幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第二十六話 ボクを――

 王都へ戻る三日のあいだ、カイルは二度、ボクの髪を結んだ。

 

 乾いた街道を馬車が進むたび、後ろへ薄い土煙が伸びる。二度目の休憩では、結んでもらった髪をそのままにして出発できた。

 

 一度目は、紐の長さが左右で違った。

 二度目は、結び目がちゃんと真ん中に来た。

 

 そこで褒めたら、次もやる気になったらしい。

 馬車の中で青緑の紐を指に掛け、何もないところで結び方を確かめていた。

 

「自分の髪でやれば?」

 

「長さが足りない」

 

「ボクの頭、練習台にしないでよ」

 

 言ってから、二人とも少し黙った。

 カイルが先に笑った。

 

「それは、まだ言っていいだろ」

 

「……そうだね」

 

◇

 

 塔の作業が早まった分、王都では報告を落ち着いてまとめられた。

 ナディアはボクの図面を見て、固定観測環を支える支柱へ印を付けた。

 次は調整できる支柱を一緒に運びたい、と言う。

 

「勇者の腕を、毎回道具の数に入れるわけにはいかないものね」

 

「本人も、そう思ってると思う」

 

「本人は、案外、毎回持つと言うかもしれないけれど」

 

 そこは否定しきれなかった。

 

 ボクは支柱の図面を別の紙へ写し、仕組みを二つ提案した。

 一つは重いが安定する。

 もう一つは軽い代わりに、置ける床を選ぶ。

 どちらから試すか話していたら、窓の外が暗くなった。

 

 ナディアが時計を見る。

 ボクも見た。

 

 戦勝祭の、前日だった。

 

「今日は帰る」

 

「そうした方がよさそうね」

 

 ナディアは残った紙を引き寄せた。

 

「次は祭の後でいいわ。試作は私が手配する」

 

 ボクは自分の図面を揃え、彼女の机へ移した。

 

◇

 

 部屋へ戻ってから、服を三度、取り出した。

 

 礼装は違う。

 明日、着るものだ。

 普段の灰色の上着だと、学院から帰ってきたままに見える。

 何でもいいはずだった。

 

 昔から知っている相手に、改めて会いに行くだけなのだから。

 何でもよかったら、三度も引き出しを開けたりしない。

 結局、少し深い青緑の上着にした。

 首元に余計な飾りのない、自分で選んだものだ。

 

 鏡の前へ立つ。

 

 銀灰色の髪。

 細くなった首。

 目の色は、前と同じなのに、顔の中で占める大きさが違って見える。

 

 この顔を、カイルは好きだと言った。

 言葉にしてもらう前から、こちらを見たときの目で、何度も知っていた。

 

 鏡の中の襟を直す。以前なら、見た目を褒められても中にいるボクには関係ないと思っただろう。今は、カイルに見てもらいたくて髪の片側まで整えている。

 高い棚へ手が届かないときや、手帳の印より先に腰が重くなったときには、以前の身体を思い出す。それでも今夜は、この顔で会いに行きたかった。

 

 ボクは髪を自分で結び、買っておいた茶を持った。

 

◇

 

 カイルは、扉を開けたまま止まった。

 

「入っていい?」

 

「ああ。悪い」

 

 横へ避ける動作が、一拍遅い。

 その一拍を見逃さなかった。

 鏡の前で三度着替えたことは、黙っておく。

 机には、茶の道具と、小さな焼き菓子があった。

 

「カイルも用意してたの」

 

「用意すると言っただろ」

 

「ボクも持ってくるって言った」

 

「二つあって困るものじゃない」

 

 包みを開くと、同じ店の印が出てきた。

 菓子まで、ボクの持ってきたものと同じだった。

 二人で見比べる。

 

「一人分、多いね」

 

「明日、食えばいい」

 

「明日も来ることになってる」

 

 言ってから気づいて、顔を上げる。

 カイルは、否定しなかった。

 

「来ないのか」

 

「……来る」

 

 明日の分まで包みを寄せてから、ボクは椅子を引いた。

 茶を淹れているあいだ、机の奥へ目が行った。

 

 修理してもらった額が置いてある。

 十五歳の、ボクとカイル。

 今より少し尖った顔のボクが、慣れない正面を向いている。

 隣のカイルは、今より無防備に笑っていた。

 

