傷だらけの赤色:スカーレッド・スパイダー 作:WhatSoon
編入生のピーター・パーカーは真面目な生徒だった。
昨日までの授業を受けていないっていうのに、授業を理解してるし。
頭が良いのだろうか?
まぁ、生物学が得意なだけかも知れないけど。
そうして、授業を終えて昼の休み。
ランチを食べるべく、ヘレンと
「あの、二人とも」
「ん?」
「みんな、昼食って何処で食べてるのかな?」
「……
「僕もついて行っていい?」
そう言われて、ダメと言えるほど私は薄情ではない。
かといって、素直に頷けるほどコミュニケーションが好きな訳でもない。
「……まぁ、いいけど。ヘレンがいいなら」
「え?私は別にいいけど」
ヘレンが頷いてしまってので、渋々、私とヘレンはピーターを連れて食堂へ向かった。
「……ここだよ」
「へぇ」
既に生徒は居るが……席が空いていない訳でもない。
プレートを持って、配膳係の事務員さんから料理を受け取る。
今日は……鶏肉の香草焼き、フライドポテト、パン、コーンとキャロットとグリーンピースのサラダ、ミルク。
何とも言えないメニューだ。
それをプレートに盛って貰って、三人で空いていた席に着いた。
「いつもこんな感じ?」
「……まぁ、毎週木曜日はピザだよ。もっと混む」
「そうなんだ……クレアはピザ、好きなの?」
「……別に……普通だけど」
「そ、そっか……」
ピーターが、私と会話を広げようと努力しているのは分かる。
分かるには分かるが、よく知らない異性のクラスメイトとの会話なんて、私にとってはストレスでしかない。
何を話せばいいか分からない。
というか、そんな事より──
「……ねぇ、ヘレン」
「ダメだからね」
「……まだ何も言ってないけど?」
「どうせまた、人参食べてって話でしょ」
「……よく分かってるね。お願い」
「だから、嫌だって。人参だけ多いサラダチームは不平等で不均等だし」
「……そこを、なんとか」
「私は無理。そこの
ヘレンがピーターを指差した。
私は少し顔を顰めつつ、ピーターを一瞥した。
「……ねぇ、ピーターはさ。人参、いっぱい食べたいよね?」
「いや、そんなことは……」
「……食べたいよね?」
「まぁ、いいけど……」
渋々と言った感じだけど、ピーターは頷いた。
私はフォークを使って、彼の皿に人参を移した。
苦笑しながらも、ピーターは確かに受け取ってくれた。
……良いやつなのかもしれない、この男は。
なんて考えていると、遠くからくすくすと笑う声が聞こえた。
苛めっ子のサリー達だ。
私が編入生と絡んでるのを見て、馬鹿にしているのだろう。
「…………」
笑みも消える。
直接、何かをされた訳ではない。
それでも、蔑ろにされるということは、気持ちのよい事ではない。
「うぇ、感じわるぅ……」
ヘレンがぼそりと、呟いた。
サリー達の反応を感じ取ったのだろう。
表立って文句は言わないが、それでも機嫌を損ねたらしい。
そんな私とヘレンに対して、ピーターは目を瞬いていた。
「二人とも、どうしたの?」
「……いや」
「なんでもないよ」
私とヘレンの言葉に、ピーターは僅かに周りを確かめるよう見渡した。
あまり目立たないように、小さく……見渡した。
そして、サリー達が小馬鹿にする笑みをしているのを、確かに確認したようだ。
「ねぇ、クレア、ヘレン。あれって……」
「……いい、今は言わないで」
「でも」
「……言ったら、面倒ごとになるかも知れないから」
「そっか……分かったよ。何も言わない」
私の言葉にピーターは少し悩んだような様子をして……頷いた。
私達のために、飲み込んでくれたのだろう。
……やっぱり、良いやつなのかも。
「…………」
黙って食事を終える頃、サリー達が席を立った。
そのまま食堂から離れていくのを確認して、ピーターはようやく口を開いた。
「いつも、あんな感じなの?」
「……まぁね」
「なんというか、感じ悪いね」
「……うん、でも仕方ないから」
私は諦めていた。
何が悪いかなんて、自分では分からない。
だけど、虐めていい奴だと、私は彼女達に判定されている。
その事に不快感と苛立ちはある。
しかし、どうすればいいのか。
何をすればいいのか。
「……はぁ」
