英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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1話 レスキュー・レイドランナー

 

 雲ひとつない蒼天の下、鬱蒼とした新緑の草木が生い茂る林道を、漆黒に彩られた鉄の巨人が疾走する。経年劣化でひび割れたアスファルトを砕きながら、救助要請が出された方向へ距離を詰めていく。その機体の両手には1丁のライフル銃が握られていた。

 

『メーデー、メーデー、メーデー! こちら民間用RR(レイドランナー)<クラストー>より救難発信! 周囲をRR(レイドランナー)(タイプ)のマーキュリア2機に追われている!』

 

 ノイズ混じりの男の悲痛な叫びがコクピット内に木霊する。時おり聞こえる激しい銃撃音が声を遮り、戦闘の激しさを物語っている。叫び続ける男の声は既に絶え絶えだ。もはや一刻の猶予も許さない――現場を見ていなくとも切羽詰まった状況が伝わってくる。

 もう後先は考えていられない。マヒロは1秒でも早く現場に駆けつけるため、自らが駆るRR(レイドランナー)<クラストー>のモーター出力を上げ、フットペダルをより深く踏み込んで全力疾走に移行した。循環式電励機関(サーキュレイト・モーター)特有の甲高いモーター音が唸りを上げる。全高10m程の<クラストー>の走行から発せられる高いGが、マヒロの身体に容赦なくのしかかった。

 

『搭乗者は俺1名! 僚機とは、はぐれちまった! 現在地は不明、発信位置を辿られたし! 至急、救援求む!』

「――見つけた」

 

 <クラストー>のカメラが3機のRR(レイドランナー)を捉えた。

 3機のうち1機は、民間用を示すライムイエローカラーの<クラストー>だった。自分と同じ機体である。救難信号を発していた機体で間違いない。たどたどしい足取りで敵機から逃げていたものの、追いついてきた敵のハンドアックスによって肩から先の右腕が切り落とされ、右膝の関節部を銃器で撃ち抜かれた直後であった。

 

 攻撃を仕掛けている2機はオリーブグリーンの機体色で、<キャサード>と呼ばれている。<クラストー>よりパワーや機動性を2倍ほど向上させた、スリムな体格の機体である。当然、性能は段違いに高い。ただし自分や救難者の機体と違い、機体表面を覆う装甲はところどころが赤錆びており、相当な年季が入っていた。そして錆びた装甲の隙間から、まばゆい銀色に輝く金属コーティングが見えている。その銀の金属部分を、時おり桜色の光芒が銀部分をなぞるように明滅していた。

 1機の要救助者を、2機の襲撃者が囲んでいる。実に分かりやすい構図である。

 

『ここだ! ここにいる! 誰でもいい助けてくれ、俺ぁ、まだなんとか生きている! あああ頭が、カメラが死んじまうぅ――』

 

 情けない男の声が響き渡った。無理もない。民間用<クラストー>の頭部が、敵の<キャサード>に握りつぶされようとしている。それが終わったら、次は胸部のコクピットを潰しにかかるだろう。殺されるかもしれない恐怖を目の前にして、受け入れるしかない、絶体絶命のピンチだ。情けなくもなる。

 だがその情けなさは、彼が心から助けを必要としている証拠だ。ならば応えねばならない。助けを乞う手を振り払うのは、マヒロの信条には存在しない。

 とはいえ。

 

「もう少し頑張れ――なんて言ってられないか!」

 

 時間が無い。交戦距離ではないが戦闘を開始することにした。敵は手前に1機、救助者を挟むようにして奥側に1機の配置だ。

 マヒロは外部スピーカーをオンにし、男に向けてマイク越しに語りかけた。

 

「要救助者へ伝達。これより救助を開始します」

『助かった――って、あんたの<クラストー>1機だけかよ! <キャサード>相手じゃ返り討ちになっちまうぞ!』

「大丈夫。絶対に助けますから。その場から動かないで」

 

 『動きたくても動けねえよぉ!』という男の叫びを聞き流し、<クラストー>の全力疾走を維持しつつ、ライフル銃を数発撃った。放たれた銃弾は敵から大きく逸れ、周囲の樹木やアスファルトを粉砕する。

 

『どこ狙ってるんだよ!?』

 

 男の悲痛な叫び。しかしこれはマヒロの思惑通り。走行をしながらの遠距離射撃は照準がぶれるため、まず命中しないからだ。所詮、この射撃の目的は陽動。当てるためではない。

 結果、敵2機の視線がマヒロの機体へと注がれる。陽動は成功。注意を完全にマヒロへ引きつけることができた。敵が持つライフル銃全ての照準が向かう。マヒロと敵との間に遮蔽物はない。このままでは蜂の巣である。

