崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
翌朝、支度をしていると、ネフィリスから返事が届いた。
実技では魔法の扱いを中心に見るため、担当の教員を変更したという。待ち合わせの時刻に変更はなかった。
端末を袋へしまい、壁に立てかけた木刀を見る。三年間、稽古へ出る時には必ず手に取ってきたものだ。
『持っていかないと、落ち着かないか?』
ユウトが尋ねた。
(少しな。でも、今日は置いていく)
空いた右手を軽く握ると、レイヴェルが言った。
『素手での戦い方は、あとで我が教えてやる。今は、できることを見せてくればよい』
(ああ。頼む)
筆記用具を確かめて、レイジは部屋を出た。
最初に案内されたのは、小さな試験室だった。
レイジは机に向かい、何枚かの問題用紙をめくった。
文章を読んで問いに答え、計算問題を解いていく。図面から長さを読み取る問題では、工房で覚えたことが役に立った。
ヴォルフに部品を運ぶよう頼まれた時、寸法を聞き違えて叱られたことを思い出した。単位の書かれたところを、もう一度見直す。
魔力に関する問題では、途中で手が止まった。
説明されている現象には覚えがある。けれど、問われている用語が出てこない。
しばらく考えてから、何が起きるのかを自分の言葉で書いた。
いつもなら口を挟む内側の声も、今は静かだった。
今日はレイジ自身がどこまで学んでいるかを調べる日だ。答えは教えないと、先に決めていた。
最後の頁を確かめ、用紙を渡す。
部屋を出たところで、ようやくレイヴェルが声を上げた。
『随分と呼び方が変わっておる。知っている術でも、あの書き方ではすぐには分からぬな』
(レイヴェルも、あれは分からなかったのか?)
『術の仕組みは分かるわ。今の呼び名を知らぬだけじゃ。あとで教科書を見せよ』
『一緒に勉強だな』
ユウトが言った。
『我は、今の呼び方を確かめるだけじゃ』
(じゃあ、俺にも教えてくれ。昔の呼び方も)
『……よかろう』
その声が少し満足そうで、レイジは笑いそうになった。
次に案内された部屋では、壁際に測定器が並んでいた。
奥には、円をいくつも描いた標的がある。
担当する教員は、灰色の上着を着た女性だった。レイジに立つ位置を示し、まず、これまでどのように魔力を使ってきたかを尋ねた。
レイジは、銀の魔力を外へ放つことと、身体の動きを助けるために使ってきたことを話した。
誰から受け取った魔力なのかまでは、話さなかった。
「今日は威力を抑えて撃ってください。同じ強さで、何度か続けて撃てるかを見ます」
「分かりました」
測定の間、フィーネは記録を取ることだけを許可された。
操作の補助は受けず、レイジ自身の感覚で魔力を動かす。
掌に銀の光を集め、小さな塊にまとめる。その形を保って待ち、教員の合図に合わせて消した。
何度か繰り返してから、標的へ向き直った。
放つのは、工房の裏でも練習してきた、ごく細い魔砲だった。
銀の光が、短く走る。
標的の中央が白く光り、後ろの装置が低い音を立てた。
レイジは掌を下ろし、次の合図を待った。
合図を受けるたび、同じ太さの光を放った。着弾した場所も、ほとんど動かなかった。
最初に《銀衝》を放った時のように、腕の感覚がなくなることはなかった。
息も、乱れていない。
「そこで止めて。手に痛みや熱はありますか」
「ありません」
「では、少し間を置きましょう」
教員は測定器へ向かい、記録を確かめた。
レイジも掌を見た。
三年前には、たった一度撃っただけで立っていられなくなった。
今は三度続けて撃っても、手に痛みがない。まだ撃てるという余裕もある。
数値を教わる前に、三年間の稽古の成果を実感できた。
静止した状態での確認が終わると、床の印に沿って動くよう指示された。
足を進め、止まって狙いをつける。
標的が切り替わるのを見て、身体の向きを変える。
工房の裏でも繰り返してきた動きだった。威力を抑えた光は、狙った範囲へ続けて収まった。
「魔砲は、かなり練習してきたんですね」
「はい。三年間、少しずつ」
「接近戦では、どんな戦い方をするつもりですか?」
