俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
またしても、ランダムボックスから出てきたのは帰還には何の役にも立たない品だった。
『帰還の羅針盤』のレシピは完成している。しかし、必要とされる『次元の残滓』『虚無の涙』『星屑の核』『時の砂』『安定化マナ結晶』の五つは、いまだ一つも手に入っていない。
事件に関わり、システムが示す証拠を見つけ、クエストを成功させる。そこまでしても、箱から出てくるのはガラクタばかり。
さらに、失敗回数を示す【2/3】も残ったままだ。
(このままクエストをこなすだけで、本当に道は開けるのか……?)
ホテルの部屋でレシピを閉じた旬は、小さく息を吐いた。
焦ったところで状況は変わらない。
少し外へ出るか。
そう考えた時、ふと頭に浮かんだのは、いつも事件の中心にいる小さな少年だった。
江戸川コナン。
子供とは思えない推理力と観察眼を持ち、自分のことも明らかに調べている。以前はわざわざホテルまで訪ねてきたほどだ。
旬から見ても、普通の小学生ではない。
ならば今度はこちらから話してみるのも悪くない。
◇
毛利探偵事務所の近くまで来ると、ちょうど喫茶ポアロからコナンが一人で出てきた。
「……江戸川コナン君」
「え?」
声をかけられたコナンが振り返り、旬を見るなり少し目を見開いた。
「水篠さん? どうしたの?」
旬の方から自分へ話しかけてくること自体、ほとんどなかったからだ。
「少し、時間はあるか?」
「え? う、うん。大丈夫だけど……」
「近くで少し話さないか」
コナンは旬の顔をじっと見た。
(この人の方から俺に話……?)
何か意図があるのか。
それとも単なる気まぐれか。
どちらにしても、断る理由はない。
「うん、いいよ」
二人は近くの静かなカフェへ入り、窓際の席へ座った。旬はコーヒー、コナンはジュースを注文する。
最初は気まずい沈黙が続いた。
先に口を開いたのは旬だった。
「……この街も、随分と騒がしいな」
「まあね。色んな人がいるから」
「事件の話だ」
「ああ……そっちね」
コナンが苦笑する。
確かに旬がこの世界へ来てから、何度事件へ遭遇したか分からない。
少し間を置いて、旬がコナンを見る。
「コナン君は、いつも事件現場にいるようだが……本当に小学生なのか?」
「えっ?」
直球だった。
一瞬だけ固まったコナンは、すぐにいつもの子供らしい笑顔を作る。
「えへへ。僕、ホームズが好きだから、探偵の真似事をしてるだけだよ! おじさんの手伝いもしてるしね!」
「……そうか」
それ以上は追及しない。
だが、旬の顔を見れば、納得していないことくらいコナンにも分かった。
「それにしても、コナン君の周りではよく事件が起きるな」
「そ、それはたまたまだよ!」
「たまたま、か」
「水篠さんにだけは言われたくないんだけど……」
旬が僅かに眉を動かす。
「俺も偶然だ」
「毎回?」
「ああ」
「僕と同じじゃん」
数秒の沈黙の後。
「……そうだな」
コナンは思わず吹き出した。
互いに何かを隠していることは分かっている。
それなのに、どちらも自分の秘密は話さない。
妙な関係だった。
「そういえば水篠さん、前に妹さんがいるって言ってたよね」
「ああ」
「妹さんとは仲いいの?」
「普通だ」
「また普通?」
「何か問題か?」
「いや、ないけどさ」
コナンはジュースを飲みながら、少し考える。
「今は離れて暮らしてるんだよね?」
「ああ。用事が済めば会いに行く」
その一言だけ。
けれど、家族のことを話す時だけ、旬の声が僅かに柔らかくなることをコナンは感じ取っていた。
「他にも待ってる人、いるの?」
少しだけ間が空いた。
「いる」
「友達?」
「……ああ。少し頼りないところもあるが、いざという時には信頼できる奴だ」
誰なのかまでは話さない。
それでもコナンには、旬が本当にその相手を大切にしているのだと分かった。
「そっか。早く会えるといいね」
旬はコーヒーカップへ視線を落としたまま、静かに答えた。
