野蛮なゲリラエルフは、如何にして平和なデータセンターを焼き払うに至ったか   作:とちがら

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第三話 技術

 

「親方。腹なんて誰も見らんですよ」

「おい(おれ)が見っ(見る)」

 

 コンラートは木彫りの小鳥をひっくり返し、翼の裏を薄い刃で削った。削り屑(くず)が、髭の上に落ちた。

 

「置いたら見えんでしょう」

「見えんとこを雑にすっと(すると)、見ゆっ(見える)とこも雑になっど(なるぞ)」

「三日かけて一羽ですよ」

「三日で済んじょっ(済んでる)」

「隣の工房なら、一日で五羽作いもす(作ります)」

「なら、隣で買わんか」

 

 弟子のベンノが肩をすくめた。この問答も、もう何百回目か分からない。

 

 コンラート・アムゼルは、このころ五十八歳。灰爪山地に住む山岳ドワーフの木工職人で、祖父の掘った坑道の入口を作業場にしていた。

 

 村の者は、アムゼルの鳥は今にも飛びそうだと言った。

 

 人類が灰爪山地へ来たのは、コンラートが工房を畳む前の年だった。灰爪山地の地下に、計算機に使う希少な鉱物が眠っているという。

 

 鉱山会社の説明会には、人類語と山の言葉の両方を話す通訳が付いていた。コンラートは手を挙げた。

 

「石を掘るために、山を壊すとか」

「露天採掘が、最も効率的な工法です」

「じゃっで(だから)、石を掘るために、山を壊すとじゃろが」

「……はい」

「わい(おまえ)は馬鹿か?」

 

 会場は笑わなかった。説明にあたった人類の技師は、真面目な顔で補償の仕組みを説明し直した。補償金を払う。代わりの土地も用意する。別の山へ移ってほしい。

 

 山には、工房がある。一族の墓がある。祖父が掘った坑道がある。山は、金で買い直せるものではなかった。コンラートはそう怒鳴って、説明会を途中で出た。

 

 その帰り道、コンラートは、試掘の現場に据えられた人類の掘削機の前で足を止めた。

 

 家一軒ほどもある鋼の機械だった。巨大な回転軸が、油圧の腕に支えられていた。軸受けの縁は、指でなぞっても引っかかりひとつなかった。

 

「……美しか」

 

 口に出してから、コンラートは自分に腹が立った。これは、山を壊す機械である。だが、美しかった。

 

 現場にいた若い人類の作業員が、不思議そうにこちらを見ていた。片言の共通語を話す男だった。

 

「こい(これ)を作ったとは、誰じゃ」

「メーカーですか?」

「職人じゃ」

「工場で作ってますよ」

「誰が削ったとか」

「さあ」

 

 コンラートは断りもなく、足元の予備部品の箱から軸受けを二つ取り出した。重ねてみた。大きさが、寸分違わず同じだった。別の二つを取った。それも同じだった。

 

「……全部か」

「規格品ですから」

「誰が作っても、同じか」

「規格内なら」

 

 気味が悪かった。そして、たまらなく羨ましかった。

 

 山を奪った文明を、コンラートは憎んだ。

 

 その文明の技術に、恋をした。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 工房を畳んだのは、翌年の夏の終わりだった。補償金は受け取らなかった。持ち出したのは工具箱が三つと、片翼の欠けた作りかけの小鳥が一羽だけだった。

 

 北縁のエルフに、人類の飛ぶ機械が届いたとベンノが言った。誰も使い方が分からないらしい。コンラートは、荷を担ぎ直して北へ向かった。

 

 大森林北縁の第二集積所は、廃業した製材所の倉庫を使っていた。コンラートとベンノがたどり着いた日、倉庫の前には木箱が山のように積まれ、その間を若いエルフたちが途方に暮れた顔で歩き回っていた。

 

「穴掘りが来たぞ」

 

 最初にそう言ったのは、痩せた小柄なエルフの若者だった。

 

