超次元ゲイムネプテューヌ Origins Zenith 作:シモツキ
出力した…いや、出力する筈だった仮想空間に、何か大きな異常が起きた。多少の不具合やバグではない…もっと根本的で、大規模で、恐らくは致命的な何かが発生した。その事は、最初の時点で分かっていた。それだけは、初めからはっきりしていて……今はそれだけしか、分からなかった。
「……駄目だ、繋がらない…」
明らかな異常事態となってから、体感で数分。私は仮想空間に対する内側からの通常操作、緊急時操作をそれぞれ試し…そのどれもが反応しない事に、歯噛みする。
これが、現実から意識を連続させない…例えるなら、夢を見ているような状態になっているシミュレーションなら、反応がないのも当然の事。だって、シミュレーションではなく現実のつもりで行っている訳だから。でも、今回は現実から意識を連続させている。内側からの操作も受け付ける設定にしていた筈なんだから、どう考えてもおかしい。おかしい、というか……恐らくこれも、異常の影響を受けてしまっている。
(不味いな…割とほんとに、不味い……)
ぐるりと私は周囲を見回す。私が今いるのは、森林…らしき場所。これもおかしくて、私は街の中…教会の中を初期位置にしていた筈。さっきのような大量のノイズはもうどこにもなく、見たところちゃんとした森林が形成されているけど…それも気休め程度の安心にしかならない。
でも、それならばどうするか。この異常事態が起きている仮想空間内で、私は何をするべきか。これが遭難なら、下手に動かない方がいいけども、実際は遭難ではないし、待っていれば事態が好転する保証もない。現実からの操作も受け付けない状態になっているかもしれない上、仮にその辺りが正常だったとしても、現実と仮想空間との時間の流れの差が大きく狂ってしまっていたら……例えばこっちでの一年が現実での一日とかになっていたら、延々と待たなくちゃいけなくなる。
ならば、そういう可能性も想定出来るのなら、動くべき。動いて、調べて、少しでも情報を収集するべき。
「…よし。まずは……」
手始めに、私が試したのは女神化。女神の、本来の姿になれるかどうかで、私の取れる選択肢も大きく変わってくる。正直、試すまでは出来ないんじゃないかっていう不安の方が大きかったけど……私が意識をすればすぐに、私の身体はシェアエナジーの光に包まれ、原初の女神の複製体……オリジンハートの姿になる事が出来た。
「良かった……って、うん…?…何か、違和感があるような……」
軽く地面を蹴り、浮かび上がる。そのまま緩く旋回し、シェアエナジーの圧縮で剣を一本作り出す。そのどれもが、思った通りに出来る。でも、何か違和感があって…けれどすぐには、その違和感の正体は掴めなかった。
ただ、だとしても女神化出来る事ははっきりした。だから私は念の為シェアエナジーを温存する為、地上に戻って女神化を解く。次に近くの木に触れてみたり、落ちている葉っぱを拾ってみたりして、仮想空間の状態を確認してみるけど……大した情報は得られなかった。強いていえば、どれもおかしなところなんてない…見た目同様しっかりと形成されているって事は分かったけど、あまり情報としては有益じゃない。…と、なると……。
「…案ずるより産むが易し、とも言うしね。まあ、既にごちゃごちゃ考えた後だけど」
くるり、と私はある方向を向く。さっき旋回した際に見えた、一番近い森林の端へと向き直り…ここから出るべく、歩き出す。
…ここで一つ言っておくけど、私だってやたらめったらに独り言を言っている訳じゃない。一人なんだから、口に出さなくてもいい事は分かっている。けど……こうも異常事態が起きている中で、私は一人。これから何が起きるか分からないし、何とかなるかどうかも分からない。そんな状況なんだから…ちょっとは、心細くもなる。黙っているよりも、何か声を出したくもなる。
「…っとと、この辺りはちょっと足場が悪いな……」
呟きながら、周囲の確認や警戒もしながら歩く事十数分。私は慎重に進んでいき……森林の外れに到達した。
「ふぅ…(出られた、って事は……)」
一見もっと広がりのある空間の様でも、実際に活動出来る範囲は限られている…所謂オープンワールドのゲームにおける、『見えない壁』みたいなものは、仮想空間にも設定次第では存在する。そして私は、たった今出たばかりの森林のみの仮想空間である可能性もある、と危惧していたけど、そんな事はなかった。勿論まだ見えない壁が一切存在しないのか、もっと広がりがあるだけで壁自体は存在しているのかは定かじゃないけど、それはもっと調べてみなきゃ分からない。
「…と、いうか…この景色は……」
今し方出た森林を少し離れ、改めてゆっくりと、ぐるりと見回したところで、何となく見覚えがある…と私は感じる。元々は信次元をベースにした設定で仮想空間を形成していた訳だから、見覚えがあるという事は、空間形成についての異常はまだ原型が残るレベルで済んでいるのかもしれない。ただそれだって、今見えている範囲での話に過ぎず……えぇい、とにかく今は動いて動いて動きまくろう…!でなきゃ何にしても、「今分かってる範囲では……」って推察しか出来ない…!
