崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
やっと登場させられた!相棒枠!
修正版に変えました。
——知らない天井だった。
白い板材の継ぎ目に沿って、淡い青色の光が流れている。
鼻をくすぐる薬品の匂い。一定の間隔で響く機械音。身体を包む柔らかな寝具の感触。
「…………」
レイジはゆっくりと目を開いた。
起き上がろうとした途端、全身へ鈍い痛みが走る。
「痛っ……!」
寝台へ手をつき、痛みが引くのを待ってから上体を起こした。
「ようやく目覚めたか」
聞き慣れた声に顔を向ける。
寝台の傍らには、白銀の長い髪を揺らすレイヴェルが浮かんでいた。半透明の身体も、髪の間から伸びる一対の角も、記憶にある姿のままだった。
「レイヴェル……」
「気分はどうじゃ?」
「身体中が痛い」
「あれだけ無茶をして、その程度で済んだのじゃ。丈夫な身体へ感謝することじゃな」
無茶という言葉で、途切れていた記憶が蘇る。
負傷者を乗せた大型車両。
それへ襲いかかろうとしていた六本肢の魔獣。
自分は魔獣を森へ引きつけ、追い詰められた。
最後に覚えているのは、頭へ流れ込んできたレイヴェルの記憶と、自分の口から零れた術の名。
「……《銀衝》」
その名を口にしただけで、右腕の奥が僅かに疼いた。
「あの人たちは?」
レイヴェルが一瞬だけ目を丸くする。
「魔獣に襲われてた人たちだ。巻き込まれてないよな?」
「心配せずとも無事じゃ。おぬしが魔獣を十分に引き離してから術を放ったゆえ、銀衝の先に人の姿はなかった」
「……よかった」
胸に詰まっていた息を吐き出す。
「魔獣は?」
「跡形もない。木も岩もろとも、山の奥まで一直線に吹き飛ばしておった」
「俺が?」
「ほかに誰がおる」
レイジは自分の右手を見つめた。
銀色の閃光を放った直後に意識を失ったため、自分が引き起こした結果を見ていない。
「あれが……レイヴェルの力」
「正しくは、我の記憶を通じて、おぬしが引き出した力じゃ」
レイヴェルの声から、普段の軽さが消える。
「銀衝は、今のおぬしが扱える術ではない。今回は魔獣へ向けて真っ直ぐ放たれたが、僅かに向きが違えば、守ろうとした者たちまで巻き込んでおった」
「……うん」
「我の記憶が流れ込んだ理由も含め、いずれ確かめねばならぬ。じゃが、それまでは二度と使おうとするでないぞ」
「分かった」
「返事だけは素直じゃな」
「俺だって怖いんだよ。何をしたのか、自分でも分からなかったんだから」
その時、寝台脇の台に置かれていた小型端末が、淡い緑色の光を一度だけ明滅させた。
『その認識を忘れないでください、マスター』
「フィーネ?」
『声を抑えてください。現在、わたしは端末内部へ退避しています』
レイジは反射的に声を潜めた。
「どうして隠れてるんだ?」
『マスターを発見した方々は、わたしの存在を知りません。周辺の状況を確認できるまでは、この状態を維持します』
「分かった。それで、俺を運んだのは道路にいた人たちなのか?」
『はい。森の奥で倒れていたマスターを発見し、この治療施設へ搬送したようです』
「俺が銀衝を使ったところを見られた?」
『いいえ。あの方々が到着した時、マスターはすでに意識を失っていました。銀衝の発動そのものは目撃されていません』
「じゃあ、あの人たちは何が起きたのか知らないんだな」
『マスターが魔獣を森へ引き離したこと、直後に大きな衝撃が発生したこと、そして破壊痕の始点で倒れていたこと。その三点を把握しているだけです』
断定はできなくても、疑われるには十分な状況だった。
「それでも、助けてくれたんだ」
『そのようです』
「ここは、どこなんだ?」
『搬送中の会話から、鳴海沢という町だと確認しています』
「鳴海沢……」
レイジは窓へ目を向けた。
薄い布越しに、朝の光が差し込んでいる。
寝台から慎重に降り、窓辺まで歩いた。まだ身体は痛むが、立っていられないほどではない。
布を開く。
「…………」
窓の向こうには、山間に築かれた町が広がっていた。
