英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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10話 ノーマル・オペレーション

 

 循環式電励機関(サーキュレイト・モーター)。ほぼ全てのRR(レイドランナー)に用いられているメイン機関である。

 その特徴は、半永久的な自己発電・蓄電機能。最初の起動さえクリアできれば、モーターの運動エネルギーにより自ら電力を生み出し蓄電が行える、まさに機関界の到達点だ。

 魔法すら超越し、神秘とさえ呼べる領域の性能を実現しているのは、マーキュリアの身体を構成する銀色の液体金属『銀流殻(シイル)』の賜物である。銀流殻(シイル)は、電気抵抗がゼロになる物質「超伝導体」で構成されている。しかも本来であれば極低温下でしか成立しない電気抵抗ゼロを、常温で成し遂げる特性を持つ『室温・常圧の超伝導体』なのだ。循環式電励機関(サーキュレイト・モーター)は、その圧倒的な伝導性能を利用した機関であった。

 

 そんな神秘を実現した循環式電励機関(サーキュレイト・モーター)の駆動音が鳴り響くRR(レイドランナー)<キャサード>のコクピット内で、少尉は気難しそうな顔で操縦桿を握っていた。

 

(やはり落ち着かんな)

 

 人類の宿敵マーキュリアの物質が使用されている機体に閉じ込められていると、今にも銀流殻(シイル)が自分に牙を剥いて襲いかかりそうな不安を抱えてしまう。銀流殻(シイル)を操るマーキュリアの脳核(コア)は組み込まれていない以上、ありえないと頭では理解しているのだが。

 

 現在の状況は、こちらに接近中のマーキュリア部隊に向け、森林地帯を疾走している最中だ。少尉の機体を先頭に、随伴の4機が背後で並走している。

 

『間もなく接敵予想地点だ。総員、戦闘に備えよ』

 

 司令本部で指揮を執るゲイト大佐から通信が入った。戦闘部隊の統率役である少尉は、大佐との最終打ち合わせ(ブリーフィング)を行うべく無線を送信(センド)した。

 

「敵の配置はどうなっているか?」

『三方に分散し、こちらを包囲しようとしているな。進行方向の左からRR(レイドランナー)型(タイプ)が4・3・3の配置だ。小型マーキュリアも随伴していると思われる。警戒を怠るな』

 

 本部の遠距離レーダーでは小型のマーキュリアは捉えられない。交戦時にRR(レイドランナー)で探知する必要がある。

 大佐の報告を聞いた少尉は、率直な感想を述べた。

 

「典型的な包囲戦ですな」

『獣にしては上出来だと思うがね』

 

 マーキュリアに『戦略』はもちろん、『戦術』などという高等な思考は存在しない。非生物だからこそ成し得る反応速度と、強靭な耐久力に任せた暴力こそが武器である。相手が3部隊に分かれているのは、一方向から全員で攻めるには多すぎるからという、単純な理由なのだろう。

 

『位置取り上、奴らからの包囲は免れない。よって我々は包囲の内部から突き崩す』

 

 故に、こちら側の対応も立てやすい。

 

『これより作戦を伝達。中央を少尉と随伴1機で戦線を維持せよ。交戦の間に、右方向3匹の隊を、残りの3機と歩兵部隊で制圧。交戦により左部隊合流が予想されるため、右方制圧は速やかに実行されたし。右方制圧後に全部隊合流し、残りを各個撃破に努めよ。以上だ』

 

 ゲイト大佐の作戦は、少尉が思い描いていた通りの展開であった。戦力を集中させての右方向一点突破が最も安全なプランではある。しかし戦力を偏らせては、敵部隊の一部が、攻撃隊への追撃ではなく、司令本部へ突撃をする恐れがある。最も戦闘に長けた少尉が囮となることこそ、ベストな判断だった。

 少尉は心の内で感心した。人格が破綻していても、大佐の指示は的確だ。軍の上層部へ返り咲いた実力は、伊達ではない。

 

『30秒後、粒子妨害領域(スクリプ・ジャミング・ゾーン)に入る。以降、我々本部との通信はできない。統治者(ラーガルド)所属の各位は少尉の指揮下へ入れ。私からは以上。健闘を祈る』 

 

 パイロット各位が「承知した(イエッサー)」の掛け声で承諾し、無線通信を切った。粒子妨害領域(スクリプ・ジャミング・ゾーン)では、マーキュリアが放つスクリプ粒子により遠距離通信が妨害され、発信方向を絞った指向性通信に限定される。つまり近距離の部隊間でしか通信ができない。

 妨害領域突入後の現場指揮は少尉の役目となる。もっとも、既に作戦は決まっているので、少尉は部隊を鼓舞するだけだが。

 少尉は各機へ無線通信をオープンした。

 

「聞いてのとおりだ。これより隊を2つに分ける。軍曹、私に付いてきてくれるか?」

『ま、それが前提の作戦でしょ? 断れないですよ』

「感謝する」

 

