幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第十五話 練習だと思われている方が、楽だった

 キスは、練習に入れない。

 

 決まったのはそれだけだった。

 会わないとも、触れないとも言われていない。

 

 それまでの「練習」だけでも、俺には十分だった。

 手を繋いだ帰り道も、髪を結んだ指先も、踊りで腰へ置いた手も、練習と呼べば理由を考えなくて済んだ。

 

 問題は、もうその言葉だけでは自分をごまかせなくなったことだった。

 

 それでも翌朝、食堂へ向かう廊下でリオの肩が触れたとき、俺は半歩ぶんだけ横へずれた。

 リオがこちらを見る。

 

「何」

 

「狭かったから」

 

「昨日まで同じ幅だったけど」

 

「そうだったか」

 

 嘘が下手すぎる。

 リオは何も言わず、先に歩いた。

 

◇

 

 押さない方がいいと思った。

 本当は、近づきたかった。

 

 手を繋ぐのは今までどおりでいい、と言われて安心した。けれど、その手を取った先で、キスをするリオの顔まで考えていた。

 嫌だからではないという言葉を、どこまで近づけるか試す理由にはしたくなかった。

 

 その日は仕事が終わってもリオの部屋へ行かなかった。

 次の日も、用事がなければ扉を叩かなかった。

 

 俺なりに距離を守っているつもりだった。

 

 二日目の夕食で、リオは普通に話した。

 学院で見つけた硝子のこと。街灯の修繕記録。リゼットの式で使う灯り。

 

 ただ、食べ終わると先に立った。

 

「今日は本、読まないのか」

 

 聞いてから、余計だったと思った。

 

「カイルの部屋で?」

 

「そう」

 

「……行っていいの?」

 

 今度は、俺が返事に詰まった。

 リオの眉が僅かに寄る。

 

「やっぱり避けてる?」

 

「違う」

 

「じゃあ何」

 

 食堂にまだ人がいる。

 ここで話すことではない。

 

「あとで、俺の部屋で話そう」

 

「行っていいんだ」

 

 その言い方で、ようやく自分が何をしていたのか分かった。

 

◇

 

 部屋へ戻ると、リオは本を持ってこなかった。

 椅子へ座り、腕を組む。

 

「ボク、キスは練習にしないって言った」

 

「覚えてる」

 

「会わないとは言ってない」

 

「分かってる」

 

「分かってないから二日来なかったんでしょ」

 

 返す言葉がない。

 

「押さない方がいいと思った」

 

 正直に言う。

 

「何を」

 

「俺が、近づきすぎるのを」

 

 リオの腕がほどけた。

 

「……ボクが嫌なら離れるよ」

 

「それは疑ってない」

 

「でも、勝手に嫌だと思ったことにしないで」

 

「悪かった」

 

「謝ってほしいんじゃない」

 

「それ、前に俺が言われたな」

 

 リオの口元が一瞬動いた。

 笑いそうになったらしい。

 

 息が一つ、ようやく深く入った。

 

◇

 

「練習って、便利だった」

 

 自分から言った。

 

「何が」

 

「理由を言わなくて済んだ」

 

 リオが黙る。

 

「手を繋ぎたいときも、出かけたいときも。練習だから、で済んだ。リオが嬉しそうなら、そのまま続けられた」

 

「……途中から?」

 

「最初から全部じゃない。でも、途中からは」

 

 喉が乾く。

 キスの話より、こっちの方が言いづらい。

 

「練習だと思われてる方が、楽だった」

 

 綺麗だから見ている。それだけなら、からかわれて終わりにできた。今はリオの方から手を伸ばしてほしい。そう思っていることまで知られる方が怖かった。

 

 リオはしばらく机を見た。

 

「ボクも、使ってた」

 

「知ってる」

 

「何で」

 

「会いたい理由を毎回作ってただろ」

 

「……見てたの」

 

「本を三冊持ってきて、一冊も開かなかった日があった」

 

「言わないで」

 

 リオが顔を伏せる。

 

 その反応がいつものリオで、やっと呼吸が戻った。

 

◇

 

 翌朝、ガレスと訓練場へ行った。

 休憩中、次の休みを聞かれる。

 

「リオと出る」

 

「仲直りしたのか」

 

「喧嘩してない」

 

「二人とも二日くらい静かだったぞ」

 

「見てたのか」

 

「食卓の向かいにいれば分かる」

 

 ガレスは水を飲み、今度は自分の予定を話した。

 リゼットの衣装合わせへ行くらしい。

 

「待ってるだけ?」

 

「見せたいと言われた」

 

「それだけで行くのか」

 

「それだけで十分だろ」

 

 迷いがない。

 

 ガレスは水筒の蓋を閉め、先に訓練場へ戻った。俺は次の休みを、もう一度思い浮かべた。

 

 「練習」の札を付ける必要は、もうなかった。

 

◇

 

 帰り道、城壁へ上がった。

 戦時中より商人の荷車が増え、壊れた屋根が直っている。

 下からでは次の角しか見えない道が、ここからならずっと先まで見えた。

 

 次はリオと来たいと思った。

 

 古い街灯もある。

 きっと景色より先にそちらを見る。

 

 それでもいい。

 

◇

 

 宿舎へ戻り、リオの扉を叩いた。

 

「忘れ物?」

 

「次の休み、城壁へ行かないか」

 

「何かある?」

 

「景色」

 

 案の定、首を傾げる。

 

「魔法じゃなくて?」

 

「古い灯りはある」

 

「あるんだ」

 

 好奇心の目に変わった。俺はこの目にも弱い。

 