「……そうだな」
今度は旬から問いかける。
「コナン君の両親は心配しないのか? あれだけ危険な場所へ出入りしているのに」
「う、うん。海外にいるから、あんまり知らないんだ。それに蘭姉ちゃんやおじさんもいるから大丈夫だよ!」
「そうか」
短い返事。
(絶対信じてないな……)
コナンは内心で苦笑する。
だが旬も、それ以上は追及しなかった。
お互いに、触れられたくないものがある。
そのことだけは、何となく理解し始めていた。
店を出る直前、コナンが思い切ったように声をかける。
「ねえ、水篠さん」
「何だ?」
「もしよかったら、電話番号教えてくれない?」
旬がコナンを見る。
「何のために?」
「何かあった時、連絡できた方が便利かなって。水篠さん、いっつも急にいなくなっちゃうし」
本音はそれだけではない。
旬との接点を持っておきたい。
探偵としても。
そして最近では、それとは少し違う意味でも。
旬はしばらく考えた後、スマートフォンを取り出した。
「……いいだろう」
「本当?」
「ああ」
まさか了承されるとは思っていなかったコナンは、少し嬉しそうに自分の端末を取り出した。
互いの番号を登録する。
ただそれだけのことだった。
だがこの時できた繋がりを。
コナンは数日後。
自分から使うことになる。
◇
数日後。
ホテルの部屋にいた旬の前へ、新たなシステムウィンドウが現れた。
『緊急クエストが発生しました』
【姿なき脅迫者の真相を追え】
『著名な芸術家・真鍋祥平を狙った脅迫事件に関与し、犯人の特定及び事件解決に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
さらに今回は、報酬欄に今までなかった表示が追加されていた。
『★★レア素材出現確率UP★★』
旬の視線が止まる。
「……確率UP?」
五つの素材。
ようやく、それらを手に入れられる可能性が上がった。
旬が表示を確認していた、まさにその時。
スマートフォンが振動した。
画面には。
『江戸川コナン』
交換したばかりの番号。
旬が通話ボタンを押す。
「……水篠だ」
『あっ、水篠さん!? 僕、コナンだよ!』
「分かってる」
『あ、そっか……。それでね、大変なんだ。今、真鍋さんのアトリエで事件が起きてて……』
電話の向こうは慌ただしい。
コナンが続ける。
『水篠さんにも来てほしいんだ。お願いできないかな?』
旬が僅かに目を細める。
「俺に?」
『うん。水篠さんがいたら、何か分かるかもしれないし……』
初めてだった。
コナンが自分から。
旬の力を借りようとしたのは。
旬は目の前のクエストウィンドウを見る。
事件名。
場所。
全て一致している。
「場所はどこだ?」
『真鍋祥平さんのアトリエ。米花町――』
住所を聞く。
「分かった」
『来てくれる?』
「すぐに行く」
そこで通話を切った。
◇
「……切れた」
真鍋祥平のアトリエで、コナンはスマートフォンを見つめた。
「コナン君、誰に電話してたの?」
蘭が尋ねる。
「ちょっとね」
「おいコナン!」
小五郎の声が飛んでくる。
「こんな時に誰と電話なんかしてやがる!」
「えっと、水篠さんって人」
「水篠?」
小五郎が眉をひそめる。
「誰だそいつ?」
「あ……」
蘭は名前に聞き覚えがあった。
「前に何度か事件の時に会った人だよ。コナン君たちも知ってる……」
「で、なんでそんな奴をお前が呼ぶんだ!」
「だって、何か気づくかもしれないし……」
「はぁ? 俺は毛利小五郎だぞ!? この名探偵がいるのに、何でわざわざ一般人なんぞ――」
「失礼します」
背後から声がした。
「…………は?」
一同が振り返る。
アトリエの入口。
そこに。
つい数分前まで電話の向こうにいたはずの水篠旬が立っていた。
コナンが目を見開く。
「え……」
時計を見る。
電話を切ってから。
まだほとんど時間が経っていない。
「水篠さん!?」
旬は平然としている。
「来た」
「いや、来たって……」
コナンは思わず入口と旬を交互に見る。
(早すぎだろ!?)
