幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第二十四話 倒さなくていい戦いもある

 流れがつながったからといって、仕事が終わるわけではなかった。

 

 水なら、溢れた分を布で拭ける。

 魔力は、そうはいかない。

 

 石や金属の中へ残った魔力は、流れが止まったあとも熱や光へ変わる。

 表面が暗くなったから触っていい、というものではない。

 

 ボクは固定観測環の横へ戻った。

 大きな輪は仮支柱へ固定され、その内側にはまだ薄い青い膜が張っている。

 第一貯槽から外へ向かう流れが、膜の中央で二本の白い筋に分かれていた。

 

 右側の観測器では、黒い指針が緑の中央にある。

 

「第一放流床、もう一段開けて!」

 

 階段の上へ声を送る。

 返事が外へ渡る。

 

 数秒後、第一へ向かう白い筋がわずかに太くなった。

 指針が半目盛りだけ右へ動く。

 

 正常。

 

 塔の外には、砕石場へ向かって三つの放流床が並んでいる。

 第二は熱が先に上がったため、流れを絞って休ませた。今は第一と第三へ薄く流し、第二の温度が下がるのを待っている。

 

 一か所へ集めず、石全体へ広げる。

 熱が上がりすぎた場所があれば、すぐ別の床へ回す。

 

「カイル、腕は?」

 

 背中のすぐ後ろへ聞く。

 

「大丈夫」

 

「それだと判断できない」

 

 一拍置く。

 

「左の前腕が張ってる。指は動く。掌が擦れてる」

 

「痛みは?」

 

「握ると少し」

 

「分かった。環はもう支えなくていいから、手を休めて」

 

 次に環を上げる必要があっても、左腕へは重さを掛けられない。放流の手順の脇へ、そう書き足した。

 

 第一貯槽の指針を見る。

 深く溜まっていた分が、目に見える速さで減っている。

 

◇

 

「ガレス、左の像の目、どう?」

 

「ああ。暗くなってきた」

 

 中央柱の向こうから声が返る。

 

 守護像はまだ二体とも立っていた。

 ただ、最初に動き出した一体の赤い目は、さっきより明らかに弱い。

 

 魔力の供給が落ちれば、像はすぐ倒れるわけではない。

 内部に残った分だけ、しばらく動ける。

 

 人間なら息を切らすところを、石像は動きが少しずつ遅くなる。

 

 一体が腕を上げる。

 ガレスは盾で受けずに柱を挟むように横へ動き、拳を空振りさせる。

 

 後ろの一体も追おうとする。

 しかし柱と壁の間は、巨体二つが並べるほど広くない。

 前の一体に邪魔され、肩が柱へぶつかった。

 

「大きくても、通れる幅は増えないな」

 

 ガレスが言う。

 

「そっちの方が、ずっと大きいけどね」

 

「誰と比べてる」

 

「守護像」

 

「なら勝てん」

 

 リゼットが笑った。

 

「今は勝たなくていいのよ」

 

「分かってる」

 

 ガレスはもう一歩下がる。

 

 像を壊す必要はない。

 

 戦争が終わった以上、これは敵を倒す戦いではなかった。

 危険な設備を止め、人がまたこの道を使えるようにする仕事だ。

 

◇

 

「第二放流床、開けて!」

 

 外へ声を送る。

 

 第三をいったん閉じ、第一へ流す量も減らして、冷えた第二へ分散する。

 膜の上で、第三へ向かう白い筋が消え、第二側へ新しい筋が伸びた。

 その変化に合わせ、観測器の指針が少し揺れる。

 

 カイルが隣へ戻ってきた。

 

「手、見せて」

 

「今?」

 

「今」

 

 左手を出してもらう。

 

 掌の中央が赤い。

 固定観測環の布巻きを長く握っていた場所だ。

 

 皮は破れていない。

 指を一本ずつ動かしてもらう。

 

「しびれは?」

 

「ない」

 

「握ると」

 

「少し痛い」

 

「じゃあ、もう環は持たせない」

 

「もう固定しただろ」

 

「確認」

 

