傷だらけの赤色:私がスパイディの傷になるまで   作:WhatSoon

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Chapter 6:プランB

興味のない映画だとしても、真剣に観る分別は私にだってある。

というか、お金を払ったのだから、少しぐらいは楽しみたいのだ。

 

映画の内容は至極単純で、大衆向けの恋愛映画だった。

 

かつて仲の良かった幼馴染が再開して、恋に発展する。

しかし、実は女性に隠し事があり……という内容。

 

隠し事の内容も大したことなく、種明かしの場面でも「そりゃそうだ」と思った程度だ。

 

そんな映画だが、想定通りキスシーンはあった。

 

 

「…………」

 

 

声には出さなかったが、息は呑んだ。

普段見ているホラー映画でもキスシーンぐらいはある。

だが、こういう恋愛を題材にして、こう、恋人らしい、幸せなムードのキスは珍しい。

 

だって、ホラー映画だとキスシーンに入ると、大抵どちらかが死ぬんだもの。

ベッドでイチャイチャしてると下からチェーンソーが生えてきて、ゴアスプラッター!ってのはよくある話。

 

キスシーンがくると身構える。

それが私の平常である。

 

対して、この作品は大衆向け。

キスシーンの後にゴアスプラッターがある筈もない。

安心してキスシーンを見れるわけだ。

 

と、思ってたのだけれど。

 

 

「…………?」

 

 

何だか様子がおかしい。

キスシーンが長い。

 

というか舌まで絡めてる。

なんかこう、エッチな雰囲気だ。

 

これが私一人で観ている映画ならいい。

だけど、今、横にはピーターがいる訳で……うん。

 

ちらと、ピーターを見ると……私の視線に気付いてか、視線があった。

そして、ピーターは……へにょ、と恥ずかしそうに表情を緩めた。

 

対して、私はどんな顔をしていたのだろうか。

表情が強張っていた自覚はある。

 

しかし、まぁ、当初の目的は果たせただろう。

これだけ熱烈な愛情表現のある映画を観れば、ピーターも私を意識せざるを得ないだろう──

 

 

『あん……♡』

 

 

艶やかな声が聞こえて、スクリーンに視線を戻した。

戻したら……男性が、女性をベッドに押し倒していた。

 

そして、もぞもぞと……。

 

……大衆向けの映画?

とんでもない、これは大人向けの映画だった。

 

いや、ホラー映画でも濡れ場はある。

寧ろ、よくある話だ。

私にとってはノイズだが、ホラー映画といえば濡れ場!という印象が世界にはあるらしい。

 

私も家で見てる時は、うわぁ……ってなりながらも、観ている。

だから、慣れっこの筈だった。

 

だけど、ここは映画館。

そして、隣には異性であるピーター。

 

 

「……っ」

 

 

再び視線をピーターに向けると……ピーターは顔を真っ赤にしながらもスクリーンを見ていた。

……やっぱり彼も男の子なのだろう、エッチなのが好きなのだ。

 

そう思えば恥ずかしさとは別の感情も芽生えてくる。

じっとりとした目線をピーターに向けていると……気付いたようで私に視線を向けた。

 

また、目線があって……ピーターは目線を落として、何故か申し訳なさそうな顔をしていた。

……なんだろう、その情けない顔は。

 

しかし、その顔が妙に面白くて……私はかすかに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画が終わって、エンドロールを見終わって。

劇場から出れば、カップル達が肩を抱き合いながらイチャイチャしていた。

映画にあてられて、発情しているのだろう。

 

ムカつく。

 

私はジュースを啜り切って、ゴミ箱に投げ込んだ。

 

 

「ははは……結構、面白かったね」

 

 

ピーターは頬を掻きながら、探るようにそう言った。

私は振り返って、ピーターの目を見た。

ちょっと気まずそうだ。

 

 

「……まぁ、悪くはなかったかな」

 

 

これは本音だ。

恋愛映画なんて退屈なものだという印象を持っていたが、中々どうして悪くなかった。

伏線がバレバレだったとはいえ、視聴者の観たいものをちゃんと観せてくれたし……いい意味で想定通りの映画だった。

 

 

「だよね」

 

 

私の感想に対して、ピーターは安堵したように頷いてくれた。

 

