超次元ゲイムネプテューヌ Origins Zenith   作:シモツキ

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第三話 拒絶の意思

 異常事態となった仮想空間。何かがあって、住民全員がなりふり構わず逃げなければならなかったような二つの街と、その近辺に位置していた、戦いの痕の残る街。無人となった三つの街を見てきたところで、私はこの仮想空間のネプギアと出会った。

 何が起こったのか。それは、本当に分からない。仮想空間そのものの異常と、仮想空間という形で作られた『次元』の異常に、関連があるのかどうかも定かじゃない。そんな中で出会えたネプギアは、私にとっては確かな希望で……けれどネプギアは、私に怒りを抱いていた。今この時、この仮想空間において、私はネプギアの──敵だった。

 

「……ッ…!」

 

 急上昇を掛けた私のすぐ下を、シェアエナジーの光芒が駆け抜けていく。続けざまに、射撃が…ネプギアの攻撃が、避ける私を追い掛ける。

 

「ネプギア!待って、ネプギア!」

 

 回避しながら私は叫ぶ。叫び、何度もネプギアに呼び掛ける。私に戦闘の意思はない。私は対話での解決を望んでいて、その為に言葉も尽くしたい。だけど、私が持つ情報はあまりにも少なく、下手に何か言おうとすれば、ネプギアの抱く怒りを助長させてしまうような状況。現に一度、私はその失態を犯していて…だから掛けられる言葉がない。ならば、と私が状況打開の策として考えた「私はネプギアの知る『オリジンハート』ではないと気付かせる、その為にまずは違和感を抱いてもらう」というプランも、少なくとも今の状況においては間に合わなかった。

 

「逃しません……ッ!」

 

 次々と放たれる射撃。上に下に、左に右にと私が躱し続ければ、ネプギアは単射から連射に切り替え、更に私を追い掛ける。それと共に空を駆け、下がる私へ対して距離を詰める。

 迫り来る光弾に対し、私もプロセッサの翼を三次元機動重視の形態に切り替え、細かい方向転換と急加減速で凌いでいく。ただ、避けているだけじゃ状況は変わらない。いや…それどころか、十中八九ネプギアは味方を呼んでいる以上、このままだと状況は更に悪くなる。

 

(不味い…反撃する訳にもいかないし、この距離じゃネプギアの方に分がある。ここは一度引いて、仕切り直すのも……。…いや、駄目だ…!逃げたら、対話が出来なくなる…!それにネプギアを見失ったら、元の木阿弥になる……!)

 

 私が考えるのは、今の最善。逃げるのは駄目、反撃は論外、ネプギアが落ち着くまで待つ…というのも望めない。

 ならば、どうするか。…はっきり言って、妙案なんか浮かばない。だけど…やらなくちゃいけない事は、分かってる。それは、さっきまでと変わらない。

 

「教えて、ネプギア…!その怒りの理由を…!私に憤る訳を……!」

「何を、言っているんですか貴女は…ッ!」

 

 ふざけるなとばかりに、ネプギアは語気を荒くして返してくる。連射を主体にしながらも、単射や照射を織り交ぜて私を追い詰めてこようとする。

 やっぱり、キツい。一方的に攻撃され、反撃は勿論逃げる事も出来ないっていうのは。それ以上に、ネプギアに怒りを持って攻撃されるのは。でも、だとしても、私はネプギアとの対話を諦めない。状況は悪化しているけど、ネプギアに違和感を抱いてもらう策が潰れた訳じゃないんだから。

 

「お願い、ネプギア…私に、戦う理由は……!」

「わたしには、ありますッ!」

「く……ッ!」

 

 次第に距離が詰まっていく。制限の多過ぎる状況じゃ、距離を保つ事もままならず、ネプギアも怒りからか積極的に踏み込んでくる。

 そうして遂に、私とネプギアは接近戦の距離になる。その間合いとなった瞬間、ネプギアはM.P.B.Lを振り上げる。咄嗟に私も長剣を顕現させ、防御しようと身体が動き掛けたけど…それを何とか意思の力で押さえ込み、その上で私は前に出る。両腕を交差させ、突き出し、M.P.B.Lではなくそれを振るう腕を挟み込んで押し留める。

