崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~   作:クロネコアラ

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修正版に変えました。


第4話-帰還、そして-

 

 

 ——世界の壁を、越える。

 

 その瞬間、次元航行艦を包んでいた青白い光が激しく歪んだ。

 

『次元航路に乱れを検出! 予測値を上回る空間圧です!』

 

 フィーネの声と同時に、艦橋を凄まじい衝撃が襲った。

 

「うわっ!?」

 

 座席から投げ出されかけたレイジは、両手で肘掛けへしがみついた。

 

 警告音が鳴り響き、艦橋の照明が白から赤へ切り替わる。壁面の継ぎ目から火花が散り、天井の一部が弾け飛んだ。

 

『次元障壁、出力低下! 右舷次元翼に亀裂!』

 

「亀裂って、直したところか!?」

 

『直したから今まで耐えられたのです!』

 

「それ、安心していい話か!?」

 

『安心できる要素はありません!』

 

「言い切った!?」

 

 制御台の上を飛び回りながら、フィーネは次々と表示を切り替えていく。

 

 出航前に行った模擬演算では、次元境界を突破できるはずだった。

 

 だが、実際の境界は、施設に残されていた七百年前の記録よりも遥かに不安定だった。渦巻く次元流が船体を四方から押し潰し、継ぎ接ぎの装甲を軋ませている。

 

「フィーネ、航路を維持できるのか!?」

 

『維持します! ここで航路を外れれば、どの世界へ流されるか分かりません!』

 

「なら、我の魔力を使え!」

 

 レイヴェルがレイジの隣で声を上げた。

 

 揺れに翻弄される二人とは異なり、霊体である彼女は宙に浮いたままだ。ただし、その表情から普段の余裕は消えている。

 

『すでにマスターの体内魔力を補助動力として使用しています!』

 

「何?」

 

「俺、何もしてないぞ!」

 

『わたしが出力を調整しています! 今のマスターが直接流したら、航路より先に主機関が吹き飛びます!』

 

「信用がない!」

 

「妥当な判断じゃ!」

 

「レイヴェルまで!?」

 

 再び船体が大きく跳ね上がった。

 

 正面の窓を満たしていた青白い渦が、一瞬だけ途切れる。

 

 その先に、黒い亀裂が見えた。

 

『出口を確認!』

 

「あそこを抜ければいいのか?」

 

『はい! ただし、現在の速度では境界接触時の負荷に船体が耐えられません!』

 

「減速はできぬのか!?」

 

『推進出力を落とせば、次元流に呑まれます!』

 

「どうするんだよ!」

 

『このまま突破します!』

 

「やっぱり力ずくか!」

 

『ほかに選択肢がありません! マスター、衝撃に備えてください!』

 

 フィーネの四枚の電子翼が強く輝く。

 

 次元障壁へ、銀色の光が重なった。

 

 艦が加速する。

 

 迫る亀裂。

 

 船体を押し潰そうとする、世界と世界の境界。

 

 レイジは座席へ身体を押しつけ、歯を食いしばった。

 

『境界まで、三——二——一!』

 

 視界が、真っ白に染まった。

 


 

 音が消えた。

 

 船体の振動も、警告音も、何も聞こえない。

 

 自分が座席にいるのか、宙へ投げ出されたのかさえ分からなかった。

 

 ほんの一瞬だったはずなのに、ひどく長い時間が過ぎたように感じる。

 

 やがて、白一色だった視界へ色が戻った。

 

「…………」

 

 レイジは目を見開いた。

 

 正面の窓から、光が差し込んでいる。

 

 青い空。

 

 白い雲。

 

 窓の下には、どこまでも続く深い緑。

 

 山々が連なり、その谷間を細い川が流れている。風に煽られた鳥の群れが、慌てたように森から飛び立っていった。

 

 上下も距離も曖昧だった世界の狭間とは違う。

 

 ここには、空がある。

 

 大地がある。

 

「……出られた」

 

 掠れた声が漏れた。

 

「本当に……狭間の外へ出られたんだ」

 

「うむ」

 

 隣に浮かぶレイヴェルも、窓の外を見つめていた。

 

「どこの世界かは分からぬが、少なくとも、あの狭間よりは生き物に優しそうじゃな」

 

「フィーネ。座標は合ってるのか?」

 

