英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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20話 閃光、蒼空を穿つ

 

 最初の異変に気づいたのは、街中に留まっていた野鳥たちだった。ギャアギャア、ピーピーと騒ぎ立てながら、何の予兆もなく一斉にその場から飛び立つ野鳥の群れたち。

 

「なんだ?」

 

 その様子を、マヒロは廃棄された大型施設の割れた窓越しから見送っていた。100羽以上の鳥の群れが一瞬で曇天の空を舞う。色とりどりの野鳥が飛び交う姿は、曇り空という柔らかな灰空の中でよく映えた。

 

 ラッテを我が家で保護してから一夜が過ぎ、次の朝になっている。今日のマヒロは、統治者(ラーガルド)への警戒を強める目的も兼ねて、街中のレーダー類を点検して回っている真っ最中だった。総移動距離は50kmを軽く超えるほどの大仕事だが、街中の移動は最大時速30kmほどの速度が出せるマヒロ特製の改造電動キックボードを用いるため、一日もあれば十分にこなせる分量だ。

 

「地震でも起きたかな」

 

 人間には感じ取れない揺れを野鳥は敏感に感じ取る。今回もその類の反応だろう。マヒロはそう思い込みつつも、手は自然と腰のホルスターに伸びていた。マーキュリアではなく、外部から流れてきた野盗や統治者(ラーガルド)の兵隊を警戒しての反射的な行動である。

 マーキュリアの接近は、近距離であれば〝ドクター〟特製の小型スクリプ粒子測定機(カウンター)が接近を知らせてくれる。奴らの身体から放たれるスクリプ粒子に反応して針を動かし、カチカチとクリック音を鳴らす便利な小型機器(ガジェット)だ。本来であれば軍ですら車両搭載が必須なサイズなところ、手のひらサイズでありながらも感度は良好。〝ドクター〟が誇る脅威のテクノロジーである。故にマーキュリアからの不意打ちはほぼ無い。

 だから今の状況で一番怖いのは、人間による奇襲である。レーダーでは探知できないぶん、物音や気配以外では察知が難しいからだ。

 手のひらで銃の存在を確かめつつ、襲撃の気配がないか十分に時間を取って警戒してから、マヒロは再び意識をレーダー点検に戻した。

 

 

 だが次の異変に気づいたのは、皮肉にも〝ドクター〟自慢の小型スクリプ粒子測定機(カウンター)であった。

 カチカチと過剰に反応した瞬間、マヒロはホルスターから銃を抜き、安全装置を外した。歩兵用の電衝榴弾(プラズマ・グレネード)をいつでも投げられるように装備場所を指先で確認する。臨戦態勢だ。野鳥の勘などという曖昧な基準ではなく、測定機の反応という事実が起こった以上、当然の対応だ。ましてや〝ドクター〟が作ったガジェットに誤動作はありえない。

 しかし周囲の粒子が濃くなりすぎたのか、やがてスクリプ粒子測定機(カウンター)の針はふりきれて折れてしまい、その動きを停止した。スクリプ粒子は高濃度であっても人体への影響が無いので直ちに危険は無い。だが不気味だ。こんな過剰反応、見たことがない。

 マヒロは壊れた測定機(カウンター)をバックパックにしまい、精神統一も兼ねて手元の銃の装填確認(チャンバーチェック)を行うと、より警戒を強めて周囲に睨みを利かせた。

 

 明らかに異常だ。今度は楽観しない。

 

 マヒロは我が家への直帰ではなく、建物の屋上へ向かう選択をした。設置しているレーダーにアクセスして周囲の状況を確認するため、そしてレーダーに装備されている通信機で〝ドクター〟と連絡を取るためだ。状況把握の最適解である。

 彼が階段を駆け上がって屋上へ到着すると、異変の正体が判明した。地上では街中に潜んでいたであろう、追狗(ハウンド)型(タイプ)をはじめとした大勢のマーキュリア達が一斉に移動していた。街一番の高さを誇る鉄塔——セントラルタワーを目指して。

