幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第十八話 ボクは――

 作業机の上で、白い布が昼のように光っていた。縫い込んだ細い銀糸の一本一本が明るすぎて、リゼットは目を細めている。

 

 リゼットの花嫁衣装へ仕込んだ光が、強すぎた。

 

「眩しい」

 

 本人に言われて、すぐ消す。

 

「ごめん」

 

「綺麗ではあるけど、これで誓いの言葉を聞くのは無理ね」

 

「目を閉じれば」

 

「何のための衣装なの」

 

 エッダが笑いながら布を持ち上げた。

 薄い刺繍へ仕込んだ留め具が、予想より光を拾う。夕方の会場なら、さらに強く見えるはずだ。

 

「半分」

 

「半分でも多いかも」

 

 留め具を外し、術式を一つ減らす。

 今日は細かな調整だけで一日使えると思っていた。

 

 こういう仕事は好きだ。

 

 失敗しても目が眩しいくらいで済むし、やり直せる。

 

◇

 

 光を落とすと、リゼットは鏡の前で何度も袖を上げ下げした。

 

「動きにくい?」

 

「違うの」

 

「光?」

 

「それも大丈夫」

 

 袖を上げる。

 下ろす。

 

「ガレス、いつ来るんだっけ」

 

「約束まであと二十分」

 

「そうよね」

 

 また鏡を見る。

 珍しい。

 普段なら、実用上問題がなければ一度で決める人だ。

 

「どっちの袖でも似合うと思うけど」

 

「私もそう思う」

 

「じゃあ何を迷ってるの」

 

 リゼットは鏡越しにボクを見た。

 

「ガレスがどっちを見るか」

 

「……同じ服だよ」

 

「分かってるわ」

 

 笑う。

 

「似合うか知りたいんじゃないの。見たときの顔が見たいの」

 

 それだけ言って、また袖へ目を戻した。

 エッダが袖を広げると、リゼットはもうボクを見ずに鏡へ向き直っていた。

 

◇

 

 ガレスは予定より十分早く来た。

 

「早い」

 

「外で待つのも変だろ」

 

 案内されて奥へ入る。

 

 リゼットが振り返った。

 ガレスが止まる。

 

 見覚えのある止まり方だった。

 礼装を着たボクを見たとき、カイルも一度、こんなふうに動かなくなった。

 

「綺麗だ」

 

 ガレスはすぐ言った。

 リゼットが笑う。

 

「袖、まだ決めてないの」

 

「どっちもいい」

 

「そう言うと思った」

 

 二人とも、それで満足している。

 

 ボクは留め具を箱へ戻した。

 

 見せたい相手。

 考えようとする前に、顔が一つ浮かんだ。

 

◇

 

 宿舎へ戻ると、カイルが玄関で王宮の書類を受け取っていた。

 

「どうだった」

 

「失敗した」

 

「何が」

 

「最初、リゼットを光らせすぎた」

 

 カイルが笑う。

 

「見たかった」

 

「本人は眩しいって」

 

「そりゃそうだ」

 

 並んで階段を上がる。

 

 部屋へ戻ってから、引き出しを開けた。

 

 青緑と黒の髪紐が並んでいる。

 明日は学院へ行くだけだ。

 自分なら青緑を選ぶ。

 

 それでも二本を持って、斜め向かいの扉を叩いた。

 

「どっちがいい」

 

 カイルは紐より先に、ボクの顔を見た。

 

「青緑」

 

「やっぱり?」

 

「リオも好きだろ」

 

「うん」

 

 知っていた答えだった。

 

「じゃあ明日、これ」

 

「何かあるのか」

 

「学院」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

 カイルの口元が緩む。

 

「そっか」

 

 黒い紐を引き出しへ戻し、青緑は机へ置いたままにした。

 

◇

 

 その翌日から、夕食の時間が合わない日が続いた。

 

 一日目は気にならなかった。

 二日目、学院で面白い硝子球を見つけた。光を通すと内部の気泡で線が二つに割れる。

 カイルに見せようと思い、手帳の端へ印を付けた。

 三日目、印が七つになった。

 

