崩壊世界のRe:ワールド~器と銀と黒の物語~ 作:クロネコアラ
俺は今日1日で後何回投稿すればいい?
修正版に変えました。
——世界と次元の狭間。
いずれの世界にも属さず、定まった空も大地も存在しない境界領域。
青、赤、紫。
無数の光が川のように暗闇を流れ、その合間に異なる世界の景色が浮かんでは消えていく。
青空に覆われた大地。
赤黒い雲が渦巻く荒野。
天を貫くほど巨大な樹木。
煙突と歯車が並ぶ機械都市。
本来なら決して隣り合うことのない光景が、砕けた鏡の破片のように漂っていた。
その暗闇の中に、崩壊した研究所と格納施設が浮かんでいる。
長い年月をかけて積み上がった埃。
錆びついた機械。
根を張った植物。
少し前まで、そこには三人の声が響いていた。
名を得た少年。
銀の魂。
小さな電子精霊。
彼らを乗せた多次元航行試験艦が狭間の外へ旅立ってから、施設には再び静寂が戻っている。
そして、研究所から遠く離れた場所。
巨大な鳥籠が、今も暗闇に浮かんでいた。
山脈さえ収まりそうな、あまりにも巨大な檻。
黒い支柱が円を描くように並び、その周囲には幾重もの鎖が巻きついている。
鎖の表面に刻まれた術式は、ほとんど光を失っていた。
かつては隙間なく重なっていた封印も、今では僅かな光を明滅させるだけだ。
そのうちの一本には、細い亀裂が走っている。
レイジたちがこの場所を離れた時に生じた、小さな綻び。
だが、それ以降、鳥籠に変化はなかった。
内部から響いていた衝撃も、今は止んでいる。
まるで中にいるものが、再び眠りについたかのように。
静かだった。
あまりにも静かで、その存在自体が狭間の闇へ溶けてしまったように見える。
——その時。
遠く離れた空間に、細い光が生まれた。
光は一直線に暗闇を裂き、やがて巨大な楕円形へ広がっていく。
次元門。
青白い稲妻が縁を走り、その奥から一隻の船が姿を現した。
◇
「次元境界を突破」
「全艦、狭間領域への進入に成功しました」
「座標の再確認を急げ。長距離観測装置も起動しろ」
先頭を進むのは、黒い装甲に覆われた大型艦だった。
その左右と後方へ、六隻の護衛艦が展開している。
いずれの艦にも共通の紋章が刻まれていた。
三つの輪を、一本の槍が貫く意匠。
だが、どの世界の国家に属する艦なのかを示す表示はない。
大型艦の艦橋では、何人もの乗組員が忙しなく端末を操作していた。
「周辺空間、安定率四十一パーセント」
「次元流の乱れを確認。右舷十二度から高密度流が接近します」
「障壁出力を上げろ。艦列を崩すな」
「了解」
正面の巨大画面には、複雑に絡み合う次元流が表示されている。
その中心に、一つの赤い光点があった。
「目標座標まで、あと三万二千」
「反応に変化は?」
「ありません。微弱ですが、同一の波形を維持しています」
「ここまで来て偽物ということはないだろうな」
「記録に残された封印波形と、九十七パーセント以上一致しています」
「なら進め」
艦橋の中央。
黒い軍装をまとった男が、背後で手を組みながら画面を見つめていた。
年齢は四十代ほどに見える。
灰色の髪を後方へ撫でつけ、左目には細い機械式の観測具を装着している。
その表情に、長い探索で疲れた様子はない。
むしろ、目的地へ近づくほど、その口元には抑えきれない笑みが浮かび始めていた。
「何年かかったと思っている」
誰へ向けるでもなく、男が呟く。
「失われた座標を復元し、消された記録を集め、狭間を漂う残骸を一つずつ調べた」
男の機械眼に、赤い文字が流れる。
「ようやく辿り着いたのだ。今さら偽物であってもらっては困る」
