英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
刀折れ矢尽きる——まさしくこの表現が使えるほどに追い込まれたマヒロを救ったのは、先ほど知り合ったばかりの少女だった。
「ラッテ!?」
予想外の人物による救援を受けて驚いたマヒロは、思わず彼女の名前を叫んでいた。大佐から逃げてきたのだろうか。それとも大佐の差し金なのか。詳しい状況は分からない。なんにせよ、頼りになる援軍であることは間違いない。
『マーキュリア……殺す!』
ラッテは憎しみの籠もった低い声色でボソリと呟くと、その場で回転し、『尻尾』に突き刺さっていた
残っていた
やがてラッテは
しかし足が止まったところを
散弾による面制圧ではさすがのラッテでも避けきれない。彼女は
「……すごい」
圧倒的な戦闘力を目の当たりにし、マヒロは思わず呟いた。人知を超えた速度と
本来ならば電撃武器で感電させ、
「っ! いけない!」
見とれている場合ではなかった。ラッテはまだ反撃を行っていない。攻めあぐねているように見える。助けないと。
マヒロは仕掛けていた自爆モードをオフにして、<キャサード>のカメラを周囲に向けた。
「彼女に使える武器……あった!」
歩兵用のアサルトライフルを発見した。少尉が担いでいたものと同じモデルだ。ライフルはラッテから離れた場所の地面に落ちている。襲撃に対応しきれず放置されたのだろう。
マヒロは外部スピーカー機能をオンにして少女に語りかけた。
「ラッテ! 武器が必要なんじゃないか?」
少女はびくりと一度だけ身体を震わせてから、出会った頃のような無表情となって、こちらに視線を移した。色素の薄いグレーの瞳。その瞳から放たれる真っ直ぐな視線が<キャサード>のカメラ越しに突き刺さる。
『その声、少年!』
「君の真後ろ15mほど、アサルトライフルが地面に落ちている。どうにかして回収できるかい? こっちはもう武器が無いから援護ができない」
『問題ない。回収する』
ラッテは躊躇なくこちらに向かって駆け出した。無防備となった彼女の背中を
が。
『こいつ、弾無しだ!』
ラッテが驚いた声で叫んだ。マガジンは装着されておらず、アンダーバレルに装着された
「こっちへ走って! 壁を作る!」
マヒロは<キャサード>をしゃがませて、左腕を地面におろして
「予備弾倉……あった」
マヒロがコクピット内を探してライフルのマガジンを回収すると、ハッチを開いた。するとラッテは、襲撃で怪我や汚れだらけになったマヒロを見て、尻尾がしゅんとして下に垂らした。
「怪我してる……巻き込んで、ごめんなさい」
「また弾薬を渡す係だ」
マヒロはあえて少女の謝罪に反応せず、気にしていない態度を装いながら語りかけた。彼女が心から謝罪していることは、垂れた尻尾からなんとなく伝わってくる。余計な罪悪感を感じさせる必要は無い。
「1個だけしかなかった。うまく使って」
マヒロがライフルのマガジンを投げて渡すと、彼女は危なげなくキャッチした。次に彼女が行なったのは、アンダーバレルに装着された
最後に渡されたばかりのマガジンを再装填する。彼女がマガジンに触れてから一連の動作が完了するまで10秒足らず。熟練の手さばき、そして見事な『尻尾』さばきであった。
「ありがとう。ぶっ殺してきます」
彼女は無表情のまま、しかし嬉しそうに『尻尾』をぶんぶんと大きく一往復させてから、再度マーキュリアの元まで駆け出した。長物の小銃を抱えても、走りの速度にほとんど衰えはない。
ラッテは散弾の射線を巧みに外しながら接近すると、周囲の障害物を利用して
しかし彼女には届かない。彼女は身を捻りつつ尻尾で短針を捌きながら頭上に跳び乗り、大きく開いていた敵の口へライフルの銃身を突っ込んだ。そして、引き金を引く。放たれた銃弾はすべて