恐らく、答えはない。
何かすれば、事態は悪化するだけだ。
“何もしないこと”、それが正解だろう。
「クレアはさ、何か好きなものある?」
ピーターが声を上げた。
「……え?私?何でそんなこと聞くの?」
唐突な話題の転換と、意図の分からない質問。
それに対して、私は首を傾げた。
「ちょっとした世間話だよ。ほら、明るい話をしたいし」
「……だとしたら、ピーターはヘレンに聞くべきだった」
「え?どうして?」
「……私が好きなのは、映画だから」
「良い趣味じゃないか、僕も好きだし──
「怖くて、グロテスクな映画が好き。シリアルキラーや幽霊が出てくる、ホラーとか」
私の言葉にピーターは表情を強張らせた。
予想外の返答だったのだろう。
フォークを動かす手も、止まってしまった。
「あ、あー……でも良い趣味なんじゃないかな?」
「……そうかな?私のママは嫌がってたけど」
「趣味に貴賎はないよ。それで差別するようなら、アイツらと一緒さ」
ピーターの言葉に目を瞬いた。
なんだ、やっぱり良いやつじゃないか、こいつ。
頬が緩んでいくのを自覚しつつ、目線をピーターに戻す。
「……じゃあ、ピーターの趣味は?」
「科学の実験が好きかな」
「……優等生っぽい。他にはないの?」
「写真を撮るのは好きだね。あ、あと人並みに映画は好きかも」
その言葉に、思わず前のめりになる。
「……それって?映画って、何が好き?」
「え、いや……その、SFとか、アクションとか、モンスターパニックとか?」
私と映画の趣味は違うらしい。
それでも、僅かにジャンルが被っているものがある。
モンスターパニックは、私も好きだ。
「……なるほど。サメが出てくる映画は?好き?」
「サメ……?ジョーズや、ディープブルーは観たことあるよ」
「……いいね。私も好き」
完全に同じ趣味とはいかないだろう。
それでも、私の趣味を少しでも理解してくれる人がいるというのは、中々に嬉しいものだ。
「そういえば、ヘレンは?趣味とかある?」
「え?私?私か……笑わないでくれる?」
「勿論だよ」
ピーターの言葉にヘレンは苦笑していた。
言うのが恥ずかしいのだろう。
笑われるかも知れないからって、彼女は言いたがらない。
だから、ヘレンの趣味を知っているのは私ぐらいだ。
だけど、先ほどまでの私とピーターの会話から、彼が笑わないってことを理解したのだろう。
ヘレンは苦笑しながらも、口を開いた。
「私はね、ヒーローが好きなの」
「え?ヒーロー?」
「そう、アベンジャーズとか、ファンタスティック・フォーとかね。ヒーローの活躍を見たり聞いたり、話したりするのが好き」
「へ、へぇ……そうなんだ」
しかし、何故か、ピーターは気まずそうな顔をしていた。
何故だろうか?
いやでも、馬鹿にしているようなそぶりじゃない。
ただただ、気まずいって感じだ。
ヘレンは、そんなピーターに気付いていないようで、話を続けている。
「あんまり公に言っちゃアレだけど、非合法なヒーローとかも好きだね」
「そ、そう……例えば?」
「ニューヨークを地元にしてる自警団……親愛なる隣人、スパイダーマンとか」
「ごふっ」
ヘレンの言葉に、ピーターが咽せた。
ミルクがプレートの上に、雫となって落ちてしまう。
「……あ、汚い」
「ピーター、何してんの?」
「ご、ごめんよ」
ピーター、スパイダーマンと因縁でもあるのだろうか?
毎朝やってるデイリー・ビューグル社のデイリー・ニュースでも、スパイダーマンは危険人物だって報道してるし。
そもそも、蜘蛛の超人ってなんだか、気持ち悪いし。
私はあんまり好きじゃない。
まぁ、だからといってヘレンの好きなものに茶々を入れるつもりはないけど。
っと、食べ終わった。
食べ終わったら、やらなきゃならないことがあるんだ。
「あれ?クレア、それは?」
目敏いピーターは、私がカバンからボトルを取り出していたのを見ていたようだ。
「……お薬。昔、大きな病気があってから、ずっと飲んでる」
プラスチックのボトルには錠剤が入っている。
これは毎月、お医者さんから出されている薬で、毎日、昼食と夕食の後に3錠飲まなきゃならない薬だ。
記憶には殆どないんだけど……10年ぐらい前かな?
