崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
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学園都市アルカディアの周辺地図
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学園都市アルカディアの全体図
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レイジ達が最初に現れた地はアルセリア共和国の端の山々で、その近くにはユウトと出会った鳴海沢やヴォルフの工房がある村があります。
出発の朝も、ヴォルフはいつもと同じ声で言った。
「もう一度、曲げてみろ」
レイジは左の膝を曲げた。
黒い装甲が重なり、内側の機構が動く。昨日まで残っていた、途中で何かに引っかかるような感覚は消えていた。
伸ばす。片足へ体重を移す。
作業台の端に手を添えたまま、ゆっくりと繰り返した。
『補助の遅れはありません。左右の差も、調整前より小さくなっています』
額の魔石から、フィーネが報告する。
ヴォルフは数値を確かめ、それからレイジを見上げた。
「お前は、どうだ」
「引っかからない。体重をかけても、平気だ」
「よし。外せ」
最後の確認は、それで終わった。
甲冑を脱ぐと、工房の朝の冷たさが腕へ触れた。
レイジは作業着の袖を下ろし、ヴォルフと一緒に運搬用の箱へ部品を収めていった。胸部の周りには厚い当て布が置かれ、兜は別の仕切りへ固定される。赤いマントを畳む役目は、レイジに回ってきた。
「挟み込むなよ」
「分かってる」
「一度やってる奴の返事だな」
レイジは箱の縁から布を引き戻した。
少しだけ、挟みかけていた。
『言われておいてよかったのう』
(見てたなら、先に言ってくれよ)
内側でレイヴェルが笑う。
剣も鞘に収めたまま固定した。蓋を閉じると、黒い甲冑の姿は見えなくなった。
フィーネは小型端末へ移り、その上に緑の姿を浮かべている。
『到着後、組み直した段階でも確認します』
「頼む。揺らされた後は、締めたところも見直せ」
『はい』
レイジは留め具を一つずつ確かめた。
いつもなら、この後は朝の稽古へ出る。
けれど今日は、木刀も布に包まれ、荷物の横へ結びつけてあった。
朝食を済ませる頃には、外で車の停まる音がしていた。
ネフィリスが手配した荷物用の車へ、大きな箱が積み込まれる。その後ろで、レイジは自分の袋を持ち上げた。
「それで全部か」
「うん。残したものは、部屋にまとめてある」
「ならいい」
ヴォルフは戸口へ寄りかかっていた。
背後には、油の染みた床と、工具の並んだ壁が見える。奥の作業台には、今日も何かの部品が置いてあった。
レイジは袋の紐を握り直した。
昨夜、礼は伝えた。
帰ってくるとも言った。
今になって、もう一度何かを言おうとすると、うまく言葉が出てこなかった。
「着いたら、連絡しろ」
先に口を開いたのは、ヴォルフだった。
「甲冑のことか?」
「お前のことだ」
レイジは顔を上げた。
ヴォルフは、少し面倒そうに鼻を鳴らした。
「荷物の確認だけ送ってくる気だったろ」
『その可能性はありました』
端末からフィーネが答える。
「そこは、俺が答えるところだろ」
『では、どうぞ』
レイジは一度口を閉じた。
ヴォルフの髭が、僅かに揺れる。
「……ちゃんと、俺から連絡する」
「ああ」
それで、いつもの調子に戻れた気がした。
車のそばでは、ネフィリスが待っていた。
「そろそろ行けそうかな」
「うん」
返事をしてから、もう一度振り返る。
ヴォルフは、まだ戸口にいた。
「行ってくる」
「行ってこい」
レイジは車へ乗り込んだ。
動き出した窓の外で、工房が少しずつ小さくなる。
角を曲がるまで、ヴォルフは中へ戻らなかった。
見えなくなってからも、レイジはしばらく窓を見ていた。
『帰った時、増えてるかな』
ユウトが言った。
(何が?)