この場所はホテルから決して近くない。
タクシーでも。
こんな時間では着かない。
どうやって。
その疑問が頭を埋め尽くす。
一方。
旬本人は気にする様子もなくアトリエへ入ってきた。
本来なら。
部外者である旬が簡単に規制線を通れるはずはなかった。
だが。
入口に立っていた若い警官は、旬が真っ直ぐ歩いてくるのを見た瞬間、反射的に道を空けてしまった。
黒い服。
無駄のない歩き方。
そして。
明らかに一般人とは思えないほどの存在感。
「あ、お疲れ様です」
思わず警官が会釈する。
旬も軽く頷く。
そのまま通過。
数秒後。
警官は振り返った。
「……あれ? 今の人、誰だ?」
しかし。
もう遅い。
旬は完全に現場の中へ入っていた。
高木が気づく。
「あれ!? 水篠さん!?」
佐藤も振り返り、目を見開く。
「ちょっと……あなた、どうやって入ったの!?」
「普通に」
「普通に入れる場所じゃないんだけど」
「通してもらった」
「誰が!?」
「入口の警官が」
佐藤は額を押さえた。
後で入口担当には確認が必要だ。
そして。
完全に旬とは初対面の小五郎だけが、状況についていけずに立っている。
「お、おい……」
旬が小五郎を見る。
「はじめまして。……毛利探偵。水篠旬です」
「あ、ああ……毛利小五郎だ」
思わず普通に名乗り返してから。
小五郎が我に返る。
「じゃなくて! 何なんだお前は!? なんで勝手に事件現場に――」
旬がコナンへ視線を向けた。
「彼に呼ばれたのでね」
「はぁ!?」
小五郎がコナンを見る。
「お前、本当にこいつ呼んだのか!?」
「う、うん……」
「何考えてんだ!」
「まあまあ、お父さん……」
蘭が止める。
旬は気にする様子もなく続けた。
「捜査の邪魔をする気はありません。ここから見るだけで構いません」
「見るだけってなぁ……」
小五郎はまだ不満そうだったが、目暮が旬を見てため息をついた。
「水篠君か……。また君とはね」
小五郎がさらに驚く。
「目暮警部、こいつ知ってるんですか!?」
「まあ……何度かな」
「何なんですかこいつ!?」
「私も知りたいよ」
目暮の答えに。
高木と佐藤が微妙な顔をした。
旬は既に会話から意識を外していた。
アトリエ全体を見渡す。
真鍋祥平へ送られてきた脅迫。
犯人の侵入痕跡はない。
メールでも郵便でもない。
外部からメッセージを送り込んだ形跡そのものが見つかっていない。
コナンが旬の横へ来た。
「水篠さん。犯人は今日中にお金を払えって要求してるんだけど、脅迫状をどうやってここに持ち込んだのかが分からないんだ」
「そうか」
「何か気づく?」
旬は返事をせず。
ゆっくりアトリエを見る。
絵画。
彫刻。
画材。
制作途中の作品。
そして。
壁に掛けられている大きな風景画。
淡い。
赤い光。
旬の視線がそこで止まった。
(……あれか)
旬は少しだけ絵に近づいた。
普通の風景画にしか見えない。
触れずに観察する。
そして。
近くにいた高木へ声をかけた。
「高木刑事」
「はい?」
「その絵を調べてみてくれないか」
旬が風景画を指す。
「少し気になる……」
「この絵ですか?」
高木が首を傾げる。
「見た感じ普通ですけど……」
「表面も含めて、詳しく」
高木は目暮を見る。
目暮も僅かに迷った。
しかし。
過去に旬が「少し気になる」と言った場所から、何度も重要な証拠が出ている。
「……調べてみよう」
鑑識が絵を確認する。
肉眼では異常なし。
表面にも目立った傷はない。
だが。
一人の鑑識員が口を開いた。
「念のため、紫外線も当ててみます」
照明が少し落とされる。
ブラックライトが絵の表面を照らした。
次の瞬間。
「……!」
何もなかった風景画に。
青白い文字が浮かび上がった。
金の受け渡し場所。
時刻。
さらに。
次の脅迫内容。
「これ……」
コナンが目を見開く。
「この絵自体が脅迫状だったんだ!」
「な、なんと!?」
目暮が驚く。
「ハァ!?」
小五郎の声が一番大きかった。
「なんで分かったんだよ、お前!?」
旬は絵を見たまま答える。