『確認中です』

 

 フィーネの瞳に、細かな文字列が流れる。

 

『次元座標の誤差は許容範囲内。補給船の帰還先として記録されていた世界で間違いありません』

 

「じゃあ、ここに人がいるんだな?」

 

『七百年前には存在していました』

 

「今は?」

 

『現時点では不明です』

 

「七百年もあれば、国の一つや二つは滅びておるかもしれぬのう」

 

「縁起でもないことを言うなよ」

 

「事実であろう?」

 

 それでも、レイジの胸は高鳴っていた。

 

 この世界が、自分の生まれた世界なのかは分からない。

 

 記憶に残る青空と、今見えている空が同じものなのかも分からない。

 

 だが、人のいた世界へ辿り着いた。

 

 ここなら、自分が何者なのかを知る手がかりが見つかるかもしれない。

 

 そう思った直後だった。

 

『警告。第三推進器、停止』

 

「……え?」

 

『右舷次元翼、完全破断。次元障壁発生装置も機能を停止しました』

 

 フィーネの報告と同時に、艦が大きく右へ傾いた。

 

「うわっ!」

 

 レイジの身体が座席から浮き上がる。

 

 窓の向こうで、青空と森が激しく回転した。

 

「フィーネ! 何が起きた!?」

 

『境界突破時に蓄積した損傷が、一斉に表面化しています!』

 

「修理したばかりじゃろう!」

 

『修理しても、七百年を経た船体素材そのものの劣化までは完全に戻せません! さらに実際の空間圧は、演算値の二・七倍でした!』

 

「つまり?」

 

『墜落します!』

 

「やっぱりそうなるのかよ!」

 

 嫌な予感はしていた。

 

 二週間かけて修復したとはいえ、この艦は、異なる試験機の部品を組み合わせて蘇らせたものだ。

 

 次元境界を越えるという最大の役目は果たした。

 

 しかし、その代償として、船は飛ぶための力を失おうとしていた。

 

『前方に山岳地帯! このままでは山腹へ衝突します!』

 

「回避できないのか!?」

 

『左舷推進器の出力を上げます!』

 

 艦が再び傾く。

 

 右側の窓いっぱいに山肌が迫った。

 

『姿勢制御、応答なし!』

 

「ほかの推進器は!?」

 

『第一推進器、停止! 第二推進器、出力低下!』

 

「何なら動いておるのじゃ!」

 

『わたしは動いています!』

 

「船の話をしてるんだよ!」

 

 窓の外で木々の梢が急速に近づいてくる。

 

『衝突まで十五秒!』

 

「十五秒でどうしろっていうんだ!?」

 

『マスター、座席の固定具を!』

 

 レイジは慌てて胸元の固定具を引いた。

 

 だが、途中で引っかかり、動かない。

 

「壊れてる!」

 

『手動補助を起動します!』

 

 制御台から伸びた帯がレイジの身体を座席へ固定した。

 

「レイヴェルは!?」

 

「我は霊体じゃ! 壁へぶつかっても抜けるだけよ!」

 

「ちょっと羨ましい!」

 

「羨むところではなかろう!」

 

『衝突まで五秒!』

 

 レイジは両腕で頭を庇った。

 

『四——三——』

 

 船体が森へ突っ込む。

 

 太い枝が窓を叩き、大木が次々とへし折られていく。

 

『二——』

 

 艦底が山肌へ接触した。

 

 金属が引き裂かれる音。

 

 船体が地面を抉り、土砂と岩を巻き上げながら滑っていく。

 

『一——!』

 

 正面に巨大な岩壁が迫った。

 

 直後。

 

 世界が、ひっくり返った。

 


 

「…………」

 

 静かだった。

 

 どこかで小さく火花が弾ける音と、天井から破片が落ちる音だけが聞こえる。

 

「……生きてる?」

 

 レイジは恐る恐る目を開けた。

 

 座席は大きく傾き、艦橋の床には砕けた機材が散乱している。正面の窓は蜘蛛の巣状にひび割れ、その向こうには岩と土しか見えなかった。

 

「少なくとも、死んではおらぬようじゃな」

 

「それを生きてるって言うんだよ……」

 

 固定具を外そうとするが、衝撃で金具が歪んでいる。

 

 何度か引っ張ると、突然外れた。

 