病気に罹って入院してた時期があって、退院した今も飲まされてるのだ。
ちなみに、無味無臭だ。
これで不味かったら飲むのをサボってただろう。
「そうなんだ……ごめん、変なこと聞いちゃって」
「……別に?気にしてないから、いいけど」
薬を飲んで、ミルクで流し込む。
この行為を、苦だと思ったことなんてない。
ヘレンは慣れた様子だ。
私が昼食後に薬を飲むことを、知っているからだ。
ピーターにも慣れて欲しい……なんて。
考えてるってことは、私はピーターを受け入れたのだろうか?
まぁ、受け入れているんだろうな。
多少とはいえ、趣味が分かるんだ。
友達になってやってもいい、なんて……上から目線なことを考えていた。
◇◆◇
放課後。
ヘレンやピーターと別れてから、私は帰路についた。
今日はついてる。
だって、帰りに
あいつ、いっつもロッカー前でたむろしてるから。
しかも、あいつのロッカーは、私のロッカーの近くだから……嫌でも顔を合わせる事が多い。
そんなサリーと会わずに帰れたんだ。
ついてる。
夕暮れの中、私はニューヨークの街を歩く。
「…………」
思い出すのは今日、編入生としてやってきたピーター・パーカーという男の事だ。
悪い奴じゃなかった。
寧ろ、良い奴だと思う。
頭は良いみたいだし、私やヘレンと仲良くしようとしてくれる。
それで充分だ。
編入期間は半年、だっけ?
それまで、彼と授業で一緒だ。
私からも歩み寄る努力が必要だと思う……面倒だけど。
そもそも、同年代の男の子と話した経験なんて、私には殆どない。
仲良くしたいとは思うけど、程々の距離感は必要だ。
何だか、彼と話すのは緊張するし。
意識してるって訳じゃないけど、やっぱり異性ってのは……うん。
その点、ヘレンは凄い。
初対面の男子に、あんなにずけずけと物言い出来るなんて。
そういう所は見習わないとな、なんて──
ガシャン!と大きな音が響いた。
「……え……っ、な、なに?」
大き音に思わず腰が抜けそうになる。
でも、何とか立ってる。
足はすくんで、動けないけど。
音がしたのは背後だった。
振り返れば──
「バカか!こんな時にナンパなんて!強盗してんだぞ、俺らは!」
「うるせぇ!美人だったろ?電話番号ぐらい頂いてもいいだろ!」
「貰うのは現金だけにしとけ!通報されてんだぞ、時間なんてねぇよ!」
二人、マスク姿の男が店から出てきた。
その手には拳銃、そして何かが詰まった鞄。
見たら分かる、強盗だ。
「ん?」
「……あっ」
目が合った。
合ってしまった。
「丁度、いいところに!」
丁度ってなんだ。
いいところにってなんだ。
「嬢ちゃん、悪いようにしねぇから、ちょっと人質になってくれよ。大人しくしてたら、怪我せず帰れるからよ」
「……え、い、いや」
大人しくしてたら、怪我しない?
大人しく出来ないなら、怪我させるってこと?
