英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
その特徴は、半永久的な自己発電・蓄電機能。最初の起動さえクリアできれば、モーターの運動エネルギーにより自ら電力を生み出し蓄電が行える、まさに機関界の到達点だ。
魔法すら超越し、神秘とさえ呼べる領域の性能を実現しているのは、マーキュリアの身体を構成する銀色の液体金属『
そんな神秘を実現した
(やはり落ち着かんな)
人類の宿敵マーキュリアの物質が使用されている機体に閉じ込められていると、今にも
現在の状況は、こちらに接近中のマーキュリア部隊に向け、森林地帯を疾走している最中だ。少尉の機体を先頭に、随伴の4機が背後で並走している。
『間もなく接敵予想地点だ。総員、戦闘に備えよ』
司令本部で指揮を執るゲイト大佐から通信が入った。戦闘部隊の統率役である少尉は、大佐との最終
「敵の配置はどうなっているか?」
『三方に分散し、こちらを包囲しようとしているな。進行方向の左から
本部の遠距離レーダーでは小型のマーキュリアは捉えられない。交戦時に
大佐の報告を聞いた少尉は、率直な感想を述べた。
「典型的な包囲戦ですな」
『獣にしては上出来だと思うがね』
マーキュリアに『戦略』はもちろん、『戦術』などという高等な思考は存在しない。非生物だからこそ成し得る反応速度と、強靭な耐久力に任せた暴力こそが武器である。相手が3部隊に分かれているのは、一方向から全員で攻めるには多すぎるからという、単純な理由なのだろう。
『位置取り上、奴らからの包囲は免れない。よって我々は包囲の内部から突き崩す』
故に、こちら側の対応も立てやすい。
『これより作戦を伝達。中央を少尉と随伴1機で戦線を維持せよ。交戦の間に、右方向3匹の隊を、残りの3機と歩兵部隊で制圧。交戦により左部隊合流が予想されるため、右方制圧は速やかに実行されたし。右方制圧後に全部隊合流し、残りを各個撃破に努めよ。以上だ』
ゲイト大佐の作戦は、少尉が思い描いていた通りの展開であった。戦力を集中させての右方向一点突破が最も安全なプランではある。しかし戦力を偏らせては、敵部隊の一部が、攻撃隊への追撃ではなく、司令本部へ突撃をする恐れがある。最も戦闘に長けた少尉が囮となることこそ、ベストな判断だった。
少尉は心の内で感心した。人格が破綻していても、大佐の指示は的確だ。軍の上層部へ返り咲いた実力は、伊達ではない。
『30秒後、
パイロット各位が「
妨害領域突入後の現場指揮は少尉の役目となる。もっとも、既に作戦は決まっているので、少尉は部隊を鼓舞するだけだが。
少尉は各機へ無線通信をオープンした。
「聞いてのとおりだ。これより隊を2つに分ける。軍曹、私に付いてきてくれるか?」
『ま、それが前提の作戦でしょ? 断れないですよ』
「感謝する」
少尉の呼びかけに軽口で応えたのは、彼の直属の部下である軍曹であった。長年の苦楽を共にした相棒である。彼が断らないと分かっていても、少尉はそのひと言に絶大なる安心感を覚えた。
「軍曹と私は
『了解です! 『
くわえて、少尉はかつて
「君たちも、ありがとう。必ず生き延びよう……では戦闘を開始する。総員、
『『『『
各機が散開を始めた。士気は十分に高まっていると直感できる、気力全開の応答であった。妨害領域により彼らとも連携が困難となるが、心配は要らないだろう。
離れていく各機を見送る少尉の口元が緩む。しかしすぐに表情を引き締めて進行方向へ視線を向けた。そして、命がけの重役を引き受けた軍曹に向けて声をかける。
「いつもすまんな」
『今回も生き延びましょうや』
「いつも」「今回も」。その言葉は、歴戦の戦士だけが使うことを許された、何気ない言葉のやり取りだ。その会話ひとつだけで、互いの信頼が深いことを表していた。
「
やがて敵機を目視距離に捉えた。大佐の情報通り、そして搭載されているセンサーの反応通り、
つまり、純粋たる3対2の戦い。ならば強引でも、攻める。
「パターン、
少尉の号令の直後に、両機は己の得意武器を展開した。そして軍曹は機体を加速させながら、折り畳み式の携行盾と、リボルバータイプのハンドガンを構えた。対して少尉は走行のペースを落としつつ、長射程の狙撃ライフルを取り出す。
軍曹が接近して敵を足止めしつつ電撃武器を叩き込み、感電して露出した
二人は『戦線維持』を命令されながらも、狙っているのは『敵機撃破』であった。無難な防衛戦より、普段通りの戦法を駆使したほうが生存率は高まる事を、二人は熟知しているのだ。なお、命令違反ではない。交戦ポイントから離れなければ戦線維持である。
