ワイが書く三峰Pドルはどうしてこう……こんなに惚気ているのだろうか?
※Pixivにも投稿しています
口唇期。人間の最初の発達段階で、口を使うことで栄養や満足を得るという体験をする期間。この時に問題があれば、唇の刺激でストレスを解消するようになる。
いわゆる「タバコ好きはキス魔が多い」という言葉の根拠はここら辺にあるらしい。
ただ1つだけ言わせてもらえれば、三峰結華はその言葉をあんまり信じていなかった。
自身のプロデューサーが喫煙者であるのはニコチンが大好きだからだし、彼が結華によくキスをするのは彼女がキス魔だからだ。
*
「三峰ぇー」
「なに、まみみん?」
「キスー」
「…………………」
その言葉にどういう反応をすればいいのだろうか。
事務所の共有スペース。リビングともいえる場所でプロデューサーと話していた摩美々からいきなり呼びかけられそんな言葉を言われたものだから結華はそんなことを思った。
「まみみんにすればいいの?」
「や、そうじゃなくって……。というか、彼氏さんの前でそんなこと言っていいの?」
結華のからかいが含んだ質問に、ある意味当然の質問をした摩美々が彼に視線を飛ばした。若干の躊躇を経て「まぁ……いいよ」の返答は摩美々をさらに困らせた。
「……全然大丈夫そうに見えないんですけど」
「それよりもまみみん。なにがキスだって?」
「んー……」
若干の言い淀みを経て摩美々は答えた。
「プロデューサー、ニコチン切れたんだってー。だから彼女さんよろー」
「……キスでニコチン不足は補えないからな」
彼の当然の回答に摩美々は無視を決め込む。若干雑な返答はやはりニコチン切れの影響か。
現在彼は禁煙3日目である。禁煙は始めてから大体3日目から3週間ほどがきついらしい。現在彼のタバコは結華のカバンの中だ。
結華もタバコを一応は吸うが、これに関しては彼が出張や仕事などで忙しい時の寂しさを紛らわせるためでありひと月ほど吸わなくとも特段の影響はない。
「……っていうか、こういうの禁煙外来とか使うんじゃないのー?」
「うちのPたんにそんな時間あると思う?」
「ん、まぁ……確かに。だから三峰結華さん、愛しい彼氏さんにキスを」
「……」
あ、これ単純に三峰たちが恥ずかしがっているのを見たいだけだ。
ソファに座って肩を震わせ愉快そうに忍び笑いする摩美々の様子は、きっと本気で自分たちがここでキスなどするわけがないという確信からきているはずだ。
同じくソファに座っている彼が結華に尋ねた。
「どうする?」
「ん~……とはいっても無意味だというのは分かってるでしょ。あなたがやりたいっていうならするけど」
「そう。じゃぁ……」
彼がおもむろに立ち上がった。
え、という間もなく結華の唇が彼によって塞がる。タバコの苦みとえぐみがしないキスは久しぶりだった。
唇を離した彼を結華は睨む。
「……だからって本当にやる人がいる?」
「すまん……まずかったか。一応家じゃないから三秒以内に抑えたつもりなんだが……」
「だからってまみみんに催促されて本当にやるなんてありえないでしょ~! も~……」
結華は相当あきれているらしく「まったく……」と目尻を上げて踵を返してキッチンのほうへ行ってしまった。
ここで一番困ったのは摩美々である。何事もなかったかのように「さて……」と席に戻って仕事の話を続けようとしてきたプロデューサーに思わず「あのですねー……」と苦言を呈し始める。
「私が目の前にいるのにいちゃつかないでくれません……?」
「ん? これが見たかったんじゃなかったのか?」
「……さいってー」
ストレートティーの強い香りと、それでも残る胸やけに摩美々は嫌な表情をした。
