幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい 作:本郷カキツバタ
学院の小広間へ集まったのは二十人ほどだった。調査に関わる人、地方設備の管理者、次の研究費を決める人。
ボクが入ったとき、入口に近い三人が立った。つられて隣も腰を浮かせる。
「魔法使いリオ・フェルン様」
進行役にそう呼ばれて、足が止まった。
「……リオでいいです」
戦場では大声で指示できるのに、敬称を外してもらうお願いは小さくなる。何人かが笑い、空気が少しだけ緩んだ。
案内された机で、図面を並べる場所を確かめる。茶の杯を端へ寄せれば二枚とも広げられる。
魔法の説明は嫌いではない。
最初の挨拶が苦手なだけだ。
「リオ・フェルンです。その、今日は、お時間を……」
声が小さくなった。長机の向こうの研究員が身を乗り出し、余計に喉が狭くなる。
堅苦しくない懇親会、と聞いていたけれど、何を話すか決まっていない時間の方がボクには難しい。
ナディアが観測器を机へ置いた。
「最初に、旧図面との違いを見せてもらえますか」
「あ、はい」
それなら話せる。
二枚の図面を並べる。
どこが違い、実物では何が分かったか。冬だけ流れが変わる理由。現地で観測器を置く場所。
質問が来る。
分かるものは答える。まだ確かめていないところは、分からないと言う。
途中から、自分の声を気にしなくなった。
顔を上げると、入り口の近くにカイルがいた。
目が合う。
カイルが一度だけ頷く。
ボクは図面へ戻った。
◇
同行者として来てほしいと頼んだのはボクだ。
ただ、勇者が最初から隣にいると、話が全部そちらへ向くかもしれないとも思った。
相談すると、カイルは説明が始まってから入ると言った。
実際、その通りにした。
最初に呼ばれたのはボクの名前だった。
呪いで姿が変わった話ではなく、見つけた魔法の話を聞いてもらえた。
説明のあと、茶と菓子を取る。
カイルが来たので、一つ渡した。
「長かった?」
「面白かった」
「全部分かった?」
「途中からは、リオが嬉しそうなのを見てた」
「そういう会じゃないんだけど」
「説明も聞いてた。冬に逆から流れるんだろ」
「そこ、前に話したところ」
「予習が役立った」
笑う。
カイルが見ていると、前より声や姿勢が気になる。
だけど、今日は来てほしかった。
◇
ナディアが、北部の観測拠点で働く女性を紹介してくれた。
長く地方を回っている人で、冬の宿や荷の運び方について、失敗談まで交えて教えてくれる。
ボクは手帳を開いた。
カイルも、巡回と日が合えば道の確認を手伝えると言った。
「お二人は、今後も組んでお仕事を?」
「そのつもりです」
先に答えたのはボクだった。
女性が二人を見て笑う。
「長いお付き合いなんですね」
「幼馴染で。村が同じなんです。それで、今は相棒で」
そこで終えるつもりだった。
口が、勝手にもう一度動いた。
「……今は」
何を言っているのだろう。
女性は追及しなかった。
ナディアが拠点の話へ戻し、会話は普通に続いた。
ボクも返事を書き留めた。
字が一行だけ傾いた。
隣のカイルを見ることだけが、できなかった。
◇
学院を出て、人の流れが少なくなったところで、カイルが歩調を緩めた。
「リオ」
「うん」
「今は、って言ったの、聞こえた」
からかう声ではない。
ボクは足を止めた。
「聞き間違いじゃないよ」
「そうか」
カイルも止まる。ボクはその袖を引いて壁へ寄り、荷車が通り過ぎるのを待った。ここなら、後ろから人が来ても見える。袖から手を離して顔を上げた。
「ちゃんと話したい」
「ああ」
「カイルに聞いてほしいことがある」
「俺もある」
もう分からないふりはできない。
でも、道端で勢いだけで答えを出したくもなかった。