 

「な……っ!?」

 

 この対応は予想外だったのか、目を見開くネプギア。次の瞬間、ネプギアはならばとばかりに蹴りを放ってくるけれど、それは下がる事で躱す。

 だったら…そう言うように、再びネプギアが射撃しようとしているのは見えていた。だから再び距離を詰め…M.P.B.Lを掴む。

 

「捕まえ……うわ…ッ!?」

 

 火器との複合兵装且つ、火器としても多彩な機能を持つM.P.B.Lは強力な武器だけど、その分刃ではないパーツも多い。だからこそ武器を掴む難易度は、普通の刀剣よりは低くて…けれど、ネプギアの思い切りは早かった。速攻で銃口からの照射を選び、それを間近で見せてきた。

 掴んでいた部位は、M.P.B.Lの射線上に手が重なるような場所じゃなかったおかげで当たるような事はなかったけど、その選択に私は面食らう。余程ネプギアは頭に血が登っているのか、それ以前に私がネプギアの思考を図り損ねていたのか、何れにせよ私は動きが鈍ってしまい、その隙を突くようにネプギアはM.P.B.Lを振り回す。何とか私は立て直そうとするも、数秒後には振り払われる。

 

(やっぱり、無理があるか……!)

 

 やられた、と思いながらもすぐに私は気持ちを切り替え、再度ネプギアに食らい付く。近距離であれば立ち回りもし易い、そう思っての選択だったけど…流石に武器無し、攻撃もせずの縛りの中で近距離を維持するのは無茶だった。追いきれずに私はネプギアが距離を取るのを許し、距離を取ったネプギアは再び連射に切り替えて私を撃ってくる。依然として、私は難しい立ち回りを余儀無くされ…そんな中で、ネプギアは言う。

 

「馬鹿に、しないで下さいッ!」

「な、何を……!?」

「避けてばかりで武器も出さない、距離を詰めてきたかと思えばM.P.B.Lを掴むだけ…それのどこが、馬鹿にしていないって言うんですか……ッ!」

 

 それは、想定外の言葉。まさか、そんな捉え方をされるとは思っていなかった。けど…言われてみれば、ネプギアからすれば、私の立ち回りはやる気がない、まともにやろうとしていないと思うのも当然かもしれない。

 だけどある意味、そう思っているのなら正しい。だって、何度も言っている通り、私は戦いたくないんだから。だけど、その思いが伝わらない。言葉で伝える事も、今は叶わない。

 

「馬鹿になんて、してないよ…ッ!ネプギアは強い、強い女神を馬鹿になんて出来るものか……!」

「……ッ…手を抜いておいてッ、何をッ!」

(……っ!?手を抜いておいて……?)

 

 乱射するように、ネプギアは光弾をばら撒く。それと共に突っ込んでくる。一見雑に見える射撃だけど、接近の為の牽制であると考えれば、ある種狙いを読み易い正確な射撃よりも合っている。今のネプギアは怒りに駆られているし、その怒りを隠しもしていないけど……怒り任せには、なっていない。

 そんなネプギアが発した、手を抜いておいてという言葉。それが、引っ掛かった。馬鹿にして、というさっきの言葉と、今の手を抜いておいて、という言葉…その二つが、何か微妙に違うものを指しているように思った。馬鹿にして、というのは私の立ち回りに対するものだったけど…今の言葉は、それだけじゃないような感じがした。

 ならそれは、どういう事か。…それを考える余裕はない。ただでさえ厳しい状況では、今以上に思考のリソースを戦闘外の事に割く事は出来ず…再びネプギアとの距離が詰まる。

 

「はぁああああぁぁッ!」

 

 勢いそのままに振り出されるのは横薙ぎ。一瞬私の頭に浮かんだのは、わざとその刃を受ける選択。そこまでやれば、わざと受けたって事が伝われば、ネプギアだって何か感じるものが……そう考えはしたけれど、流石にリスクが高過ぎる。

