幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第十二話 褒められた紐ばかり使っている

 宿舎の朝食には、古書市で買った本を一冊だけ持って下りた。昨夜のうちに読み終えたので、今日は皿の横へ置いておける。

 

 二度目を誘ったのは、ボクだった。

 

「次、いつ空いてる?」

 

 朝食の席で聞くと、カイルがパンを持ったまま止まった。

 

「何の」

 

「練習」

 

 向かいのリゼットが茶を飲んだ。

 ガレスは空になったパン籠を、物足りなさそうに眺めている。

 

「五日後」

 

「じゃあ、その日。今度はカイルの行きたいところ」

 

 窓の外を荷車が通り、食堂の硝子が小さく震えた。

 給仕がパン籠を取り替える間に、ボクは手帳へ五日後の印を付けた。

 

「本屋じゃなくていいのか」

 

「ボクだけ楽しいの、違うでしょ」

 

 カイルは少し考えて、職人組合の古い会館で武具の展示があると言った。

 

「見るだけ?」

 

「見るだけ」

 

「買わない?」

 

「リオじゃないからな」

 

 今度は聞こえたみたいでガレスが吹き出した。

 

「何」

 

「いや。仲良くやれ」

 

 最近そればかり言われる。

 

◇

 

 五日後、二人で会館へ行った。武具の展示は、思ったより面白かった。

 古い剣の柄には、今のものより角度が付いている。

 盾の縁は厚く、留め具には魔法を使った跡があった。

 

「これ、魔力流してた?」

 

 ボクが聞くと、近くにいた職人が顔を上げた。

 

「よく分かったな」

 

「金属の色がここだけ違うから。熱じゃないよね」

 

「補強だ。古い方法でな」

 

 説明を聞いているうちに、いつの間にかカイルより前へ出ていた。

 

「今日は剣を見に来たんじゃなかった?」

 

「剣に魔法が入ってるなら、ボクの範囲でもある」

 

「便利だな、その理屈」

 

 展示用の見本を持たせてもらう。

 

 重い。

 片手で持ち上げた途端、先が下がった。

 

「腕で上げるな」

 

 後ろからカイルの手が来た。

 手首ではなく、肘の下へ軽く触れる。

 

「ここを先に支える」

 

「魔法の杖と逆だね」

 

「そうか?」

 

「杖は先を動かしたくないから、手元を軽くする」

 

「剣は動かすものだからな」

 

 言われた通りに握る。

 さっきより楽だった。

 

「なるほど」

 

 思わずもう一度振ろうとして、すぐ止められた。

 

「展示物」

 

「分かってる」

 

「分かってない動きだった」

 

 職人にも笑われた。

 カイルまで笑うので、柄を返した。

 

「魔王倒した人に、剣の扱いで怒られるとは思わなかった」

 

「魔王は展示物じゃなかったからな」

 

 反論しづらいほど正しい。

 

◇

 

 次の部屋で、カイルが長く止まった。

 古い盾だった。

 表面ではなく、裏の紐を見ている。

 

「ガレスならどう持つかな」

 

「本人呼べばよかった?」

 

「そうすると三人で来ることになるだろ」

 

「それは練習じゃないね」

 

 言ってから、二人で黙った。

 まだ、その言葉を使うと少し変になる。

 

 カイルは咳払いをし、盾へ戻った。

 

「退屈か?」

 

「ううん」

 

「分かってる顔じゃないけど」

 

「半分は分かる。残りは、カイルが楽しそうだから面白い」

 

 カイルの指が、盾の縁で止まる。

 

「……そうか」

 

 それだけ。

 

 でも、次の展示から説明が少し増えた。

 どう持つのか。何が変なのか。自分ならどこを直すか。

 

 ボクも聞いた。

 次の展示へ移ってからは、こちらから聞くことの方が増えた。

 

◇

 

 外へ出ると、風が冷たかった。

 会館の中が暖かかったせいで、余計に寒く感じる。

 袖へ手を引っ込めようとしたところで、カイルが外套を外した。

 

「いいよ。宿舎まで近い」

 

「指、白くなってる」

 

「これは冷えただけ」

 

「だから着ろ」

 

 肩へ掛けられた。

 前より身体が小さいので、布が余る。

 留め具も首の近くへ来すぎる。

 カイルが前へ回り、位置を直した。

 大きな留め具が顎へ当たりそうになり、カイルは布を少し下へずらした。ボクはその指を見ていた。首元へ来るのは分かっているのに、触れた瞬間だけ息を止めてしまう。

 

「苦しい?」

 

「ううん。そこなら平気」

 

 位置が決まっても、すぐには顔を離せなかった。

 

 喉元にあった指が止まり、目が合った。

 何か言われる前に、別のことを口にした。

 

「他の人にも、こうするの?」

 

「寒がってたら?」

 

「うん」

 

「貸すと思う」

 

「……そう」

 