 茶を置いたカイルが、ボクの視線を追う。

 

「場所、ここでいいだろ」

 

「うん」

 

 ずっと見ていたら、カイルが首を傾けた。

 

「何か気になる?」

 

「……今から話す相手と、そっちのボクが、別の人みたいになったら嫌だなって」

 

 カイルに好かれたくて選んだ上着の袖を、膝の上で伸ばした。絵の中のボクなら、こんなことを考えずにここへ来ただろう。

 

「上手く説明できないんだけど」

 

「そのままでいい」

 

「そのままだと、長いよ」

 

「知ってる」

 

 カイルが向かいではなく、隣の椅子へ座った。

 ボクは茶の縁へ両手を添えた。

 温かいものがあると、少し話しやすい。

 

「カイルがこの顔を好きなの、嬉しいんだ。もう、嫌じゃない」

 

「ああ」

 

「でも、昔のボクは、もういらないみたいになるのは嫌だ」

 

「ならない」

 

 早い返事だった。

 

「最後まで聞いて」

 

「……悪い」

 

 謝られると、それ以上強く言えなくなる。

 ボクは茶へ視線を落とした。

 

「ボク、たぶん、急に気が利くようにはならない。本に夢中になったら返事しないこともあるし、カイルの話より魔法の話をしたくなることもある。服だって、毎日、喜びそうなのを選べるか分からない」

 

「毎日だったら、俺が困る」

 

「そこ、冗談を言うところじゃない」

 

「冗談じゃないけどな」

 

 横を見ると、カイルは口元だけで笑っていた。いつもの余裕より、少しだけぎこちない。

 

「前から知ってるよ。全部」

 

「知ってるのと、よくなかったって思うのは別でしょ」

 

「その話なら、リオだって俺をよく知ってる」

 

 カイルは、自分の茶へ手を伸ばした。

 

「返事をしないときの起こし方も知ってる。服が変わったら嬉しい。でも、いつもの格好で俺の部屋へ来るのも嬉しい」

 

 言葉の途中で、カイルが息をつく。

 

「上手く言えないな」

 

「カイルも?」

 

「俺も」

 

 カイルが、額の方を見た。

 

「この頃は、考えてなかった。リオと、こういう話をするとは」

 

 ボクは頷いた。

 

「ずっと、この気持ちだったって言えば、安心するか?」

 

「たぶん、嘘だって言う」

 

「そうだろうな」

 

 小さく笑い合った。

 笑えたことで、肩が少し楽になった。

 

「最初は、見た目だった」

 

 カイルが言った。

 逃げない目で、こちらを見ていた。

 

「リオが起きて、俺を呼んだとき。何を見ていいのか分からなくなった。身体が変わったばかりで大変だって分かってるのに、綺麗だと思った」

 

 ボクはカップから手を離した。

 指に力が入り、落としそうになったからだ。

 

「そのあと、リオが普通に近づいてくるたび、どこを見ればいいのか分からなくなった」

 

「……少しは、言ってくれれば」

 

「言っても、俺相手に何を気にしてるの、って顔をした」

 

 した記憶がある。

 一度ではない。

 

「好きな顔だから、落ち着かないだけだと思おうとした。でも、知らない誰かがその顔をしてても、俺の部屋に勝手に本を置いたり、眠いと肩を使ったりはしないだろ」

 

「ボク、それ、今から謝った方がいい?」

 

「謝られたい話じゃない」

 

 カイルの手が、机の上へ置かれた。

 ボクのすぐ近くだった。

 

「リオがするから、どうしようもなかった」

 

 いつも気軽に触っていた手に、今夜は触れられない。

 掴めばいい。

 そうしたら、きっと握り返してくれる。

 でも、先に聞きたかった。

 カイルが、自分の言葉で、どこまで言うのか。

 

「男のままだったら?」

 

 聞いてから、自分で嫌な質問だと思った。

 

 もう、そういう未来は来ない。

 比べて確かめることもできない。

 

 カイルはすぐには答えなかった。

 

「分からない」

 

 やがて、そう言った。

 

「同じように好きになったと、今から言うのは違う気がする。実際、その頃は、こうして触れたいと思ってなかった」

 

「……うん」

 

「でも、魔王を倒したあと、どこへ行くか考えるとき、リオがいないところは、あまり思いつかなかった」

 

