幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第二十三話 今度は、ボクを支えて

 最初の一歩で、守護像が床を沈ませた。

 

 膝をついていた石の巨体が立ち上がる。

 肩が北壁の灯具に触れ、金属の枠が甲高い音を立てた。

 跳ねた石の欠片が、ボクの杖の先まで転がってくる。

 

 カイルは中央の白い目印の上にいた。

 聖剣を両手で構え、守護像の正面から半歩だけ左へずれる。

 

 像の拳が落ちるが、カイルは受けない。

 

 振り下ろされた腕の内側へ剣の腹を当て、力の向きだけを横へ流す。

 石の拳はカイルの肩を外れ、誰もいない床へ叩きつけられた。

 

「こっちだ!」

 

 カイルが短く呼ぶ。

 

 守護像の赤い目が動く。

 標的を追うように首が回り、重い足がもう一歩、中央へ出た。

 

 予定どおり。

 ボクはカイルから視線を切り、第一貯槽へ戻る。

 

 杖の先を床の節点へ触れさせる。

 

 第一貯槽の縁に青い光が浮かんだ。

 そこから西壁へ一本。

 新しい外部導路へ一本。

 

 固定観測環の内側には半透明の膜が張り、魔力が通っている部分だけが白い筋になって見える。

 右側の観測器では、指針が緑の中央を指していた。

 

「第一弁、あと四分の一!」

 

「分かった!」

 

 ガレスが南側の金属柄を押す。

 

 ぎ、と重い音がした。

 

 流れが太くなる。

 固定観測環の膜の下側が白くなった。

 狭いところへ一度に通しすぎれば熱が溜まる。

 早く空にすればいいという設備ではない。

 

「そこで止めて!」

 

 ガレスが手を離す。

 

 外から声が来る。

 

「第一放流床、安定!」

 

「第二はまだ開けない!」

 

 返事を待つ間に、北壁で二度目の音がした。

 

 もう一体の守護像が動き始める。

 

「ガレス!」

 

「見えてる!」

 

 ガレスは弁から離れ、盾を上げた。

 

 二体目の像が壁から腕を抜く。

 最初の一撃は頭より高い。

 

 ガレスは盾を正面へ立てず、上辺を斜めに傾けた。

 石の腕が盾を滑り、柱へぶつかる。

 

「ずいぶん寝起きが悪いな」

 

「長いこと寝てたんだから、機嫌も悪いんじゃない?」

 

「俺も朝は弱い」

 

「ガレスは起きたらなんでも食べるでしょう」

 

 リゼットの声が飛んだ。

 

「それは起きてからの話だ」

 

 軽口を交わしていても、三人の位置は崩れない。

 

 カイルは中央。

 ガレスは北西の柱より手前。

 リゼットは南東の安全域。

 

 階段への道は空いたままだ。

 

 ボクも、床へ貼った退避線を一度見る。

 まだ使わない。

 

◇

 

 第一貯槽の指針が、目盛りを三つ戻った。

 溜まっていた魔力が確実に外へ出ている。

 その数字を読み切る前に、石の拳が柱へめり込んだ。

 地下室全体が鳴る。

 天井から砂が降り、観測器の透明板へ細かな粒が跳ねた。

 

 カイルが柱の反対側へ滑り込む。

 守護像の顔がそちらへ向く。

 ガレスは二体目の肩へ盾を押し当て、階段側へ首が回るのを身体ごと止めていた。

 

 リゼットの声が飛ぶ。

 

「全員、怪我なし。続けられる!」

 

 ボクは指針へ視線を戻す。

 

「第二放流床、開けて!」

 

 上へ声を送る。

 

 数秒後、新しい外部導路の二本目が青く光った。

 固定観測環の膜でも、流れが二股に分かれる。

 

 これなら一か所に熱が集まらない。

 

「流量、どう?」

 

 ナディアから借りた数値表と指針を見比べる。

 

「想定内。第二貯槽から第一へ、少し増やす」

 

 杖を右へ滑らせる。

 

 第二貯槽と第一貯槽の間にある銀線へ魔力を送る。

 

 石の下で、低い音がした。

 湖側から冬の間に溜まった分が、ゆっくり第一へ移り始める。

 

 ここまではいい。

 そう思ったところで、リゼットに名前を呼ばれた。

 

「リオ」

 

 顔を上げる。

 

「息」

 

 胸が固い。

 いつの間にか、呼吸を止めていた。

 細く吐く。

 

「ありがとう」

 

「急がなくていいわ。指針はまだ緑よ」

 

 頷く。

 

 固定観測環へ視線を戻した。

 

 その瞬間だった。

 

 膜の左側だけが、白く膨れた。

 明るすぎる。

 

「左、離れて!」

 

 声と同時に、ガレスが盾を抱えて二歩下がった。

 西壁の古い溝から、白い粉が噴き出す。

 

 一度。

 二度。

 

 乾いた破裂音。

 