「…結構遠いなぁ……」
遠くに見えるのは、街らしき風景。恐らく女神の姿でもひとっ飛び…という訳にはいかない位の距離があって、これを徒歩で移動するのは一苦労ではあるけども…私は歩いていく事を選択。理由は勿論、シェアエナジーを温存する為。シェアエナジーは女神にとって文字通り生命線なんだから、こういう場、こういう状況においては極力温存する必要がある。
という訳で、私は街に向けて歩いていく。距離はあるけれど、森林の中よりも道の起伏は少ないし、視界も開けているから歩き易い……と思いたいけれど、道があると思いきやない、風景だけで実際には何もなくて奈落になっている…なんて事も可能性としてはあるから、これまた油断出来ない。だから私は、今も森林の中でも、基本気を張りっ放し。
(あの街に着いたら、どうしようかな…バグや不具合についての話をしたって伝わる訳がないし……)
油断出来ない、情報収集の為にも周囲へ気を配る必要のある状況下だけど、流石に歩き続けているだけじゃ手持ち無沙汰になる。ただ手持ち無沙汰になるだけならまだいいけど…変に余裕があると、色々悪い事を考えてしまう。もし現実との接続が完全に断たれていて、戻る手段がなくなっていたら…或いはおかしくなったのは仮想空間や機器の方じゃなくて、信次元の方に壊滅的な何かが起きた結果として今の状況があるんじゃないか…そんな思考ばかりが過ってしまう。
それもあって、私が考えるのはこれからの事。街に着いたらどうするか。どう情報収集をして、更に今後に向けた準備としては何をしていくべきか。そんな建設的な思考をする事で、曖昧な不安を振り払う。
でもそれだって、いつまでも続く訳じゃない。手持ちの情報がまだ少ない以上、はっきりと考えられる部分なんて限られてしまう。そして街まではまだ距離があるとなった結果、再び手持ち無沙汰感が私を襲い掛かり……
「よっ、ほっ、そりゃっ!」
ダッシュからの、三連続ジャンプ。最初は普通に跳んで、二度目は身を捩って、最後は空中前転を掛ける。そんな某オーバーオールの配管工みたいな事を、私はやっていた。……はい、ふざけてやっています。やる必要のない事をしています。でもほんと、手持ち無沙汰だし…ただ歩いていればいいだけなら、適当に考え事でもしていればいいけど、気を張っている必要がある以上、段々息が詰まってくるから、こうして気持ちをスッキリさせたいというか……。
(…セイツ、異常事態が起きているって気付いてくれてるかな……)
普通の徒歩に戻った私の頭に浮かんだのは、セイツの事。考えるのは、現実の方から解決を図ってくれている可能性。
結局のところ、現実の側からの働き掛けがなくちゃ、どうにもならないと思う。何せここは機械的に演算、出力された仮想空間で、現実からアクセスしているといっても、今の私はその仮想空間の一部…組み込まれたプログラムに過ぎないんだから。勿論だからって仮想空間の中からの行動が全て無駄って訳ではないし、外からの働き掛けをする上で中の情報はきっと役立つと思うから、こうして今も行動している訳なんだけども。
ただ、私が気にしているのは、そういう事じゃない。私が気になるのは、解決出来るかどうか以前の、セイツが、現実の皆がこの異常事態に気付いてくれているかどうか。そこは本当に、私からはどうしようもない、セイツ達に期待するしかない事だからこそ、不安もあって……
「……っ、駄目駄目。弱気はダメ。ゼッタイ」
私は思考を一旦打ち切り、頭を横に振るう。何だか薬物の乱用を防止する標語みたいになっちゃったけど、とにかく不安になって良い事なんて何もない。上手くいかない事を想定しておくのは大事だけど、悪戯にネガティヴになっても、それこそ歩みを鈍らせるだけ。