 だが遮蔽物が無いのは敵との間だけだ。道路の横には()()()()存在している。

 

「ッ!」

 

 マヒロは息を呑みつつ、操縦桿・フットペダル・コンソールへの入力を並行して操作する。そして敵の弾丸が跳んでくる前に自らの<クラストー>を横っ飛びさせつつ、着地時の衝撃を逃がせるよう緩衝器(アブソーバー)の感度を上げ、新緑の生い茂る木々の中へ機体を突っ込ませた。柔らかな木を粉砕しながらの逃避は、マヒロと<クラストー>に強い衝撃を与える。しかしマヒロの適切な操作と分厚い装甲のおかげで、機体へのダメージは大きく軽減されていた。少なくとも敵の銃弾を受けるよりは遥かにマシだ。

 マヒロの<クラストー>の姿を見失った敵は、やたらめったらと銃を乱射する。しかし木々に阻まれ、マヒロの機体には届かない。この隙にマヒロは体勢を立て直し、雑木林の中を無理やり突き進んだ。

 進みながら、マヒロはディスプレイに映るセンサー反応を確認する。敵の位置はほぼ動いていない。戦闘に慣れていないのだろう。

 

「……いける!」

 

 いくら相手に機動性を上回られていても、動かなければただの的だ。畳み掛ければ、勝てる。

 木の隙間から敵機を確認できる場所まで移動してから静止し、ライフル銃を構え、引き金を連続で引いた。今度は陽動ではなく、命中させるための射撃だ。狙いは脚部の膝関節。狙いすました単射(セミオート)射撃は、見事に敵の膝関節を撃ち抜いた。バランスを崩し、うつ伏せで倒れ込む敵の1機。

 

 すかさずマヒロは<クラストー>を素早く操作した。

 ライフルを両手持ちから右手持ちに切り替え、銃身下部(アンダーバレル)のグリップを手に取る。その傍ら、左腕を操作し、腰部のナイフを手に取る。そして左腕で機体をカバーしながら、身を隠していた樹木を粉砕しつつ表へ飛び出て、2機目への射線が通ると同時に銃身下部(アンダーバレル)の銃弾を敵の胸部に叩き込んだ。

 被弾した敵機の全身にまばゆい電流が迸り、全身を痙攣させて、立ったまま硬直した。マヒロの<クラストー>が放ったのは、命中と同時に敵へ高出力の電流を流し込む電衝弾(ショック・シェル)という弾丸だった。

 

 2機目を感電させ、そして1機目が転倒から立ち上がる前に、マヒロは既に抜いていたナイフを容赦なく背中へ突き刺した。刃先は機体の胸部、コクピット部を満遍なく貫通する。すかさずマヒロがコンソールを操作すると、ナイフの刃からバチバチと音を立てて放電が始まった。2機目と同様に全身の痙攣が始まる。

 

 徹底した電撃兵装の搭載。コクピット部を狙った、人命を厭わない攻撃。マヒロの武装構成と戦法は、敵の機体を内部ごと破壊するための、もはや人道の欠片も見当たらない行為である。

 だがマヒロの行為を批判する人間はこの世界にいない。

 なぜなら、敵は()()()()()()からだ。さらに言えば、()()()()()()()

 

《!!!!!!!!!!!!!》

 

 敵の<キャサード>から金属の軋むような音が響き渡ると、体内から金色の立方体が飛び出した。大きさは一辺が1m程度。ナイフを刺した1機目は頭部から、2機目は右肩から飛び出している。電撃兵器により蓄積した熱を外気に排出するため、機体の内部から飛び出してきたのだ。

 

 この立方体――通称『脳核(コア)』と呼ばれるモノこそが敵パイロットの正体。

 自立型金属体『マーキュリア』。

 人類すべてを抹殺するべく、この地球上のいたるところに蔓延(はびこ)る脅威の存在。

 

『やった!』

「やるのはこれからです。まだ動かないでください」

 

 金色に輝く脳核(コア)へ、マヒロは躊躇することなくライフル弾を撃ち込んだ。握り込んだ操縦桿がギシリと音を立てる。狙うは中心。絶対に外しはしない。

 

《------------!!》

 

 敵機の裂けた頭部から、金属が悲鳴を上げたかのようなノイズ音が響き渡った。錆びた鉄の装甲で覆われた巨人が上げる、紛うことなき断末魔である。痙攣していた敵機の動きはぴたりと止まった。やがて、装甲の隙間からドロドロになった銀色の液体金属が漏れ出していき、砕けたアスファルトの道路上にじわじわと広がっていく。

