幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第二十話 まだ、相棒です

 学院の小広間へ集まったのは二十人ほどだった。調査に関わる人、地方設備の管理者、次の研究費を決める人。

 ボクが入ったとき、入口に近い三人が立った。つられて隣も腰を浮かせる。

 

「魔法使いリオ・フェルン様」

 

 進行役にそう呼ばれて、足が止まった。

 

「……リオでいいです」

 

 戦場では大声で指示できるのに、敬称を外してもらうお願いは小さくなる。何人かが笑い、空気が少しだけ緩んだ。

 案内された机で、図面を並べる場所を確かめる。茶の杯を端へ寄せれば二枚とも広げられる。

 

 魔法の説明は嫌いではない。

 最初の挨拶が苦手なだけだ。

 

「リオ・フェルンです。その、今日は、お時間を……」

 

 声が小さくなった。長机の向こうの研究員が身を乗り出し、余計に喉が狭くなる。

 

 堅苦しくない懇親会、と聞いていたけれど、何を話すか決まっていない時間の方がボクには難しい。

 ナディアが観測器を机へ置いた。

 

「最初に、旧図面との違いを見せてもらえますか」

 

「あ、はい」

 

 それなら話せる。

 

 二枚の図面を並べる。

 どこが違い、実物では何が分かったか。冬だけ流れが変わる理由。現地で観測器を置く場所。

 

 質問が来る。

 分かるものは答える。まだ確かめていないところは、分からないと言う。

 途中から、自分の声を気にしなくなった。

 

 顔を上げると、入り口の近くにカイルがいた。

 目が合う。

 

 カイルが一度だけ頷く。

 ボクは図面へ戻った。

 

◇

 

 同行者として来てほしいと頼んだのはボクだ。

 ただ、勇者が最初から隣にいると、話が全部そちらへ向くかもしれないとも思った。

 相談すると、カイルは説明が始まってから入ると言った。

 実際、その通りにした。

 

 最初に呼ばれたのはボクの名前だった。

 

 呪いで姿が変わった話ではなく、見つけた魔法の話を聞いてもらえた。

 説明のあと、茶と菓子を取る。

 カイルが来たので、一つ渡した。

 

「長かった?」

 

「面白かった」

 

「全部分かった?」

 

「途中からは、リオが嬉しそうなのを見てた」

 

「そういう会じゃないんだけど」

 

「説明も聞いてた。冬に逆から流れるんだろ」

 

「そこ、前に話したところ」

 

「予習が役立った」

 

 笑う。

 カイルが見ていると、前より声や姿勢が気になる。

 だけど、今日は来てほしかった。

 

◇

 

 ナディアが、北部の観測拠点で働く女性を紹介してくれた。

 長く地方を回っている人で、冬の宿や荷の運び方について、失敗談まで交えて教えてくれる。

 ボクは手帳を開いた。

 カイルも、巡回と日が合えば道の確認を手伝えると言った。

 

「お二人は、今後も組んでお仕事を?」

 

「そのつもりです」

 

 先に答えたのはボクだった。

 女性が二人を見て笑う。

 

「長いお付き合いなんですね」

 

「幼馴染で。村が同じなんです。それで、今は相棒で」

 

 そこで終えるつもりだった。

 口が、勝手にもう一度動いた。

 

「……今は」

 

 何を言っているのだろう。

 

 女性は追及しなかった。

 ナディアが拠点の話へ戻し、会話は普通に続いた。

 ボクも返事を書き留めた。

 字が一行だけ傾いた。

 隣のカイルを見ることだけが、できなかった。

 

◇

 

 学院を出て、人の流れが少なくなったところで、カイルが歩調を緩めた。

 

「リオ」

 

「うん」

 

「今は、って言ったの、聞こえた」

 

 からかう声ではない。

 ボクは足を止めた。

 

「聞き間違いじゃないよ」

 

「そうか」

 

 カイルも止まる。ボクはその袖を引いて壁へ寄り、荷車が通り過ぎるのを待った。ここなら、後ろから人が来ても見える。袖から手を離して顔を上げた。

 

「ちゃんと話したい」

 

「ああ」

 

「カイルに聞いてほしいことがある」

 

「俺もある」

 

 もう分からないふりはできない。

 でも、道端で勢いだけで答えを出したくもなかった。

 

「待ってって言って、いつまでか決めないのは嫌だから、日を決めよう」

 

「二人で話す日?」

 

「うん。仕事とか、みんなの予定じゃなくて」

 

 カイルが頷いた。

 

「その日まで、会わないって話じゃないよな」

 