 迫る刃。迫られる選択。もう普通に避けるのは間に合わない。そして私は、だから私は下がるのを止め……左の肘と膝を、同時に突き出す。

 

「…何と言われようと、私は反撃しないよ。私はそう、決めたのだから」

「……っ…」

 

 M.P.B.Lの刃は、私に届く事なく止まる。肘と膝で、横薙ぎを上下から挟み込む事で、私が止める。

 これが、ネプギアの目にどう映ったかは分からない。やっぱり馬鹿にしてる、手を抜いていると思ったのか、それとも違うのか。だけど止めてしまえば、反撃すれば、ここまで攻撃せずに凌いできた意味がなくなってしまう。だからキツくても…私は妥協しない。

 

「ネプギア、私を見て。貴女の知る、頭の中にいる私じゃない。今ここにいる、こうして話している、私を」

 

 再度M.P.B.Lを掴み、一瞬たりともネプギアからは目を離す事なく、私は言葉を紡ぐ。そんな私に、私の言葉に、ネプギアは息を呑み…M.P.B.Lを両手で持つと、力任せに振り解いた。今度は私も対抗する事なく、すぐに手放し後退した。

 下がりながらも、下がってからも、私はネプギアから、ネプギアの瞳から目を離さない。こうすれば伝わる、目は口程にものを言う…なんてつもりはないけど、ネプギアに伝えたいのは私の真っ直ぐな気持ちだから。そしてネプギアは、即座に…最初のようにM.P.B.Lの銃口を私に向け、けれどそのトリガーを引く事はなく、表情を歪ませ……

 

『……ッ!』

 

 次の瞬間、私とネプギアの眼前を、ネプギアのものとは違うシェアエナジーの光芒が貫いた。

 

(今のは……!)

 

 咄嗟に私は飛び退く。流石にネプギアを見つめてはいられず、光芒が飛来した方向を見やる。

 直後、私の視界に飛び込んできたのは、二つの巨大な氷塊。真っ直ぐこちらへ飛んでくる氷塊を、再度私は飛び退いて躱し……私とネプギアとの間に大きな距離が開いたところで、三人の女神が割って入る。

 

「ネプギア、大丈夫!?」

「けが、してない?」

「もう!なんでもう戦ってるのよ!」

 

 火器を、杖を構えた状態で姿を現した女神。ユニに、ロムちゃんに、ラムちゃん。動くな、とばかりにユニは私を睨み付け、ロムちゃんとラムちゃんは心配するようにちらりと視線をネプギアへ向ける。

 驚きは、そこまでない。ネプギアが連絡を取っていた相手が誰なのかは、当然想像していたし、その相手の可能性としてユニ達の事も考えていた。でも、想定内だったとしても、落ち着いていられる訳じゃない。

 

(くっ…タイムアウト、か……)

 

 ここまで私は、一貫したスタンスを取ってきた。思いを伝える為に、ブレちゃいけないと思っていたから。だけどもう、そうはいかない。私は、決断を迫られる。

 

「…ユニ、ロムちゃん、ラムちゃん。私に、戦う意思はない。私は皆と、話をしたい」

「な……っ!…ふん、何を言い出すかと思えば…!」

「わたしは話なんかしたくないわ!」

「…わたしも、ラムちゃんと同じ」

 

 初めから決め付けて諦める事はしなくなかったから、私は三人にも呼び掛けた。でも、ネプギアの時と同じような反応しか返ってこなかった。…流石に、少し堪える。ネプギアに続いて、三人にもここまで拒絶されるのは。

 そして、答えも出た。であればもう、躊躇う時間も、理由も…余裕も、ない。

 

「私は諦めないよ。諦めないから……!」

「……!?逃げる気ですか!?」

 

