英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
「ひぐっ、ひぐっ……うえぇ……」
耳鳴りが聞こえてきそうなモーター音と、耳障りな鳴き声に鬱陶しさを覚え、たまらずマヒロは目を開けた。見える光景は、二足歩行型ロボット——
(またこの夢か)
その子供は幼い頃の自分であると、マヒロはすぐに気づいた。同時に、今見ている光景が夢の中であり、意識だけがコクピットの中にあるのだと理解する。
その
その背後には、全身を鉄板の装甲で覆った、『犬』の形をした2体のロボットがマヒロの機体を追っている。体高が1mほど、そして足が6本という歪な形状でなければ、『鉄製の犬』と言って通じる造形であった。その鉄の犬が、まさにマヒロの命を狩らんと追い詰めている。もう何十分も走りっぱなしだ。それでも敵は諦めない。
「助けて、助けて……もうやだよぉ! ぼくを助けてよ、お父さん、お母さぁん!」
恐怖でパニックになり、コクピットシートの中で暴れるマヒロ。
『犬』に対し、マヒロの機体は10mほど。仮に追いつかれたとしても膝下でじゃれつかれる程度の体高差だ。しかしそれでも、ベルトの外し方も知らないマヒロにとっては、自分を追い詰める猟犬でしかない。
ふと目を向けると、拳銃のような形の器具が、コクピットの壁の中に埋まっていることに気がついた。信号弾を打ち出す
マヒロは気が付いた。この銃で頭を打ちぬけば、もう怖くないことに。
「もう、いやだ……怖いの、やだよ……」
恐怖に耐えきれなくなり、フレアガンに手を伸ばしかけた、その時。
『そのまま走り続けろ。助けてやる』
無線から女性の声が聞こえてきた。知らない人の声だ。
「誰!?」
『親切な大人だよ』
無線が切れる。マヒロは必死に手を伸ばし、コンソールを操作しようとしたが、彼の小さな身体では操作盤に触れられなかった。そして、どれだけ泣き叫んでも、相手からの反応は無かった。
やがて『犬』との距離が10mほどとなるも、無線連絡の相手から何もアクションは無い。その無線は気のせいだったのだとマヒロが思い込んだ矢先。
がごん、と何かの仕掛け音が鳴り響いた。そしてマヒロの機体と『犬』の間に、巨大な鉄製の網が張り巡らされた。勢いを殺せず『犬』は網に激突する。直後にバァン、と耳をつんざくような破裂音が鳴った。電気網を張って捉え、感電させたのだ。
そしてすかさず、両脇の建物から
【動体反応、消失。歩行モードに切り替えます】
「やっつけたの……?」
やがて機体は【目標到着】というアナウンスと共に、その足を止める。機体の正面では、白衣を着た女性が、厚手の眼鏡越しに
彼女はすぐに機体のコクピットハッチを開き、中に侵入した。幼いマヒロは彼女の登場に驚いて萎縮したが、女性はマヒロを無視して、彼の怪我やコクピット内の様子を確認していく。そしてコクピットのコンソールを操作し、記録されていたボイスメッセージを再生した。メッセージの内容はシンプル。
『強く生きてくれ、マヒロ』。
マヒロが最後に聞いた彼の父親の言葉だった。メッセージを再び耳にした幼いマヒロは、もう両親に会うことができない寂しさに耐えきれず、また泣きじゃくり始める。自分の父親が死んだことを、彼は理解しているのだ。
「ぼくたちは、何が悪かったの?」
「………………」
女性は答えない。悲劇に見舞われたマヒロを前にしても表情を変えることも無く、
「お父さんも、お母さんも、ぼくも。悪いことなんて何もしなかった。となりのハーシィーおじさんは『君のお父さんはえらい人だぞ』って、ぼくをよくほめてくれた。ふたつとなりのアンナは『ぼくの母さんはきれいでかっこいい人だ』ってうらやましがっていた。だからぼくも、お父さんとお母さんのじまんになりたかったから、いっぱい良い子にしていた。休まず学校に行って、べんきょうも、うんどうも、がんばっていちばんになった。それなのに、みんな、みんな――」
