崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
やべぇ、プロットのストックが無くなりそう!指がとまらねぇ!
修正版に変えました。
「それで、お前は何者なんだ?」
クロバ・ユウトは境内の端へ腰を下ろし、レイジを正面から見据えた。
先ほどまで刀を握っていた時ほど鋭くはない。それでも、曖昧な答えで誤魔化せる雰囲気ではなかった。
「何者って言われても……俺にも分からないんだ」
「分からない?」
「覚えてない。名前も、家族も、どこに住んでたのかも」
ユウトが眉を寄せる。
「でも、レイジって名乗っただろ」
「その名前は、レイヴェルにつけてもらった」
「見えない方か?」
「見えない方って言うでない!」
レイヴェルが憤慨するが、当然ユウトには届いていない。
「怒ってる」
「何が?」
「見えない方って呼ぶなって」
「聞こえないんだから仕方ないだろ」
「それもそうだな」
「納得するでない!」
頭の横で響く怒声に、レイジは片耳を押さえた。
その様子を見たユウトが、半信半疑のままフィーネへ目を向ける。
「本当にいるのか、そのレイヴェルって奴」
『存在を確認しています』
「フィーネには見えるのか?」
『はい。正確には、マスターの内部に存在する高密度の魂魄反応と、その外部投影像を観測しています』
「……全然分からない」
「俺も最初は分からなかった」
「今は分かるのか?」
「少しだけ」
「ほとんど分かってない顔だな」
「失礼だな」
ユウトは短く息を吐いた。
「記憶がないって話は、治療施設の人も知ってるのか?」
「うん。身体を調べれば何か分かるかもしれないって言われた」
「なら、勝手にいなくならない方がいい。探されるぞ」
「勝手には出てないよ。受付には散歩するって伝えてある」
「昼までに戻る約束は?」
「した」
「じゃあ、そろそろ帰らないとまずいだろ」
太陽の位置を確認したユウトが立ち上がる。
「送る」
「一人で戻れるって」
「その顔色で長い石段を下りるつもりか?」
「来る時は上れた」
「上れたことと、無理をしていいことは別だ」
言い切ると、ユウトは境内の隅に置いてあった荷物を肩へ掛けた。刀は鞘ごと腰へ戻す。
「ほれ。素直に送られておけ」
「レイヴェルまで」
「我はおぬしが石段から転げ落ちる姿など見たくないのでな」
『わたしもクロバ・ユウトの提案に賛成します』
「分かったよ。二人して言わなくても」
「二人?」
「フィーネとレイヴェル」
「……これから、その区別も覚えないといけないのか?」
「覚えるつもりなんだ」
「治療施設まで送る間だけだ!」
ユウトはそう言って、先に石段へ向かった。
その耳が僅かに赤くなっていることに、レイジは気づかなかった。
◇
石段を下りる途中、レイジは何度か足を止めた。
「休むか?」
「大丈夫。景色を見てただけ」
木々の隙間から、鳴海沢の町が見える。
青白い光の走る建物。谷間を縫う道路。僅かに浮きながら行き交う車両。
遠くから眺めれば、そのすべてが一つの町として穏やかにまとまっていた。
「変わった町か?」
「うん。俺が覚えてる景色とは、全然違う」
「記憶はないんじゃなかったのか?」
「自分のことは思い出せない。でも、物の名前とか、昔見た景色の一部は残ってるみたいなんだ」
「よく分からない忘れ方だな」
「俺にも分からない」
ユウトはそれ以上問い詰めなかった。
再び歩き始め、今度はレイジの少し前をゆっくり進む。足元の悪い場所へ差しかかるたび、何も言わずに速度を落としていた。
「ユウトは、いつもあそこで刀を振ってるのか?」
「鳴海沢にいる間はな」
「ずっと、この町に住んでるわけじゃない?」
「普段は別の町に住んでる。今は祖父ちゃんと祖母ちゃんの家に預けられてるんだ」
「預けられてる?」
「母さんが仕事で長く家を空けてる。妹も一緒に来てる」
「妹がいるのか」
「十歳。名前はユウカ」
「ユウトとユウカ」
「似てるだろ」
「呼び間違えそう」
「間違えるなよ」
「まだ会ってもないのに?」
「……そうだった」
ユウトが気まずそうに前を向く。
「母親は、どんな仕事をしてるんだ?」
「特殊部隊の隊長。魔獣災害や危険区域の救助任務に出ることが多い」
「強いのか?」
「強い。今の俺じゃ、一度も勝てない」
悔しそうに言いながらも、その横顔には隠しきれない誇らしさがあった。