「前方に人工構造物!」
観測員の声が艦橋へ響いた。
「距離二万四千。大型建造物を確認!」
「映像を出せ」
画面が切り替わる。
次元流の光が晴れ、その向こうに巨大な影が映し出された。
「…………」
艦橋から声が消えた。
巨大な黒い支柱。
山のように太い鎖。
上部を覆う重々しい天蓋。
艦隊すべてを並べても、なお小さく見えるほどの規模。
「鳥籠……?」
一人の乗組員が呟く。
黒衣の男は、画面へ一歩近づいた。
機械眼が何度も明滅する。
「封印術式を照合」
「照合開始……一致しました!」
観測員が振り返る。
「間違いありません! 記録に残されたものと同一です!」
その報告を聞いた瞬間、男は両腕を広げた。
「ようやく見つけたぞ!」
歓喜を隠そうともせず、声を上げる。
「カルバスアルマの負の遺産!」
長い探索の末に目的を果たした者の声が、艦橋へ響き渡った。
だが、ほかの乗組員たちは素直に喜べずにいた。
画面越しであっても分かる。
あれは単なる遺跡ではない。
外からの侵入を防ぐためではなく、内側の何かを決して外へ出さないための構造だ。
「閣下」
副官らしき女性が、慎重に声をかける。
「記録では、内部に何が封じられているのですか?」
「正確な記述は残されていない」
「残されていない?」
「カルバスアルマに関する記録の大半は、意図的に消去されている。存在そのものを歴史から隠すためにな」
「では、危険性も不明ということですか」
「危険だからこそ、これほど厳重に封じたのだろう」
男は当然のように答えた。
「そして、危険なものほど利用する価値がある」
「…………」
「恐れるな。長い年月を経て、封印機構の大半は停止している。残されているものを調査し、回収するだけだ」
副官はなおも鳥籠を見つめていた。
「回収できるものなら、ですが」
「そのために我々が来た」
男が手を上げる。
「全艦、調査配置へ移行。封印術式の解析を開始しろ」
「了解」
七隻の艦が速度を落とし、巨大な鳥籠を囲むように展開していった。
◇
鳥籠の内部。
外から届く光はない。
完全な闇。
上下も奥行きも分からない空間に、微かな音だけが響いている。
——ギィ……。
硬いものが擦れる音。
——ズル……。
濡れた肉が動く音。
その闇の中には、生き物がいた。
一匹ではない。
十でも、百でもない。
数千。
赤黒い身体を持つ異形の魔獣が、巨大な鳥籠の内部を埋め尽くしている。
痩せ細った長い首。
翼と一体化した前肢。
鳥を思わせる後ろ脚。
獲物を貫くための槍のような尾。
皮膚は乾き、骨の形が浮かび上がるほど肉が削げ落ちている。
頭部に並ぶ眼は固く閉ざされ、口も細い裂け目にしか見えない。
死骸の群れ。
そう見えても不思議ではなかった。
だが、その中の一体が、ゆっくりと首を持ち上げる。
鼻先を動かす。
外から流れ込んだ、微かな匂いを探るように。
——パチッ。
一つの眼が開く。
赤く濁った光が、闇の中へ灯った。
続いて、その隣の個体が目を開く。
一つ。
十。
百。
やがて、数え切れない赤い眼が暗闇の奥まで広がっていく。
彼らの名は、ギリオン。
遠い時代に、複数の世界へ深刻な被害をもたらした肉食の翼竜型魔獣。
性別による交配を必要とせず、単為生殖によって数を増やす。
食料がなくとも、数が尽きない理由。
それは同時に、この閉ざされた場所で彼らが生き残った理由でもあった。
生まれる。
増える。
飢える。
弱い個体を殺し、喰らう。
幼体を喰らう。
傷ついた同族へ群がる。
そして、喰らった個体が新たな命を生み、再び数を増やす。
何百年もの間。
彼らは鳥籠の中で、増殖と共食いを繰り返してきた。
