『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
王国軍本部からメルディアに手紙が届いた。差出人の名を見たメルディアは、封筒を持つ手を止めた。
「……叔父さん?」
レオンハルト・フェルゼン。母方の叔父で、王国軍の少将だ。用件はリューベルとグランデル山脈での戦闘についての聴取だった。使用した技能や発動順序を、可能なら王都で詳しく聞きたいという。協力は任意と明記されている。
「わざわざ王都まで呼ぶって、何を調べてるんだろう」
「それを聞きに行くんだろ?」
エイルが言うと、メルディアはすぐ頷いた。
「うん。気になる」
迷いのない返事に、ロディオが笑った。
「叔父さんの方が質問攻めにされそうだな」
「そうなるかも」
メルディアは笑ってから、手紙の端を指でなぞった。山脈の調査も進んでいるはずだ。グランのために積んだ石が、まだ残っているのかもしれない。
「……それに、聞きたいこともあるから」
ルシエラは何も言わずに頷いた。五人はメルクを経てリゼルまで一緒に移動し、そこで別れた。
「終わったら連絡してね」
ルシエラが言った。
「うん。みんなも気をつけて」
メルディアは王都行きの馬車に乗り込んだ。
◇
王都の軍本部で、レオンハルトは姪を迎えるなり、その顔をまじまじと見た。
「……背が伸びたか?」
「そこから?」
「久しぶりに会ったんだ。それくらいは言わせろ」
「叔父さんは変わってないね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
軽口を交わしながら廊下を進む。だが、メルディアが山脈の調査について尋ねると、レオンハルトの表情が変わった。
「まだ近づけない場所が多い。君たちが残した墓については、確認できていない」
「……そっか」
「調査は続いている。分かり次第、伝えよう」
メルディアは小さく頷いた。案内された部屋には、既に一人の軍人が待っていた。
「ヴィクトル・ハルデン中将だ」
紹介を受けて挨拶すると、ヴィクトルは彼女を見てからレオンハルトへ視線を移した。
「この子が例の姪御か」
「ええ」
「四天王に何度も出会って、よく無事だったな」
「何度も、ですか?」
メルディアが聞き返す。
「山で会ったディモスとロザリアという二人だ。四天王に同じ名の者がいる。戦斧と支援魔法という特徴も合う」
「……え?」
しばらく、言葉が出なかった。あの、グランと戦いたくて仕方がなかった男。それを必死に止めていた女性。
「……四天王って、二人で山を歩いてたりするんだ」
ヴィクトルが目を瞬かせた。
「そこが驚くところか?」
「いえ、強いのは分かってたんです。でも……」
メルディアは途中で口を閉じた。少女になったディモスを思い出してしまった。あの姿を見たら、四天王を知っている兵士はどんな顔をするのだろう。
「……何でもないです」
「そうか。では本題に入ろう」
ヴィクトルは机上の地図を開いた。
◇
「君がミゼリアを見失ったのは、ここだな?」
メルディアは指された地点を見た。リューベルの旧放牧地。あの戦いが起きた場所だ。
「はい。あの辺りで急に姿が消えて……」
「その先を見てくれ」
地図には、戦場から細い線が引かれていた。線は森を抜け、丘を越え、地図の端近くまで続いている。
「……何ですか、これ」
「調査隊が確認した破壊痕だ。木が倒れ、地面が削れていた。終点の岩場には衝突したような跡もある」
メルディアは線の先へ指を滑らせた。
「こんな遠くまで?」
「およそ二十キロだ」
指が止まった。
「……二十?」
「キロだ」
メルディアは地図の縮尺を見直した。間違いではない。
「そんな……」
あの時、目の前でミゼリアが消えた。転移したのか、何かに飛ばされたのか。分からないまま戦闘が終わった。その先に、こんな痕跡が続いていたなんて。
「これ、ミゼリアが通ったんですか?」
「そう見える痕跡ではある。ただし、誰が通ったかを調査隊は確認していない」
レオンハルトが答える。
「我々は、ミゼリア自身が異常な速度で移動した可能性を検討している。制御を失った可能性も含めてな」
メルディアは返事をしなかった。頭の中では、別のものが動き出していた。赤い魔力光。ミゼリアが最後に使った技能。
「……《風走》」
「何だ?」
「《風走》です。消える直前に使ってました。自分で、普段の三倍くらいの速さになるって言ってたんです」
レオンハルトがペンを取る。
「本人がそう説明したのか」
「はい。でも、その前にもいくつか技能を使ってて……。突っ込んでくると思ったら、急にいなくなって」
「移動する瞬間は見たか?」
「見てません。速すぎたのかどうかも、その時は分からなかった」
