英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
もしかしたら、奴らはまだ「何か」に固執していて、自分たちの存在に気づかずやり過ごせるかもしれない――。そんな都合の良い甘ったれな幻想は、自宅の外に出てすぐ、マヒロの頭の中から綺麗さっぱり消え去ってしまった。接敵した直後、自分たちを認識したマーキュリアからの一斉掃射が出迎えてくれたからだ。
そんな殺意山盛りな最初の一手をかわしたマヒロは、<残影>の俊足を活かし、マーキュリアの目を躱して最小限の交戦を心がけつつ、狭い路地を駆け抜けて街の外を目指していた。しかし突破できるビジョンはまだ見えていない。
「200m先、正面に
「不利すぎる! ルート変更!」
物量に物を言わせた包囲網に加え、携行している弾薬や武装は限られている。どのルートを選定しても、予想される交戦数は10を軽く超えており、街の出口には<残影>1機では到底太刀打ちできないほど大量のマーキュリアが待ち構えている。確実に弾薬が尽きる計算だ。加えて、サイのマーキュリアとなる
「正面3! 建物の上、頭から射角60度くらい! たぶんお猿さんタイプ!」
ラッテの警告に従い、建物の上から飛びかかってきた
1秒の安堵も許されない、張り詰めた緊張感に晒され続け、マヒロの神経は確実に消耗していた。加えて、マヒロには大きすぎる標準規格のコクピットシートと、そして出血している腕の怪我が、彼のコンディションを大きく削っていた。左腕の感覚が薄れ、操縦桿は腕を伝ってきた血で徐々に濡れ始めている。今はじんじんと痛みを発しているが、いずれその感覚も無くなるのだろうか。ぞっとする。
「
疲れを見せるマヒロに対し、背後のラッテは躊躇なく警告を続ける。だが気遣い無用の声掛けがなによりもありがたい。戦場での優しさは戦死への特急券である。
「撃破して突っ切る!」
マヒロは宣言通り、<残影>の走行動作を維持したまま、ライフルの
「お見事! 鮮やかです!」
ラッテがマヒロを褒める。しかし今のマヒロにはラッテにお礼を言う余裕すら無かった。
ピピピ、と小さな警告音が鳴る。ライフルの残弾管理機能が弾切れを知らせたのだ。オートリロードの操作を行ったが反応しない。システムエラーか、と勘ぐるが、そもそもリロードのパターンプログラムを組み込んでいなかったことを思い出した。<残影>のソフトウェア部分はまだ調整の最中だったのだ。<残影>を歩かせながら、マヒロは手動操作でマガジン交換を行うことにした。外したマガジンがなかなかポーチに収まらず、何度かポーチの金属部分にガチンガチンとぶつけてしまう。
(まずいな……こんな簡単な操作も一発でできないのか……)
想像以上に消耗が激しい。出口までたどり着けるだろうか。不安しか残っていない。
「その動き——」
ラッテの呟きを耳にして、はっとする。彼女は目をぱちぱちさせながら、こちらをじっと見つめていた。その無垢な視線を受けて、マヒロは己の心に再び気合を入れる。
ネガティブな感情を見せてしまうと彼女を不安にさせてしまうだろう。絶望にはまだ早い。空元気でもいい。余裕を見せなければ。
マヒロは左手に滴る血を拭ってから、操作に集中してマガジン交換を完了させた。
「ごめん、心配させた。クセなんだ。貧乏性。僻地だと物資も限られてて。マガジンひとつでも貴重品だからさ」
「そのリロードのクセ、あの人と一緒だ。貴方、やっぱり――」
ラッテは何かを言いかけたが、前方を睨みつけた。
「だめ、正面にいっぱい来たっ!