飢えは満たされない。
同族の肉では、もう足りない。
それでも外へ出ることはできなかった。
封印が彼らの身体と魔力を押さえ込み、外の世界から完全に切り離していたからだ。
だが今、外から新しい匂いが届いている。
魔力。
生命。
熱を持った肉。
長い年月、忘れていた餌の匂い。
「ギィ……」
一体の口が開く。
細い裂け目だった口は、縦と左右の三方向へ裂けた。
内部に並ぶ無数の牙から、粘ついた唾液が落ちる。
その小さな声へ呼応するように、闇の奥で何千もの翼が動き始めた。
◇
「封印術式の残存率、十一パーセント」
「固定鎖、全二十四系統のうち十七系統が機能停止しています」
「内部走査は?」
「遮断されています。残存術式が観測波を弾いています」
船団は鳥籠から一定の距離を保ち、解析を続けていた。
各艦から細い光が伸び、鎖や支柱の表面を走査している。
だが、鳥籠の内部だけは暗闇に閉ざされたままだ。
「残存術式へ干渉波を送れ」
黒衣の男が命じる。
副官が振り返った。
「危険です。封印の構造が分かっていません」
「だから調べるのだ」
「封印出力は低下しています。干渉によって均衡が崩れる可能性があります」
「完全に破壊しろとは言っていない。観測窓を一つ開くだけだ」
「しかし——」
「内部を見ずに、何を回収するつもりだ?」
男の声が低くなる。
「実行しろ」
「……了解」
副官は表情を硬くしたまま、操作員へ合図を送った。
「封印干渉装置、起動準備」
「各艦、出力を主艦へ同期」
「同期率八十……九十……完了」
七隻の船から放たれた光が、主艦の前方へ集まる。
複雑な幾何学模様が空中へ展開され、一本の白い光線となって鳥籠へ伸びた。
光線が触れたのは、かろうじて形を保っている封印術式の一つだった。
「干渉開始」
魔法陣の表面へ波紋が広がる。
「術式構造を解析」
「第一層を確認。分離を開始します」
「出力二パーセント上昇」
封印術式の一部が、ゆっくりと薄くなっていく。
男の口元に笑みが浮かぶ。
「見ろ。何も問題はない」
その時だった。
——ビキッ。
「…………?」
一人の操作員が顔を上げる。
「どうした?」
「今、別系統から反応が……」
——ビキッ。
再び音が響く。
干渉している魔法陣ではない。
そこから離れた場所。
以前から亀裂の入っていた鎖の表面で、残存術式が明滅している。
「封印出力が変動!」
「干渉波が、別の固定鎖へ流れ込んでいます!」
「切断しろ!」
副官が叫ぶ。
「干渉装置を停止!」
「停止操作を受け付けません!」
「なぜだ!」
「封印側から逆流しています!」
白い光線が激しく揺らぐ。
鳥籠の各所で、消えかけていた術式が次々と点灯した。
一瞬だけ、鳥籠全体が眩い光に包まれる。
「出力が上昇しています!」
「封印が再起動したのか?」
「違います!」
操作員の顔から血の気が引く。
「残存していた力が、一ヶ所へ集中しています!」
光が集まる先。
それは、亀裂の入った一本の鎖だった。
——ビキビキッ!
「まずい! 全艦、干渉波を遮断しろ!」
「間に合いません!」
——バキィィィン!!
巨大な鎖が砕けた。
術式を構成していた光が、無数の破片となって暗闇へ散っていく。
同時に、鳥籠を覆っていた魔法陣の一つが完全に消滅した。
ほんの僅かな隙間。
巨大な鳥籠全体から見れば、小さな穴にすぎない。
だが、内部で待ち続けていたものにとっては——十分だった。
——ゴン。
鳥籠が揺れた。
「何だ?」
——ゴン。
「内部から衝撃!」
「生体反応を検出!」
「数は!」
「解析中!」
——ドゴンッ!!