「ユウトが使ってた剣も、母親に教わったのか?」
「ああ。黒羽一刀流。クロバ家に伝わる剣術だ」
「だから、あんなに速かったんだ」
「まだ遅い」
「あれで?」
「母さんの剣は、見えない」
レイジは先ほどの銀閃を思い出した。自分には、ユウトが刀を抜いた瞬間すら見えなかった。
それよりも速い剣。
「見てみたいな」
「やめておけ。初めて見ると、たぶん自信をなくす」
「俺は剣を使ったこともないから、なくす自信もないよ」
「それはそれでどうなんだ」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
◇
治療施設へ戻ると、受付係が安堵したように立ち上がった。
「レイジさん。戻ってこられたんですね」
「遅くなって、ごめんなさい」
「昼食には少し遅れましたが、無事なら大丈夫です。具合は悪くありませんか?」
「平気です」
「石段を上ったせいで、少し疲れてると思います」
隣からユウトが付け加える。
「あなたは?」
「クロバ・ユウトです。神社で会いました」
「神社まで行ったんですか?」
受付係の視線がレイジへ向く。
「散策区域からは出てません」
「そういう問題ではありません。まだ療養中なんですよ」
「……ごめんなさい」
「まあまあ。その辺にしてやってくれ」
奥から声がした。
振り向くと、管理局への報告を終えたらしいダリオが歩いてくるところだった。
「戻ってきたなら、それでいい。約束どおり受付にも伝えていたんだろう?」
「うん」
「次からは、もう少し近場にしておけ」
「次も外へ出すつもりですか?」
受付係が呆れたように尋ねる。
「止めても、別の場所へ行きそうな顔をしている」
「それ、どういう意味?」
「自覚がないなら気にするな」
ダリオはユウトへ向き直った。
「送ってくれたのか。助かった」
「いえ。途中で倒れられても困るので」
「そうか」
ダリオが僅かに笑う。
「レイジ。診察を受けたら昼食にしろ。君の分は残してもらっている」
「分かった」
レイジはユウトを見る。
「今日は、ありがとう」
「別に。送ってきただけだ」
「また神社へ行ってもいい?」
「今度は医者に確認してからにしろ」
「確認したら、行ってもいいんだな」
「……好きにしろ」
ユウトは顔を背けた。
「じゃあ、またな」
「ああ」
短い返事を残し、ユウトは治療施設を出ていった。
その背中を見送りながら、レイジは胸の中に奇妙な温かさが残っていることに気づいた。
この世界へ来てから、初めてできた同年代の知り合い。
それだけのはずなのに、明日もう一度会えることが、少し楽しみになっていた。
◇
翌朝。
ユウトはいつもより早く目を覚ました。
祖父母の家の客間。その隣から、規則正しい寝息が聞こえている。
襖を少しだけ開けると、布団の中でユウカが眠っていた。枕元には小さな端末が置かれ、布団から出た手首には、ピンク色のお守りが結ばれている。
兄の気配に気づいたのか、ユウカが薄く目を開けた。
「……お兄ちゃん?」
「悪い。起こしたか」
「また神社?」
「ああ」
「毎日よく飽きないね」
「お前が寝すぎなんだよ」
「まだ朝だもん……」
ユウカは布団を頭まで引き上げた。
「お昼までには帰ってきてね。お祖母ちゃんが、一緒にご飯食べるって」
「分かってる」
「昨日、遅かったけど何してたの?」
「……怪我人を送ってた」
「誰?」
「知らない奴」
「知らない人を送ったの?」
「いろいろあったんだよ」
「ふうん……」
眠そうな返事のあと、ユウカは再び目を閉じた。
ユウトは静かに襖を閉める。
知らない奴。
確かに昨日会ったばかりだ。
それなのに、神社へ向かう足はいつもより僅かに速かった。
◇
石段を上り、鳥居をくぐる。
境内には誰もいなかった。
「……来てないか」
何を期待していたのだろう。
レイジは治療を受けたばかりだ。昨日の今日で、また長い石段を上ってくるはずがない。
そう思い直し、ユウトは荷物を置いた。
呼吸を整える。
柄へ手を掛ける。
「——ふっ!」
抜刀。
一閃。
納刀。
——カチン。
「まだ遅いな」
「あれで遅いのか?」
「っ!?」
ユウトが振り返る。
鳥居の柱の陰から、レイジが顔を出した。
「お前、いつからいた!」
「今来たところ。声をかけたら邪魔になると思って」
「昨日は勝手に声を漏らしたくせに」
「今日は気をつけた」
「一日で妙な成長をするな」