 反転し、一気に加速する。翼を直線軌道重視へと可変させ、ネプギアが言った通り…全力で逃げる。

 これまで私は攻撃する事も、逃げる事もしなかった。だけど一対四じゃ、流石にそんな事は言っていられない。ユニ達の攻撃は私に当たらなかったけど、ロムちゃんラムちゃんの狙いは正確だったし、ユニの射撃に関しては、初めから私にネプギアと距離を取らせる為の一撃だったように思う。女神相手に、ネプギア達四人を相手に、一人で対峙する…こんなの成立しない。躊躇っていれば、逃げる事すら叶わなくなる。

 

(こんな形で、またネプギア達を相手取る事になるなんて……)

 

 全速力で飛びながらも左右に身体を振り、ロールを掛け、背後から迫る射撃や魔法を回避する。ここまでは使わなかった、圧縮シェアエナジー解放による加速も用いて、全身全霊で私は離脱。

 結局、望む情報も結果も得られなかった。ネプギアに、私の思いが少しでも伝わったのなら無意味ではなかったけど、それすらも定かじゃない。だとしても今は、逃げる他なく…私は遥か遠くまで、四人の姿が完全に見えなくなるまで、ただひたすらに飛び続けた。

 

 

*

 

 

 敗北必至な状況から何とか離脱した私は、まるで振り出しに戻るように、初めにいたあの森林へと再び訪れた。来たくて来た訳ではなく、気付いたらここまで来ていた。…逃げる当てもない状況だから、無意識の内にこっちの方向を選んでいたのかもしれない。

 

「取り敢えず、振り切る事は出来たけど……」

 

 ここからどうしよう、と女神化を解いた私は腕を組み、考える。実際には、振り出しに戻った…というのも少し違う状況ではあるけど、次の行動方針なんて何も決まっていない。

 ただ…それ以前に、今私の頭の中はごちゃごちゃとしている。だから一旦落ち着いて、頭の中を…情報を整理する。

 

(…間違いなく、この次元…というか、仮想空間の私はやらかしてるよね…それも、全く洒落にならないレベルの事を……)

 

 ネプギアに向けられた怒り。発された言葉。ユニやロムちゃん、ラムちゃんの態度。それ等からして、私が何かやらかした…というのは疑いようがない。更にそれは、ここまで見てきた街の状況と関係している。あまり、考えたくはないけれど……私のせいで、多くの人が苦しみ、未来を奪われてしまったのではないかとすら予想出来る。

 しかも、ネプギアの反応からして、やらかした私は言動も非常に良くなかった様子。少なくとも、反省し挽回に…或いは贖罪に勤しんでいたのなら、ああも拒絶される事はなかった筈。

 

「…はぁ…何をやったのか定かじゃないけど、何をやったのよこの仮想空間の私……」

 

 組んでいた腕を解き、額を押さえる。ここは仮想空間である以上、ここの私のやらかしも、ネプギア達の怒りも、極論全てが『そういう設定』に過ぎないとも言える訳だけど…現実と遜色ないレベルだからこそ、そんな単純には割り切れないし、仮想空間だろうと本当の別次元だろうと、自分のやらかしじゃない事で攻撃されるんじゃ堪ったものじゃない。

 本当に、一体私は何をしたのか。…まだ、そこまでは分からない。そしてそれに推測を立てるには、情報も足りなくて…だから一旦、保留にする。十分な情報のない中で下手に予想を立てると、それが先入観、そうなのだろうという思い込みになって、真実から遠ざかる事もあるのだから。

 

(…そういえば、ネプギアは手を抜いておいて、とも言ってたっけ…確かにリバースフォームは使わなかったし、そういう意味では持てる手の全てを尽くしていた訳じゃないけど…それを言うなら、ネプギアだってビヨンドフォームを使ってはいなかったよね……)

 

 次に頭に浮かんだのは、仕掛けられる中でネプギアが発した言葉。あの時感じた引っ掛かり。ネプギアが手を抜いている、と感じた理由としてまず思い浮かぶのはリバースフォーム…私にとっての切り札を使わなかった事だけど、それはネプギアだって同じ事。そもそもリバースフォームにしろネプギア達のビヨンドフォームにしろ、リスクやデメリットなしに使えるものではないんだから、絶体絶命の窮地に陥った訳でもないのに、使わなかったからといって手を抜いているとは判断しない筈。

