先祖返り半人外TS娘をいじめ抜く異世界生活24時 作:生後半年の猿
それとも、愛したかっただけ?
どっちも手に入らないのに、なんで欲しがったの?
なんで道端の花で満足しなかったの?
世界は、君に問いました。
君は泣いているだけで、答えてくれませんでした。
きぃきぃと、叫ぶ声がする。
呪うように、歌うように。
小鳥のさえずりが幾重にも重なり合った不協和音。
少女は、眠たかった。ただ眠りたかった。
だって、失ってしまったから。
父も母も、彼らの愛も。愛する資格さえ、尽くを。
だから、疲れてしまった。
彼女は確かに、生前の記憶を持つ大人だった。
けれど、それだけだ。
現代日本の知識、社会で得た経験、独力で生計を立てられる能力。
で、それらが何の役に立つ? 何の役に立った?
ここは生前とは違う。文明は未発達で、人と神秘は剥離せず、此岸は脆く、彼岸は近い。
そんな世界にあって、一体何ができた。
……きっと、驕りがあった。
"大人として生きた記憶のある自分なら、きっとうまく世を渡れる"。
"そこに加えて風を操れる生物としての機能があれば、きっと物語の主人公のように輝ける"。
なんて、そんなことはあり得ないのに。
人生2周目の重み? それがあったとしても、実際の"カナリア"は小さい少女だ。一体その身体で、どうやってことを成す?
風の、妖精としての機能? それがあったとして使いこなせていたのか? 使いこなそうとしたのか?
使いこなせなかっただろう。
だから、失った。
結局"カナリア"という名前を与えられた誰かは、弱くて無知な子供でしかなかった。
無知であることすら知らなかった。
本当にどうしようもない、ただのガキだ。そんなのだから全てを失う。
『……だからもう、眠らせてくれよ。煩いんだ。苦しいんだ。頼むから、どうか……』
『知るかよバーカ! 目を開けろ! 現実を見ろ!』
『なんで裁きを受けてないんだ!? ゴードンおじさんを忘れたのか!?』
『アイラおばさんもだ! お前が強ければ救えたはずだ!』
『なぜ■■たちは死んだ!? アイツラはお前よりも年下だぞ!』
『お父さんとお母さんも……たぶん、もっと強ければ……!』
『……はは、そんなことを言ってもさ……いまさら、おれに何ができるって言うんだ?』
癒着した瞼をこじ開けて、目を開く。
彼女がいるのは、どこか知らない街。広場。
それは"カナリア"が見慣れた長閑な土のそれではなく、現代……すなわち、前世におけるコンクリートジャングルの中。
じりじりと、日が照っている。ビルのガラスに反射して、ひどく熱が籠る。額に汗が滲むほどに。
けれど、それ以上に非現実的な景色として。
少女の周囲には、さらに多くのカナリアがいた。この広場のすべて、見える範囲の尽くに。
名に違わぬ小鳥のように美麗な囀りを、醜い汚泥で穢しながら、ただ呪っている。
『お前のせいだ! だから裁きを受けろ! お前にできることはそれだけだ!』
『判決を! 判決を下そう! 票を入れよう! さぁ、死刑に賛成する者は声を上げろ!』
『死刑だ! 死刑にする!』
『死刑以外ありえない!』
『死ね! このバケモノ!』
『お父さん、お母さん』
『ごめんなさい、ゆるして』
『死んじまえよこのグズ! 失敗作が!』
そして、カナリアたちは一様に罰を望んだ。
裁きを。罪に報いるほどの、慈悲のない末路を。
そこでようやく、少女は気付いた。
首が動かない。両手は手錠をはめられ、不格好な姿勢で固められている。
そして、伝わる冷たい木の感触。ざらざらとした肌触りで、触れる者のことなんてこれっぽっちも考えられてない。
『お前も、それを望んでいるんだろ?』
『……あぁ、そうだな』
あのカナリア達に呪いを投げつけられている加害者。つまり己がいるのは断頭台。
通りでこんなに息苦しいはずだと今更の納得を見せて──動けないなら仕方がないかと、一瞬で諦めた。
どうしてだとか、どうやってだとか、細かい理由は気にならない。
生存本能に付随する自己保身の、全て。惨めさを強調するだけの鎖が、ただ忌まわしかった。
『結果! 賛成、526票! 反対はゼロ票! これを以て正当性の証明とし、被告の刑を執行する!』
故に結論は覆らず。
そうして叫んだ裁判官役のカナリア──ご丁寧に黒いガウンを着ている──は、自身も賛成を叫んだ口で大真面目に法の遵守を誓っている。
──なんて、なんて馬鹿らしい。
そんなこと、周囲のカナリア達だって理解しているはずだ。
けれど理性と感情は必ずしも一致しないもの。
時には背反し、互いを食らい──そして主導権を握った側が手綱を操る。
だから、不満はなかった。全ての"カナリア"は強く納得している。
この薄汚い命を以て償えるのなら、それでいいじゃないかと。
少女は浅く、長い息を吐き出して。それから、瞼を下ろした。
『確定だ! 確定だ! カザリ村の村民、528名のうち死者526名の遺志を代弁し、お前に罰を下す!』
