幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第二十二話 女扱いと、戦力扱い

 ミルネへ向かう馬車で、リゼットがガレスの袖を縫っていた。

 まだガレスが着ている上着だった。

 車輪が石を踏むたび、針先が小さく揺れる。

 リゼットは揺れが収まる瞬間だけ布へ針を通し、ガレスは反対の手でリゼットの肩を支えていた。

 

「脱いだ方が、やりやすくない?」

 

「もうすぐ終わるから」

 

 馬車が大きく傾いた。

 ガレスの手がリゼットの背へ回る。

 

 以前なら、カイルと目を合わせていた。

 今しなくてもいいだろう、と。

 

 今日は言えなかった。

 ボクの膝にも、カイルの外套の端が掛かっていたからだ。

 

 荷の中から毛布を出すより早かったという理由はある。

 その理由があるだけで、向かいの二人より健全だと言い張れるかは怪しかった。

 

「足元、寒くないか」

 

「大丈夫。カイルは?」

 

「俺は平気だ」

 

 ガレスの口元が少し動いた。

 何も言われなかったので、ボクも何も言わなかった。

 

◇

 

 三日後、ミルネへ着いた。

 

 塔へ向かう丘の麓には、前回なかった柵が増えていた。

 街道から分かれる道には赤い布を結んだ杭が立ち、荷車は南側の迂回路へ誘導されている。

 

 ベルクさんが、凍えた手を擦りながら待っていた。

 その後ろには町の作業員が十人ほどいる。

 

 ボクたちが馬車を降りると、話し声が一度だけ途切れた。

 年嵩の職人まで帽子を取り、若い作業員が慌てて頭を下げる。

 

「四英雄の方々に、こんな古い塔まで来てもらうとは」

 

「勇者様、本当に守護像も相手を?」

 

「魔法使い様、道具はこちらへ運べば――」

 

 ベルクさんが手を叩いた。

 

「敬うのはあとだ。今日は全員、同じ仕事場にいる。リオさんの指示を聞け」

 

 その言い方に助けられた。

 ボクも杖を上げる。

 

「重いものだけお願いします。観測器は自分で持ちます」

 

 何人かが、今度は仕事の顔で頷いた。

 

「言われた通り、塔へ上がる道は閉じた。砕石場の方も、昨日から人を入れていない」

 

「放流床は?」

 

「三つとも作った。溝の砂も石も出してある」

 

 ボクは図面だけではなく、自分の足で一周した。

 

 塔の西側。

 斜面を下りた先に、石を平らに敷き詰めた区画が三つ並んでいる。

 魔力を外へ逃がすための放流床だ。

 

 水のように器へ溜めるわけではない。

 導路から出した魔力を薄く石へ広げ、熱と光へ変えながら少しずつ空気へ散らす。

 狭い場所へ一度に吐き出せば、石が割れる。

 人が踏めば火傷する。

 

 だから三段に分けた。

 

「ここ、柵をあと一歩外へ」

 

 ボクが言うと、ベルクさんが作業員へ手を上げた。

 

 次に、新しい外付け導路を見る。

 

 塔の外壁から斜面へ沿って、黒い金属樋のような部材が伸びていた。

 見た目は雨水の樋に近い。

 内側には銀線が三本通り、その上を白い絶縁材で覆ってある。

 

 魔法も、ときどき雨水と同じだった。

 行かせたい場所へ押すより、行ってはいけない場所へ溜めない方が難しい。

 

「古い方は、どこまで保つか分からんぞ」

 

 職人が言った。

 

「保たなくなったら、新しい方へ切り替えます」

 

「途中で切れたら?」

 

「仮の橋を作る。そのための固定観測環も持ってきた」

 

 職人の視線が、荷車の上に立てかけた大きな金属輪へ向いた。

 

 固定観測環。

 人の肩幅ほどある銀色の輪で、携帯用や手持ちの測定環よりずっと大きい。

 輪の内側には細かな銀線が一周し、外側から観測器へ線が伸びている。

 本来は、大きな導路を面で読むための道具だ。

 輪を導路へ直角に置けば、どの位置をどれだけ魔力が通っているかを一度に拾える。

 