「何それ」

 

 ナディアが手帳を覗く。

 

「あとで話すやつ」

 

「誰に」

 

「……カイル」

 

「全部?」

 

「全部じゃない」

 

 七つのうち、二つはナディアへの確認事項だ。

 

「では、その二つを先に。硝子球の測定記録もここにあるわ」

 

 カイルに話す方を手で隠し、残りの二つから読み上げた。

 

◇

 

 一人で食事はできる。

 

 リゼットやガレスと一緒になる日もある。学院で済ませることもある。

 困ってはいない。

 ただ、廊下で足音がすると扉を見る。

 

 カイルじゃない。

 

 本へ戻る。

 また足音。

 

 これも違う人だ。

 

 三度目で、さすがに鬱陶しくなった。

 

「帰ってきたら帰ってくるでしょ」

 

 独り言まで出る。

 

 研究は順調に進んだ。

 硝子球の使い方も分かった。

 

 カイルなら何を聞くか、考えてしまう。

 ナディアなら仕組みを一度で理解する。

 

 カイルは変なところを聞く。

 

 落としたらどうなる。

 寒い場所では。

 暗いところで本当に線が見えるのか。

 専門家なら飛ばすところを聞いてくる。そのせいで、自分が考えていなかった穴に気づくこともある。

 だから見せたい。

 そこまで考えて、手帳を閉じた。

 

 理由が一つでないことくらいは、もう知っていた。

 

◇

 

 四日目。

 食事を終えても、食堂に残った。

 茶が冷める。

 玄関が開く。

 

 カイルだった。

 

「まだいたのか」

 

「……遅い」

 

 口から出た。

 自分で驚く。

 

 カイルも足を止めた。

 

「悪い」

 

「約束してない」

 

「うん」

 

「ボクが勝手に待ってただけ」

 

「うん」

 

「だから謝らなくていい」

 

「分かった」

 

 何も言い返さない。

 茶器の縁を、指で二度なぞった。

 

「何」

 

「何も」

 

「疲れてる?」

 

「疲れてる。でも、リオが何で怒ってるか考えてる」

 

「怒ってない」

 

「怒ってるだろ」

 

 図星だった。

 理由を口にする気はなかった。

 

「話したいことが、溜まった」

 

「聞く」

 

「今?」

 

「飯、食いながらでいいなら」

 

 カイルはまだ夕食を食べていなかった。

 

 席を立とうとして、やめる。

 もう少しいることにした。

 

◇

 

 最初に話したのは、魔法ではなかった。

 

「遅くなる日、分かるなら教えて」

 

「待たなくていいように?」

 

「待つかどうか、ボクが決めるため」

 

 カイルの匙が止まった。

 それから、頷く。

 

「朝分かる日は言う。急に変わったら、戻るやつに伝えられるか見る」

 

「無理に人を走らせなくていい」

 

「ああ」

 

「ボクの予定もいる?」

 

「欲しい」

 

 返事が速い。

 

「俺も、一緒に食べたい」

 

 茶器へ伸ばした手が止まった。

 

「……そう」

 

 茶へ逃げる。

 もう冷めきっていた。

 

◇

 

 食べ終わると、カイルが折った紙を出した。

 

「俺も見せたいのがある」

 

 下手な線が描かれている。

 

「何これ」

 

「橋のそばの街灯の裏」

 

「向きは?」

 

「こっちが下」

 

 場所を聞く。

 城壁で見つけた導路の系列に近い。

 

「これ、古い調整印だと思う」

 

「役に立つ?」

 

「かなり」

 

 椅子を寄せる。

 線を二人で見る。

 肩が触れた。

 気づいたが、離れなかった。

 

 会えなかった三日間、ボクだけが話すものを溜めていたわけではない。

 カイルも、道端の変な線をわざわざ紙へ写して持ち帰っている。

 

「ここの太さ、合ってる?」

 

「たぶん。指一本くらい」

 

「現物見たい」

 

「次通ったら止まる」

 

「一緒に行けるなら呼んで」

 