「迂回する!」
機体を右に傾けて急速旋回。直角に近い角度で右折し、再び路地へ逃げ込む。
だが、マヒロは目の端で捉えていた。複数の
ラッテも同じ瞬間を目撃したようだ。
「速いヤツに追いかけられてる!」
「分かってる! でも左右が家だらけでどこから来るか分からない! 視界の確保できる場所で迎撃するしかない!」
「ッ! もうだめ! 左ッ!」
「左って――うわああああ!?」
左側面の壁が爆発し、中から細身の
激しい衝撃で身体が揺れる。小さな身体で操縦する関係上、ベルトを十全にしていなかったマヒロは、衝撃を殺しきれずにコクピットシートへ身体を叩きつけられた。肺の空気が一気に押し出される感覚。目の前が真っ暗になり、意識が飛びそうになる。
だがダメだ。戦闘不能――それだけは許されない。背中には守らなくちゃいけない命がある。死んでも起きろ。目の前の悪魔をぶちのめせ。
「
ラッテの叫び声。マヒロの意識は一気に覚醒した。<残影>は廃屋に押し込まれたまま。そしてカメラが捉えている光景は、装甲の隙間から桜色の光芒を放つ敵が、<残影>の上で馬乗りになり、今まさにコクピットに向けて拳を振り抜こうとしている姿だった。
マヒロは<残影>の腕を動かして敵
だが、ここまでが手一杯。腕が封じられた以上、近接戦の頼みの綱、放電ナイフは使えない。機体性能は互角。両腕を押さえつけるための操縦桿の力を少しでも緩めれば、押し込まれて機体をバラバラにされる。せめて膠着を維持したいが、身体の不調がそれを許してくれない。屋内に押し込まれている以上、背中から射出させる脱出装置も動かせない。このまま膠着が続けば、先ほど遭遇した敵部隊や、未だに全力疾走中の
マヒロは考える。誰もが生き残れる方法を。
そして、結論を出した。考えた時間は短かった。
「身をかがめて!」
マヒロはラッテに警告すると、右手の操縦桿から手を離し、代わりに右脚を上げて固定した。姿勢を変更したことにより、右腕は楽になったものの、左腕にはより負荷がかかりズキズキと痛みが増していく。
自由になった右手を使い、右の壁面にある赤いレバーを引いてコクピットのハッチを開放した。機体の稼働によって放たれる熱風がコクピット内になだれ込んでくる。
「何をしてるの!?」
マヒロがとった謎の行動にラッテは驚きを隠せない。狼狽える彼女をマヒロは無視して、コンソールを操作する。
【
命令を受け付けた機械音声がその言葉を告げた瞬間、モーターが限界を超えて稼働する甲高い音が鼓膜を震わせた。肥大する出力に任せて敵の拘束を押し返していく。
動力や機体の耐久力を確保するために設けられたリミッター。その解除による恩恵は、各出力を20%アップさせるシンプルな内容である。だがそれゆえに、完全に拮抗していた状況下での効果は絶大の一言に尽きた。
すかさずマヒロは元の体勢に戻り、両手で操縦桿を握った。今この瞬間だけは、すべての要素において敵に勝っている。あとはイメージ通りに操縦するだけだ。
まずは<残影>の握力を増加させて敵の両手を握り潰し、腕を捻って敵の両腕を捻り切る。そして相手がバランスを崩した隙に蹴り飛ばして<残影>から引き剥がした。
「ナイフを使う! 危ないから絶対に立たないで!」
ラッテに再度警告すると、<残影>を立ち上がらせ、放電ナイフを抜いて相手の腹部に突き刺した。即座に放電を開始する。バチバチと電気が走り、敵の身体が焼け焦げていく。コクピットを開放している以上、コクピット内の人間に感電する可能性もある、非常に危険な状況であった。それでもマヒロは手を緩めない。絶対に撃破する強い意志がそこにはあった。
やがて相手は流れる電気の熱に耐えきれず、胸部から
「ラッテ! 怪我は!?」
「何ともなし!」
「敵の
「うん。目の前の敵は死んだよ」
身を守るため、未だに屈み込んだままだった彼女の返答を聞いてから、マヒロは大きく息を吐いて全身を弛緩させた。そして敵からナイフを引き抜くと、<残影>を待機モードの姿勢にする。
勝利の余韻。大仕事を成し遂げたマヒロは力なく、しかし満足げに微笑み、ラッテは嬉しそうに声を上げる。
「でも、どうしてハッチを開けたの?」
「すぐに分かるよ」
マヒロが返答した直後。
【
各関節の排熱口が解放されると同時に、
「<残影>止まっちゃった!?」
「いざ逃げるとき、ハッチが開かないと困るからね」
長時間のリミッター解除の代償。それは緊急用の設備に使用する副電源を含む、数分間の強制冷却であった。