「木登いの小僧が!」

「小僧じゃねえ。ティルだ。十九だ」

「知るか」

「髭に土ついてんぞ、穴掘り」

「耳に葉っぱ刺さっちょっど(刺さってるぞ)、木登い」

「刺さってねえよ!」

 

 刺さっていた。

 

 二人の間に割って入ったのは、リュカという名の若い男だった。北縁の抗議で死んだ老人の孫だと、後でベンノから聞いた。

 

「喧嘩するなら、帰ってくれ」

「帰っど(帰るぞ)!」

「その前に、これだけ見てくれない?」

「見らん!」

 

 リュカは返事を待たず、倉庫の奥の布を取った。

 

 大型の物流ドローンだった。

 

 合金の骨格に四基の回転翼と荷台が付き、翼の根元には拳を二つ並べたほどのモーターが収まっていた。

 

 コンラートは、そこで止まった。

 

「……触ってよかか」

「どうぞ」

 

 コンラートはモーターを覗(のぞ)き込み、配線を指で辿り、骨格の端を両手で持ち上げた。思っていたより、ずっと軽かった。

 

 百二十キロ運べるという。だが、充電器の規格は電池と違い、画面には読めない文字が並んでいた。説明書もC国語だった。

 

「リュカ。こいを読め」

「C国語は読めない。共通の人類語とは違うんだよ」

「役に立たん!」

「親方だって読めないだろ」

 

 ティルに言われ、コンラートは説明書を閉じかけた。どこを押せばよいかも分からないまま、帰りたくはなかった。

 

「読める者を、探してくれ」

 

 リュカが連れてきたエルフに説明書を読んでもらい、ベンノが山の文字で書き取った。コンラートは、その訳文を機械の横に広げた。

 

 ティルも帰らなかった。頼んでもいないのに、コンラートの隣に座っていた。

 初めは道具の名も知らなかったが、三日目には、コンラートが手を伸ばす前に鑢(やすり)を置くようになった。

 

 ある晩、コンラートは端子を削る手を止めずに訊いた。

 

「わい、機械の仕事は初めてか」

「地球で重機に乗ってた。こっちの現場じゃ、エルフは乗せてもらえないから」

「戻ってきたとは、ないごて(なんで)じゃ」

「速く走らせすぎて、三か月でクビ」

「馬鹿か」

 

 ティルが声を上げて笑った。

 

 夜更けになって、コンラートが槌(つち)で端子を叩いていると、ティルが口笛を吹き始めた。細い、風のような節だった。

 

「なんじゃ、その節は」

「エルフの創世の歌。歌詞はないよ」

「拍が合わん」

「親方の槌が遅いんだろ」

「ドワーフの槌打ちは、世界の最初の拍子じゃっど。山じゃ、そう教わっ」

「じゃあ、その拍子の歌は?」

「残っちょらん。拍子だけじゃ」

 

 ティルは、コンラートの槌に合わせて吹き直した。三小節目で、節がわずかに跳ねた。そこで、また外れた。

 

 口笛をやめたティルの目が、作業台の隅へ向いた。工具箱の上に、片方の翼の欠けた小鳥が置いてあった。

 

「あれ、いつできるの」

「知らん」

「できたら、ちょうだい」

「高かど」

「出世払い」

「わいが出世すっか」

 

 四日目の朝、ドローンが浮いた。ティルが声を上げ、コンラートも笑った。着陸させると、リュカが荷台を覗き込んだ。

 

「百二十キロ運べるなら、俺とティルで乗れるな」

 

 二人が荷台に並んで座った。

 

「降りやい(降りろ)! 死んど(死ぬぞ)!」

「じゃあ、死なないようにしてよ、穴掘り」

 

 コンラートは地上の送信機を取り上げた。

 

 リュカが先に降りた。ティルは座ったまま、荷台の縁を蹴った。

 

「どこが駄目なのか、教えてよ」

 

 コンラートは、細い縁に乗せた小僧の尻を指さした。

 

「そげな所に座っちょったら、曲がった時に落ちる」

「なら、座るとこ作って」

「掴まる所もなか」

「それも作って」

 

