幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい   作:本郷カキツバタ

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第二十八話 好みの真ん中に、居座ってやる

 アルトが来たのは、昼少し前だった。

 

 玄関を開けると、小麦粉の匂いが冷たい外気と一緒に入り込んできた。

 肩には粉挽き場の白い粉が薄く残り、片手には布で何重にも包んだ細長い荷物を抱えている。

 

「粉を届けるついで」

 

 そう言って、居間の机へ荷物を置く。

 布をほどく前から、形で分かった。

 

「まさか」

 

「納屋を片づけるんだとさ。オーウェンさんが見つけて、ローディンさんが『リオに聞くまで捨てるな』って。いつまでもあそこじゃ埃を被るから、持ってきた」

 

 最後の布を外す。

 中から出てきたのは、古い飛行灯だった。

 

 両手で抱えられるほどの木の輪。

 内側へはめ込んだ四枚の硝子のうち、一枚だけ曇りがひどい。

 木枠の右側には、昔焦がした黒い跡が残っている。

 

 裏返す。

 細い溝へ埋め込んだ銀線が見えた。

 

 今なら、一目で分かる。

 

 灯りを作る線。

 木枠を浮かせる線。

 風で傾いたとき姿勢を戻そうとして、結局うまく働いていない線。

 

 全部が同じ場所へつながっている。

 子供の頃のボクは、魔力を入れる入口を一つ作って、あとは全部そこから枝分かれさせれば便利だと思っていたらしい。

 

 結果、明るくしようとすると浮きすぎる。

 浮く力を弱めると灯りまで暗くなる。

 風に押されれば、傾きを直す術式まで一緒に出力が落ちる。

 

「……ひどい」

 

「昔は自慢してたぞ」

 

 カイルが横から覗き込む。

 

「昔のボクに言って」

 

「今ここにいるだろ」

 

「今のボクなら、こんなつなぎ方しない」

 

 指で焦げ跡の横をなぞる。

 

「ありがとう。あとで取りに行くつもりだった」

 

「リオの、あとでは長いからな」

 

 アルトが笑った。

 カイルも否定しなかった。

 

 ボクは袖をまくった。

 机の引き出しを開ける。

 

「昼ごはんは?」

 

 カイルが聞く。

 

「食べてから」

 

 答えながら、既に細い工具を一本取り出していた。

 

「リオ」

 

「食べるってば」

 

「手に工具を持ってから言われてもな」

 

 自分の手を見る。

 

 あれ。いつ取り出したのだろう。いったん引き出しへ戻す。

 

 アルトがかなり笑っていた。

 

「変わらないな」

 

「少しは変わったよ」

 

「そうか?」

 

 アルトの目が、ボクとカイルの間を往復する。

 何か見つけたらしい。

 

 少し考えてから、頷いた。

 

「そうかもな」

 

 何を見てそう思ったのかは聞かなかった。

 聞けば、こちらが困る答えが返ってきそうだった。

 

◇

 

 昼食を終えると、本当にすぐ作業を始めた。

 

 まず、曇った硝子を一枚だけ交換する。

 次に木枠の裏を開く。

 

 木枠と、まだ使える銀線は残す。焦げ跡の横にも、灯りを作る短い術式が生きていた。そこから線を辿り、浮かせる方へつながる接点を見つける。

 今度こそ、昔作った灯りをちゃんと飛ばしたかった。

 灯火式と浮揚式の間へ入っていた直結線を切る。

 銀線を一本外すと、木枠の中に小さな空白ができた。

 

「そこ、なくして大丈夫なのか」

 

 カイルが聞く。

 

「前は、ここから両方へ同じ量を送ってた」

 

 外した線を見せる。

 

「今は別々にする。明るさはこっち。高さはこっち」

 

 木枠を指で半周する。

 

「じゃあ、同時に動かすときは?」

 

「最後に細い連結線を一本だけ足す。命令を共有するだけ。力そのものは混ぜない」

 

「なるほど」

 

 その返事で、ボクは少し手を止めた。

 

「分かった?」

 

「灯りを強くしても、上へ飛びすぎなくなる」

 

「正解」

 

「昔より分かるようになった」

 

「何年聞かされてると思ってるの」

 

 言ってから、二人とも笑った。

 

◇

 

 午後、町の外れの川まで飛行灯を持っていった。

 

 空は薄い灰色だった。

 雪にはならないらしいけれど、川沿いの草には朝の霜がまだ残っている。

 

 水は冬の色をしていた。

 深いところだけ青黒く、浅瀬では丸い石の間を透明に流れている。

 