 であればあれは、どういう事だったのか。武器を出さず、攻撃もしなかった事や、リバースフォーム以外で何か、私が手を抜いている…本来の力を出していないと思うような部分があったのか。……駄目だ、これも分からない。分からない、けど……

 

「…今思えば、ネプギアこそ手を抜いていた…というか、微妙に弱かったような……」

 

 こっちはまともに…どころか全く戦う気なんてなかったし、お互い無傷のまま終了したから、正確に把握出来ているとは思えないけど……やっぱり何というか、あの怒りの割にはプレッシャーを感じなかった。勿論強くはあるけれど、あるんだけど……という感じ。

 そしてそれは、シェアの問題…ではないと思う。単純な女神の能力というよりは、もっと技術というか、練度というか…う、うーん…我ながらはっきりしない…。

 

「……やっぱり、このままじゃ無理だ」

 

 孤立無援で孤軍奮闘。そう言えば格好良いけれど、今のままじゃどうにもならない。今のままだとネプギア達を頼る事は当然出来ないし、女神候補生の四人だけが私に怒ってる…なんて事はあり得ない。トライアンドエラーを繰り返して分かってもらう…というのも、会えばまだ戦闘になる可能性が高い以上リスクが高いし、そもそもまずここは普通の次元じゃない。間違いなく深刻な以上を起こした仮想空間なんだから、じっくりゆっくり…なんてスタンスを取っていたら、どうなってしまうか分からない。

 何にしても、私は動きたいのに十分に動けない。何故動けないかと言えば、分からない事ばかりだから。予想や推測も、現状じゃある程度までしか出来ないから。とにかく今の私の枷となっているのが、知らない、分からないという事で……兎にも角にも、情報がなくちゃ始まらない。それが私の最優先事項。

 

(…考えていても仕方ない…っていうか、どうしようもないし、一か八かどこかの街に潜入してみようかな…人がいる街まで辿り着くには、結構時間掛かりそうだけど……)

 

 潜入、という形を取らなくちゃいけないのは悲しいけど、ここで手をこまねいていても本当にどうにもならない。懸念すべきは私がオリジンハートだと住民にバレる事だけど……取り敢えずそれは、どこかで伊達眼鏡を手に入れれば済む話。…何かおかしい気もするけど…うん、大丈夫。伊達眼鏡があれば、変装は何とかなる。

 

「…よし、それじゃあ行動再開──」

 

 善は急げ、と早速また森林を出て、街へ向けて動こうとする私。けれどその瞬間、奇妙な音が聞こえてきた。…と、まるで周辺から聞こえたみたいに表現をしてみたけど……実際にはそれは、私の身体から聞こえてきた。それは…私のお腹の音だった。

 

「うぅ…お腹が…減った……」

 

 意識した瞬間、一気に覚える空腹感。今の私の心境は、孤独にグルメを味わいたい気分。…グルメに舌鼓を打っていられる状況ではないけど。望むまでもなく、今は孤独だけど。……何だか悲しくなってきた…。

…と、嘆いても何にもならない。それより問題は、この空腹をどうするか。仮想空間での食事の意味はともかくとして、シェアエナジーさえあれば女神は生命を維持する事が出来る…けど、逆に言えばその分余計にシェアエナジーを消耗してしまうという事。ただ、植物の知識に長ける訳でもない以上、この森林で何か食べる事なんて出来ない……

 

「…なーんてね。ポケットには飴玉とか一口チョコとかが三つも入ってるんでした〜」

 

 じゃん!と私はポケットからお菓子を取り出し、ふふんと笑う。…数秒後、我に返って更に悲しくなる。不味いな…ネプギア達に拒絶されたのが、かなりメンタルへのダメージになってるのかも……。…因みにこれは、オリゼが泣き出した時に食べさせてあげる用として持っていた物。こういう物すら意識や記憶から読み取って再現してくれる仮想世界形成装置は、今でこそ異常を引き起こしてるっぽいけど、やっぱり凄い。

 