『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『あぁ……ああああぁああぁ……っ!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『ごめんなさい』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『ゆるしてください』『死ね!』『死ね!』『お父さん……お母さん……』『死ね!』『死ね!』『なんでおれが生き残ったんだ』『死ね!』『死ね!』『あはは! あははっ!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『なんでもします』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『おかあさん』『死ね!』『死ね!』『返してよ』『死ね!』『なんでもしますから』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『やだ! お母さんは死んでない!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『お父さんも死んでないもん!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『どうして』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『返して、あの日を』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死んでしまえッ!』
つまり、周囲のカナリアは526名。死者の代弁者を僭称するもの。
そんな彼女らが吐き出すのは、幼稚な呪いの言葉ばかりだった。
どれも人の音階ではなく、彼女生来の歌声であり。
ゆえに彼女ら以外には理解できず。そして、理解する必要のないものだ。
だって、本当に全部を理解している人々は死んでしまったから。
カナリアたちは、他の誰でもない"カナリア"を呪っている。
『じゃあ……執行してくれ。そこのズタ袋を被ったのが、死刑執行人役だろ?』
『話すな! このバケモノ!』
『死んじまえ!』
『ごめんなさい』
『返して』
『殺せ! 殺せっ!』
『お父さん、お母さん』
『早く首を落とせ! 早く!』
『死ね! お前なんか──』
断頭台とは、すなわちカタチを持った救いなのだ。
この罪深き者にとって。被害者にとっても、加害者にとっても、どちらにとっても──決してマイナスをゼロに戻す事は出来ないが、慰めにはなるだろうから。
『──お前なんか、産まれてこなきゃ良かったんだ!』
──死刑執行役も、呪いを叫ぶ声が聞こえた。
そして、風を切る音も。
重苦しく、鋭い救いが、きっと"カナリア"に迫って来ている。
◇
『ぁっ……あぁ……!?』
目を開ける。
飛び起きた。
ばくばくと、心臓が高鳴っている。激しく、強く、痛いほどに、苦しいほどに──全力で"生きている"を叫んでいる。
『は、あははっ……なんだよ、夢なのかよ……』
まず最初に見たのは周囲、白い部屋。
カナリアが寝ていたベッドと、小さな棚。
どちらも造りは粗雑ではない。華美ではないが、質実剛健な重さがあった。
まるで、病室のようだった。
けれど部屋の隅には幽かな灰の匂いが溜まっていて、清廉なだけではないと物語っている。
それから、だから、己が命を拾ったことを理解した。
あの地獄の最中、最後に輝いた雷光。その持ち主が己を助けたのだと、理解した。
そうでなくては、ここにいることの──"生きている"を叫べる心臓の説明がつかないから。
『……あぁ、そっか……』
だから、あの断頭台が夢の産物だったこともすぐに理解して。
カナリアは心の底から、本当に……本当に、本当に、本当に。
ひどく、がっかりした。
……だって、そうだろう。
死んでしまった526人──彼らの遺志によって裁かれるのであれば、あぁ。
一体どれだけ心が楽になるだろうかと、夢想できた。
己の死には正当性があって、地獄は終わりを迎えて。
カナリアがここにいるのであればダリルも同じのはずだから──それでいいんじゃないかと。
けれど、現実の彼らはもう死んでいる。
ここにはいない。どこにもいない。
死者は剣を持てない。死者は喋らない。
だから、彼らの代行足り得るのは──自分しかいない。
なんて、無様でせせこましいけれど、彼女にとっては当たり前の帰結にたどり着いた。
『夢じゃなければ、良かったのに』
指先を、首に押し当てる。
左側、頸動脈。少女らしく柔らかい肌が薄く裂けて、ぷつりと珠のような血が浮かぶ。
血は赤い。真っ赤で綺麗で、汚れのない。
けれど、それが己に流れていると思うと、途端に吐き気がした。
『……こんなものが、生きてていい筈がないだろ?』
悍ましい魔性。人の尊厳を踏み躙る魔物。忌み子。
そんな身体に宿るものが清浄なわけがあるか。
悍ましい、悍ましい、悍ましい!
死んで詫びろ。償え! お前はバケモノだ、人の心を踏み躙る汚物だ!