 石の表面に走っていた銀線が、途中で弾けた。

 幅一尺ほどの石片が剥がれ落ちる。

 

 古い放流導路が切れた。

 

 行き場を失った魔力が、壁の亀裂から青白い火花になって漏れる。

 固定観測環の支柱まで震えた。

 同時に、一体目の守護像がこちらへ向き直った。

 

 カイルが進路へ割り込み、剣の峰で石の手首を叩く。

 硬い衝撃音。

 腕の軌道がわずかに逸れ、拳が固定観測環の一歩手前へ落ちた。

 

 床が跳ねる。

 

 ボクの膝が浮いた。

 杖を突いて踏みとどまる。

 

 盤面の指針が緑を越え、黄色へ跳ねる。

 

「ガレス、弁を戻して! 半分!」

 

「戻す!」

 

 金属柄が鳴る。

 

 第一貯槽から出る量を絞る。

 それでも、流れはすぐには止まらない。

 

 貯槽の中には既に魔力がある。

 第二貯槽からも来ている。

 

 水路が途中で崩れたときと同じだ。

 上流を閉じても、途中にある分までは消えない。

 

 ボクは杖を西壁へ向けた。

 こぼれた魔力を、床へ刻んでおいた仮の溝へ寄せる。

 

 青白い火花が床を這う。

 固定観測環が、支柱ごと大きく傾いた。

 

「環、押さえ――」

 

 言いかけて止まる。

 

 まだ誰にも頼まなくても、一つ方法がある。

 目の前の流れを、自分へ引けばいい。

 

 数秒だけ身体の中へ受ける。

 その間に導路を書き直す。

 

 魔王城でやったのと同じように。

 計算は、できる。

 今の残量なら、たぶん倒れるほどではない。

 

 右手が、固定観測環の内側へ伸びかけた。

 

 輪を通る魔力へ直接触れれば、自分の身体を一時的な導路にできる。

 

 胸の奥へ、魔王城の冷たさが蘇った。

 

 あのときは、カイルへ届くより先に自分が入るしかなかった。

 

 杖の先から、新しい出口までの線を追う。三人とも退かずに持ち場にいた。そちらへつなぎ直す間だけ、手を借りればいい。

 

 指を戻す。

 

「リゼット!」

 

「何!」

 

「身体へ入れずに外へ逃がす。今の流量なら、どれくらい作業できる?」

 

 リゼットは南東の柱脇に固定した観測盤へ目を落とす。

 

「今の呼吸と魔力なら十分。二十分以上は持つわ」

 

「分かった」

 

 声にすると、自分でもはっきり聞こえた。

 

「ガレス! 二体、柱の向こうへ寄せられる?」

 

 盾の向こうで、ガレスの顔が動く。

 

「長くは無理だぞ!」

 

 ガレスの盾へ拳が落ちる。

 言葉の最後が衝撃音に半分消えた。

 ガレスの片膝が床へつく。だが盾は下がらない。

 

「固定観測環を立て直すまで! 中央の柱を使って、一体ずつしか来られないようにして!」

 

「分かった! カイル、そいつもこっちへ回せ!」

 

 カイルの剣が守護像の膝脇へ入った。

 

 壊すためではない。

 踏み出す方向を変えるためだ。

 

 像の足が剣の腹に押され、中央柱の外側へ一歩ずれる。

 そこへガレスの盾が入る。

 

 二体の巨体が同時にこちらへ来られなくなった。

 

 ボクは杖の柄を三度、床へ打った。

 

 三度。

 

 支えて。

 

 白い外套が動いた。

 カイルが像から離れ、床の白い目印に沿ってこちらへ走る。

 

 旅の途中から使ってきた合図だった。

 崖で足場を作るときも、長い魔法で腕が震えたときも、この合図で手を借りた。

 

 走ってくるカイルへ、ずれた環の下側を示した。

 

「どこを持つ?」

 

 カイルが固定観測環の前へ滑り込む。

 

「下。布を巻いてあるところ。両手で」

 

 固定観測環は肩幅ほどある。

 支柱の左脚がずれ、輪が斜めになっている。

 

「ボクの胸より少し高く。輪の面を壁と平行にしたい」

 

「上げるぞ」

 

「待って。左から」

 

 カイルが膝を曲げる。

 大きな手が輪の下へ入る。

 左側だけ先に持ち上がる。

 

「そこで止めて。右、指一本分」

 

「これで?」

 

「もう少し……そこ」

 

 固定観測環が、崩れた導路の正面へまっすぐ立った。

 輪の中に、壊れた壁が額縁のように収まる。

 

「動かさないで」

 

「動かさない」

 

 カイルの腕が固定される。

 

 ここからが、ボクの仕事だった。

 

◇

 

 術式再構築。

 名前だけ聞けば、大きな魔法を一から作り直すように聞こえる。

 実際にすることは、もっと細かい。

 

