英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
『人機一体』という言葉がある。
主人公であるパイロットと搭乗メカが、互いの心を通わせて一心同体となり、強敵たちを撃破していく――いにしえのロボットアニメによくある、逆転劇のお約束パターンだ。
マヒロはこの手の展開が大好きだった。いつか自分も人機一体の領域まで到達し、
その妄想が、いま現実となっている。
だが。
「邪魔だ! 道を開けろ!
「かっ――はっ!」
苛立ちを前面に押し出したラッテの叫びを耳にし、マヒロは途切れていた意識を呼び覚ました。コクピット内から見える景色は、廃墟の街並みと、数え切れないほどのマーキュリアたちの姿。その傍ら、ほんの数百mほどしか離れていない位置から、派手な音を立てて家屋が崩壊している。
つまり、自分たちと<残影>は未だに最前線の真っ只中。ラッテの人機一体――彼女の尻尾による操化状態は継続中であった。
意識を呼び戻した瞬間、マヒロは強烈な気分の悪さと吐き気に襲われた。視界が狭い。全身の筋肉が悲鳴を上げている。先ほどの目覚めも、一度心臓が止まって、衝撃で奇跡的に再動したような感覚であった。
彼女の操る<残影>は、マーキュリアたちを標的にハンドガンと格闘による至近距離からの銃撃で次々に敵を破壊していった。軍人が使用する洗練された近接格闘術と、女性特有のしなやかな体捌き、そして凶暴な狂戦士の荒々しさが融合した柔剛一体の動きである。だがそれゆえにコクピット内部は激しく揺さぶられ、確実にマヒロの身体を蝕んでいた。
自分以外が動かしているから、かかるGの予想ができない。意識外の方向から、耐えきれないほどのGが四方八方から襲ってくるのだ。シミュレーター上とはいえ普段からGに慣れているマヒロでも、到底耐えきれるものではない。このままでは駄目だ。心優しいラッテに自分を殺させるわけにはいかない。
「どこまで、来た?」
「ヒロ!?」
マヒロが息も絶え絶えに、声を振り絞りラッテに問いかけると、彼女はようやくマヒロに気づいたかの反応を見せた。咄嗟に<残影>はマーキュリアから身を翻し、敵のいない場所まで移動して、身を屈ませた。幸いにも
「ごめんヒロ! 戦いに夢中で、ヒロのことが頭に入ってなかった……やっぱり操縦、やるんじゃなかった」
「こっちこそごめん、中断させた」
「でも!――」
「まだ生きてる。大丈夫、大丈夫だ。でも、ちょっと……ほんのちょっとだけでいい、休ませて」
ラッテが頷くと、マヒロは酸素を少しでも取り込むよう荒く深く呼吸を繰り返しながら、コンソールを操作した。マップ機能で現在地を割り出すためだ。気を失っていた時間はどのくらいか分からないが、既に自分の操縦時と同じくらいの距離を走破している。街からの脱出も十分に圏内だ。ライフル、ハンドガン、ナイフ。戦闘継続の武装も申し分ない。
「やっぱり
ラッテは泣きそうな声になっていた。そんな彼女に、マヒロは何度も「大丈夫」となだめながら、機体の消耗具合を見て納得した。本来ならば機体の四肢がバラバラになって自壊してもおかしくないほどの損傷。おそらくラッテの操化でなければ、もう<残影>は人間の形を維持できていないだろう。機体が耐えられないほどの戦闘を何度も繰り返した結果だ。
彼女が『UNKOWN』の正体だと判明した時から疑問に思っていた。自分よりも操縦技術の高い彼女が、なぜ自分が操縦すると言わなかったのか。全ては同乗者を守るためだったのだ。
本人すらも制御できない闘志。それは生物兵器『
「でも、だいぶ進んだ。さすがだ」
「まだ安心できない。
「他の街にも逃げ込めないな。どうにかして撒く方法を見つけないと」
もしくは
マヒロは考えを巡らせる。しかし断続的に聞こえる地響きと、殺意が充満する戦場では集中ができない。行き詰まった時は状況を変えるのが定石だ。
「奴にとっては市街地は平地みたいなものだから、建物の迂回が必要な僕らは不利になる。とにかく街を脱出して、山間部に行こうか。高低差があれば有利に――」
マヒロが希望的観測を提案している最中だった。
『生き残っている者、聞こえるか! 救難信号を受けて救助に来た!』
街の外から大音量で声が聞こえる。音声スピーカーで声量を増幅して呼びかけているのだ。声の主は女性のようだ。低めでハスキーなトーンは〝ドクター〟を連想させるが、彼女よりも情熱的な響きを感じさせた。
『こちら民間救助組織『
マヒロが相手の位置を探していると、郊外の森林地帯から青色の信号弾が上空に向けて打ち上げられた。