そう、頭の中で反響する。囀っている。
その言葉は死者の代弁であり、頭の中をも含めた全ての"カナリア"の願いであり、そして。
『だから……そうだ、謝るんだ。お父さんと、お母さんに……」
──そうして、何になるなのだろう。
なんて、考えても、答えはでない。
出せる答えはひとつ。ただひとつ。
"あなたたちの娘は、どうしようもない、救えないバケモノでした。
あなたたちからの愛は捏造品で、どうしようもなく歪んでいました。歪ませてしまったのはおれです。
あなたたちを愛していました。でも、それもたぶん捏造品です。だって、愛させたあなたたちに向けた愛が、濁っていないなんて誰も証明できないから"。
"あいつらの目的もおれでした。おれみたいなのが居たから探されて、おれみたいなのが居たからみんな殺されました。だから、この命を以てお詫びします"。
そんなちっぽけな祈り。
廃れて腐った、けれど確かにあった祈り。
「……ごめんなさい」
それを正義の刃とし、現世で最期の謝罪を告げて、風を落とす。
頸に。
もし叶うのなら、来世なんて無ければいいと願って。
「ごめんなさい、おかあさん。……やっぱり、あなたが教えてくれた通りだ。あなたの子どもは失敗作でしたよ」
◇
──頸に風が触れる、その寸前。雷光が走る。
あの地獄に現れた光と同じ、眩く強い熱。
ピカッと光る空の炎。
それがカナリアの指先を強制的に停止させて、力を奪う。
……風は。
カナリアが寝ていたベッドのフチを削り、解けていった。
「よいのですか。拾った命を捨ててしまっても」
「……あんたか、あの時の雷は……」
いつの間にか、すぐ傍らに女が立っていた。若い女だ。
右手では雷の残滓がバチバチと燻り、弾けている。
「あの時、助けてくれたことには……。…………感謝、しているが、あんたは誰だ?」
その感謝は、嘘だった。
善行に対する"助けてくれた"、ではなく、悪行としての"助けてしまった"の意味を言葉の裏に潜ませている。
一言でまとめてしまえば、よけなお世話だったのだ。カナリアにとって。助けるのならダリルだけでよかった。
なぜ死なせてくれなかった。なぜ止めた。……本当は、そう叫んで責めたい。
けれど世間一般の振る舞いとして、それはあまりにも非常識だったから──これ以上恥の上塗りをしないために、ぐっと堪えた。
そして女もそんな言葉の裏を嗅ぎ取ったのだろう。
ほんの少しだけ、形のいい眉を顰めて……しかし触れずにいる。
また、責めたくなってしまった。あまりにも、幼稚な苛立ちだった。
「薄明教会所属、司祭のヨハンナです。どうぞ、お見知りおきを」
「……。……司祭にしては、あんた、随分な武闘派なんだな」
ヨハンナと名乗った女は、白く、威厳にあふれた司祭服を身に纏っている。
本来華美であっただろう装飾の名残は感じさせるが、しかし、裾の部分から焦げて薄れてしまっている。
数々の戦場を踏み越えてきたことを感じさせる灰の匂いが、カナリアの鼻をくすぐる。この部屋の隅から漂うものと同じ匂いだった。
しかし当人の、鮮やかな金髪と涼やかな青い瞳のせいか、ひどく清廉な印象があった。
「……だが、何でもいい。あんたが誰で、どんな思想を持ってたとしても関係ない。ただ、邪魔をしないでくれよ」
何であれ、カナリアは償うべきだと思っていた。
だから相手が誰であれ対応は変わらず投げやりで、いっそ失礼なまでに不遜な物言いをしている。
ヨハンナはもう一度、ぴくりと眉をつり上げた。
「……
「別に、あんたには関係ないだろ」
「死者は語りませんよ。あなたを責めることも、あなたに償いを求めることもしない」
「……ちっ、煩いな。なんだ、ここで死んだら死体の処理が面倒だからあれこれ言って来やがるのか? じゃあすぐにほかの場所に行って手早く自害するから出口を教えてくれ、それで良いだろ」
「ふむ、死体を野晒しにするなど……とても褒められた行いではありませんね。それにあなたの場合……あなたの遺体は自然に腐敗しない。であるがゆえに、あなたの遺体は慰み者になる可能性が……いえ、幼い少女に聞かせる話ではありませんね。忘れてください」
「話を逸らすな。出口を教えろ」
「教えたくないから話を逸らしたのですよ、年に見合わず
面倒になって、ヨハンナの隣を抜けようとする。
……すぐに、身体で塞がれた。
逆の方向から抜け出そうとする。
ヨハンナに肩を掴まれて、動けなくなってしまった。
「……邪魔だって言ってんだろうが……! どけよ、適当に歩いてりゃそのうち出口に辿り着く! いいだろ、面倒はかけないんだから!」
「ダメです。ベッドに戻りなさい」
「戻らない。話を聞けよこのババア……!」
「あなたとは十も離れていませんよ。ババアではなくお姉さんです」
「知らねえよババア!」
そう言って言うことを聞かないカナリアに呆れた様子で──しかし、瞳の奥を暗く澱ませたまま、その両手で軽々と抱え上げてベッドに放り投げた。
鋭い視線がカナリアを貫いた。
……その目で見られると、どうにも落ち着かなくて。