 子供の頃、セナ村の川へ何度、飛行灯を落としたか分からない。

 水の色は違うのに、流れを見ていると、あの頃の川を思い出した。

 

 カイルが拾いに入るたび、靴を濡らした。

 夏ならそのまま笑って帰った。

 寒い時期には、アルトのところで火を借りたこともある。

 

 カイルが岸辺から平たい石を一つ選び、飛行灯を置いた。

 

「今度は、どこまで飛ばすんだ」

 

「高くはしない。まず、ボクの目の高さ」

 

「俺の目じゃないんだな」

 

「カイルの目だと高すぎる。上見続けたら首が疲れる」

 

 笑われた。

 でも、本当にそれでいい。

 目の高さへ来るまで、木枠の傾きを横から確かめるつもりだった。

 

 木枠へ指を添える。

 

「最初、灯りだけ」

 

 灯火式へ魔力を流す。

 四枚の硝子の内側を、淡い青白い光がゆっくり満たした。

 木枠は動かない。

 

 よし。

 

「次、浮かせる」

 

 別の入口へ魔力を送る。

 木の輪が石から指一本ぶん離れた。

 さらに少し。

 

 膝。

 腰。

 胸。

 ボクの目の高さで止める。

 

 灯りの明るさは変わらない。

 昔なら、この高さまで上げた時点で硝子が眩しいほど光っていた。

 

「分かれてる」

 

 カイルが言った。

 

「そう」

 

 少し嬉しくなる。

 

「今度は姿勢」

 

 川から風が来る。

 木枠が右へ傾いた。

 

 新しく組んだ補正式が反応する。

 傾いた側の浮揚式だけが一瞬強く光った。

 輪が戻る。

 ゆらり、と一度揺れ、それから同じ高さで止まった。

 

「……よし」

 

 声が出た。

 

 もう一度風が来る。

 今度は少し強い。

 飛行灯が半歩ぶん横へ流される。

 補正式が追いつく。

 

 戻る。

 

 川へ落ちない。

 空へ行きすぎない。

 明るさも変わらない。

 

 ボクはカイルを見る。

 カイルは飛行灯ではなく、ボクを見ていた。

 

「ちゃんと灯り見てよ」

 

「見てた」

 

「今は?」

 

「リオが嬉しそうだったから」

 

 また灯りへ目を戻す。

 

 ずるい。

 

 魔法が上手くいったことで喜んでいたのに、違うものまで混ぜてくる。

 

「カイルが拾いに行かなくてよくなるんだよ」

 

「それは助かる」

 

「昔のボクに見せてやりたい」

 

「まず、その焦げたところ直せって言うんじゃないか」

 

 カイルが木枠を指す。

 

 黒く残った跡。

 

 ボクは考えた。

 

「言うかも」

 

「直す?」

 

「これは残す」

 

「どうして」

 

 指で焦げ跡へ触れる。

 

「ボクが最初に作ったところだから」

 

 カイルは何も言わず、頷いた。

 少しの間、二人で灯りを見る。

 

 子供の頃、川の上に浮かんだらきれいだろうと思ったものが、今、思った高さにいる。カイルも手を出さず、並んでそれを見ていた。

 

 消す前に、もう一度だけ目の高さへ戻す。

 

「消すよ」

 

 灯火式を先に止める。

 硝子の光だけが消える。

 

 飛行灯はまだ空中にいる。

 

「ほら」

 

「前は、消したら落ちてたな」

 

「そう。全部つながってたから」

 

 次に浮揚式を止める。

 木枠がゆっくり下りる。

 

 カイルが両手で受け取った。

 

「ちゃんと消える」

 

「大事だったな、それ」

 

 覚えていたらしい。

 笑って、飛行灯を布へ包む。

 帰ったら、今度は窓辺で使える形へ直したい。

 

 やりたいことは、まだいくらでもある。

 

◇

 

 夕食のあと、カイルは自分の仕事部屋へ入った。

 ボクも自分の机へ向かう。

 今日の飛行灯の記録を書く。

 

 灯火式、問題なし。

 浮揚式、高さ安定。

 横風補正、二段階目だけ少し遅い。

 

 そこまで書いてから、ナディアから届いた紙を開いた。

 

 防衛塔の固定観測環について、別の支柱案が描いてある。

 一本の支柱へ輪全体を載せるのではなく、三点で支える形。

 一か所が外れても、残り二点で角度を保てる。

 

「これ……」

 

 面白い。

 