 勝利の余韻に浸る間もなく、マヒロは各種センサーを切り替えつつ、潜んでいる敵がいないか入念にセンサー反応を確認する。そして安全を確信してから、宣言した。

 

「各種センサー反応無し。戦闘終了(オールクリア)

 

 巨人の腕を操ってライフル銃から使いかけのマガジンを抜き、腰部後方に装着されているポーチ内のマガジンと交換する。身を隠さずのリロードは、まさに勝者の特権であった。

 

「もう大丈夫ですよ。周囲の化け物どもは倒しました」

『うおおおお! やりやがった! 絶対死んだかと思ったぜ、イヤッホウ! 格上相手に逆転劇(ヘイル・メリー)だ、ざまあ見やがれマーキュリアども!』

 

 ライフルのマガジン交換に続いてアンダーバレルの弾丸を装填しながら、半壊している男の機体に向けてマヒロが語りかけると、要救助者の男から歓声があがった。半壊した機体のコクピットが開き、中から金髪の男が現れる。頭部を打って出血しているものの、生命に別状は無さそうだ。

 

 間に合ってよかった。思わずマヒロの顔に笑みが浮かぶ。生還を喜ぶ彼の笑顔こそ、何よりの報酬だ。

 

『しっかしすげえよ、あんたの操縦技術! 俺だったら最初に林ん中へ突っ込んだ時点で絶対に復帰できねえよ! つーかまず<クラストー>で横っ飛びの時点でありえねえ! 俺と同じ機体とは思えねえんだが!?』

「いやまあ……ありがとうございます」

 

 興奮のあまりスピーカーが割れそうな勢いで叫ぶ男へ、マヒロは恐縮しながら礼を言う。

 <クラストー>は、シンプルな構造の骨組みに分厚い装甲を貼り付けた、非常に無骨な造りをしている。立ち回りが上手くできない新兵のために多少の被弾が想定されているからだ。つまり動作は基本、鈍重である。ジャンプや前転など、曲芸じみた派手なアクションは困難きわまる機体なのだ。マヒロが見せた横っ飛びですら、操作を間違えれば衝撃で自壊しかねない危険行為。10年来の熟練パイロットが到達できるか否かの領域だ。ましてや実戦下。並みの胆力では実行しようとも思わないだろう。

 照れ隠しも兼ねて、マヒロは頭から血を流したままの男に声をかけた。

 

「とりあえず貴方の止血をしましょう。救急キットはありますか?」

『俺みてーな新米の傭兵には高級品だよ。こんなもん、ツバつけときゃそのうち治る。それよりも、俺の生命を救ってくれた女神サマに礼をさせてくれ』

「女神様?」

『あんただよ。他に誰がいる? 子猫ちゃんが背伸びして威嚇してるような声色しといて、しらばっくれるのは無理があるぜ』

 

 興奮気味な男の声を聞いた直後、マヒロはげんなりした顔になった。

 

『そもそも、どこの所属だ? その腕っ節なら、さぞかしご高名な部隊なんだろ? 『不滅の軍団(イモータル・アーミィ)』か、それとも『守護乙女(アテナイエル)』……いや違うか。どっちの部隊カラーも、あんたのイカした黒じゃねえし』

「……手当てしますね。そちらに行きます」

 

 どうやら傭兵の男には、自分が歴戦の傭兵で、しかも絶世の美女にでも見えているのだろう。ちなみに男が挙げた2つの傭兵部隊は、美女が多いことでも有名だ。

 気持ちは分かる。助けてもらえるなら、逞しいヒーローか絶世の美女であれば、自分だって興奮する。

 

「声変わり、済んでるはずなんだけどな」

 

 マヒロは愚痴をこぼしながら、自分の機体を片膝立ちにさせて待機姿勢をとらせた。そして救急キットの入ったリュックサックを手に取り、コクピットハッチを開いて外に出る。銃口から漂う硝煙の匂いがマヒロの身体にまとわりつく。

 その直後、男から驚きの声が聞こえてきた。

 

「子供!?」

「ごめんなさい、ご期待に沿えなくて」

「それもガキ(キッズ)かよ!?」

「14歳。少年(ティーン)です」

 

 マヒロはきわめて冷めた口調で、即座に否定した。

 

 マヒロ14歳。身長は141cm。同年代の平均よりも10cm以上も低い。さらに、東洋系の中性的な顔立ちのため、実年齢より幼い印象だ。

 

 彼は己の容姿に悩める、まさに思春期の少年であった。

 

 

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