英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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15話 帰還

 

 早朝からの救出劇。軍による捕縛。マーキュリアの襲撃。そして人ではない少女、ラッテとの出会い。激動の一日を切り抜け、少尉から譲り受けた<キャサード>で歩き続けることしばし。既に日が落ちる直前の時間になってしまったものの、マヒロたちは何事もなくモルフォシティの都市区画へ帰還することができた。かつてマーキュリアから襲われた際に投棄され、いまや公共の電気や水道も通らぬ廃棄都市だ。

 通常のカメラでは捉えきれなくなるほどの薄暗さとなったため、マヒロは<キャサード>のカメラを暗視モードに切り替えた。薄暗さでぼんやりとしていた景色の輪郭が鮮明に映し出される。周囲には豪勢な一軒家の数々が並び、遠方には数十mほどの高さを誇るビル群が密集している。だがその建物には一切の明かりが灯っていない。風化したコンクリートの外壁。砕け散ったガラス。錆びた鉄筋。ひび割れたアスファルト——<キャサード>のカメラ越しに映るモルフォシティの姿は、かつて活気に満ち溢れていたという事実と、その巨大な都市が完全に没落したのだと、嫌でもマヒロに痛感させる。

 

(やっぱり夜に歩きたくないな)

 

 もうすぐ我が家が目の前——そんな安心感さえ塗りつぶすほどの寂しさだ。ラッテという随伴者がいても、その寂しさは薄まらない。

 

「あとちょっとだからね」

 

 ラッテに声をかける。彼女は反応も無いまま、呑気に寝息を立てたままだ。その能天気な平和さが羨ましいとさえ感じる。

 

 寂しさに耐えかねたマヒロは、目的地を確認するため外部カメラの映像を確認した。マヒロの視線は、ビル群の中にそびえたつ、150m近くの高さを誇る鉄塔に注がれている。

 その鉄塔こそが「セントラルタワー」。マヒロと、そして同居人である〝ドクター〟の住まいであった。

 

 

 野盗や、はぐれのマーキュリアが襲ってこないか警戒を続けつつ、地下へ続くRR(レイドランナー)の格納庫(ハンガー)へ<キャサード>を移動させる。元々は地下駐車場だったフロアを、自分たちではない過去の先住者が格納庫(ハンガー)に改造したらしい。所有者はいないので遠慮なく使わせてもらっている。

 格納庫(ハンガー)内は誘導灯と室内灯が点いていた。受け入れ準備は万端の模様である。詳細を話すと長くなるため、「軍と接触した」「RR(レイドランナー)で帰還する」「意識不明の軽傷者がいる」と、〝ドクター〟へ簡単な無線連絡を事前に入れておいたのだ。

 ボロボロの<キャサード>を空いているスペースまで移動させてから、動力を停止させた。操縦桿横に刺さっていた少尉のドッグタグを引き抜く。タグには「ジーベルグ・マークフォグ」という名前が刻まれていた。命の恩人の名前。ようやく目にすることができた。

 タグを手に取りながら、彼の生きざまを改めて思い浮かべる。立派な人だった。それこそ、マヒロが目指す理想の大人像であった。

 

「生き延びましたよ、ジーベルグ少尉」

 

 タグをズボンのポケットに入れてから、コクピットハッチを開く。その直後、白衣を纏い、厚手の眼鏡をかけた壮年の女性が担架(ストレッチャー)を引きながら歩いてきた。担架(ストレッチャー)を引く彼女の右手は生身ではなく、機械仕掛けの義手であった。

 彼女こそ同居人の〝ドクター〟である。コクピットから抜け出たマヒロに対し、彼女は驚きながら声をかける。

 

「軍用の<キャサード>じゃないか! 両手に手錠と包帯までご立派にこしらえて! カッコいいぞマヒロくん!」

「茶化さないで。ファッションじゃなくて本物。本当に痛いんだから」

 

 彼女に指摘された途端、痛みがぶり返してきたマヒロは非難まじりで声を上げた。しかし〝ドクター〟が見せる表情は安堵であった。

 

「冗談だよ。すぐに外させるから。軍の追跡装置は?」

「もちろん解除済み。追手は大丈夫でいいよね? この機体、センサー系がダメになってるんだ」

「動体探知と金属探知で周辺確認したよ。少なくとも周囲10kmは安全だ。軍の追手に限って、だけど」

 

