「ひぐっ……えぐ……ぐすっ……」
エルフィンの謁見室の隅で、スピッキーは一人で泣いていた。
今までネルのまねをして遊んでいただけの幽霊に、ネルに代わって仕事をするのはとても無理な事だった。それも書類作業をするのではなく、ネルの代わりに妖精の不満を聞いたり、怒鳴られろと言われたのだ。スピッキーの心は簡単に折れてしまった。
そんなスピッキーの背後に一人の妖精が立った。ジョアンである。
「司祭長……?どうしたのだ?そんなところで」
「ぐすっ……ひっ……!?」
かつて一瞬でスピッキーの正体を見抜いた司祭に背後に立たれた事で、スピッキーは小さな悲鳴をあげた。
ジョアンはすぐにはソレがスピッキーとは気付かなかった。しかし、僅かな違和感を察知したジョアンはすぐに彼女がスピッキーだと見抜いた。
「むっ……。お前、まさかあの時の幽霊か?まったく、性懲りもなくまた司祭長のふりをして遊んでいるのか……」
「ひぐっ……。うえええええええええええええええええん!!!」
「わっ!ど、どうした!?」
スピッキーは事の詳細をジョアンに話した。静かにスピッキーの話を聞いたジョアンは、浅いため息を吐いたと同時に小さくスピッキーをねぎらった。
「はぁぁ……。まったく、司祭長も少しくらい相談してくれても良いものを……。とりあえず、今はその変装を止めて大人しくする事だ。妖精たちは私が対応しよう」
「ぐすっ……。ありがとうございます……」
「しかし、大変だっただろう?私もたった今、王宮に押しかけてきた妖精たちの対応が終わったところなんだ。……だが、司祭長の姿が見えないと思ったら、まさか精霊の山の調査に行っていたとは……。教主様も私もてんてこ舞いだというのに……」
そうぶつぶつ呟きながらジョアンが愚痴をこぼす。ジョアンも今回の地震の件で疲れているようだった。
そうしてジョアンに案内されるままに教団の客間へと通されたスピッキーは、着ているものを脱ぎ去ってベッドへと倒れた。ネルのまねをして遊んでいたスピッキーだったが、司祭長に向けられる怒声を浴びてまでネルになりきりたいとは思わなかった。
「はぁぁ~~~……」
ネルのアイデンティティがポロポロと崩れる傍らで残るのは、メイドとしてのアイデンティティのみ。しかし、教団でメイドをやるには、今のスピッキーにはあまりに荷が重かった。
ベッドの上でボーっと天井を見つめるスピッキー。これから自分はどうすればいいのだろうとスピッキーは考えた。
その時、部屋の外がにわかに騒がしくなり始めた。教主と思わしき怒声とジョアンの慌てふためく声が聞こえてくる。
ただならぬ異常事態にスピッキーが聞き耳を立てると、次のような会話が聞こえてきた。
「それは本当なのか!!?エルフィンたちは助かるのか!!?」
「わ、わかりません!!黒い雨に打たれた患者さんたちがあまりに多いですし、今回の治療薬も根本的に数が足りていません!!」
どうやら、教主とローネが何やら言い争っているようだった。スピッキーは引き続き二人の会話に耳を傾けた。
「ウ、ウランの竜族……。今回の地震がそいつの起こした核爆発だったなんて……!そ、それでそいつは今どこにいるんだ!?」
「それは今ドローンを使って追跡している最中なんです!市長さんの推察が正しければ、ウラノスの放つ放射線を辿って見つける事ができるはずだって!」
「ぐっ……!ウロスの件がひと段落して霧の外の調査に向かおうっていう時に、なんだってこんな……!」
その時、不意に教主の携帯に着信が入った。
「もしもし!?エレナか!?」
『教主!!!聞こえるか!!?今すぐ携帯をスピーカーにしてローネに聞こえるようにしろ!!!』
「な、なんだ!?」
『ローネ!!!聞こえるか!!?今、ウラノスがモナティアムに向かっている!!!』
☆☆☆☆
エーリアスの上空、その世界をすべて見渡せる位置で、ウラノスは飛んでいた。
「…………」
緑色の瞳に映る、世界樹とその使徒の作り出した美しい世界。その世界の片隅に、エルフたちの造った大きな摩天楼がそびえ立っている。
「なんだろう、あれ……」
ウラノスは興味を惹かれた。緑に映える美しい世界に、ぽつんとたたずむ灰色のブロックの世界。そこにはどんな世界が広がっているのだろうと興味を持ったウラノスは、羽を広げてモナティアムへと飛行した。
「待ちなさい」
突如、ウラノスを呼び止める冷たい声が聞こえた。
「……?」
「あなた、どこへ行く気なのでしょうか?」
ヴィヴィがウラノスを呼び止めた。またもや邪魔が入ったとウラノスは小さくため息を吐くと、ウラノスはたずねた。
「誰なの?あなた……」
「わたくしはヴィヴィアーナ・アルゲントゥム、銀の竜族ですわ」
「……?」
ウラノスは小さな違和感を覚えた。自身の発する放射線で物を見ているウラノスには、ヴィヴィが嘘を吐いたように見えたからだ。水銀の竜族がなぜ銀の竜族と詐称しているのか、ウラノスには理解できなかった。
「どうして嘘を吐くの?水銀の竜族でしょう?あなた」
「なっ……!わ、わたくしを侮辱する気ですか!?わたくしは水銀じゃなくて銀の竜族ですよわ!!」
一瞬で正体を見破られたヴィヴィの気が動転する。しかし、ウラノスにはそんな事はどうでも良かった。
「……まあ、そんな事はどうでも良いわ。私はこれからあの町に行こうと思うの。あなたも一緒に来る?」
「っ……!そ、それは許されませんわ!精霊の山とダイヤモンドの王国をめちゃくちゃに壊したあなたがエルフの町に行けば、どんな被害がもたらされるか分かったものじゃありませんわ!はっ……、はっくし!」
ヴィヴィがくしゃみをして水銀を飛ばす。
「うっ……」
「……あら?」
ヴィヴィが飛ばした水銀にウラノスが不快な反応を示す。ウラノスにとって、このヴィヴィの攻撃は、くしゃみの唾と鼻水を飛ばされただけのようなものだった。
「うぅ……気持ち悪い……」
「わたくしの攻撃が効かない……?うぅぅ、初めて見る竜族だからどんな鉱物か全然わかりませんわ……!」
自身の力が通用しない相手と知って、ヴィヴィの身体に緊張が走る。ここからどうすればいいかとヴィヴィは頭を悩ませた。
「邪魔をするならどっかに行って……!」
ウラノスの身体が急速に輝きを増していく。ヴィヴィはこの急速な反応にまるで対応できなかった。
ドーーーーーーーーーンッ!!!
「きゃああああああああああああああああっ!!?」
ウラノスの引き起こした爆発にヴィヴィは地上へ飛ばされた。それを見届けたウラノスは、一人モナティアムの町へ向かっていった。