英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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9話 化け物『TAIL1』

 

「げほっ、げほっ」

 

 常人であれば確実に昏睡したままだったはずの『TAIL1』は、すでに意識を取り戻していた。咳込んだ拍子に、彼女の口から赤い血液混じりの唾液が飛び出す。もしかすると、その唾液から麻酔成分を吐き出しているのかもしれない。人間でない彼女であれば、やりかねない。

 

「起きろ」

 

 ゲイト大佐の冷たい声が響くと、『TAIL1』は項垂れたまま薄っすらと瞼(まぶた)を開けた。すぐさま動こうとするが、拘束衣が完全に阻んでいる。

 ゲイトは冷たい目で見下ろしながら語りかけた。

 

「目を覚ませ。私を煩わせるな」

「あの子を……離してあげて」

 

 瞳の焦点も定まらず、意識も絶え絶えな『TAIL1』の第一声は、あまりにも人間らしさに溢れていた。「あの子」とは、マヒロ少年を指しているのだろう。拘束された自分よりも他人の安全を最優先する姿勢は、並の人間でも真似できない。

 だがしかし、その反応に対し、ゲイトは不快そうに顔を歪ませた。彼女が人間でない——そして身体の一部が怨敵であるマーキュリアだからこそ、許せない反応だった。

 怒りを押し殺して再度語りかける。

 

「貴様が脱走理由を話せば、奴はお望み通りに解放してやる」

「私(ラッテ)は、放っておいてください」

「ラッテ?」

「……自分の名前」

「ほう。外では、そう名乗っているのか、『T(・)A(・)I(・)L(・)1(・)』」

 

 ゲイトはあえて彼女のコードネームを口にした。すなわち、決して人間とは見たくないという意思の表れである。

 

「やることやったら、絶対に帰るから……。帰ったら良い子にするから……言う事、ぜんぶ聞くから……」

「兵器の分際で、やけに感情的ではないか。悲劇のヒロインごっこは楽しいか?」

 

 容赦の無いゲイトの皮肉を浴び、『TAIL1』は屈辱に耐えながら歯を食いしばった。もっと反抗的ならば躾がいがあるものを——彼女の慎ましい反応が、逆にゲイトを苛立たせる。

 

「この脱走に大義名分があるなら聞いてやる。我々の派遣が無意味でないと思い知らせてみろ」

 

 ゲイトが挑発する。しかし、彼女の反応は、怒りとは真逆であった。

 

「……ここはマーキュリアだらけで危険なところ。貴方たちが命を賭けてまで付き合うこと、ないです。私(ラッテ)のために、死なせるの、嫌です」

 

 それはゲイトたち軍部に対する心配。すなわち慈悲の心だった。

 しかし、彼女の自分勝手な慈悲の押しつけが、逆にゲイトを激昂させた。

 

「人間のふ(・)り(・)をするな! 化け物の分際で!」

 

 怒りの感情のまま叫び、『TAIL1』の喉を掴んで顔を上げさせる。締め上げるためではない。自分の怒りを見せつけてやるためだ。

 『TAIL1』は呼吸もままならず、苦しそうにゲイトを見つめていた。

 

「理由も分からん家出に付き合わされ、命を賭けて貴様を連れ戻しに来た我々への言葉がそ(・)れ(・)か! 我々が心配と言うなら、一切の反抗をするな!」

「大佐! 乱暴は止め——うげ!?」

 

 背後に控えていた科学者の男が血相を変え、ゲイトの凶行を止めようと掴みかかるが、ゲイトは腕を一振りして彼をはじき飛ばす。

 

「貴様は「ラッテ」などという人間ではない! 『TAIL1』という化け物だ! 我々軍部が開発中の生体兵器だ! 貴様はただ我々軍部に従い、マーキュリアを排除していればいい! 『従順』っ! それが貴様に与えられた唯一無二の誠意、存在意義だ!」

 

 ゲイトは感情のまま叫ぶ。彼には『TAIL1』の存在が許しがたかった。自分の家族を惨殺した怨敵を、その身に宿した人間も(・)ど(・)き(・)が、いずれは人間側の英雄として持(も)て囃(はや)される——そんな未来があってはならない。

 だからこそゲイトは、『TAIL1』の人間らしい優しさに対して激昂した。マーキュリアは人間の殺害に特化した、ただのシステムである。そのシステム風情に、自分と同じ人間のふりをされることが、我慢ならなかった。

