英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
あの人間の少年を助けてから、2つの夢を見た。
ひとつめは楽しい夢だった。
気がついたら黒いトゲトゲした
でも、違った。そうはならなかった。
こちらの攻撃は狙いを外されるし、相手はあの手この手で抵抗しようと頑張ってきた。とても精密な操縦技術。思いも寄らない戦法の数々。生きようとする生存本能。こちらを上回ろうと頑張る強い意志。そのどれもが素敵で、今まで相手をしてきた人間の中でも、あらゆる意味で圧倒的に強かった。見とれそうになるくらい輝いていた。こんな人もいるんだ、と感動しっぱなしだった。5秒で終わると思っていた戦闘は、気がつけば300秒まで膨れ上がっていた。
長い間、訓練をしてきた。マーキュリアを殺すという目的のためでも、訓練は辛いとしか思ったことはなかった。だけどあの戦いは逆だ。まだ戦っていたい、もっと戦い方を教えてほしいと思う相手は初めてだった。
素敵な夢だった。とても、とても、素敵な夢だった。
ふたつめは怖い夢だった。
白い巨人が顔いっぱいに迫って、「早く目覚めろ」とか「早く乗れ」とか「奴らを殺すぞ」と脅してくるのだ。心臓が押しつぶされそうなほど強烈な圧迫感。今まで見てきたどんな化け物よりも恐ろしかった。
ただ、怖いと思う反面、そうしなければならないという強い使命感を感じたのも確かだ。
マーキュリアを殺すのは自分の使命。その果たすべき使命を、あの白い巨人と一緒ならやり遂げられる――そんな確信が自分の中から湧き出てくる。まるで始めから自分はそこに帰らなくてはいけないようにすら思えた。
だから白い巨人に手を伸ばす。こいつとひとつに溶けあえば、絶対に夢が叶う。あの憎きマーキュリアどもを1匹残らず殺せる。
はやく。はやくしろ。はやくお前を使わせろ。はやく私を受け入れろ。はやくお前を私に寄越せ。
そうだ。お前こそが、私の――。
『目を覚ませ! 戻ってこい!』
――――――――――――――――
呼吸を取り戻すかのような目覚めだった。けたたましく鳴るサイレン。バチバチと飛び散る火花の音。よく自分はこの騒音の中で眠れていたのだと感心してしまった。
瞼を開くと、眼鏡をかけた女性が、目覚めたばかりのラッテを心配そうに覗き込んでいた。目を覚ました自分を見て、女性はほっと安堵の溜め息を吐く。眠ったままの自分を起こそうとしていたらしい。
女性は心配そうに声をかけた。
「具合はどうだ?」
両手両脚、五感に異常なし。怪我をした際に破れてしまった黒のパイロットスーツはそのままだが、傷自体は塞がっている。『尻尾』もしっかり動く。身体は
意識に関しては、倒れる前の記憶と、楽しいほうの夢の記憶ははっきりと持ち合わせていた。でも怖い夢のほうは白く霧がかっていて、上手く思い出せなかった。とはいえ怖い夢なんて憶えていてもしょうがない。
「つまり問題なし。健康です」
返事をした途端、女性が抱きついてきた。訓練で組み伏せられることはあったが、他人に抱きつかれるのは初めての出来事だった。
右腕の力が異常に強く、少し背中に痛みを感じる。その痛みを訴えようとしたら、逆に彼女が自分から離れ、腹を抱えてしゃがみこんでしまった。途端に感じる、生々しい鉄の匂い。血だ。彼女の腹部から大量の血が出ていた。
部屋の周囲を見渡すと、
「すまない、驚かせた。研究者や技術者という仕事をやっている人間はな、気分が昂ぶると、つい抱きついてしまう生き物なんだ」
マーキュリアの侵入口を探ると、すぐに判明した。通気口がひしゃげている。そこから侵入してきた奴らに、彼女はやられたのだ。
怪我をした女性。破壊された部屋。その尋常ではない様子を見て、ラッテは周囲に視線を巡らせた。彼女の瞳は、部屋の外で蠢いているマーキュリア達の
「その通気口は閉じているから侵入される心配はない。ちと息苦しい感じもするがね」
「怪我してる。顔色が悪い。今すぐ止血するべき」
ラッテが救急セットを探すべく辺りを見渡した瞬間、彼女が手で制した。