メルディアはもう一度、地図の線を見た。
「でも、もしあれが《風走》だったら……」
線の終点は岩場の衝突痕だ。三倍の速さで突っ込んでくるつもりだったミゼリアが、二十キロも一直線に進み、岩へ衝突したのだとしたら。
「……止まろうとしても、止まれなかったのかもしれない」
「我々もそう考えた」
ヴィクトルは頷く。
「問題は、何がそこまで速度を変えたかだ」
「そう、それ!」
思わず声が大きくなった。メルディアは慌てて口を押さえたが、目は地図から離せなかった。今まで答えのなかった出来事に、突然、手を伸ばせるようになった気がした。
「叔父さん、これ、ほかにも調べたことある?」
「まだ聞き取りを始めたばかりなんだが」
「分かってる。でも、この破壊痕って――」
レオンハルトは小さく息を吐いた。
「……昔と変わらんな」
ヴィクトルが笑いをこらえるように口元を動かした。
「構わん。こういう証言が欲しかった」
◇
次に出てきたのは、グランデル山脈の戦闘記録だった。メルディアは被害図を見て、先ほどとは違う意味で息を呑んだ。
「……ここまで壊れてたの?」
自分たちが見た谷だけではない。離れた尾根にも印がついていた。
「調査員が確認できた範囲だ。まだ奥まで入れていない」
「グランが……」
メルディアは言葉を飲み込んだ。何を見たのかは覚えている。だが、自分たちが見ていなかった場所まで同じ攻撃で壊れたとは言えない。レオンハルトも、そこは追及しなかった。
「戦闘中、気になった魔法はあったか?」
「……《アースアーマー》かな」
彼女はディモスの岩の鎧について説明した。防御のためにまとったはずの装甲が、異様な厚さになったこと。本人が動けなくなったこと。グランの重力魔法だと騒いでいたこと。
「君は、巨人が魔法を使うところを見たのか?」
「いいえ。少なくとも、あの時は」
「では重力魔法が原因というのは、男の魔族の判断だな」
「はい。私には、鎧そのものが重すぎるようにも見えました」
ヴィクトルが腕を組んだ。
「防御を上げようとして、身動きできなくなるほど重くなった、と」
「そうです。防御のための魔法なのに、動けないなんて」
「敵の前で立ち往生するために鎧をまとったわけではあるまい」
「別の魔法で動きを封じられた可能性もありますが」
レオンハルトが記録に書き加える。メルディアも頷いたが、どうにも引っかかる。ミゼリアは速すぎたのかもしれない。ディモスは重すぎたのかもしれない。どちらも、自分で使った技能なのに、その結果に自分自身が振り回されている。
「……ねえ。魔法って、強くなりすぎても困ることがあるよね」
レオンハルトが顔を上げる。
「もちろんだ。威力だけ増えても、使い手が制御できなければ事故になる」
「ミゼリアも、ディモスも……自分で思ってた以上に強くなったのかな」
ヴィクトルはすぐに否定しなかった。
「あり得る。だが、二件だけでは同じ原因か分からんな」
彼は机の端にあったもう一冊の報告書を引き寄せた。
「似た話なら、我々はもっと前から抱えている」
表紙には『ドルガ』とあった。メルディアの視線が、そこへ吸い寄せられた。
◇
「ハルツでは城門を破る程度だった魔法が、ドルガでは城壁の背後まで吹き飛ばした」
ヴィクトルが二つの被害図を並べる。
「同じ術者、同じ《ブラストフレア》だ。これなら威力が変わったと言える。しかも一般の魔族兵まで強くなっていた」
「……広い範囲への強化、ですか」
メルディアの問いに、レオンハルトが頷く。
「軍ではそう疑っている。だが、占領後に魔王軍が配置や使用魔法を変えて試しても、同じ現象は確認されていない」
「……再現できてない?」
「少なくとも、我々の斥候が観測した範囲ではな」
メルディアはハルツとドルガの図面を見比べた。ハルツで普通だった火炎魔法が、ドルガでだけ異常になった。そしてドルガ占領後、魔王軍が演習を重ねても、同じ規模の異常は観測されていない。
「ハルツでは普通だったのに、ドルガでだけ……」
「あるいは、魔王軍が我々に知られたくないだけかもしれん」
ヴィクトルが言った。
「隠す理由はあります。ですが、本人たちまで制御を失っているなら、意図的な強化とは限りません」
レオンハルトの言葉に、メルディアが顔を上げた。
「……あ」
レオンハルトは三つの地図を並べていた。ドルガ、リューベル、グランデル山脈。同じ魔法でもない。同じ場所でもない。使った魔族まで違う。それなのに、似たことが繰り返されている。
「軍は、三件に共通する何かを探している」
ヴィクトルが言った。
「魔族の側にあるものだと思っていたが、今のところ決め手はない。リューベルと山脈では同じ五人が戦っていた。そこも気にはなっている」