 今回はもう一つ役目がある。

 

 もし古い導路が途中で崩れたら、この輪を「型」にして、一時的な導路を輪の内側へ張る。

 何もない空間へ直接魔力の道を作るより、形が決まっている分だけ安定する。

 

「使わずに済むなら、それが一番だけど」

 

 言うと、職人が苦笑した。

 

「そういう道具は、使わん方がありがたいな」

 

 同感だった。

 

◇

 

 その日は、接続確認だけで終えた。

 

 地下室へ降りる前に、四人とベルクさんでもう一度配置を確認する。

 

 階段は東側。

 降りた正面に第一貯槽。

 その奥、床を半段下げた場所に第二貯槽。

 

 北壁には、停止中の守護像が二体並んでいる。前回、入口の両脇で測った二体を、停止作業に備えて地下の格納場所へ戻してもらった。街道へ出さず、この部屋で動きを引き受けるためだ。

 人の倍ほどの高さがあり、普段は膝をついた姿勢で壁へ収まっている。

 

 西壁に古い放流路。

 その手前へ固定観測環を仮設する。

 

 南側には、今回新しく作った外部導路へ切り替える弁。

 

 もし守護像が動いたら、カイルが一体を中央へ引き出す。

 ガレスはもう一体を階段から遠ざける。

 リゼットは二人とボクの全員へ治癒が届く、南東の柱の内側。

 柱の脇には観測盤を低い台へ固定してある。療養所で身体を診てもらったものと同じ系統の道具で、今は四人の魔力と呼吸の乱れを広く拾うために使う。一点の流れを見る携帯観測環と違い、誰か一人だけ急に消耗していないかを面で確かめられる。

 

 ボクは第一貯槽と固定観測環の間。

 

「リオが退くなら?」

 

 カイルが聞いた。

 ボクは床へ貼った白い目印を杖で示す。

 

「ここから階段側。ボクが『退く』って言ったら、環は捨てていい。支柱も道具も後で直せる」

 

「分かった」

 

「カイルは?」

 

「中央から南へ。像が追ってきたらガレスへ渡す」

 

「ガレス」

 

「西の柱は使わない。崩れた導路の近くだからな」

 

「リゼット」

 

「三人の肩と顔が見える位置を動かない。必要なら私から声を掛ける」

 

 全員が、自分の退路まで口にした。

 

 ボクも退路の目印へ一度立ち、杖を持ったまま階段まで通れることを確かめた。

 

 固定観測環を支柱へ載せる。

 

 輪は腰より少し高い位置へ来た。

 ボクが両手を伸ばせば、内側へ指が届く高さだ。

 

 観測器の盤面は右側。

 黒い指針が零を示している。

 

「試験のために少しだけ魔力を流す」

 

 細い魔力を第一貯槽から送る。

 銀線へ青い光が走った。

 固定観測環の内側に、薄い膜が一瞬だけ浮かぶ。

 

 盤面の指針が一目盛り動く。

 

 外から声が返った。

 

「第一放流床、光確認!」

 

「止めます!」

 

 流れを切る。

 指針が零へ戻った。

 

「次、新しい導路」

 

 切替弁を半分だけ回す。

 今度は右側の銀線が光る。

 

 外から二度目の返事。

 

 一本ずつ確かめる。

 誰も急がなかった。作業は確実に進んでいた。

 

◇

 

 確認が終わる頃には、外が暗くなっていた。

 

 地下室へ吊った灯具が、石壁を黄色く照らしている。

 守護像の影だけが大きく床へ伸びていた。

 

「俺が作業側へ戻るなら、この柱の裏だな」

 

 カイルが中央の柱へ手を当てる。

 

「ああ。そこならボクからも見える」

 

 ボクが答えると、ガレスは隣の床を靴で踏み、滑らないか確かめた。

 