*
月岡恋鐘はタバコのことがイヤではない。
………いや、嫌いではあるのだ。臭いし、危ないし、金食い虫。
しかし幼少期から実家の食堂でタバコを吸っている大人たちに多く関わってきた。嫌いではあるが、慣れている。喫煙は嫌っているくせに、自分を慰めるためにタバコの煙を吸う結華のほうがよっぽどプロデューサーに文句を言っている。
だから一人の非喫煙者の大衆食堂関係者としてどうにも気になることがあった。
「ラーメン食べた後のタバコはうまかってほんと?」
「………それをラーメン食べている途中の禁煙期間の俺に聞くか?」
インターネットでデリバリー注文したラーメン、チャーハン、餃子。陶器ではなくプラスチックのところに合理性と風情の無さを感じた。
アイドルも吸血鬼も恋する乙女もニンニクは大敵、なんていうが……今日は仕事ないし、このせかいにかいぶつはいないし、プロデューサーの恋人がすぐそばでニンニクどころかニラまでたっぷりな餃子を食べている状態では標語は理想論にしかならなかった。
「まぁ否定はしない。……いや、かなり美味い」
「やけん食堂でラーメン食べてタバコ吸っとったお客さんがいっぱいおったんやねー」
デリバリーのチャーハンの出来は半々といったものだった。どうもプラスチック製の容器とレンゲが魅力を半減させているようである。
自身の取り分を全部食べ終えたプロデューサーが渋い顔をして立ち上がる。
「ん? どしたと?」
「容器を洗って捨てとく」
「うちがやっとくとよ」
「いや……なんかぼーっとしてたらタバコ吸いそうで……」
「あー……うちが変なこと訊いたせいやね……」
申し訳なさそうな声をしつつも謝らなかった。タバコは慣れているが、嫌いである。
流しでプロデューサ―が水を出している音を聞きながら餃子を食べていると結華がソファから立ち上がる。
「ん、結華も?」
「うん。先にごみ捨てとくね」
2人とも食べるの早いとね~、とか思っていた時に恋鐘はふと思い出した。
そういえば摩美々が、2人が禁煙だなんだと言ってキスしあってたのを目の前で見せつけられたと………。
振り返る。目が合った。
キッチンで彼は当たり前のように結華の腰に手をまわし、結華もその身をゆだね手を彼の胸板へ。二人の目が恋鐘の表情を捉え、そのままフリーズ。
「……」
「………」
「…………チューしたいんとやったら、はよするとね」
「……いや流石に……」
さしもの彼もあまりにも冷めた恋鐘の視線には耐えられなかった。
*
白瀬咲耶の言動はあまりにも劇場的だ。言葉はまるで平成の恋愛ドラマの貴公子、ファンサービスは昭和の少女漫画の王子様。
そんな彼女にも勝てない相手がいる。三峰結華の恋人……つまりは自身のプロデューサーだ。
「……というわけで、結華の口説き方を教えてほしい」
「は?」
事務所の共有スペース、さすがの彼もそんな言葉には呆れた声を出した。
「普段のファンサービスや言葉遣いの参考にしたいんだ」
「いや流石にそれは……そもそも恋人の距離感と推しとファンの距離感は違うだろ。参考にならない」
「そうかな?」
「恋人同士だったら特に許可なくキスはできるけど、そうじゃなかったら問題だろ?」
「……そうかな」
プロデューサ―の言葉に咲耶は困ったような顔をしながら彼に指摘をする。
「恋人同士であっても、ふつうは仕事場でやったら嫌われると思うのだけれどね」
「そりゃあタイミングとかは計ってるさ。レッスン前とか、仕事前とかは手を出さない。ライブ後もあんまり良くない」
「…………あぁ、確かに。じゃあ今は?」
「今は……ギリギリかなぁ」