文句を言いながらも、ユウトは自分の口元が緩むのを感じていた。
「もう外を歩いていいのか?」
「診察を受けた。激しい運動をしなければ大丈夫だって」
「なら、石段を一気に上ってくるな。息が切れてるぞ」
「一気に上ったって、どうして分かった?」
「見れば分かる」
レイジは乱れた呼吸を整えながら、境内の端へ座った。
「今日は見てるだけにする」
「何を?」
「ユウトの修行」
「面白いものじゃないぞ」
「俺には面白い」
真っ直ぐ言われ、ユウトは返す言葉を失った。
「……勝手にしろ」
再び刀へ手を掛ける。
背中へレイジの視線を感じる。普段一人で修行している時とは、妙に調子が違った。
「——ふっ!」
一閃。
納刀。
「今の、昨日より速かった」
「分かるのか?」
「なんとなく」
「なんとなくかよ」
「じゃが、踏み込みで上体が僅かに浮いたな」
レイヴェルが腕を組んで評する。
「レイヴェルが、踏み込みで身体が浮いたって」
「剣を使ったことがない奴に言われたくない」
「言ったのは俺じゃない」
「見えない奴から注意されても直しようがないだろ!」
「では、もう一度振らせよ。我が見てやる」
「もう一回やってだって」
「なんで俺が従う流れになってるんだよ!」
そう言いながらも、ユウトは再び構えた。
次の一閃では、踏み込みを意識する。
「今度は?」
「先ほどよりよい。じゃが、肩へ力が入りすぎじゃ」
「肩に力が入りすぎ」
「お前は伝言板か!」
「俺だって好きでやってるわけじゃない!」
「なら伝えるな!」
「レイヴェルがうるさいんだよ!」
「誰がうるさいじゃ!」
静かだった境内に、三人分の声が響く。
もっとも、ユウトに聞こえているのはレイジの声だけだった。
◇
三日が過ぎた。
レイジは毎朝、神社へ姿を見せた。
初日は座って見ているだけだった。
二日目には、落ちていた枝を刀に見立てて、ユウトの構えを真似し始めた。
三日目。
「違う。腕だけで振るな」
「振ってない」
「振ってる。腰を使え」
「こう?」
「それだと身体ごと回ってる!」
「細かいな!」
「剣術なんだから細かくて当然だ!」
いつの間にか、ユウトがレイジへ剣の基礎を教えるようになっていた。
本物の刀を持たせるわけにはいかないため、使うのは境内の物置で見つけた古い木刀だ。
レイジは構えすら知らなかった。それでも、一度教えた足運びをすぐに覚え、二度目にはユウトの動きを不格好ながら再現してみせる。
「お前、本当に剣を使ったことがないのか?」
「覚えてる限りは」
「それで、なんで一度見ただけで真似できるんだよ」
「ユウトの教え方がいいから?」
「疑問形で褒めるな」
「照れておるぞ」
「レイヴェルが照れてるって」
「余計なことを伝えるな!」
木刀がレイジの頭へ軽く落ちた。
「痛っ!」
「修行中に余所見するな」
「今の絶対、照れ隠しだろ!」
「もう一本追加な」
「横暴だ!」
フィーネは石灯籠の上へ腰掛け、二人のやり取りを記録している。
『マスターの反応速度に、僅かな向上を確認しました』
「本当?」
『はい。ただし、クロバ・ユウトとの差は依然として大きいです』
「そこまで言わなくてもいいだろ」
「事実じゃな」
「レイヴェルまで!」
ユウトは笑いを堪えきれず、顔を背けた。
◇
その日の昼過ぎ。
稽古を終えたレイジは、境内の軒下で膝を抱えていた。
「どうした?」
ユウトが水筒を差し出す。
「治療施設、今日で出ることになった」
「もう治ったのか?」
「身体は問題ないって。でも、ずっと患者でもない俺を泊めておくわけにはいかないから」
「管理局は?」
「身元登録をすれば、保護施設や仕事も紹介できるって言われた」
「なら、それでいいだろ」
レイジはすぐに答えなかった。
フィーネが端末の中で沈黙している。レイヴェルも、珍しく口を挟まない。
「……今の俺は、自分が何者なのかも分からない」
「それは聞いた」
「身体の中にはレイヴェルがいて、フィーネのこともある。研究所や、壊れた船のことだって、まだ何も調べられてない」
ユウトには、世界と次元の狭間から来たことまでは話していない。
信じてもらえるかどうか以前に、どこまで話してよいのか、レイジ自身にも判断できなかった。
「管理局が嫌なわけじゃない。でも、何も分からないまま全部を預けるのは、少し怖いんだ」
「だからって、行く場所はあるのか?」
「ない」
「即答するな」
「町の外で寝られそうな場所を探す」