 カイルが笑う。

 

「リオの都合もあるのにな」

 

 ボクも同じだった。ミルネへ行くと聞いただけで、斜め向かいの扉まで浮かんでいた。

 

「聖剣に選ばれたときより、こっちの方が困った」

 

「比較するもの?」

 

「聖剣は握れば結果が出た。リオは、何年一緒にいても答えが変わる」

 

「二十年以上ね」

 

 言うと、カイルが少し笑った。

 

「好みの顔だけで済めば、楽だったんだけどな」

 

 カイルの指が、ボクの指へ触れた。

 

「顔を見ないようにしても、声がする。俺の名前を、昔と同じ呼び方で呼ぶ。つい返事をして、気づいたらもう近くにいる」

 

「嫌だった?」

 

「嬉しいのに、平気な顔ができなかった」

 

 軽く触れていた指が、動いた。

 ボクの指の間へ、一本だけ入る。

 

「今は、もっと近くにいてほしい。リオが誰を待ってるのか、俺が聞かなくても分かるくらい」

 

 息が詰まった。

 それはボクも欲しかったものだった。

 毎日、少しずつ形を変えて、欲しいと思っていたものだった。

 

 カイルが身体をこちらへ向ける。

 ボクも、逃げずに向いた。

 幼馴染の顔だった。

 見飽きるほど知っているのに、こんなに緊張して見つめるのは初めてだった。

 

「リオ、好きだ」

 

 指に、力が入る。

 

「俺と、恋人になってほしい」

 

「ボクも、好き」

 

 返事は、思ったより早く出た。もっと長い話を用意していたのに、カイルが言った途端、自分の言葉も同じ形になった。

 

 カイルが黙る。

 握っていた指にも、急に力が入らなくなった。

 

「……聞こえた?」

 

「聞こえた」

 

「だったら、何か言ってよ」

 

「今、考えてる」

 

「何を?」

 

「リオが、俺を好きだって言ったこと」

 

 同じ言葉を返されただけなのに、顔が熱くなった。

 

「言ったよ」

 

「ああ」

 

「そんなに、何回も確かめること?」

 

「確かめたい」

 

 カイルは、ずるいと思う。

 いつもの声で、そんなことを言う。

 ボクは、机に置いたままの茶を見た。

 もう、湯気が薄くなっていた。

 一口飲めば、顔を見ない時間を作れる。

 作らなかった。

 

「まだ、話したいことがある」

 

 カイルが頷く。

 言い終えたから抱き寄せるとか、そういうことはしなかった。

 近い椅子へ座ったまま、ボクを見る。

 

「ボク、カイルを応援できない」

 

 眉が動いた。

 

「恋愛の練習、付き合ってあげるって言ったでしょ」

 

「ああ」

 

「本当は、カイルが知らない誰かに、ボクの前でしたみたいに笑うのが嫌だった。どうすれば喜ばれるかなんて、一緒に確かめなければよかったと思った」

 

 思い出しただけで、繋いだ指にまた力が入った。

 

 本当に好きな人を誘うときも困らないね、と言った夜を思い出す。あの続きを想像したくなくて、ボクは繋いだ手を少し自分へ寄せた。

 

「ひどいよね。自分で言ったくせに」

 

「俺は、練習じゃないつもりだった」

 

「今は、分かってる」

 

 分かっているから、今夜ここにいる。

 分からないふりをして楽になるのは、もうやめた。

 

「カイルの隣は、ボクの場所だと思ってた。相棒だから、幼馴染だから、それくらい当然だって」

 

 指を、握り直した。

 

「でも、それだけじゃ足りなくなった」

 

 誰かと幸せになればいいと思っていたはずだった。でも、その誰かへ帰っていくカイルを見送ることはできそうになかった。

 

「ボクを、一番にしてほしい」

 

 カイルの目が、まっすぐこちらへ向いた。

 

「仕事の途中で、何でもボクを優先しろって意味じゃないよ。そうじゃなくて……」

 

「分かる」

 

「本当に?」

 

「リオが帰ってきたとき、最初に顔を見たいのは俺であってほしい、ってことなら」

 

 喉の奥が詰まった。

 ボクは頷いた。

 

「……そういうの」

 

「俺も、そうだ」

 