苛立たしくも肩を揺らしながら、一旦その場に留まる。
その腕力を超える自信はなく、逃れられる根拠があまりにもなかったからだ。
「……それで……あなたまで、あの少年の前から消えると。あなたはそれを最善だと思っているのですね?」
「あの、少年……あぁ、ダリルのことか。ダリルの前に、おれはいないほうがいいよ」
ただ、吐き捨てるように。
心の底から忌まわしいと叫ぶように、泥を吐く。
だって、彼の名は、もはや形を持ったカナリアの罪ともいえるから。
……だから、苦しかったのだ。直視するのが。
「おれは、穢してたんだ。お父さんとお母さんだけじゃない。ダリルの心も、ダリルのお母さんの心も、村のみんなの心を。……それに、おれみたいなのを探して、みんなを殺したんだってさ。じゃあ、全部おれが悪いじゃないか」
「…………ふむ」
「もっとよく考えるべきだった。なんでおれが、おれみたいな忌み子が受け入れられたのか」
「あなたは、自分を忌み子だと言い切るのですね」
「忌み子に決まってるだろ。お母さんともお父さんとも違う色の目と髪で、人の言葉を話せない人でなし。それも……純粋な心を踏み躙って、それに飽き足らず終わりの引き金になるような。それを忌み子と言わずになんて言うんだ……? なぁ、あんた司祭なんだろ。なら、分かるだろ?」
そういって、あの男──あの、退廃的で、享楽的で、腐りきった騎士の言葉を思い出して。
ああ、本当に救えない人でなしなのだと、薄く笑った。
……いや、救えはするのだろう。
流血を以て、その命を終わらせたのなら、それはきっと救いと呼べる。
少なくとも、尊厳は守れるのだから。
──カナリアはそれで納得しているというのに。女の顔色は変わらず、行く先を塞ぎ続けていた。
「……少なくとも、私はあなたを忌み子とは呼びません。あなたは人のカタチをしていて、それは人に寄り添える温度を持っている」
「だからなんだよ。傷つけるんならカタチも温度も関係ないだろ……! おれにそんな、慰めなんか要らない! そんなものがあっても、もう……!」
「ならばどうして欲しいのですか、あなたは」
邪魔だった。
せめて最後は人らしく尊厳を守って、償いたいのに……それを選ぶ権利さえ認められず。
真面目腐った顔の女司祭はただ、心の殻を剥ぎ取るように言葉のナイフを隙間から刺し入れ続けてくる。
だから言い方を取り繕う余裕もなくなっていって、自己弁護や理由を考えるのも億劫だった。
「……殺してくれよ、もう。いいだろ、おれをここから出さないって言ったのはあんただ。おれが死のうとしたのを邪魔したのもあんただ。だから、だから……っ、あんたには責任がある筈だ!」
「ほう、責任……ですか。その言葉を以て、私に雷光を振るえと……」
剥き出しになったありのままの言葉。
ただ、純粋に死を願うだけの言葉。
それを聞き届けたヨハンナは、一度黙り込んだ。
じっと瞼を下ろし、息を吸って、長く重く吐き出して。
……それから目を開き。
カナリアの左頬に手を振り抜いた。
「──……は?」
ぱぁん! と、もう一度響く。鋭い痛みが弾けた。
今度は、右の頬だった。
「さて……まず、私の目を見なさい」
「なっ……なんだよ急に……っ」
「黙りなさい」
ぱぁん! 左の頬を張られた。
……何度も張り手をされて、もはやカナリアの頭は真っ白だった。訳がわからない。意味がわからない。思考に空白の隙間が乱立する。
そしてそれゆえに、ヨハンナの言葉はするりと入り込んできた。
冷たく尖ったナイフとして……あるいは、あの騎士の剣のように。
「それで、あなたは見捨てるのですね」
「──…………」
こほっ、と。喉が詰まって、くるくるくるりと空回る。
言葉を生み出そうとした、わけではなかった。
ただの反射として、思考と肉体が乖離しただけ。
「……は?」
もう一度張り手をされる。逃避は許されない。
停止した思考回路が強制的に稼働させられて──それでようやく、正しく喉が震えた。
「……っ、なにを、言って……」
「あなたはあの少年──ダリルの前から消えると言いました。それほど心に土足で踏み込んで、足跡を残したうえでなお」
「でも、それは……っ」
「彼は故郷を失い、母を失い、そして最後に残った友すら失う。実に哀れではありませんか?」
「……今それは、関係ないだろ……っ」
「関係あります。……それで、あなたはその償いを考える時、ダリルのことをどの程度考えましたか? ……あなたは生者ではなく、死者の遺志に比重を置いたのではありませんか?」
「うるさい、やめろ……!」
「やめません。慰めは要らないと言ったのはあなたですので。……だから私は、それを見捨てる、と呼んだのですよ。あなたのそれは償いではない。自己満足、慰め。それに一体どれほどの価値がありましょうか」
張り手が飛ぶ。
妖精としての再生能力が起動した。
それによって、赤らんだ頬はたちまち治っていくけれど。
……けれど、心の傷だけは延々と抉られ続ける。