 教えるたびに、仕事が増えた。ティルは荷台を降りると、座席を付けたい場所を指で示した。コンラートはその指をどかし、もっと低い位置を叩いた。その夜、座席の図面を引いた。余白には、山の文字で「死なんごと」と書き込んだ。

 

 座席を直しても、足掛けを変えても、ティルはうまく曲がれなかった。ある日、試験中の機体が楡(にれ)の木に突っ込んだ。コンラートが駆けつけると、ティルは枝から自力で降りてきた。

 

「もう乗せん」

「曲がろうとしたら、機械が戻したんだよ」

「わいが体を振るからじゃ!」

「枝の上じゃ、そうやって曲がるんだ。体を起こされたら、曲がれねえよ」

 

 コンラートは折れた足掛けを拾った。機体を水平に保つ装置は、人類製だった。転ばせまいとして残した働きが、ティルの邪魔をしていた。

 

「動かし方を変えろち、言うとか」

「親方が、木に登ってみれば分かる」

 

 翌朝、ティルはコンラートを倉庫の裏の楡の下へ連れていった。

 

「ドワーフは、木に登らん」

「乗るほうのことも、少しは分かってよ」

 

 言われて、コンラートは幹に手を掛けた。三度滑り落ち、四度目に、一番下の太い枝までたどり着いた。ティルは、そのずっと上にいた。

 

「見える? あの梢(こずえ)の切れ目。あそこを低く抜けると、工区の見張りから見えない」

「……見えん。葉しか見えん」

「もっと上」

「無理じゃ」

 

 結局、コンラートは一番下の枝から降りられなくなった。ティルが笑いながら降りてきて、親方の足を一本ずつ、次の枝へ置いてやった。

 

 地面に戻ってから、ティルは少しだけ真面目な顔をした。

 

「地球をクビになったこと、家には言ってないんだ」

「仕送りは、どげんしちょっとか」

「試験飛行の危険手当、ほとんど送ってる。母ちゃんは、おいらがまだ地球で重機に乗ってると思ってる」

「……嘘をつくな、とは言わん」

 

 コンラートは、その晩、図面の余白に、梢の切れ目の位置を書き込んだ。降りる時、どちらの足へ体重を移させたかも、ティルに訊き直した。

 

 座席の下で体重の掛かり方を読み、それを旋回の命令として機械へ渡す。ティルに姿勢を直させる代わりに、機械の受け取り方を変えた。

 

 操縦桿も地上から機上へ移した。ただ、地上との無線を切ると、機械が勝手に帰ろうとする。説明書を訳しても、人の手を優先する方法は分からなかった。そこだけは、無線を残した。ベンノの訳文には、大きな余白が残った。

 

 作り直すたびに番号が増えた。倉庫の朝晩が冷え込むようになり、六号機ができたのは、よく晴れた朝だった。

 

 六号機が、ティルを乗せて楡の梢まで上がった。前に突っ込んだ枝が近づいた。

 

「曲がれ……」

 

 ティルが体を倒した。機体は、その傾きを押し戻さなかった。枝の手前で向きを変え、コンラートには葉しか見えなかった切れ目を抜けた。

 

 一度、葉の向こうへ消えた。

 

「親方!」

 

 反対側から、六号機が戻ってきた。ティルが笑っていた。もう一周、と指を立てた。

 

 コンラートは大きく腕を回した。行け。何周でも。

 

 六号機が頭の上を低く通り過ぎると、コンラートは走り出していた。

 

「おいの鳥が飛んだ!」

「おいらの鳥だろ!」

 

 ブゥゥゥゥン——。

 

 粗い駆動音が、森じゅうに響いた。

 

「親方ぁ! こいつ、うるせえ!」

「試作じゃ!」

「蚊みてえ!」

「蚊じゃなか!」

 

 ティルが空の上で笑った。コンラートも、地面の上で笑った。

 

 ティルは六号機で一日目に飛び、二日目には乗りこなし、三日目にはもっと速くしろと言った。

 

「人類の機械なら、もっと速く飛べるんだろ」

 