「ああ」

 

 自分の手帳は、結局その夜には開かなかった。

 

 部屋へ戻って七つの印を見る。学院で確認を済ませた二つを消す。

 

 残った五つの一番上へ、硝子球、と書き足した。

 

 青緑の髪紐を外し、手帳の上へ置く。

 明日の夕食まで、話すことは五つ残っていた。

 

 考えを消すように灯りを消した。

 

◇

 

 雨粒が窓を細く流れ、軒から落ちる音が一定に続いていた。外へ出られない午後は、部屋の時計と紙をめくる音だけがやけに近い。

 

 雨で外へ出る予定がなくなった。

 カイルは昼食のあと、ボクの部屋で欠伸をした。

 

「寝れば」

 

「話聞くって言った」

 

「魔法の話は逃げない」

 

「起きたら増えてそう」

 

「失礼」

 

 でも否定できない。

 

 長椅子へ座ったカイルが、首元の留め具を一つ外す。

 人前にいるときより、明らかに気が抜けている。

 

「何の話だっけ」

 

「消したいときに消える灯り」

 

「消えない方が便利じゃないのか」

 

「だから場合によるって」

 

 説明する。

 灯りを長く保つ術式。

 それを止めるための逃がし口。

 

 カイルの返事が遅くなる。

 五分後には寝ていた。

 

◇

 

「本当に寝た」

 

 小声で言う。

 返事はない。

 

 本を閉じると部屋の中が雨の音だけになる。

 水たまりに雨粒が跳ねる音。窓にぱらぱらと当たる音。

 

 カイルは大きな身体を長椅子へ無理に収めていた。

 脚が余っている。

 

 ボクは引き出しから予備の毛布を出してカイルの肩へ掛ける。

 

 顔が近い。

 頬の傷も、眉も、閉じた目も、全部昔から知っている。それなのに、見ていると落ち着かない。

 身体が変わったから、相手が男なら意識するのだろうか。

 祝宴で踊った担当官も、今のボクへ丁寧に接してくれた。けれど、その人に会うために髪を結び直したことはない。帰りを待って廊下の音を聞くこともなかった。

 

 ボクが見てほしいのはカイルだけだ。

 

◇

 

 寝ている顔へ手を伸ばしかけた。

 髪へ触れるくらいなら、起こさない。

 でも途中で止めた。

 欲しいのは、それではなかった。

 

 起きているカイルに見てほしい。

 自分で手を伸ばしてほしい。

 

 昼の灯りを説明しているときも、こちらを見て笑ってほしかった。起きたら続きを聞いてもらおうと思って、閉じた本へ手を戻す。

 

「……好きなんだ」

 

 声にすると、馬鹿みたいに簡単だった。

 

 カイルは寝ている。

 

 聞かれていない。寝息も変わらない。

 ボクは毛布の端を、肩から落ちない位置へ戻した。

 今すぐ本人へ言えるほど、整理はできていない。

 

 でも、自分に対してまで違う名前を付ける必要はなくなった。

 

◇

 

 窓の外は雨のまま。机には読みかけの本があり、カイルは長椅子で寝ている。

 

 ボクは腹が減った。

 

「……お菓子食べよう」

 

 台所へ行こうとして、長椅子を見る。

 扉の音で起こしたくない。

 

 結局、自分の引き出しから固い菓子を出した。

 思った以上にがりっという音が響いた。

 

 カイルが目を開けた。

 

「……うるさい」

 

「あ、起きた」

 

「……何食ってる」

 

「カイルが寝たから一人で食べてた」

 

「くれ」

 

「寝た人にはない」

 

「話は聞いた」

 

「どこまで」

 

「消したいときに消えないと困る」

 

「最初」

 

 笑った。

 

 カイルも起き上がる。

 

 好きだと分かった相手が、普通に菓子を要求している。

 ボクは半分に割って渡した。

 

「硬い」

 

「知ってる」

 

「何でこれ買った」

 

「好きだから」

 

 言った瞬間、自分だけ別の意味に聞こえた。

 

