英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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16話 上位者(アパシアン)

 

 

 どれだけ激動の一日を過ごそうとも、人間は日常生活のルーティンを簡単に変えたりはしない。シャワーを浴びて身を清めたマヒロが次に行ったのは、〝ドクター〟のリクエスト通り、夕食の調理であった。

 メインは大豆、にんじん、玉ねぎ、じゃがいもの入った、トマトベースのビーンズスープだ。コクを出すために、猪の燻製肉も使う。付け合わせには野菜のグリル。ナスとマッシュルームをチョイス。マーマレードベースのソースとマヨネーズを付けていただく。ストックしておいたパンを主食として添えれば食卓の完成だ。せっかくの手料理なので、生き残った自分へのご褒美として豪勢にさせてもらった。今日の死闘の痛みも吹き飛ばしてくれそうな、会心の出来栄えだ。

 この食材の充実ぶりは、大規模な家庭菜園を可能にする地下の農業プランターと作物管理の自動化システムによって実現していた。肉や魚など農業で賄えないものに関しては、付近の村への調達や狩猟で賄う。食料は自給自足で補い、金銭は機械類の修理やオーダーメイド・作物の卸売などで得る。僻地とはいえ、彼らの生活は安定していた。

 

 調理を終えたマヒロは、自作したキッチン用の踏み台から降りた。身長141cmの身体に、高さ85cmのシステムキッチンは不便であった。

 着替えたばかりの長袖のシャツにトマトスープが跳ねていないか確認しながら、屋内連絡用のインカムで研究室(ラボ)にいる〝ドクター〟を呼ぶと、彼女はすぐにやってきた。

 

「彼女の容態は?」

 

 〝ドクター〟はすぐに返答した。

 

「安定している。手当ても済ませた。研究室(ラボ)の中で引き続き治療してるから、マヒロくんは接触禁止。当分、目を覚まさないだろうから食事の差し入れも不要だよ」

「命の恩人だし、普通に心配してるんだけど」

 

 〝ドクター〟はマヒロの言葉を無視して席に座った。入室の許可は断固として出さない、という暗黙の返答である。お見舞いに行って、助けてもらったお礼を言うのはまだ無理なようだ。

 マヒロも彼女の正面に座ると、今夜の夕食が始まった。〝ドクター〟の本質は、寝食を疎かにしがちの、典型的な研究狂い(マッド・サイエンティスト)である。放っておけば寝不足と栄養不足で早死しそうなので、せめて夕食だけは一緒に食べるという、マヒロが決めた一家のルーティンだった。

 

 食事をしながら、マヒロは今日起こった出来事を説明した。早朝の救助活動から、ラッテとの出会い、そして軍人たちとの接触や、戦場で出会ったマーキュリアの変異種など。マヒロ自身、話をしながら「よく生きて帰れたものだ」としみじみ感じ入ってしまうほどの激動ぶりであった。

 だが、いかに絶体絶命だったかを説明しても、〝ドクター〟の反応は薄かった。

 

 「私が手塩をかけて育て上げたマヒロくんなんだぞ。切り抜けられて当然だろう?」

 

 そんな謎の信頼で彼女の思考は完結していやがったのだ。予想していた反応とはいえ、この薄情にはマヒロも内心で憤慨である。もっとも、「よく頑張ったね」などと彼女が気休めを言ったのならば、それはそれで解釈不一致なのだが。

 

 夕食も終わりに差し掛かった頃、マヒロは〝ドクター〟に提案した。

 

「コーヒー、淹れようか」

「とびきり苦いやつを頼む」

 

 それはラッテに対する謎を説明してほしいという、マヒロからのサインであった。

 〝ドクター〟のリクエストに応えて、コーヒー豆を多めにした一杯をドクターに渡す。マヒロは苦みが苦手なので、豆乳(ソイミルク)と甘味料がたっぷりだ。

 マヒロは作りたての一杯を一口啜った。コーヒー特有の苦味が口に広がっていく。苦手な味ではあるが、思考をリセットするにはもってこいだ。その苦みが乾く間もなく、マヒロは話題を切り出すことにした。

 

「ラッテは何者なの、〝ドクター〟」

「かつて『UEC(ウェイク)』が極秘で研究していた、人間とマーキュリアをかけ合わせた生物兵器――その研究成果だね」

 

 〝ドクター〟は躊躇無く即答した。予想していたものの、いざ人の口からその単語を聞くと動揺してしまう。しかし彼女の人間離れした容姿と強さを知ってしまえば納得の表現だった。

 

「〝ドクター〟との関係は?」

「私はそのプロジェクトに関連した、別口の兵器開発を担当していたよ。だから彼女のこともすぐに分かった」

 