『部品。お前の部屋の前まで』
レイジは、思わず笑った。
(ありそうだな)
『扉が開かなくなる前に、一回は帰らないとな』
(ああ)
膝の上の袋には、工房の鍵が入っている。
レイジはその袋を、少しだけ自分の方へ引き寄せた。
陸路を進み、港町で一泊した。
翌朝、レイジたちはアルカディアへ向かう船に乗った。
船内には、制服姿の少年少女だけでなく、大きな荷物を持った商人や、子供を連れた家族もいた。通路の向こうでは、作業服の男たちが休み明けの仕事について話している。
レイジは座席に荷物を置いた。隣を、真新しい鞄を抱えた少年が通り過ぎていく。
「彼も、入学する子かな」
小声で尋ねると、ネフィリスは頷いた。
「この時期は、新入生と、休暇から戻る生徒が多いんだ。君と同じ高等部一年の子も乗っているだろうね」
同じ一年生。
レイジは、通路の向こうへ消えた鞄をもう一度見た。
学園へ行くことは、ずっと考えていた。けれど、そこで同じ日を迎える誰かがいることは、今になって急にはっきりした。
窓へ顔を向ける。
岸壁が離れていく。
縄を束ねる人の姿が小さくなり、やがて、港全体が一つの景色になった。
船が揺れる。
座席の肘掛けを握った手へ、少しだけ力が入った。
『マスター。気分は悪くありませんか』
耳の内側へ、フィーネの声が届く。
(平気。前の船を、少し思い出しただけだ)
狭間の施設を飛び立った時には、窓の外をゆっくり眺める余裕などなかった。
警告の音。
傾く船体。
目の前へ迫ってきた、山の木々。
あの船は、もう飛べない。
『今回は、波に合わせた揺れです。今のところ、異常はありません』
(うん。分かってる)
『それと、到着するまでに窓の外を見る時間は、十分にあります』
レイジは、肘掛けから手を離した。
海の上を、白い鳥が横切っていく。
その向こうには、まだ空と水しか見えなかった。
『海って、こんなに広いんだな』
ユウトの声がした。
(来たこと、なかったのか?)
『学校の行事で浜へ行ったことはある。でも、こんな沖まではな』
『沖から陸を見るのも、よいものじゃぞ』
レイヴェルが口を挟む。
『山も街も小さくなって、いつも見上げておったものを、一度に見渡せる』
(レイヴェルは、よく船に乗ってたのか?)
『まあのう。もっとも、今のように座っておるだけで進む船ばかりではなかったが』
『漕いでたのか?』
『我がか?』
短い沈黙が落ちた。
ユウトが笑う。
『ああ。そこは違うんだな』
『必要ならば、手を貸しておったわ』
(どんな時に?)
『話すと長くなる。まずは、おぬしが乗っておる船を見ておけ』
レイジは口元を押さえ、窓へ向き直った。
向かいの席で、ネフィリスが読みかけの書類を閉じる。
「少し、落ち着いたようだね」
「そんなに固くなってたか?」
「出航してから、ずっと同じ姿勢だったから」
ネフィリスは、肘掛けから離したレイジの手を見ていた。
レイジは肩を回し、それから窓の外を示した。
「着くところも、見ていたいな」
「それなら、もう少ししたら前の方へ行こうか。最初に見えてくるのは、中央の塔だから」
『わたしも外の景色を記録しておきたいです』
今度は端末の音声で、フィーネが話した。
「ヴォルフにも送れるね」
「……俺も写らないと、また言われそうだな」
レイジの言葉に、ネフィリスは小さく笑った。
最初は、水平線の上に立つ細い線に見えた。
船が進むにつれ、その根元に白い建物の群れが現れた。遠くから一つの壁に見えたものが、港の施設や、並んだ建物だと分かるようになる。
レイジは、前方を見渡せる窓のそばで足を止めた。
「……あれ、全部か?」
「うん。学園都市アルカディアだよ」
ネフィリスが隣へ立った。
円形だと聞いていた都市の外周が、海の上で大きく弧を描いていた。