 その報告を聞いて、マヒロは全身を脱力させた。ようやく緊張から解放された安心感で胸がいっぱいとなる。

 リラックスするマヒロに向かって、〝ドクター〟も肩の力を抜いて語りかける。

 

「この<キャサード>はどうするつもり? 修理? 解体?」

 

 マヒロは名残惜しそうに機体を見上げた。尊敬する少尉の形見だ。本音を言えば遺したい。

 だが、成り行きとはいえ軍用機の窃盗をしたのも同然の状況。このまま保管しては足が付くかもしれない。

 だからマヒロは、かねてから決断していた。

 

「解体だね。パーツ利用する」

「<残影>用かい?」

「いや、<残影>の機械(ハードウェア)部分はもう完成してる。ソフトウェアの調整と動作テストをして納品するだけだから、他の依頼で使うよ」

 

 停止した<キャサード>の隣には、同じ姿勢で安置されているRR(レイドランナー)があった。<キャサード>の意匠を感じさせる、滑らかな流線型を多用しつつも、随所に鋭角(エッジ)を利かせた黒色の装甲は、<キャサード>よりも更に洗練された印象を与える。

 RR(レイドランナー)<残影(ざんえい)>。基礎設計を〝ドクター〟、デザインや制作はマヒロが担当。既存のRR(レイドランナー)をカスタムした機体となる。<クラストー>の次世代量産型である<キャサード>がベースとなっているカスタム機なのだが、その面影はほぼ残っていない。せいぜい頭部に使用されている同規格のバイザーで大元の意匠をどうにか判別できる程度。専用の武装は装備していないものの、機動性・出力・柔軟性のどれをとっても<キャサード>を凌駕(りょうが)する性能を有している。それゆえに<キャサード>よりも高い操縦技術を求められるのも確か。まさしくエースパイロット専用機という位置づけの機体であった。

 もっとも、いずれは市場に納品され、他人に渡る運命ではあるが。

 

 なお余談だが、<残影>という名は正式名称ではない。マヒロが勝手につけた名前だ。マヒロはこの機体がお気に入りであった。納品依頼がなければ自分の愛機としたいくらいに。

 

 我が子との別れを惜しむような視線を送るマヒロ。その様子を見た〝ドクター〟は苦笑しながら、手元で携帯型端末を取り出した。

 

「解体だね、オッケー。『イーワン』『ツヴァウト』『トトラ』『シシオウ』『ペンタ』『シェシッチ』! 出番だよ! トトラは先にマヒロくんの手錠を外してあげて。残りは指示があるまで待機!」

 

 〝ドクター〟が次々と指名しながら端末を操作すると、複数の小型の作業ロボットが順次起動し、<キャサード>の足元に集まってきた。西暦2000年代に流行したブラウン管のパソコンモニターに機械の手足が生えたような、妙に愛嬌のあるデザインをしていた。

 小型のペットのような愛らしさを見せる彼らではあるが、不眠不休で働き続ける有能な作業者だ。明日の朝になれば<キャサード>は跡形もなくバラバラになっているだろう。

 唯一、指示を出されたトトラがマヒロの元まで移動し、その細長い腕を伸ばして機体の背中から小さなドライバーのような道具を駆使し、マヒロに着けられっぱなしだった手錠を解除していく。トトラは6体の中では最も手先が器用であった。そんなトトラに対してマヒロが「ありがとう」とお礼を言うと、トトラのモニターには「♡」がたくさん並んで表示された。彼らには簡易ながらAIが搭載されているのだ。

 

「じゃあ患者(クランケ)さんを運ぼうか。君の要望通り、頑丈なストレッチャーを用意した。重さ150kgは耐えられる。パワードスーツのフル装備でも余裕で運搬できるよ。手伝ったほうがいいかな?」

 

 マヒロは腕の調子を確認した後、返答の代わりに、手をヒラヒラさせたジェスチャーで自分の元へ来るように伝えた。〝ドクター〟は訝しみながら<キャサード>によじ登り、マヒロに手を引かれながら彼の隣に立ち、コクピット内を覗き込む。