そう。考えても仕方ない事、気が滅入るだけな事は、考えない。どうせ分からないのなら…期待した方が、信じた方が良い。
「…大丈夫。なんだかんだ言ったって、セイツやオリゼは頼りになるんだから。イストワールさんは、いつだって頼りになるし……皆も、いるんだから」
胸に手を当て、ぽふぽふと数度叩く。自分自身を、信じる気持ちで勇気付ける。
今、私が出来るのは探索し、情報を得る事だけ。それは最初から変わらない事だし…ならばごちゃごちゃ考えず、目の前の事に意識を向ける。一歩一歩、一つ一つ…出来る事を、進めるんだ。
*
寄り道する事も、途中で休憩する事もなく歩き続け、私は遂に街へと到着した。明らかに生活圏外である森林の側から見えた街なだけあって、生活圏としては外れに位置する、あまり大きくない街の様だけど、無事に辿り着いた事で私はほっとした。ほっと、していた。でも──。
「…誰も、いない……」
街に入り、調べる事数十分。入った時点で薄々感じていた可能性が、無人なんじゃないかという予想が正しいものであると、私は確信した。
(どういう事…?ただ単に、人が存在していないってだけなら、そういう仕様になっているんだって解釈する事も出来る。でも、これは……)
おかしいと感じた私は、外を歩いて探すだけじゃなく、民家や施設に入って中も調べさせてもらった。だけどどこも、声を掛けても反応はなく、それどころか人の姿がどこにもなかった。まるで、ゴーストタウンの様になっていた。
だけど、それだけならまだ分かる。そういう設定の可能性もあるし、アルテューヌの一件で突入した空間…天界の街も無人だった。でも一つ、気になる事がある。単に誰もいない、街だけがあるというだけなら、まだ一応は理解出来るけども……ここには、人の生活の跡がある。それも、暫く前まで人が普通に生活していたような痕跡が、散見どころかそこかしこにある。
「これじゃあ、まるで……」
ここにいた、住んでいた人達が、今の生活を置いて逃げ出した…そのまま逃げざるを得ない何かがあった。…そうとしか、思えない状況だった。天災か、人災か、それとも戦いか。今の時点では、それも分からないけど……調べれば調べる程に、私は辛くなっていった。きっと、こうなる直前には、計り知れない程の恐怖や動揺があっただろうから。
「…けど…人がいた痕跡があったって事は……」
どこかには、人がいるかもしれない。これまでは、本当にただの『かも』でしかなかった思いが、ぐっと現実味を帯びてくる。無論、この街の状態も設定されたもの…何かが起きた『結果』ではなく、初めからこういう形で形成されたって可能性もあるにはあるけど、それを言い出したら本当に何でもありになってしまう。…まあ実際、何でもありなのが仮想空間ではあるけど…そこまで想定するとキリがないから、私はこれをこの仮想空間で起こった事として考える。
「…うん。少しだけ、希望が見えてきた」
仮に人と会えたところで、その人が仮想空間内の存在として出力された存在…ゲームで言うところのNPCであるのなら、状況改善に繋がるような展開にはならないと思う。それでも期待を、希望を抱くのは……やっぱり、一人よりも誰かがいてくれた方が、心強いから。
無人とはいえ、街は街。一先ず私はここで休憩を取り、それからその希望を目指して移動再開。次に目指すは、ここから一番近い街。またちょっと距離はあるけども、焦らず私は徒歩で進む。
(…そういえば、バイオハザードとか、化学的な事故の可能性もあるか…あれ、これ私は女神だから大丈夫なだけで、既に新たな感染源になっちゃってるとか、そういうヤバい展開はない…よね……?)
