英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
通気口を辿って自宅内へ侵入したマヒロが見た光景は、まさしく悪夢であった。小型のマーキュリアたちが我が物顔で家中を駆け回り、破壊の限りを尽くしている。憩いの場であるキッチンやリビング。自分の趣味が詰まった自室や農業プラント。無事でいてほしかった資材倉庫や武器庫。どれもが再起不能になるまで荒らされていた。
そして現在。数体の小型マーキュリアから命からがら逃れ、マヒロは荒らされてしまった資材倉庫のひとつに潜伏している最中だった。彼の左側の二の腕には赤い染みが広がっている。マーキュリアに引っかかれてしまったのだ。手の先から滴る血の跡が部屋の外から続いている。深刻な傷ではないものの、銃を握れば滑る程度の出血量であった。どうやら、獲物を無視するほどに奴らが夢中となっていた「何か」は、ここでは効果が発揮されないか、もしくはもう機能していないようだ。
幸い、マヒロを捜している
(しつこいな。いい加減、諦めろよ……)
電撃系の武器は切れ、実弾の残りも僅か。正面から立ち向かえば死ぬ。銃の保持を考えると、止血のために腕を押さえることすらできない。このままだと失血死もありうる。
早く〝ドクター〟を助けたい。だが切り抜けられない。この八方塞がりをどう切り抜けたらいいか悩んでいると、金属が激しい勢いで砕かれる音が遠くから響き渡った。部屋を見張っていた
ゆらりと立ち上がる人影。長く明るい灰色の髪。黒いパイロットスーツ。そして銀色の尻尾。
ラッテだ。
「少年、いますか? もう大丈夫、助けに来たよ。近くのマーキュリアは殺したよ」
「ここにいる!」
マヒロが隠れていた物陰から手を出してヒラヒラと動かすと、ラッテは気づいて駆け寄ってきた。そしてマヒロの血を見て、目を丸くさせて驚いた。
「血! すごい出てる! 大丈夫!?」
「うん、大丈夫。腕の止血を頼める?」
マヒロがポケットからハンカチを取り出して渡すと、ラッテは何も聞かず出血箇所にハンカチを巻き始めた。その手つきは不慣れな様子でありながらも、それでいて一生懸命に取り組んでくれている。先ほど自分の出血を心配してくれた様子を見ていると、自分や〝ドクター〟の命を狙う刺客であると考えていた自分が馬鹿らしくなってしまった。
止血の間に周囲を見渡す。望んでいた人の姿は見当たらない。マヒロは覚悟を決めて、質問することを決意した。
「〝ドクター〟は一緒じゃない?」
びくり、とラッテが震えて動きを止めてしまった。マヒロの傷口をじっと見て固まってしまう。やがて長い沈黙の後。
「……お腹から血が出ていた。連れていける状況じゃなかった」
「見殺しにしたのか!」
か細い声の返答を聞き、カッとなったマヒロが怒鳴ると、ラッテは全身を強張らせて縮こまってしまった。尻尾もしゅんと垂れて力がない。
その姿を見た瞬間、マヒロは怒鳴ったことを後悔した。ラッテは本気で落ち込んでいる。いくら自分が追い詰められて余裕が無かったにしても、感情のまま責めてしまったのは、あまりにも酷だ。
マヒロは手に持っていた銃のグリップで自分の頭を小突き、冷静になるよう自らを促して、問う。
「いきなり怒鳴ってごめん、早とちりしたかもしれない。彼女は死んでないんだね? 助けられなかった訳でもないね?」
マヒロの声に反応したラッテとようやく目が合った。髪色と同じグレーの瞳。その虹彩は吸い込まれるかと思うほどに美しく、そして真っ直ぐ自分に向けられている。
こんな綺麗な瞳を向ける人に、他人への嘘や誤魔化しは無理だろう。そんな彼女が語ったマヒロへの第一返答は、優先度の低そうな「腹から血が出ている」「連れていけない」だった。きっと大丈夫なはずだ。
ラッテが怯えながら答えた内容は、まさにマヒロの思ったとおりだった。
「シェルターがあるから、そこに避難しながら治療するって。自分は大丈夫だから、貴方を助けろって。一緒に脱出しろって……助けられなくて、ごめんなさい」
「OK。大体は把握した」
マヒロは自分を納得させるように呟いた。
〝ドクター〟は隠し事が上手い。彼女の返答を鵜呑みにはできないし、シェルターの話だって、マヒロは知らない。でも、今は都合のいいほうに考える。全員が生き残るには、この判断が最適解だから。
〝ドクター〟は安全な場所に避難した。そして自分に、ラッテと共に逃げろと言った。助けられなかった。無念だ。でも、マーキュリアが徘徊する今の状況では、その選択肢がベストだ。
マヒロは結びかけのハンカチの両端を、空いていた右手と口で結び目を固めて止血処置を済ませる。
「こっちこそ、改めて謝る。ごめん。頑張って僕たちを助けてくれたのに、無神経だった。もう怒ってない」
罪悪感から再び目を背けてしまったラッテを刺激しないよう、できるかぎり声を落ち着かせるよう意識して語りかける。
「本当?」
「僕を見て」
ラッテは何度も瞬きを繰り返しながらもマヒロを見つめ返す。マヒロもラッテを見つめ返した。怒っていないことを伝えるためにはアイコンタクトが一番だと考えたからだ。
「大丈夫。君は正しいことをしている。だから自信を持って」
少女を落ち着かせるため、血で汚れていない右手で肩を叩くと、ラッテの尻尾がゆらりと揺れた。きっと自分の言葉が届いたのだと、マヒロは直感した。
〝ドクター〟から『生物兵器』や『
ちょっと幼い言葉遣いだけど、普通の考え方をするし、普通の道徳観を持っている。
思っていたよりも、ずっと人間らしい、普通の女の子だ。
「……自信、持つ。がんばる」
ラッテが一度自分の目をごしごしと腕で拭うと、先程まで見せていた弱気な視線が消えて、戦う者の目になっていた。
「僕に協力するって言ってたね? ここから移動したい。行き先は
「分かった。少年に従う」
「『少年』じゃなくて、僕の名前は――って、呑気に名乗ってる場合じゃなさそうだね」
マヒロは自己紹介をしようとしたが、遠くで扉を叩き壊す音や、金属の爪が壁を引っ掻く音が耳に入ったので断念した。一刻も早く移動を開始しなければ。
マヒロは持っていた拳銃をラッテに差し出す。手負いの自分が持つよりも遥かに有用だろう。
「僕もラッテを信じる。一緒に脱出しよう」
ラッテは頷きながら銃を手に取った。即座に残弾を確認してから立ち上がり、
「目の前の敵は全部、
「僕は後ろからルートを指示する」
そしてふたりは駆け出した。目的はひとつ。
生き残ること。ただそれだけをふたりは考えていた。