切り開き、塩を塗り込み──カナリアの神経を殺す。
「あなたが死ねば失われた命は戻ってきますか? いいえ、戻ってこない。あなたが死ねばダリルの未来は明るくなりますか? いいえ、むしろ彼はあなたという最後の寄す処も失うことになる。先祖返りが故の洗脳能力……なるほど、それは確かに扱いが難しい。ならば扱えるようになればいいだけ。……今までのそれは、死に値する程の罪なのでしょうか」
「うる、さい……!」
「つまりあなたは……あの村が滅んだこと、その責任すら混ぜ込んで背負おうとしているようですね。だから死がふさわしいと思い込んでいる。あなたに罪があるとするなら、それは心を奪っていたことだけ、それのみですのに」
なんて、なんて。
ヨハンナの綺麗な口から垂れ流されるのは、口と同じで綺麗な正しい言葉だ。……正しいだけの言葉だと思った。
だからカナリアはこの時、生まれて初めて実感した。
あまりにも正しい言葉は痛いだけで、救いになどはなりやしないのだと。
「……つまり、あなたは。彼に見られるのが怖いのですか? 人でなしだと自覚したあなたを、剥き出しのあなたを見られることが。……本当は償うために、とすら思っていないのかもしれませんね? それは単なる逃避だ」
「違う……っ、おれはそんなんじゃ……っ」
張り手が飛ぶ。
頬は、痛くない。痛くないのに。これっぽっちも、これっぽっちも。
痛みはまるで訴えてくれないのに。
「本当の償いは。それはあなたが生きて、その力を正しく扱えるようになることでしょうに。その考え程度はあなたにも思いついたはず……つまり、ええ。あなたは本当に、ただ逃げたいだけなのですね」
「やだ、やめてくれ……っ!」
「やめません。私の目を見なさい、カナリア」
両手で頬を掴まれて、顔を固定されて。
黄金の瞳と青く澄んだ瞳が鏡合わせのように重なり合う。
黄金の瞳には、笑みのない能面のような女の顔が映っていた。
……青い瞳には、今にも泣き出しそうな子供の顔が映っていた。
「……あなたは怖がりだ。言葉を強く飾っているだけ。正当性を持とうとしているだけ。その心を鎧で隠して……さて、その鎧で心の何を守りたいのですか?」
「や……やめてよ……!」
「……やめませんよ、それが私の……私如きに許された数少ない役目ですから」
それから掴まれていた頬を離されて、また叩かれた。
やっぱり頬は、本当に痛くなかった。
けれどそれ以上に心が痛くて、痛くて、痛くて──じわりと涙が流れ出す。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、珠のような涙が黄金色の瞳から流れて。
頬を伝い、ぽたぽたとベッドに滴り落ちて、染みていく。
生前の記憶など関係ない。
妖精の血など関係ない。
カナリアはただの、暴力を、言葉を恐れる子供だった。
「あなたの本性は、確かに人から外れている。妖精の血のせいですか、それともそれとは関係なく──ただ、生来の気質として歪んでいるだけなのでしょうか」
「……ひっ……やめて、ください……っ……」
ヨハンナがまた、体を動かす。
ビクッと反射的に顔を覆って、身体を縮こませて。
……しかし、張り手が飛ばない。
今度はやさしく、甘やかすように。
ヨハンナは本当に──本当に優しく、聖女のように微笑みながらカナリアを抱きしめた。
そして、耳元で囁くのだ。毒のような、腐る甘言を。
「彼らも気の毒ですね。命を賭して守ろうとした娘が──まさか、己の醜さから逃げるために無為に命を散らすとは。それはあなたの心を慰めはしても、何の救いにもなりはしない。……ですが、ええ。それは罪ではありません。だってあなたは、そう望んで産まれてきた訳ではないのですから」
「ぅぁ……っ……、おねがい……っ、おねがいします、やめてください。おねがい、します……!」
「やめませんし、黙りません。……知っていますか? 何も残せなかった人の死は、犬死というのですよ」
「やだ……! やだ! 聞きたくない! 知りたくない! もう、もう……っ!」
ついさっき己の手で打ったばかりの頬を優しく撫でて、女はくすりと笑う。
くすくすと上品に、けれど微かに悪辣に。剥き出しになった心の柔らかい部分を突き刺して、ぐるりと捻る。
「……。……あぁ、でも仕方がないのかもしれませんね? たとえ彼らの死に意味がなくとも。彼らのささやかな願いが実を結ばずとも。……だって、あなたはか弱い、ただの女の子なのですから」
甘く、甘く、溶かすように。
深く、深く、澱むように。
女は──まるでおとぎ話の魔女のように、カナリアの耳に唇で触れた。
「立ち上がれないのだから。その能力がないのだから、仕方がないではありませんか。ねぇ、カナリア。だってあなたは──もう、折れてしまったのでしょう?」
「────」
そこまで言われて、無理やり聞かされて。
カナリアは、徹底的に、尽く、逃げ道を塞がれたことをいまさら理解した。
「──ぁ」
立ち上がれない。折れたから、心が。
──それは、本当に?