黒い支柱の一部が、内側から歪んだ。
「生体反応、十……百……!」
観測員の声が震える。
「まだ増えます!」
「正確な数を報告しろ!」
「できません!」
「何?」
「多すぎます! 内部全域が反応で埋まっています!」
巨大画面の中で、赤い光点が爆発的に増えていく。
百。
五百。
千。
そこで計測表示が限界を超え、警告へ切り替わった。
「測定不能……」
艦橋の誰かが呟く。
鳥籠の隙間から、何かが頭を押し込んでいた。
痩せ細った長い首。
赤黒い鱗。
閉じられていた眼が開き、濁った赤い光を放つ。
口が三方向へ裂けた。
「ギィィィィィィィィッ!!」
甲高い咆哮が、狭間を震わせた。
ギリオンが鳥籠の外へ飛び出す。
一体。
翼を広げ、初めて触れる外の空間を旋回する。
その眼が、船団を捉えた。
装甲の奥にいる、無数の生きた人間を。
温かな血と肉を。
「迎撃準備!」
副官が叫ぶ。
「待て」
黒衣の男が制止する。
「閣下?」
「殺すな。捕獲しろ」
「ですが——」
「これこそ我々の探していたものだ。傷つけずに確保する」
ギリオンが主艦へ顔を向ける。
喉の奥へ赤黒い光が集まった。
「高魔力反応!」
「防御障壁を!」
直後。
赤黒い閃光が放たれた。
——ドォォォン!!
左側に展開していた護衛艦の一隻へ直撃する。
障壁が歪み、船体の装甲が大きく吹き飛んだ。
「第五護衛艦、被弾!」
「左舷区画に損傷!」
「まだ撃つな!」
「しかし、このままでは!」
二体目のギリオンが隙間から這い出す。
三体目。
五体。
十体。
黒い翼が次々と鳥籠の外へ広がっていく。
「ギャアアアアアアッ!!」
群れが損傷した第五護衛艦へ殺到した。
牙が障壁へ食らいつき、翼の先端が装甲を切り裂く。
「障壁出力、急速低下!」
「外装を破られます!」
「閣下、迎撃許可を!」
副官の声に、男は一瞬だけ沈黙した。
「……脚と翼を狙え。殺すな」
「その命令では守れません!」
「何だと?」
「第五護衛艦の乗員が死にます!」
副官は男の返答を待たず、全艦通信を開いた。
「全艦、迎撃開始! 味方の生存を最優先!」
「貴様——!」
「処罰は生き残ってから受けます!」
護衛艦の砲門が開く。
青白い光線と魔導砲弾が、一斉にギリオンの群れへ放たれた。
一体の翼が吹き飛ぶ。
別の一体が胸を撃ち抜かれ、狭間の闇へ落ちていく。
だが、その後ろからさらに多くの影が現れる。
二十。
五十。
百。
鳥籠の奥では、数千の赤い眼が出口を求めて蠢いている。
「数が多すぎる!」
「右舷へ回り込まれます!」
「第三護衛艦、船尾を損傷!」
「次元障壁が維持できません!」
砲撃。
咆哮。
警報。
翼が船体を打ち、牙が装甲を砕く。
それまで静かだった狭間は、一瞬で戦場へ変わった。
黒衣の男は、混乱する艦橋で巨大画面を見つめていた。
護衛艦が襲われている。
乗組員の悲鳴が通信へ流れ込んでいる。
それでも、その顔から笑みは消えていなかった。
「素晴らしい……」
「閣下?」
「これほどの数が、これほど長い時を生き延びた」
男の機械眼が、鳥籠から溢れ出すギリオンを捉える。
「これだ。これこそ、カルバスアルマが世界から隔離し、歴史から消し去った負の遺産!」
「今は感心している場合ではありません!」
副官が叫んだ、その時。
「次元反応!」
「何?」
「鳥籠周辺の空間が崩れています!」
戦闘によって発生した膨大な魔力。
砲撃の衝撃。
長期間固定されていた鳥籠の封印崩壊。
複数の要因が重なり、周辺の次元空間が耐えきれなくなっていた。
——ピシッ。
暗闇に亀裂が走る。
——バキン!