石造りにも見える建物の壁を、青白い光の線が走っている。屋根には透明な結晶が設置され、空中へ文字や絵を映し出していた。
道路の上では、車輪のない車両が僅かに浮かびながら行き交っている。
魔導銃や身体強化、空中に展開された障壁は、道路での戦いですでに目にしていた。
それでも、町そのものへ魔法と機械が組み込まれ、人々の日常を支えている光景は初めてだった。
そして、それ以上に目を引くものがあった。
獣の耳を持つ者。
長い尻尾を揺らす者。
尖った耳や角を持つ者。
姿の異なる人々が、誰も互いを珍しがることなく、同じ道を歩いている。
「あの人たちも、人間なのか?」
「さてな。人に近い異種族など、我のいた世界にも幾らでもおった」
レイヴェルも窓の外を眺める。
「じゃが、これほど多様な種族が、一つの町で当たり前に暮らしておる光景は珍しい」
『外見的特徴の異なる複数の人類種を確認しました。施設に残された生体記録とは一致しない特徴を含んでいます』
「道路で見た武器だけでも驚いたのに……ここは、俺が覚えてる世界とは全然違う」
補給船が帰還していた世界であることは、次元航行中に確認している。
だが、それがレイジの生まれた世界なのかは、今も分からない。
ただ、窓の外に広がる町が、空の割れたあの日に知っていた文明とはまったく異なることだけは確かだった。
廊下から複数の足音が近づいてきた。
『接近する生体反応、三名。わたしはこのまま待機します』
端末の光が消える。レイヴェルはその場に残った。
扉が開いた。
「目が覚めたか」
入ってきたのは、額に包帯を巻いた男だった。
傍らには治療衣を着た女性と、記録板を持つ施設職員がいる。
三人ともレイヴェルへ視線を向けることなく、まっすぐレイジのもとへ歩いてくる。少なくとも、彼らには見えていないようだった。
「あなた……あの道路にいた槍の人?」
「覚えていたか。ああ、あの場で護衛をしていた。俺はダリオだ」
「ダリオ……」
「君の名前も聞かせてもらえるか?」
「レイジ」
「そうか。レイジというのか」
「身体はどうだ?」
「痛いけど、動ける。俺を助けてくれたんだよな」
「魔獣を車両から引き離したのは君だ。礼を言うのはこちらの方だ」
「でも、森で倒れてた俺を運んでくれた」
レイジはダリオへ頭を下げた。
「ありがとう」
ダリオは僅かに目を見開き、やがて表情を緩めた。
「気にするな。あの場で置き去りにする選択肢はなかった」
治療衣の女性がレイジのそばへ来る。
「少し診せてください」
光を帯びた板が、レイジの身体を上から下まで走査した。
「大きな損傷はありません。打撲も改善していますが、まだ疲労は強いようです。歩く程度なら問題ありませんが、激しい運動は避けてください」
女性が困惑したように表示を見つめる。
「やはり、魔力の測定だけはできません」
「俺、何か変なの?」
「変というより、測定器が数値を決められないんです。少ないわけでも、多すぎるわけでもない。反応の形式そのものが、登録されたどの種族とも一致しません」
施設職員が記録板へ視線を落とす。
「搬送時に取得した生体情報は、市民登録のどれにも該当しませんでした。レイジさん、姓は分かりますか?」
「分からない。出身地も覚えてない」
「家族は?」
「……覚えてない」
答えるたびに、記録板へ新たな文字が刻まれていく。
質問している職員に悪意がないことは分かる。それでも、自分について答えられないことばかりなのが、レイジには少し落ち着かなかった。
「記憶障害の可能性もあります。詳しい検査を受ければ、何か分かるかもしれません」
「俺の身体についても?」
「はい。ただ、今日は軽い診察だけにしておきましょう。体調が戻ってから、どの検査を受けるか相談して決めます」
職員は安心させるように微笑んだ。
「身元について困ったことがあれば、町の管理局へ相談することもできます」
「管理局?」
「市民登録や生活上の相談を受け付けている機関です。記憶を失った方の身元照会も行っています。ただし、利用するかどうかは、あなたと相談して決めます」
「……分かった。少し考えてみる」
ダリオも頷く。