……最後の方にあった濡れ場についての話はしないでおこう。

互いに恥ずかしい思いをするだけだし。

ピーターに嫌われたくないし。

 

 

「クレアは、この後はどうする?僕はこの辺でランチを食べようかなって思ってるんだけど……」

 

 

ちら、と探るような視線を向けられた。

 

今日の約束は映画まで。

それ以降に予定はない。

 

だが元々、私はピーターを昼食に誘う予定だった。

ピーターの言葉は渡りに船、というやつだ。

 

 

「……私も同じ。一緒にどこか、食べに行く?」

 

 

私の言葉にピーターは安堵したように、胸を撫で下ろした。

その仕草に

 

 

「うん、なら僕が払うよ」

 

「……なんで?」

 

「ほら、今日さ、遅刻したから……」

 

「……気にしなくていいのに」

 

 

まさかピーター、私を昼食に誘ったのは、遅刻の詫びをしたいからなのか?

元々は予定していなかったと?

遅刻していなかったら、映画を観た後は「はい、さよなら」と帰宅するつもりだったのか?

 

ムカつく。

 

いや、でも被害妄想か。

少なくとも、私が誘えば一緒に来てくれただろう。

 

 

「あはは……ま、まぁ、取り敢えず移動しよっか?クレアは良い店知ってる?」

 

「……まぁ、うん。案内しよっか?」

 

 

実は今日のデートにあたって、しっかりと予習はしている。

美味しそうで、お洒落な喫茶店をリサーチ済みだ。

 

ふふん、自然な展開で案内できそうだ。

ラッキー。

 

私が足を進めると、ピーターが後ろから付いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランチに行きたのはニューヨークでも最近話題の喫茶店だ。

パスタが美味しい店で、隠れ家的な穴場らしい。

ネットで調べた。

 

そんな店に私の案内のもと、やってきた訳だが──

 

 

「……うわ」

 

「うわぁ」

 

 

めちゃくちゃ並んでいる。

これ一時間は並ぶんじゃないか?ってくらい並んでいる。

ちらとピーターを見る。

 

 

「…………」

 

 

ピーターも私を見た。

 

 

「…………」

 

 

無言で目線を合わせて……私はため息を吐いた。

対するピーターは苦笑した。

 

 

「あー……別の店にする?」

 

「……うん」

 

 

折角調べたのに。

 

やはり私程度が見つけられる店というのは、既に世間で大人気の店ということだ。

何が隠れ家的な店だ。

 

ムカつく。

 

 

「クレアは、どこか他に行きたい店ある?」

 

「……ないかな」

 

 

というか詳しくない。

こうして自分で予定立てて外出することはないからだ。

 

 

「じゃあ、取り敢えず店を探そっか」

 

「……まぁ、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、私とピーターは辺りを歩いて……お洒落さのカケラもないダイナーに入った。

当初行く予定だった店より庶民向けっぽい店で、料理も安価だ。

 

 

「……んぐ」

 

 

ピーターはミートローフを頼んで、私はレバー&オニオンを頼んだ。

胡椒の効いたグレービーソースを絡めながら、私はレバーを口にする。

 

 

「クレアって、レバー好きなの?」

 

 

正面からピーターが話しかけて来る。

……まぁ、確かにダイナーには色々とメニューがある。

その中でレバー&オニオンを頼むような奴は、好きに違いない。

 

 

「……まぁ、好きかな」

 

 

柔らかな感触と、鉄分の味。

私は内臓系の肉が好きだ……あとチョコレート。

酸っぱいのは嫌い、レモンとか。

 

まぁ、自分から語るつもりはないけど。

 

今日はピーターが奢ってくれると言うので、追加でチョコレートサンデーを頼む。

まぁ、それなりに美味しかった。

 

また来てもいい。

アイスクリームを口にしながら、私はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして家に帰って、晩御飯を食べて。

お風呂に入って、ベッドに転がった。

 

 

「…………」

 

 

ベッドに転がり、天井を見る。

見慣れた天井だ。

 

そこから目を逸らして、私は枕を抱き締めた。

 

 

「……今日は、楽しかったな」

 

 

ボソリと気持ちを口にする。

ピーターとのデート……相手はデートと思っていないかも知れないけれど、デートはデートだ。

 