「うわっ!」

 

 傾いた床へ転がり落ち、肩を強く打つ。

 

「痛っ……」

 

「元気そうで何よりじゃ」

 

「どこを見てそう思った?」

 

 レイジは肩を押さえながら身体を起こした。

 

 全身が痛む。

 

 それでも、骨が折れている様子はない。座席の固定具と、衝突直前まで残っていた船体の防護機能が守ってくれたらしい。

 

「フィーネ?」

 

 返事がない。

 

「フィーネ!」

 

『……応答しています』

 

 弱々しい声とともに、倒れた制御台の隙間から淡い光が漏れた。

 

 光は宙へ集まり、手のひらほどのフィーネの姿を形作る。いつもは鮮明な輪郭が、今は何度も明滅していた。

 

 その首元では、淡い緑色の魔石が弱々しく光っている。

 

「大丈夫なのか?」

 

『艦内制御との接続を切り離しました』

 

 フィーネは首元の魔石へ手を添えた。

 

『わたしの本体は、この魔石コアです。艦とは制御のために一時接続していただけですから、自律活動に支障はありません』

 

「全然そうは見えないけど」

 

『投影出力が一時的に低下しているだけです』

 

 そう答えると、フィーネの輪郭が安定した。

 

『それよりも、マスターの負傷を確認します』

 

 電子翼から淡い光が伸び、レイジの身体を上から下まで走査する。

 

『打撲および軽度の擦過傷。生命活動に支障はありません』

 

「よかった……」

 

「船の方はどうじゃ?」

 

 レイヴェルの問いに、フィーネは沈黙した。

 

「フィーネ?」

 

『主機関停止。全推進器、応答なし。船体中央部および艦底部が大破しています』

 

「……飛べる?」

 

『飛べません』

 

 今度は、迷いのない即答だった。

 

「直せるのか?」

 

『この場では不可能です。格納施設級の修復設備と、大量の交換部材が必要です』

 

「そうか……」

 

 レイジは壊れた艦橋を見回した。

 

 二週間。

 

 レイヴェルと口喧嘩をし、フィーネの指示で魔力を流し、怪物のいる研究所から部品を運んだ。

 

 ようやく飛べるようになった船は、一度の航行で役目を終えた。

 

 胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

「そんな顔をするでない」

 

 レイヴェルが言った。

 

「こやつは我らを、世界の狭間からここまで運んだ。十分すぎるほど役目を果たしたであろう」

 

「……そうだな」

 

 帰る場所を失ったのではない。

 

 進むべき場所へ、送り届けてもらったのだ。

 

 レイジは壊れた制御台へ、そっと手を置いた。

 

「ありがとう」

 

 返事はない。

 

 それでも、完全に消えかけていた艦橋の照明が、一度だけ淡く明滅した。

 


 

 三人は、船内に残された水と保存食、それから使えそうな小型端末を回収した。

 

 外へ通じる昇降口は土砂で塞がれていたため、船体側面の裂け目から外へ出る。

 

「…………」

 

 レイジは、しばらく言葉を失った。

 

 森だった。

 

 見上げるほど巨大な木々が、どこまでも続いている。

 

 岩は深い苔に覆われ、湿った土から小さな草花が顔を覗かせていた。枝の間を色鮮やかな鳥が飛び交い、遠くからは獣のものらしい鳴き声が聞こえる。

 

 風が吹く。

 

 葉が揺れ、無数の音が重なり合う。

 

「……風だ」

 

「風くらいで何を感動しておる」

 

「だって、あそこにはなかっただろ」

 

「まあ、そうじゃが」

 

 レイジは目を閉じた。

 

 頬を撫でる風。

 

 草木の匂い。

 

 足の裏から伝わる土の感触。

 

 遠くに存在する、数え切れない命の気配。

 

 すべてが新鮮だった。

 

「ここには、ちゃんと命があるんだな……」

 

「うむ」

 

 レイヴェルは短く答えた。

 

 だが、彼女の赤い瞳は周囲を注意深く見回している。

 

「どうした?」

 

「この土地の魔力が濃い」

 

「濃い?」

 

「我が生きていた頃の世界でも、これほど自然に魔力が満ちた土地は多くなかった」

 

 レイヴェルが手を伸ばす。

 