「でも、それを見るために誘ってるんじゃない」

 

 リオが瞬きをする。

 

「……俺が、リオと行きたいと思ったから」

 

 言い終わるまで、思っていたより時間がかかった。

 

「……練習じゃなく?」

 

「ああ」

 

 少し間があった。

 

「分かった」

 

 リオが笑う。

 

「じゃあ、ボクもちゃんと景色見る」

 

「魔法見てもいいぞ」

 

「そっちも見る」

 

 扉の前で、昼に何を持っていくか決め始めた。

 結局、翌朝まで決まらなかった。

 

◇

 

「ねえ、まだ? さすがに疲れたんだけど……」

 

 城壁へ上がる階段は長かった。

 上へ行くほど風が強くなり、踊り場の窓から見える王都の屋根が少しずつ低くなる。遠くの鐘の音も、壁越しではなく直接耳へ届くようになった。

 

「あと二階分」

 

「……さっきも言った」

 

「今度は本当」

 

 カイルは元気だった。

 

 ボクは途中の踊り場で一度止まった。

 身体が小さくなってから、同じ段数でも脚へ来る疲れ方が変わった。

 

「手」

 

 差し出される。

 

「ここは練習?」

 

「これは普通に手伝ってる」

 

「そう」

 

 取った。

 カイルは一段先で待ち、ボクが上がると次へ足を出した。手を借りてからは、踊り場で休まずに済んだ。

 

 

◇

 

 上へ出ると、空が広かった。

 王都の屋根が一面にある。

 大通りを荷車が進む。

 広場では子供が輪を転がしている。

 修理中の屋根には職人が三人いる。

 

 勇者がいなくても、町は動いていた。

 カイルは欄干へ腕を置いた。

 

 下の大通りから、馬車の呼び鈴が遅れて届く。

 風が城壁へぶつかり、パン屋の煙を薄く引き伸ばしていった。

 遠くの鐘楼が時を打つと、屋根の間から鳩がまとまって飛び立つ。

 

「ここが好きなの?」

 

「好きだ」

 

「どこが」

 

「道が続いてるのが見えるところ」

 

 指された先を見る。

 下から歩けば、次の角しか見えない。

 ここからなら、その先も、その先もある。

 

「敵が来る道じゃなくて?」

 

「今はな」

 

 短い返事だった。

 

◇

 

 ボクは景色より先に灯りを見つけた。

 

「古い」

 

「やっぱりそっち行くか」

 

 壁沿いに並ぶ街灯は、型がばらばらだった。

 新しいものは透明な石が一つ。

 古いものは金属の環が二重になっている。

 

「これ、点灯の順番分かる?」

 

「夕方になれば」

 

「待つ?」

 

「そのつもりで菓子持ってきた」

 

 袋を出した。

 用意がいい。

 

「いつからそんなに計画的になったの」

 

「リオと出るようになってから」

 

 真顔で言う。

 

「……そういうの、反応に困る」

 

「事実だぞ」

 

 余計困る。

 

◇

 

 長椅子へ座り、焼き菓子を分けた。

 

「これ、昔の祭で食べたのに似てる」

 

「飛ぶ灯り作った日?」

 

「そう」

 

「飯を忘れた日」

 

「カイルが先に食べた」

 

「呼んだ。来なかった」

 

「あと少しで浮きそうだったから」

 

「木に引っかかったけどな」

 

 思い出して笑う。

 子供の頃、木の輪に薄い硝子をはめて作った飛行灯。

 明るくしようとすると浮きすぎ、低く飛ばそうとすると灯りまで暗くなり、最後は川へ落ちた。

 

「今なら作れる」

 

「拾わなくていいやつにしてくれ」

 

「また作ろうか」

 

「ああ」

 

 約束というより、昔の続きを決めただけみたいだった。

 その感じがよかった。

 

◇

 

 夕方になり、街灯が点き始めた。

 大通り。

 広場。

 細い路地。

 

「順番、見える」

 

 説明を始める。

 供給路が太い場所から先に点く。

 古い灯りは一秒ほど遅れる。

 ところが、一つだけ消えたままの灯りがあった。

 

「あれ」

 

「壊れてる?」

 

「たぶん。でも隣も弱い」

 

 身を乗り出す。

 さらに先の三つが、同じ間隔で暗い。

 

「導路かな」

 

「見に行く?」

 

 カイルが聞く。

 

 行きたい。

 でも今日は仕事ではない。

 

 迷っていると、カイルが笑った。

 

「リオがその顔して、行かないで帰れるのか」

 

「……無理」

 

「だろうな」

 

◇

 

 城壁を下り、暗かった通りへ回った。

 管理札を確認する。

 灯りそのものは壊れていない。

 壁際の点検口を開けると、古い導路の一部だけ魔力が弱い。

 

「危ない?」

 

「今夜消えるだけ。火を使えば困らない」

 

「なら、明日連絡か」

 

「うん」

 

 その場で直そうとして止めた。

 

 道具もない。

 管理者の仕事でもある。

 

 昔なら、面白いからと勝手に触っていたかもしれない。

 札の番号だけ手帳へ書いた。

 

「成長したね、ボク」

 

「自分で言うな」

 

「術式は触らなかった」

 

「偉い」

 

「子供扱い」

 

「昔からだろ」

 

 言い合いながら歩く。

 宿舎へ戻る前、手帳を開いて点かなかった灯りの数を書き足した。

 その横へ、焼き菓子の粉が一粒落ちた。

 払おうとして指で潰してしまって、余計に汚した。

 

「何してる」

 

「何でもない」

 

 ボクは何事もなかったかのように手帳を閉じた。

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