 返してから、固定観測環へ目を戻す。

 カイルが横へ立つ。

 今度は、持つためではない。

 

「ここの流れ、見える?」

 

 膜の右下を指す。

 

「白いのが二本?」

 

「そう。太い方が第一。細い方が第二放流床」

 

「さっきの白い線より、細くなったな」

 

「覚えてるんだ」

 

「重かったからな」

 

 思わず笑った。

 

 カイルは膜の二本の筋を目で追っていた。握っているときは下へ引かれる重さでしか分からなかった場所だ。

 

「この輪は、魔力そのものを止める道具じゃないよ」

 

「見るためのもの」

 

「基本はね。輪を通る面を読んで、どこが太いか、偏ってるかを見る。今回は、内側へ仮の術式を張る型にも使った」

 

「だから、傾くとまずかったのか」

 

「そう。輪が斜めになると、ボクが引いた線まで歪む」

 

 カイルが固定具を見る。

 

「次は、もっと丈夫な支柱にする」

 

「次がない方がいい」

 

「それはそう」

 

 でも、設備を使い続けるなら、壊れない前提では作らない。

 次に同じことが起きたとき、今日より安全にできる形を残す。

 それも仕事だった。

 

◇

 

 放流が三回目に入った頃、最初の守護像が膝をついた。

 石の膝が床へ当たり、地下室が一度だけ大きく震える。

 

 反射で顔を上げかけたが観測器を見る。

 

 指針は緑。

 外へ出る流れも減っている。

 逆流はない。

 

「一体、停止!」

 

 ガレスの声。

 

「もう一体は?」

 

「まだこっちを睨んでる。睨まれ慣れてるから心配するな」

 

「誰に?」

 

 リゼットが聞いた。

 

「答えるのは、仕事が済んでからにする」

 

「そのころには忘れそうね」

 

「よく分かってる」

 

 笑いかけた拍子に、杖の先が一寸ずれた。

 

 すぐ戻す。

 

「笑わせないで」

 

「リオが聞いたんだろ」

 

「ボクじゃない」

 

 残った像の目も、やがて赤から暗い橙へ変わった。

 

 拳が上がる。だけど、途中で止まる。

 次の一歩が出ない。

 しばらくして、腕が重力に負けるようにゆっくり下がった。

 

 ガレスはすぐには近づかない。

 盾を構えたまま、十を数える。

 

「二体とも停止。まだ離れておく」

 

「うん。湖側を切り替えるまで、そのままお願い」

 

 ここからが最後だった。

 

◇

 

 貯槽を空にするだけでは、来年また同じことになる。

 

 第二貯槽へ魔力が溜まった原因は、湖から来る流れそのものではない。

 本来あった出口が塞がり、逃げ場を失ったことだ。

 

 ボクは第二貯槽の奥へ移動した。

 古い湖側導路と、新しい外部導路が並ぶ場所。

 

 石壁には、新しい留め金が三つ取り付けてある。

 中央の銀線が湖から来る魔力。

 左が古い第二貯槽への入口。

 右が今回増設した外部導路。

 

 ここでも術式再構築をする。

 

 ただ、さっきほど急ぐ必要はない。

 

「カイル、こっち見て」

 

 隣へ呼ぶ。

 

「今は、湖から来たのがこの左へ入ってる」

 

 杖先で銀線を示す。

 

「これを閉じて、右へつなぐ。そうすれば来年からは、塔の中へ溜めずに外へ少しずつ流せる」

 

「第二貯槽は使わなくなる?」

 

「完全には消さない。点検用に残す。でも通常は通さない」

 

「壊れたら戻せるように?」

 

「そう」

 

 答えてから、少し笑った。

 

「ちゃんと分かるようになったね」

 

「何年聞いてると思ってる」

 

 どこかで聞いた台詞だった。

 ボクは古い入口の線へ杖を置く。

 

「切るよ」

 

 青い光が一度だけ強くなる。

 左の銀線が暗くなった。

 

 次に右へ補助線を引く。

 魔力を流す。

 新しい導路が、塔の外へ向かって青く灯る。

 