 少尉の呼びかけに軽口で応えたのは、彼の直属の部下である軍曹であった。長年の苦楽を共にした相棒である。彼が断らないと分かっていても、少尉はそのひと言に絶大なる安心感を覚えた。

 

「軍曹と私は二人組(ツーマンセル)で中央部隊と交戦する。残りの全部隊は右方向の部隊を、全力で撃滅されたし」

『了解です! 『100体超え(ハンドレッド・ホルダー)』である貴方がたと共に戦えて光栄であります!』

 

 統治者(ラーガルド)の兵士は興奮気味に返事をした。『100体超え(ハンドレッド・ホルダー)』は、サイズを問わずマーキュリアを100体以上撃破した者に贈られる称号である。兵士1人が生涯で撃破できるマーキュリアの数は、10体でも多いとされる。その10倍の数を、彼らは現役のまま実現しているのだ。まさしくトップ層だけが持つことを許される称号である。

 くわえて、少尉はかつて先導者(ヴァンガルド)に所属していた、元エースだ。彼の英雄たる姿勢を慕う兵は、所属の垣根を越えていた。

 

「君たちも、ありがとう。必ず生き延びよう……では戦闘を開始する。総員、矜持を示せ(ショウ・ユア・プライド)!」

『『『『了解(フーアー)ッ!!』』』』

 

 各機が散開を始めた。士気は十分に高まっていると直感できる、気力全開の応答であった。妨害領域により彼らとも連携が困難となるが、心配は要らないだろう。

 離れていく各機を見送る少尉の口元が緩む。しかしすぐに表情を引き締めて進行方向へ視線を向けた。そして、命がけの重役を引き受けた軍曹に向けて声をかける。

 

「いつもすまんな」

『今回も生き延びましょうや』

 

 「いつも」「今回も」。その言葉は、歴戦の戦士だけが使うことを許された、何気ない言葉のやり取りだ。その会話ひとつだけで、互いの信頼が深いことを表していた。

 

「接敵(コンタクト)!」

 

 やがて敵機を目視距離に捉えた。大佐の情報通り、そして搭載されているセンサーの反応通り、RR(レイドランナー)型(タイプ)が3機。小型マーキュリアの反応はまだ確認されていない。RR(レイドランナー)型(タイプ)の後方から追っているのだろう。

 つまり、純粋たる3対2の戦い。ならば強引でも、攻める。

 

「パターン、平常運行(ノーマル・オペレーション)!」

 

 少尉の号令の直後に、両機は己の得意武器を展開した。そして軍曹は機体を加速させながら、折り畳み式の携行盾と、リボルバータイプのハンドガンを構えた。対して少尉は走行のペースを落としつつ、長射程の狙撃ライフルを取り出す。

 軍曹が接近して敵を足止めしつつ電撃武器を叩き込み、感電して露出した脳核(コア)を少尉が狙撃で射抜く。盾役(タンク)と攻撃役(アタッカー)のシンプルな戦法だ。それ故に崩されにくく、応用も利きやすい。

 二人は『戦線維持』を命令されながらも、狙っているのは『敵機撃破』であった。無難な防衛戦より、普段通りの戦法を駆使したほうが生存率は高まる事を、二人は熟知しているのだ。なお、命令違反ではない。交戦ポイントから離れなければ戦線維持である。

 

『牽制なんてチマチマしねえぞ、俺は!』

 

 軍曹が笑みを浮かべながら吼える。その気迫に反応し、3機のRR(レイドランナー)型(タイプ)が軍曹機へ一斉射を行う。

 しかし敵の弾は軍曹の盾によって全て弾かれていた。軍曹の盾は、ただの硬い盾ではない。装甲へ通電することにより表層に磁力を生み出し、磁界の斥力によって敵の銃弾を弾き飛ばす電磁シールドなのだ。効果時間は28秒。その間、構えた方向からの射撃に対し、鉄壁の防御を誇った。

 

 全く怯まない軍曹から逃れるよう敵は左右に散開した。左方向に1機、右方向に2機。

 

『左を追う!』

 

 すかさず、軍曹は孤立した左の1機に突撃した。方向転換を強いられて勢いの削がれた敵機。対して、戦闘前から全速力で前進する軍曹。追いつくのは容易だ。

 やがて軍曹の盾が敵機と衝突した。微弱ながら感電効果も持つ電磁シールドは敵の動きも鈍らせる。右方向に分かれた敵2機は、仲間のRR(レイドランナー)型(タイプ)ごと軍曹を射撃するが、軍曹の<キャサード>は相手機体で銃弾を防ぐように位置取りしつつ、リボルバーに装填された電衝弾(ショック・シェル)で接触した敵機を撃ち抜いた。

 

『敵機、感電した(スタンデット)!』

「いつでも撃てる(テイクアップ・レディ)」

 