「ここは町の治療施設だ。困ったことがあれば、医師や職員に相談すればいい。分からないことが多くて不安だろうが、焦って全部決める必要はないさ」
「……分かった」
「俺たちは、このあと管理局へ今回の魔獣被害を報告しに行く。昼過ぎには戻るつもりだ」
ダリオは寝台の脇に置かれた紙袋を指した。
「君の服はひどく傷んでいたから、施設の人に頼んで着替えを用意してもらった。腹が減っているなら、一階の食堂も使える」
「そこまでしてもらっていいの?」
「命を助けてもらった礼には足りないくらいだ」
ダリオはそう言って笑った。
「外へ出るなら、受付へ一声かけてくれ。町の中を歩く程度なら問題ないそうだが、まだ本調子じゃない。整備されていない山道へ入ったり、激しく動いたりするのは避けろよ」
「うん。ありがとう、ダリオ」
三人は部屋を出ていった。
開いた扉の向こうでは、治療衣を着た人や職員たちが行き交っている。窓から差し込む朝の光と、遠くから聞こえる穏やかな話し声が、町の日常を感じさせた。
「親切な人たちだったな」
「少なくとも、おぬしへ害意はなさそうじゃな」
レイヴェルが呆れたように腕を組む。
『ダリオという人物が、マスターへ友好的であることは間違いありません』
「うん。助けてもらったことは、ちゃんと覚えておかないとな」
レイジは窓の外へ目を向けた。
「でも、少しだけ町を見てみたい。自分がどんな場所に来たのか、自分の目で確かめたいんだ」
『医療担当者から、軽い歩行は許可されています。ただし、激しい運動は避けてください』
「散歩するだけだよ」
「おぬしの散歩は、なぜか命懸けになりそうで不安じゃな」
「ならないって」
レイジは紙袋を手に取った。
レイジは治療用の衣服を脱ぎ、紙袋に入っていた服へ着替えた。
濃灰色の長袖シャツに、動きやすい黒いズボン。その上から、腰丈の簡素なフード付き上着を羽織る。どれも装飾のない一般向けの服で、レイジの身体には少し大きかった。
袖口を一度折り、編み上げ式の革靴を履く。靴も僅かに余裕があったが、歩く分には問題なさそうだった。
紙袋の底には、搬送された時まで身につけていた服も畳まれていた。狭間の施設で手に入れ、艦の修復作業や墜落、魔獣との戦いを共にした服だ。上着は裂け、外套には泥と血が染み込み、すぐに着られる状態ではない。
「捨てられてなかったんだ」
「おぬしの持ち物じゃからな。ひとまず預かってくれたのであろう」
傷んだ服と外套を収納棚へ戻し、レイジは部屋を出た。
まず一階の食堂へ向かい、柔らかなパンと温かいスープで腹を満たした。
数百年の時を越えた保存食ではない。湯気の立つ作りたての料理を口にした途端、レイジは思わず目を見開いた。結局、勧められるままスープをもう一杯飲んでしまった。
食事を終えてから受付で外出することを伝えると、受付係は施設名と所在地が記された小さな案内札を渡してくれた。
「昼食の時間までには戻ってきてくださいね。案内表示のない道には入らないようにしてください。具合が悪くなったら、この札へ触れるか、近くの人へ見せてください」
「分かりました」
レイジは素直に頷き、正面玄関から町へ出た。
鳴海沢の町は、窓越しに見るよりも遥かに賑やかだった。
頭上を浮遊車両が走り、建物の間には光で描かれた案内表示が浮かんでいる。通りには人間だけでなく、獣耳や角を持つ者も行き交っていた。
「本当に、違う世界みたいだ……」
レイジは通りを歩きながら、目に入るものを一つずつ眺めた。
魔力で動いているらしい街灯。宙へ映像を浮かべる案内板。店先に並ぶ、見たことのない果物や機械部品。
興味を引かれるものばかりだったが、人の多さと絶え間なく響く音に、次第に頭が疲れてきた。
そんな時、建物の間から町の北側にある小高い山が見えた。
斜面の途中からは、鳴海沢の屋根と、谷を走る浮遊道路がよく見えそうだった。頂に近い木々の間には、古びた鳥居らしきものも覗いている。
「あそこなら、町全体を見渡せそうだ」
『町の案内図では、北部緑地区域に古い参道が登録されています』
フィーネが町の案内表示から情報を読み取る。
「参道?」