本当に、あの地獄を忘れられるの?
本当の、本当に。
あの地獄を目で見て、肌を炙られて、舌で舐めたあの辛酸を、忘れられるの?
心の奥底。うろ底の中、自省の言葉がこだまする。
それに対して少女は、"うん"と言おうとした。
言葉にしようと開いた口は、しかし。
舌がもつれて、喉が震えて、言うことを聞かなかった。
「後悔、しないのでしょう?」
後悔しない、なんて。
その言葉にすら、あぁ。
「あなたは、そうしたいのでしょう?」
頷くべきだと思った。
泣き叫びながらみっともなく死ぬべきだと、思っていた。
「彼らの死は仕方のないことだったと、忘れたいのでしょう」
でも、それでも、けれど。
「あなたの死こそが正しい末路だと、信じたのですね」
冷たく凍えて、霜が降りていたはずの脳みその片隅で、わぁわぁと何かが叫んでいる。
気の所為じゃない。
気の迷いかもしれないけれど、それでも、"それでも"と叫ぶ何かがいる。
「あなたの選択は正しい。あの炎も同じく。あなたの家族の末路も同じく。何もかもが正しいことばかりで、
それはぐつぐつと煮え立っていて、滾る。
熱く、熱く、熱く、熱く。
火で炙るように、心を焼くように。
「ふふ、あらあら……嬉しいですよ──カナリア。あなたはまだ、怒れるのですね。まだ、折れることが
「あぁ……あああぁぁあぁ……っ」
それは"苛立ち"だった。ただの"苛立ち"だった。
正義感などではない。
復讐心と呼べるほど一途でもない。
義務感はあっただろうけれど、それは火の影に隠れている。
だから定義可能な残りはたったのひとつだけ。
みっともない、ただの子供の癇癪でしかない──ちっぽけなそれだけが、カナリアに逃避を許さない。
なんでこんな目に。
なんで踏みにじられた。
悪いことなんて、あの人達はしていなかったのに。
通理がない。妥当じゃない。理不尽だ。
……許せない。
そんな、矮小で、けれど生々しい熱を秘めた苛立ちのせいだ。
そんな苛立ちごときのせいで、償いは、償いと定義した死は遠ざかる。
どれだけ手を伸ばしても届かないほど、遠く、高くに、逃げてゆく。
はるか遠く、故郷の中に。
「ど、うして」
「……それが、あなたの心のあり方。あなたは矮小で、幼い、ただの子供かもしれないけれど。……それでも、現実から後退る程度の強さがあったから」
──故に、カナリアの末路は否定された。
断頭台は最善の終着点ではなく、最悪の逃避先となった。
生存は最悪の現実逃避ではなく、唯一許された道となった。
「であるならあなたは、まだ失いきっていないあなたは。怒りを抱ける心があり、託された者があるあなたは。まだ立ち上がれるというのに、ここで死を選べば……それこそ冒涜になるのでしょう。あなたは、死んだ者たちの命を無に帰したいのですか?」
「なん、で」
「……償いとは、それほど安っぽい形をしていないのですよ。だって……
そう言って、司祭ヨハンナという女はここで初めて、本当の素顔──深い後悔と哀れみを瞳にうつして、疲れたように笑った。
強く、強く、けれど優しく、カナリアを抱きしめて──。
──やがて、彼女が去ったことにもカナリアは気付けず、ひとり、ベッドの上にへたり込んでいた。
反響する。反響する。
ぴぃぴぃと、カナリアたちの呪う声が反響する。
幾重にも重なり合った絶叫は、さっき目覚めたときと変わらない。
『死ね!』『早く死ね!』『死んで償え!』『死刑だ! 死刑以外ありえない!』
「あは……あはは……」
そも、死とは何か。
そんなこと、とっくの昔に理解していたつもりだった。自分の身で味わったのだから。
……死ぬ、なんて。そんなの、ただの生ぬるい安らぎでしかないと、信じていた。
かつての、生前の記憶を思い出す。
降りしきる雨の中、背中に触れるアスファルトの冷たさ。
うるさいサイレンと、誰かの蔑む声。
倒れた自分を見下ろす、誰かの顔。
そんな悍ましさ達も、死に触れれば途端に気にならなくなって……ただ、肩の荷を下ろす瞬間の安堵だけがあった。
だから、そう。
置いていく側の事は、分かっていたのに。
置いていかれる側の事は、ちっとも分かっていなかった。
こんなにも苦しいなんて聞いていなかった。こんなに寂しいなんて聞いていなかった。
こんなにも。
こんなにも、こんなにも、こんなにも──こんなにも!
こんなにも後を追いたくなるなんて、教えてもらえなかった!
『なのに、後を追わないのはどうして?』
「あは……っ」
なのに、そのくせ、死ねない。
だって、生きなくてはいけないから。そして、証明しなくてはいけないから。
あの村の人々は、カナリアが踏み躙った人々の死は──決して無駄ではなかったのだと。
決して、決して、灰に埋もれるだけの命ではなかったのだと。
証明しなくては。証明しなくては。証明しなくては!