がちん、とライフルが弾切れを知らせたところで、彼女はライフルを手放して敵から離れる。直後に操化を示す桜色の発光が敵から消え、全身の装甲の隙間から液体となった
「これで周辺の小型マーキュリアは殺した。でも
彼女は周囲を見渡して警戒しながら、こちらに向かってゆっくり歩いてきた。マヒロは見ていないが、間違いなく
「およよ?」
しばらくは真っ直ぐに歩いていた彼女だったが、徐々に足取りが乱れてきた。頭がフラフラしている。
「君は大丈夫!?」
「だいじょ――ばない……」
大丈夫、と返答したかったのだろうが、呂律が回りきっていない。立っていることもできず、その場に倒れかけた。咄嗟に<キャサード>の腕を操作して手で受け止めてから、コクピットを降りて彼女に駆け寄った。
スーツのあちこちが破れており、そこから痛々しい傷跡が見えている。人間と同じ赤い血がスーツに染みを作っていた。どの傷も浅めのかすり傷だったことが不幸中の幸いだ。いくら超人でも、真正面から
本来ならば、罠を張りつつ時間をかけて撃破するのが望ましいのだが……未知の敵が迫っているかもしれない状況だ。強引でも速攻撃破でないと生存率が下がる。
「熱い。ねむい。おなかが『ぎゅっ』てなる」
「『ぎゅっ』って……おなかを怪我してるの? そこは怪我が無さそうだけど」
「わかんない。眠いがやばい」
少女は焦点の合わない視線で空を見上げながら呟く。思い出してみれば、捕まった時は麻酔弾で眠らされていた。それも3発。おそらく、まだ麻酔が抜けきっていないのだろう。
とはいえ、マーキュリアが潜んでいるかもしれない状況である。この場に留まるのは無理だ。我が家に連れていくしかない。治療やマーキュリア迎撃の設備は充実しているし、頼りになる同居人もいる。
「この<キャサード>で一緒に離脱する。安全な場所まで連れて行くから、頑張って!」
彼女を肩にかけてコクピットに連れて行く。やはりその身体は、鋼鉄製の鉄柱でも引きずっているのではないかと錯覚するほど重かった。思わず愚痴ってしまいそうになったが、彼女の名誉のために必死で我慢する。おそらく尻尾のせいだ。金属製であるマーキュリアの装甲を貫くほどの代物である。質量も相当なのだろう。
「モルフォ、シティ……」
「!」
彼女がうとうととしながら呟いたので、マヒロは立ち止まった。
「セントラル、タワー」「地面の下」「連れてって」
そこまで言って、彼女はがくりと頭を垂れてしまった。すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。
マヒロはラッテの執念を聞き、戸惑っていた。彼女はまだ我が家に固執しているのだ。今のマヒロには、その理由は分からないが。
「お望み通り連れて行くよ」
どうせ、我が家の同居人——〝ドクター〟が知っているだろう。
マヒロは全身をフル稼働させて、ボロボロとなってしまった<キャサード>のコクピットまで彼女をどうにか連れて行くと、サブシートに座らせた。そしてコンソールを操作して機体のダメージコントロールを行い、機体を立たせると、戦場から離脱するよう自動操縦を起動させた。ぎこちなさの残る動作で<キャサード>が歩き出す。
長い緊張からようやく解放されたマヒロは大きく息を吐いた。やっと少し落ち着ける。ぱちぱちと火花が弾ける戦火の音。その忌々しい音すらも心地よいほどの安堵感だった。
マヒロは<キャサード>を自動操縦で歩かせながら、まずは自分と彼女の傷の消毒して包帯を巻く応急手当をした。彼女の身体を冷やさないように自分の上着を脱ぎ、軽く汚れを払って彼女の上半身にかけておく。
「……〝ドクター〟。答え、ちゃんと聞かせてくれよ」
我が家で待つ同居人の顔を思い出し、自分らしからぬおどろおどろしい声が出てしまった。帰ったら問い詰めてやる。
マヒロはコントロールをマニュアル操作に戻し、歩行のスピードを上げた。少女を起こさぬように、できる限り振動を抑えながら。