ギリギリな理由は、本人が目の前にいるのにも関わらずこんな話をしているからである。
現に同じソファで黙って話を聞いていたらどんどん惚気話と、彼がどれだけ自分に気遣いながらも甘えてきていたのかが明らかになってて「な……なっ……」と赤面して怒ろうとしたが言葉にならない。
「まぁ結華はキスが好きだからね。……知ってるかな、あなたがいない泊りがけの仕事ではいつもあなたと同じ銘柄のタバコを――」
「さくやーん⁉ ちょっといい加減にしてもらえるかなぁ⁉」
「おや、ついにお姫様が不敬に耐えられなくなったようだ」
ついに怒りが噴き出た結華が叫んだ。しかし更なる油の投下が止まらなかったため、彼女は「もうっ!」と可愛らしく悪態をつく。
「大体ね、三峰がキスが好きなのは認めるけど……Pたんも大概キス大好きだからね! 例えば――……たとえばぁ……っ!」
「なるほど……お二人は相当破廉恥な睦み事をしているらしい」
「うっ……うぅ~……!」
咲耶はニコニコして彼女をからかう。逆に結華は赤面して、しかし思いつくエピソードが友人相手には言えない内容ばかりだから彼女は二の句を告げなくなってしまった。
ついに耐え切れずに結華は彼に泣きつく。
「Pたん、さくやんがいじめる!」
「うんうん、それはつらかったね。はいぎゅー」
「あぁ……もう、そうやって甘やかしてくれるところが良くないんだろうなぁ……」
急にハグを始めた2人に咲耶の笑顔が一気に白々しい雰囲気となった。……おかしいな、先ほどと表情はほとんど変わっていないはずなのに。
「……なんだ、咲耶がこういうのを見たがったんだろ」
「ははは……はぁ。こう……アレだね。参考にならないって言った言葉の意味が分かったよ」
「そうだろ」
「あぁ、実際の恋人のやり取りが見たい以前に今この光景を見るのがすごくつらいというかいい加減にしてくれないかそろそろ腹が立ってきた」
かなり深刻に自身の苛立ちを抑えようと皺が刻まれた眉間に指をあて始めた咲耶にようやく彼は腕の中で抱きしめていた結華を放す。
「も~……さくやんは初心なんだから、普段通りにやっちゃうと戸惑っちゃうでしょ?」
結華の言葉はさきほどまで咲耶に揶揄われていた反動から出る意趣返しだった。が、余計だった。
わざとらしく咳払いをして咲耶が言う。
「――2人とも、そこに座ったままで」
「えっ……さくやん?」
「確かに私は白瀬咲耶だが……私はつい先ほどまで騎士団長としての演技を身に着けていたからね……そっちで、叱らせてもらう」
しまった、と思った時にはすでに後の祭り。咲耶はすでにディスティールの演技をすでに神降ろししている。立ち上がってテーブルをはさんでこちらを見下ろしているだけなのに、鋭い眼光が銀剣のように常識しらずなカップルを刺し穿っていた。
(怖……)
(摩美々やシーズとルカもこんな気分だったのか……)
そこから十分程度。やや古風な言葉でアイドルの事務所で恋愛行為をするとはどういうことか、確かにメリハリはついてはいるし仕事には一切影響は出てないがだからと言って事務所のメンバーを困らせるなといった旨の説教が行われ、偶然事務所に立ち寄った摩美々がからかうという選択を捨ててまで咲耶の怒りを鎮め始めるという結果になった。
後に摩美々は言う。あれは第2公演のときのディスティールよりも恐ろしかったと。
*
大前提として、幽谷霧子は医療関係者ではない。一般人よりも知識があるということは、逆にその選択が正しいものか悩まなければならない。
……とはいえども、同じ職場の人間に禁煙を勧めるのは正解に近いだろう。しかし「無理な禁煙」は正解と呼べるのだろうか?