 

「意地を張らずに脱走理由を吐け! さもなくば——む?」

「………………」

 

 ゲイトの怒りは続かなかった。『TAIL1』の様子が変化していることに気づき、冷静になったからだ。

 彼女は既にゲイトを見ていなかった。カッと目を見開いた視線の先は、虚空である。しかし『TAIL1』の視線はしっかりと定まっていた。先ほどまでの弱々しさが嘘かのように力強い眼力である。

 ゲイトは『TAIL1』から手を離して、問う。

 

「何を見ている?」

「マーキュリア、こっちに気づいた。私(ラッテ)たちを殺しに、ここへ来ています」

 

 苦し紛れのはったりか。ゲイトは嘲笑した。

 既に警戒態勢は命令済みだ。もちろん、探知レーダーも稼働させている。周囲にマーキュリアの反応があれば、間違いなくレーダーが反応する。その報告は、まだ来ていない。

 

「貴様という姫君を囚われて、奴らもお怒りなのかな? 鉄錆色の馬に乗った、銀色に染まった素敵な王子様が迎えに来るのかね?」

 

 ありえないと分かりつつも、ゲイトは皮肉を言った。マーキュリアどもに仲間意識は無い。ただ人間を見つけ次第、殺すだけのシステムである。

 『TAIL1』に、ひとときの嫌がらせをしてやろう——そんな軽い気持ちでの発言だったが、ゲイトは即座に考えを改めることとなる。

 

「私(ラッテ)とあいつらを一緒にするなッ!」

 

 『TAIL1』は怒りの形相となり、間髪入れずに叫んだ。今度は自分を抑圧しない。拘束衣がギチギチと音を立てる。今にもゲイト達の喉笛を掻っ切らんばかりの勢いだ。先ほど見せたゲイトの怒りに勝るとも劣らぬ、殺意に満ちた怒りだった。

 

「私(ラッテ)はマーキュリアを殺すんだ! 全部ぜんぶ、殺すための私(ラッテ)だ! 二度と同じ扱いをするな!」

  

 迫真に満ちた『TAIL1』の叫びがゲイトの笑みをかき消した。詳細は分からないが、『TAIL1』はマーキュリアを敵視する理由がある。その反応だけで、彼女の言葉を信用する価値が出た。

 ゲイトは感情を抑え、思考を論理重視に切り替える。真実を話している、という前提で『TAIL1』に命じた。

 

「判明している敵部隊の情報を報告しろ」

 

 ゲイトを睨んでいた『TAIL1』は、視線をスライドさせて再び虚空を凝視し、そして言った。

 

「中型と小型の混成部隊。中型10、小型20……いや、もっといる。接敵まで——20分」

 

 ゲイトは息を呑んだ。こちらの戦力は、中型と同等の戦力であるRR(レイドランナー)<キャサード>が5機。そして歩兵は10人ほど。『TAIL1』の報告が真実であれば、相手の戦力は単純計算で倍以上である。まともにぶつかれば勝ち目は薄い。

 

 常識で考えるのであれば、逃げるチャンスを作るための演技であろう。しかし『TAIL1』の実直な性格上、そんな虚仮威(こけおど)しなどするはずもない。演技と決めつけるには早計すぎる。

 そして何よりも、ゲイトに吹き飛ばされた科学者が、「マズいマズい」と半狂乱で呟き、怯えている。彼を介抱している兵士も困惑するほどの取り乱しようだ。

 ゲイトは科学者に詰め寄った。

 

「あれに何が起こっている。『TAIL1』は何をしている。マーキュリアを呼び寄せているとでも言うのか」

「違う。そんな機能は持ってない。ただ敵の接近を報告しているだけです」

「レーダーの検知範囲外から? 馬鹿な。我々の索敵範囲を、いち個人が上回るなど、ありえん」

「嘘じゃない! 彼女は——『TAIL1』は、脳核(コア)の波長を感知できる目を持っている。この地球上で最も正確な生体センサーなんです!」

「なんだと?」

「その彼女が接近してるって言っている……きっとマーキュリアの敵意を感知したんですよ!」

 

 科学者の返答は、ゲイトを驚愕させるには十分だった。

 

「でたらめを言うな! 最先端のセンサーですら、軍事車両に積むのが精一杯なのだぞ!? それも脳核(コア)の感知だと? 個体の数と大きさの探知が限界のはず! 確立されていない技術だ! 小娘の脳みそ如きに詰め込める代物ではない!」