 カイルへ話したくなった。

 

 紙を持って扉へ向かう。隣の仕事部屋では、まだカイルの筆が動いていた。

 

 扉を軽く叩く。

 

「今、いい?」

 

「あと一行」

 

「うん」

 

 廊下で待つ。

 

 扉越しに筆が紙を擦る音がする。

 

 一行。

 もう一度、短い音。

 止まる。

 

 扉が開いた。

 

「何か見つけた?」

 

「面白いのが、あった」

 

「そんな顔だ」

 

 紙を少し持ち上げて下ろす。

 

「あと、近くにいたくなった」

 

 カイルの手が、扉の縁で止まった。

 

 そう。

 その顔だ。

 

 好きだと言うたびに、まだ初めて聞いたみたいな顔をする。

 何度同じことをしても、少しは慣れるくせに、全部は慣れない。

 

 ボクはその顔を、ずっと自分のものにしていたかった。

 

「どっちが先だ?」

 

「何が」

 

「魔法の話と、近くにいるの」

 

 カイルの手を取った。

 

「同時にできるでしょ」

 

◇

 

 居間の棚には、絵が二枚並んでいる。

 

 十五歳の、男同士のボクたち。

 

 それから、戦勝祭で描いてもらった四人。

 

 どちらも、客が来れば普通に見える位置にある。夕方の光の中で、古い絵の紙に残った傷まで見えた。

 

 カイルが長椅子へ座り、隣を空けた。

 ボクはそこへ座る。

 いつもの位置。

 

 最近は、カイルの腕が背もたれではなくボクの肩へ来る。

 大きな手が髪を挟まないように動く。

 自分で髪を前へ逃がしてから、カイルへ寄る。

 長い身体の横へ、こちらの肩と腰が収まる。

 

 昔なら、狭いと肘で押していたところだ。

 今は、余っている場所を自分で埋める。

 同じ相手なのに、してほしいことが増えた。

 増えたことを、もうカイルのせいにはしない。

 

 もちろん、少しはカイルのせいだけれど。

 

「どこを見る?」

 

 カイルが紙へ顔を寄せる。

 

「ここ。この前の防衛塔で使った固定観測環、一本の支柱で持ってたでしょ」

 

「ああ」

 

「この案なら三点で支える。一か所が駄目になっても、隣へ重さを移せる」

 

「一個なくなったら、次へ渡す?」

 

「そう。だから、全部を止めなくても――」

 

 説明の途中で、カイルの視線が紙から動いた。

 

 分かった。

 顔の横だけが熱を持つ。

 話を止める。

 

「聞いてる?」

 

「聞いてる」

 

「どこまで?」

 

「一個なくなったら、次へ渡す」

 

「そこから、ボクの顔見てたでしょ」

 

 カイルが黙る。

 正解らしい。

 

 紙を膝へ置き、カイルへ顔を向ける。

 あれほど、何を考えているのか分からなかった相手だ。

 今は、分かってしまうことがある。

 

 こちらを見たい。

 近くにいるなら触れたい。

 

 そう思われていると知るだけで、ボクも落ち着かなくなる。

 

 今なら、その顔へ触れてもいい。そう分かっていても、こちらから近づく瞬間には少し迷った。

 ボクは身体を少し起こし、カイルの頬へキスをした。

 

 カイルの腕が動くけど、離さないように背中へ腕を回す。

 

「……リオ」

 

「続き、聞いて」

 

「それをしてから?」

 

「顔を見る時間は、あとであげる」

 

 言ってから、自分の顔が熱くなった。

 

 ずいぶん偉そうだ。

 

 ボクだって、見てもらいたいくせに。

 カイルは少し黙り、それから額をこちらへ寄せた。

 

「あとで、って言ったな」

 

「……うん」

 

「忘れるなよ」

 

「カイルが覚えてるでしょ」

 

 笑い声が、すぐ近くでした。

 

 この見た目が、カイルの好みの真ん中だったのは偶然だ。けれど、この腕を自分へ引き寄せたのはボクだった。

 昔のボクも知っている相棒の隣へ、もう少し寄る。

 

 好みの真ん中へ、居座ってやる。

 

「カイル、腕、もう少し下」

 

「ここ?」

 

「そう。紙が見える」

 

 直してもらった腕へ収まり、図面を広げる。

 カイルが今度はちゃんと、線の先を指で追った。

 

 ボクは、その肩へ軽く寄りかかった。

 

「それでね、三点のうち一つが外れたときなんだけど――」




次回、最終話
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