「……集中できない」
霧子とプロデューサ―は屋上で籠に洗濯物を取り込んでいた。タオルやジャージのみであり、はっきり言って二人でやるような作業ではないのだが……しばらくニコチンを摂取していないプロデューサーは事務作業に集中できていなかった。
「無理な禁煙は……良くないと思いますよ……?」
「病院に行けたらいいんだけど……」
「少し前も……同じこと……言ってませんでしたか……?」
霧子の声色は呆れているというよりも諦めているというものだった。さしものプロデューサーも霧子にそんな表情をされたら反省しなくてはならない。
屋上のドアが開く。屋上にやってきたのは結華だ。
「あ、Pたんここにいたんだ」
「おう……どうした? 何かあったか?」
「何か……うん。用事はあるんだけど……」
結華の視線はプロデューサーではなく霧子のほうに向いている。
あ、これはあれだ。察した霧子は2人に向かって微笑み言った。
「洗濯物はこっちで……片づけておきますから……」
「いや、さすがにそれは――」
「2人のいちゃいちゃ……アンティーカでは……有名ですから……。邪魔するのは忍びないですけど……巻き込まれるのは……もっと、面倒なので……」
面倒、と霧子らしからぬ乱暴な表現だがその原因を生み出した本人たちは心当たりが多すぎて閉口するしかない。
ばいばーい、と手を振って事務所に戻っていく霧子に2人は引きつった笑いを浮かべるしかできなかった。
「……それで、どうした?」
「これ」
結華が差し出したのはタバコの箱だった。ぎょっとした表情でプロデューサーが彼女の顔を見る。一応の理性で箱を取らなかったのは英断だった。
「えっ禁煙中なんだけど」
「だってPたん苦しそうだし」
「いやそういうわけには……ここは突き放してくれないといけないと思うけど? 彼女として」
「んー……まぁそれはそうなんだけど……」
彼女は若干の苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに「これは私の問題なんだけどね……」と言ってつづけた。
「Pたんとのヤニ臭いキスも……三峰は好きだったり」
そのどうしようもない結華の発言に喫煙者であるという事実を棚に上げて彼は「えぇ……」と呆れた。
「だって、三峰は尽くす女ですから。どうしようもない恋人に染められちゃったってわけなんですよ」
「……依存しやすいだけだろ」
「あ~そういうこと言っちゃう? まぁ自覚はしてるんだけど……私、欲張りなんです」
「結構な感動シーンから引用するなよ……。欲張りなのは恋人からしても否定はできないが」
プロデューサ―は差し出された煙草の箱を受け取って、慣れた手つきでライターとタバコ1本を――
「ん」
「吸うのか?」
「久しぶりにシガーキスしたい」
「あれ不味くなるし、危ないしで……って聞かないか」
話を聞かないのは分かり切っている。だからもう1本を結華の唇に直接差し込ませた。少し驚いている彼女を無視して自身のタバコに火をつける。
「ふぅ……あー……久しぶり」
「すっきりする?」
「あぁ……禁煙も良いかもなぁ……」
「なにそれ、まるでダメじゃん!」
しばらく久しぶりの喫煙を愉しみたかったが、結華が唇を突き出している。
若干かがんで、彼女の顎を掌で持ち上げるように上に向かせ、彼女の白いタバコに自身の火を分け与えた。
「……うぇ」
「なんだ、タバコ欲しがってたのは結華のほうだろ」
「シガーキスは好きだけど、喫煙自体はそんなに好きじゃない……」
「やっぱ返せそれ」
「え~Pたんがくれたものだもん。返したくな~い」
苦みを中和するために外に出した舌が、まるで彼をからかうかのようだ。
そうして結華はもう1度タバコに口を――
「……結華ちゃん」
「えっ、あ――」
背中から声がかけられた。声の主は見なくともわかる。
恐る恐ると振り返ると、金属製のバケツにたっぷりの水を入れた霧子がニコニコと……あまりにも威圧感がある笑みで言った。
「入れて」
「……はい」
結華は大人しくタバコを水に沈めた。それを確認すると霧子はプロデューサーのほうに向く。
「プロデューサーさんも……ね?」
「――いや、これは久しぶりの……」
「……」
「………すみませんでした」
悲しそうにプロデューサーがタバコを水に沈めた。
「プロデューサーさん……結華ちゃん……私、良いデートスポットがあるの……」
しかし霧子は、断罪は終わっていないと言わんばかりの様子でその笑みを崩さずに彼らに「提案」をした。
「きりりん……それは――」
「病院の、禁煙外来……」
「やっぱり!」
しかし霧子は大まじめのようだ。彼女が差し出したスマホにはまさしく彼女の父親が勤務している病院の予約ページが表示されている。
あまりにも強引な提案にプロデューサ―が否定の言葉を吐いた。
「え、今⁉ さすがにそれは……」
「………プロデューサーさん……結華ちゃんはともかく、プロデューサ―さんは……そろそろ……目に……余ります……」
「………はい」
彼は渋々といった様子で入力フォームに自身の情報を入れ始めた。
「結華ちゃんは……大学の保健センターに行ってね……無料だから……」
「いや三峰はそこまで依存してないし――」
「毎月……確認するから……」
霧子にそんな風に言われてしまっては仕方がなかった。
結華は自身の大学の保健センターのホームページにアクセスすることを余儀なくされた。
ちなみにタイトルのレギュレーションや本文にある「キスは3秒以内」のルールは、合同誌のレギュレーションが由来です。