

 

(二人いっぺんに言わないでくれ!)

 

『では、一つずつ。まずは構えたまま、流れを保ってみよ』

 

 何度も戻り、同じところから始めた。

 

 甲冑を着て動く時も、内側では同じ声が続く。

 

 外へ出す言葉は、自然と短くなった。

 

 相手へ伝える必要があることだけ口にする。

 

 内側へ返事をしている間に、黙ったまま頷いていることも多かった。

 

 ヴォルフはその様子に慣れ、必要な時だけ、答えを待った。

 

 季節が一巡しようとする頃には、甲冑の足音も変わっていた。

 

 床を引きずる音が減り、踏み出す時と止まる時の区別がついた。

 

 黒い装甲には、金と銀の部品が組み込まれている。

 

 背へ留められた赤いマントは、振り向くと一拍遅れて流れた。

 

 胸には、大きな緑の魔石。

 

 額にも、同じ色の小さな光。

 

 レイジは、窓に映った自分の姿を見た。

 

 その背後で、ヴォルフが長い包みを作業台へ置いた。

 

「そろそろ、こっちも使ってみろ」

 

 布が開かれる。

 

 一振りの剣があった。

 

 細身の長い刀身と、角張った鍔。

 

 黒い柄に施された金と銀の意匠が、甲冑とよく似ていた。

 

「訓練用と、握りの太さは同じだ。重さは違う。いきなり振り回すなよ」

 

 レイジは、差し出された柄を握った。

 

 刃の重さが、手首へ静かにかかる。

 

 鞘へ収める前に、刀身の端へ目を走らせた。

 

 木刀とは違う。

 

 触れ方を誤れば、自分の指でも切れる。

 

『構えは、いつも通りだ』

 

 ユウトの声がした。

 

『怖いからって、握り締めすぎるなよ』

 

(……分かってる)

 

 答えながら、僅かに指を緩めた。

 

「魔力を通す試験は、俺も見てるところでやる。刃に癖が出たら、教えろ」

 

 ヴォルフが言った。

 

 レイジは剣を鞘へ収め、顔を上げた。

 

「ありがとう」

 

「礼は、手入れで返せ」

 

 太い指が、鞘の口を軽く叩く。

 

「こいつで何を斬るかも、お前が考えろ」

 

 レイジは、柄から手を離さなかった。

 

 あの洞窟の前で、ユウトが剣を握っていた姿を思い出した。

 

 今度は、自分の手にある。

 


 

 最初の本格的な屋外試験は、工房へ来てほぼ一年が経つ頃に決まった。

 

 町から少し離れた採石場の、使われていない区画を借りられたのだという。

 

 傾いた足場。

 

 工房の裏より高い段差。

 

 荷を抱えたまま、どこまで動けるか。

 

 ヴォルフが説明する横で、フィーネが予定を書き留めていた。

 

「向こうにも人はいる。試す場所から、勝手に出るなよ」

 

「分かった」

 

「あと、剣を見せびらかすな。運ぶ時は鞘から抜くなよ」

 

 レイジはもう一度頷いた。

 

 その夜、持っていくものを部屋の机へ並べた。

 

 着替えと布。水の入った容器。

 

 剣の手入れに使う道具も確かめる。

 

『遠足の支度みたいだな』

 

 ユウトが言った。

 

(試験だろ)

 

『分かってる。ちょっと楽しそうだから』

 

 レイジは手を止めた。

 

 怖さはある。

 

 いつもの床と違う場所で、うまく動けるかも分からない。

 

 それでも、工房の外で試してみたかった。

 

(……お前は、楽しみじゃないのか?)

 

『俺も、少しは』

 

 返事の後に、小さな笑いが混じった。

 

 レイジは荷物をまとめ、明日のために灯りを落とした。

 

 壁の向こうでは、ヴォルフが最後の留め具を確かめる音がしていた。

 

 

 

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