 昔から、寒そうな人には貸すだろう。それを知っているのに、次にこの外套を着る誰かのことが気になった。

 

「どうした」

 

「何でもない」

 

「その顔で?」

 

「カイルも前に同じこと言われてたでしょ」

 

 返すと、黙った。

 少しだけ気が済んだ。

 

◇

 

 宿舎へ着いても、外套はすぐ脱がなかった。

 談話室には火が入っていた。

 

 リゼットたちはまだ戻っていない。

 

「もう暖かいぞ」

 

「うん」

 

「じゃあ返して」

 

「洗ってから」

 

「洗わなくていい」

 

 袖が長いので、折って手を出す。

 カイルは向かいへ座り、展示で見た剣の話を続けた。

 ボクも魔法の補強がどう入っていたかを話す。

 

 しばらくすると、さっきの引っかかりは薄れた。

 カイルが誰に親切でも、今日ここで盾の話をしている相手はボクだ。

 

「明日、学院の資料室だろ」

 

「うん」

 

「俺も近くまで行く」

 

「じゃあ一緒に出る?」

 

「そのつもりで言った」

 

 返事が早く出た。

 

 明日は別々の用事でも、そこまでは一緒に行ける。

 

 杯が空になってから、ようやく外套を脱いだ。

 返そうとして、やめる。

 

「明日、朝に返す」

 

「今でいいだろ」

 

「部屋まで持って帰る」

 

「何で」

 

「……椅子に掛ける場所が余ってるから」

 

 自分でも言い訳になっていなかったと思う。

 カイルは首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。

 

 外套を抱えて部屋へ戻る。

 椅子へ掛けると、灰白の布が背もたれをほとんど隠した。

 袖が床へ付きそうだったので、二つ折りにする。

 二つ折りにしても、まだ長かった。

 

「大きすぎ」

 

 誰もいない部屋で言って、灯りを消した。

 

◇

 

 翌朝、カイルと学院まで歩いた。正門から入ると、年下の学生が道を空けた。

 

「リオ・フェルン様ですよね」

 

「魔王城の結界を……」

 

 小声が聞こえる。

 職員まで一度立ち止まり、会釈をした。

 

 その脇を、学生が水門模型を抱えて通り過ぎる。中庭では地方へ送る街灯が二十本、木箱へ詰められていた。

 以前と同じ学院の仕事風景が続いている。その中で、自分を見る人の目だけが少し変わっていた。

 

 落ち着かなくて早足になったところで、研究室の扉を開ける。

 紙と金属と、弱く焼けた導墨の匂いが戻ってきた。窓辺には分解途中の観測器、机には図面。隣室からは導墨を焼き付ける小さな爆ぜ音が続いている。

 

 ここでは魔法が「すごい力」ではなく、毎日壊れ、測られ、直される技術だった。

 

 同僚のナディア・エルトは、ボクの顔より先に図面を見た。

 

「ここ、現場で変えたの?」

 

「うん。床と柱で戻る速さが違ったから」

 

「この補正、別の設備でも使えそう」

 

 術学院の窓際で、二人して紙へ顔を寄せる。

 黒髪を短くまとめたナディアは、再会の挨拶もそこそこに図面の話を続けた。分かれば頷く。違えば止める。それだけで話が進む。

 

 ボクは現場で引いた線を指で追った。

 途中で、手が止まる。

 

「待って。ここ、逆だ」

 

「どこ?」

 

「符号。現場では合ってたけど、写すときに逆にした」

 

 ナディアも覗き込み、少しして赤い筆を取った。

 

「本当ね」

 

「危なかった」

 

「研究室なら、こういうのを潰すために人がいるのよ」

 

 間違った箇所へ、赤い印が付く。

 

 討伐中なら、読み違いに気づくのが遅れれば誰かが怪我をした。今は紙の上で止められる。赤い線を引き直せばいい。

 その違いは、思っていたより大きかった。

 

◇

 

 ナディアが持ってきたのは、戦時中に増設された魔法設備を、平時の生活へ戻す研究計画だった。

 水門、街道灯、航路標、防衛塔。壊れるまで使うのではなく、危ないところから調べて直す。

 

 こういう仕事も術学院の役目だ。

 学生へ魔法を教えるだけなら、地方の塔の図面まで何十年も保管する必要はない。

 古い設備を調べ、自治体へ直し方を返し、必要なら研究員が現地へ行く。

 

 ボクが昔から好きだったのは、むしろこちらの仕事だった。

 

 候補地の中に、ミルネがあった。

 

「ここ、行きたい」

 

「今日決めなくていいわ」

 

「分かってる。でも面白そう」

 

「そう言うと思った。あなたの報告書、面白いところだけ文章が長いもの」

 

「……そんなに?」

 

「結論より先に途中の仕組みを三頁」

 

 思い当たる。

 

「直した方がいい?」

 

「仕事用はね。研究用はそのままでいい」

 