 機械にはまだ速く飛ぶ余地があった。ティルは、去年の夏、山で人類の軸受けに見惚(みと)れた自分と、同じ顔をしていた。

 

「二日くれ。制限を外さんで、速うすっ」

「その間は?」

「飛ばん。直すとを手伝え」

「危険手当、出ないじゃん」

「羽を削った分は払う。飛んだ分は払わん」

 

 ティルは、仕送りを引いたら手元に残る額を口の中で数え、やがて頷いた。コンラートは鑢を渡した。速くしろと言った小僧にも、削らせることにした。

 

 二日後、制限を付けたままの六号機は、前より二割速く飛んだ。

 

 人類の送信機から移した操縦桿は、ティルの手には大きかった。旋回のたびに、細い指が滑った。

 

「手ぇ出せ」

 

 コンラートは、ティルに粘土を握らせ、型を取った。粘土越しに、指の細さが分かった。

 

 その夜、コンラートは胡桃(くるみ)の木を削った。

 翌朝、六号機の操縦桿には、木の握りが付いていた。

 

「ぴったりだ」

「当然じゃ」

 

 ティルは握りを何度も握り直し、それから、握りの裏側を覗き込んだ。

 

「親方。これ、見えないとこまで削ってある」

「見えんとこを雑にすっと——」

「見ゆっとこも雑になっど、だろ。もう聞き飽きた」

 

 コンラートは鼻を鳴らした。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 北縁の工区に対する最初の妨害は、ほとんど悪戯だった。

 

 上空から工事の標識を持ち去る。測量の機器に泥を落とす。作業車の前に着陸して道を塞ぎ、追われれば飛んで逃げる。一番多く標識を持ち帰ったのは、ティルだった。

 

 人類側は困惑した。エルフの若者たちは腹を抱えて笑った。コンラートも笑った。

 

 リュカは、祖父の弓を持ち込んだ。片手でも操縦できるようにしてほしいという。コンラートは断り、三日後には補助機構を付けた。

 

 第七北方データセンター警備部の内部報告は、この時期、次のように記している。

 

《工区上空の小型機は、市販の物流機を改造したものと推定される。操縦と位置の把握を無線に頼っており、妨害によって無力化できる見込みが高い》

 

 報告の署名は、警備部長ヘレン・マクレディである。

 

 妨害が始まって十一日目、警備部は工区の周囲に電波妨害装置を配備した。ドローンの操縦に使う無線と、衛星測位の信号を妨げる装置だった。

 

 人類が新しい機械を据えたという噂は、前の晩のうちに倉庫へ届いていた。見張りの塔が一本増えただけだ、という話だった。その朝、一番奥の工区を飛ぶと言い出したのは、ティルだった。

 

「一番奥は、見張りが厚いぞ」

「だから、おいらが行く。一番うまいのは、おいらだろ」

「今日は手前だけにしろ。新しか機械が何か、分かってからじゃ」

 

 コンラートが言うと、ティルは地図の一番奥を指した。

 

「手前は、もう標識がない。あそこはまだ切ってる」

「なら、今日は飛ばんでよか」

「親方が速くしてくれたんだろ。見つかったら戻る」

 

 リュカが、どうする、とコンラートを見た。飛ぶなと命じれば、この場では降ろせた。代わりに、コンラートは地上の送信機を持つ者へ、ティルから離れるなと言った。

 

 ティルは笑って、胡桃の握りを叩いた。

 

 その日、三機が飛んだ。

 

 二機が戻った。

 

 ティルの六号機は、森の斜面に落ちていた。回転翼は折れ、骨格は潰れていた。胡桃の握りには、血が染み込んでいた。

 

 ティルは、その場で死んだ。十九歳だった。

 

 機体を運び込んだ倉庫で、リュカが言った。

 

「親方のせいじゃない。人類が落としたんだ」

「おいが、座席を付けた」

「でも」

「おいが、乗れっごと(乗れるように)した」

「親方」

「握りまで、変えた」

「親方?」

「あいつが、飛べっごとした」

 