端まで見渡そうとしても、近づくにつれて別の建物が重なり、奥は見えなくなる。中央の塔だけが、街並みの向こうから高く突き出していた。
外港には、レイジたちの乗る船よりも大きな貨物船が停まっていた。
「学校だけじゃ、ないんだな」
「教科書で読んだだろう?」
「読んだけど……もっと、校舎ばかりだと思ってた」
眼下の港では、荷物を運ぶ車が列を作っている。
その先に見える通りには、店の看板も、洗濯物の揺れる窓もあった。
「ここで働いて、暮らしている人がいる。学園も、その暮らしの中にあるんだ」
ネフィリスは中央の塔を指した。
「あれは都市の管理と制御を担う場所。私たちが向かう学園や研究施設は、西側だね」
『港だけでも、ずいぶん人がおるのう』
レイヴェルの声が、少し弾んだ。
『六つの国が、よくこれだけのものを一緒に造ったものじゃ』
レイジは、港に並ぶ旗へ目を向けた。
「国が違っても、一緒に勉強するんだよな」
「うん。今も、意見が合うことばかりではないけれどね」
ネフィリスは、どこか実感のこもった声で答えた。
「それでも、ここへ来れば一緒に学べる。生まれた国が違っても、同じものを作ろうとしている人に会える。そういう場所にしておきたいんだ」
レイジは、もう一度街を見た。
研究所から外へ出た時には、目に入るものの名前さえ知らなかった。
今は、あそこに何があるのか、何をしている人なのか、尋ねたいことが次々に浮かんでくる。
聞きたいことは、増えていた。
自分のことも。
内側にいる、二人のことも。
『レイジ』
ユウトに呼ばれた。
(何だ?)
『着いたな』
それだけだった。
レイジは、窓へ近づいた。
(ああ。やっと)
汽笛が響いた。
胸の奥で、長く息を吐いたような気配がした。
下船してからは、することがいくつもあった。
身の回りの荷物を受け取り、別に運ばれてきた機材の確認を待つ。甲冑は、ヴォルフが用意した明細とともに、試作機材として申告してあった。
検査を終えた箱は再び封をされ、学園へ向かう荷物用の車へ積み込まれた。
ようやく外へ出た頃には、空腹を覚えていた。
港の店で買った温かいパンを、移動の車の中で食べる。
窓の外を、人々が行き交っていた。
長い耳の男が店先で荷物を数え、その横を、角のある少女たちが話しながら通り過ぎる。小さな子供が手を振った相手は、作業車に乗ったドワーフだった。
工房の近くでも、いろいろな種族を見かけた。
けれど、ここでは一つの通りを眺めるだけで、知らない服装や、聞き慣れない言葉がいくつも目に入り、耳へ届いた。
「あの人たちも、学生か?」
「そうだね。制服が違うから、別の課程の子たちだと思う」
ネフィリスが答える。
「授業で一緒にならなくても、街で会うことはあるよ」
「名前、覚えられるかな」
『まず、隣の席の奴からだろ』
ユウトが言った。
『初日に街中の人を覚えなくてもいいんだから』
(そこまでは考えてない)
反論しながら、少し安心した。
通りが広くなり、車の速度が落ちた。
塀の向こうに、木々と、その間を歩く制服姿の生徒が見える。
開かれた門には、案内の封筒と同じ校章が掲げられていた。
レイジは、食べ終えたパンの包みを畳んだ。
「ここからは、歩こう」
ネフィリスが言った。
「大きな荷物は、先に整備用の部屋へ運んでもらう。君の記録は、手元に持っていてくれるかな」
「うん」
レイジは袋を肩へ掛けた。
車を降りると、門の脇で脚立に上っていた生徒が、ネフィリスに気づいて手を上げた。
「学園長、おかえりなさい」
「ただいま。準備は進んでいるかな」
「はい。あとは、こっちの案内板だけです」
レイジは立てかけられた板を見た。
新入生の受付。
式場へ向かう矢印。
学園は、自分たちを迎える準備をしていた。
「……本当に、学園長なんだな」
ネフィリスが振り向いた。
「今、確かめたのかい?」
「いや。知ってたけど、工房に来る時は、いつも普通に座ってたから」