 握られた手が、少し持ち上がる。

 カイルの方へ引かれるかと思った。

 でも、机の縁で窮屈だった指を、二人の間へ下ろしただけだった。

 昔から、ボクが言う前に、窮屈なところだけ先に見つける。

 そんなカイルを、恋人にしたらどうなるのか。

 知っている部分の多さが、今は余計に落ち着かなかった。

 

「あと、もう一つ」

 

「まだある?」

 

「ある。長いって言ったでしょ」

 

「聞くよ」

 

「……カイルが、ボクを見るの、好き」

 

 最後の方は、小さくなった。

 カイルが瞬きをした。

 今のは予想していなかったらしい。

 

「この顔で、カイルが困るのも、ちょっと好き。前は、そんなの気づかなかったけど」

 

「ちょっとか?」

 

「今、そこを確かめないで」

 

 笑いそうな口元を睨んだ。

 カイルは笑いかけて、途中でやめた。

 ボクの耳まで赤いことに、たぶん気づいたからだ。

 

「女になったから、カイルに何かしてあげなきゃいけないとは思ってない。でも、触ってほしいとは思う」

 

 もう、カイルの目を見ていられなかった。

 視線を下げると、二人の手がある。

 結局、逃げられる場所がどこにもない。

 

「……ボクも、こうなったらどうなるのか、よく分かってない」

 

 すぐ隣で、椅子が鳴った。

 

「俺も分からない」

 

 カイルの声がした。

 

「リオ相手だと、知ってることの方が少ない気がしてる」

 

 そんなはずはないのに、おかしかった。

 何年、一緒にいると思っているのだ。

 その何年を持ったまま、二人とも、初めてのところへ来てしまった。

 ボクは顔を上げた。

 

「カイル」

 

「ああ」

 

「ボクを、カイルの恋人にして」

 

 言ったあと、胸の中へ、まだもう一つ言葉が残った。

 

「カイルも、ボクの恋人になって」

 

 カイルの表情が崩れた。

 笑ったのだと思う。

 けれど、普段みたいに人へ見せるための、整った笑顔ではなかった。

 

「なる」

 

 短い返事だった。

 その短さが、たまらなく好きだった。

 

◇

 

 それから少し、何も話せなかった。

 手は繋いでいる。

 すぐ隣に、恋人になった人がいる。

 さっきまでと同じ部屋なのに、椅子の高さまで違う気がした。

 

「……何か、変わる?」

 

 ボクが聞くと、カイルは考えた。

 

「明日、迎えに行くとき、言い訳を考えなくていい」

 

「前から来てたでしょ」

 

「考えてたんだよ」

 

「カイルも?」

 

「俺も」

 

 知らなかった。

 自分ばかりが用事を増やしていると思っていた。

 可笑しくなって、少し笑う。

 笑いながらカイルを見たら、視線がボクの口元にあった。

 笑えなくなった。

 

 知っている目だ。

 一度だけ、こんなふうに近くなったことがある。

 あのときは、ボクが先に目を逸らした。

 

 今は、逸らしたくなかった。

 

「リオ」

 

「……うん」

 

「キス、してもいいか」

 

 胸の奥で、何かが跳ねた。

 

 ボクは、握られている手を自分の方へ引いた。

 

「……してほしい」

 

 声は、小さかった。

 でも、カイルは聞き返さなかった。

 カイルの指が、頬へ来る。

 

 髪の束を耳の後ろへ寄せるだけの、何度かされたことのある動きだ。

 今夜は、それだけで目を閉じそうになった。

 

「顔、少し上げて」

 

「……椅子、カイルの方が低いのに」

 

「それでも届かない」

 

 こんなときに、変なところで普段の会話になる。

 笑いかけたところへ、額が近づいた。

 

 鼻が軽く触れる。

 二人とも一度止まった。

 カイルが、ほんの少し首を傾けた。

 

 唇が触れた。

 

 思っていたより、温かかった。

 柔らかいという感触は、離れかけてから追いついた。

 

 それをちゃんと覚えようとしたころには、もう離れていた。

 ボクは、目を開けた。

 カイルが目の前にいる。

 

 近すぎて、顔を一度に見られない。

 

「……短い」

 

 自分の声だと、すぐには思えなかった。

 カイルの目が大きくなる。

 