 コンラートは、胡桃の握りを外して洗った。血は木目の奥に入り込んで、落ちなかった。

 

 それから、工具を箱へ仕舞い始めた。

 

「帰っ(帰る)」

「どこへ」

「知らん」

「次は?」

「なか」

「でも、人類はまた来るよ」

「知らん」

「ティルが言ってた。親方の鳥は落ちないって」

 

 コンラートの手が、一度だけ止まった。

 

「帰れ」

 

 倉庫には、コンラートと、壊れた機体だけが残った。

 

 作業台の隅に、作りかけの小鳥があった。コンラートは十日前から、その小鳥をまた彫り始めていた。欠けていた翼は、あいつの握りと同じ胡桃で継いだ。完成したら、渡すつもりだった。何と言って渡すかは、まだ決めていなかった。

 

 コンラートは、小鳥を見なかったことにした。

 

 壊れた機体を起こした。受信機を外した。制御装置を端末へ繋いだが、流れる文字を最後まで読めなかった。訳文にある語を拾っても、順番が分からなかった。

 

 外で荷をまとめていたベンノを呼んだ。

 

「説明書を読んだエルフを、連れてきてくれ」

「帰るんでは?」

「あいつが、何をしたか。最後まで、見てからじゃ」

 

 ベンノは工具箱を下ろした。

 

 三人で、制御装置に残った最後の飛行の記録を読んだ。

 

「無線を、切られたか」

 

 無線が切れた瞬間、人類の制御装置は、乗っている者の入力を捨てて、離陸地点へ帰ろうとした。自動帰還のために上昇を始めたが、衛星測位も妨害で失い、帰る位置を決められなくなった。今度はその場へ降りようとした。降りた先が、森の急な斜面だった。記録の最後の二十秒、操縦桿の入力は、機体の傾きと逆の向きへ振り切られていた。

 

 あいつの腕が落ちたのではない。機械が、あいつに腕を使わせなかった。

 

 ほかの二機は、妨害の届く範囲の縁で無線を失い、自動で上がって流されるうちに、範囲の外で無線を拾い直していた。ティルは、一番奥を飛んでいた。

 

 コンラートは、しばらく動かなかった。

 

「なら、無線を使わんければよか」

 

 壊れた機体の骨格に、手を掛けた。

 

 読み手のエルフが制御の命令一覧を訳し、コンラートとベンノが書き換えた。動かなくなった装置を元へ戻し、翌朝も三人で同じ机に座った。

 

 何日目かに、地上との無線を切っても、回転翼が操縦桿に従うようになった。それからも、人の代わりに荷物を積んで試した。

 

 人類のモーターと電源、骨格はそのまま使った。機体の姿勢を安定させる制御も残した。ただし、自動帰還や自動着陸が操縦桿の入力を捨てる仕組みは外した。無線と衛星測位の受信機を外した機体を、ベンノと北縁の鍛冶屋二人が組み上げた。二十日後、倉庫の前へ引き出した。

 

「名前は?」

 

 リュカが訊いた。

 

「試作K.A.型じゃ」

「けーえー?」

「おいの名の頭文字じゃ」

 

 コンラートは、骨格に刻んだ頭文字を指で叩いた。人類の字は、リュカに書かせたものだった。

 

 始動。

 

 集まっていたエルフたちが、一斉に耳を押さえた。

 

「うるさ!」

「試作じゃ!」

「蚊みたい」

「K.A.型じゃ!」

「蚊」

「K.A.!」

「蚊だろ。ティルが、そう呼んでた」

 

 コンラートは、三度目の訂正をしなかった。

 出撃の前の晩、コンラートが倉庫へ戻ると、作業台の端でリュカが南瓜(かぼちゃ)をくり抜いていた。

 

 中身を掻き出した南瓜に、手製の火薬と油を詰めている。一つが、およそ四キログラム。看板を焦がすには多すぎた。

 

「そいを、どこへ落とす気じゃ」

「工事の車」

「人が乗っちょっど」

「降りて逃げる時間は、あると思う」

「思う、か」

 