……そうでなければ、本当に犬死させてしまう。
「あはは……っ! あはははっ!」
あの日の、骸となったゴードンが語った声なき言葉が脳裏に響く。
"これをやってから死ね"。
あの日の、我が子を抱きしめたアイラの言葉が脳裏に響く。
"見捨てないでやってくれ。コイツはバカでノロマなしょうもないヤツだけど……それでも、私の最愛の息子なんだ"。
あの日の、生きるために最期まで足掻いたのだろうローランの言葉が脳裏に響く。
"どうか、幸せになってくれ"。
あの日の、あの日の……最期の瞬間、カナリアに微笑みかけたロザリーの言葉が脳裏に響く。
"生きて"。
響いて、響いて、幾重にも反響して。呪う声と響き合って、魂を汚染する毒となる。
死者は語らない。知っている。
死者は剣を持てない。分かっている。
死者はどこにもいない。理解させられた。
……だから、だからこそだ。
だからこそ、定義したのはカナリア以外にありえない。他の誰でもないカナリアこそが"そうであれ"と呪った。
その事実を前にして、カナリアはただ、狂いたくなった。
狂いたくなったのに、心の奥底では、常に怒りが──正気が燻っている。
だから、狂えない。
カナリアには、自死の権利も発狂する権利もない。
生きるしか、ない。
「あははははははははははははははははははっ!」
◇
こつ、こつ、こつ。
二人の女が歩いている。
かつては穢れのない白亜に染められていただろう通路を、同じく純白だったろう装束に身を包んだ女たちが。
「……哀れなものですね。羽根をむしり取られた小鳥を見ている気分です」
「……司祭、彼女に記憶処理を施す許可をください。……それが無理なら……せめて、介錯だけでも……。だってあれでは……あまりにも……」
「いいえ、助祭、それは許しません。……おそらく、彼女はそれでも死にきれないし、忘れられない。あれは、どれだけの時を経ても、生と死を繰り返しても、永遠に過去を引きずり続ける……そういうタイプですよ、あれは。そして結局、彼女は自分自身を呪うのでしょう。"どうして楽になろうとしたんだ"……と」
ヨハンナは悼むように、重く呟く。
先程まで顔を合わせていた──そして今、通路に小さく、遠くから響き続ける笑い声の主。
狂おうとして、しかし狂えないことが分かりきっている哀れな子供の姿を思い出して。
もしもあの場で彼女を介錯したとして。
もしもあの場で彼女の記憶を消したとして。
……もしもあの場で、彼女を新しい人間に仕立てたとして。
そんな行いの果てに続くだろう未来が、いっそ手を付けられないほど薄汚れた泥まみれになることを予想してしまった。
その予想は生々しく、明確な輪郭を持っていて、それを自分ごときでは覆せないのだと諦めてしまった。
だから、ああなった。
「ままならない事ばかりですが……それもまた、我々の責務です」
なんて、口ではそう囀っていたけれど。
唇が酷く乾いていた。どうにも、心がひどく疲れている。
本来ならなんの責任もない筈だった彼女に、現実を突きつけた事実に。
それを面に出すことは許されない。
若くして薄明教会の司祭となった女は、そのような弱い姿を見せてはならないのだ。
だから助祭の女には、何時も通りの鉄仮面を取り繕って、努めて冷酷な声音を作り上げた。剣のように硬く、折れず、曲がらぬ、鋼鉄のように。
その事実すらも、女の心を逆しまに
「……でも! でも……っ、これじゃあ……あんまりにも、惨いじゃないですか……! まだあの子達は、あんなに幼い子供なんですよ? なのに、どうして」
「慣れなさい。これから先、彼女のような存在に直面する機会も増えるでしょう」
「……っ。 ……司祭、私はここで失礼します。司祭もどうか……ご自愛ください」
……その鉄仮面を取り繕えていると考えているのは、当の本人だけだった。
通路には、流れ落ちた血の雫が点々と落ちていた。それは足跡のように、二筋の軌跡を描いている。
片方は助祭の女の手のひらから。
……もう片方は、司祭ヨハンナの手のひらから。
ヨハンナの本性とは結局、そういう女でしかない。
──さりゆく助祭に軽く手を上げ、自室へ向かう。
助祭に向けた手のひらの傷口は、既に治り始めていた。
司祭ヨハンナもまた、真っ当な人間ではないことの証左であった。
「ふふ、自愛、などと。そんなの、あってはダメに決まってるじゃないですか。助祭、あなたは真っ当で、だからこそこの世界には向いていない。あなたは私を何だと思っているのですか? これでも……教会の特記戦力なんですよ?」
そして、自室に入って。
任務の合間にある、ほんの僅かな休息の時間。
その時間を、か細い懺悔に捧げ始めた。
祈って。
ただ祈って。祈りを捧げて。
壁にかけた象徴たる太陽の紋章へ、静かに跪いている。