「少し気になっただけです」
「少し気になっただけで出てくるか普通!?」
「出ましたね」
「そういう話じゃねえ!」
蘭が苦笑する。
コナンは。
笑えなかった。
(やっぱり……)
偶然。
そんなはずがない。
明らかに旬は。
あの絵を選んでいた。
そこから捜査は急速に進んだ。
絵へ自由に触れることができた人物。
不可視インクを入手できる人物。
真鍋の行動や資産状況を知る立場。
購入記録や筆跡なども調べられ、最終的に真鍋の弟子の一人が犯人として浮上した。
追及を受けた弟子は。
やがて犯行を認めた。
――ピコン。
旬の前へ。
『クエスト成功』
の表示が現れる。
報酬。
『ランダムボックス×1』
『★★レア素材出現確率UP★★』
確認した旬は。
静かに踵を返した。
◇
事件が解決へ向かい。
警察が犯人を連行している頃。
小五郎はまだ納得できない様子だった。
「ったく……なんなんだ、あの水篠って奴は」
蘭が周囲を見る。
「あれ? そういえば水篠さんは?」
「え?」
コナンも振り返る。
いない。
ついさっきまでいたはずなのに。
高木が何気なく答える。
「ああ、水篠さんならもう出ていきましたよ」
「は!?」
小五郎が声を上げる。
「いつ!?」
「少し前ですけど……」
「挨拶くらいしていけよ!」
コナンは。
既に入口へ走り出していた。
「コナン君!?」
蘭の声が後ろから聞こえたが、止まらない。
アトリエを飛び出す。
道路へ出て。
左右を見る。
いた。
少し先を。
旬が一人で歩いている。
「水篠さん!」
旬が足を止める。
振り返った頃には。
コナンが息を切らしながら追いついてきていた。
「……どうした、コナン君」
「どうしたじゃないよ。勝手に帰っちゃうから」
「事件は終わったんだろ」
「そうだけど……」
コナンは一度呼吸を整える。
それから。
旬を見上げた。
「あのさ」
「何だ?」
「ありがとう、水篠さん」
旬が僅かに目を細める。
「来てくれて。それに、あの絵も。水篠さんが気づかなかったら、もっと時間がかかってたと思う」
「俺は気になったことを言っただけだ」
「それでもだよ」
コナンは笑った。
「電話してよかった」
旬はしばらく何も答えなかった。
以前なら。
この少年が自分を調べていることしか気にしていなかった。
だが。
今日は違う。
コナン君は。
自分から旬を呼んだ。
旬も。
その呼びかけに応じた。
「……そうか」
短い返事。
それでも。
コナンには充分だった。
「じゃあ、また何かあったら電話してもいい?」
旬が歩き出す。
「好きにしろ」
「それ、いいってことだよね?」
返事はない。
ただ。
旬は止まらなかった。
コナンはその背中を見送りながら。
小さく笑った。
少し前まで。
正体を暴くためだけに追っていた男。
今も。
何者なのかは分からない。
何を隠しているのかも。
分からない。
それでも今日。
一つだけ。
確かなことが増えた。
呼べば。
来てくれる。
少なくとも。
今は。
それでいいと思えた。
◇
ホテルへ戻った旬は、インベントリから報酬のランダムボックスを取り出した。
今回は。
いつもと違う。
『★★レア素材出現確率UP★★』
旬は箱を開く。
眩い光。
そして。
システムウィンドウに表示された名前を見て。
動きを止めた。
『次元の残滓を獲得しました』
「……」
ようやく。
一つ目。
旬はアイテムを取り出す。
掌の上に現れたのは、鉱石ともガラスとも言い切れない小さな欠片だった。輪郭そのものが僅かに揺らぎ、この世界の空間へ完全には馴染んでいないように見える。
『帰還の羅針盤』に必要な素材。
『次元の残滓』
旬はしばらくそれを見つめた。
「……やった」
思わず漏れた声は。
ほんの僅かに。
いつもより明るかった。
残りは四つ。
まだ先は長い。
それでも。
帰還への道は。
初めて確かな形で一歩進んだ。
一方で。
視界の端には。
今も変わらない数字がある。
【2/3】
希望と。
まだ正体の見えないペナルティ。
その二つを同時に抱えたまま。
水篠旬は。
次のクエストを待つことになった。