 カイルは菓子の話だと思っている。

 ボクは残った半分を、もう一口かじった。

 

◇

 

 カイルの扉を叩いた。

 

 昨日までと違うのは、誘うための用事を探してこなかったことだった。

 開いた顔を見ると、昨日の灯りの続きを話したくなる。

 その癖まで消すつもりはない。

 

「どうした」

 

「次の休み、空いてる?」

 

「ああ」

 

「出かけたい」

 

「どこへ」

 

「決めてない」

 

 カイルが首を傾げた。

 

「じゃあ一緒に決める?」

 

 それで約束にはなる。

 でも、今日はそこを誤魔化したくなかった。

 

「何か買うとか、見たいものがあるとかじゃない」

 

「うん」

 

「カイルと出かけたいだけ」

 

 カイルが黙る。

 

 怖くなって、練習だから、と続けそうになる。

 飲み込んだ。

 

「会いたいから誘ってる」

 

 言い終えて、返事を待った。

 カイルの手が、扉の端で止まる。

 

「そういう誘い、もっとしてくれ」

 

「迷惑じゃない?」

 

「嬉しい」

 

 なんだか胸が熱くなる。

 返事をするまで、少し時間がかかった。

 

「……じゃあ、する」

 

「うん」

 

「カイルからも誘って」

 

「する」

 

 会議みたいだった。

 それがおかしくて、二人で笑った。

 

◇

 

 休みの日は、本当に何も決めなかった。

 

 朝、宿舎を出る。

 

「どっち行く」

 

「右」

 

「理由」

 

「晴れてる」

 

「左も晴れてる」

 

「じゃあ右」

 

 意味はない。

 

 露店を見る。

 角を曲がるたび匂いが変わる。

 

 焼いた胡桃。革を染める薬品。揚げた魚。古本屋の軒先だけは乾いた紙と黴の匂いがした。

 荷車の鉄輪が石畳の継ぎ目を踏むたび、硬い音が通りを奥へ転がっていく。

 

 パンを買う。

 まだ温かく、紙袋の底から小麦と焦げた皮の匂いが上がった。

 金具屋でカイルが書類留めの替え針を探す。

 店の奥では小さな槌が一定の間隔で鳴っている。

 ボクは横で、変な形の留め金を見つける。

 

「これ、何に使うの」

 

「馬具」

 

「魔法具かと思った」

 

「何でも魔法にするな」

 

 何も起こらない。

 でも退屈ではなかった。

 

◇

 

 道が広くなった。

 

 カイルの手が近い。

 以前なら、袖を引いていた。

 今は、触りたいと分かっている。

 

 その自覚が邪魔をする。

 何歩か迷った。

 

 自分から手を出す。

 指先だけ、カイルの方へ。

 

 カイルが気づく。

 

 何も聞かず取った。

 それだけで、息が楽になる。

 

「理由、聞かないんだ」

 

「聞いた方がいい?」

 

「聞かなくていい」

 

「じゃあ聞かない」

 

 簡単だった。

 

◇

 

 昼食は、量を聞いてから店を決めた。

 

「前の失敗、まだ気にしてる?」

 

「足りない顔してた」

 

「してない」

 

「してた」

 

 料理を交換する。

 昔からしてきたことだ。

 一口もらう。

 

 カイルも一口取る。

 

「そっち美味しい」

 

「半分ずつにする?」

 

「もうだいぶ食べた」

 

「次だな」

 

 また次が増える。

 

 付き合っているわけではない。

 告白もしていない。

 次の約束だけは、簡単に増える。

 

◇

 

 帰り道、宿舎が見えると惜しくなった。

 遠い道を選べばよかったと思う。

 子供みたいだ。

 

 カイルが歩調を落とした。

 

「また誘ってくれ」

 

「カイルからも誘って」

 

「分かってる」

 

「用事、なくてもいい?」

 

「用事がなくてもいい」

 

 手を包む力が少し強くなる。

 門の前で指を離す。

 

 部屋へ戻って五分後、次に行きたい店を思いついた。

 紙へ書いて扉まで持っていき、さすがに早いと思って引き返した。

 