メルディアは地図を見たまま、動かなかった。一つ目、二つ目、そして三つ目。
「……違う」
「何がだ?」
「二件じゃない」
レオンハルトが手を止めた。メルディアはドルガの地図を指さした。
「……私たち、ここにもいた」
沈黙が落ちた。
「ドルガにも?」
ヴィクトルが身を乗り出す。
「はい。私たち五人、ドルガの防衛戦に参加してました。避難を手伝って、そのあと魔王軍とも戦って……」
「待ってくれ」
レオンハルトは二つの証言者名簿を引き寄せた。エイル。ルシエラ。メルディア。クラウス。ロディオ。その名前を一つずつ確認し、ドルガの戦闘記録へ視線を戻す。
「……本当に、三件ともか」
ヴィクトルが低く呟いた。レオンハルトの指が、名簿の上で止まった。メルディアは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「待って。これ、すごく大事なことかもしれない」
「待て。五人が居合わせたことと、異常が起きたことはまだ別の話だ」
「分かってる! でも、魔族だけを調べてたら、この共通点は見えないでしょ?」
思わず声が大きくなった。レオンハルトは少し驚いた顔をしたあと、頷いた。
「……確かに。その通りだ」
ヴィクトルが三枚の地図へ目を落とす。
「魔王軍が各地で何かを試していた可能性はある。だが、五人の行動も調べる価値が出てきたな」
「はい。それなら……」
メルディアは勢いよく言いかけ、ふと考え込んだ。五人が三つの戦場にいたとして、自分たちはそこで何をしていたのだろう。剣を振るい、魔法を放ち、敵を追いかけたり、逃げたりもした。それだけでは何の共通点にもならない。けれど、戦いが始まるたびに必ず行っていたことがある。
「……毎回、同じことをしてた」
「何を?」
メルディアは顔を上げた。
「ルシエラが、祝福をかけてた」
◇
「祝福?」
ヴィクトルが聞き返した。
「《光と闇の祝福》。仲間の能力を高める技能です」
メルディアは一息で説明しようとして、途中で言葉が詰まった。三人の前にあるのは、魔族の異常な能力を調べた報告書だ。能力を高める技能。自分たちが、何度も使ってきた技能。
「……ちょっと、待って」
メルディアは頭の中で、昔の実験を思い返した。《ファイヤーボール》。祝福をかける前と、かけた後。同じ自分が使った魔法なのに、はっきり威力が変わった。あの時は、仲間が強くなることが嬉しかった。
「私、実験したんです。祝福を受けると、自分の魔法の威力が上がるって。ちゃんと比べて確かめた」
レオンハルトがペンを置いた。
「魔法だけか?」
「身体能力も上がります。私たち、ずっとそれで戦ってきたから」
ヴィクトルの目が細くなった。
「ドルガでは、火炎魔法も一般兵の身体能力も上がっている」
「……そう」
メルディアは思わず身を乗り出した。
「種類が違っても、両方強くなる。祝福と同じだ」
「だが、敵に効果があるのか?」
レオンハルトが問う。
「……分からない」
「では――」
「でも、敵に効かないって確かめたこともない!」
声が弾んだ。
「今まで味方のことしか見てなかった。だって、強くなるのはこっちだと思ってたから。でも、もし違ったら?」
自分で口にした言葉に、背筋がぞくぞくした。ドルガではガルベルトの魔法が強くなった。リューベルではミゼリアの《風走》が、とんでもない速度になったかもしれない。山脈ではディモスの岩の鎧が、本人を動けなくするほど分厚くなった。
「……同じことが、相手にも起きてたとしたら」
レオンハルトは、すぐに頷かなかった。
「祝福の有効範囲は?」
「……正確には知らない」
「ドルガでガルベルトとどれだけ離れていた?」
「それも……戦闘中だったから、すぐには」
「山脈では?」
「近くにいました。祝福は《絶対防御領域》の後です。《アースアーマー》は、その後に使ってます」
レオンハルトのペンが走る。
「リューベルは?」
「祝福を使ってから、ミゼリアが《風走》を使った。でも、これだけじゃ分からないよね」
「分からない。祝福はほかの戦いでも使ったのだろう? そのたびに敵の異常が見つかったのか?」
メルディアは少しだけ考えた。
「……強くなっても、気づかなかったのかもしれない」
「なぜだ?」
「普通の強さを知らない相手なら、比べようがないから」
自分で言って、さらに目が輝いた。
「ドルガはハルツと比べられた。ミゼリアは自分で《風走》の速さを話してた。ディモスは鎧のせいで動けなかった。……変だって分かる材料が、たまたま揃ってたのかも!」
ヴィクトルが椅子の背から身体を起こした。
「……なるほど」
「ただし、まだ証拠にはなりません」
レオンハルトが言う。
「分かってるよ。でも、この仮説なら調べられる!」