レイジは、空いた両手へ目を落とした。
「拳に魔力をまとわせて戦えるようになりたいです。ただ、素手での戦い方は、まだ習い始めるところで」
「分かりました。無理に見せなくて大丈夫ですよ。授業で基礎から確認しましょう」
教員は頷いて記録をつけると、次は走るように指示した。合図に合わせて止まったり、向きを変えたりしながら、身体の動きも見てもらった。
痛むところはないか、魔力を使った後に疲れは残っていないか。尋ねられるたび、レイジは身体の調子を確かめて答えた。
確認を終える頃には、窓から差す光が高くなっていた。
廊下の椅子へ座り、水を飲む。
『狙いも威力も、安定しておったな』
レイヴェルが言った。
(見られながら撃つのって、緊張するな。練習とは違って)
『それでも狙いは外さなんだ。上出来じゃ』
『筆記よりは、手が止まらなかったな』
ユウトの声に、レイジは水を飲みかけて止まった。
(あっちは、知らない名前が多かったんだよ)
『だから、一緒に勉強だろ』
レイジは容器を膝へ下ろし、少し笑った。
教員と話していたネフィリスが、こちらへ戻ってきた。
「お疲れさま。必要な確認は、これでひと通り終わりだよ」
「どうだった?」
「計算や読み書きは大丈夫そうだね。魔法も、よく練習してきたのが分かる。ただ、用語や理論で知らないところがあるから、そこは授業と補習で覚えていこう」
彼女は書類を揃えた。
「この後は制服を受け取って、明日の集合場所も確かめておこうか。入学式の朝は、少し混み合うからね」
レイジは、一度だけ瞬きをした。
窓の向こうで、新入生を迎える案内板が運ばれている。そこへ、自分も並ぶのだ。
これからは、自分もここで学ぶ。
「……うん。よろしくお願いします」
少し改まって頭を下げると、ネフィリスも姿勢を正した。
「こちらこそ。分からないことは、遠慮なく聞いてほしい」
顔を上げると、ネフィリスは予定表の午後の欄を指した。
「それと、午後に借りられる練習場所を聞いておいたよ」
レイジは、思わず予定表へ手を伸ばした。
『まずは昼食です、マスター』
端末から声を出したフィーネに、ネフィリスが笑った。
「うん。そちらを先にしよう」
午後に借りたのは、実習棟の奥にある練習場だった。
天井は高く、床にはいくつもの区画を示す線が引かれている。隣とは仕切りで分けられ、それぞれの奥に魔法を受け止める標的が据えられていた。
係員に使用する区画を教わり、レイジは壁際の台へ端末を置いた。
フィーネが記録を始める。
『まずは構えじゃ。魔力はまだ使わずともよい』
レイヴェルの声に、レイジは足を止めた。
『軽く拳を握って、顔の前へ上げてみよ。そうじゃ。肘は開きすぎるでない』
右手を頬のそばへ、左手を少し前へ。言われるままに腕の位置を直す。
剣を構えた時とは、手の置き場所がまるで違った。どうにも落ち着かず、握った指を緩める。
『肩の力を抜け。では、右でゆっくり打ってみよ』
レイジは右腕をまっすぐ伸ばした。
『打ったら、すぐに構えへ戻れ。顔ががら空きじゃぞ』
慌てて腕を引き戻す。
(打つ方ばかり考えてた)
『相手も殴り返してくるからのう。打って終わりではない』
何度か繰り返すうちに、別の違いも気になった。
剣を構える時と同じ距離に相手を思い浮かべると、拳はそのずっと手前で止まる。無理に届かせようとして、上体だけが前へ傾いた。
『腕だけで届かせようとするな。先に踏み込め』
レイジは一歩踏み出し、もう一度右を打った。
(こういうことか)
『剣の時にも、言っただろ。腕だけ伸ばすなって』
ユウトが口を挟んだ。
(分かってるつもりだったんだけどな)
『届く距離が違うから、最初は戸惑うよな』
今度は足の位置から確かめた。打った腕を引き戻し、前にも後ろにも動けるか試す。
レイヴェルの指摘を受けて姿勢を直しながら繰り返すと、ようやく余計な力を入れずに構えられるようになった。
『よし。その構えを忘れるでないぞ。次は、拳に魔力をまとわせてみよ』
右手を包むように銀の光が広がった。指の間から細く漏れた光を抑え、拳の表面に沿うように整える。
先ほどと同じように、ゆっくりと右を打った。
腕を引き戻した途端、銀の光が薄くなる。