『マーキュリアがこちらの戦闘
「ラッテ。君が救難信号を?」
マヒロが問うと、彼女は首を横に振った。ならば〝ドクター〟に違いない。
普段は隠れて暮らしている身であるため、救難信号など出せば、隠れ家が知られて野盗どもの餌食になる。だが本当の窮地に立っている今なら純然たる有効手段。縁の遠い手段だったため、マヒロの頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
<残影>の無線機能はラッテのコントロールから逃れていた。マヒロは素早く周波数を調整し、救援者が公開したチャンネルに繋げようとする。
だが。
「メーデー、メーデー、メーデー! ……くそ、やっぱり駄目か!」
うまく繋がらない。マーキュリアが密集しているせいで、高濃度の
信号弾を探すも、<残影>には
「はやく知らせないと……!」
焦りが出るマヒロ。尋常ではない数のマーキュリアが集まっている状況だ。いつ救助活動を中止されてもおかしくない。
しかし、アーニィと名乗った女性はマヒロたちを見捨てようとはしなかった。スピーカーからの声は途切れず続いている。
『生き残っている奴! すまん、直接救助には行けねえ! マーキュリアどもが多すぎて、敵陣突破での合流はできねえ!』
『だが、できることはある! もし
『だから頼む! 諦めるな! 希望はある!』
『通信できないなら、何かアピールしてくれ! なんでもいい! 反応があるまで、できる限り待機する!』
もう一度、青色の信号弾が撃ち上がる。まだ逃げずに待機してくれているのだ。自らがマーキュリアに襲われる危険も顧みずに。
いつしかマヒロから焦りは消えていた。命を懸けてでもマヒロたちを助けたいという信念が伝わってくる。彼女ならば早々に諦めたりはしないはずだ。
ラッテも同じ考えなのだろう。決心に満ちた表情でマヒロを見て言った。
「ヒロ。助けてもらおう。あの人、きっと信頼できる」
「僕もそう思ったところだ。直接、声をかける。敵に気づかれるけど、いいね?」
ラッテが静かに頷いたことを確認したマヒロは、外部スピーカーのボリュームを最大にして語りかけた。
「メーデー、メーデー、メーデー! こちら民間用
『子どもか!? くそ、
「何とか逃げます。指示を!」
アーニィは驚きつつも、時間が無い様子を察して、急いで指示を飛ばした。
『君たちは
マヒロはラッテに視線を送った。彼女は不安そうにだが、大きく頷いた。実力は申し分ないので、マヒロに対して心配しているだけだろう。
「やれるそうです」
『オーライ。こちらは行動を開始する。通信は以上! 死ぬなよ、君たち!』
アーニィの宣言と同時に、ラッテは潜んでいた建物の陰から飛び出した。数秒後、
アーニィが言った、
そんなマヒロたちが乗る<残影>を、一筋の影が覆う。マヒロが目を向けると、機体の上空で巨大な建物の破片が落ちてくる最中だった。
「ヒロ! 大きく跳ぶ! 踏ん張って!」
「分かってる!」
ラッテが鋭く叫ぶと、<残影>を横っ飛びで飛び込んだ。直後、背後で破片が轟音を立てて落ち、大きく砂埃を巻き上げる。跳んだことにより、大きなGが降りかかる。
「ぐっ……」
「ヒロ!?」
「大丈夫、走って!」
マヒロの一喝で、すぐに<残影>を走らせる。マヒロへのダメージは想像以上に少ない。ラッテの声掛けで<残影>の行動が予想できたからだ。
マヒロがハッとして気づく。動きが分かれば、耐えられる。
「ラッテ。今の感じで、動く前に声掛けをお願いできるか?」
マヒロの呼びかけに、ラッテはぽかんとした表情を浮かべた。
「君が攻撃や回避で<残影>を動かそうとしたら、僕に声掛けしてほしいんだ。『右に回る』とか『しゃがんで避ける』とか……とにかくシンプルに、細かく声をかけてほしい。僕もその声に応答する」
「どうして?」
「次の行動を予測しやすくなるからだ。行動を予測できれば、僕はその衝撃に対して身構えることができる。君も、僕に意識を割くから、さっきみたいに暴走しにくくなるんじゃないかな」
ラッテは「おお……」と感嘆の声を上げた。
「それに、お互いに返事ができるってことは、正気のまま生きてるって証拠になるだろ?」
「うん……うんっ!」
ラッテの表情に活気が戻った。先ほどまでの狂気は無い。あとは彼女の操縦との我慢比べだ。
「最後のひと踏ん張りだ。行こう、ラッテ!」
「もう一回、あいつの注意を引く。1発、撃ちます!」
ラッテが宣言した後、彼女は
「西へ走る!」「頼むよ!」
マヒロとラッテの元気な掛け声と共に<残影>が走り出した。
もう迷いはない。生き残るため、ただ走るのみ。