「心配ご無用。こう見えて〝ドクター〟と呼ばれている身だ。自分の具合ぐらい、自分が一番把握している」
治療に疎いラッテですら直感で分かるほどの出血量。それでも彼女はラッテをまっすぐに見つめていた。全身が汗と血でまみれようとも、こちらに心配をかけさせまいとする鋼の意志を感じた。
彼女には、あまり時間が残されていないかもしれない。そう感じたラッテは、〝ドクター〟に問いかけた。
「
「悪いけど、手短に頼むよ」
「ここはどこですか」
「おそらくお嬢ちゃんが目指していた場所だよ。モルフォシティ、セントラルタワー地下。私の住み家でもある」
〝ドクター〟の返答は、ラッテにとって最も喜ばしいものだった。待ち焦がれていた約束の地。ようやくたどり着いたのだ。
ラッテは嬉しさのあまり、〝ドクター〟へすがりつきそうになる。しかし彼女は怪我をしている。ぐっと堪えて、ラッテは言った。
「自己紹介します。
「だいたいは知っているよ。
「はい、合っています」
「その秘密兵器ちゃんは、何の目的でこんな辺境の地まで来たんだい?」
「
ラッテの発言に〝ドクター〟は目を見開いて反応した。
「ここに
「……そうきたか」
〝ドクター〟はぼそりと呟いた。その呟きを聞き取ったラッテは、昂りを抑えきれず、尻尾をゆらゆらと左右に振ってしまう。気を落ち着かせるため、揺れる尻尾の先端を胸の前まで移動させ、両手でぎゅっと握りしめた。
もしかして。もしかしたら。
「貴女が、
「君の探し求める答えは無いよ」
まるで拒絶するかのような即答。予想だにもしない冷めきった声に、ラッテは直前までの昂ぶりが消え去り、びくりと震えて萎縮する。
諦めきれず、もう一度聞き返す。
「お母さんじゃ、ないですか」
「何度聞いても返答は同じだ。答えは、無い」
希望から絶望への急転直下。ラッテは愕然とした。尻尾から手が離れる。その尻尾は、床へ落ちるようにだらりと垂れ下がった。
「そう、ですか」
ラッテは国家機密の身だ。存在しているかも分からない母親を探す、などという願いは、絶対に許されるはずがない。
だからラッテは理由も言わずに軍を脱走した。もし母親を見つけたとしても、その人に迷惑がかからないよう、国の外でも秘密を守ってここまでたどり着いた。
それなのに、母親は見つからない。少年に迷惑をかけ、軍の人たちを死なせてしまった。最悪の結果だ。自分の行動への後悔が胸の中でどんどん渦巻いていく。
「ごめんなさい。巻き込んでしまって」
「なぜ母親にこだわる?」
「
「素敵な話だ。続きを聞きたくなくなるほどに、な。……それで、その人は?」
「……軍に連れていかれました。最後まで
ラッテはぎゅっと拳を握りしめた。
「だから、人間の母か。お嬢ちゃんに『人間』の証拠があれば、分かれた友人の言葉を証明できた」
「でも、お母さんはいなかった。私《ラッテ》は……あの人の言葉を、正解にしてあげられなかった」
そんなラッテの言葉を遮ったのは、〝ドクター〟の手だった。彼女はラッテを慰めるように肩に左手を置く。温かい手のひら越しに意志が伝わってきた。
だが、その慰めも、ラッテの心を静めるには足りない。母親の手がかりを失った。体の中心に穴を開けられたような喪失感。これから何をすればいいのかラッテには分からない。
しかし、ラッテには悲しみや不安に浸る余裕すら与えられていなかった。
周囲のモニターから「ピィィ」と警告音が鳴り響く。〝ドクター〟がそのモニターに駆け寄って確認する。
「悲しんでいるところ悪いがね、お嬢ちゃん。顔を上げてくれるか?」
余裕を見せようとした言葉選びだ。だが。声には焦りがある。緊急事態だと察することができた。
「お嬢ちゃんに頼みがある。元気な君にしか頼めない、大事なお願いだ」
「何をすればいいですか?」
「とある少年をね。助けてほしいんだ」
彼女はモニターのひとつを指さした。画面内では、気を失う前に戦場から助けた少年が、
「私の元に向かっているはずだ。だが彼もマーキュリアどもに囲まれて身動きが取れない。彼と合流して格納庫へ行け。そして
女性が別のモニターを指さした。そこには夢の中で乗らされた、黒いトゲトゲした機体が待機している。まだ操化はされていないみたいだ。