 今ある術式を読む。

 まだ生きている部分を残す。

 壊れた接続を切る。

 別の導路へつなぐ。

 

 魔王城で、カイルを狙った最後の術式の接続先を自分へ変えたのと、原理は同じだ。

 

 ただし今度は、自分を新しい出口にはしない。

 ボクは固定観測環の内側へ杖を差し入れた。

 

 輪の内側には銀線が一周している。

 そこへ弱い魔力を流すと、薄い青い膜が張った。

 

 膜へ、今ある導路が光の筋として映る。

 

 左下。

 崩れた古い放流路。

 

 中央。

 第一貯槽から来る流れ。

 

 右上。

 新しく作った外部導路。

 

 三本が同時に見える。

 

「カイル、今、重いところある?」

 

「左。下へ引かれてる」

 

「どの辺」

 

 カイルの右手へ指を触れる。

 

「この指?」

 

「もう少し親指側」

 

 そこだ。

 

 観測器の数字より先に、輪を持っている手が偏りを感じている。

 

 杖先を左下へ置く。

 まず、壊れた導路の先を切る。

 青い膜の上へ短い横線を引いた。

 

 ぱち、と小さな音がする。

 西壁から散っていた火花が一度大きくなり、すぐ弱くなった。

 

「一つ切った」

 

「軽くなった」

 

「次、新しい方へつなぐ」

 

 右上の外部導路へ杖を滑らせる。

 何もない膜の中央へ、細い青線を引く。

 

 まだ魔法ではない。

 設計だけだ。

 

 線の始点を第一貯槽側へ置く。

 終点を新しい外部導路へ触れさせる。

 

 二つの節点をつなぐ。

 そこへ魔力を流す。

 青い線が白く変わった。

 

 固定観測環の内側を、光の橋が横切る。

 

「新しい線、入る!」

 

 外へ叫ぶ。

 

「第三放流床、待機!」

 

 返事が来る。

 

 まだ開けない。

 

 仮の橋が安定するまで、一秒。

 二秒。

 三秒。

 

 指針が黄色から緑の端へ戻った。

 

「今! 第三、開けて!」

 

 外部導路の奥で弁が開く。

 光の橋へ、魔力が流れ込んだ。

 

 カイルの腕がわずかに沈む。

 

「今、下へ来た」

 

「うん。見えてる」

 

 膜の中央が白く太くなっている。

 右へ流す角度を少し変える。

 

 杖を上へ一寸。

 白い筋が外部導路の中央へ収まる。

 カイルの手の甲へ、また指を置く。

 

「まだ重い?」

 

「さっきより軽い。右は平気」

 

「分かった」

 

 力だけで耐えてもらうより、何が起きているか言ってもらえる方がずっと助かる。

 

 ガレスの盾が遠くで鳴った。

 

「そっちはどうだ!」

 

「つながった! あと固定!」

 

 リゼットの光がガレスの左肩へ飛ぶ。

 

 傷を塞ぐためではない。

 盾を支える筋肉の震えを抑える、短い補助魔法だ。

 

 ガレスの盾がもう一度鳴る。リゼットの光が消える前に、ボクは仮の橋へ固定用の線を引き始めた。

 

◇

 

 仮の橋を、恒久の導路へ固定する。

 固定観測環の膜へ、細い補助線を二本追加する。

 一つは流れが急に増えたとき、第三放流床へ余分を逃がす線。

 もう一つは、新しい導路が切れたとき第一貯槽へ逆流しないための遮断線。

 

 髪が頬へ落ちた。

 邪魔だったけれど、今は払えない。

 

 カイルが息を吸った気配がした。

 でも手は環から離れない。

 

 それでいい。

 

「カイル」

 

「ああ」

 

「もう少し、支えて」

 

「任せろ」

 

 杖先で最後の節点を閉じる。

 青い膜の上で、二本の線が一つになる。

 

 西壁へ散っていた光が消えた。

 代わりに、新しい外部導路だけが真っ直ぐ明るくなる。

 

 観測器の指針が、緑の中央へ戻った。

 

 外から声が来る。

 

「第三放流床、流入確認! 安定してる!」

 

 ボクはすぐには返事をしなかった。

 

 十を数える。

 指針は動かない。

 膜の白い筋も太くならない。

 

「……固定できた」

 

 声にしたところで、ようやく息を吐いた。

 

「カイル、少し下げて」

 

 カイルの腕と、ボクの杖が同じ速さで下がる。

 

 固定観測環を仮支柱へ戻す。

 

「まだ離さないで」

 

「ああ」

 

 固定具を一本。

 二本。

 

 最後の留め金を締める。

 

「いいよ」

 

 カイルの指が開く。

 赤くなった掌が見えた。

 

 ボクは一瞬そこへ目を向け、すぐ観測器へ戻した。

 仕事はまだ終わっていない。

 でも、一番危ないところは越えた。

 

 観測器の指針は、まだ緑の中央にある。次は中に残った分を、このまま外へ送り出す。

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