また私の頭を過ぎる、不安な思考。さっきの街で何かの工場が崩壊してたとか、草木が軒並み死滅していたとかはないけども、一人でいると本当に不安な思考ばかりが出てくる。多分これは私がネガティヴという訳ではなくて、一人…孤独という状態そのものが、不安を抱き易いんだと思う。…後、一応補足しておくけど、私の考えた『バイオハザード』っていうのは文字通り生物災害全般の事であって、某サバイバルホラーシリーズの事じゃない。もしそのパターンだったら、本当に洒落にならないけど。
「い、いや…大丈夫!あ、それか一回女神化しておこうかな…!?」
念の為、本当に念の為一度女神化して、少ししてから再び人の姿になる。多分これで私は浄化された筈。実際女神であれば生半可な毒やウイルスなんてものは体内に入っても駆逐する事が出来るから、仮にあの街で何かに感染していたとしても、これで何とかなってる可能性は高い。
…とまあ不安に振り回されつつも、私は次の街まで移動。道中は良くも悪くも何もなく、ひたすら思考が周りに回って…最初の街より、もう少し規模の大きい街へと到達した。
(…この雰囲気…まさか……)
今度こそここで誰かに…街が近付く中でそう思っていた私だけど、辿り着いた私を待っていたのは静寂。生活圏外に近い場所は民家や施設も点在する形で立っているから、歩いていても生活音があまり聞こえない、という事はそこそこあるけど…そういうレベルの静かさじゃない。これは、さっきの街と同じ…誰もいない事による静けさ。
「……っ…」
浮かんだ可能性を否定したくて、街中を走る。片っ端から建物を調べて、誰かいないか探し回る。…だけど、誰もいない。私の呼び掛けに、反応する声は何もない。
「どうして……」
何があったのか。一体何があれば、こんな状況になってしまうのか。考えたところで分かる筈もないのに、その思考が頭の中をぐるぐると回る。
同時に抱いていた期待が、焦燥へと変わる。期待していたからこそ、無人であるという事のショックはより大きい。そしてここも、廃村になっただとかじゃなく、突然起こった何かによって、この場を…生活の場所を捨てなきゃならなかったのだと予想出来るような、まだ日常の跡が残る状態だった。
(地震だとか豪雨だとかで避難したなら、街にも相当な被害がある筈。なのにそれがないって事は…本当に、化学的な事故が起きたとか……?)