 半透明の指先を、淡い光の粒が通り抜けていく。

 

「森そのものが、魔力を吸って育っておるようじゃ」

 

「危険なのか?」

 

「分からぬ。じゃが、普通の森と思わぬ方がよい」

 

「フィーネ。ここがどこか分かる?」

 

『周辺地形を照合します』

 

 フィーネの電子翼から光が広がり、空中へ簡易的な地図が描き出された。

 

 しかし、表示された線はすぐに乱れ、地図全体へ照合不能の文字が浮かぶ。

 

『一致する地形情報がありません』

 

「七百年前の記録だから?」

 

『その可能性はあります。それに、艦の長距離観測装置は墜落時に破損しました。現在使用できるのは、わたし自身の近距離観測機能だけです』

 

「つまり?」

 

『現在地を特定できません』

 

「…………」

 

「…………」

 

「迷子じゃな」

 

「世界へ着いた最初の結果が迷子?」

 

『遺憾ながら』

 

「二人とも、もう少し申し訳なさそうにしてくれない?」

 

「我は悪くない」

 

『わたしは可能な限り努力しました』

 

「俺だけ納得できてないんだけど……」

 

 レイジは肩を落とした。

 

 とはいえ、墜落した船のそばで待っていても誰かが来る保証はない。

 

 まずは森を抜け、人のいる場所を探す必要がある。

 

「山を下りよう」

 

「それがよかろう」

 

『斜面の傾斜から、おおよその下方は判別できます』

 

「今度は信じていいんだよな?」

 

『下へ進むことだけは保証します』

 

「それ以外は?」

 

『保証できません』

 

「正直すぎる……」

 

 三人は、深い森の中を歩き始めた。

 


 

 一時間が過ぎた。

 

 森は終わらない。

 

 二時間が過ぎた。

 

 見えるのは相変わらず木と岩ばかりだった。

 

 三時間目。

 

「なあ……」

 

「なんじゃ」

 

「本当に下ってる?」

 

『高度は継続的に低下しています、マスター』

 

「なのに全然、山から出られないんだけど」

 

「それだけ大きな山なのじゃろう」

 

「簡単に言うなよ……」

 

 目覚めてから二週間、格納施設と研究所の中しか歩いていなかった身体には、山道を進み続けるだけでも大きな負担だった。

 

 何度も根に足を取られ、急な斜面では枝へ掴まりながら降りる。

 

「少し休もう」

 

「まだ三時間しか歩いておらぬぞ」

 

「三時間も、だよ!」

 

「修行が足りぬな」

 

「目覚めて二週間の身体に何を求めてるんだ」

 

「安心せい。外へ出た以上、これから存分に鍛えてやる」

 

「不安しかない……」

 

 レイジが近くの岩へ腰を下ろそうとした、その時だった。

 

 ——ドンッ。

 

 遠くから、低い音が響いた。

 

「……雷?」

 

「違う」

 

 レイヴェルの表情が変わった。

 

 ——ドォン!

 

 今度は明確だった。

 

 山の向こうで、何かが爆発した。

 

 森にいた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 

『南東方向、約四キロ先に高エネルギー反応を検出しました』

 

「高エネルギー?」

 

「魔力の衝突じゃ」

 

 レイヴェルが木々の向こうを睨む。

 

「何者かが戦っておる」

 

 少し遅れて、遠くの森から黒い煙が立ち昇った。

 

「人がいるのか?」

 

『少なくとも、自然現象ではない可能性が高いです』

 

 ようやく見つけた、人の存在を示す手がかり。

 

 だが同時に、そこでは何か危険なことが起きている。

 

「行ってみよう」

 

「待て」

 

 レイヴェルが鋭く制した。

 

「おぬし、自分の状態を忘れておらぬか?」

 

「状態?」

 

「戦えぬじゃろう」

 

「…………」

 

 反論できなかった。

 

 研究所では怪物から逃げ回ることしかできなかった。

 

 体内にはレイヴェルの膨大な魔力がある。だが二週間の間にできるようになったのは、整備設備へ少しずつ力を流すことだけだ。

 

 戦いに使う方法など、まだ何一つ知らない。

 

「力を持つことと、扱えることは別じゃ。先ほど教えたばかりであろう」

 

「分かってる」

 

「ならば——」

 