「違う。明日の朝も会うよ」

 

 すぐ答えた。

 カイルの袖へ触れる。

 

「用事がなくても会う」

 

 ようやくカイルが笑った。

 

◇

 

 部屋へ戻ると、今度は旅支度が待っていた。

 

 翌朝から六日、カイルは巡回路の確認へ出る。

 戻ったらミルネの防衛塔。

 そのあと戦勝祭。

 

「厚い靴下、もう一組いる」

 

「六日だぞ」

 

「濡れたらどうするの」

 

「乾かす」

 

「乾かしてる間に穿く分がいるでしょ」

 

 勝手知った引き出しから予備を出す。

 

「何でボクがカイルの靴下を数えてるんだろ」

 

「自分から始めただろ」

 

「一組足りないから気になった」

 

「そこまで見る?」

 

「見える場所に入ってるんだから仕方ない」

 

 昨日までなら、こういう会話だけで終わった。

 

 今日は机に予定表を広げる。

 巡回。

 塔の停止作業。

 戦勝祭。

 

 ボクは祭の前夜を指した。

 

「ここ」

 

「うん」

 

「何も入れない」

 

「仕事が早く終わったら?」

 

「その前に終わらせる。ここは、二人の話をする時間にしたい」

 

 カイルが、日付を見たまま頷いた。

 

「分かった」

 

「場所は、ここでいい? 落ち着くから」

 

「ああ。茶を用意する」

 

「ボクも持ってくる。好きなの買ってある」

 

 何を言うかだけは決まっていない。

 その周りばかり先に決まっていく。

 

「何か、変だね」

 

「何が」

 

「告白するかもしれない日を、仕事の予定みたいに押さえてる」

 

 口にしてから、二人とも止まった。

 

「……かもしれない、なのか」

 

「そこ拾う?」

 

「大事だろ」

 

「今はそこまで」

 

 紙を裏返した。

 カイルが笑いを堪える。

 

◇

 

「先に、一つ話していい?」

 

 カイルが塔の図面を引いた。

 

「今?」

 

「約束の夜とは別」

 

 図面には退く場所も、放流路を替える手順も書き込んである。カイルはそこを指さず、紙の端を押さえていた。

 

「前より、怖い」

 

 カイルの言葉にボクは顔を上げた。

 

「ボクを危ない仕事へ連れていくのが?」

 

「ああ。でも、外れてほしいって意味じゃない。リオがやる方が安全だと思ってる。他の誰かに任せたいわけでもない」

 

 カイルは言い直さなかった。

 

「分かってても、怖い」

 

「ボクも、カイルが前に出るのは怖いよ」

 

 昔なら、それで終わったかもしれない。

 怖くても必要だから行く。それだけだった。

 

「今回は、全部ボクが受けなくていいように準備してる」

 

 図面の別の経路を指す。

 

「必要なら、ちゃんと呼ぶ」

 

「必要になる前でもいい」

 

「仕事の邪魔になるときは駄目」

 

「……そうだな」

 

「でも、呼んだら来て」

 

 目が合う。

 

「支えてって言う。そのときは、ボクの言う角度で持って」

 

「持ちやすい方へ直すな、だったな」

 

「覚えてるなら、よし」

 

 カイルの肩から力が抜けた。

 

◇

 

 荷物をしまう途中、机から紙が落ちた。

 拾う。

 ミルネの借家の相場だった。

 

「机、二つ?」

 

 余白に書いてある。

 観測所へ歩いて行けること。

 日当たり。

 机を二つ置けること。

 

 カイルが手を伸ばしかけ、やめた。

 

「まだ候補だ」

 

「うん」

 

「勝手に決めるつもりじゃない」

 

「分かってる」

 

 紙を裏返して机へ戻す。自分の観測所まで、借家の条件に書かれていた。

 

「その話も、あの日にしよう」

 

「……ああ」

 

 少し間があった。

 

「その前に、巡回から帰ってきて」

 

「帰る」

 

「防衛塔も四人で帰る」

 

「分かった」

 

 カイルが荷袋を閉じる。

 

 扉を出たあと、予備の手袋を入れ忘れたことに気づいて戻った。

 

「今度は何」

 

「手袋」

 

「入ってる」

 

「それ薄いやつ」

 

「リオ、俺の母親みたいになってないか」

 

「やめて。最悪」

 

 手袋を投げる。

 カイルが笑って受け取った。

 

「今度こそ忘れないで」

 

「はいはい」

 

 返事が軽いので、荷袋の一番上へ自分で押し込んだ。

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