街並みは無事で、人の姿だけがなくなっているとなると、想定される原因は限られてくる。ただ…私の中で可能性を絞れたとしても、次に繋がらない。
「…まだだ…だとしても、まだ……」
自分を鼓舞するように呟く。立て続けに街が無人だった以上、次こそは…という思考は出来ない。それは楽観視、或いは現実逃避に過ぎないんだから。
でも、だからって、諦める理由にもならない。だってまだ、この仮想空間の極一部しか調べてないんだから。諦めるには、早過ぎるし…諦めたところで、代わりにやる事なんてない。つまり私には…初めから、諦めるなんて選択肢はない。
まずは、後々調査不足でした…とならない為に、この街を隅々まで調べる。その上で私はこの街も後にする。次の街へ、今度は休憩を挟まず向かう。
(…意地になっちゃってるな、私。でも今は、それが原動力になってくれている。だから、冷静さだけは失うな、私)
諦めるか、諦められるもんかと私の心は変な燃え方をしている。そのおかげで、今は不安も感じていない。
それに幸い、この街からは道が伸びている。通る為の環境がある分、これまでよりも進み易い。だからこそ走って次の街へ向かいたくなるけども、ただの移動で不用意に体力を減らす訳にはいかないと理性を働かせ、周囲への確認と警戒も怠らないようにしながら歩いていく。そして…私はこの仮想空間に来てから、三つ目の街へ。
(これで三ヶ所目。だけどまだ、たったの三ヶ所。ここでも誰とも会えなかったとしても、まだ探してやる。必要なら、この仮想空間全土を探し回ってでも──)
意地も意地、完全に退けない精神状態。けど構うもんかと、私は早歩きで街に入り……
「な……っ!?」
直後、気付く。これまでとの、明確な違いに。路面に残った、戦闘の跡に。恐らくこれは弾痕、街の中から外を狙って放たれたもので…しかも戦闘の跡は、一つや二つじゃない。
(外敵か何かに襲われた?それもこの跡…まだ新しい……!)
周囲に視線を走らせ、神経を張り詰めた状態で弾痕を確認する。その後は臨戦態勢で街中を進む。今のところ、戦闘の音は聞こえないけれど、まだどこかに誰かが…或いは何かが潜んでいる可能性は十分にある。
私の中に浮かんでいるのは、一つの可能性。先の二つの街は人の姿が一切なく、生活の痕跡が至る所に残っていた。まるで突然起きた何かから、一目散に逃げたような状態だった。その二つの街と、そこから一番近くに存在するこの街の、戦闘痕。だとすればこれは、二つの街からここへと住民が逃げてきて、ここで防衛戦を行った…それか、ここで殿を務めた誰かがいたって事なんじゃないのか。
「──っ。これは…これって……」
戦闘痕は街外れだけじゃなく、進んだ先にもあちらこちらに残っている。更にその規模からして、単独や少人数が戦っていたとは思えない。それに、何より……無数の血痕が、残っている。少量が点々としているんじゃなく、大量の血が流れた…いや、噴き出したような跡が、幾つも幾つも残っている。そこで誰かが、幾人もが、大量出血を伴うような怪我を…致命傷ですらない、即死級の攻撃を受けたのだろう事は、想像に難くない。
ただ一方で、妙な点もある。この街で惨劇が起こった事は間違いないのに、血痕しか残っていない。凶刃に倒れた者の…懸命に戦った人の遺体は回収されたのだとしても、全く残っていないというのは気になる。あまり想像したくはないけれど、遺体がボロボロになってしまったら、五体満足ではない欠損をしてしまったのなら、回収されなかった、しきれなかった部分があってもおかしくないのに。
(本当に、ここで…この次元で、一体何が……)
声を上げ、誰かいるか、生存者はいないのか確かめたい。でも声を上げれば、私の存在も認識される。不特定多数に認識され得る方を今取るのは、得策じゃない。
静かに、足音を立てずに探し回る。誰の気配も感じない事に、再びの不安が…ここにも誰もいないんじゃないか、ここでは遂に逃げる事も出来なかったんじゃないかという不安が広がるけれど、私は歩みを止めない。そして、街の中心部付近と思われる場所にまで到達した……その時だった。
「……え?」
一瞬、視界の端で見えた動くもの。見えたのは地上ではなく空で、だから最初は見間違いか何かだと思ったけど…そうじゃないかもしれない。その一心で、私は近くの民家の屋根に登る。素早く跳び乗り、何かが見えた気がする方向へと目を凝らし……
「……!あの姿は……」
いた。見間違いじゃなかった。向こうはこちらに気付いていないようだけど…空には一人の女神が飛んでいた。
漸く会えた、この次元の存在。しかも女神。その事に歓喜と安堵を抱きながら、私は女神化すると共に屋根を蹴って飛び上がる。どんどん離れていく彼女へ向けて、大声で呼び掛ける。
「──ネプギア!」