(……腕を動かすと、こっちまで気が回らない)
『慣れるまでは、ゆっくりでよい。まずは打ち終えた後も、魔力を保てるようにせよ』
もう一度、速度を落として試した。今度は腕を戻しても、拳を包む光は消えなかった。
『そのまま掌を開いて、奥の標的を狙ってみよ』
レイジは顔を上げた。
拳を覆っていた魔力を掌へ集める。形を整えるのに手間取ったが、放った光は標的の中央を捉えた。
もう一度試すと、今度は指を開いた時に光が散ってしまった。
撃つのをやめ、腕を下ろす。
(これじゃ、殴った後にすぐ撃てないな)
『手を開く時に、魔力の制御が途切れています』
フィーネが内側へ報告した。
『魔砲を撃つために、もう一度集め直している分、時間がかかっていますね』
(まとわせてる魔力を、そのまま撃てればいいんだけど)
『できるとも。ただ、今は腕を動かす方に気を取られて、魔力の制御が疎かになっておる』
レイヴェルは、慌てる様子もなく続けた。
『魔砲も、最初から今のように撃てたわけではなかろう。焦るでない』
レイジは頷き、もう一度右手に光を集めた。
握って、開く。その動きだけなら、魔力を保てる。
けれど、標的へ視線を移して腕を上げると、掌の光がまた揺らいだ。
「魔力を集める場所、少し変えてみたら?」
知らない声がした。
レイジは魔力を消し、振り返った。
区画の入口に、白衣を着た少女が立っていた。
緑色の髪と、頭に載せたゴーグル。
片手には、工具箱を提げている。
黄色い瞳は、レイジの顔より先に、今しがた光を集めていた右手へ向いていた。
「手を握ったり開いたりするたびに、魔力が散ってるでしょ。手首の辺りで流れを安定させれば、少しはやりやすくなると思うんだけど」
少女はそこまで言って、顔を上げた。
「……あ、ごめん。練習中だったのに、いきなり」
「いや、いいけど。あんたは?」
「マヨイ。マヨイ・グランツ。この春から高等部の二年」
名札を指で持ち上げる。
レイジは、その姓を見た。
「グランツって……ヴォルフの?」
「娘。あと、弟子」
マヨイの口元が、少し上がった。
「あんた、親父を知ってるんだ」
「三年間、工房で世話になってた」
学園にいる娘の話は、食卓で何度か聞いたことがあった。
腕はいい。
ただし、作るものをそのまま使おうとするな。
ヴォルフは、そんな言い方をしていた。
「俺は、レイジ」
「へえ。あんたが」
マヨイは名前を聞いて、目を細めた。
「親父の連絡に、たまに出てきたよ。よく食べるとか、部品の名前を間違えたとか」
「もっと、別の話はなかったのか?」
「最近は、説明がうまくなったって」
レイジは、返事をしかけて止まった。
面と向かっては、あまり言われたことがなかった。
マヨイは、その反応を少し眺めてから、工具箱を持ち直した。
「ね。さっきの、もう一度見せてもらえる?」
レイジが頷くと、マヨイは区画へ入り、壁際の台の脇へ工具箱を置いた。標的へ向かう射線を避けて、レイジの手元を見つめる。
フィーネが、端末から姿を浮かべた。
『わたしはフィーネです。レイジの練習を記録しています』
「……電子精霊? その端末にいるの?」
マヨイの視線が、一瞬でそちらへ移った。
身を乗り出しかけ、レイジを見て、またフィーネを見る。
「聞きたいこと、増えたなあ」
『今は、マスターの練習についてお話ししましょう』
「そうだった。ごめん、続けて」
レイジは、もう一度構えた。
拳に魔力をまとわせ、ゆっくりと右を打つ。腕を戻して掌を開くと、光が指先へ散りかけた。
どうにか集め直して標的へ放つ。先ほどよりは早く撃てたが、まだ、ひと続きの動作にはならなかった。
「やっぱり、手を開く時だね」
マヨイは、自分の右手を開いたり、握ったりした。
「今の魔力の変化、記録してた? 右手の分だけ見せてもらえるかな」
フィーネが、レイジへ顔を向ける。
「今の練習の分なら」
『では、表示します』
端末に、魔力の変化を示す線が現れた。
マヨイは指で画面をなぞりかけ、触れる前に止めた。
「ここで一度、魔力が散ってる。撃つ直前に集め直さなきゃいけないのは、そのせいだね」
フィーネが、その部分を拡大する。