 中ではラッテがマヒロの上着に身を包まれながらスヤスヤと寝息を立てていた。結局、気を失って以降、一度たりとも目を覚ましていない。時折、尻尾がぴくりと動くくらいだ。

 

「………………」

 

 マヒロは、無言でラッテを観察する〝ドクター〟の顔を窺い見た。彼女がかけている眼鏡のレンズ越しの瞳は、特に驚きの色を見せていない。

 

「ここに来たがっていたから連れてきた。良かったよね?」

「ああ」

 

 〝ドクター〟は頷いた。続けてマヒロは問う。

 

「でも、ここに来たい理由は聞けなかった。〝ドクター〟は知ってるんだろ?」

「知らない。マヒロくんには悪いけど」

 

 彼女は無表情のままだった。動揺は見られない。

 やはり彼女を知っているな。マヒロは〝ドクター〟の反応を見て、そう直感した。

 

「じゃあ、質問を変える。彼女は人間? それともマーキュリア?」

 

 ラッテから生えた銀色の尻尾。その色合いや光沢はマーキュリアの銀流殻(シイル)そのものである。目覚めたらマーキュリアの本能に任せてこちらを襲い出す、という状況も考慮しなくてはならない。まだラッテをよく知らないマヒロにとって、重要な質問であった。

 質問された〝ドクター〟は、返答を熟考してから、答えた。

 

「慎重な君が、彼女を無害と判断して我が家に連れてきた。それ以上の事実は要らないだろう? 少なくとも、治療が必要な怪我人の前で議論する問題じゃない」

「やっぱりはぐらかした……」

 

 予想していた反応だったのでマヒロもこれ以上の追求は控えた。彼女の言う内容も事実である。

 

「私の研究室(ラボ)に運ぶよ。治療できるはずだ」

「彼女について、後でちゃんと説明してよね。僕が納得できる内容で」

 

 〝ドクター〟はマヒロの問いに答えないまま、ラッテを抱え込む。

 

「手伝おうか?」

「問題ない。君の報告が大袈裟だったようだよ」

 

 見た目以上の質量を持つラッテを難なく運び、危なげもない様子でストレッチャーに乗せた。機械仕掛けの義手が持つパワーの賜物だ。

 そして移送しようとストレッチャーに手をかけてから、マヒロに向かって言った。

 

「今日の夕食。マヒロくんお手製のトマトスープが食べたい。豆がたっぷり入った、酸っぱいやつ」

 

 それは脈絡もないリクエストであった。〝ドクター〟の提案を聞き、顔をしかめるマヒロ。もちろん、痛む手首を我慢してまで夕飯を作りたくないのが本音である。

 ただし、〝ドクター〟の意図も理解している。

 

「いいよ。出来栄えは期待しないで」

 

 ため息交じりでそう答えると、〝ドクター〟は「ありがとう」と微笑んでお礼を言いつつ、ストレッチャーを引いていった。その後ろ姿を見送るマヒロ。

 

 彼女は食に関して無関心に近い。腹を空かせたら、とりあえず携帯食料を口にするタイプである。基本的に献立のリクエストはしない人物だ。

 もちろん、料理もできない。厨房を任せたら最後、「食事の後片付け」でなく「厨房の修理」が待つほどの腕前だ。

 

 そんな彼女がマヒロにリクエストした理由。それは激動の一日を過ごしたマヒロに、なるべく普段通りの生活を送ってほしいという、彼女なりの優しさであった。他人同士とはいえ、5年以上も一緒に暮らしてきた。これくらいの意志疎通は当たり前の間柄なのだ。

 

 ただ、それでも。

 

(相変わらず、僕をぜんぜん信用しないんだもんなあ……)

 

 淡々とした様子の彼女に対し、マヒロは内心で不満を漏らす。

 彼女はいつも、この調子だ。話せば親しみやすい。困った事があれば相談には乗ってくれる。怪我をすれば治療もしてくれるし、熱を出せば看病もしてくれる。メンタルケアにも配慮を欠かさない。

 だけど肝心な事は明かさない。研究室(ラボ)への入室も決して許さない。何の研究をしているのかも教えてくれない。5年以上、一緒に住んでいる今でも、本名は欠片も分からない。

 

 秘密ばかりで信用にならない義理の母親。それが〝ドクター〟に対するマヒロの評価であった。

 

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