 やはり関与していた。マヒロはこの即答にさほど驚かなかった。なぜなら、彼女はRR(レイドランナー)をはじめとした兵器製造のプロだからだ。

 

「人間の思考と判断力。マーキュリアの敏捷性と反射神経。互いの長所を併せ持った究極兵士、というコンセプトだ。通称『アパシアン』――彼女はそう呼ばれている」

「アパ――シアン……?」

「『人類の上位者』といったところかな。どこの国の言葉か、私は知らないけど。語源に関しては興味がないからね」

 

 マヒロの呟きに首肯しながら、〝ドクター〟は極めて無表情で、かつ淡々と打ち明けた。達成感からの喜びも、非人道な所業からの後悔も見られない。

 

「マーキュリアが操化という特性を持つ以上、大量破壊兵器の開発・製造は禁止されている。その代わり、生き物は操化しないという性質に目をつけた。超人的な兵士を生産し、適切以上に兵器を運用させる、というプランが打ち上がったのさ」

 

 マーキュリアは無機物であれば見境無く操化する。RR(レイドランナー)はもちろん、戦車や飛行機、そしてミサイルなどの大量破壊兵器も例外でない。だから兵器ではなく、操化の心配が無い兵士を作る。研究をする筋は通っている、が。

 マヒロは思わず顔をしかめた。

 

「君が感じている通りだよ。この研究は人体実験が避けられない。人道など一切無いんだ。だから関係者の内部告発によって、プロジェクトが表沙汰となる前に凍結した。……そのはずだった」

「実際には終わっていなかったんだね」

「陰謀は『UEC(ウェイク)』サマのお得意だよ。もっとも、直接の関与は無かったにせよ、私も関連の研究を行っていた身だ。私が国を責める権利など持たないがね」

 

 そう自嘲しながら、義手の右腕を見つめつつ、生身の左手を使って食後のブラックコーヒーを啜る〝ドクター〟は、心ここにあらずといった印象だった。マヒロの知らない昔を思い出しているのだろうか。

 

「プロジェクト凍結のとばっちりを受けてしまった私は、国での研究業が禁止された。だから国を捨てて、この地に流れ着いた……彼女と私の関連はこんなところだ」

「じゃあ、彼女がこの家を目指していた理由は、〝ドクター〟を頼らなくちゃいけない状況になったってこと?」

「そいつは私にも分からん。彼女が目を覚ましたら問いただすしかないな」

 

 〝ドクター〟の回答を聞き、マヒロは不安を募らせた。未だに『上位者(アパシアン)』と呼ばれる少女の目的が分からない。おまけにUEC(ウェイク)の関係者だ。もしかしたら〝ドクター〟をおびき寄せるか殺すための罠なのでは――。

 

「――と、マヒロくんは考えている。君は考えていることが顔に出過ぎだよ」

「……そんなにかな」

「そんなにだよ。君が賢い大人になるのは、まだ先の話になりそうだね」

 

 困惑するマヒロを見て、〝ドクター〟は苦笑している。小馬鹿にされているようで少し腹立たしい。

 

「心配しなさんな。発信機や自爆装置の線も疑って確認済みだ。それに軍がその気だったら、私はとっくに察知されているよ。だから君の話を聞く限り、彼女が私たちに敵対する理由は無い。彼女が用事を済ませたらUEC(ウェイク)に送り返せばいいさ。元関係者だった私なら口添えもできると思う」

「その理想的な展開になればいいけど」

「相変わらず心配性だなぁ。どちらかと言えば、君が出会ったマーキュリアの変異種のほうが、私は心配だがね」

 

 彼女の言葉に、マヒロも同意して頷いた。この変異種に関しては、マーキュリア憎しとする〝ドクター〟すらも心当たりが無い模様だった。上位者(アパシアン)と関連があるのではないか、とマヒロは勘ぐるも、その兵器に携わってきた〝ドクター〟が知らないとするならば可能性は低いだろう。

 

「まあ、今日はもう遅い。新種については明日までに見解をまとめておくよ」

 

 そう言って残りのブラックコーヒーを飲み干すと、〝ドクター〟は席を立った。

 

「ごちそうさま。今日も美味しかったよ。今日も訓練、しっかり頑張ってね」

 

 去り際に、やはりマヒロの予想通りのセリフを吐く。直後、マヒロの眉間の皺が深くなった。彼女の言う訓練――それはシミュレーターを使用しての戦闘訓練である。

 マヒロが訓練を嫌がる理由はシンプル。キツいからだ。イロイロと。

 