(これがあるだけでも大分違うけど、その場凌ぎにしかならないし、食の問題は情報以上に最優先かな……)

 

 飴玉を一つ口に放り込んで、私は歩き出す。手掛かりがない以上、まずはもう一度あの街へ行く。そこからまた、別の街へ行ってみる。地道な手段ではあるけど、今は地に足を付けて行くしかない。……いや別に、これは女神化して飛んでいるとまたネプギア達に見つかるかもしれないから徒歩で…って意味ではなく。

 

「周囲には……誰もいない、ね」

 

 一旦女神化し、周辺をチェック。大丈夫である事を確認したところで、そこからは全力疾走。飛ぶのではなく、街へと走って移動する。

 思えば女神の姿で長距離を走る、って事はこれまでした事がなかった。だって、長距離移動なら飛べば良いだけだし、空を飛ぶ事に問題がある場合でも、低空飛行をすれば済む話だから。でも今回は見つからないように、というのに加えて、少しでもシェアエナジーを節約したい事情があるから、飛ばずに走る。

 

「……ふぅ。良い運動になったかな。…こんな状況でもなければ」

 

 誰の姿も見つける事が出来なかった、二つの街。そこを経由し、私は再び三つ目の街へと到達した。

 女神化を解き、取り敢えず物陰に隠れる。さっき(といっても暫く経ってるけど)ネプギアと遭遇した場所に再び訪れるのは危ないだろうかとも思ったけど、ここにネプギア達の拠点がある訳でもなさそうだし、であればむしろ、『遭遇した場所に戻る』というのは逆に盲点を突けるかもしれない。勿論、慎重に動くに越した事はないんだけど。

 

(ここに残る痕跡を見る限り、二つの街に比べれば、この街には最近まで人がいた筈。であれば、どこに行ったのかの手掛かりも見つけられれば、人のいる街への道が開ける可能性は十分にある)

 

 目を凝らしながら、街中を歩く。探すのは何も、足跡だったりタイヤ痕だったりの、行き先をそのまま教えてくれる手掛かりだけじゃない。戦闘の痕跡がどこからどこへ向けて続いているかや、お店のスタンド看板がどの方向に倒れているかなんていうのも、情報を纏め上げていく事で、集団が移動した先の参考になる。

 

「…………」

 

 探し、調べながら歩く中、ふと私の目に止まったのは、スーパーマーケット。それ自体は特別だったり何かおかしかったりする訳ではない、普通のお店なんだけど……何気なく、私は思った。こういう非常事態だし、何か食べ物を頂いても…って。この仮想空間が、設定通り信次元ベースになってくれているのなら、頂いたものの分支払いを済ませておけば…って。

 これも一つの現地調達。中は確認していないけど、レジのシステムが機能しているのなら、セルフレジを活用してちゃんと支払いをする事も出来る。……そこまで考えて、私は首を横に振った。そういうのは、私のやり方じゃない。そういう行為は、私のポリシーに反する。なりふり構っていられない状況であったり、私以外が空腹に苛まれているのなら、話は別だけど…そうでないのなら、私はその選択をしない。

 意地?見栄?…勿論そう。そうに決まってる。女神はその姿を見てもらう事で、感じてもらう事で、成り立つんだから。女神たるもの、常に余裕を持って優雅たれ…とまでは言わないけども、堂々たる自分でいたいと、私は思う。

 

「…まあ、うん。最悪木の実とか野草とか食べれば良いしね。ちょっと位の毒なら、何とかなるし」

 

 うんうんと、私は腕を組んで頷く。……そこ等辺の木の実とか野草とかを食べる姿は、優雅とは対極に位置してそうな気もするけど…そこはまぁ、気にしない事にする。

 そんな事より、今は痕跡の調査。焦る必要はないけど、私にのんびりしていられる時間は……

 

「……──っ!」

 

 そう、思った時だった。遠く…といっても恐らくはこの街の中で、複数の足音が聞こえたのは。

 

「今のは、人の…だけじゃない……!」

 