私が声を上げた直後、女神は……パープルシスターの姿をしたネプギアは、空で急制動を掛ける。それと共に、すぐさま振り向き…そんなネプギアへ向けて、私は飛んでいく。
「良かった……その、私の事分かる?私は……」
二つの街が無人だった事。この街で起きたであろう惨劇の事。それについて、ネプギアがどこまで把握しているのか。そもそもネプギアはこの仮想空間のネプギアなのか、だとしたら今起きているであろう不具合について理解出来ているのかどうか。訊きたい事は、沢山ある。ここまでの道中で得られた情報や推測もあるけど、まだまだ私は分からない事だらけ。
それを訊きたくて、知りたくて、私は呼び掛けに続いて声を発した。そしてそんな私に対し、ネプギアは目を見開き……
「そんな…これまでは、こんな事……、──ッ!」
──銃口を、向けてくる。驚き、狼狽し、けれどすぐに表情を歪ませ……M.P.B.Lを、私へと向ける。
「え……?ね、ネプギア…?」
愕然とする私へ向けられる表情に、普段の柔らかさはない。通信をしているのか、ネプギアの唇は微かに動いていて…でもその内容までは聞き取れない。
驚かれる可能性は考えていた。私が誰なのか分からない…私が存在していない、ないしは私との面識がない設定になっている場合も想定してはいた。でも…これは、予想外。想定外。まさか、開口一番敵意を向けてくるなんて…それも、女神の中でも特に温厚なネプギアが。
「……っ、待って!私に戦うつもりはない!私の、話を聞いて!」
両手を挙げ、言葉だけじゃない事を示す。シェアエナジーの圧縮による武器精製も、同じく圧縮を用いた射出も腕の状態関係なく行えるから、実際にはあまり意味のない行為だけど…あまりであって、全くの無意味ではない筈。
重要なのは、意思表示。武器を向けられているからこそ、こっちも構えるんじゃなく、話し合いをしたいという意思を、気持ちを通さなくちゃいけない。
「話…?…何を、今更……」
「今更…?それって、ここで起こった事と何か関係があるの……?」
「……ッ!ふざけた、事をッ!」
ネプギアが、吠える。ギロリと私を睨み付け、M.P.B.Lを震えさせる。でもそれは、恐らく恐怖や迷いによるものじゃない。怒りで腕に力が籠もり過ぎて、そのせいで震えている。
(不味い…下手な事を言ったら、本当に会話どころじゃなくなる……!)
完全に地雷(勿論比喩の方)を踏み抜く形となってしまった私は、口を噤む。とにかく今欲しいのは情報で、その為にネプギアに訊きたい、話したいのに、情報が足りないせいでこれじゃあ下手に話をする事が出来ないというジレンマ。
分からないというのは、恐ろしい。どんなに慎重に動こうとしても、分からない部分が広ければ広い程、無謀な行動をせざるを得なくなる。そしてそれを回避しようとすると、身動きそのものが取れなくなる。もし、これで危なくなるのが自分の身であるなら、女神の力で捩じ伏せる事も考えられるけど……対話の可能性は、それじゃ紡げない。
「貴女のせいで、貴女の行いで、一体どれだけ多くの人が……ッ!」
「だ、だから待って!私は、ネプギアとは……」
発される言葉と、明確な怒り。それに私は動揺し…だけどそれを理性で抑えて、頭をフル回転させる。懸命に考える。
恐らくネプギアの怒りの原因は、私にある。多分私が、何かをした…或いはしなかった事によるもので、更に言えばネプギアが抱く怒りは、個人的なものじゃない。考えたくはないけど…この街の惨劇にも、私は関わっている。私は原因側にいる。
つまり、どういう事?…つまりは、この仮想空間にも私は存在していて、女神としての力も…場合によっては影響力も有しているという事。その『仮想空間のイリゼ』と私を勘違いしているのが現状。ならば、私はネプギアの知るイリゼではないと伝えれば…いや、駄目だ。平時ならともかく、今のネプギアにそれを伝えても、誤魔化そうとしていると捉えられかねない。さっきのように、更に火に油を注ぐ結果となる可能性が高い。…だったら……
「…ネプギア、さっき誰かに通信を掛けてたよね?それは、味方でしょう?なら…このまま戦端を開いてもいいの?一刻を争う状況ならともかく…今は、味方が到着するのを待つ方が得策なんじゃないの?」
「……っ…」
私は問う。気になる事でも、知りたい事でもなく…今の行動、これからしようとしている行為を、賢明なものであるのかと尋ねる。質問の形で、駆け引きを仕掛ける。
正直これも、あまり良い策じゃない。少なくとも、穏便に済ませたいのなら、こんな問いはするべきじゃない。でもネプギアが私の知るネプギアなら、ここで感情任せになる事はない筈。だって、敵対する相手の言葉でも、良くも悪くも受け止めるのがネプギアだから。
(これで、少しは時間を稼げる筈。そして、この時間で私がやるべきなのは、ネプギアの誤解を解く事じゃない。私からどうこうじゃなくて、ネプギアの方から違和感を抱いてもらう事……!)