『牽制なんてチマチマしねえぞ、俺は!』
軍曹が笑みを浮かべながら吼える。その気迫に反応し、3機の
しかし敵の弾は軍曹の盾によって全て弾かれていた。軍曹の盾は、ただの硬い盾ではない。装甲へ通電することにより表層に磁力を生み出し、磁界の斥力によって敵の銃弾を弾き飛ばす電磁シールドなのだ。効果時間は28秒。その間、構えた方向からの射撃に対し、鉄壁の防御を誇った。
全く怯まない軍曹から逃れるよう敵は左右に散開した。左方向に1機、右方向に2機。
『左を追う!』
すかさず、軍曹は孤立した左の1機に突撃した。方向転換を強いられて勢いの削がれた敵機。対して、戦闘前から全速力で前進する軍曹。追いつくのは容易だ。
やがて軍曹の盾が敵機と衝突した。微弱ながら感電効果も持つ電磁シールドは敵の動きも鈍らせる。右方向に分かれた敵2機は、仲間の
『敵機、
「
仕事を終えた軍曹が敵機から離れる頃には、少尉は射線を確保した位置で片膝立ちになり、狙撃態勢を取っていた。感電した敵マーキュリアの
「
『お見事!』
淡々とした口調で言い放つ少尉。やるべきことをやっただけと言わんばかりの、冷静な口調であった。
撃破の余韻に浸る間もなく、少尉は残りの敵機に向けて銃弾を放った。当てるための狙い撃ちではなく、敵を後退させるための牽制。その真の目的は、軍曹の撤退のサポートである。
軍曹の電磁シールドが効果時間切れとなったため、再展開まで冷却が必要となる。その撤退の隙をカバーしたのだ。
やがて軍曹の機体が安全地帯に身を隠すと、今度は少尉の<キャサード>めがけて敵の銃弾が飛び交う。少尉はライフル弾を敵に浴びせながら、敵の視線を切るように物陰へ隠れた。
こちらを見失った敵は、離脱地点をライフルで牽制していたが、反応が無いと分かると、生い茂る木々の中に堂々とした足取りで機体を進ませていった。少尉のスナイパーライフルによって作られた銃痕を、己の
「
軍曹へ状況の共有を行うと、少尉は「相変わらず硬い……!」とぼやいた。大口径のライフル弾を撃ち込んだにも関わらず、敵は動きを鈍らせなかったためだ。
マーキュリアの恐ろしさは、スクリプ粒子による通信妨害だけではない。
命を持たないが故の無鉄砲さ、そして頑強な耐久値に任せた力任せの戦法もまた脅威である。
加えて、奴らは数も無尽蔵に等しい。地球上で活動しているマーキュリアは10億と言われている。人類の人口約1億——その10倍もの数だ。
通信妨害。耐久力。数の暴力。この3つこそが、マーキュリアが地球の制圧者たらしめる要因であった。
奴らの厄介さを再認しつつ、ライフルの弾倉を交換していると、軍曹から通信が入った。
『妙ですねぇ』
「ああ。小型が見えない」
随伴の小型マーキュリアが一切姿を見せていない。普段ならば、
不安に駆られながらも、少尉は索敵レーダーの探知範囲を広げた。そして驚愕の結果が出力された。
(敵の左部隊が進路変更していない? 本部に向かっているだと?)
予想とは別の行動だ。交戦距離で考えると、間違いなくこちらへ接近している筈だ。経験豊富な少尉のみならず、ゲイト大佐も進路変更を予想していた。読み間違えは考えにくい。
何かが、おかしい。
『こっちの陽動が足らなかったみてぇですな。もっと派手に暴れてやりますかァ!』
「待て! はやまるな軍曹!」
物陰から飛び出す軍曹の<キャサード>。軍曹も索敵レーダーを確認していたのだろう。だが出した結論は真逆。軍曹は積極的な交戦を選択した。近接戦闘による興奮状態が、彼を蛮勇へと押しやった。
異常事態でなければ、まさしく最適解だ。なぜなら敵はマーキュリア。戦略的な戦闘など起こり得ない。2対2の真っ向勝負であれば負けは無い。
だが、その最適解が仇となる。
少尉の索敵レーダーが突如小さく反応した。戦場外で1機、敵機が出現したのだ。
そして。
『なあぁ!?』
軍曹機の脚部が、突然弾け飛び、破壊された。同時に付近の地面が一度だけ小さく爆ぜ、抉り取られる。
少尉は即座に攻撃の正体を悟った。
「
驚愕のあまり少尉が叫んだ直後、小型マーキュリアの反応が突如出現し、軍曹機を取り囲むよう一斉に接近を開始した。軍曹機は動けず、少尉の武器では無数の小型全てを相手にできない。もはや軍曹に逃げ場は無かった。
意図のある進軍。遠距離狙撃。そして狙撃前提の包囲攻撃。
獣では成し得ない、紛れもなく知性のある戦術であった。