「脱出後は彼を安全な場所まで護衛してやってくれ。その後については好きにするといい。私と少年には、お嬢ちゃんの意思を縛る権利は無い」
「
「心配は無用だと言っただろう。部屋の奥には特製のシェルターがある。マーキュリアどころか虫の一匹すら入り込めない、とびきり頑丈なヤツがね。そこで治療しながらのんびり助けを待つさ」
良かった。助かる見込みはある。彼女の返答にほっとするが、にっこりと微笑む彼女の様子を見ても、ラッテの心は落ち着かない。自分の記憶にある、友達の微笑み方とそっくりだったからだ。彼女は、無理をしている。
どうにかして一緒に連れ出せないか。そう悩むラッテだが、部屋の外の来客が彼女の思考を許さない。マーキュリアの増援だ。鉄製のドアが軽々と歪んでいく。すぐに突破されるだろう。
「
モニターを確認した〝ドクター〟が素早くラッテに伝えた。
ラッテは思考を切り替えた。悲しい事実は、落ち着いてから受け止める。
今は『兵器』としてのラッテが求められている。ここで役に立たなければ、自分の生まれた意味は無い。
「殺します。危ないから避難をお願いします」
ラッテもまた即答し、近くに転がっていた消防斧や鉄の棒を手に取った。気後れは無い。戦闘ではなく、駆除を行う者の口調だった。
「あの少年に伝言はありますか?」
「『強い子になった』と……残りは直接言うよ」
「絶対に伝えます。死なないで」
「大丈夫。ピーマンと豆モヤシの炒め物を食べるまで、私は死ねないんだ」
「ぴーまんと……まももやし?」
返答の意味が分からなかったので質問しようとした瞬間、派手な音を立てて扉が打ち破られてしまった。即座に意識をマーキュリアたちに移し、戦闘を開始する。
ラッテの戦闘は至ってシンプル。彼女の目には外殻越しに
今回もいつもの訓練通りの戦闘であった。
増援がないか通路を警戒してから、〝ドクター〟の方へ視線を向ける。彼女の姿はもう消えていた。血痕が部屋の奥まで続いている。血痕の先は死角になっていて見えない。だが確認している余裕もない。避難できたのだろう――そう信じる。
「……少年を、助ける」
〝ドクター〟と名乗った彼女の望みを叶えるべく、ラッテは名も知らぬ少年の姿を目指して駆け出した。
――――――――――――――
広大な地下空間へ降りるエレベーターの中。〝ドクター〟は、『TAIL1』が自分を追ってこないことを見届けて安堵した。『TAIL1』の注意を自分の行き先――すなわち『プレゼント』から逸らしつつ、マヒロの救援に向かってもらう。現状で取れる最善の選択肢を取ることができた。まるで図ったかのような登場タイミング。マーキュリア様々である。もっとも、自分を窮地に追い込んでいるのも全部マーキュリアなのだが。
「あとは、あの駄々っ子な暴れん坊を慰めるだけか」
〝ドクター〟は視線を地下空間――正確には隠しの格納庫に佇む『プレゼント』へ視線を移す。未だに光り続ける両目。直接相まみえなくとも感じる、尋常じゃない威圧感。今にも心臓が握りつぶされてしまいそうだ。
『TAIL1』と呼応する『プレゼント』を刺激しないよう、せっかく苦労して呼び寄せた『TAIL1』を手放さなくてはならなかったが……問題ない。必ず彼女は『プレゼント』の元に戻ってくるだろう。少なくとも計画の協力者がなにかしらの対応をするはずだ。
「大丈夫。計画に支障はない」
確信した。『プレゼント』は間違いなく転換点になる。この機体を止めようとする無数のマーキュリアどもがいい証拠だ。こいつを止めないと自分たちが死滅すると感じ取っているのだ。
自分がやってきたことは間違いじゃなかった。この暗い空洞の中で、何年も孤独と向き合ってきたのは正しかった。あとは自分の理想通りに『プレゼント』と『TAIL1』が動いてくれれば、人類は再興できる。
とはいえ「親の心子知らず」である。『プレゼント』、『TAIL1』、そしてマヒロ。誰も〝ドクター〟の思惑通りなんかに動いちゃくれない。
「これだから大変なんだよなぁ、子育てってヤツは」
〝ドクター〟はぼやいた。ただし、その口調はどこか嬉しそうであった。