『はい。マスターも、その切り替えを練習しています』
「……だったら、あれを試してみてもいいかもしれない」
マヨイは工具箱のそばへ戻った。
蓋を開け、その中から、布に包んだものを取り出す。
台へ置かれたのは、右手用のグローブだった。
銀色の金属部品が、手の甲と手首を覆っていた。甲の中央にある緑の魔石を、細い環状部品が囲んでいる。
手首には、斜めの溝を刻んだ二枚のホイール。掌側は曲げられるよう柔らかく作られていたが、裏返すと調整用の配線が見えた。
レイジは顔を近づけた。
「これ、魔導具なのか?」
「グローブ型の魔装具。まだ試作だけどね」
マヨイは、手首の内側を開いてみせた。
「魔力をここへ通すと、掌に集めたり、拳の周りにまとわせたりできる。手を動かしても散りにくくするための装具なんだ」
指先で手首から甲までをなぞり、マヨイは顔を上げた。
「その分、構えや足の運びに集中できると思う。さっき困ってたところを、少し手伝えるんじゃないかな」
レイジは、露出した部品を見た。
さっき、手を開くたびに光が散っていた。その動きを、この装具が助けてくれるということらしい。
ただ、まだ蓋がついていない部分がある。
「使えるのか?」
「基本の動作は、試験台で確かめてある。ただ、あんたに合うかは、まだ分からない」
マヨイは、隠さずに答えた。
「今は、あたしの魔力に合わせて調整してあるんだ。だから、別の人が使うと、思ったより流れすぎたり、逆に詰まったりする」
『使う人に合わせて、回路の調整が必要なのですね』
フィーネが尋ねる。
「そう。誰でも使えるものにするには、まだ時間がかかる。でも、使う人を一人に決めるなら、その人に合うように作り直せる」
そこで、マヨイの声が少し明るくなった。
レイジは、ヴォルフの言葉を思い出した。
作るものを、そのまま使おうとするな。
『まずは、仕組みを聞いてからですね』
フィーネが、今度は内側へだけ呟いた。
(うん。まだ、つけないよ)
マヨイは二人の内側のやり取りには気づかず、手首の部品を指した。
「あんた、動かさずにいる時は、少しずつ魔力の量を変えても安定してたでしょ。あれなら、装具の反応を確かめながら調整できると思う」
彼女は、グローブを台の中央へ置いた。
「この試作機を土台にして、あんた用に改修してみたい。練習で使って、感想を聞かせてくれない?」
レイジは、すぐには手を伸ばさなかった。
グローブと、自分の掌を見比べる。
(レイヴェル。どう思う?)
『よいのではないか。魔力を保ちやすくなれば、体術の稽古にも集中できよう』
(まだ、ろくに殴り方も覚えてないのに?)
『構えも足の運びも、稽古は続けるぞ。その上で道具を使うのは、おぬしが剣を握ってきたのと同じことじゃ』
レイジは、もう一度グローブを見た。
握っても、開いても、魔力を保ったまま動けるだろうか。レイジは装具の形を目で追い、自分が身につけたところを思い浮かべた。
「やってみたい」
マヨイの目が輝いた。
「ほんと? じゃあ、まず手を見せて。大きさが合うか確かめないとね」
『試用の前に、遮断の仕組みも確認させてください』
フィーネが言うと、マヨイは手首の外側を示した。
「ここを押すと、魔力が流れ込むのを止められる。ちゃんと止まるか試した記録もあるよ」
その返事を聞いてから、レイジは右手を台へ置いた。
「いつから使えそうだ?」
「少し魔力を流して反応を見るだけなら、明日にはできると思う。ただ、あんた用に改修するには、何度か使ってもらわないと。今日は、その前の採寸ね」
マヨイは工具箱から、細いものさしを取り出した。
寸法を測り終えると、マヨイは魔力を流さずにグローブをはめるよう促した。
指を曲げた時に、外装が当たるところはないか。手首は普段どおりに動かせるか。尋ねながら、掌に魔力を集める位置も確かめていく。
レイジは一つずつ答え、分からないことは、そのまま分からないと言った。
マヨイは帳面へ書き込み、時々フィーネにも記録を見せてもらった。
早口で質問を重ねながらも、手つきは丁寧だった。
曲げた指へ部品が触れそうになると、すぐに位置を変える。布の端が引っ張られるところには、小さな印をつけた。