「……今日の僕、死にかけたんだけど。手心とか無いの?」

「まさに愚問だね。マーキュリアは君の体調やご機嫌なんかで襲う襲わないを決めないだろう。理由にはならないよ」

「そうなんだけどさ……正論なんだけどさあ……」

「マーキュリアにも負けない戦士に育ててくれと私に頼んだのは他ならぬ君自身だ。私なりに応えていると自負するよ。今の君に足りないのは自分への厳しさと、身長だ」

 

 自分の身長が伸びないのはスパルタな訓練のせいじゃないか、と思うマヒロであったが、言いがかりにしかならないのでグッと堪えた。

 

「ちゃんと記録(モニタリング)するからね。サボったら改造だよ」

「そっちこそ。ラッテから襲われた時に備えて、銃の携帯は忘れずに。大丈夫だと思うけど、一応ね」

 

 発動したマヒロの心配性を聞き流しながら、〝ドクター〟は軽い足取りで去っていった。

 

 

 

 彼女の放った『改造』というフレーズが冗談にならないのだから困る。機械仕掛けの右腕が何よりの証拠だ。訓練をサボった翌日には全身をサイボーグに改造していた――そんな笑い話を平気で現実に持ち込みそうだから怖い。

 永遠に皿を洗っていたい、という逃避願望と戦いつつ、食事の後片付けを終わらせてから、マヒロは自室に向かった。死線をくぐった後に慣れ親しんだ我が家を歩くと、この先に待つ地獄に対する憂鬱感よりも、帰ってこられたという安堵感が勝ってくる。

 

(我ながら良く頑張ってると思うんだけどな……少尉にも驚かれたんだし)

 

 もっとも、こんな愚痴を心の中で吐いているから、〝ドクター〟に甘えを見抜かれてしまうのだ。頭の中では理解していても心のどこかで認められたい――そんな葛藤を引きずりつつ、マヒロは自室のドアを開けた。

 シンプルな事務デスクの上には園芸や機械工学の本、男子向けのマンガが並んでいる。街が放棄されて借り手がいなくなった図書館から拝借し、我が家で保管している本である。その横の棚には、<残影>に似た刺々しいデザインのRR(レイドランナー)の模型が並び、最下段には模型銃(トイガン)代わりとなる歩兵用のアサルトライフルや拳銃が置かれていた。部屋の隅にはイミテーションの観葉植物の鉢植えが彩りとして設置され、壁面にかけられたボードには、〝ドクター〟との記念写真と、昔のアニメや金髪女性のポスターが並んで貼られている。

 まさに思春期の男子の部屋だった。『寝具』という要素に目を向けなければ。

 

 彼のベッドは全身をスッポリと覆う、カプセルタイプのデザインとなっていた。その壁面にはいくつものモニターや配線が繋がっており、枕元にはゴーグル型のヘッドギアが置かれている。

 この寝具こそが、普段から訓練で使用しているシミュレーターの正体、「パラドクス・クリエイター」。仮想現実(フルダイブ)タイプの戦闘訓練装置だ。これを使えば毎日が最前線である。おまけに疑似再現は明晰夢(夢だと自覚しながら見る夢)の仕組みを利用しており、それでいて通常睡眠を織り交ぜた疲労回復のサポート機能もしっかり備わっている。〝ドクター〟曰く、あまりのリアルさと便利さで軍も御用達な逸品とのこと。まさに夢の睡眠道具だ。

 

「あ」

 

 マヒロは思い出した。パラドクス・クリエイターの名前を出した時に見た、ジーベルグ少尉の反応を。

 

(そういえばこの装置、軍で使ってなかったじゃないか。どこが御用達だよ)

 

 こういう小さな嘘の積み重ねが、彼女に対する信用を薄くするのだ。

 そう疑いつつも、マヒロはこの装置を使うしかない。毎日を装置で過ごしているからこそ、今日を生き延びられたのだと理解しているからだ。

 

(今日はハードなシチュエーションに当たりませんように)

 

 寝間着へ着替えるため、着ていた長袖シャツを脱ぐ。その全身にはいくつもの歴戦の傷跡がびっしりと刻まれていた。この傷跡の大部分は現実ではなく、このシミュレーター由来のものである。

 仮想訓練で受けた傷は現実にも反映(フィードバック)する機能を持っている。裂傷、銃創、何でもござれ。食中毒すら再現可能だ。

 

 つまりこの訓練装置。死ぬ時は容赦なく死ぬ。現にマヒロはシミュレーターに何度も殺されて心肺停止し、その都度〝ドクター〟の手によって蘇生されている。

 

 〝ドクター〟による愛のムチは、14歳の少年には少々過激であった。

 

 

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