英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
『
シミュレーター起動を告げる、女性の機械音声が耳に入る。マヒロは瞼を開いた。
瞬時に飛び起きて状況を確認する。眠っていた場所は、樹木が生い茂る山肌に建てられた名も知らぬ廃屋の中。自分の体調は良好。携帯している武装は、歩兵用のアサルトライフル・ハンドガン・折りたたみナイフ・
「……今日は随分と優しいな」
〝ドクター〟らしからぬ詰めの甘さに対し、マヒロは驚いていた。サディスト気質の彼女が、交戦前の安全圏で、しかもフル装備で開始させるなんて。腹にナイフが刺さったまま、マーキュリアに襲われる5秒前の状況に放り出される――訓練開始前はそんな過酷なシチュエーションも想定していたのだが。マヒロは肩透かしを食らった気分であった。
それでも、きっと〝ドクター〟は何かしらの意地悪を仕掛けてくるだろう。激動の一日を過ごした後は、困難なミッションをねじ込んでくるのが彼女のやり口なのだ。
(そう簡単には殺されてやらないからな)
自分をモニターしているであろう〝ドクター〟に対して心の中で告げてから、マヒロは<クラストー>に乗り込み、起動した。
【
自分の認識コードを呼ぶ機械音声。マヒロの『ヒロ』を取って『HERO』と付けられたこのコード名は〝ドクター〟による命名だ。自己主張が強すぎて、聞く度に恥ずかしさを覚えるので、マヒロはこの名前があまり好きではなかった。
コンソールを操作して本日のノルマや戦況を確認していく。シミュレーターが独自に追加している情報である。ディスプレイには『生存日数:963日』『敵の根絶まで残り10億32万4553』『本日の撃破ノルマ:20』『達成推奨ミッション:なし』『救援要請:なし』など、遊び目的のビデオゲームでしか見られないような表示がずらりと並ぶ。すでにレーダーは敵影を捉えており、はやく戦場へ行けと暗に急かしていた。
「毎日10匹20匹やっつけても焼け石に水なんだよなあ……」
一向に減らないどころか、むしろ増え続ける敵の数にぼやきながら、指定された目的地までのルートを策定し、マヒロは進軍を開始した。2本の足を交互に動かし、人間のように走る<クラストー>の姿は、レイド
戦場は投棄された軍事基地。5km四方程度の敷地内に、敵となる中小型混成のマーキュリア、その数およそ40程度。小型が7割ほどを占めていた。
やがてマヒロは難なく戦場に突入し、戦闘行動を開始した。
<クラストー>の基本的な戦い方は泥臭く、地味である。センサーやレーダーで敵を探知しつつ、遮蔽物で安全を確保しながら銃で撃つ。これに尽きる。今朝おこなったアクロバティックなアクションは、敵を倒すための時短にすぎないのだ。
だからこそマヒロは地味に、無難に、安全に立ち回る。素早い小型は距離を取って実弾で狙撃。
だからこその違和感。
「ぜったい何かイベント起こるでしょ、これ……!」
マヒロは直感に従って素直にぼやいた。作り手の心を読むような
そして、マヒロの直感が正しいことは、すぐに証明されることとなる。ノルマまで残り1匹となった段階で、突如としてレーダーが
「ほら見たことか」
出現したものは、反応的に
「……うん?」
マヒロは思わず声を上げた。敵の減るスピードが早すぎる。交戦時間が異常に少ない。<クラストー>に乗ったマヒロが1匹を仕留めるにあたり、かかる時間は早くて10秒ほど。数分かかる場合もある。しかし、そいつは交戦から1秒足らずで2匹3匹を連続撃破するような、圧倒的なペースで攻め立てていた。
「何だ!? 何が起こってるの!?」
想定外の事態に驚き、直接カメラで捉えるため<クラストー>を遮蔽物から離した直後。前方に建っていた宿舎が爆発したかのように弾け飛び、その瓦礫の中から2機の
「うわぁ!?」
突然の轟音に仰天するマヒロ。既に決着は付いており、上に馬乗りとなっているほうの
勝利した
そして更に驚愕した。見覚えのある、鋭角の多いフォルム。黒光りの装甲。洗練されたシルエット。
「……<残影>?」
マヒロが目にしている機体は、紛れもなく彼が組み立てた<残影>であった。