「向こうでも、椅子には普通に座るよ」
そう言って、彼女は少し笑った。
レイジも笑い、門をくぐった。
通された部屋で、ネフィリスは必要な書類を順に並べた。
「入学式は明後日。君も、ほかの新入生たちと一緒に参加する。その前に、明日は学習と魔力運用の確認を受けてもらいたい」
「試験か?」
「これからの授業で、どこに補習が必要かを確かめるためだよ。実技も、最初から無理をさせないために、今できる範囲を見ておきたいんだ」
レイジは頷き、用紙へ目を落とした。
高等部一年。
その文字の横に、自分の名前がある。
「寮は、一人で使える部屋を用意してある。持ってきた機材には、別の整備室を使ってほしい。後で一緒に確かめよう」
「研究の記録も、そっちへ置く?」
「それは、まず君が持っていて。研究者に相談する時も、何を見せるかは君と決めてからにするよ」
彼女は、レイジの袋へ手を伸ばさなかった。
レイジは頷き、予定表の続きを読んだ。
筆記。魔力の測定。実技の確認。
その下に、担当予定の教員の名前があった。
クロバ・レイコ。
内側が、静かになった。
先ほどまで項目を覗き込むように言葉を挟んでいたユウトが、何も言わない。
(……ユウト?)
すぐには、返事がなかった。
山の社で暮らしていた頃も、その後の三年間にも、何度も聞いた名前だった。
剣の話をする時。
家族の話をする時。
『母さんだ』
ようやく届いた声は、小さかった。
レイジは紙を持ち直した。
「この先生が、実技を?」
「その予定だよ。以前は特殊部隊を率いていた人でね。今は、剣術や実戦での判断を教えてもらっている」
ネフィリスは、用紙の次の欄を示した。
「使う武器や魔法によって、確認の内容は変わる。希望があれば、今日のうちに知らせてほしい」
「……分かった」
外へ返したのは、その一言だけだった。
名前を指す手を離し、説明の続きを聞く。
ユウトは、それ以上何も言わなかった。
機材の置き場所を確かめ、寮へ案内された頃には、窓の光が傾いていた。
甲冑は、整備室の扉を閉めてから箱から出した。運搬による緩みを確認し、支柱へ固定する。剣もそこへ収め、レイジは鍵を受け取った。
寮へ持ち込んだのは、服や本、木刀、それから自分たちの記録だった。
机と寝台と小さな棚。
一人で使うには十分な部屋に、工房とは違う静けさがあった。
レイジは約束どおり、ヴォルフへ到着の連絡を送った。窓を背景に撮ってもらった写真には、少し固い顔をした自分が写っていた。
『顔より、肩が上がっておるのう』
(慣れてないんだよ)
言い返しながら、そのまま送る。
夕食から戻ると、返事が届いていた。
『分かった。飯を食って、今日は寝ろ』
レイジは少し笑い、端末を置いた。
机の上へ、明日の予定表を広げる。
(……ここに、いたんだな)
『ああ』
ユウトの声が返ってきた。
『仕事を辞めたのか。いや、先生も似たようなものかな。人に教える時、細かいんだよ』
いつもの調子で続けようとして、言葉が途切れた。
レイジは、紙へ目を落としたまま待った。
『会いたいとは、思う。でも……今の俺じゃ、向こうには見えないんだよな』
机に置いた手を、レイジは一度開いた。
動くのは、自分の指だった。
ユウトの身体を取り戻す方法は、まだ見つかっていない。この身体に二人の魂が留まっている理由さえ、分からないままだ。
(俺たちのことは、伏せておこう)
レイジは胸の中で言った。
(ここへ来たばかりだ。まず、できることを調べよう)
『……ああ。母さんには、普通の新入生として会ってくれ』
(分かった)
机の端へ浮かんでいたフィーネも、静かに頷いた。
部屋の外へ聞こえる声は、一つもなかった。
しばらくして、ユウトがもう一度口を開く。
『それなら、学園で剣を使うのは避けた方がいい』
(剣で、分かるのか?)
