英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
「<残影>?」
シミュレーターの中でマーキュリアを相手にしていた矢先に、まるで予期せぬ出会いが待っていた。マヒロが愛着込めて作成した渾身の一機、
脈絡の無い出現に戸惑っていると、相手の識別コードが<クラストー>のモニターに映し出された。コード名は『UNKNOWN』のままだ。このシミュレーターに他人が参加したことは無いので、いつも通り
マヒロはこの後の流れを既に理解していた。顔をしかめつつ、即座に動けるよう意識を集中させる。
突然現れたNPC。乗っているのは高性能機。パイロットの実力はエース級。そんな無駄に凝った演出をやる目的はただひとつ。
案の定、無機質なナビのガイド音声がコクピット内に流れる。
【武装した
【達成推奨ミッションが更新されました】
【目標、『UNKNOWN』の撃破】
【
自分の認識コードが読み上げられた直後、マヒロは即座にライフルの銃口を<残影>に向け、
たまに発生するのだ。対マーキュリアではなく、
戦闘前、敵は棒立ちのままだった。きっと混乱していたのだろう。だからその油断の間に先手必勝。スペックの劣る<クラストー>が勝つ唯一の手段。
マヒロは最速を尽くした。しかし弾丸は『UNKNOWN』に届かない。いくつかの銃弾が装甲をかすめたが、そこまでだった。
<残影>はバク転や側転を繰り出しつつ、弾丸をいなしながら後退して距離を取ると、ハンドガンでこちらに応戦してきた。その機敏な動きは、買い出しに行く集落でたまに見かけた曲芸師を彷彿とさせる。
「なっ――んだよそのモーション! どういう反射神経してるんだよ! おかしいだろ、畜生!」
『UNKNOWN』の発砲前にマヒロは退避行動へ移っていたのでハンドガンの弾が<クラストー>に当たることは無かった。しかし、自然と罵声が飛び出すほど、マヒロはその結果に不満を抱いていた。というか、現状のシチュエーションに大不満である。
「僕はまだ<残影>にちゃんと乗ってないんだぞ! <残影>の
黒光りでトゲトゲしい、ハンドメイドの高性能カスタム機。男の子のワクワクを詰め込んだデザインに、マヒロは内心メロメロであった。装甲はしっかりと磨いた。ワックスだってバッチリ塗った。クライアントへ引き渡すその時まで目一杯走らせて、満足するまで弾丸を空撃ちして、飽きるまで最後の勇姿を眺めていたかったのに。
そんな大事な機体を、自分を差し置いてNPCが勝手に初搭乗しているのだ。いくら仮想空間とはいえ許しがたい蛮行。普段は良い子ちゃんをやっているマヒロだってブチギレもする。
「この訓練が終わったら、明日の夕飯はあんたの嫌いなもの尽くしにしてやる! ピーマンと豆モヤシの炒めもの以外、作らないからな!」
きっと自分をモニタリングしているであろう〝ドクター〟に毒づきながら、建物の影に隠れつつ空になったマガジンを取り外した直後、側面から猛烈なスピードで『UNKNOWN』の<残影>が走り込んできた。優に<クラストー>の倍の速度を叩き出しているだろう。既にハンドガンでこちらに狙いを付けている。ナイフの迎撃は不可能だった。
故にマヒロはその場から離脱と同時にライフルのリロードを行う選択をした。しかしその判断が命取り。手に持った空マガジンを捨てるのではなく、機体背部の収納スペースへ律儀に戻したのだ。それは最速から程遠いアクション。
(しまった)
そう心で思ったときには、既に回避不可の状況であった。射線軸をずらして関節部を守る――そこまでの対応が手一杯。直後に上腕と脛部分を撃ち抜かれてしまった。
腰部に仕込んである
空のマガジンを捨ててしまえば消耗品にすぎない。しかし確保できれば再利用が可能だ。人類の生活圏が縮まり、物資の補給がどんどん難しくなる今の時代だからこそ、資材の確保は必要不可欠。だからマヒロは使い終わったマガジンを律儀に収納して再利用する。もちろんリアルの再現を追求したシミュレーターでも同様だ。装備の引き継ぎがあった場合、その節約はしっかりと反映される。その涙ぐましい節約が、次の出撃の生死を分けることを彼は知っていた。
いつもの手癖。骨身に染みた、もったいない精神。長期的に見れば、その判断は正しい。しかし相手は自分の実力をはるかに上回るエース。隙を見せれば即死亡コースである。切り返せたのは運が良かった事と、相手からの殺意がやけに薄いためである。
(僕をいつでも殺せるってコト? 上等だ)
あまりにも悪趣味なシチュエーションに動揺していたらしい。マヒロは気持ちを切り替える。これは遊びではなく訓練だ。死んだら死ぬ。たとえ〝ドクター〟がマヒロを生き返らせたとしても、シミュレーションの死はしっかりと痛みを与えてくる。それはシンプルに嫌だ。しかも自分が乗る前に、お気に入りの<残影>に殺されるなんて、余計に腹が立つじゃないか。
だから勝つ。せめて『UNKNOWN』を叩きのめして、〝ドクター〟に残念な顔をさせてやる。それが最高の意趣返しになるはずだ。そして現実では気分よく<残影>を試運転と洒落込もう。
(しかも敵の操縦技術も僕以上ときた。だったら死なない程度に、その技術を盗めるだけ、盗む)
しかし、NPCである『UNKNOWN』。どんなAIを組んでいるのだろうか。どのエースパイロットを参考にしたのだろうか。あの余裕のある身のこなし、簡単にできるもんじゃない。もし本物のパイロットだったら、きっと軽薄で飄々とした歴戦の戦士なのだろう。想像の余地が出て楽しくなってきた。
心機一転。闘志は万全。気分は高揚。マヒロはマガジンを叩き込むようにライフルの弾をリロードする。反撃、開始。
――などと意気込みはしたが、所詮は量産機と精鋭機の一騎打ち。結果は見えていた。
「まあ、無理だよねー……」
基地内に投棄された武装の使用。装甲
いかなる手段も通じず、完膚なきまでにボコボコに打ちのめされたマヒロは、視界妨害用の
『ミッション失敗。訓練続行は不可能と判断。シミュレーターを停止します』
痛みに耐えながら射出されたコクピットから這い出た直後、無機質な機械音声が戦場に響き渡った。本日の訓練は終了である。明日の訓練では、ミッションを成功できなかったペナルティを与えられるのだろう。早くも気が重くなる。
シミュレーターの中でも、浴びる煙はマヒロの目によく染みたのだった。