「でも、人がいるかもしれない」

 

 レイヴェルが黙った。

 

「ここがどこなのか知りたい。それに……」

 

 レイジは、立ち昇る黒煙を見た。

 

「誰かが襲われてるなら、放っておけない」

 

 なぜ、そう思うのか。

 

 自分でも分からなかった。

 

 名前も、家族も、過去も思い出せない。

 

 それでも、身体の奥に残っている何かが、見て見ぬふりをするなと告げていた。

 

 レイヴェルはしばらくレイジを見つめたあと、小さく息を吐いた。

 

「まったく。仕方のない器じゃ」

 

「悪かったな」

 

「ただし、危険と判断したらすぐに退くぞ」

 

「分かった」

 

『わたしも同行します』

 

「フィーネは止めないのか?」

 

『マスターだけで向かわせた場合、目的地へ到着する前に迷う可能性があります』

 

「心配するところ、そこ!?」

 

『重要な問題です』

 

「否定できないのが悔しい……!」

 

 三人は煙の方向へ走り出した。

 

 木々の間を抜け、斜面を駆け下りる。

 

 近づくにつれて音が大きくなっていった。

 

 爆発。

 

 木々が薙ぎ倒される音。

 

 何かの咆哮。

 

「……っ」

 

 レイジの足が一瞬だけ止まった。

 

 研究所の暗い通路。

 

 床を這う音。

 

 振り下ろされた、七本指の腕。

 

 恐怖が蘇る。

 

「レイジ」

 

 レイヴェルの声がした。

 

「怖いなら、怖いままでよい」

 

「……え?」

 

「恐怖を知らぬ者は勇者ではない。ただの愚か者じゃ。怖れたうえで、進むか退くかを己で選べ」

 

 レイジは拳を握った。

 

 足の震えは消えない。

 

 それでも、前を見た。

 

「進む」

 

「ならば、我もついてゆこう」

 

 再び走り出す。

 

 やがて木々が途切れ、山間に開けた場所が現れた。

 

「……何だ、これ」

 

 そこには、一本の道路が延びていた。

 

 だが、レイジの知識に残る道路とは違う。

 

 地面には複雑な紋様が刻まれ、一定間隔で青白い光が走っている。その上には、車輪を持たない大型車両が浮かんでいた。

 

 もっとも、車両の片側は大きく潰れ、黒い煙を上げている。

 

 周囲には十人ほどの人影があった。

 

 剣を持つ者。

 

 槍を構える者。

 

 銃に似た武器を向ける者。

 

 杖を掲げる者。

 

 機械と魔法が、当たり前のように同じ場所へ存在している。

 

「人だ……」

 

 目覚めてから初めて見る、自分たち以外の生きた人間。

 

 駆け寄ろうとしたレイジの足を、レイヴェルが止めた。

 

「待て。戦いは終わっておらぬ」

 

 直後。

 

 ——グオオオオオオオオオッ!!

 

 凄まじい咆哮が山間へ轟いた。

 

 道路脇の森が大きく揺れる。

 

 太い幹が折れ、木々が次々と倒れていく。

 

 人々が一斉に武器を構えた。

 

「来るぞ!」

 

「負傷者を車両の後ろへ!」

 

「前衛、足を止めろ!」

 

 怒号が飛び交う。

 

 木々の奥から、巨大な影が姿を現した。

 

 黒褐色の体毛。

 

 枝分かれした二本の角。

 

 地面を抉る、異様に発達した前脚。

 

 肩口からは、さらにもう一対の腕が生えている。

 

 合計六本の脚を持つ巨獣が、牙を剥きながら道路へ踏み出した。

 

「あれは……」

 

「魔獣じゃ」

 

 レイヴェルの赤い瞳が、鋭く細められた。

 

「じゃが、我の知る魔獣とは、何かが違う」

 

 レイジは息を呑んだ。

 

 知らない世界。

 

 知らない文明。

 

 そして、知らない怪物。

 

 自分たちが辿り着いた場所がどこなのか。

 

 目の前の人々が何者なのか。

 

 まだ何一つ分からない。

 

 ただ一つ、確かなことがあった。

 

 世界の狭間で止まっていたレイジの時間は、今ようやく——。

 

 再(・)び(・)動(・)き(・)始(・)め(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。(・)

 

 

 

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