一つの亀裂が開いた。
その向こうには、見知らぬ世界の空が広がっている。
紫色の雲。
水晶に覆われた大地。
ギリオンの一体が動きを止めた。
裂け目の向こうから流れ込んでくる、濃密な生命の匂いを嗅ぎ取ったのだ。
「ギィ……」
船団から離れ、亀裂へ向きを変える。
「逃がすな!」
砲撃が放たれる。
だが、ギリオンは身を翻し、亀裂の中へ飛び込んだ。
「一体、別世界へ侵入!」
その姿を追うように、二体、三体と亀裂へ向かう。
「次の亀裂が発生!」
「こちらにも!」
鳥籠の周囲へ、次々と異なる世界への裂け目が生まれていく。
青い海だけが広がる世界。
燃える山々に覆われた世界。
夜空へ無数の浮島が漂う世界。
ギリオンたちは本能のまま、より多くの生命を感じる亀裂へ飛び込んでいった。
「封鎖しろ!」
「不可能です! 発生箇所が多すぎます!」
「次元固定装置を起動!」
「周辺座標そのものが乱れています!」
十。
五十。
百。
解き放たれたギリオンが、複数の世界へ散っていく。
その時。
鳥籠から少し離れた場所で、新たな亀裂が静かに開いた。
ほかの裂け目より大きく、そして安定している。
「大型次元亀裂を確認!」
「接続先を解析!」
画面に、亀裂の向こう側が映し出される。
青い空。
深い緑に覆われた山々。
遠方には、魔法と機械の光をまとった都市が広がっている。
「世界座標を照合します!」
表示された数値を見て、観測員が息を呑んだ。
「この座標は……」
報告が終わるより先に、ギリオンたちが反応した。
ほかの亀裂とは比較にならないほど濃密な生命の気配。
人。
獣。
魔力を宿した無数の生き物。
そして、彼方に存在する巨大な銀の魔力。
群れの眼が、一斉に亀裂へ向く。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
一体が飛び込む。
二体。
十体。
その後ろから、黒い波のような群れが続く。
「止めろ!」
「百体以上が亀裂へ向かっています!」
「砲撃が追いつきません!」
数え切れない翼が、次々と裂け目の向こうへ消えていった。
彼らは接続先の世界の名を知らない。
そこに何があり、誰が生きているのかも知らない。
ただ、空腹を満たす餌があることだけを理解している。
その世界は、かつて地球と呼ばれていた星。
アースブレイクによって数多の世界が混ざり合い、長い時を経て新たに生まれ変わった世界。
——Re:ワールド。
◇
同じ頃。
鳴海沢の山中にある古い神社では、二本の木刀がぶつかっていた。
——カァン!
「また左!」
「分かってる!」
「分かってたら受けられるだろ!」
「身体が追いつかないんだよ!」
ユウトの木刀を受け損ね、レイジが境内を転がる。
「痛ってぇ……!」
「今ので十五回目」
「数えるなって!」
レイジは土を払いながら立ち上がり、再び木刀を構えた。
「もう一回!」
「少しは休め」
「次は受ける!」
「根拠は?」
「今度こそ勘じゃない!」
「じゃあ何だよ」
「気合い!」
「勘より悪くなってるぞ」
ユウトが呆れたように笑う。
レイヴェルは宙に浮かび、二人の修行を眺めていた。
「レイジ。次は半歩早く踏み込め」
「分かった」
『マスターの疲労値は上昇しています。次の一戦後、休息を推奨します』
「フィーネまでユウトみたいなこと言うなよ」
「俺はそんな言い方してない」
くだらない言葉を交わし、二人は再び向かい合う。
空は青い。
町は穏やかだった。
風が木々を揺らし、遠くから人々の生活する音が届いている。
レイジも、ユウトも知らない。
遥か彼方の世界と次元の狭間で、開けてはならない鳥籠が開いたことを。
何百年もの飢えを抱えた魔獣たちが、すでに世界の境界を越え始めていることを。
そして、百を超える赤黒い翼が——鳴海沢の空へ向かっていることを。