「馬鹿か!」
ユウトの声が境内へ響いた。
「昨日まで治療施設にいた奴が、野宿できるわけないだろ!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「それは……」
ユウトは言葉を詰まらせ、境内の奥へ目を向けた。
本殿の裏手には、小さな建物がある。
かつて神社を管理していた者が使っていた控え所だ。今は祭具や掃除道具が置かれているだけで、普段使う者はいない。
「……あそこ」
「え?」
「裏に古い控え所がある。雨風くらいは防げる」
「使っていいのか?」
「本当は駄目だ」
「駄目なんじゃないか」
「だから、少しの間だけだ!」
ユウトは念を押すように指を突きつけた。
「管理局へ相談するか、ほかの場所を見つけるまで。それと、火は勝手に使うな。境内を汚すな。町の人に見つかったら、俺は何も知らない」
「最後だけ無責任じゃない?」
「お前を泊める許可なんて、俺にはないんだよ!」
「なら、どうして教えてくれるんだ?」
「野宿して倒れられる方が寝覚めが悪いからだ」
レイジはユウトを見つめた。
「何だよ」
「ありがとう」
「…………」
「助かる」
「礼は、ちゃんと次の場所を見つけてからにしろ」
ユウトは顔を背けた。
「あと、食べ物は?」
「少しだけ保存食をもらった」
「それだけじゃ足りないだろ」
「足りなくなったら考える」
「絶対何も考えてない奴の台詞だな」
「失礼だな」
「明日、余ってる食べ物を持ってくる」
「いいのか?」
「祖母ちゃんが、いつも作りすぎるんだよ」
「ユウトの分が減るんじゃない?」
「お前が心配することじゃない」
レイジが小さく笑う。
「やっぱり、面倒見がいいな」
「うるさい」
こうしてレイジは、神社の小さな控え所を、一時的な寝床にすることになった。
ユウトとレイジだけの秘密。
少なくとも、その時のユウトはそう思っていた。
◇
それから、一週間が過ぎた。
「レイジ! 右足が前に出すぎだ!」
「分かってる!」
「分かってないから言ってる!」
——カァン!
木刀と木刀がぶつかる。
次の瞬間、レイジの身体が境内の土の上を転がった。
「いってぇ……!」
「十三回目」
「数えるなよ!」
「同じところを狙われすぎなんだ」
「次は避ける!」
「十二回目にも聞いた」
「今度こそ本当だから!」
「根拠は?」
「勘!」
「一番信用できないやつだろ」
口では言い合いながら、ユウトは自然に手を差し出していた。
レイジも当たり前のようにその手を取り、立ち上がる。
出会って、まだ一週間。
けれど二人の間からは、初日にあった警戒も遠慮も、ほとんど消えていた。
朝になればユウトが神社へ来る。
レイジは控え所から出てきて、二人で木刀を振る。
稽古が終われば、ユウトが持ってきた食事を分け合い、くだらないことで言い争う。
時にはユウカや祖父母の話を聞き、時にはレイジが狭間の施設で見たものを、話せる範囲で語った。
「もう一回!」
「少し休め」
「次は勝てる気がする!」
「昨日からずっと言ってるぞ、それ」
「今日は本当に勝てる!」
「じゃあ、負けた方が境内の掃除な」
「いいよ」
「即答したな」
「勝つからな!」
「言ったな?」
二人は同時に木刀を構えた。
レイヴェルは宙に浮かびながら、呆れたように腕を組む。
「まったく。朝からよく飽きぬものじゃ」
『マスターの勝率は、現時点で二パーセント未満と推定します』
「フィーネ! 始まる前から負けるって決めるな!」
「二パーセントもあるのか?」
「ユウトまで!」
「来ないなら、こっちから行くぞ」
「待て! 今行く!」
レイジが地面を蹴る。
ユウトが迎え撃つ。
木刀がぶつかり、乾いた音が朝の境内へ響いた。
昨日と同じ朝。
明日も続くと思っていた時間。
レイジにとっては、名前を得てから初めて手にした穏やかな日常だった。
ユウトにとってもまた、いつの間にかレイジは、放っておけないだけの相手ではなくなっていた。
友人。
あるいは、まだ出会って一週間とは思えないほど気の合う、兄弟のような存在。
二人はまだ知らない。
当たり前になり始めたこの時間が、決して長くは続かないことを。
遥か遠い世界と次元の狭間で、止まっていた災厄が動き始めていることを。
その翼が、やがて鳴海沢の空を覆い尽くすことを——。
クロバ・ユウトの設定画像は作ってるから待っててねー(*>д<)