今の状態…ネプギアは怒りを抱いていて、私は情報が圧倒的に不足しているという状態じゃ、誤解なんて解ける訳がない。状況の好転より、悪化に繋がる可能性の方がずっと大きい。だけど、ネプギアが「何かおかしい」と思ってくれれば、そこから誤解が解ける…一気に解消されるとまでは言わずとも、誤解しているかもと考えてくれるかもしれない。
そっちであれば、まだ望みはある。だって、現にネプギアの考えている私と、今ここにいる私は違うんだから。同一人物ではあっても、物理的には別人なんだから、違いは必ずある。そしてそれは、変に意識する必要なんてない。むしろ自然に、私らしく振る舞っていた方が、きっと何か違うと感じてくれる筈。
「…ネプギア。もう一度言うけれど、私に戦闘の意思はない。信じられないと言うのなら、武器はそのまま構えてくれていていい。だけど、耳を塞ごうとはしないで。疑ってくれていいから、駆け引きの一環だと思ってくれていいから、私の言葉を聞いて」
伝えた言葉は、最初と同じ。何を言っても更に怒らせる可能性がある以上、新しい事なんて言えない。でもせめて、思いを込める。伝わってほしいと、気持ちを込める。
対するネプギアは、数秒沈黙。黙り、私を見つめ…ふっ、と雰囲気が変わる。その変化に、受け入れてくれたんじゃないかって事に、私は一瞬心が高鳴る。──でも。
「…なら、貴女は…人々の、皆さんの言葉を、どれだけ聞いてきましたか…?皆さんの思いに、願いに、応えようとしてくれましたか……?」
「…ネプ、ギア……?」
「わたしは貴女を、絶対に…絶対に許さない。だから……ッ!」
一度変わった雰囲気が、再び変わる。より激しく…それでいて鋭い雰囲気に、変貌する。
「オリジンハート!わたしは女神として、パープルシスターとして……貴女を、倒しますッ!」
明確な怒り。明確な敵意。許さない、許せない、許しちゃいけない…そんな意思と共に、ネプギアの声が響き……M.P.B.Lから放たれる閃光が、私へと襲い掛かった。
今回のパロディ解説
・〜〜某オーバーオールの配管工
マリオシリーズの主人公の一人、マリオの事。慣れたコースでは特にそんな事をする理由もないけど、何となく三段ジャンプをやってふっふー!と言ってみる事、ありますよね。
・「〜〜ダメ。ゼッタイ」
薬物乱用防止の標語のパロディ。要は駄目だよ、って意味の言葉なので、汎用性が凄く高いんですよね。でも乱用防止の言葉なので、パロディで乱用する訳にはいかない…なんて、今考えてみました。
・〜〜某サバイバルホラーシリーズ〜〜
バイオハザードシリーズの事。あまりにもゲーム及びそのメディアミックス作品が有名になっているが故に、バイオハザードが元々存在する言葉だった事は案外知られていない…気がします。