 話が早い。

 

 ナディアには専門用語をそのまま投げても返ってくる。

 カイルへ話すときは、途中で例を出し、顔を見て、分からなければ順番を変える。

 

 同じ図をカイルへどう話すか考えていたら、帰る時間になっていた。

 

◇

 

 帰ると、談話室にカイルがいた。

 

「聞いて」

 

「まず座れ」

 

「ミルネの防衛塔なんだけど」

 

「鞄の紐を踏んでる」

 

 肩を押され、椅子へ座る。

 たしかに転びかけていた。

 

 研究計画の話をする。

 カイルが聞き返したのは、術式よりも、現地へどれくらいいるのか、危ない設備へ一人で入るのかというところだった。

 

「一人では入らないよ」

 

「本当か」

 

「何、その顔」

 

「魔王の攻撃へ一人で入った人間の言葉だから」

 

 反論できない。

 

「今度は仕事だから、手順を決める」

 

「ならいい」

 

 止める気はないらしい。

 そこだけ確認できればいい、という顔だった。

 

「カイルは?」

 

 聞くと、カイルも仕事の候補を出した。

 王都、各地の訓練支援、それから湖畔の街道巡回。

 

「ミルネがある」

 

 ボクが先に見つけた。

 

「ああ」

 

「同じ町になるかも」

 

「俺も、それは考えた」

 

 研究計画の条件を読んでいたときより先に、胸の中のどこかが軽くなった。

 それが何なのか考える前に、紙へ髪が落ちる。

 

「……邪魔」

 

 耳へ掛けても、すぐ戻った。

 三度目で諦め、机の端にあった青緑の紐を取る。

 

「結ぶ?」

 

 カイルが聞いた。

 

「ボク、今手、足りないよ」

 

「……俺が?」

 

「できるなら結んで」

 

「……任せろ」

 

 信用できない返事だった。

 

◇

 

 椅子を前へ向ける。

 カイルが後ろへ立った。

 

「引っ張ったら言え」

 

「まだ触ってない」

 

「先に」

 

 髪をまとめられる。

 剣を握るときよりずっと遅い指だった。

 

「怖がりすぎ」

 

「切れたら困るだろ」

 

「髪は切れても生える」

 

「そういう問題じゃない」

 

 束が一つ落ちた。

 

「あ」

 

「何」

 

「やり直す」

 

「今のでよかったのに」

 

「よくない」

 

 全部ほどかれる。

 妙なところで頑固だ。

 

 二回目、首の後ろへ指が触れた。

 肩が勝手に動く。

 

「痛かった?」

 

「違う。冷たかっただけ」

 

 嘘ではない。

 それだけでもなかった。

 カイルは追及せず、結び目に集中した。

 

 完成した髪は、左へ少し寄っていた。

 

「曲がってる」

 

「分かる」

 

「やり直す?」

 

「もういい。作業には困らない」

 

 紙へ戻る。

 さっきまで頬へ落ちていた髪がなくなっただけで、ずいぶん楽だった。

 

「ここ、押さえて」

 

「赤い印の横?」

 

「そう」

 

 カイルの指で紙を押さえてもらい、線を引き直す。

 赤い印は消さずに残した。

 

◇

 

 夕食のとき、リゼットが一度だけボクの髪を見た。

 何も言わない。

 ガレスは気づいていないらしい。

 

 席へ着く前、カイルがボクの結び目を確かめた。

 

「まだ崩れてない」

 

「見れば分かる」

 

「苦労したから」

 

 少し得意げだった。

 

「次は、もう少しまっすぐにして」

 

「次も俺がやるのか」

 

「練習になるでしょ」

 

 カイルがこちらを見たところで、リゼットが櫛を差し出した。

 

「髪の話」

 

 ボクが先に言った。

 

「……ああ」

 

 カイルは櫛を受け取り、持ち方を確かめていた。

 

◇

 

 翌朝、黒い紐と青緑の紐が並んでいた。

 服だけなら黒の方が合う。

 

 手は青緑へ伸びた。

 

 鏡の前で結びながら、昨日カイルが何度も指へ巻き直していたのを思い出す。

 

 廊下へ出ると、斜め向かいの扉も開いた。

 カイルの目が、まず顔へ来る。

 次に髪へ落ちた。

 

「何」

 

「昨日と同じ色」

 

「服に合うから」

 

 返事は用意していた。

 

「そうか」

 

 それ以上聞かれない。

 

 少しつまらない。

 

「カイルが褒めた色だから、でもあるけど」

 

 足が止まった。

 本当に分かりやすい。

 

「……朝からやるのか」

 

「何を?」

 

「分かってるだろ」

 

「分からないなあ」

 

 そう言って先に歩く。

 後ろから「生意気になったな」と聞こえた。

 

「昔からだよ」

 

 振り返らず、先に食堂へ入った。

 

 昨日より、結び目はまっすぐだった。

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