「この辺は、少し余裕を作ろう。握れなくなったら、何のための道具か分かんないし」
留め具を緩め、指を曲げるところを何度も確かめる。その手つきを見ていると、工房のヴォルフを思い出した。
「ヴォルフにも、同じことをよく聞かれたな」
「動かしにくいところがないかって?」
「うん。数値がよくても、変だと思ったら言えって」
マヨイの鉛筆が、僅かに止まった。
「……身につける道具の調整も、手伝ってたんだ」
「何度も。最初は、どう説明したらいいのか分からなかったけど」
それ以上は、話さなかった。
マヨイも、すぐには尋ねなかった。
もう一度、レイジの手首を見てから、帳面へ何かを書き込む。
「なるほど。親父が褒めるわけだ」
マヨイはそれ以上尋ねず、緩めていた留め具を戻した。
確認を終えると、マヨイはレイジの手からグローブを外し、布で包んだ。
「留め具だけ仮に合わせておく。明日の午後、空いてる?」
「午前中は入学式と、教室で説明がある。午後は、施設を見て回ってもいいって聞いた」
「新入生だったんだ。じゃあ、あたしが先輩だね」
マヨイは、少し楽しそうに笑った。
「じゃあ、場所が取れたら連絡する。入学式が終わってから来られる時間を教えて」
レイジは端末を取り、互いの連絡先を登録した。
ヴォルフやネフィリスの名前が並んでいたところに、新しい名前が増える。
マヨイ・グランツ。
画面を閉じる前に、その文字をもう一度見た。
「よろしく、マヨイ先輩」
「……ちゃんと呼ぶんだ」
「違ったか?」
「違わない。こっちこそ、よろしく」
彼女は工具箱を持ち上げた。
「あと、慣れたら両手に着けるのも試したいんだよね。片方で撃ってる間に、もう片方へ魔力を溜めて——」
『その前に、右手用の調整をお願いします』
フィーネの声で、マヨイは足を止めた。
「……親父みたいなこと言うね」
『一緒に作業をしていましたから』
「手強いなあ」
そう言いながら、マヨイは楽しそうに笑った。
練習場を出ていく背中を見送り、レイジは右手を開いた。
指を開いたり、握ったりしてみる。採寸の間にはめていた、グローブの重みがまだ残っているようだった。
『学園へ来たら、増えたな』
ユウトが言った。
(何が?)
『稽古に付き合ってくれる奴。今度は、道具まで作ってくれるんだな』
レイジは少し笑った。
(本当だな)
『我の稽古も、終わってはおらぬぞ』
(分かってる。もう少し、やろう)
台から離れ、床の印へ戻る。
右手を頬のそばへ戻し、左手を少し前に出す。まずは、教わった構えを身体に覚えさせようと、レイジはもう一度右を打った。
工作室へ戻ったマヨイは、先にグローブを作業台へ置いた。
仮調整に使う留め具を選び、手首の寸法を書いた紙を横へ広げる。
留め具の位置と内張りを少し変えれば、明日の試用には間に合う。装着した状態で、あの銀の魔力にどんな反応を示すのか、早く確かめたかった。
けれど、彼に声をかけた理由は、それだけではなかった。
マヨイは、別の帳面を引き寄せた。
昨日、黒騎士の記事から書き抜いた日付と、町の名前。
その隣に、学園長の名がある。
今朝、話を聞こうと学園長の部屋を訪ねた時には、入学前の確認に立ち会っていると言われた。
その後、実習棟の廊下で、学園長と話す少年を見かけた。
午後の練習場で同じ顔を見つけ、足を止めた。見ているうちに、その魔力の使い方にも興味が湧いた。
それが、父親の連絡に出てきたレイジだった。
三年間、工房で暮らし、身につける魔導具の調整を手伝っていた。彼と一緒にいる電子精霊も、ヴォルフと作業をしていたという。
マヨイは記事の写真を開いた。
黒い甲冑の中に、あの少年が入っているところを想像する。
「……まだ、決めつけるには早いか」
開発を手伝っていただけかもしれない。
誰が着ているかを知っているだけかもしれない。
確かめることは、残っていた。
帳面へ、レイジの名前を書き足す。
それからグローブへ向き直り、ゴーグルを下ろした。
まずは、明日の試用に間に合うよう、仮の調整を済ませる。
黒騎士のことも気になる。けれど今は、あの少年がこのグローブを使うところを早く見たかった。マヨイは鉛筆を置き、工具へ手を伸ばした。