「……苦しみを祈りましょう、カナリア。あなたがいつか、その苦しみを抱えて、愛してしまった誰かに謝れるように。そして、赦しを得ることを」
そして女はひとり、右手を掲げた。
宿るのは一筋の雷光。今日に至るまでにあらゆる不浄、あらゆる悪を裁いてきた司祭ヨハンナの、最強の矛。
……それを手に、救えなかった命と心を思う。罰せなかった悪を思う。
これから先、己の力不足のせいで生まれるだろう地獄を思う。
思う。思う。思う。あまりにも多くの、取りこぼしてしまった"もしも"を想起して。
呪う。呪う。呪い続ける。あまりにも多くの、司祭ヨハンナの力不足で生じた全てに──その根源である己の非力に呪いをかけた。
これまでも、そうだった。救えない命があった。止められなかった地獄があった。
だから今回も、そうなるのだろう。
──すべて、すべて、ヨハンナの力が足りないから。
「まったく、人のことは言えませんね。……ねぇ、カナリア。私は……あなたの末路を決めつけるしか、してあげられなかった。本当に、本当に……くだらなくてしょうもない女なんです、私は」
だからこその無能。
だからこその罪悪。
全く持って救えない。救いをえる価値すらない。
下劣な畜生、非力な塵屑。
そんな無能なぞ死んでしまえと、雷が叫んでいた。バチバチと、チリチリと、眩く弾けて空気を沸騰させている。
……ゆえに躊躇なく、自罰のために己を灼いた。
痛みを、罰を、苦しみを求めて。
あらゆる罪を清めたもう天上の炎よ、どうかわが罪を、無能なる小娘を消し去り給えと。
ヨハンナ・サルウァティオという小娘は、あまりにも邪悪であると。
じゅう、と肉の焦げる匂いがする。
……当然、体が傷つくだけだった。
だからヨハンナは、今日も生きている。
生きているのだ、今日も。
「……救えなくて、ごめんなさい」
『TIPS』
・カナリア
己に死ぬことを許せなかった少女。
自身に流れる血を誰よりも疎みながら、それを捨てることができない。
愛したかったし、愛されたかった。
そんな願いを抱いたこと、そして、その願いを忘れないまま生き残ったこと。
それが、彼女の罪である。
・ダリル
平凡な村人だった少年。
特別な力はない。特別な生まれでもない。
物語における変数にすらならない背景人物A。それがこの少年だ。
しかし、そんな彼に名前が与えられてしまったこと。
それ自体が彼の不幸であり、罪だった。
……村の外に出たいというちっぽけな願いがこんなふうに叶えられるなんて、欠片も思っていなかった。
・ヨハンナ
本名、ヨハンナ・サルウァティオ。
教会内にて3番目の実力者。
苛烈なる信仰の守り手であり、天上の炎たる雷光の代弁者。
しかしてその本質は、自罰的なただの女であった。戦いなど、この女にもっとも向いていない業である。
だから、この女の罪は、己の身の程を弁えないこと。それだけだ。
救えなくて、ごめんなさい。なんて、そんな言葉、慰めにすらなりやしないのに。
・ローラン
最期の日、ローランは風の魔法を用いて必死に抵抗した。
弱くとも、薄くとも、彼もまた妖精の血を引いているのだから。
だから家族を守るために──最愛の妻と娘を守るために、立ち上がり、戦い……しかし望みは叶わず、弱かったが故に命を落とした。
彼に罪はない。
そもそも、罪を背負うことすらできないほどに、弱いからだ。
そうだろう、臆病者の弱虫ローラン。
・ロザリー
実は、お腹のなかに赤ん坊がいた。
これは正常な人の子であった。
もしもの未来、産まれてきた妹は、カナリアと仲のよい姉妹として互いを支え合った。
互いを最高の理解者として、カナリアを人の世界に繋ぎ止めたのだろう。
しかしその可能性は、片鱗すら見せずに潰えてしまった。
彼女に罪はない。
あるとするなら、それはカナリアに帰属するものばかりである。
……だから、お前のせいだよ、カナリア。
お前がそもそも産まれなければ、あの村は一人残らず死んでしまって、そこで地獄は終われたんだ。過去の出来事に成り下がれたんだよ。
だから全部、全部、お前の──。
──おれの、せいでした。
あなた達に愛してほしいなんて、身の程を弁えない願いでした。
あなた達を愛したいなんて身の丈をこえる願いでした。
おれはあの時のアスファルトの上に、ずっと縛り付けられたままでいるべきだったのです。
そのままぐずぐずに溶けて、身も心もどこにも行けずに腐って、それだけであるべきでした。
なのに望まれて産まれてきただなんて、そんな驕りを抱いてしまったのは。
たぶん、きっと、おれが馬鹿だったから。本当に救いようのない馬鹿だったから。
……ですから、ごめんなさい。産まれてきてしまって、ごめんなさい。
許してください。どうか、許してください。……おねがいします、どうか、おねがいします。
ゆるして、おかあさん。