英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
ラッテの操縦する<残影>の動きは軽快だ。マヒロが操縦していた時よりも更に速い。本来なら関節部への負荷を無視できず出力を落とさざるを得ないが、操化であれば話は別だ。
「前に5匹! スライディングする!」「OK!」
<残影>が重心を後ろに倒し、アスファルトを砕いて滑りながら敵に接近する。姿勢を低くしたお陰で敵の弾丸は全て躱すことができた。手前にいた
「ジャンプします!」「ジャンプ!? うおぉお!?」
マヒロが悲鳴を上げたときには、<残影>はスライディングの勢いを乗せて大きく飛び上がっていた。その高さ、地上から実に15mほど。
敵が大ジャンプの勢いに怯んでいる隙に、上空から左右に展開している
「真ん中の敵に着地します!」「ちょっとこれは死ぬかも!?」
急速落下する<残影>。内蔵が浮き上がるような、独特の不快感がマヒロから湧き上がる。全身に力を込めて耐えていると、今度は全身の骨が砕けかねないほどの猛烈な衝撃が襲いかかった。敵
足元の敵が立て直す前にハンドガンを1発打ち込み無力化すると、スライドが後退したまま戻らなくなった。弾切れだ。
「拳銃、捨てます――危険! 逃げます!」「うおわああ!?」
ラッテがハンドガンを投棄した直後、無数の弾丸が増援のマーキュリアから撃ち込まれた。即座に走り出して回避する。いくつかが装甲をかすめたがダメージとなるほどではない。むしろ機体よりも回避による急加速で、マヒロのダメージのほうが大きい。
「ごめんなさい! 回避の声掛け、難しい!」
「死んでない、セーフ……<残影>のダメージ回避が第一だから、気にしないで」
強がるマヒロだが、その目は虚ろだ。いっそのこと失神したままラッテに身を任せたい気分である。彼女が心配するのでできないが。
増援は全て
ラッテは<残影>の頭部を回して周囲を確認すると、放棄された10
「あの車をぶつけて弾丸節約する!」
「ぶつけるって……できるの!?」
「まかせて!」
彼女はトラックの横まで<残影>を移動させると、バンボディに足を引っ掛けた。
「おりゃああああ!」
そしてラッテは気合の入った掛け声と共に全力で蹴り出した。猛烈な勢いで前方へ吹っ飛んだトラックは複数の
「どんなもんだ!」
「いくら<残影>でも、流石にこんなパワーは出せないはずなんだけど……」
マヒロは呆れと畏れを込めて呟いた。彼女の操縦はどの要素も規格外だ。通常操縦よりも高い走破力。人体を模したダイナミックな動作。
そしてマヒロは、技術で自分に勝る彼女が、自分の操縦技術を褒め称えていた理由も分かった。操縦桿を通しての操縦でないならば、彼女はマヒロを褒める資格がある。
(思ったより名誉かもしれないな)
脱出できた時の楽しみがまた増えた――そう内心で喜ぶマヒロであった。
その秘めた喜びを抱きつつ、<残影>は敵を撃破しつつ、順調に合流地点まで機体を走らせた。もれなく
やがて前方にて、連絡で聞いていたバスロータリーが見えてきた。ロータリーの真ん中では、撃破されて動かなくなった
マヒロは無線で
「
『こちらも見えている! 随分とボロボロ――っておい!? 操化されてるじゃねえか!?』
<クラストー>が持っている
「撃たないで! 僕と同乗者は無事です!」
『あぁ?』
「敵じゃありません!」
『敵じゃねえって……そりゃ騙す時の常套句だぜ』
アーニィからの反応は薄い。銃口をこちらに向けて動かないままだ。人類の天敵を前に決断を迷っているのだろう。
マヒロはとある提案をするべくラッテに視線を向ける。ちょうどラッテもまた、マヒロに向けて口を開く瞬間であった。
「ラッテ」「ヒロ」
「「撃たれる覚悟、ある?」」
双方の声が完全に同調した。考える思考がまったく同じだったのだ。驚くマヒロとラッテ。そして軽く笑い合う。もう同意を確認する必要はないだろう。
マヒロは無線マイクに向けて語りかけた。
「僕たちに対して身の危険を感じたら、迷わず僕らを撃ってください! それくらいの我儘は言っているつもりです!」
『いやお前ら……自分を安売りしすぎだろ。少なくともお前はたぶん若いんだからさ、もうちょっと自分を大切にしろよ……』
やがて彼女は銃口を外して敵対することを止めた。
『だがよ。お前らの覚悟、受け取った。状況はよく分かんねえけど、信じるぜ! そもそも、人間サマの言葉を話す、マーキュリアに追われるマーキュリアなんて見たことねえもんな!』
「ありがとうございます!」
『疑って人を死なせるより、信じて助けたほうが100万倍は気持ちいいってもんよ!』
物事を深く考えない、直感的なタイプなのだろう。その割り切り方が、今は逆にありがたい。
『今からでけえ車両を1台、遠隔操作で走らせて、そいつを
「こちらのやることは?」
『逃げて逃げて逃げまくって、オレの機体の後ろに隠れろ。以上!』
