正邦のキセキ   作:lalaland

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合流

 

 三週間後。

 

 日本へ戻った翌日、蓮は正邦の体育館にいた。扉を開けると聞き慣れたボールの音が響いている。三週間しか離れていない。それでも毎日のように立っていた場所へ戻ると、アメリカのストリートとは違う空気に自然と肩の力が抜けた。

 

「お、やっと来た」

 

 最初に気づいた津川が手を上げる。

 

「やっとって、昨日帰ってきたばっかりだよ」

 

「だから今日来ると思ってた。アメリカどうだった?」

 

「疲れた」

 

「三週間行って感想それだけ?」

 

「一番最初に出てくるのはそれかな」

 

「もっとないの? めちゃくちゃ強くなったとか」

 

「自分でそれ言うの恥ずかしくない?」

 

「銀城なら言いそうだけどな」

 

「どういうイメージなの、それ」

 

 津川が笑う。その声に岩村たちもこちらを向いたが、久しぶりだからといって特別な空気になることはなかった。

 

 岩村は怪我がないことだけ確認すると、すぐ練習へ戻る。蓮も着替えてコートへ入り、いつものようにウォーミングアップを始めた。

 

 見た目に大きな変化はない。肩や背中、脚に僅かな厚みが増した程度で、三週間前の姿を知らない人間ならまず気づかないだろう。

 

 その違いが見え始めたのは、ボールを使い始めてからだった。

 

 春日から受けたボールを、そのまま反対側へ返す。

 

 春日の手元へ収まった瞬間、僅かに身体が揺れた。

 

「銀城、今のもう一回」

 

「何か変でした?」

 

「いや。ちょっと確認したい」

 

 同じ距離からもう一度返す。今度は蓮も意識して力を抑えたつもりだったが、春日は受け取ったボールを手の中で転がしながら首を傾げる。

 

「やっぱり前より速いな。というか、重い」

 

「そんなに違います?」

 

「変に力んでる感じはしないんだけどな」

 

 その会話を聞きつけた津川が近づいてくる。

 

「俺にも投げて」

 

「何でそんな楽しそうなの」

 

「気になるじゃん。ほら」

 

 蓮が胸元へ送ると、津川は両手で受け止めた。

 

「……あ、違うわ」

 

「分かる?」

 

「前より来る。ズンって感じ」

 

「説明雑だなあ」

 

「でも分かるだろ?」

 

「何となくは」

 

 蓮自身も、そこで初めてはっきり意識した。

 

 強く投げようとしたわけではない。腕だけで押し出した感覚もなく、普段通り身体を使っているだけだ。それでも下半身から体幹、肩、腕へ伝わる力が以前より途切れなくなっている。

 

 アメリカでは毎日その身体で動いていたため、途中から変化を意識することは少なくなっていた。以前の蓮を知る相手と同じメニューを行うことで、三週間前との差が外側から浮かび上がってくる。

 

 松元の声が飛び、三人はすぐ練習へ戻った。

 

 その日の後半は、ハーフコートで3対3。

 

 蓮、津川、大室。相手は春日、坂本、岩村。

 

 トップでボールを持つ蓮の正面へ春日が入る。何度も対峙してきた相手だから、お互いの間合いは分かっている。蓮がどこから仕掛けるのかを春日は知っており、蓮も春日がどの瞬間に重心を動かすのか知っていた。

 

 右へ踏み込む。

 

 春日もすぐ反応したが、それでも蓮の身体が半歩だけ先へ出る。

 

 すぐに身体を寄せてコースを消しにくる。三週間前なら一度速度を落とす場面だったが、今は接触を受けても軸が残った。そのまま二歩目へ繋ぎ、岩村がゴール下から動いた瞬間に外へ送る。

 

 大室が受け、そのままミドルを沈めた。

 

 次の攻撃では春日が最初から少し距離を取る。一歩目を警戒した分だけ別の空間が生まれ、左から津川が動いた。

 

 岩村の視線が僅かにそちらへ向く。

 

 《天瞰眼(パノラマ・ヴィジョン)》で残りの配置を捉えた蓮は、すぐ津川へ通す。受けた津川がドライブへ入り、坂本が寄れば大室が空く。

 

 再びシュートが決まった。

 

 形そのものは以前と変わらない。蓮が守備を動かし、生まれた場所へ味方を使う。

 

 違うのは、その途中にある余裕だった。

 

 最初の一歩で相手を動かせる距離が伸び、接触されたあとにも姿勢が残る。その分だけ岩村は以前より深くカバーへ出なければならず、守備全体が動くタイミングまで僅かに早くなる。

 