「どう調べる?」
「祝福を受けた時と受けない時で、敵の技能を比べれば――」
言いかけて、メルディアは口を閉じた。敵が実験に協力してくれるわけではなく、危険もある。それでも、効果の範囲はどこまでか、対象をどう選ぶのか、なぜ本人が制御できなくなるほど強くなるのか――確かめたいことが次々に浮かぶ。ずっと分からなかった答えに、ようやく手が届きそうだった。
「……すごい」
小さく漏れた声に、ヴィクトルが顔を上げた。
「これが本当なら、今まで分からなかったことが、まとめて説明できるんです」
メルディアは笑っていた。本人も気づかないほど、嬉しそうに。
◇
「待てよ」
ヴィクトルが別の書類を探し始めた。
「能力の変動が各地で起きるという話を、前にも聞いたぞ」
「ベルハルト神殿からの報告ですね」
レオンハルトが棚から薄い書面を抜き出した。
「魔神復活の前兆に関する古い伝承です」
「魔神復活?」
メルディアが思わず顔を上げる。
「魔神が目覚める前には、世界の力の均衡が乱れる。人も獣も魔物も、従来と異なる力を示す。同じ存在でも、時や場所によって力が変わることがある……」
レオンハルトが読み上げるうち、メルディアの表情が変わっていった。
「……それ、ベルハルトの神殿で聞いた話だ」
「知っているのか?」
「うん。ルシエラがリューベルで聞いた噂を相談したら、神官さんが古い記録を調べてくれて」
「なるほど。神殿からの報告にも、相談者について記載がある」
レオンハルトは文面を指した。
「《光と闇の聖女》という珍しい職業を持つ人物だそうだ」
「そう、それがルシエラ」
言った瞬間、メルディアは止まった。レオンハルトも、ヴィクトルも、同時に動きを止めた。三つの戦場にいた五人。そこで毎回、能力を高める祝福を使っていた聖女。そして、能力の異常変動を心配して、魔神復活の伝承を調べさせた当の本人。ルシエラ。
(……コイツだ。)
三人の頭に、まったく同じ言葉が浮かんだ。誰も声に出さなかった。ただ、三人とも同じ名前を見つめていた。
「……いや」
ヴィクトルが口を開いた。
「魔神だと決まったわけではないからな」
「誰もそうは言っていません」
レオンハルトが答える。
「……うん」
メルディアも頷いた。それでも、三人の視線はまだルシエラの名前の上にあった。
「……当人が相談に来ていたとはな」
ヴィクトルが呟く。メルディアは吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえた。
◇
「伝承と似ているからといって、魔神復活が原因とは言えない」
レオンハルトが書面を閉じた。
「ただ、祝福説には確かめられる部分がある。使用した時刻、敵との距離、技能の変化だ」
「魔王軍の強化技術説も残るな」
ヴィクトルが言う。
「なら、再現できなかった理由も調べたいです。祝福と関係なく、条件が揃わなかっただけかもしれないから」
「五人の所在と、魔王軍の演習記録を照らし合わせる必要があるな」
メルディアは二人の言葉を聞きながら頷いた。自分の仮説をそのまま信じてほしいわけではない。違うなら、違う理由が知りたい。正しいなら、どういう仕組みなのか知りたい。
「……もっと調べたい」
口にすると、今度はヴィクトルがはっきり頷いた。
「その必要はある。ただし、原因が確定するまで黙っていていい話ではないな」
「……黙って?」
「仮説が正しければ、味方を強くするつもりで敵まで強くしている。戦場で使い続ければ、取り返しのつかないことが起きかねん」
メルディアは、何か答えようとした。だが、声が出なかった。
――取り返しのつかないこと。
山脈でも、祝福を使っていた。ルシエラは先に《絶対防御領域》を張り、そのあとで祝福を使った。ディモスは鎧をまとい、グランと戦い続けた。最後に放ったのは、《天地断砕》。先ほどまで浮かんでいた笑みが、唇から消えた。机の上の文字が、急に目に入らなくなった。
「……メルディア?」
レオンハルトの声が遠かった。倒れたグランは、どれだけ呼んでも起き上がらなかった。あの一撃が本来どれほど強いのか、メルディアは知らない。祝福がなければ助かったのかどうかも分からない。それでも、もしディモスまで強くしていたなら。
グランを守るために使ったはずの祝福が、グランを殺した攻撃まで強くしていたなら。
「……そんな」
少し前まで、答えが見つかりそうで嬉しかった。同じ仮説なのに、今はその続きを考えたくない。それでも、頭は勝手に動いてしまう。ルシエラは知らない。自分たちだって知らなかった。グランが傷ついたとき、ルシエラは必死に治療を続け、どうにかして助けようとしていた。
そのルシエラに、何と言えばいい?