誰か助けてくれないだろうか。
周りを見ても、人はいない。
ショーウィンドウのガラスが割れた時点で、みんな逃げたみたいだ。
ニューヨークでは、それが正しい。
身を守る努力が必要なのだ、この街では。
「いいから、来やがれ!俺が優しく言ってる内にな」
でなければ、こんな目に遭う。
「……あっ、あ、あ」
言葉が出ない。
思考は冷静だけど、言葉は出ない。
身体は勝手に震えている。
怖いのだ。
怪我するかもしれない。
いや、死ぬかもしれない。
どうしよう。
どうしたら、いいだろう。
誰か助けて欲しい。
誰でもいいから、助けて欲しい。
誰か、誰か──
「そこまでだよ!荒くれ達!」
声が聞こえた。
それと同時に、私を捕まえようとしていた強盗の手首が銃ごと、白い糸でぐるぐる巻きになった。
「なっ、ぶぎゃっ!?」
驚くより早く、赤い影が強盗に飛び蹴りを喰らわせた。
そのまま吹っ飛んで、コンクリートの地面に転がった。
「……あ」
助けてくれたのだ。
この、赤い影が。
「大丈夫かい、お嬢さ……ん?」
それは、赤と青のコスチュームの自警団だ。
全身タイツにマスク。
蜘蛛の巣を思わせる黒いライン。
胸元と背中に蜘蛛のマーク。
私は知っている。
彼の名前は“スパイダーマン”だ。
「…………?」
そんなスパイダーマンは私を見て、どこか放心しているように見えた。
驚いているようにも見えた。
マスク越しだから、表情なんて分からないけど。
私の顔に何か、ついているのだろうか。
「またスパイダーマンかよ!邪魔しやがって、二回目だぞ!?」
そんなスパイダーマンも、強盗の言葉で我に返ったようだ。
「なんだ、初めてじゃないのかい?それじゃあ、スタンプカードはお持ち?」
「舐めやがって!」
男が銃を構えた。
けれど、それと同時にスパイダーマンの両手首から蜘蛛の
「スタンプはこちら!特別だよ、押印を顔にプレゼント!」
さっきの強盗と同様に、地面に転がって壁へ激突した。
うわぁ、痛そう。
「次回の来店も無料だよ。でも、もう来ないでね」
最後に強盗二人を
手慣れた様子だ。
「これでよし、っと……それで──
そんなスパイダーマンが私の方へ振り返った。
その瞬間、私はデイリー・ニュースに出ているJ・ジョナ・ジェイムソンの言葉を思い出していた。
マスクの自警団は危険な奴らなんだって。
思わず、腰が引けるけど──
「ごほん、大丈夫かい?お嬢さん?」
先程の強盗相手に軽口を言ってた時とは違う、低めの威厳ある声……の、つもりだろうか。
作ってる感が満載の声で、スパイダーマンがそんなことを口にした。
その様子は、子供が背伸びしているように見えて──
「……ぷっ」
「え?何かな?わ、笑う所ある?」
「……何でもない、何でも」
「それ、何かある人の反応だよ?」
思わず笑ってしまっただけだ。
すぐに声を作るのを忘れて、若い男の声で慌てた様子だし。
成人男性の強盗を、一瞬で二人も制圧したとは思えないほど、気の抜けた会話だ。
それでも彼は恩人だ。
「……助けてくれて、ありがとう。スパイダーマン」
私は礼を口にした。
ニュース・ビューグルも信用ならないものだ。
こんな人が、ヒーローが、悪い奴な訳ない。
私が礼を口にすると、スパイダーマンはまた少し固まった。
そうして、一言飲み込んでから、頷いた。
「どうたしまして……素直に礼を言われるのは久々だな」
なんだか、聞き逃せない一言まで付いてきた。
「……どうして?」
「どうして、って……僕のことを悪く書くニュースが多くてね。何も悪いことした覚えはないけど」
「……非合法なヒーロー活動は?」
「そう言われると耳が痛いや。それ以外は、悪いことしてないってコト」
何だか、話しやすい。
親しみやすい……それこそ、家の近くのご近所さん、ってぐらい。
「……私の友達は、貴方のことが好きだって言ってたよ」
「はは、それは嬉しいね。っと、そろそろ警察も来るし僕は退散しようかな」
強盗されたであろう店の店員が、外に出てきた。
強盗が黙らされて、静かになったから……安全だと思って出てきたのだろう。
スパイダーマンは腕時計を見るような仕草をしてから、私に背を向けた。
「それじゃ、気を付けて帰るんだよ」
「……うん」
またまた手首から
でも、よくみたら手首から直接って訳じゃなくて、手首の内側に付けた機械からだ。
スパイダーマンの
なのに
なんて、ちょっとした違和感を感じている中、スパイダーマンは
凄い、まるで宙を飛んでいるようだ。
ビルからビルへとスイングして離れてくスパイダーマンを見て、私は立ち尽くしていた。
その日の夜、私は夢を見た。
悪い奴らに絡まれて、白馬の王子様に助けられる夢。
だけど、今日は白馬の王子様ではなかった。
赤と青の全身タイツを身に纏った、少しカッコ悪い……でも、カッコいいヒーローだった。