 松元が一度プレーを止め、春日と岩村に感触を確認した。二人とも、以前と同じ間合いでは蓮を守りにくくなっているという点では一致していた。

 

「明日からそこを合わせるぞ」

 

 最後に松元が蓮を見る。

 

「はい」

 

「インターハイまで一週間だ。銀城の個人調整は終わり。ここからはチームを仕上げる」

 

 三週間前に交わした約束通りだった。

 

 自分一人が以前より動けるだけなら、それで強化は終わる。だが、蓮が守備を動かす位置が変われば周囲の動き出しも変わり、パスが速くなれば受ける側の準備も変わる。

 

 今の身体を、もう一度正邦の中へ馴染ませる必要があった。

 

 翌日から、練習の中心は5対5へ変わる。

 

 最初から上手く噛み合ったわけではない。

 

 蓮がドライブへ入った瞬間、津川がいつものタイミングでコーナーへ走る。三週間前ならちょうど良かったが、今は蓮が守備を引きつける位置へ到達する方が早い。

 

 パスが津川の前を抜け、そのまま外へ転がった。

 

「速いって!」

 

「ごめん。今の早かった?」

 

「早かったっていうか、そこまで来ると思ってなかった。前ならもう一歩あとだったじゃん」

 

「じゃあ少し待つ?」

 

「いや、待たなくていい。俺が早く行く」

 

「取れる?」

 

「取るよ。次もう一回」

 

 同じ形を作る。

 

 今度は津川が半歩だけ早く動き、蓮が二人目を引きつけた瞬間にはすでにコーナーへ入っていた。

 

 外へ送る。

 

 津川の手に収まり、そのままシュートがネットを鳴らす。

 

「今の」

 

「うん。これなら合う」

 

 それだけ確認すると、二人はすぐ次のプレーへ戻った。

 

 別の場面では、大室とのタイミングがズレる。蓮がゴールへ向かうのに合わせてスクリーンへ入ったものの、接触する前に蓮の身体が横を抜けてしまった。

 

 次は大室が半歩早く位置へ入る。

 

 その横を蓮が抜けると守備が遅れ、ゴール下から岩村が出た。空いた場所へボールを落とし、大室がそのまま決める。

 

 一つ合えば、次は別の場所でズレる。

 

 パスの速さ、ドライブへ入るタイミング、スクリーンの位置。三週間前なら意識せず噛み合っていた部分を、今の蓮に合わせて一つずつ作り直していった。

 

 三日目になる頃には、最初にあったズレも目に見えて減っていた。

 

 蓮が踏み込めば津川が以前より僅かに早く動く。春日はボールを受ける準備を一瞬早め、大室はスクリーンへ入る位置を調整する。岩村も蓮が守備を引きつける深さに合わせて、ゴール下で待つ場所を変えていた。

 

 誰か一人が大きくプレースタイルを変えたわけではない。それでも、五人全員が少しずつ合わせれば動きは大きく違ってくる。

 

 岩村の声でボールが入る。

 

 蓮が運び、春日が右へ流れる。大室がスクリーンへ入り、その横を蓮が抜けた。

 

 守備が中央へ寄る。

 

 左から津川が走り込む。

 

 今度は待つ必要がない。

 

 蓮の手から離れたパスが、そのまま津川の手へ収まった。

 

 シュートがネットを揺らす。

 

「よし!」

 

 津川の声が響く。

 

 初日に感じていた違和感は、もうほとんどなかった。以前のリズムへ戻したわけではなく、今の蓮に合わせて五人のリズムそのものが僅かに変わっている。

 

 練習後。

 

 床に座った津川がタオルで顔を拭きながら、隣の蓮を見る。

 

「三週間いなくなって、帰ってきたらこっちまで忙しくなるとは思わなかった」

 

「僕のせい?」

 

「完全にお前のせい。でも前に戻されるのは嫌だな」

 

「なんで?」

 

「今の方が強いから。だったら俺らが合わせた方がいいでしょ」

 

「珍しく真面目なこと言うね」

 

「俺いつも真面目なんだけど」

 

「それは知らなかった」

 

「三週間アメリカ行って性格悪くなってない?」

 

「そこは変わってないよ」

 

「じゃあ元からか」

 

「失礼だな」

 

 二人で笑う。

 

 少し離れたところでは、岩村たちがまだ今日のプレーについて話していた。

 

 帰ってきた初日は、変わったのは蓮一人だった。

 

 それでも三日も合わせれば、その変化は一人の中には収まらない。周囲が動く位置を変え、パスを受ける準備を変え、正邦全体のテンポへ少しずつ染み込んでいく。

 

 インターハイまで、あと四日。

 

 全国はもう、すぐそこまで来ていた。

 

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