『山中の礼拝施設へ続く道を示す名称と思われます。参道と境内は町の散策区域として登録されています』
「少し上から町を見てみたい。自分が来た場所を、ちゃんと見ておきたいんだ」
「医者から無理をするなと言われたばかりであろう」
「無理はしないよ。散策区域からも出ない」
「その言葉、まったく信用できぬのう」
町の北側へ向かうにつれ、建物は少なくなり、人通りも落ち着いていった。
やがてレイジは、山の斜面へ延びる長い石段を見つけた。左右には苔むした石灯籠が並び、その先には色褪せた鳥居が立っている。
振り返ると、すでに建物の屋根越しに鳴海沢の町並みが見えた。
「やっぱり、ここならよく見えそうだ」
『急な傾斜です。身体に異常を感じた場合は、ただちに引き返してください』
「分かってる」
レイジは景色を確かめるように、ゆっくりと石段を上り始めた。
その時だった。
——カチン。
澄んだ金属音が、木々の向こうから響いた。
「今の、何だ?」
「刀を鞘へ納めた音に似ておるな」
——カチン。
もう一度。
一定の間隔で、同じ音が聞こえる。
「人がいるのかな」
『先客がいるようです。修行の妨げにならないよう、静かに進みましょう』
「分かってる」
音は、石段の上から聞こえている。
レイジは手すり代わりの石柱へ時折手を置きながら、一段ずつ上っていった。
途中で何度か振り返るたび、鳴海沢の町並みが少しずつ広く見えるようになる。青白い光の走る建物も、宙を行き交う車両も、ここからなら一つの景色として見渡せた。
やがて最後の鳥居が見えてくる。
「神社だ」
レイジの口から、自然と言葉が出た。
なぜ知っているのかは分からない。
名前も家族も思い出せないのに、それが神社と呼ばれる場所であることだけは知っていた。
石段を上るほど、刀を納める音がはっきりと聞こえるようになった。
最後の一段を越え、境内へ出た。
「…………」
境内の中央に、一人の少年が立っていた。
年齢は十四歳ほど。黒い髪と黒い瞳を持ち、動きやすそうな洋服の上へ、黒を基調とした羽織を重ねている。
少年は腰を落とし、鞘に収めた刀の柄へ右手を添えていた。
静かな境内に、風が通り抜ける。
少年の羽織が揺れた、その瞬間。
一筋の銀閃が、正面の空気を斬り裂いた。
レイジには、いつ刀が抜かれたのか分からなかった。
目で追えた時にはすでに刃は鞘へ戻り、澄んだ金属音だけが境内へ残されていた。
——カチン。
「速い……」
思わず声が漏れる。
少年の表情が変わった。
「誰だ?」
振り向くと同時に半身となり、右手を刀の柄へ添える。その動きには、先ほどまでの型を繰り返す修行とは違う、相手を見定める鋭さがあった。
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ」
レイジは両手を見える位置まで上げた。
「石段を上っていたら音が聞こえて、それで……」
「ここへ何をしに来た?」
「町を見に来たんだ。高いところからなら、鳴海沢を見渡せると思って」
少年の視線が、レイジの少し大きな上着と、袖口から覗く治療痕へ向く。
「その腕、怪我をしてるのか?」
「怪我っていうか、治療を受けたばかりで」
「治療を受けたばかりの奴が、どうして一人でこんなところまで来るんだよ」
「散歩の許可はもらってる。それに、ここは町の散策区域だって案内に書いてあった」
「だからって、石段の上まで来る患者がいるか?」
「ここにいる」
「胸を張るな」
即座に返された言葉に、レイジは口を閉じた。
少年の警戒は解けていない。しかし、先ほどまでの張り詰めた雰囲気は僅かに和らいでいた。
「施設でもらった札もある」
レイジが首から下げていた案内札を見せると、少年は刀から右手を離した。
「……本当に町の治療施設から来たのか」
「最初からそう言ってるだろ」
「今初めて証拠を見せただろ」
「そうだった」
「お前、結構変な奴だな」
「会ったばかりの相手に言われたくない」
「それはこっちの台詞だ」
二人の間に、短い沈黙が落ちた。
「……俺はレイジ」
少年が僅かに眉を動かす。
「名前だよ。いつまでも名乗らないのも変だと思って」