「今、何て?」

 

「聞こえたでしょ」

 

「聞こえたけど」

 

 分かっているくせに聞き返すから、カイルの袖を掴む指に力が入った。

 何か返していないと、さっき自分が口にした言葉の熱が、そのまま頬まで上がってきそうだった。

 

「もう一度。今度は、ボクも」

 

 最後まで言う前に、カイルが近づいた。

 

 二度目は、鼻が当たらなかった。

 

 ボクも、少し顔を傾けたからだ。

 どこへ手を置くか迷い、袖を握ったままにした。

 カイルの手が頬から首の後ろへ移る。

 強く押さえられているわけではないのに、その手の中にいることが分かった。

 離れたあとも、ボクは袖を放せなかった。

 カイルも、顔を遠ざけなかった。

 

「リオ、そういうこと、自分から言うんだな」

 

「……ボクだって、初めて知ったよ」

 

 言い返したら、カイルが笑った。

 ボクも笑った。

 十五歳の二人の絵が、机の奥からこちらを向いていた。

 見られている気がして、少しだけ落ち着かなかったけれど、伏せようとは思わなかった。

 

◇

 

 茶は、完全に冷めていた。

 

 淹れ直したあと、今度は部屋の話をした。

 机を二つ置けるところ、と書かれた紙を、カイルが引き出しから出す。

 ボクは、研究の道具をしまえる棚も要ると言った。

 カイルは、自分の装備を置く場所も欲しいと言った。

 窓の向きでも少し揉めた。

 ボクの机は明るい方がいい。

 でも、夏に西日が強すぎると暑いらしい。

 

「見てから決めよう」

 

 ボクが言うと、カイルが頷いた。

 

「二人で?」

 

「今、それを確かめる?」

 

「確かめたいんだよ」

 

 最初と同じ返事だった。

 もう、好きに確かめればいいと思った。

 帰るとき、扉の前で、もう一度だけ抱きしめられた。

 カイルが離れたあと、ボクは胸を指で押した。

 

「明日の朝、寝坊しないでね」

 

「リオも」

 

「ボクはしない」

 

「昨日、俺が呼びに行くまで寝てただろ」

 

 そうだった。

 

 恋人になったからといって、過去の寝坊が消えるわけではないらしい。

 

 部屋へ戻って、扉を閉める。

 背中をつけてから、頬に手を当てた。

 誰も見ていないところで、ひどく気の抜けた顔でボクは笑っていた。

 

◇

 

 翌日の戦勝祭で、ボクたちは一人ずつ名前を呼ばれた。

 

 カイル・アスター。

 リオ・フェルン。

 リゼット・ハルヴェ。

 ガレス・ベルン。

 

 誰かの付き添いとしてではなく、四人それぞれが、討伐の旅を終えた人間として。

 

 深い青緑の礼装の袖が、手の甲へ触れる。

 歩くときに裾を踏まないよう、少しだけ持ち上げた。

 客席を見渡したカイルの目が、こちらへ戻る。

 ボクは、今度はその目を避けなかった。

 

 祝宴では、四人の絵を残すための下描きもした。

 ガレスがじっと立つのに飽き、リゼットに袖を引かれる。

 その隣で、ボクは少し笑いそうになった。

 今の姿で並んだ絵が、増える。

 古い一枚を失くさずに。

 

 音楽が始まったあと、カイルがボクの前へ来た。

 手を差し出して、何か言おうとする。

 ボクは先に、その手を取った。

 

「今回は、何て言えばいい?」

 

 カイルが小さな声で聞いた。

 

「踊ろう、でいい」

 

「踊ろう、リオ」

 

「うん」

 

 歩き出す前に、ボクは少し背伸びをした。

 耳へ口を寄せるだけで、カイルの指に力が入る。

 それが分かったから、声が少しだけ弾んだ。

 

「ボクの恋人なんだから。今夜は、ちゃんとこっちを見てて」

 

 カイルが、息を止めた。

 

「最初から見てる」

 

「知ってる」

 

 音楽の拍に合わせて一歩出る。

 二歩目で裾がカイルの靴へ触れ、二人とも同時に足元を見た。

 

「踏むのはリオだったな」

 

「今それ言う?」

 

 笑いながら顔を上げると、言った通り、カイルはまだこちらを見ていた。

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