◇

 

 鏡へ入る朝の光は、髪の色をいつもより白く見せた。櫛を置いて、服の襟との釣り合いを確かめる。

 

 今朝は、鏡を見る理由をごまかさなかった。

 

 カイルに会う。

 

 いいと思ってほしい。

 青緑の上着を選ぶ。

 髪をいつもより低く結ぶ。

 三回やり直した。

 

「何してるんだろ」

 

 分かっている。

 鏡を閉じる前に、緩んでいないか最後に指で確かめた。

 

◇

 

 廊下へ出ると、カイルも部屋から出たところだった。

 カイルが戸を押さえたまま、ボクの髪へ目を向けた。

 

「今日は低いところで結んだんだな」

 

「上着の襟を隠したくなかったから」

 

「似合ってる。そっちの色も」

 

 上着まで言われて、用意していた質問を飲み込んだ。もう一度見てもらえるよう、襟を直すふりをした。

 

◇

 

 午前は学院へ届け物。

 ナディアにも上着を褒められた。

 

「その色、本当に好きね」

 

「最近ね」

 

 横のカイルを見る。

 

 カイルは普通の顔をしている。

 

 少し面白くない。

 面倒くさい。

 他人に褒められて不機嫌になるのではなく、カイルが平気そうなのが嫌だ。

 

「何」

 

 帰り道、カイルが聞いた。

 

「別に」

 

「さっきから顔見る」

 

「カイルも朝見てた」

 

「見てた」

 

「否定しないんだ」

 

「似合ってたから」

 

 また言う。

 

 今度は不意打ちだった。

 

 前を向く。

 

「……何回も言わなくていい」

 

「嫌?」

 

「嫌じゃない」

 

 負けた気分になる。

 

◇

 

 帰る前、静かな庭へ寄った。

 噴水は冬支度で止まっている。

 人も少ない。

 長椅子へ座る。

 カイルが襟元を緩め、背へ体重を預けた。

 

「疲れた?」

 

「気が抜けた」

 

「ボクといると?」

 

「ああ」

 

 返事が自然すぎた。

 

 カイルが、目を細めて笑う。

 

 外で人へ向ける勇者の顔ではない。

 訓練場の顔でもない。

 何も役に立たなくていいときの顔。

 ボクはそれを長く見た。

 

「何」

 

「……その顔」

 

「顔?」

 

「他の人に見せないで」

 

 言った。

 自分の声を聞いてから、何を言ったか分かった。

 庭が静かになる。

 

 カイルの顔が、こちらへ向き直った。

 

 逃げ道はいくらでもあった。

 冗談。

 変な意味じゃない。

 

 今のなし。

 

 どれも言わなかった。

 

「今の、なかったことにはしない」

 

 代わりに言った。

 言い切った途端、喉元まで熱が上がった。

 

 カイルが息を吐く。

 

「誰にでも見せる顔じゃない」

 

 返事も逃げなかった。

 胸の中が一気にうるさくなる。

 

「……そう」

 

 それしか出ない。

 

 カイルは視線を噴水へ移したのに、口元の笑いをまだ収められずにいた。ボクも目を合わせ直せなかった。

 

「魔法の話していい?」

 

「何で今」

 

「無理だから」

 

 カイルが声を出して笑った。

 

「いいよ」

 

 噴水の底の術式について話した。

 普段より早口になった。

 

 カイルは途中で二回、待ってと言った。

 それでも最後まで聞いてくれた。

 

◇

 

 帰りに手を出された。

 

 取る。

 握る力を強くする。

 同じだけ返ってくる。

 

 庭で言ったことを、どちらも取り消さなかった。

 宿舎へ入ったところで、ガレスが廊下の向こうから来た。

 

「何で手繋いでるんだ?」

 

 ボクとカイルは同時に離した。

 

 ガレスが眉を上げる。

 

「……何でもない」

 

 今度は声が重ならなかった。

 

 ボクだけが言った。

 

 カイルは横で笑いを堪えていた。

 ボクは無言で、その脇腹を肘で小さく突いた。

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