 リュカは、南瓜の蓋を閉めようとした。手が震えて、一度、蓋を取り落とした。

 

「看板じゃ、止まらなかった」

「……」

「ティルは、一番危ないところを飛んでた。俺が止めなかった。一番うまかったから。頼んだのと、同じだ」

 

 止めなかったのは、コンラートも同じだった。何も言わなかった。

 

「次は、俺が一番前を飛ぶ」

 

 リュカは南瓜を三つ、紐で腰に下げた。重さを確かめるように、一度だけ跳んだ。

 その夜、コンラートは、南瓜の吊り具を外れにくい形に作り直した。

 

 翌朝、試作K.A.型の最初の出撃には、リュカが乗った。

 緑の外套を着て、背には祖父の弓を負っていた。

 

「そいに、名前はあっとか」

「かぼちゃ爆弾」

「名前が馬鹿じゃ」

 

 〈蚊〉は飛んだ。

 

 工区の上空に入ると、人類側の電波妨害装置が作動した。

 何も起きなかった。〈蚊〉は、そのまま飛び続けた。

 

 地上で見上げていたエルフたちが歓声を上げた。リュカは上空で拳を突き上げた。コンラートは、自分の喉から声が出ていることに気づいた。

 

「やった」

 

 もう一度、出た。

 

「やったど!」

 

 人類の技術が、自分の機械を止められない。ティルを落とした電波が、もう何も落とせない。嬉しかった。たまらなく嬉しかった。

 

 リュカが弓を引いた。工区の測量装置が砕けた。続けて、南瓜が落ちた。南瓜は工事車両の手前で爆ぜ、炎と黒い煙が上がった。人類の作業員たちが、散り散りに逃げていった。

 

 コンラートの笑顔が、止まった。上空で、リュカが弓を下ろすのが見えた。次の矢には、手を伸ばさなかった。

 

 それでも翌朝、コンラートは回転翼の覆いの改良案を描いていた。

 

 この日の南瓜の爆発で、二十歳の重機の見習い運転手が両腕に火傷を負い、地球へ送還された。彼の名は、人類側の労災記録にしか残っていない。

 

 同じ週の警備部の報告は、短い。

 

《妨害の効果なし。操縦は機上で完結している模様。対策の再検討を要する》

 

 マクレディは、この報告の余白に、手書きで一行を足している。

 

《相手は、学んでいる》

 

 人類側の警備記録に、ある呼称が初めて現れるのも、このころである。

 

《緑の小鬼二号、北より接近》

《目視。エルフの騎乗兵。緑の外套》

 

 人類側は機体に通し番号を振り、〈グリーン・ゴブリン〉と呼び始めた。

 現地では、最後まで〈蚊〉と呼ばれた。

 

 〈蚊〉が工事車両を追い払う映像が広まると、山を追われたドワーフや、川を奪われたマーマンたちも、北縁へ来るようになった。

 

 コンラートは飛ぶ機械のほかに、通信と電源の面倒も見るようになった。工房と集積所には有線を引き、届く国ごとに違う電池の接続を揃えた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 冬の初め、リュカが夜の倉庫へ来て、端末の画面をコンラートに見せた。

 

《第三七号工区 資材運搬 復職可。今月末までに返答のこと》

《セイン:班長に頼んどいた。戻ってこいよ》

 

「戻ればよか」

「……社食のカレー、うまかったんだよな」

 

 リュカは画面を見たまま言った。

 

「なら、戻れ」

「ティルは戻れない」

「死んだ小僧に、決めさすな」

 

 言ってから、コンラートは作業台の握りを見た。血の残った胡桃を、捨てずに置いていた。

 

「おいが言うことではなか。じゃっどん、わいは戻れる」

 

 リュカは返信の欄に一文字も打たず、端末を伏せた。それから、顔を上げた。

 

「百機、欲しい」

「帰れ」

「一機、何日かかる?」

「ちゃんと作れば、三週間じゃ」

「三日で、百機」

「殺すっど(殺すぞ)」

 