映画を観て、昼食を食べただけ。

それだけだ。

 

それでも、楽しかった。

 

 

「…………」

 

 

遅刻された時は、ムカついていたけど。

今は怒っていないし、気にもしていない。

 

 

「…………」

 

 

私が話せば、ピーターは表情をころころと変えた。

嬉しそうに、恥ずかしそうに、困ったように。

それでも、つまらなさそうな顔はしなかった。

 

話していて楽しかった。

効いていて楽しかった。

 

一緒に居て、楽しかった。

 

それはつまり──

 

 

「……違う、はず」

 

 

枕を強く抱きしめる。

 

私は気付いている。

この感情の正体に。

 

それでも気付かないフリをしていた。

気付いたら、気まずくなるからだ。

 

それに、私だけがそんな感情を持っているなんて……片想いなんて、ムカつくし。

 

 

「…………」

 

 

ピーターは私のこと、意識してくれているのだろうか。

ただの友達と思っているのだろうか。

そもそも、友達だと思ってくれているのだろうか。

 

ネガティブな考えが脳内に駆け巡り、また枕を抱き締めた。

 

 

「…………」

 

 

私は可愛くない。

この赤髪も、ジトッとした目付きも好きじゃない。

肉付きの悪さは、女性らしい肉体美と程遠い。

 

魅力的な容姿はしていない。

ピーターが私に惚れる要素は、きっとない。

 

ヘレンや……認めたくないけど、サリーの方が男性ウケするだろう。

 

 

「…………」

 

 

枕を強く抱きしめる。

 

私は可愛くない。

ピーターに好かれるのは難しい。

 

それでも、好かれたい。

だって、欲しいのだから。

 

欲しいものは、欲しい。

好きなものは、好きだ。

 

諦めることはしない。

だからといって、どう行動すれば良いかは分からない。

 

 

「…………」

 

 

ピーターのことを考えると、心臓が動悸する。

顔が熱くなって、体が震える。

 

 

「……ピーター」

 

 

ボソリと呟いても、返事はない。

この部屋には私、一人しかいない。

 

ぐるぐると回る思考。

落ち着きのない感情。

 

それらを飲み込んで、私は枕に顔を埋めた。

 

 

「……ゔぅ」

 

 

言葉にならない声を出して、それを枕に埋める。

決して表には出ないように。

それでも内から発散したくて。

 

 

「……ムカつく」

 

 

どうして、私がこんな感情に悩まなきゃならないのだろう。

ピーターが私に惚れればいいのに。

 

癇癪未満、ストレス以下の重たい気持ち。

それを抱き抱えながら、目を閉じた。

 

今日のこと。

ピーターのこと。

食べたもの。

話したこと。

一緒に観た、映画。

 

 

「……っ」

 

 

唇を合わせた男女。

身体を重ねた男女。

 

その女を、置き換える。

その男を、置き換える。

 

自分と、誰に?

ピーターに。

 

脳内の光景。

耐え難い気持ち。

 

 

「…………」

 

 

そんな妄想はよくないと振り払おうにも、一度描いた景色は消えない。

身体が熱くなる。

 

きっと、今の私の顔は真っ赤だ。

 

 

「……ムカつく」

 

 

これはきっと苛立ちだ。

そう考えながら、私は布団を被った。

外界の情報を遮断したかったからだ。

 

夜は更けていく。

私の気持ちを無視して、時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日も夢を見た。

暴漢に襲われて、ヒーローが助けに来る夢。

だけどそのヒーローは……あやふやだった。

赤と青のスーツを着ていたような気もするし、少し弱くな同級生の男にも見えた。

 

でも結局、全ては赤色に塗り潰された。

真っ赤に、全部、塗り潰されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のブルックリン。

月は雲に隠れている。

 

大通りには、人はまばら。

裏通りに人はいない。

 

ニューヨークの治安は悪い。

10年前、宇宙人が地球へ攻撃を仕掛けた。

その時、ニューヨークが襲われたのだ。

 

ヒーロー達の活躍により、ニューヨークは守られた。

しかし、傷は残った。

 

破壊された街は、ダメージコントロール局に修復された。

 