 ボクは通る場所へ、足元だけを照らす小さな灯りを置いた。

 暗くなっても、退路の線を見失わないためだ。

 

 リゼットは全員の位置を実際に歩いた。

 

「リオ、壁へ寄りすぎないで。肩が見えなくなる」

 

「ここなら?」

 

「大丈夫。顔も見える」

 

「カイル」

 

「見える」

 

「ガレス」

 

「俺も」

 

 誰か一人の手が空くのを待つ場面はない。

 それぞれが、自分の仕事をしている。

 確認はそこで終えた。

 カイルが湯気の立つ杯を差し出してきたので、冷める前に飲んだ。

 

◇

 

 翌朝は晴れていた。

 晴れている分だけ、空気が冷たい。

 

 塔の入口で杖と携帯観測環を点検していると、カイルが近づいてきた。

 何か確認かと思って顔を上げる。

 指が襟へ伸びた。

 

「ここ、開いてる」

 

「自分でできる」

 

「今、両手塞がってるだろ」

 

 右手に杖。

 左手に携帯観測環。

 その通りだった。

 

 カイルは折れた布を外へ引き出し、留め具を掛け直す。

 指が顎の近くを通った。

 

 ボクは動かずにいた。

 

 杖と環を持ったまま待つ。襟が留まったら、その両方を使う作業へ入れる。

 

「そんなに寒そう?」

 

「さっき肩が上がってた」

 

「見てたんだ」

 

「見てた」

 

 外套へ入り込んだ髪まで外へ出してくれる。

 頬へ指がかすった。

 

 カイルの目が一度止まる。

 こちらまで落ち着かなくなる。

 

「終わった?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、次はボクの指示を聞いて」

 

「頼む、魔法使い」

 

 声が変わった。

 

 ボクの顔を見ていた目が、塔の入口へ向く。

 さっきの目も、今の目も、同じ人から向けられている。

 カイルが先に地下へ入る。

 ボクも杖を持ち直した。

 

「任せたよ。勇者様」

 

◇

 

 地下室では、昨日より石が低く鳴っていた。

 

 音は耳で聞くというより、靴底から伝わってくる。

 第一貯槽の中で魔力が動くたび、床がごく弱く震えている。

 

 固定観測環につないだ観測器の指針は、まだ緑の範囲にある。

 ただ、北壁の守護像へ続く銀線だけが、薄く光っていた。

 

 膝をついていた一体の目の奥へ、赤い点が灯る。

 

「警戒段階に入ってる」

 

 声を上げる。

 

 カイルとガレスが、それぞれ予定した位置へ動いた。

 

「止めるか?」

 

 ガレスの問いへ、指針をもう一度見る。

 

 流量。

 貯槽の残量。

 守護像へ向かう線。

 全部、想定した範囲だった。

 

「続ける。先に外の導路を開く」

 

 杖を床の節点へ置く。

 

「像が立ったら中央へ出して。階段側へは絶対に入れないで」

 

「ああ」

 

 深く吸う。

 今の肺に合うところで止める。

 細く吐く。

 

 今の息の長さで術式を一区切りにする。杖を持つ手を少し内へ寄せると、肩を上げずに次の線へ移れた。療養所で測った位置を、身体が覚えていた。

 

「第一弁、開けて!」

 

 ガレスが金属の柄へ手を掛ける。

 

 重い音が地下へ響いた。

 

 第一貯槽から青い光が流れ出す。

 固定観測環の内側へ、半透明の膜が張る。

 流れの太い場所だけが白く光った。

 

 外から確認の声が届く。

 

「第一放流床、流入!」

 

 その瞬間、北壁で石が軋んだ。

 

 守護像の目が完全に灯る。

 右腕が、壁からゆっくり離れた。

 

 ボクは杖の柄を二度叩いた。

 

 任せた。

 

 カイルは振り向かない。聖剣を抜き、中央へ出た。

 

 ボクはその背中から目を離し、固定観測環へ戻った。

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