「クロバ・ユウト」
「ユウトか」
「いきなり名前で呼ぶのか?」
「駄目なのか?」
「……別に、駄目じゃないけど」
「ならいいだろ」
「お前、妙なところで図太いな」
呆れたように言いながら、ユウトはようやく構えを解いた。
「なかなか見込みのある小僧ではないか」
レイヴェルが興味深そうにユウトの周囲を回る。
「先ほどの一太刀も悪くない。年齢の割には、よく鍛えられておる」
「レイヴェルが褒めるなんて珍しいな」
「……誰だ、それ」
ユウトが周囲を見回す。
レイジは自分が声に出していたことに気づいた。
「あ……いや」
「さっきから、お前以外の声なんて聞こえてないぞ」
「やっぱり、見えないし聞こえないのか」
「何の話だ?」
ユウトの右手が、再び刀の柄へ近づく。
「待って。危ない奴を見る目をするな」
「誰もいない場所と話してる奴を、ほかにどう見ろっていうんだ」
「俺の隣にレイヴェルがいるんだ。白銀の髪で、角があって、半透明の——」
「説明が増えるほど怪しくなってるぞ」
「我を怪しいもののように言うでない!」
「本人も怒ってる」
「俺には何も聞こえない!」
ユウトが額を押さえる。
「どう説明したらいいんだよ……」
レイジが困って端末へ目を落とすと、その画面に小さな文字が浮かんだ。
『外部投影の許可を求めます』
医療施設の者たちには存在を伏せていたフィーネが、自分から姿を見せようとしている。
「大丈夫なのか?」
『すでにマスターが霊体の存在を説明しています。現状では、視覚的な証明を行う方が事態の収束に有効です』
「……分かった」
「今度は端末と話し始めたぞ」
「今、説明するから」
レイジが端末へ触れる。
淡い緑色の光が溢れ、首元の魔石コアを中心にフィーネの小さな身体が形作られた。下向きに伸びる四枚の電子翼を広げ、ユウトの目の前へ浮かぶ。
『独立型電子精霊、識別名フィーネです』
「…………」
『初めまして、クロバ・ユウト』
「……小さい人が、飛んでる」
『電子精霊です』
「喋った……」
『先ほどから会話へ参加しています』
「端末の中にいたのか?」
『正確には、端末を一時的な退避先として使用しています』
ユウトはフィーネを見つめ、次にレイジを見る。そして、何もいないようにしか見えないレイジの隣へ視線を向けた。
「そのフィーネは見える。でも、レイヴェルっていう奴は見えない」
「フィーネは電子精霊で、レイヴェルは魂だけの存在らしい」
「らしいって……お前も分かってないのか?」
「全部説明すると長くなる」
「長くてもいい。ここまで聞いて放っておけるか」
ユウトは刀を鞘ごと腰から外すと、境内の端に置いてあった荷物のそばへ立てかけた。
「とりあえず座れ。顔色が悪い」
「大丈夫だよ」
「治療を受けたばかりなんだろ」
「でも——」
「石段の途中で倒れられたら、こっちが困る。帰りは治療施設まで送る」
「ユウトって、意外と面倒見がいいんだな」
「放っておけないくらい、お前が危なっかしいだけだ」
「会ったばかりなのに?」
「会ったばかりの相手に、ここまで心配させるな!」
ユウトの声が、境内へ響く。
レイジは一瞬きょとんとしたあと、思わず笑った。
「何がおかしい」
「いや。悪い奴じゃなさそうだと思って」
「それを判断するのは俺の方だ!」
「くくく。愉快な小僧ではないか」
レイヴェルの楽しげな声を聞きながら、レイジは境内の端へ腰を下ろした。
そこからは、鳴海沢の町並みが一望できた。
青白い光の走る建物。谷を行き交う浮遊車両。種族の異なる人々が行き交う通り。
レイジが見たかった景色が、眼下に広がっている。
そして、その隣には、まだ警戒を残しながらも自分を放っておけない少年がいた。
山の中腹に建つ古びた神社。
一人は、自分が何者なのかも分からないまま、過去から帰還した少年——レイジ。
もう一人は、黒羽一刀流を幼い頃から学び、周囲から《剣の神童》と呼ばれる少年——クロバ・ユウト。
この時の二人は、まだ知らない。
警戒と戸惑いから始まった出会いが、やがて互いを
そして、その絆が遠くない未来に、二人の運命を大きく変えることを。