 酷く静かな街だからこそ、よく聞こえる。人の足音と、人ではない足音…その両方だと分かる。

 その音に耳を澄ませつつ、即座に私は行動開始。私自身は極力足音を立てないようにしながら、素早く音の聞こえる方へ移動する。同時に広い視野を確保する為に、ある程度近付いたところで近くのビルを駆け登る。

 

「いた……!」

 

 道路や周辺の建物を見下ろす形となった事で、私は発見。足音の正体は、やっぱり人と、その人達を追うモンスターの群れだった。人は二人、どちらも女の子で、モンスターの群れの方はそこそこの規模。即座に距離を詰めるような動きを群れがしないのは、相手が疲弊したところを狙おうという事かもしれない。

 

「不味い、このままだと……」

 

 追い付かれるのは時間の問題。走り方からして二人共素人ではなさそうだけど、二人で相手取るにはモンスターの数が多過ぎる。

 でも、今ならまだ間に合う。こうして高所に登ったのは正解だった。そう思いながら、私は飛び出すべく脚に力を込め……

 

(…でも…もしあの人達経由で、私の居場所がネプギア達へバレてしまったら?)

 

 その瞬間、ふっ…と頭に浮かんだ可能性。先の遭遇では上手く振り切る事が出来たけど、次も同じようにいくとは限らない。ネプギア達が、私の事を想定した対策や準備をしているかもしれない。そして今の私は一人。もし何かあっても、頼れる人はいないし、そもそも時間がない。今すべき事は何なのか…その判断を、間違えちゃいけない。──だから。

 

「ふ……ッ!」

 

 身を屈め、そこから床を蹴って、私は跳躍。進路方向へ飛び降りる事で距離を稼ぎ、民家の屋根に着地する。その勢いのまま走り、跳び、建物の屋根を跳び移っていき……トップスピードのまま、逃げる二人とモンスターの群れとの間に割って入る。

 

『え……!?』

 

 路面に足を突き立て、更に顕現させたバスタードソードも刺す事によって強引にブレーキ。突然の横槍にモンスターも驚いた様子を見せる中、着地した時の音で気付いたのか、背後から少女達の声が聞こえてくる。

 これで、私がこの街にいる事が彼女達にバレた。今は二人に背を向けているけど、これはモンスターの群れと対峙する為であって、顔を見られなければ…なんて思った訳じゃない。ネプギア達から隠れる事、迅速に情報を得る事、出来るだけ体力を温存する事…どれを取っても、悪手と思えるような行為。だけど私は、この行動に、この選択に……微塵も後悔なんてない。

 

(だって、私は女神だから。人を守る、人を助ける、人を幸福へと導く……それ以上に、女神がすべき事なんてあるものか)

 

 これは、妥協じゃない。仕方なくでも、やむを得ずでもない。これが、こうする事が、今のベストであり…今私が、最もやるべきだと思った事。この行動をした事で、ネプギア達へ知られるかもしれない?…ふっ、大いに結構。それでこの人達が保護されるのなら、尚更ベスト。それが一番、ほっとする。

 とはいえ、自力での状況打破を諦めた訳でもない。ただ今は、この人達を守るのが最優先だってだけの事。だから、先の事は改めて考えるとして……まずはこの場を、しっかりと乗り切る…!




今回のパロディ解説

・「〜〜お腹が…減った……」、〜〜孤独にグルメ〜〜
孤独のグルメ及び、そのドラマ版における代名詞的なフレーズのパロディ。この時のイリゼは、あの独特の効果音と共にお腹減った、と言っていたのかもしれません。

・「…なーんてね。ポケットには〜〜入ってるんでした〜」
ギャグマンガ日和シリーズにおける、四コマの内一つのネタのパロディ。シリーズものではなく、本当にただの単発ネタなので、分かった人はかなり少ないだろうなぁと思います。

・〜〜女神たるもの〜〜優雅たれ〜〜
Fateシリーズに登場するキャラの一人、遠坂時臣の台詞…というか、遠坂家の家訓のパロディ。うっかり癖のある遠坂家としっかりしてるようでしっかりしてないイリゼ…という点を意識した訳ではありません。
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