「悪いのは君じゃない。君のご家族でも、君のご近所さんでもない」
「悪いのは、マーキュリアだ。奴らの存在が、君の大切な人々を皆殺しにしたんだ」
声がうわずるマヒロを遮るように、彼女は断固たる口調で答えた。
『マーキュリア』。マヒロの
彼女の瞳に宿った感情は、マヒロへの哀れみではなく、マーキュリアに対する怒りであった。彼女の怒りにあてられたマヒロは恐怖でびくりと身を震わせた。
「……お姉さんもひどい目にあったんですか?」
「そうだね。君と同じだ。マーキュリアのせいで家族をバラバラにされた。もしもマーキュリアの奴らがこの世から消え去ったら、今の私はもっと幸せに暮らしていたのだろう――そんな都合のいい妄想ばかり考えてしまう」
「マーキュリアがいなかったら、ぼくも、お姉さんも、みんなしあわせだったの?」
「ああそうだ。断言する。奴らが居なければ、もっと幸せに生きていられた。少なくとも、我々の大切な人たちは死ななかった」
「悪いのは、マーキュリア……」
少なくとも昨日までマヒロは幸せであった。温かい家族もいた。優しい隣人もいた。学校にもしっかり通って、美味しい食事も笑顔で食べることができた。
その幸せを、あの鋼の化け物は奪った。マヒロの大切な人たちに牙を突き立て、爪で引き裂き、銃で撃ち抜いたのだ。その暴虐を、無力なマヒロは怯えて見ていることしかできなかった。
あいつらさえ、いなければ。
自分がもっと強ければ。
「お姉さん。おねがいがあります」
幼いマヒロは覚悟を決めた。涙を拭って女性を見上げる。
「ぼくはマーキュリアをやっつけたいです。強い人間になりたいです。どうすれば強くなれますか」
その言葉に対し、極めて冷徹な瞳でマヒロを見つめる彼女の返答は、非常にシンプルだった。
「私に任せろ」
その返答を聞いた瞬間、ぐにゃりと周囲の景色が歪みはじめ、やがてぐるぐると回転を始めた。その不規則な動きには見覚えがある。
夢が醒める合図だ。
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ザリザリとしたノイズ音が耳に飛び込み、まどろんでいた意識が一気に覚醒する。コンソールを見ると、時刻は朝の6時。起床予定よりも30分ほど早い。
マヒロが目を覚ました場所は、先ほどの夢と同じコクピットの中だった。ただし見える景色は夢の中よりも狭い。あの惨劇から数年が経っているから当然だ。
マヒロはコンソールを操作して、外部カメラをオンにした。差し込む朝日が画面いっぱいに広がる。マヒロの機体が待機していたのは、鬱蒼とした木々が生い茂る山岳地帯の中腹であった。ゆえに遠方まで視界は確保されている。そして外部カメラの映像に映ったのは、激しく立ちのぼる赤色の煙。まだ焚かれたばかりだ。
「救助要請!」
ノイズ音の正体は、煙を焚いた主の救助要請に間違いない。すかさずノイズ除去を試すが、全く効果はない。距離が離れすぎているのだろう。
詳しい状況は分からない。でも行かないという選択はできない。
何年も訓練を重ねた。何年も実戦を重ねた。
無力だった頃の自分はもういない。
待機用の予備電源から主電源に切り替え、
汎用量産型
「
各種起動チェックを走らせて機体が万全であることを確認してから、背中に
「装填良し。戦える!」
マヒロはフットペダルを踏み込み、<クラストー>を発進させた。二本の足を使って器用に斜面を滑り降り、ひび割れたアスファルト上に立つ。そして大地を一歩一歩踏みしめながら、マヒロの<クラストー>は駆け出した。
助ける。絶対に。