「外、確認!」

 

 声を上げる。

 

 数秒。

 

「流れ来てる! 少量、安定!」

 

 返事。

 

 最後に、逆流防止の節点を閉じる。

 派手な光は出なかった。

 鈍い金属音が一度。

 

 第二貯槽の観測器の指針が、そこで止まった。

 増えない。

 

 一分待つ。

 

 動かない。

 

「……終わった」

 

 口にした途端、膝から力が抜けた。

 

 倒れるほどではない。

 ただ、立っていることへ回す力を、ずっと後回しにしていたのだと分かった。

 カイルの手が、肘の近くへ来る。

 

「立てる?」

 

「立てる。階段も上がる」

 

「分かった」

 

 すぐ抱き上げたりはしなかった。

 そばにいるまま、ボクが杖を拾うのを待つ。

 ガレスが肩を回した。

 

「俺も階段は上がれるが、今日は椅子へ座って飯が食いたい」

 

「椅子を使わない予定だったの?」

 

「リオが床へ図面を広げたままだと、そうなることがある」

 

 反論できない例が二つ浮かんだ。

 

「今日は、片づけてから食べる」

 

「頼んだ」

 

◇

 

 外の空気は、地下より冷たかった。

 

 頬へ触れると気持ちいい。

 地下の湿った石と金属の匂いが、ようやく肺から抜ける気がした。

 

 西の斜面では、三つの放流床が淡く光っている。

 

 第一は薄い青。

 第二はそれより弱い。

 第三はほとんど消えかけていた。

 

 魔力が石へ広がり、熱として抜けている証拠だ。

 

 ベルクさんが温度と観測値を書いた紙を持ってきた。

 

「この通りなら、明日の朝もう一度測ってから道を開けます。今夜はまだ柵の中へ入れないでください」

 

「分かった。おまえさんたちは休め」

 

「あと、ここの石だけ――」

 

「リオ」

 

 カイルに呼ばれた。

 指が紙の端を押さえている。

 

「それ、もう書いてある」

 

 見る。

 本当に、自分で書いた注意が一行下にあった。

 

「……休む」

 

「そうしてくれ」

 

 近くの長椅子へ腰を下ろす。

 座った途端、肩から力が抜けた。

 隣へ来たカイルを見る。

 作業中に支えてもらったのとは違う。

 

 少し寄りかかりたくなって、上腕へ肩を預けた。座ったままなら、疲れた脚のことを考えずに隣へ寄れる。

 

「疲れた」

 

「知ってる」

 

「知ってるなら、あんまり見ないで」

 

「顔色見てる」

 

「じゃあ、ちょっとだけ」

 

 結局、断らなかった。

 

 リゼットがカイルの掌と前腕を確かめる。

 皮膚の擦れ。

 筋肉の張り。

 

 次にガレスの肩。

 

 最後にボクの指と呼吸。

 

 誰も大きな傷を負わなかった。リゼットが道具をしまう横で、ガレスは盾に食い込んだ石片を抜いている。カイルも赤い掌を開き、指を一本ずつ動かした。

 

 温かい飲み物が回ってくる。

 皆で一口飲み、ほっと息をついた。

 

「明日の朝、片づけたら街道が開くんだな」

 

「うん。道が開くところまでは見たい」

 

「俺は町の連中へ顔を出す。式の椅子が足りるか確認しろと言われてる」

 

 リゼットが頷く。

 

「私は診療所を見てくるわ」

 

 それぞれに、明日がある。

 

 ボクにもある。

 

 飲み終わって立つとき、カイルが手を貸してくれた。

 足へ力が戻ったのを確かめたあと、その指が離れようとする。

 ボクは握り直した。

 

「こっちは、もう少し」

 

 カイルが足を止める。

 それから、同じ強さで握り返してきた。

 掌はまだ赤く、暖かかった。

 

「手、痛くない?」

 

「それくらいなら」

 

「痛かったら言って」

 

「ああ」

 

 仕事のときより、遅い返事だった。

 ボクも、すぐには歩き出さなかった。

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