だが、傷跡は深い。

家を失ったもの、家族を失ったもの……彼等の中には違法行為に手を染める者もいた。

窃盗、薬物、殺人……それらが集まれば、より深い影が根付く。

 

ギャング、マフィア……ニューヨークの治安は

10年前のチタウリ襲来を起点に、大きく変わってしまった。

 

それでも以前よりは、良くなった。

マスクを被ったヒーロー達、ニューヨークの自警団のお陰だと人は言う。

 

しかし、それでも人目に付かない路地裏は危険だ。

そんな路地裏へ足を踏み入れるのは世間知らずか、悪党か。

 

俺は後者だ。

 

 

「……じゃあ、これで。金は?」

 

「金はここだ。中身を確認してもいいか?」

 

「ああ、好きにしてくれ」

 

 

俺が渡したトランクを、取引相手の男が開けた。

そこにはチャイニーズマフィアが作った、違法薬物があった。

 

俺はそういった暗い物の運び屋だ。

 

10年前のチタウリ襲来によって家と家族を失った俺は孤児院に預けられた。

孤児院出身の俺は、まともな職につけなかった。

いや、言い訳だろう。

分かっている。

 

俺は自ら、進んでこの仕事をしている。

 

金入りが良いからだ。

他人の不幸なんざ、知ったことではない。

 

 

「……確かに」

 

 

トランク仕舞った取引相手から、スーツケースを渡された。

金だ。

 

コイツを雇い主に渡して、契約金を貰う。

それでこの仕事は終わりだ。

 

俺はスーツケースを預かって──

 

 

ひた、ひた……。

 

 

と、濡れたような足音が聞こえた。

 

 

「……誰か居んのか?」

 

 

取引相手と顔を合わせて、懐からナイフを取り出す。

拳銃も持っているが、音が大きい。

人の居ない路地裏とはいえ、見つかる可能性がある。

一般人に見つかっても脅せば……最悪、殺して黙らせたらいいが。

 

周りを見渡す。

人は居ない筈だ──

 

 

ひた、ひた……。

 

 

それでも、濡れた足音が路地裏で響く。

 

 

「……おい」

 

「分かってる」

 

 

音がするのはどこからか。

路地裏の奥だ。

 

月明かりもなく、電灯もない。

 

この辺りの家は資金の打ち切りで、建築が中断された廃屋だ。

人がいてもホームレスぐらいだ。

 

黙らせれば良い。

取引相手が奥へと足を踏み入れて──

 

 

「あがっ」

 

 

変な声を出して、暗闇へと転げた。

いや、何かに引っ張られたように見えた。

 

 

「お、おい!」

 

 

声を掛けたが、返ってこない。

何か居るのだろうか。

 

俺はナイフをしまい、拳銃を懐から出した。

そして、奥へと足を進めた。

 

 

「……っ、なんだ?」

 

 

生臭い臭いがする。

腐臭のような臭い。

 

人の声はしない。

あの、濡れた足音も。

 

俺はスマホを取り出した。

 

そして、暗闇を照らすべく、ライトを付けて──

 

 

「あ……?」

 

 

壁に何かが持たれかかっていた。

それは、乾涸びた茶色い何かだ。

 

 

「…………」

 

 

よく見れば、人の形をしていた。

それは見覚えのある服を着ていた。

先程まで一緒にいた、取引相手の服だ。

 

 

「っ、なんだ、こりゃ……」

 

 

声を震わせながら、その干物を……血を抜かれてであろう取引相手の男を見た。

呼吸は……していない。

そりゃそうだ。

こんな姿で生きている訳がない。

 

 

ひた、ひた……。

 

 

濡れた足音が響く。

静寂に包まれた闇の中で、俺の耳に響く。

 

音は、真上だ。

 

 

「…………」

 

 

俺はスマホのライトを、上へ向けた。

 

 

「……あ」

 

 

そこに、“そいつ”は居た。

赤く濡れた身体に、白く、ギョロギョロとした目。

細長い手足に、性別を感じさせないシルエット。

人の形をしているが、異形であることが分かる。

 

そんな異形の口が裂けて、長い……長い舌が垂れていた。

そこから、赤い液体が垂れていた。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

それが、俺が見た……最後の光景だった。

 

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