『母さんや祖父ちゃんに教わった剣だからな。構えだけ変えても、踏み込みや、斬った後の戻り方が残る。お前に何度も直させたところだ』
レイジは壁へ立てかけた木刀を見た。
三年間、考えなくても動けるようになるまで繰り返した。その一つ一つを選んで隠しながら戦うのは、簡単ではない。
(じゃあ、学園では別の戦い方を覚えよう)
『いいのか?』
(黒騎士で戦う時には、これまでどおり頼む。教わったことが、なくなるわけじゃないだろ)
ユウトが、短く息をつくような気配がした。
『……そうだな』
『では、我の出番じゃな』
レイヴェルの声が、いつもの調子で割って入った。
『魔砲の扱いは、これまでも教えてきた。そこへ、拳をつなぐ。剣の間合いを借りずに戦う術を、覚えればよい』
(拳、か)
レイジは右手を握った。
柄のない掌は、少し心許ない。
それでも、銀の魔力を動かす感覚は知っている。
『ただし、稽古は広い場所でじゃぞ。初日から部屋を壊して、追い出されるでない』
(試さないって)
『まずは、明日の希望を送っておきましょう』
フィーネに促され、レイジは端末を取った。
実技では、魔砲と、近い距離で魔力を使う戦い方を確かめたい。
剣は使わない。
ネフィリスへ伝える文章は、それで足りた。
同じ夜、学園の工作室で、一人の少女が端末を睨んでいた。
緑色の髪に、持ち上げたゴーグル。
白衣の袖には、拭き損ねた油の跡がある。
机の上には、工具と、外装を開いたままのグローブ型魔装具があった。試験台へつながれた銀色の部品は、今は動いていない。
少女は、その装具へ伸ばしかけた手を止めた。
「……ちょっと待って」
黄色い瞳が、端末へ近づく。
表示されているのは、大陸の町で起きた魔獣災害の記事だった。
避難誘導に協力した部隊と、現場に現れた《黒騎士》について書かれている。
その横の写真。
黒い甲冑をまとった騎士が、身を屈めて瓦礫へ手をかけていた。
少女は写真を拡大した。
顔ではなく、曲がった肘の継ぎ目へ。
さらに、胸の装甲の縁へ。
「この留め方……」
机の引き出しを開け、紙の束を取り出す。
端末のそばへ広げたのは、昔、自分の手で書き写した機構の覚え書きだった。
見た目は、ずいぶん違う。
装甲の形も、関節を覆う部品も、そのままではない。
けれど、整備のために外す部分と、力を受ける部分の分け方には、見覚えがあった。
子供の頃、分解したものを戻せなくなって、何度も教え直された作りだった。
「親父のだ」
少女は、はっきりと言った。
机の端には、実習用の名札が伏せてあった。
マヨイ・グランツ。
高等部二年。
彼女は名札の下から薄い帳面を引き抜き、記事の日付と、町の名前を書き留めた。
黒騎士の噂は、前にも聞いた。
けれど、こんなところまで見える写真を見たのは初めてだった。
工房を離れ、学園で暮らしている間に、父親は何を完成させたのだろう。
あの甲冑を、誰が動かしているのだろう。
以前見た試作品は、まともに歩くことさえできなかったはずだ。
マヨイは写真の中の腕を、もう一度拡大した。
装甲の内側に、使えそうな隙間がある。
頭の中で、取りつけられそうな機構が二つ、三つと浮かんだ。
「……いや。先に、誰が着てるのかだね」
彼女は笑い、机の上の装具を脇へ寄せた。
代わりに、黒騎士の写真と、ヴォルフの機構を書き写した紙を並べる。
その紙の余白へ、学園長の名前を書いた。
父親が学園へ仕事で来る時、何度も会っていた相手だった。
あの人なら、この甲冑について何か知っているかもしれない。
マヨイは鉛筆の尻で、机を一度叩いた。
黒騎士の写真の隣には、いつの間にか、小さな武装の形が描き足されていた。