 一羽の鳥なら、自分で最初から最後まで彫れる。一機の〈蚊〉なら、自分で全部の部品を調整できる。百機は、無理だった。

 

 コンラートは、作業台の上の軸受けを一つ、リュカの前に置いた。

 

「こん軸受けなら、十年もっど」

「戦争、十年もやらないだろ」

 

 コンラートは黙った。

 

「一年もてばいい」

「そげなもんを、作れち言うとか」

「百機、飛ぶなら」

「その一年が来る前に、落ちたらどげんすっとか」

「落ちるのは困る」

「都合のよかことばっかい言うな!」

 

 リュカは机の図面を戻した。

 

「じゃあ、落ちないためのところを、教えてくれ。それ以外は、俺たちにも作らせて」

 

 コンラートは図面を取らせまいとして、端を押さえた。全部だ、と言いたかった。自分が削った場所は、全部要る。

 

「親方」

 

 ベンノが、図面の反対側を持った。

 

「おいにも、任せてください」

 

 弟子の手まで払いのける気には、なれなかった。

 

 その夜、コンラートは眠れなかった。削ってはならない箇所へ印を付けた。印を付けるだけで紙が埋まり、一つずつ消していった。

 

 翌週、部品に番号が付いた。翌月、ネジの寸法が統一された。治具が作られた。工程表が倉庫の壁に貼られた。検査の基準が決められた。ベンノが若いドワーフに教え、そのドワーフが若いエルフに教えた。

 

 モーターと電池は、地球から届く人道支援の荷から抜き出した。最初に届いた十二機では、とても足りなかった。C国系の基金からは、その後も《測量用》《農業用》と書かれた物流ドローンの木箱が、月に二十機ほど届き続けた。足りない合金の骨格は、北縁の鍛冶屋が鉄のパイプで補った。機体は重くなり、一度に運べる荷も、飛べる時間も減った。最初の量産型を組むには延べ百二十時間かかった。三か月後には、四十時間になっていた。

 

「そこ、あと三厘削れ」

「規格内です」

「おいなら削っ」

「親方が、百人いないんですよ」

 

 コンラートは怒鳴ろうとして、やめた。

 

 正しかった。

 

 最初の量産型〈蚊〉が完成した日、コンラートはその機体に一度も触れていなかった。

 

「誰が作ったとか」

「三番工房です」

「おい、一度も見ちょらんど」

「検査は通ってます」

「握りの寸法は」

「親方の図面にあったやつです」

 

 その寸法を、コンラートは知っていた。ティルの手から取った型の寸法だった。

 

「飛ぶとか」

「飛びますよ」

 

 飛んだ。

 

 コンラートは空を見上げた。

 倉庫の外で、何十機もの〈蚊〉が試運転を始めた。

 

 数日後、ベンノが工房の隅から呼んだ。

 

「親方、これ、邪魔なんですけど」

 

 量産用の治具を据える場所に、作りかけの小鳥が残っていた。

 

「……箱に入れちょけ」

 

 ベンノは小鳥を布で包み、工具箱の底へ入れた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 K.A.型の駆動音は、遠くから接近を悟られる欠点だった。だが、その羽音は敵を恐れさせ、味方を鼓舞した。静音化が可能になっても、兵士たちが望んで音を残した機体がある。

 

 同じく、後期の型まで変わらなかったものがある。

 

 K.A.標準操縦把手規格。握り径、三十一ミリ。

 

 エルフの成人男性には細すぎるという苦情が、戦争を通じて何度も記録されている。規格は、最後まで改定されなかった。

 

 コンラート・アムゼルが戦前に制作した木彫作品は、現在十七点が確認されている。その多くが、鳥を題材としている。

 

 ほかに一点、制作年の分からない未完成の小鳥が、K.A.工房の工具箱の底から見つかっている。片方の翼だけが胡桃材で継がれ、台座の裏には、エルフ文字の最初の一字だけが彫られていた。

 

 戦争開始後に制作された木彫作品は、一点も確認されていない。

 

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