 

「あいつら……僕の家に向かってる!?」

 

 迎撃を考えるのも馬鹿らしくなるほど大群である。もはやレーダーを見るまでもない。マヒロは通信機にアクセスし、〝ドクター〟に呼出(コール)した。

 

「なにをしたんだよ、〝ドクター〟……それともラッテの仕業か?」

 

 なかなか反応しない彼女に苛立ちを覚えるが、マヒロは諦めずに何度も呼び出す。呼出(コール)を繰り返すこと10回以上。通信を諦めての帰還が頭によぎったところで、ようやく相手が応答した。

 

『マヒロくん!』

「やっと繋がった! 様子が変だ。マーキュリア達が一斉に——」

 

 マーキュリアの異常な行動を伝えようとするマヒロであったが、〝ドクター〟の叫び声がその声を遮った。

 

『伏せろ!』

「え?」

 

 あまりにも唐突で予想外の言葉に呆然とするマヒロ。しかし次の瞬間、マヒロの背後で強烈な閃光がほとばしった。「キィィ——ン」という高周波が鼓膜を震わせ、微かな痛みを覚えさせる。

 反射的に振り向いた。マヒロの両眼には、セントラルタワー付近の地下から地表に向かって伸びる、一条の強烈な閃光が映っていた。光はモルフォシティの建物群を貫き、セントラルタワーの中腹を通過しながら照射先を上空へ向けていく。

 

(やばい!)

 

 今まで感じたこともない、最大級の悪寒が背中を駆け抜ける。〝ドクター〟の忠告、そして本能の直感に従い、地面にぺたりと伏せて耳を塞ぐ。

 

 強烈な爆発音とその余波がマヒロに襲いかかったのは、伏せてから一瞬後の出来事であった。

 

 

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 爆発の余波が収まった頃を見計らい、薄目を開ける。いまだに煙と砂埃が舞い上がっている中、未だに治らない耳鳴りと目の痛みをこらえながら、マヒロはバックパックからゴーグルを取り出して装着する。

 

「………………」

 

 想像の許容値を超えた出来事に、声も出せず呆然としていると、やがて一陣の風が吹き、周囲の煙を吹き飛ばした。そして周りの様子がくっきりとなった瞬間、マヒロは驚愕で息を詰まらせた。

 

 建物は貫通した光の道筋に沿って粉砕されていた。直撃に晒されたセントラルタワーは中腹から切断され、その象徴たる塔の大部分は無残にも地面へ落下していた。その上空では、曇天が閃光によって切り開かれ、鮮やかな蒼い空が垣間見えている。もはや弾丸を撃ったというより、触れたら爆発する巨大な刃物で抉り裂いたようだ。

 その光景を見たマヒロは、心ここにあらずといった口調で呟いた。

 

「なんだよ、これ……」

 

 まぎれもなく、ビーム兵器。それもありえないほど高出力の照射だ。

 循環式電励機関(サーキュレイト・モーター)という魔法の機関が実用化されても、ビーム兵器は未だに実現しない架空の兵器だ。フィクションの読み物でしか見たことがない兵器——それもフィクションを超えるスケールで目の当たりにしたのである。しかも状況的に、我が家がある地下から閃光は発射されていた。思考が追い付かなくなるのも当然だ。

 自分の言葉が信じられない、といった様子の中、突如通信機が鳴った。〝ドクター〟だ。噛り付くような勢いで通信機に応答した。

 

『マヒロくん、無事だったか!』

「それはこっちのセリフだ! 大量破壊兵器は開発禁止じゃなかったのかよ!」

『……すまん、ミスった』

 

 一瞬の沈黙の後に語られた〝ドクター〟の返答は極めて短いものだった。彼女の呼吸は荒く、声に余裕が見られない。なにかに急かされているようで、長々と話し込める状況ではないのは明らかだった。