「待ってって言って、いつまでか決めないのは嫌だから、日を決めよう」
「二人で話す日?」
「うん。仕事とか、みんなの予定じゃなくて」
カイルが頷いた。
「その日まで、会わないって話じゃないよな」
「違う。明日の朝も会うよ」
すぐ答えた。
カイルの袖へ触れる。
「用事がなくても会う」
ようやくカイルが笑った。
◇
部屋へ戻ると、今度は旅支度が待っていた。
翌朝から六日、カイルは巡回路の確認へ出る。
戻ったらミルネの防衛塔。
そのあと戦勝祭。
「厚い靴下、もう一組いる」
「六日だぞ」
「濡れたらどうするの」
「乾かす」
「乾かしてる間に穿く分がいるでしょ」
勝手知った引き出しから予備を出す。
「何でボクがカイルの靴下を数えてるんだろ」
「自分から始めただろ」
「一組足りないから気になった」
「そこまで見る?」
「見える場所に入ってるんだから仕方ない」
昨日までなら、こういう会話だけで終わった。
今日は机に予定表を広げる。
巡回。
塔の停止作業。
戦勝祭。
ボクは祭の前夜を指した。
「ここ」
「うん」
「何も入れない」
「仕事が早く終わったら?」
「その前に終わらせる。ここは、二人の話をする時間にしたい」
カイルが、日付を見たまま頷いた。
「分かった」
「場所は、ここでいい? 落ち着くから」
「ああ。茶を用意する」
「ボクも持ってくる。好きなの買ってある」
何を言うかだけは決まっていない。
その周りばかり先に決まっていく。
「何か、変だね」
「何が」
「告白するかもしれない日を、仕事の予定みたいに押さえてる」
口にしてから、二人とも止まった。
「……かもしれない、なのか」
「そこ拾う?」
「大事だろ」
「今はそこまで」
紙を裏返した。
カイルが笑いを堪える。
◇
「先に、一つ話していい?」
カイルが塔の図面を引いた。
「今?」
「約束の夜とは別」
図面には退く場所も、放流路を替える手順も書き込んである。カイルはそこを指さず、紙の端を押さえていた。
「前より、怖い」
カイルの言葉にボクは顔を上げた。
「ボクを危ない仕事へ連れていくのが?」
「ああ。でも、外れてほしいって意味じゃない。リオがやる方が安全だと思ってる。他の誰かに任せたいわけでもない」
カイルは言い直さなかった。
「分かってても、怖い」
「ボクも、カイルが前に出るのは怖いよ」
昔なら、それで終わったかもしれない。
怖くても必要だから行く。それだけだった。
「今回は、全部ボクが受けなくていいように準備してる」
図面の別の経路を指す。
「必要なら、ちゃんと呼ぶ」
「必要になる前でもいい」
「仕事の邪魔になるときは駄目」
「……そうだな」
「でも、呼んだら来て」
目が合う。
「支えてって言う。そのときは、ボクの言う角度で持って」
「持ちやすい方へ直すな、だったな」
「覚えてるなら、よし」
カイルの肩から力が抜けた。
◇
荷物をしまう途中、机から紙が落ちた。
拾う。
ミルネの借家の相場だった。
「机、二つ?」
余白に書いてある。
観測所へ歩いて行けること。
日当たり。
机を二つ置けること。
カイルが手を伸ばしかけ、やめた。
「まだ候補だ」
「うん」
「勝手に決めるつもりじゃない」
「分かってる」
紙を裏返して机へ戻す。自分の観測所まで、借家の条件に書かれていた。
「その話も、あの日にしよう」
「……ああ」
少し間があった。
「その前に、巡回から帰ってきて」
「帰る」
「防衛塔も四人で帰る」
「分かった」
カイルが荷袋を閉じる。
扉を出たあと、予備の手袋を入れ忘れたことに気づいて戻った。
「今度は何」
「手袋」
「入ってる」
「それ薄いやつ」
「リオ、俺の母親みたいになってないか」
「やめて。最悪」
手袋を投げる。
カイルが笑って受け取った。
「今度こそ忘れないで」
「はいはい」
返事が軽いので、荷袋の一番上へ自分で押し込んだ。