「もう理論は証明済みだ! ウチの研究所では! でも、あんたら軍人が理解できる説明を、たったの数分でするなんてできるもんかよ! そういうもんだと納得してくれ! それよりも、早く逃げる準備を! 敵の戦力はこっちの倍だ! このままじゃ犬死だぞ!」

「……賢しさはあれど、礼儀を忘れれば、ただの猿だな。判断を下すのは貴様ではない! 私だ!」

 

 命の危機を前に、敬語すら抜けてしまった科学者に対し、ゲイトは「この猿を輸送車にぶち込め!」と激昂した。兵士たちは慌てて命令に従い、収容トラックから飛び出していった。

 その兵士たちと入れ替わるように、女性の通信兵が収容トラックの中に飛び込んでくる。敬礼と共に、彼女は口を開いた。

 

「お取り込み中のところ、失礼します! 大佐へ至急の報告であります——」

「マーキュリアどもが接近しているな? 数は我々の倍程度、接敵まで約20……いや、15分か」

「は? あの、どうしてそれを知っておいでで?」

 

 間髪入れずに返答をしたゲイト大佐に困惑する通信兵。『TAIL1』の手のひらで踊らされているような状況に、ゲイトは思わず舌打ちをした。

 

「総員、緊急戦闘態勢(スクランブル)と伝えろ。奴らをこの地で迎え討つ。死にたくなければ、ぼさっとするな! 動け(ムーヴ)!」

 

 ゲイトの激と共に、兵士は再び敬礼を送ってから走り去っていった。

 

 進退窮まるゲイトが取った判断は、撤退戦ではなく防衛戦であった。動けない『TAIL1』を護衛しつつ、戦力が足りない状況での撤退戦など、それこそ自殺行為だ。撤退と迎撃、2つを同時にこなさなければならないのだから。

 対して防衛戦であれば、敵の撃滅に一点集中できる。加えて、元先導者(ヴァンガルド)である少尉をはじめとした、軍の精鋭も作戦に参加しているのだ。切り抜けられる要素は揃っている。

 このような窮地など、何度も切り抜けてきた。今回も捌く。それだけだ。

 

「……既存の長距離レーダーが使えれば、こんな奇襲など楽にいなせるものを」

 

 思わずゲイトはぼやいた。

 マーキュリアが持つ、最も強力な武器。それは鋼の爪や銃弾でも、人間に対する残虐性でもない。無線機能の弱体化である。

 彼らの身体から放たれる特殊な粒子——『スクリプ』と名付けられたその粒子は、ありとあらゆる無線機能を妨害する性質を持つ。デジタル通信はほぼ無効化され、アナログ通信ですらも極端な距離制限を強いられる。マーキュリアが増殖し、スクリプ粒子が蔓延したこの地球上で遠距離戦など起こり得ない。

 だがその常識を、『TAIL1』は破壊した。国家機密の扱いも十分に納得だ。しかし、この技術格差は何だ? なぜ軍に技術を提供しない?

 

「大佐。私(ラッテ)も参加させて」

 

 『TAIL1』の声で我に返る。思考の海に沈んでいた意識が現実に戻ってきた。今は迎撃に集中せねば。

 ゲイト大佐は彼女に目を合わせた。闘志に満ちた戦士の目だ。少しでも戦力を確保したい状況である。その申し出は受けたい。

 しかし。

 

「確実に逃げる囚人を解き放つ阿呆がどこにいる。貴様は大人しくしていろ。我々が殲滅してやる」

 

 ゲイトは『TAIL1』に背を向け、収容トラックを去った。背後では『TAIL1』が喚いていたが、無視を決め込む。

 ゲイトに与えられた任務と、彼の人間としての矜持(プライド)。そのふたつの存在が、『TAIL1』のベストな提案を拒否させた。

 おそらく犠牲は出るだろう。自分も然りだ。だが、化け物と肩を並べるなど、ゲイトには許しがたかった。

 

 部隊のキャンプ地には、開戦前の緊迫感が充満していた。飛び交う怒号。緊張で高まる熱気。RR(レイドランナー)の起動音——その死地の最前線を、ゲイトは静かな足取りで横切っていく。

 暗く淀んだ瞳を、敵部隊の方向へ向けながら。

 

 

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