 仕事を終えた軍曹が敵機から離れる頃には、少尉は射線を確保した位置で片膝立ちになり、狙撃態勢を取っていた。感電した敵マーキュリアの脳核(コア)が胸部から露出した瞬間、少尉は照準を素早く合わせ、ライフル銃で狙撃した。銃弾は見事脳核(コア)の中心部に命中し、敵機を沈黙させる。その狙撃距離、200m。反射で撃ち抜くには長すぎるものの、少尉にとっては外しはしない射程範囲だ。

 

「標的排除(タンゴ・ダウン)」

『お見事!』

 

 淡々とした口調で言い放つ少尉。やるべきことをやっただけと言わんばかりの、冷静な口調であった。

 撃破の余韻に浸る間もなく、少尉は残りの敵機に向けて銃弾を放った。当てるための狙い撃ちではなく、敵を後退させるための牽制。その真の目的は、軍曹の撤退のサポートである。

 軍曹の電磁シールドが効果時間切れとなったため、再展開まで冷却が必要となる。その撤退の隙をカバーしたのだ。

 

 やがて軍曹の機体が安全地帯に身を隠すと、今度は少尉の<キャサード>めがけて敵の銃弾が飛び交う。少尉はライフル弾を敵に浴びせながら、敵の視線を切るように物陰へ隠れた。

 こちらを見失った敵は、離脱地点をライフルで牽制していたが、反応が無いと分かると、生い茂る木々の中に堂々とした足取りで機体を進ませていった。少尉のスナイパーライフルによって作られた銃痕を、己の銀流殻(シイル)で塞ぎながら。

 

「目標(タンゴ)見失った(・ロスト)。目標2機とも損傷軽微。引き続き警戒を怠るな」

 

 軍曹へ状況の共有を行うと、少尉は「相変わらず硬い……!」とぼやいた。大口径のライフル弾を撃ち込んだにも関わらず、敵は動きを鈍らせなかったためだ。

 

 マーキュリアの恐ろしさは、スクリプ粒子による通信妨害だけではない。

 命を持たないが故の無鉄砲さ、そして頑強な耐久値に任せた力任せの戦法もまた脅威である。脳核(コア)を破壊するまで、奴らの活動が鈍ることはない。

 加えて、奴らは数も無尽蔵に等しい。地球上で活動しているマーキュリアは10億と言われている。人類の人口約1億——その10倍もの数だ。

 通信妨害。耐久力。数の暴力。この3つこそが、マーキュリアが地球の制圧者たらしめる要因であった。

 

 奴らの厄介さを再認しつつ、ライフルの弾倉を交換していると、軍曹から通信が入った。

 

『妙ですねぇ』

「ああ。小型が見えない」

 

 随伴の小型マーキュリアが一切姿を見せていない。普段ならば、RR(レイドランナー)型(タイプ)と同時に攻撃を仕掛けてくるはずなのだが。

 不安に駆られながらも、少尉は索敵レーダーの探知範囲を広げた。そして驚愕の結果が出力された。

 

(敵の左部隊が進路変更していない? 本部に向かっているだと?)

 

 予想とは別の行動だ。交戦距離で考えると、間違いなくこちらへ接近している筈だ。経験豊富な少尉のみならず、ゲイト大佐も進路変更を予想していた。読み間違えは考えにくい。

 

 何かが、おかしい。

 

『こっちの陽動が足らなかったみてぇですな。もっと派手に暴れてやりますかァ!』

「待て! はやまるな軍曹!」

 

 物陰から飛び出す軍曹の<キャサード>。軍曹も索敵レーダーを確認していたのだろう。だが出した結論は真逆。軍曹は積極的な交戦を選択した。近接戦闘による興奮状態が、彼を蛮勇へと押しやった。

 異常事態でなければ、まさしく最適解だ。なぜなら敵はマーキュリア。戦略的な戦闘など起こり得ない。2対2の真っ向勝負であれば負けは無い。

 

 だが、その最適解が仇となる。

 少尉の索敵レーダーが突如小さく反応した。戦場外で1機、敵機が出現したのだ。

 そして。

 

『なあぁ!?』

 

 軍曹機の脚部が、突然弾け飛び、破壊された。同時に付近の地面が一度だけ小さく爆ぜ、抉り取られる。

 少尉は即座に攻撃の正体を悟った。

 

「狙(・)撃(・)だと!? 馬鹿な!?」

 

 驚愕のあまり少尉が叫んだ直後、小型マーキュリアの反応が突如出現し、軍曹機を取り囲むよう一斉に接近を開始した。軍曹機は動けず、少尉の武器では無数の小型全てを相手にできない。もはや軍曹に逃げ場は無かった。

 

 意図のある進軍。遠距離狙撃。そして狙撃前提の包囲攻撃。

 

 獣では成し得ない、紛れもなく知性のある戦術であった。

 

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