マヒロが「了解」と返事をすると、アーニィの<クラストー>の背後から、先ほど<残影>で蹴り飛ばしたものと似たような車両が飛び出してきた。ところどころ錆びて風化しているが、走行に支障は無い模様だ。
その車両の名は――。
『タンクローリーだッ!』
アーニィは弾むような口調で叫んだ。
タンクローリーは石油燃料などを運ぶための大型車両である。石油などの化石燃料を使用しない
「こんな前時代なもの、よく動かせますね!?」
『ウチには優秀なメカニックがいるんでね! 貴重な化石燃料をオールインだ、派手にぶっ放すぜ!』
軽快なスピードでこちらに走行してくるタンクローリー。その様子を見たマヒロは、ホッと安堵の溜め息を吐いた。ようやくこの緊張から解き放たれる。長い付き合いだった
やがてタンクローリーはふらふらと軌道が不安定になり、<残影>の進路を塞ぐように横転した。まだ
「転んじゃった」
「……早すぎないか?」
その不安定な動きを見て「様子がおかしい」と直感するマヒロ。<残影>の手前で横転させる目的ならば、無線越しで忠告するはずだ。
その直感は的中する。
『おいおいおい!? なんで操作がきかなくなったぁ!? 操化でもされちまったか!?』
マヒロはすぐにスクリプ粒子
レーダーの出力を見て、マヒロはすぐに原因を判別した。レーダーは<残影>を中心に高濃度の反応を示しており、まったく使い物にならなくなっていた。
「もしかしてデジタル通信制御ですか?」
『知らねえ! ちょっとくらいの粒子散布下なら、えぇと、『れんぞくバーストつうしん』? で問題ないって、ウチのメカニックは言ってたケドよお!』
アーニィは理解できていないようだが、マヒロは遠隔操作の構造を推測することができた。バースト通信とは、データの送受信を開始する最初の一定量だけ高速にデータを転送する技術だ。一時的なデータの送受信であれば、デジタル通信を妨害するスクリプ粒子を、ある程度は無効化できる。
だがあくまでも、無効化できるのは『ある程度』までである。マヒロは思い出した。今まで無線通信ができなかった事実を。
「ごめんヒロ。たぶん
ラッテの操縦行為が、高濃度のスクリプ粒子を散布し、
爆発による地形変化での足止めは期待できなくなった。もはや直接爆破以外の手段は無いと考えたほうがいい。
「責任取る」
「どうやって?」
「撃って爆破する」
そう力強くラッテが宣言すると、<残影>はさらに前傾姿勢となって加速した。マヒロの身体がシートに沈み込むほどの加速だ。一気に距離を離し、距離を稼ぐような動きには見えない。呼応するように
マヒロはアーニィへ声をかける。
「アーニィさん! 今すぐ退避を!」
『お前らはどうすんだよ!?』
「ウチのパイロットがタンクローリーを撃って爆破させます! それで奴が止まらなかったら巻き込まれます! だから――!」
マヒロが言い終わる前に、アーニィは機体の腰を落とし、巨大な盾を構えて踏ん張った。
『
「いくらなんでも無茶ですよ!?」
『少なくとも爆発は防げる! いいからお前らはやることやって、オレの後ろに隠れろ! 以上、通信終わり!』
ぶつりと音を立てて無線が切られた。こちらの意見は聞き入れない、自分の意見を貫き通す――といった強い意志がはっきりと伝わってきた。
もちろん、家屋を粉砕する
「……いい人だな、アーニィさん」
「ヒロも、アーニィも。絶対に死なせない。成功させる」
マヒロの無意識のつぶやきにラッテが応えた。
<残影>が横転したタンクローリーを飛び越し、いよいよ爆破の瞬間が近づく。タイミングを計算すると、<クラストー>の盾の後ろへ飛び込む前に爆破しなければならない。そして爆風から逃れるには、立ち止まっての射撃は自殺行為だ。
マヒロは思考できなかった。もうラッテを信じるしかできない。
集中するラッテ。緊張で背後を何度も確認するマヒロ。疾走する<残影>。盾を構えて踏ん張るアーニィの<クラストー>。そして家屋を蹴散らしながら迫る
やがて
「ヒロ。行くよ」
「ああ!」
「宙返り、します」
「ぅえ!?」
<残影>が跳ぶ。高さは先ほどのジャンプと同じく15m程度。着地点は、ちょうどアーニィの<クラストー>の背後である。その機動の最中、<残影>は上下にくるりと回転しながら、ライフルを構えた。マヒロの視界もくるりと上下に回転する。
逆さまの世界の中で、<残影>のライフルが唸りを上げて銃弾を何発も吐き出した。飛来した銃弾は見事にタンクローリーへ吸い込まれる。
そして、轟音。爆発は見事、
エネルギーの余波が空中の<残影>にぶつかる。その衝撃で機体の回転が加速した。
全身にかかる強大な遠心力の中で、マヒロはぼんやりと考えた。
『どうやって着地するのだろう』とか『天国に行けるといいな』とか『アーニィさんは大丈夫かな』とか、そんな単純な思考である。
大丈夫。まだ走馬灯は見えていない。だから大丈夫。
そう自分を励ましていたマヒロは、<残影>が地面へ激突すると同時に意識を失ったのだった。