『あの時の祝福が、ディモスを強くしていたかもしれない』と?
まだ確かめてもいないのに。
「メルディア」
今度はレオンハルトの声が聞こえた。
「顔色が悪い。少し休むか?」
「……大丈夫」
大丈夫ではなかった。でも、ここで考えるのをやめても、何も変わらない。
「私、さっきまで……すごく面白いと思ってた」
自分でも驚くほど小さな声が出た。
「分からなかったことが、やっと分かるかもしれないって」
レオンハルトは何も言わなかった。
「でも、グランが……」
そこで言葉が詰まった。ヴィクトルが山脈の報告書へ視線を落とす。
「……あの巨人か」
メルディアは頷いた。
「私たち、あの子を助けたかったのに」
「祝福が原因だとは、まだ分からない」
レオンハルトが静かに言った。
「うん。分かってる。だから……」
間違っているかもしれないことを、ルシエラに伝えたくない。だが、伝えなければ、次も同じことが起きるかもしれない。メルディアは両手をぎゅっと握った。
「……ルシエラに話す」
顔を上げる。
「まだ分からないってことも、全部。私から話す。あの子、何も知らずにみんなを助けようとしてるから」
ヴィクトルが頷く。
「軍も警告を出す。原因を決めつけることはできんが、危険の可能性は伝えねばならん」
「連絡先を調べましょう」
レオンハルトが立ち上がった、その時だった。扉が強く叩かれ、伝令の士官が駆け込んできた。
「ドルガ前線から急報です! ガルベルトとヴェルナーの離任を斥候が確認。前線司令部が奪還作戦を開始し、部隊はすでに出撃しました!」
「……二人とも不在か」
ヴィクトルの視線が地図へ落ちる。異常な火炎魔法を使った将軍と、敵の参謀が同時にいない。まだ復旧の途上にあるドルガを奪い返すなら、これほどの機会はそうないだろう。
「悪くない判断だ。二人が戻ってからでは遅い」
「ただ、あの強化現象の原因はまだ分かっていません」
レオンハルトの言葉に、ヴィクトルは頷いた。
「ああ。だからこそ戦力を確認したい。編成表はあるか?」
士官が差し出した書面には、出撃した部隊の所属と指揮官、協力する魔法使いや冒険者の名前まで記されていた。
「《賢者》ユリウス・フォルケンも参加か。魔法戦力としては心強いな」
ヴィクトルが次の欄へ目を移し、その指が止まった。
「……待て」
レオンハルトが横から書面を覗き込み、顔色を変える。
「どうしたの?」
メルディアも身を乗り出した。冒険者の欄に、見慣れた名前が四つ並んでいる。
エイル。クラウス。ロディオ。そして、ルシエラ。
「……ルシエラ?」
ヴィクトルは再びドルガの地図を見た。ガルベルトがいなくても、砦には魔族の守備兵が残っている。そこへ、異常強化の原因かもしれない祝福の使い手が向かっている。
「……まずい。部隊は今、どこにいる?」
「出撃後の位置は、まだ届いておりません!」
「直ちに前線へ警告を送れ! 《光と闇の祝福》の使用を控えさせろ。接敵する前にだ!」
士官が駆け出す。メルディアは名簿を見つめたまま、動けなかった。戦闘が始まれば、ルシエラは仲間を守るために、いつもどおり祝福を使うだろう。
「……間に合って」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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これからも『聖女は敵にもバフを掛ける』をよろしくお願いいたします。