 今は原因究明を諦めるしかない。マヒロは歯がゆい思いを抑えつつ、〝ドクター〟に行動の方針を伝える。

 

「こうなった理由は帰ってからじっくり聞く。僕は無事だ。怪我も無い。そっちも無事なんだよね? とにかく、現在地座標を送るから、帰還ルートのナビをお願い」

『だめだ。帰還は許可できない。他の街へ避難しろ。もう君が動いて解決できるものじゃない』

「あんたを助けたら避難するよ」

『来るなと言っている! 私が君を訓練したのは、無謀なヒーローごっこをさせるためじゃない! 無駄に殺されたいのか!』

 

 あまりにも余裕が無いのか、〝ドクター〟の語気も荒い。その返答に思わずマヒロもカチンときてしまった。

 

「僕があんたに訓練を頼んだのは、マーキュリアをぶっ倒して、奴らから人間を守りたいからだ! 今あんたを見捨てて逃げたら、あの地獄の日々が無駄になる!」

『これは訓練じゃないんだぞ! 死んでも蘇生できん!』

「死ぬ前提で話を進めるな!」

『聞かん坊だな、君は!』

「育ての親に似たんだよ!」

『とにかく帰還は許さん。全力で避難しろ! いいな!』

「〝ドクター〟!? ちょっと〝ドクター〟!!」

 

 通信が打ち切られる。何度呼出(コール)しても、二度と反応はしなかった。通話が切られる前、通信の向こうではガンガンと何かで打ち付ける音が微かに聞こえていた。考えたくはないが、おそらくマーキュリアのものだろう。最悪だ。なんにせよ悠長に隠れている場合ではない。

 マヒロは手持ちの点検機器を付近のレーダーに繋いでアクセスし、マーキュリアの動向を確かめた。四方八方から押し寄せる奴らの進路は、やはり我が家——というより、閃光の出処へ一直線であった。マーキュリアの侵入に対して無敵クラスの防備機能を備えている我が家だが、あの閃光の被害を受けているのは間違いない。突破されるのも時間の問題だ。

 

 足元に転がっているコンクリート片を建物の外に向けて放り投げる。廃棄された自動車に当たり派手な音を立てるものの、疾走するマーキュリアたちは反応すらしない。我が家へ向かうために意識を集中しているようだ。派手に口論したのに奴らは無反応だったので試してみたら、案の定である。

 奴らが夢中になっている、今がチャンスだ。我が家は地下に設置されているため、通気口がいくつか存在している。敵が集合する中心部から離れた通気口ならば比較的安全に侵入できるだろう。

 

「……そうやって、大人はすぐカッコつけするんだ」

 

 自分への子供扱いが抜けない〝ドクター〟に対して愚痴を言い、深呼吸で気持ちを整えてから、マヒロは出発した。階段を駆け下り、建物の外に出る。

 やはりマーキュリアたちはこちらに反応しない。一瞥すらくれないまま、ひたすら目的に向かっている。一度人間を認識したら、その相手が死ぬまで襲いかかることをやめない、あのマーキュリアが、である。まるで透明人間になったような気分だ。移動の安全は担保されたが、その異常な様子はなおさら不気味さを感じさせる。

 

「くそ! 急ぎたいって時に!」

 

 移動用に使っていた電動キックボードは、爆風の余波に巻き込まれたのか、粉砕されて使い物にならなくなっていた。徒歩で向かうしかない。

 間に合うだろうか。ラッテだって、いつ目覚めるものか分かったものじゃない。辿り着いた先で見る光景が、血に塗れた〝ドクター〟やラッテの死体だったら――その光景に耐えられる自信がない。

 それでも行く。後でどれだけ叱られようと絶対に行く。まだ希望があるなら諦めない。

 

 奴らを夢中にさせる『何か』が途切れないことを祈りつつ、マヒロは街中を疾駆するのだった。

 

 

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